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ホツマツタエのおもしろ記事 目次

2015-03-29 07:34

ホツマツタエのおもしろ記事
 目次


1.和歌101.八咫鏡9
2.廣田神社102.八咫鏡10
3.たなばた103.淤能碁呂
4.ひなまつり104.オノコロ1
5.住吉神105.オノコロ2
6.食と寿命の関係106.オノコロ3
7.日前国懸神宮107.オノコロ4
8.108.稜威雄走神
9.床入り109.気吹戸主
10.日高見国110.十種神宝
11.豊受大神111.皇孫降臨
12.天地創造112.そらみつやまと
13.天の浮橋113.飛鳥の意味
14.ひよるこ114.瓊瓊杵尊
15.嫁ぎ115.宮造りの法
16.天照大御神116.鴫居と鴨居
17.東西南北117.土竜の神
18.万物と四貴子118.枯生門
19.月讀命119.八将神
20.素戔嗚尊120.ウツロヰ
21.斎名121.大将軍
22.黄泉122.ヤマトの意味
23.枕詞123.和の道
24.天地歌124.源の一滴
25.蛭子125.機の織法
26.真榊126.機と政
27.つぼね127.天目一箇命
28.蓬莱128.八重垣の剣
29.高皇産霊神129.八重垣と八咫
30.国常立尊130.大和大国魂
31.常世と橘131.御諸山
32.神皇産霊神
33.高木神
34.菊理媛神
35.おみこしの起源
36.真名井
37.大祓詞
38.天忍穂耳命
39.局の怨念
40.ソサノヲ 吼ゆ
41.岩戸隠れ
42.空かさ天男
43.ソサの誓い
44.稲荷と狐
45.天狗
46.真澄鏡
47.真経津の鏡
48.ひかわの謎
49.ヤマタノオロチ
50.八雲たつ
51.曾尸茂梨
52.琴の起源
53.大物主
54.大己貴神
55.事代主
56.ふとまに
57.玉垣内宮
58.天稚彦の葬儀
59.鹿島立ち
60.天日隅宮
61.熊野
62.大国主命
63.武甕槌命
64.経津主神
65.天児屋命
66.多賀の都
67.三種の神宝
68.金華山
69.天児
70.空這子
71.大山祗神
72.思兼命
73.瀬織津姫
74.妹背鈴明1
75.妹背鈴明2
76.妹背鈴明3
77.妹背鈴明4
78.妹背鈴明5
79.妹背鈴明6
80.四十物
81.西王母
82.魂魄と魂の緒
83.
84.
85.人の発生1
86.人の発生2
87.人の発生3
88.人の発生4
89.子守神
90.勝手神
91.女のつつしみ
92.常陸帯
93.八咫鏡1
94.八咫鏡2
95.八咫鏡3
96.八咫鏡4
97.八咫鏡5
98.八咫鏡6
99.八咫鏡7
100.八咫鏡8
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語源のお話(1)

2014-04-26 19:04

■ほとんどすべての大和言葉は2音から成る動詞を起源としていますが、
すべての2音動詞が表す意味はわずか5種に収束します。
 
1. 合う/合わす。
2. 離れる/離す。
3. 行き来する/させる。
4. 正の方向に離れる/離す。
5. 負の方向に離れる/離す。
 

■アタウには「与う」と「能う・適う」の2種があるが、どちらも同じでアタル(当たる) とも同根。いずれもアツ(当つ) という動詞から派生している。
この場合「与う」は「当てる」、「能う・適う」は「相当する」の意。
アタウの名詞形がアタイ(価・値)。
 

■「息吹・気吹」はホツマでは「いふき」と表記される。
日本語では例えば「いふ(言う)」は「ゆふ(言う)」と置き換え可能であるから、
「いふき」と「ゆうき(勇気)」は同じなのではないだろうか。


■「はな」には「端・鼻・花・餞」など多くの意味がある。そのうち植物の「はな」は「はぬ(放ぬ/栄ぬ)」の名詞形だが、現在とは異り「開き・盛り・華やぎ」の意だけなく、「(大地から) 放つもの」の意から、その植物 (草・木) 全体をも「はな」と呼んだようである。


■【関と堰】
「せき(関)」「せき(堰)」はどちらも「せく(塞く・堰く)」という動詞の名詞形だが、これは「せむ(迫む・逼む)」の同義語で「合わす・狭める・閉じる」という意味。通路の狭まりが「関」、通路を囲って狭めるものが「堰」。


■別れの挨拶「さようなら」は「然様なら」である。
これは「さようならば」という意味で、「それでは・それじゃあ・そんなら」などと同じ。
「さらば」も「さにあらば(然にあらば)」の略で、やはり同じ。


■「しょっぱい」は「しおっぽい(塩っぽい)」の変化。
もう一つ「けちくさい」の意味もある。
この場合の「しお」は「しふ」という動詞の名詞形。「しふ」は「しむ(占む/締む/湿む)」の変態。だから「しおっぽい」は「しめっぽい」「しみったれてる」の同義語。


■「かい(詮・甲斐)」という言葉があって、「いきがい(生き甲斐)」などの熟語をつくるが、おそらくこれは「かえ(返・代)」の変化だろう。意味は「みかえり」「代償」。


■アーク・アーチ(arc, arch) の原義はユヒ(結い) で、結合・渡し・橋・契約 などの意。
ユミ(弓) はユヒ(結ひ) の変態で、「両端を結んだもの」という意と思うが、これは弧でもある。
弧は英語ではarc、弓はアーチェリー(archery)。



ミナカヌシ

2014-02-02 22:35
ミナカヌシ


古事記では「アメノミナカヌシ (天御中主神)」が最初の神として登場する。一方日本書紀では「クニトコタチ (国常立尊)」が最初に出てくる。
 
この不一致は実は矛盾ではない。長らく悩んだが、ホツマの記述を注意深く検討した結果、ミナカヌシは最初のクニトコタチであることがわかった。


悩んだ理由は、ホツマ・ミカサにおいてさえもミナカヌシとクニトコタチの関係は、わかりにくいからである。
 
クニトコタチと対になる「アメトコタチ (天常立尊)」については比較的はっきりと説明されていたことがヒントとなった。
 
天に還ったクニトコタチをアメトコタチと呼ぶのだ。


天に還れば ミナカヌシ 及びヱヒタメ トホカミも 
天に配りて 星となす アメトコタチの 神はこれ  ミ6文
 
ミナカヌシとト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの8神を総称して「トコタチ」と言い、彼らが地上にある時の名が「クニトコタチ」、天上界での名が「アメトコタチ」なのである。


ところが「トコタチ」は「先駆者・先発者」というあいまいな語義で、平たく言えば「昔の神様」だから、場面場面によってトコタチの範囲が異なるのだ。
 
前述の9神に加えて「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の11神、さらにはクニサツチとトヨクンヌまで含める場合もある。


トヨクンヌの次の世代が「ウヒヂニ/スヒヂニ」であるが、これはクニトコタチに含まれることはない。
 
この区別は何かといえば、ウヒヂニ/スヒヂニは夫婦神なのである。ここにはじめて男と女が現れる。少し人間味を帯びる。それより前はみな独り神だった。ここに一つの大きな区切りがある。


したがってクニトコタチは、最も広い意味では「ウヒヂニ/スヒヂニより前の、世にまだ男女の別が無かった世代の独り神の総称」ということになる。
 
そしてクニトコタチの第一号がミナカヌシである。この神人はホツマでは「初めて肉体に宿って地上に降りた神霊」という重要な位置付けを持つ。


記・紀はそこから話が始まるが、ホツマ・ミカサにはそれ以前の話がある。つまり地球や人が出現する前の「天上界・非物質界」における創世紀である。
 
この創世紀は、ホツマ・ミカサが教えの根幹として最も重視した部分と思われ、全編の7ヶ所以上に登場する。「あめなる道」の源もここにある。


空間も時間もなく、物質も非物質も、正負も陽陰も何も無い中に、唯一あったのは「アメノミヲヤ」の意識だった。
 
アメノミヲヤは他の文献には登場せず、二号は「陽陰の上祖」と漢字を当てている。理由はすぐにわかる。
 
この意識は全創造の第一原因であり、いわゆる創造神・根源神である。


ある時、アメノミヲヤは生みの意志を持つ。 この「生みの意志」を「ウイのヒトイキ (生の一意気・初の一息)」と表現している。
 
ミヲヤの生みの意志は、「あもとかみ (天元神)」という8体の神霊を生む。
 
「生む」というのは「分け身を作る・身を分ける」のと意味は同じである。


8体の天元神はミヲヤの単なる分身ではなく、それぞれの属性に僅かな偏りがあった。半数の4神は「陽」に、他の4神は「陰」に偏っていた。
 
「陽陰」とは「相反する性質を持つ一対」という意味で、「正負・上下」と言っても同じ。
 
天元神は水に油が浮かぶように、意味なく漂っていた。

「アメノミヲヤ」や「天元神」を人間型の神にイメージしてはいけない。
 
これらは形を持たない意識で、変幻自在のエネルギー体と考えるべし。


天元神の僅かな陽陰属性の偏りは、しばらくすると、混然と漂う8神霊に時計回りの回転運動を生じさせる。
 
時と共にその回転はしだいに速度を増してゆき、その回転軸に一本の柱が立つ。
 
この柱は竜巻をイメージするとわかりやすい。この柱を「天地届く御柱」あるいは「中串」と呼ぶ。


高速で柱を回る過程で、天元神は「アワ (泡)」と「ウビ (泥)」に分かれる。
 
これは回転運動により、重い成分が下 (地) に沈み、軽い成分が上 (天) に昇ったことを意味する。
 
泡と泥はさらに精製されてくっきり分離し、ここに泡には陽の、泥には陰の性質が顕著に現れる。


陽の泡は軽く動き回り、「空」「風」「火」に分かれる。これらが非物質・空間・気体をつくる。またこれらは天となる。
 
陰の泥は重く内に凝って「水」と「埴」に分かれる。これらが物質をつくる。またこれらは地となる。
 
そして陽の核心部が太陽となり、 陰の核心部が月となった。


そして陽の「空」「風」「火」と、陰の「水」「埴」、この5つが交わって「人」が生まれる。
 
これがミナカヌシ (天御中主神) であった。
 
「空・風・火・水・埴」の5元素は、別称を「あ・い・う・え・お」と言い、日本語の5母音となっている。


これはまさに陰陽五行思想である。
中国のものとは内容が違うが、こちらがオリジナルだろうと思う。
 
日本の太古の陰陽五行思想が大陸に伝わり、その後あちらでいろいろいじくられて、日本にオリジナルの思想が失われた5~6世紀頃に逆輸入されたのだと推察している。


このオリジナルの陰陽五行思想は、「ホツマツタエ」「ミカサフミ」「フトマニ」全編の奥に流れる背景思想である。
 
常にこれを念頭に置いて読まないと、言葉の奥・裏にある内容を読み取ることが難しい。
 
天=陽=男=日=昼=明=高=清=貴
地=陰=女=月=夜=暗=低=穢=卑

「こよみ(暦)」の古称に「かよみ」と「ひよみ」があり、共に「日読み」に解釈されている。
 
二号は「日夜見」と解釈する。「日夜見」は「陽と陰を見るもの」つまり「日と月を見るもの」である。
 
天文・暦数などを扱った者を陰陽師と呼んだが、「いんよう」=「ひよ」なのだと思う。


もう一つ注意すべきは、ホツマの陽陰と5元素による創世紀も、この世に居る人間が何とか理解できるための喩えに過ぎない、ということだ。
 
物質界の人間にあの世のことを説明するのは、生来の全盲者に色の説明するのに等しい。
 
だから杓子定規に理解するのはバカげてる。柔軟さが要る。


それでホ2文の始めにこうある。
 
いにしえの あめつちうひの
きはなきに きさしわかるる
あうのめを をはあめとなり
ひのわなる めはくにとなり
つきとなる かみそのなかに
あれまして くにとこたちの
とこよくに

いにしえの 天・地・泥の
際 無きに 萌し分かるる
アウの陰陽 陽は天となり
日輪 成る 陰は地となり
月と成る 神 その中に
現れまして クニトコタチの
トコヨ国
 
泥は初かも;
アウは陽陰の元になった「アワウビ (泡泥)」の略;
神はミナカヌシ;

「トコヨ」は「先行する時代」という意味で「クニトコタチの時代」と同義。それはまた「ウヒヂニ/スヒヂニより前の、世に男女の別が無かった時代」ということになる。
 
「とこ」は「とっくに~した」の「とっく」と同じで「とく(疾く)」の名詞形。
「よ」は「代」で「区分」を表す。

また「クニトコタチ」は
 
「くに (地)」+「とこ (疾)」+「たち (立ち・起ち)」
 
「地に先行して立った (起った) 者」という意味になる


だから「トコヨ国」とは「先行する時代の国々」「独り神の時代の国々」という意味だ。
 
ところが時を経て人皇の時代になると、「トコヨ」はホツマ国・ヒタカミ国のことを言うようになる。ヤマトの政権が及ばない東国をトコヨと言うようになったようだ。


@gejirin1 Twitter 2014/02/02



回り歌

2014-02-02 10:47
回り歌


我が国には「かいぶん(回文・廻文)」と言われるものがある。
これは上から読んでも下から読んでも同音になる文のことだ。
ホツマツタヱではこれを「まわりうた(回り歌)」と呼び、2歌が登場する。
 
1つはワカ姫の作、もう1つはカナサキの作。
カナサキは捨てられたワカ姫の育て親である。


きしいこそ つまおみきわに ことのねの
とこにわきみお まつそこいしき
 
紀州こそ 妻を身際に 琴の音の
床に吾君を 待つそ恋しき
 
これはワカ姫が恋焦がれるオモイカネに当てた歌であった。


歌の意味はともかくとして、ワカ姫はどうして回り歌にしたのだろうか?
ここに秘密がある。
 
回り歌は「行って来い」の歌であるが故、
→ 自己完結の堂々巡りで変化・進展を起さない。
→ 完全独立で外からの影響を受けない。 
→ YESともNOとも返えせない。
→ どうにもできない。

よって、この回り歌を受けた時点ですでに、オモイカネはワカ姫の意向に対抗することはできないのである。彼の運命はすでに決しているのである。
 
恐るべし、ワカ姫。
これも歌 (言葉) の力によって物質世界を操るワカ姫の天才ぶりを示した例なのだろう。

ワカ姫に恨まれたらヤバイぞ~。
こういうのを後に呪術師とか魔術師とか言ったんだろうなー。
『ワカ様は魔女』だ。


もう一つの例は、船上にあるカナサキが高波を静めるために詠んだ歌である。
 
なかきよの とおのねふりの みなめさめ 
なみのりふねの おとのよきかな
 
長き夜の 遠の眠りの 皆 目ざめ
波乗り船の 音の良きかな
 
この回り歌は有名で「初夢」の「宝船」に書き添えられてきた。


@gejirin1 Twitter 2014/01/31


ワカ姫とセオリツ姫らのマジナイによりイナゴは西の海に去った。
 
三百六十歌ひ 響ませば
虫飛び去りて 西の海 さらり虫去り
 
これは後に厄祓いの言葉となる。
 
【西海へさらり】-広辞苑より-
厄払いのことば。悪事・凶事・災厄などを払いのけて西の海へ流してしまう意。


ホツマには今の辞書にはない言葉がたくさん出てくるが、その1つに「そろ」がある。
 
これは現在も「ぞろぞろ」とか「ぞろり」などの語に痕跡が残るが、「繁茂すさま」を表す名詞。
 
「繁栄・繁茂」→「実り・成果」→「作物・稲」
の意に使われる。
 
たぶん「揃う」も同根と思う。


ホツマには「イナゴ(稲子・蝗)」という言葉は出てこない。
 
ホツマ3書では「ほ虫」「ほお虫」「はふ虫」「はほ虫」として登場する。
 
これらは「はふ」という動詞が根と思われる。 「はふ」は「はむ(食む)」「はゆ(蝕ゆ)」「おふ(穢ふ)」「おゆ(瘁ゆ)」などの変態だろう。


ホツマでは「はし(橋)」は「あわし(合わし)」の同義語である。
「離れているものを結い合わす」のが「はし(橋)」である。
 
だから「仲介・仲人」の意で使われる場合が多い。
また「渡し」という機能から「ふね(船)」も同じ意味に使われる。
 
漢字に惑わされてはいかんのである。


タカマ(高天) は「高み」と同義で、本来は天空の中心部分を意味し、具体的には北極星とその周辺部分を指す。<この場合「高み」とは中心を意味>
 
これを地になぞらえると、その中心は皇の居る「みやこ(都)」となる。 都にある中央政府、また意思決定機関やその会議場もタカマと言う。


@gejirin1 Twitter 2014/02/01



六甲山

2014-02-01 02:43
六甲山


実はワカ姫のイナゴ祓いには、アマテル(天照大神) の中宮であるセオリツ姫も参加している。
 
紀の国にイナゴ発生の知らせを受けたイサワ宮のセオリツ姫は、アマテルが不在のため、30人の青侍を率いて紀の国に向かう。するとそこにはワカ姫が一足先に到着していたというわけだった。


セオリツ姫はそこでワカ姫の奇妙な行動を目にする。ヒオウギを貼り付けた扇であおぎながら、意味不明の歌を歌っている。
 
しかしその奇行にただならぬ何かを感じたセオリツ姫は、30人の青侍を左右に並べ、ワカ姫とともにその歌を合唱させる。
 
360回繰り返すとイナゴは去っていった。


紀の国は凶作を免れた。二姫の功績を称え、また豊作の守護として2つの宮が紀の国に建てられる。「タマツ宮」と「アヒノマエ宮」である。
 
以後ワカ姫は「タマツ宮」を住まいとした。「アヒノマエ宮」は紀の国懸 (地方の政庁舎) とされた。
 
今の玉津島神社と日前国懸神宮である。


「タマツ宮」(玉津島神社) については
 
『ワカ姫の 心を留む タマツ宮』ホ1文とあり
 
「タマツ」の意味が「たもつ (保つ)」「ため (溜め)」であることが窺える。
 
ワカ姫はこの宮で最期を迎えているようだが、アマテルの遺言から察すると、墓地は「広田/西宮」かも。


「あひのまえ宮 (天日の前宮)」の「天日」とは「アマテル」を指し、「前」とは「前に居る者・向かう者」の意。
 
これは「日に向かつ姫」の別名を持つ「セオリツ姫」を指す。縮めて「ムカツ姫」、また「日の前」とも呼ばれる。
 
彼女もまたアマテルに「広田に行け」と遺言されている。



その遺言とは、

『また后 ヒロタに行きて ワカ姫と 共に妹心 守るべし』ホ28
 
これにより、廣田神社の祭神は「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命」なのであり、この名は「ムカツ姫」を指す。
 
したがってその墓所も「広田/西宮」付近にあることが推測されるが、ここには六甲山がある。


以下は大江幸久先生の御説であるが、二号も賛同するものである。
 
「六甲山」は、かつては「ムカツ峰」「ムコ山」などと呼ばれた。つまり六甲山の名は「ムカツ姫」が源であると推測される。
 
そしてこの山には「六甲比命神社」がある。この社名が「ムカツ姫」を指す可能性は非常に高い。


-wikipediaより抜粋-
この地帯は古くから「むこ」の名称で呼ばれ、武庫、務古、牟古、六兒、無古などの字が当てられており、『日本書紀』神功皇后摂政元年の条には「務古水門(むこのみなと)」の記載がある。
六甲山全山はかつて廣田神社の領地であり、吉田東伍『大日本地名辞書』の「広田神社」の項に、祭神名の撞賢木厳御魂天疎向津比売命と関連して「向津は武庫津というに同じ」とあり、廣田神社祭神向津姫(瀬織津姫)との名称の一致がみられる。
「六甲」の字が当てられるのは比較的最近で、元禄時代にできた『摂陽群談』に見られるのが初期の例であり、享保年間の『摂津志』には「武庫山一名六甲山」の記載が見られるという。


二号はよく知らないのだが、六甲山には東六甲と西六甲があると聞く。
この双子のような山の一方に「六甲比命神社」があるとして、もしもう一方にワカ姫を祭る神社があったなら、おもしろい。
東西の六甲山はムカツ姫とワカ姫の墓山である可能性が一段と高まる。情報があればぜひ下さい。

@gejirin1 Twitter 2014/01/31



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