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ホツマツタエのおもしろ記事(52)『琴の起源』

2013-01-31 17:56
ホツマツタエのおもしろ記事(52)  琴の起源



ホツマが伝える所によると、「カダカキ (葛掻)」と呼ばれるものが琴 (こと) の始めである。
これは、宮の垣 (かき) にからみつく葛の蔓を、糸ススキが掻いて音を出しているのにヒントを得て、イザナギが創ったと言う。葛葉形に琴の胴をかたどり、糸ススキのような細いネックを持つ三弦の琴であった。
その姿は「琵琶」に近い物であったと想像する。 葛の葉の写真
カダカキは琴の原点であることから、琴全般を指す代名詞ともなっている。

『その琴の根は イサナギの 垣の葛 打つ 糸薄 これを三筋の 琴の根ぞ 形は "放" と 葛の葉を "葛掻" と現つ』
ホツマ9文

  • 『垣 (かき)』の原義は、「かぎるもの (限るもの)」である。だから「垣」=「限・画・隔・囲・籠」なのである。「牡蠣」もそういう意味である。また「かい (貝・卵・界)」「かめ (亀・瓶)」「くり (栗)」「から (殻)」なども同義の類語である。
  • 『葛 (かた)』は「くず」「かつ」「かずら・かつら」とも読まれるが、原義はみな「かつ (活つ・勝つ)」で、「繁茂するもの・伸び栄えるもの」である。「かつらぎ (葛城)」も「栄える所」という意だし、「こせ (古瀬・巨勢・御所)」も皆「くず (葛)」の変態である。「かつら」の変態には「くぢら (鯨)」、「かつらぎ」の変態には「くつろぎ (寛ぎ)」がある。
  • 放 (はな)』は、ここでは「突起・突出」の意で、「はね (跳ね・撥ね)」と同じ。
  • 現つ (うつ)』は「打つ」と同じで「合わす」が原義。「<世に> 合わす」ことが「現す・表す」であり、それはとどのつまり「<人の意識に> 合わす」ことである。


スクナヒコナは近江国でカダカキを習い、その奏に合せて雛祭の由来を諸国に語り歩く。

『スクナヒコナは 央州の カダカキ 習い 雛祭 教えて至る 加太の浦 淡島神ぞ』ホツマ9文

  • スクナヒコナ』は、ヤソキネの1,500人の子の内のはみ出し者といわれ、オオナムチ (大己貴命) を助けて出雲の国造りに貢献する。その後一人、カダカキを弾きながら雛祭の由来を諸国に語り歩き、最後に加太の浦に至り、そこで世を去る。「淡島神・淡島明神」などと呼ばれ、江戸時代には「淡島願人」と呼ばれる人々が淡島神の人形を祀った厨子を背負い、淡島明神の神徳を説いて廻った。
  • 央州 (あわしま)』は「なかくに (中国)」「あわくに (央国)」「あふみ (近江)」を言う (どれも同じ地域を指す別名)。「央 (あわ)」は「中」の意。「州 (しま)」は「しめ (占め・締め・閉め)」の変態で、「区画・区分・領域」の意。「しふ (州)」「しゐ (州)」「すみ (州・島)」などとも言う。
  • 雛祭』についてはこちらを参照。
  • 加太の浦 (かだのうら)』は、和歌山市の加太海岸。「加太 (かだ)」は「葛」の意で、海の葛すなわち海藻を言っていると思われる。この海岸は「加太和布 (かだめ)」というワカメで有名だからである。
  • 淡島 (あわしま)』は「合う島・集合島」の意。和歌山市加太の沖にある友ヶ島 (沖ノ島、地ノ島、神島、虎島の4つの島々の総称) を指す。



次に五弦の琴があり、「ヰスコト (五筋琴・五条琴)」と呼ばれている。別名として「イスキウチ」また「ヰススキ」とも呼ばれる。 二神はこの琴の奏に合せて「地の陽陰歌 (わのあわうた)」を教え、民の言葉を直したという。

『五筋琴は 五座に響く 音を分けて 地の天地歌を 教ゆれば 言の根 通る イスキウチ』ホツマ9文
  • 五座 (ゐくら)』は、まずは「5つの方」という意。「東西央南北」の5方位、また「あいうえお」の5母音を指す。中央政府の総帥である二神が、四方の民に5つの母音に分けて「地の陽陰歌」を教え、これによって言葉の根が通ったということである。
  • 五座 (ゐくら)』はまた、人体の五臓を指す。陽陰歌は人の五臓に響いて、身の内の巡りを良くし、病が無いので長生きすると言う。『五臟・六腑 端 根・隅 分け 二十四に通い 四十八声 これ 身の内の 巡り良く 病 あらねば 存えり』ホツマ1文
  • イスキ』は「いつく (斎く・傅く・慈く)」の名詞形「いつき (斎)」の変態。「いつく」は「高める・勢い付ける・栄す」などの意だから「いつき・いすき」は「高揚・繁栄」などの意。
  • ウチ (打ち・現ち)」は「現す」の意。また「うつ (打つ)」の「合わす・渡す」の意から「弦」の意も表す。
  • したがって「イスキ現ち/イスキ打」は、言葉の根を通すことで「繁栄を現したもの」「繁栄を現した弦」という意である。なぜかといえば、言葉は万物万象の基だからである。 (参照:天地歌)
  • したがってまた、「五筋琴 (ゐすこと)」は「斎す言 (ゐすこと)」でもあるわけである。
  • 別名の「ヰススキ」は「いすすく」という動詞の名詞形で、「いすすく」も、やはり「高まる・勢いづく・栄える」などの意で、これは「いすす」という動詞から派生している。「いすす」の名詞形が「いすず (五十鈴)」である。だから「ヰススキ」は「イスキ」と同義である。


「イスキウチ」 は、ススキにあられが当って妙なる音を出したのを見て、タケコが創ったという説話もある。

『昔 さすらい 琴を弾く 時にあられの ススキ 打つ に響きて 妙なれば この映を写し 琴 作る 名もイスキ打ち』ホツマ28文

  • ススキ (薄・芒)」は「すすく」の名詞形だが、「すすく」は「ささぐ (捧ぐ)」「すすむ (進む)」「そそる」などの同義語で「UPする・栄す」などの意。よってススキは「繁茂するもの」という意で「イスキ」と同義ある。したがってここでの『イスキ打ち』は「ススキ打ち」の言い換えに過ぎない。


そして最後に六弦の琴がある。これはヒカワに巣食うオロチら (アメオシヒ・シラヒト・コクミ・モチコ・ハヤコ) をイブキヌシとソサノヲが壊滅したという知らせがタカマ (中央) に届いた時、喜び踊るウズメ (天鈿女命) を見て、アマテルが桑の木で創ったもので「八雲打 (やくもうち)」と名付けられる。それをワカ姫に賜えば、ワカ姫はみごとに弾きこなす。

『タカマには 弓 打ち鳴らし ウスメ 身の 奏でるを見て 大御神 桑 以て作る 六弦琴 賜ふ ワカ姫 むつに弾く 葛・蕗・奏・茗荷・飯・領巾』ホツマ9文

  • 弓・弦 (ゆつ)』は、動詞「ゆつ」の名詞形であるが、動詞「ゆつ」は「うつ (打つ)」「あつ (当つ)」などの変態で「合わす・結ぶ・渡す」などの意で「ゆふ (結う)」と同義である。両端に渡して結んだものが「弓」であり「弦」である。「ゆみ (弓)」も「ゆふ (結う)」の変態「ゆむ」の名詞形であり、「弓・弦 (ゆつ)」の別名だといえる。
  • むつに弾く』の「むつ」は、「まつ (全)」「みつ (満)」の変態で「熟・至・完全」の意。「弾く (ひく)」は「放つ・鳴らす」の意。
  • 葛 (かだ)・蕗 (ふき)・奏 (かなで)・茗荷 (めが)・飯 (は)・領巾 (ひれ)』これらは「六ハタレ」を退治するのに使った武器の名である。くわしくはこちらこちらを参照。


『六筋の琴は 酔ひ眠る オロチに六つの 弦 掛けて 八雲打とぞ 名付くなり 葛・蕗・奏 茗荷・飯・領巾 これも手立の 名にし負ふ』ホツマ9文

  • 八雲打 (やくもうち)』は「汚穢隈討ち」という意味である。汚穢隈とは六ハタレやヒカワに巣食うオロチらを言う。琴の胴をハタレやオロチに見立て、葛・蕗・奏・茗荷・飯・領巾 の6弦 (6つの手立) を掛けてこれらを破ったことを象徴する琴である。「打 (うち)」には「弦 (ゆつ)」の意味もある。
  • 手立』とは「葛・蕗・奏・茗荷・飯・領巾」の武器をいう。
  • し負ふ (しあふ)」は「せまる (迫る・狭る)」「しめる (閉める・絞める)」などの変態で「隔たりを狭める・釣合う・匹敵する」などの意。


ワカ姫は、ソサノヲの「八雲立つ」の歌に「八雲打」で曲を付け、イナタ姫に授ける。姫は産屋の内で、その曲に合わせてこの歌を歌う。その歌曲の見事さは、ついには「八重垣内の琴歌」と称えられるようになった。

『この歌を 姉に捧げて 八雲打 琴の奏でを 授りて 歌に合せる イナタ姫 遂に貴妙 現れて 八重垣内の 琴歌ぞ』ホツマ9文

  • 貴妙 (くしたえ)』奇妙。絶妙。神妙。奇跡。
  • 八重垣内 (やえがきうち)』は「八重垣の臣の内 (妻)」という意と「生ゑ画 (産屋) の内」の意をかけている。


和歌の名手であったと共に、琴の名手でもあったワカ姫は晩年、和歌の奥義書「クモクシ文」と「シタテル姫」の名をオクラ姫に譲り、琴の奥義と「タカテル姫」の名をタカコに譲ることを遺言し、タマツ宮にて神となる。「トシノリ神 (歳徳神)」また「歳の恵みの大御神」と贈り名される。この贈り名は「押草と和歌のまじない」によってイナゴを祓い、大歳 (豊作:御歳とも言う) をもたらしたことを称えるものである。

『後にワカ姫 ひたる時 八雲・ヰススキ カダカキを 譲る 琴の音 (言の根) タカ姫を タカテルとなし ワカ歌の クモクシ文は オクラ姫 授けて名をも シタテルと なして ワカ国 玉津島 トシノリ神と 称えます』ホツマ9文

  • ひたる』は「いたる (至る)」の変態で、「完成する・果たす」の意。「人生を満了して世を去る」ということ。
  • 八雲』は「八雲打 (やくもうち)」の琴。
  • ワカ国』は、「ワカ姫が稲を若返らせた国」の意。今の「和歌山」の名は、これに由来するものと思われる。 ただ「若 (わか)」の本来の意は「沸き」である。
  • 玉津島』「玉津 (たまつ)」は「たもつ (保つ)」の変態で、「<ワカ姫の心を> 保つ・留める」の意。「島 (しま)」は「州」と同じで、「区分・区画」の意。ここには玉津島神社が「稚日女尊」を祭っている。
  • トシノリ (歳徳)』「とし (年・歳)」は「たっし (達し)」の変態で、「完成・完了・成果・収穫」などの意。「のり」は「なり (成り)」の変態で、「実現」の意。したがって「としのり」は「収穫の実現」の意である。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html



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ホツマツタエのおもしろ記事(51)『曾尸茂梨』

2013-01-30 19:14
ホツマツタエのおもしろ記事(51)  曾尸茂梨



これは補足記事である。
日本書紀の一書に、素戔嗚尊が新羅国に降り至りて曾尸茂梨(そしもり)の所に居た、という話が記載されている。

一書に曰く、素戔嗚尊の所行 あづきなし。故 諸神、千座置戸(ちくらおきと)を科(おお)せて、遂にやらう。この時に素戔嗚尊、その子 五十猛神を率て、新羅国に降り至り、曾尸茂梨の所に居ます。


ソサノヲの断罪後の行動やソシモリについては、『ヤマタノオロチ』のページに書いた通りであるが、ソサノヲが新羅に渡ったという誤解を生みかねない記事が、ホツマに存在するのである。


『ひめひとなりて おきつしま さかむゑのしま いつくしま みからさすらふ さすらをの かけのみやひの あやまちお はらしてのちに かえります』ホツマ7文


これを筆者は次のように解釈している。

『姫 人 成りて オキツ島 サカムヱノ島 イツク島 己から さすらふ 流離男の 陰のミヤビの 誤ちを 祓らして後に 帰ります』

[姫は成人して、オキツ島姫・相模ヱノ島姫・イツク島姫となり、自らさすらう。 流離男は陰のミヤビの誤ちを祓らして後に (天に) 帰ります。]


こう解釈したら、どうなるだろう?

『姫 人 成りて オキツ島 サカムヱノ島 イツク島 三韓 さすらふ 流離男の 陰のミヤビの 誤ちを 祓らして後に 帰ります』

[姫は成人して、オキツ島姫・相模ヱノ島姫・イツク島姫となる。 三韓をさすらう流離男は、陰のミヤビの誤ちを祓らして後に (日本に) 帰ります。]

【三韓】さんかん -広辞苑より-
・新羅・百済・高句麗の総称。


筆者も実は長い間、後者の解釈を取っていたのであるが、ホツマの28文に「母がオロチとなるという恥に、三姫は自らさすらった」という記事があるのである。

『オロチなる 恥に自ら さすらひて イトウを知れば オオナムチ 一姫を娶る 子のシマツ 三姫 祭る 外ヶ浜』ホツマ28文

[(母が)オロチとなるという恥に自らさすらって懿徳を知れば オオナムチは一姫(タケコ)を娶る。子のシマツは三姫を外ヶ浜に祭る。]

外ヶ浜に祭ったというのが、青森市安方の「善知鳥神社」である。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma28.html




ホツマツタエのおもしろ記事(50)『八雲たつ』

2013-01-30 16:16
ホツマツタエのおもしろ記事(50)  八雲たつ

ソサノヲの過去の記事:

1. 素戔嗚尊 2. 局の怨念 3. ソサノヲ吼ゆ 4. 岩戸隠れ 
5. 空かさ天男  6. ソサの誓い  7. ヤマタノオロチ


「サホコチタルのマスヒト等の反逆」「ハタレの蜂起」、そうした世の乱れの原因はそもそも自分にあることを、ヒルコからを知らされたソサノヲは、根国へ帰って隠れ住む。

六つのハタレが蜂起し都を襲った。諸守は知恵を合せてこれに当たり、アマテルはサクナダリの禊にハタレを破る種を得て、ようやく治まったのである。

『タカマは六つの ハタレ 醸み 蜂の如くに 乱るれば 守議りして ハタレ 討つ 君は禊の サクナタリ ハタレ 厭ふの 種を得て 弥治まれど』ホツマ9文

  • タカマ』は、「中央」「中央政府」「中央最高会議」などの意を表す。
  • ハタレ』妬みや恨みなどの不調和な想念が、生き霊となって人に憑いたもの。その程度の甚だしいものを「オロチ」と呼ぶ。
  • 醸む (かむ)』醸成する。「醸す (かもす)」の自動詞形。
  • 守議り』重臣によるタカマでの会議。
  • サクナダリ』は、「激しく落ち下るさま」の意で、「急流・激流」や「滝」を言う。


アマテルがハタレを破るまじないの種を得たという「サクナダリの禊」については、次のような話が伝えられている。奥なる意味は不詳だが、これが「みもすそ (御裳濯)」という言葉の由来になっている。

『昔 ハタレを 破らんと 禊なす時 神の裳の 岩に懸かりて ひた引けば 滝 落ち下る サクナダリ 天地に祈れば 屑 流れ 蛇 足を噛む 追い詰めて 留まる蕨で 括り棄つ 裳裾の屑に 破る故 末々葛 用い これを治す シムミチ 破る 器 得る 穢禊して 器 得て 六ミチを破り 治む民 皆 御裳裾の 流れなり』ホツマ28文



六ハタレは治まったが、その源は根国のマスヒトにあるため、これをイブキヌシに討たせることになった。イブキヌシが軍を率いてヒカワに向かうと、その道に一人の下民がたたずんでいる。

『源は 根のマスヒトに 因るなれば イフキトヌシに 討たしむる 頷き向ふ 八十 続き サホコの宮の アサヒ神 拝みて至る イツモ方の 道にたたずむ 下民や』ホツマ9文

  • 根のマスヒト根の国を治める代官。ここでは根国のサホコチタルを治める「アメオシヒ (天忍日命)」を指す。
  • イフキトヌシ (気吹戸主)』は、ツキヨミ (月読命) の子。
  • 八十 (やそ)』は、「八十伴 (やそども)」の略で、引き連れる家臣の数を表す決まり文句。「多くの伴」という意。
  • サホコの宮』は、「宮津の宮」とも言い、サホコチタル国の政庁。
  • アサヒ神』は、真名井の辞洞に隠れた「トヨケ (豊受大神)」の贈り名。
  • イツモ方』「イツモ (出雲)」は、ここでは「ヒカワ」の別名と考えて良い。「方 (ち)」は「区分・区画」の意。
  • たたずむ』は、「(移動せずにその場に)留まる・じっとしている」という意。


それは8年ぶりに見るソサノヲであった。笠・簑・剣を投げ捨てて、何を祈念しているかの大眼。そこからは滝のように涙が流れ落ちている。ハタレとは「自分の驕る心が生んだもの」と悟ったソサノヲの悔みの涙であった。

『笠・簑・剣 投げ捨てて 何宣言の 大眼 涙は滝の 落ち下る 時の姿や 八年ぶり』ホツマ9文

『"思い思えば ハタレとは 驕る心の 我から" と やや知る 今の ソサノヲが 悔みの涙 叔父・甥の "シムの誤ち 償のえ" と 嘆き歌ふや』ホツマ9文

  • 宣言 (のりごち)』は「のりごつ (詔つ・令つ)」の名詞形の一つ。ここでは「心を込めて宣る言」で、「祈言・宣誓・祈祷」などの意と考える。
  • シム』ここでは「親族・身内」の意。イブキは、ソサノヲの兄のツキヨミの子である。


ソサノヲはイブキに「身内の犯した誤ちを埋め合せて欲しい」という心を歌う。

『天地に殖る 吾が実の瘡ゆ シムの幹 三千日 挟まで 粗ぶる虞れ』ホツマ9文

  • 天地 (あも)』は、ここでは「上下」という意で、ソサノヲがその身を置いた「貴族世界と下民の世界」。
  • 殖る (ふる)』は、「増殖する・猛威を奮う」の意。
  • 実の瘡 (みのかさ)』「実」は、ここでは「中身・中心・核・本質」で「こころ」の意。「瘡」は「覆い・できもの」の意。よって「実の瘡」は「心を覆うできもの」「心の穢れ」の意。
  • 』は、「~より」の意。
  • シムの幹 (みき)』「シム」は、ここでは「締め・統べ」で「治め・統治」の意。「幹」は「中軸・要」の意。よって「シムの幹」は「治めの要・統治の中軸」の意。「シムノミキ」は逆に読むと「キミノムシ (君の蝕)」となり、これにソサノヲ自身を表現したものと思われる。
  • 三千日挟まで (みちひはさまで)』は、「3,000日を経ることなく」「わずか8年余りで」の意。
  • 粗ぶる (あらぶる)』は、「あらぶ (荒ぶ)」の連体形。「あらぶ」は「荒廃する」の意。
  • 虞れ (おそれ)』は、「おす (推す)」から派生した「おそる」の名詞形。「予期・危惧」などの意。


この歌にイブキは打たれ、共に涙する。「交わり去る」の刑期中のソサノヲと行動を共にすれば、自分も罪を背負うことになることを承知しながら、共にハタレ根を討つことをソサノヲに勧める。

『天 癒える殊は 後の忠 功 成せば 祓れ遣らん 我を助けて 一途に マスヒト 討たば 忠なりと』ホツマ9文

  • 天 (あ)』は、ここでは「天つ君」すなわちアマテルを指す。
  • 殊 (こと)』殊勲。功。
  • 忠 (まめ)』は、「はべ (侍)」の変態で「仕え」の意。「(心・身を)合わすこと/さま」が原義。
  • 祓れ遣らん』は「 (雲・隈・汚穢を) 払いのけるだろう」の意。


そして二人はサタの宮に策を練り、シラヒト・コクミ、モチコ・ハヤコ、そしてハタレ根アメオシヒをことごとく討ち取る。

『打ち連れ 宿る サタの宮 法を定めて ハタレ根も シラヒト・コクミ オロチらも 討ち治めたる』ホツマ9文
  • サタの宮』は、ここでは「サタの粗の政庁」の意で、粗長 (あれをさ) の宿舎も兼ねる。「粗 (あれ)」とは、幾つかの村を束ねた行政区を言い、サタの粗長がアシナツチであった。「サタの宮」は、須佐神社と推定している。
  • ハタレ根』は「ハタレの根源」という意で、サホコチタルのマスヒト「アメオシヒ」を指す。
  • シラヒト・コクミ』「流離の刑」に処せられたこの二人を、サホコチタルのマスヒト「アメオシヒ」は臣として登用したのである。
  • オロチ』は、ここでは特にモチコハヤコを指す。


諸守はこの度のソサノヲの功を議る。

『ソサノヲが 心を寄する シムの歌 実の塵 放れば 汚 消えて 賜ふヲシテは ヒカハ守 ハタレ根を討つ 功や』ホツマ9文

  • シムの歌』は「天地に殖る 吾が実の瘡ゆ シムの幹 ・・・」の歌。
  • 実の塵』は「実の瘡」と同じ。「心の塵・心に覆うできもの」。
  • 放る (ひる)』は「放つ・取り除く」の意。「簸る (ひる)」に同じ。
  • 汚 (が)』「曲り・罪・汚穢・隈」などの意。
  • ヲシテ』は、ここでは「称号」の意。
  • ヒカハ』「ひ (放・簸)」+「かは (汚)」の守。「汚を放ち去った守」の意。


『ハタレ根を討つ 功や "そこに基を 開くべし" 八重垣旗も 賜はれば 再び 上る』ホツマ9文

  • 八重垣旗』八重垣の意味の一つは「汚穢を払う垣」の意で、「旗」とはその璽と思われる。これは天つ日月の君に近寄る汚穢 (日月を翳らす雲) を祓う「汚穢垣の臣」に任命されたということ。この臣を「八重垣の臣」と言う。また「剣臣」「右の臣」とも言い、後には「大物主 (おおものぬし)」とも呼ばれるようになる。生れ付きの汚穢隈 (日月を翳らす雲) だったソサノヲが、「ハハムラクモ (穢叢雲の剣) 」という最悪の汚穢隈から出た剣を得て、「汚穢を払う垣の臣」となったのである。 ここに「毒を以って毒を制す」の精神を見る。
  • 上る』は、「天に上る」で、「天君に仕える」ということ。


ソサノヲは罪を許され、再び天君の臣として仕えることになった。

『天 晴れて 敬い詣す 貴日 因り 清地に築く 宮の名も "クシイナタ" なり サホコ国 代えてイヅモの 国はこれ』ホツマ9文

  • 天 晴れて (あめはれて)』は、「汚穢が祓われて」の意と「あらためて」の意がある。
  • 詣す (もふす)』は、ここでは「詣でる」の意で、「上位者に心身を合わす」の意。
  • 貴日 (くしひ)』は、ここでは「アマテル (大日霊貴)」を指す。
  • 清地 (すがは)』は、「汚穢が祓われた清しい地」の意。これは「ヒカワ (卑郷)」の汚穢が祓われたことを表す新名称である。このスガハが後に「須賀」という地名を生んだのだろう。
  • クシイナタ』「イナタ」は「ヒナタ(日向)」の変態で「日の当たる所」の意。「くしいなた」は「貴日 (アマテルの放つエネルギー) の当たる所」と言う意と考える。「クシイナタ宮」は、松江市八雲町熊野の熊野大社と推定している。この境内には稲田神社もある。
  • イヅモ』は、ここでは「い (往)」+「つも (罪)」で、「罪を往なした地」。これは「ヒカワ (放汚)」の同義の言い換え。


ソサノヲは「陽陰の道」 (和の道) を以てイヅモ国を治めたので民は安らいだという。妻のイナタ姫も孕み、ソサノヲは歌った。

『八雲たつ 出雲八重垣 妻籠めに 生え画 造る その栄 堅磐』ホツマ9文

  • 八雲たつ出雲 (やくもたついつも)』は「汚穢隈 (おゑくま) が立つ出雲」と、その「汚穢雲を絶った出雲」の両意を表す。
  • 八重垣 (やゑかき)』は「汚穢垣」で、ソサノヲ自身を表す。
  • 妻籠め (つまごめ)』は、「妻が身籠ったこと」と「その妻を産屋に籠らせること」の両意を表す。
  • 生え画 (やゑかき)』は「産屋」の意。赤子を表す「やや」は「やゑ (生え)」の変態。
  • その栄 堅磐 (そのやゑかきわ)』は「その繁栄は不変である」の意。「その繁栄」とは「汚穢垣の守る君が世の繁栄」と「汚穢垣の産屋の繁栄」の両方を表している。「やゑ」は「はゑ (映え・栄え)」の変態。「かきわ」は「かき (交く・掛く・懸く・架く・繋く)」+「わ・は (場・間・方)」。「かく」は、ここでは「重なる・連なる・続く」の意。「わ・は」は「時間・空間」を表す。


ソサノヲはこの歌を姉ヒルコに捧ぐ。ヒルコは「八雲打琴」で曲を付けイナタ姫に授ける。姫は産屋の内で、その曲に合わせてこの歌を歌う。その歌曲の見事さは、ついには「八重垣内の琴歌」と称えられるようになった。

『この歌を 姉に捧げて 八雲打 琴の奏でを 授りて 歌に合せる イナタ姫 遂に貴妙 現れて 八重垣内の 琴歌ぞ』ホツマ9文

  • 八雲打 (やくもうち)』汚穢隈 (根の国のマスヒトら) の根絶を祝って、アマテルが桑で創った六弦琴の名前。
  • 貴妙 (くしたえ)』奇妙。絶妙。神妙。奇跡。
  • 八重垣内 (やえがきうち)』は「八重垣の臣の内 (妻)」という意と「生ゑ画 (産屋) の内」の意をかけている。


『生む子の斎名 クシキネは 殊に優しく 治むれば 流れを汲める 守が名も ヤシマシノミの オホナムチ 次はオオトシ クラムスヒ 次はカツラキ ヒコトヌシ 次はスセリ姫 五男三女ぞ』ホツマ9文

  • 守が名 (もろがな)』は、君が授ける臣としての名で、「かみな (守名)」とも言う。




参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html




ホツマツタエのおもしろ記事(49)『ヤマタノオロチ』

2013-01-29 20:46
ホツマツタエのおもしろ記事(49)  ヤマタノオロチ


ソサノヲの過去の記事:

1. 素戔嗚尊 2. 局の怨念 3. ソサノヲ吼ゆ 4. 岩戸隠れ 
5. 空かさ天男  6. ソサの誓い


「交わり去る」の処罰が確定したソサノヲは、皇族の地位を剥奪され、下民として追い遣られることになった。 父イザナギの言に従って根国に行くつもりだが、その前に姉ヒルコに会いたいと請う。それが許されると、ソサノヲは姉の居るヤスカワへ上って行く。そしてヒルコに「根国へ行って子を生もうと思うが、生まれる子の性別で自分の正邪を決めよう。もし男なら自分は無罪で自分の勝ち、女なら自分は有罪で負けだ」と誓い去り、北へ向かっていった。

『粗かねの 地に堕ちたる 流離男の 雨の虞れの 蓑・笠も 脱がで 休まん 宿も無く 散にさ迷いて 咎め破る』ホツマ9文

  • 『粗かねの』は「土」にかかる枕詞。「荒くれ」「あらく (荒地の意)」の変態。
  • 『流離男 (さすらを)』は「さすらう男」の意。「さすら」は「さする (擦る)」の名詞形で「往復スライド」の意。
  • 『雨の虞れ (あめのおそれ)』は「天の畏れ」 (お天道さまや世間に対する後ろめたさ) にかけている。
  • 『散にさ迷ふ (ちにさまよふ)』は「散々にさまよう」の意。
  • 『咎め破る (とがめやる)』は、ここでは「疲れ果てる」の意。→とかむ →やる



『逸り 疚事に 辿り来て 遂に根の国 サホコなる 弓削の裾守 ツルメソが 家戸に噤むや 血の虫』ホツマ9文

  • 『逸り (すり) 』は、「する (擦る)」の名詞形で「スライド」が原義。曲がる/逸れる/外れるさま。非道。曲事。「それ (逸れ)」「あばずれ」「ずるい」などに同じ。
  • 『疚事 (やわごと)』は、「やましい事・やばい事」の意。
  • 『弓削 (ゆげ)』は、「弓を作る者」。
  • 『裾守 (そしもり)』は、「辺境を守る者」で「防人 (さきもり)」と同義。「そし」は「すそ (裾)」の変態。
  • 『ツルメソ (弦召)』は個人名と思われるが、意味は「弦を張る者」で、これは「弓削」と同じ。
  • 『噤む』は、ここでは「収まり籠っておとなしくする」というような意味。
  • 『血の虫 (しむのむし)』は、陽陰のリズムの乱れた時に妊娠したソサノヲの「生れ付きの魂の蝕み」を言い、「シム」は、ここでは「霊・精」の意。人の「血・乳」は「霊・精」の顕れと考えられていたようだ。
  • サホコチタルはこの記述でもわかるように、「根国のサホコ」という位置付けだったようだ。

[非道や疚しい事に何とか凌いで、根のサホコチタルにたどり着き、弓削をしながら防人を務める「ツルメソ」の家に収まるや否や騒ぎ出す血の虫]



『サタの粗長 アシナツチ 添のテニツキ 八女 生めど 生い立ちかぬる 悲しさは』ホツマ9文

  • 『サタ (狭田・佐太・佐田・佐陀)』は、場所を特定できない。島根県中に「サタ」の地名がある。案外これが正解で、今の島根県の大半を言うのかも。ただ粗長アシナツチの館と推定する須佐神社は、出雲市佐田町須佐にある。サタは「ヒカワ」の本来の地名なのかもしれない。
  • 『粗長 (あれをさ)』は、「大まかな束ね」の意で、村を幾つか束ねた行政区「アレ (粗)」の長。織機の「粗筬 (あらをさ)」に由来する。
  • 『アシナツチ』は筑紫の国守「アカツチ (赤土命)」の弟。
  • 『添 (そを)』は「そゑ (添え)」の変態で、「妻」の意と考える。「後添え (のちぞえ)」などと言う。



『簸川の上の 八重谷は 常に叢雲 立ち昇り 背に茂る 松・榧の 中にヤマタの オロチ 居て』ホツマ9文

この一文は次のようにも読める。

ヒカワの守の 汚穢・ダニは 常に群隈 立ち上り 背に茂る 曲・朽の 中にヤマタの オロチ 居て』

  • 『ヒカワの守』は、サホコチタルのマスヒトアメオシヒ (天忍日命)」を指す。
  • 『ダニ』は、基本的に「谷」と同じで、「低・卑・劣」の意。「塵・隈・枯・雲・穢」などと同義である。
  • 『背 (そびら)』は「そびえ (聳え)」の変態で、「高み・頂」などの意。「そひ (岨)」なども類語である。



ついに「ヤマタのオロチ」が出てきた。

「オロチ」は「おる (下る・劣る・穢る)」から派生した「おろつ」の名詞形で、「下がるもの・愚かなもの・ねじ曲がるもの・穢れるもの」の意である。したがって、くねくねと地を這う「」の意もある。


もう一つは「おろ (愚る・劣る・穢る)」+「ち (霊)」で、「愚かな霊」である。
  1. 人間の曲りやねじけ (恨み・妬み) が、生き霊となったもの「イソラ (卑霊)」とか「ハハ (穢)」とも言うが「オロチ」の方がパワフルなイメージがある。
  2. それが生き物に取り付いて物質化したもの「ハタレ」とも言うが、やはり「オロチ」のほうが格が上か。


ホツマの思想では、人は皆アメノミヲヤの分霊であるので、本来何の穢れもない。それが俗世に生きる内に、心の歪み (ねじ曲がり) をつくってしまう。この心の歪みは、歪んだ想念を外に放射する。放射された想念は、他の人間が放射した同類の想念と合体し、生き物の如く意思を持ったかにふるまう。これが「生き霊 (いきりょう)」であり、これが「オロチ1」である。

この生き霊は、今度は自分を生み出した親たる人間に取り憑き、思い通りに支配して自己のエネルギーの拡大・進展を図ろうとする。だから自分が生み出したささいな歪が、どこかで立派に成長して、そいつに自分が支配されるという構図なのである。生き霊と人間の結合、これが「オロチ2」である。こうなると人間は常態的に不調和な想念を抱いて放射するようになり、周りの人間を感化・汚染して取り込み、どんどん不調和のエネルギーは拡大してゆく。サホコチタルのアメオシヒ・シラヒト・コクミ・モチコ・ハヤコは、みな「オロチ2」だというわけである。

あらゆる犯罪というものは、このメカニズムにより発生すると考えられていたらしい。したがって、人を支配する生き霊を祓いさえすれば、もとの穢れなき人間に戻り、罪を犯すこともなくなるわけである。だから六ハタレの70万9千人は、禊によって「マフツの鏡」に化け物の影が映らなくなった時点で、許されて民となされたのである。また日本の神社が古来より「祓い」を重視するのも、ここに理由があると思われる。

ただ他力により一旦は祓い得ても、本人の心に歪がある限りは、何度でも生き霊は憑いてくる。したがって常に自分の心を直く保つより他に、免れる道はないのである。セオリツ姫が「マフツの鏡」を二見浦に置いたのも、この理由による。この心を直く保つ道を、ホツマは「スズカの道」と呼んでいる。



「ヤマタノオロチ」は、モチコとハヤコを指す場合が多く、それぞれ「モチオロチ」「ハヤオロチ」とも呼ばれているが、「ヤマタ」はどういう意味なのだろうか?

「やまた」は「やまつ」の名詞形で、「やまつ」は「やむ (病む)」から派生した語である。
だから「やまたのおろち」は「病んだオロチ」である。「危篤に捩じ曲がった愚霊」という意味だろう。
これを「八つに分岐して八つの頭を持つ大蛇」と表現したのである。
モチコ・ハヤコがねじ曲がった原因については、こちらを参照。



『姫は弓削屋に 隠し入れ スサは優みの 姫姿 髻の黄楊櫛 面に挿し 山の狭隙に 八搾りの 酒を醸して 待ち給ふ』ホツマ9文

  • 『姫』は、イナタ姫。記紀では「奇稲田姫 (くしなだひめ)」となっているが、これは「クシイナタ宮」と混同したと思われる。「イナタ姫」は「往なた姫」で「生き存えた姫」の意かと思う。
  • 『弓削屋』とは「ツルメソの家」だが、「佐久佐神社の奥の院」に痕跡が残る。
  • 『優み (やすみ)』は、女らしい「柔らかさ・柔和なさま」を言う。
  • 『髻 (ゆつ)』は「髻華 (うず)」「いつ (至)」の変態で、「てっぺん・頂き」などの意。
  • 『黄楊櫛 (つげくし)』は「黄楊の木で作った櫛」だが、本来は「束櫛」で、「髪を束ねるための櫛」を言ったのではないかと推測する。
  • 『面 (つら)』は「(観察者に) 向けている面・表」の意。



『八岐頭の オロチ 来て 八槽の酒を 飲み酔いて 眠るオロチを 寸に切る ハハが尾先に 剣あり ハハ叢雲の 名にし負ふ』ホツマ9文

  • ハハ叢雲の剣 (ははむらくものつるぎ)』後には「ヤマトタケ (日本武尊)」によって「クサナギの剣」とも呼ばれる。記紀はこの剣を、三種宝の「八重垣の剣」と同一視しているが、まったくの別物である。
  • 『し負ふ (しあふ)』は「せまる (迫る)」の変態で、「見合う・釣合う・匹敵する」の意。



ソサノヲはイナタ姫を娶り、「オオヤヒコ」を生む。誓いの男子を得たソサノヲは、ヤスカワのヒルコの元へ報告に行く。

『イナタ姫して オオヤヒコ 生めば ソサノヲ ヤスカワに 行きて "誓ひの 男の子 生む 吾 勝つ" と言えば』ホツマ9文

  • オオヤヒコ』ホツマには名だけしか出てこず、一切の事蹟は記されてない。



『姉が目に "なお汚しや その心 恥をも知らぬ 世の乱れ これ皆 それの 誤ちと 思えばむせぶ はや帰れ"』 ホツマ9文

  • むせぶ』は、ここでは「むかつく」の意。

この姉の言葉に、初めてソサノヲは「六ハタレの蜂起」などの世の乱れの原因が自分にあることを知ったようである。



『ソサノヲ 恥ぢて 根に帰る 後 オオヤ姫 ツマツ姫 コトヤソ 生みて 隠れ住む』ホツマ9文

オオヤ姫ツマツ姫コトヤソ』オオヤヒコと同様、ホツマには名だけしか出てこない。この4人はソサノヲの受刑時代の子であることが、その理由と考える。


ー つづく ー




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ホツマツタエのおもしろ記事(48)『ひかわの謎』

2013-01-29 12:52
ホツマツタエのおもしろ記事(48)  ひかわの謎



「ひかわ」は「簸川」「肥川」「氷川」などと書かれ、島根県を流れる斐伊川 (ひいかわ) に当てられている。しかしホツマを注意深く読むと、「ひかわ」は多義であり、少なくとも3つの意味で使われていることがわかる。
「川」の意味に使われている「ひかわ」は次の1ヶ所のみである。

『昔 ウヒヂニ 雛が岳 モモに婚つぎて 初三日に 寒川 浴びる ソサノヲは 氷川に浴びる』ホツマ13文


上の場合でも「ひかわ (氷川)」は「冷たい水の川」という意味で使われていて、特定の川を指す固有名詞ではないと思われる。ただこの時すでによく知られていた、「ソサノヲ」と「ひかわ」の関わりから「ひかわ (氷川)」と表現したものと推察する。



地名としての「ひかわ」が登場するのは、死罪を言い渡されたシラヒトとコクミが、アメオシヒとクラ姫の結婚の祝に恩赦を得て、「流離の刑」に減刑され、「ひかわ」に追放されるのが最初である。

『モチが クラ姫を カンサヒの子の アメオシヒ 娶わせ スケが 兄となし 父マスヒトの 政 継ぐ シラヒト・コクミ この祝 半ば清を得て "流離" の ヒカワに遣るを マスヒトの 我が臣となす』ホツマ7文



今の我々は「・・・かわ」という地名を聞くと、直観的に「・・・川」と思ってしまうが、ホツマに登場する「・・・かわ」の地名はほとんどの場合「川」ではない。

1.「かわ」は「かふ (離ふ)」の名詞形。「かふ」は「かる (離る)」の変態で、これらは「離す・分ける・限る」の意である。
(地を) 分けるものが「」であり、 (内と外を) 分けるものが「」である。
また (地を) 分けたものが「 (がわ)」であり、これが訛って「 (ごう)」となる。
ホツマに出てくる地名の「かわ」は、大方この「側・郷」である。

2.また「かふ (離ふ)」は「離れる」の意から「反る・それる・外れる・曲がる」の意を派生するので、「かわ」は「反り・逸れ・はずれ・曲り」の意も持つ。

3.さらには「かふ」は「かる (枯る)」の変態であるから、「落ちる・下がる・劣る・果てる」の意を持つ。よって「かわ」は「枯・落・劣・卑・衰・汚」などの意も持つ。

ただ2と3は同じと思って良い。「曲り」と「衰退」は同根なのである。これを「汚穢 (おゑ)」「くま (隈)」「が (汚)」とも言う。ちなみに「ごう (業)」の意の一つは、この「かわ (枯・汚)」の訛りと推測する。



さて上記の『シラヒト・コクミ この祝 半ば清を得て "流離" の ヒカワに遣るを』、この「ヒカワ」はどういう意味なのだろうか?

罪人の処罰のために追放した「ヒカワ」→ 罪を放った「ヒカワ」。
罪=曲り=汚 であるから、 ヒ (放) + カワ (汚) であると見る。
つまり「ヒカワ」は「罪人を追いやる地」「流刑の地」である。

「ひ」は「ひる (放る)」の名詞形の略である。「簸川 (ひかわ)」の「簸」という字は「簸る」に由来し、「放り捨てる・除去する」という意味で「放る」と同じ。ちなみに、ハ行とマ行はコンパチなので「簸る」のに使う道具を「箕 (み)」と言う。



その流刑の地にモチコ・ハヤコが、サホコチタル国のマスヒトを頼ってやって来るのである。 (参照:局の怨念)

『流離なす  二流離姫 憤り ヒカワにいかり 成る オロチ 弥に蟠り コクミ等も  仕えてシムを 奪ひ食む』ホツマ7文


モチコ・ハヤコはウサの宮を逐電し、ヒカワの地に向かう。ここでアメオシヒ・シラヒト・コクミと合流。彼らの恨みの想念は合体して、ついに「オロチ」(愚霊) へと昇華し、人のシム (霊・精) を貪りだす。
そして「交わり去る」の罪で追放されたソサノヲも、やはりこの地にやって来るのである。 (参照:ソサの誓約)

『遂に根の国 サホコなる 弓削の裾守 ツルメソが 家戸に噤むや 血の虫 ・・・ ・・・ ヒカワの上の 八重谷は 常に叢雲 立ち昇り』ホツマ9文


こうなるともはや流刑の地「ヒカワ」は、 ヒ (卑) + カワ (側・郷) である。
つまり「穢れの地」「汚穢隈の領域」である。



しかしソサノヲは、アメオシヒ・シラヒト・コクミ・モチコ・ハヤコと結ぶことなく、逆に根絶やしにする。

『八岐頭の オロチ 来て 八槽の酒を 飲み酔いて 眠るオロチを 寸に切る』ホツマ9文

『法を定めて ハタレ根も シラヒト・コクミ オロチらも 討ち治めたる』ホツマ9文


これによって、穢れの地・汚穢隈の領域から、「汚」が追放された
だから、 ヒ (放) + カワ (汚) である。



したがって地名としての「ヒカワ」は、
  1. 流刑の地。
  2. 穢れの地。
  3. 穢れを祓った地。
この3つの意味を持っていることになる。



それと同時に、ソサノヲは自分の心の「汚」も放ち去った

『ソサノヲが 心を寄する シムの歌 実の塵 放れば 汚 消えて 賜ふヲシテは ヒカハ守』ホツマ9文


だからその意味で再び、 ヒ (放) + カワ (汚) なのである。



この最後の2つの「ヒカワ (放汚)」を言い換えた言葉が、「やくもたつ (八雲立つ)」である。

「やくも」の裏の意味は「おゑくま (汚穢隈)」である。
「汚穢隈 立つ」は「汚穢隈がはびこる」という意で、これは穢れた地「ヒカワ (卑郷)」を指している。
ソサノヲは「汚穢隈 絶つ」を行い、ヒカワと自分の汚穢を絶ったのである。

ちなみに「やゑがき (八重垣)」の意味の一つも「おゑがき (汚穢垣)」で、「汚穢を防ぐ垣」という意である。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html




ホツマツタエのおもしろ記事(47)『真経津の鏡』

2013-01-28 17:23
ホツマツタエのおもしろ記事(47)  真経津の鏡



「マフツの鏡」は「マス鏡 (真澄鏡) 」の別名と考えて良い。

「ます (申す)」が「まうす・もうす・まおす (申す)」と訛るように、「まつ 」が「まふつ」に訛ったと考える。
そして「まつ」は「ます (坐す・交ず)」の変態である。
したがって「まふつ」の語義は、「合わせ・収め・直し・匹敵」などの意となる。

ただ「マフツの鏡」は、「マス鏡の裏鏡」の「裏に隠れた真実を映す機能」を特に言い表した呼び名なのである。そしてこの精神を基にして「ヤタ鏡」が生まれる。

そう考えると、およそ「かがみ (鏡・鑑)」というものは元来「マス鏡・マフツの鏡」の理念が根底にあって、日と月に擬える2枚一組が基本だったのではないかと思うこともある。



ホツマはマスカガミについて次のように伝えている。
アマテルの時代に「六ハタレ」という反体制勢力が各地で蜂起する。このバックには先に話したサホコチタルのマスヒト等 (アメオシヒ+シラヒト・コクミ+モチコ・ハヤコ) がいる。またソサノヲも巻き込まれている。

この六ハタレの親分格に「ハルナハハミチ」という集団があった。これは「ハハ」(穢霊) が人や獣に憑いて化けたものである。「ハルナ」は「主なるもの・首領」の意。「ミチ」というのは「満ち」で、「進化・熟成して化けたもの」というような意味。「かみ (醸み)」とも言う。



ハルナハハミチは津軽・ヒタカミ・富士山麓で蜂起し、伊勢の山田に至る。諸守は相談の結果、このたびはアマテル自らの出陣を願うことにした。

『またハタレ 日隅 ヒタカミ 橘山下 二岩浦に 継ぐ告げの 櫛の歯 挽けば 諸守は タカマに議り 御幸とぞ 願えば 神の 御幸 成る』ホツマ8文

  • 『日隅 (ひすみ)』津軽地方を言う。
  • ヒタカミ』今の仙台付近を中心とし、おおよそ「みちのく (陸奥)」「奥州」とよばれる地域。
  • 『橘山下 (かぐやまと)』富士山麓。
  • 『二岩浦 (ふたいわうら)』伊勢の二見浦。二見潟ともよばれる。
  • 『櫛の歯挽く』櫛の歯が減るほどに行き来が激しいさま。
  • 『タカマ』ここでは中央最高会議の意。


この御幸には内宮セオリツ姫、大典侍ハヤアキツ姫も同行している。

『出車の内 セオリツ姫 天の身陰に アキツ姫は 日の放影 射す イフキヌシ クマノクスヒと 左右にあり 白・黒駒に 諸 添ひて ヤマタに至り』ホツマ8文

  • 内宮 (うちみや)』御后。真后。正室。
  • 大典侍 (おおすけ)』東西南北の各局に一人ずついる典侍の筆頭。
  • イブキヌシ (気吹戸主神)』ツキヨミ (月読命) の子。
  • クマノクスヒ』アマテルの4男。
  • 『ヤマタ (山田)』伊勢の山田原。


そして戦闘が始まる。味方はハルナハハミチの妖力に戸惑い、一旦退却。
アマテルは歌札を付けた粽 (ちまき) を諸守に授け、それを敵に投げて貪らせる。

『ハルナハハミチ 野も山も 枯えて 叢雲 炎 吹き 棘矢の霰 鳴神に 味方 帰れば』ホツマ8文

  • 『叢雲』沸き立つ雲。激しく起る雲。
  • 『鳴神』雷。


『大御神 予てサツサに 歌見 付け 投ぐれば嗜む ハタレマを サツサツヅ歌』ホツマ8文

  • 『サツサ』『サツサツヅウタ』 こちらを参照。


『さすらても ハタレも放来 満つ 足らず カカン 為すがも 手立 尽き 故 ノンテンも あに効かず 日月と我は 天地も照らすさ』ホツマ8文

  • 『放来 (はなけ)』「放つこと」と「来させること」。放出と吸入。呼吸。
  • 『満つ足らず』満つるに足らず。 =満ち足りず
  • 『カカン』『ノン』『テン』こちらを参照。
  • 『あに』(打消の語を伴って) 何も。なんら。少しも。


『ハタレ 怒りて 矢の霰 神のタミメに 矢も立たず 弥 猛怒り 火花 吹く 神 ミツハメを 招く時 炎 消ゆれば 胸騒ぎ 逃げんとするを タチカラヲ ハタレ治主に 飛びかかり 力 争ひ 押し縛る』ホツマ8文

  • 『神』は、ここではアマテル。
  • タミメ』手を組み合わせて造形すること。
  • 『ミヅハメ (網象女)』水を治める自然神。
  • タチカラヲ (手力雄神)』オモイカネとワカ姫の子。


ハルナハハミチの首領をアマテルの前に引き据えて、垂を上げる。

『前に引き据え 垂 上ぐる 君 ヤサカニの 環珠 セオリはマフツ ヤタ鏡 アキツ 草薙 八重剣』ホツマ8文

3人の携える『ヤサカニの環珠 (まかるたま)』『マフツヤタ鏡』『草薙八重剣 (くさなぎやゑつるぎ)』、これらは三種宝のプロトタイプだと思われる。



イブキドはハルナハハミチの首領に、事に及んだ理由を尋ねる。
根のマスヒトが我をそそのかした「成功の暁には国守に取り立てる。これはソサノヲ尊の言葉である」と。

『僕に 根のマスヒトが 教えけり "功 成らば 国つ守 これソサノヲの 御言なり"』ホツマ8文

  • 『根のマスヒト』根国を治める代官。ここではサホコチタル国アメオシヒ (天忍日命) を言うと思われる。サホコチタル国は「根国のサホコ」という位置付けだったようだ。
  • 『ソサノヲ』アマテルの弟。


イブキドはその真偽を見るために「マフツの鏡」に映してみると、翼が映る。

『"マフツなら 鑑みん" とて 御鏡に 映せば 直く 翼あり イフキト 曰く "このハタレ ヌヱアシモチぞ 化け術に 誑らかす者 皆 斬らん』ホツマ8文

  • 『マフツ』合っているさま。当たり。本当。
  • 『ヌヱアシモチ』は不詳。化け物には違いない。


クスヒが隈の神を招くと、8匹のカラスがやって来て、ハタレのうわべを枯らし去る。そしてハタレの霊 (血) を搾り取り、その血で誓書を書かせ、潮を浴びさせる。そして改めて「マフツの鏡」に姿を映してみて、人に戻った者は再び国民となった。

『時にクスヒが 隈の神 招けば 烏 八つ 来たる ここにハタレの 霊を絞り 誓ひ 留めて 潮 浴び 影 映す時 六十万人 人 成るは 皆 民となる』ホツマ8文

  • 『クスヒ』クマノクスヒ。クスヒは隈の神を斎き祭る御杖代となったようだ。
  • 『隈の神 (くまのかみ)』熊野神。イザナミの贈り名。
  • 『烏 (からす)』8匹の烏はイザナミが放った「8人の鬼霊 (しこめ)」の化身。隈の神は「シコメが魄を枯らす神」と言われている。魄=肉体=外見 であるから、烏により外見が取り払われる。
  • 『霊 (ち)』は、人体に宿る命の精髄という意で、人の血や乳はその顕れと考えられていたらしい。「シム」とも言う。


このようにしてマフツの鏡は、最終的に六ハタレの総員70万9千人を、すべて人に戻したのである。セオリツ姫は、将来的に悪霊に憑かれてハタレとなった者が、マフツの鏡を見ることができるようにと、この鏡を外へ持ち出し、その場所を「フタミの岩」と名付けたのである。

『総て七十万 九千 皆 人 成る法の 御鏡を セオリツ姫の 持ち出でて 後のハタレの 人と成る マフツの鏡 見るために フタミの岩と 名付けます 代々荒潮の 八百会に 浸せど錆ぬ 神鏡 今 存えり』ホツマ8文

  • 『フタミ』の「ふた」は動詞「ふつ (悉つ)」の名詞形で、「至り・完全」の意。これは「ひつ (秀つ)」の名詞形である「ひと (人)」の変態。だから「ふた見」は「人見」なのである。また「ひた (直)」と、「まふつ」の「ふつ」にもかけている。
  • 『フタミの岩』伊勢の二見浦にある夫婦岩。これが「ますかがみ」が「ふた」にかかる理由である。意味は「人を見る岩」「直を見る岩」「マフツの鏡を見る岩」。



しかし現在、伊勢の二見浦の夫婦岩にマフツの鏡は存在しない。
いずれかの時代に、何らかの理由により、セオリツ姫 (日前大神) を祭る「日前国懸神宮」に移されたものと推測する。



日前国懸神宮 由緒  http://www10.ocn.ne.jp/~hinokuma/menu01.html
日前神宮は日像鏡 (ひがたのかがみ) を御神体として日前大神を奉祀し、國懸神宮は日矛鏡 (ひぼこのかがみ) を御神体として國懸大神を奉祀しております。
神代、天照大御神が天の岩窟に御隠れになられた際、思兼命 (おもいかねのみこと) の議 (はかりごと) に従い種種の供物を供え、天照大御神の御心を慰め和んで頂くため、石凝姥命 (いしこりどめのみこと) を治工とし、天香山 (あめのかぐやま) から採取した銅を用いて天照大御神の御鏡 (みかがみ) を鋳造しました。
その初度に鋳造された天照大御神の御鏡 前霊 (さきみたま) を日前國懸両神宮の御神体として、後に鋳造された御鏡を伊勢の神宮の御神体として奉祀されたと『日本書紀』に記されております。




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ホツマツタエのおもしろ記事(46)『真澄鏡』

2013-01-28 11:32
ホツマツタエのおもしろ記事(46)  真澄鏡



「ますかがみ (真澄鏡・十寸鏡)」は「まそかがみ (真澄鏡・真十鏡)」とも言い、「清き」「磨 (と) ぐ」「照る」「見る」「面」「ふた」「床」「掛く」などにかかる枕詞だと言う。辞書にある情報はそれだけで、それ以外のことは何もわからない。



まず語義を考えると、「かがみ」は「かかむ」という動詞の名詞形である。
「かかむ」は「かかふ (抱ふ)」「かこむ (囲む)」などの変態で、これらは「かく (交く)」から派生している。
これらは「合わす」の原義を持ち「収める・匹敵させる・比べる」などの意を派生する。
したがって「かかみ」は「合わせ・収め・匹敵・比べ」などの意。これが第一の意である。

同時に「かがみ」は「か(明)」+「か(暗)」+「み(見)」でもある。
「か(明)」は「日・陽」であり、「か(暗)」は「月・陰」である。
「み(見)」は「合わす」の意である。
したがって「かかみ」は「日月を合わすもの・日月に匹敵するもの」「陽陰を得るもの」である。


次に「ます・まそ」は、動詞「ます」が名詞化したものである。
動詞「ます」は「坐す・交ず」で、これはやはり「合わす」の原義を持つ。
よって名詞「ます」は、やはり「合わせ・収め・匹敵・比べ」などの意となる。
「ます (枡)」は、酒や米の量を計るものであるが、「計る (はかる)」とは「合せ比べる」ことである。
したがってある意味では、「ます・まそ」と「かかみ」は同義語であると言える。



では「ますかがみ」はどういう意味になるのか?
ホツマには、イザナギ・イザナミの二神が、「イシコリドメ (石凝姥命)」が鋳造して奉ったマスカガミを、日と月に擬えて、尊い神が世嗣子として生まれ来るように祈ったとある。

『池水に 左の目を洗ひ 日霊に祈り 右の目を洗ひ 月に祈り イシコリトメが マス鏡 鋳造り 進む』ホツマ4文

『天地を領らする 現の子を 生まん思いの マス鏡 両手に日・月 擬らえて 神 生り出でん 事を請ひ 頭 廻る間に アグリ 請ふ』ホツマ4文


上の記述からマスカガミは2枚で1組であり、片方が「日」、もう片方が「月」を象徴していることがわかる。そしてもう一つ。


『マス鏡 青人草も 直ぐとなる 人に於けらば 限り無し』ホツマ17文

「人を直ぐにする鏡」である。
「直ぐにする」とは「直す (なおす)」である。「直す」とは「(反り・曲がりを) 収める・合わす」ということである。

したがって「ます・まそ」は「まさ (正)」と同じである。「正す」を「ただす」と読み、「直」を「ただ」と読むことからもそれが伺える。また「ます」は「ますぐ (真直)」の「ます」であろうことも推測される。


整理すると、「マスカガミ」とは「日と月を象徴する2枚1組の鏡で、人を正す機能を持つ鏡」である。そして特定の鏡を指しているわけではなさそうである。 
しかしなぜ「人を正す」ことができるのだろうか?



「2枚1組のマス鏡」に関して、「裏鏡 (うらかがみ)」という言葉が出てくる。

『魚の目と 代わる人目の 裏鏡 左に持てば 右に見え 左へ遣れば 右に行く 向ふへ遣れば 前に寄る 皆 翻る この鏡 何の為ぞや』ホツマ17文

この記述から察すると「裏鏡」とは、2枚の鏡を使って後姿を見る時に、背後に配置する鏡である。普通は見えない所も、表裏一対の2枚の鏡をうまく使えば、見ることができるということである。
普通は見えない裏とは、すなわち「心」である (「心」は「うら」とも読む )。

つまりマスカガミは「心を映す鏡」なのである。
自分の心が映し出されて、それが醜いものであった場合、人はどうするか?
おそらく醜さの原因を突き止めて、それを改善しようとするだろう。
だから「人を正す鏡」なのである。したがって「清き」「磨ぐ」「照る」にかかるのである。



また表裏の鏡が映し出す像は、互いに左右が逆になる。
人は表と裏 (外見と内面) の両面を持っている。外見とは肉体、すなわち「」、内面は心、すなわち「」である。また 魄=陰=月 であり、魂=陽=日 である。そして (空・風・火) と (水・埴) が交わって生まれたのが人間である。 (参照:天地創造)

したがって人は、表裏一体 (陰+陽) であり、同時にうらはら (陰 vs 陽) である。
この対立する表裏 (陰陽・肉心・魄魂) をうまく調和させて融合することが、人の道であり「あめなる道 (陽陰和る道)」なのである。

『治まる世は 名の聞こえ 人の心端 およそ肥し 表に務め 裏 安む』ホツマ17文

『二神の 経・矛に治む 年 経れば 鈍・均・鋭の 民 現るも 例えば 数の 器物 屑を捨てなで 鈍・鋭を 均し用いん 陽陰の心ぞ』ホツマ17文

『善し・悪ろ 愛でつ 楽しみて 人のナカゴも 人 二人 やや知る道は マス鏡』ホツマ17文



マスカガミの思想はかなり難解だが、ホツマの真髄の一つといえる重要なものである。またマスカガミの思想はこれだけにとどまらない。それについては機会を改めて書きたいと思う。

なお、マスカガミの内面の真実を映す機能は、「マフツの鏡 (真経津の鏡)」とも呼ばれるようになり、これが三種宝の「ヤタ鏡」を生むことになる。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma17.html




ホツマツタエのおもしろ記事(45)『天狗』

2013-01-27 19:01
ホツマツタエのおもしろ記事(45)  天狗



「天狗 (てんぐ)」をホツマは「アヰヌ」と呼んでいる。
「アヰヌ」は「アヱノ」とか「アメヱノ」ともよばれているので、
「アメ (熟・上・天)」+「ヱノ (犬・狗)」だと思われる。

「アメ」はここでは「高等・優秀」の意。「ヱノ」は「犬」である。
だから「アヰヌ・アヱノ・アメヱノ」は「高等な犬」という意になる。
「犬」は「ヰヌ・ヱノ・オノ・イノ」とも呼ばれ、「犬・狗・戌」と漢字が当てられていて、「えのこ (犬子・犬児・狗)」「えのころ (犬子・犬児・狗児)」「いのころ (犬ころ)」などの派生語もある。

しかし「ヰヌ・ヱノ・オノ・イノ」は、英語で言う「DOG」を指す言葉ではない。
「ヰヌ・イノ」は「いぬ (忌ぬ)」、「ヱノ」は「ゑぬ (穢ぬ)」、「オノ」は「おぬ (劣ぬ・愚ぬ・汚ぬ)」の名詞形である。どれも「劣るもの・汚れるもの」の意で、人に劣る「しし (獣)」「けもの・けだもの (獣)」の同義語である。
だから「イノシシ (猪)」は、「イノ」+「シシ」と同義語を重ねただけで、「ヰヌ (犬)」と意味の違いは本来無いのである。

したがって「アヰヌ・アヱノ・アメヱノ」(天狗) は「高等な獣」という意になる。
しかしこれが何を指すのか、ホツマを読んでも正体はわからない。



アマテルの時代に「六ハタレ」という反体制勢力が各地で蜂起する。このバックには先に話したサホコチタルのマスヒト等 (アメオシヒ+シラヒト・コクミ+モチコ・ハヤコ) がいる。またソサノヲも巻き込まれている。

この六ハタレの最後の一つに「アヱノミチ・アメヱノミチ」という集団があった。これは「アヰヌ」(天狗) の霊が人や獣に憑いて化けたものなのである。「ミチ」というのは「満ち」で、「進化・熟成して化けたもの」というような意味。「かみ (醸み)」とも言う。



アヱノミチの首領は、チワヤからアマテルに話合いを申し出てくる。アマテルはそれに応じてチワヤに向かうが、話合いにはイブキドヌシを勅使と送る。しかし代理を送られたことに怒り、戦闘が始まる。

『チワヤより アメヱノミチが 御神に "言 語らん" と 呼ばらしむ 君 イブキトに 執めしむ』ホツマ8文

  • 『チワヤ』は不詳。大阪・奈良・和歌山の三府県を分ける金剛山に千早 (チハヤ) 峠というのがあり、千窟 (チワヤ) とも呼ばれるが、あるいはここを言うのかもしれない。
  • 『イブキト』は、ツキヨミの子の「イブキヌシ」。


『"汝 若生え 恥 見する 奴とせん" と 鳴り捲る ハタタ神なり イフキトは ウツロヰ 招き これを消す 叢雲 覆ひ 暗ませば シナトを招き 吹き払ふ 炎を吐きて 室 焼けば タツタメ 招き これを消す』ホツマ8文

  • 『ハタタ神』は「かみなり (雷) 」のこと。
  • 『ウツロヰ』は、空を治める自然神で、「鳴神 (雷) の主」と書かれている。
  • 『シナト』は「シナトベ」とも言い、風を治める自然神である。
  • 『タツタメ』は「タツタヒメ (龍田姫)」とも言い、竜を治める自然神である。竜を操って、火を消し高浪を静める。


『ハタレ むせんで このはして 礫 霰に 飛み攻める 味方 領巾 着て 橘 入れて 棄ちこぼさせば ハタレマの 奪ひ食む間に 捕り縛る』ホツマ8文

  • 『むせんで』は「むせびて (咽びて)」の音便。「むせぶ (咽ぶ)」は、ここでは「あわてる」の意。
  • このはす』は「かなわす (叶わす・適わす)」の変態と思う。ここでは「対応・対抗する」の意。
  • 礫 (つぶて)』は「つふつ」の名詞形で、「つふつ」は「とはす (飛ばす)」の変態。だから「つぶて」は「飛ばすこと/もの」の意。「とふてき (投擲)」はこれに由来するのではないかと思っている。
  • 『領巾 (ひれ)』は「ひらひらしたもの」で、ここでは大型のスカーフ・風呂敷のようなものを言っているように思う。
  • ハタレマ』の「マ」は「モノ」と同じ。ここでは「ハタレに仕える者」の意。



『ハタレも領巾し 回す貝 見て驚けば 考えて ホラ貝 吹かせ マ領巾 消し 橘 貪らせ これを討つ』ホツマ8文

  • 『貝 (はゐ)』は「かい (貝)」である。「回す貝」は「貝回し」、つまり「ばいごま・べいごま (貝独楽)」である。
  • 『ハタレも領巾し回す貝』この部分は解釈が難しい。「ハタレもスカーフを頭からかぶったら、まるでべいごまのように見えた」くらいしか思いつかない。
  • 『ホラ貝』は「貝をほる (放る・抛る)」という意のまじないである。
  • 『マ領巾』は「ハタレマの領巾」という意。



『ハタレ 槌 以て 神を打つ 神は和手に 打つ槌の 破れて海桐花の 葉団扇や』ホツマ8文

  • 『神』は、ここではアマテル神。
  • 『和手 (にぎて)』は、手を組み合わせて造形することを言い、「タミメ」とも言う。
  • 海桐花 (とべら)』という名の植物。
  • 『葉団扇』これが「天狗の羽団扇」の起源だと思われる。ここでは海桐花の葉ということだが、「八手 (やつで)」 もまた天狗の羽団扇の異名を持っている。



『ここにハタレが 胸騒ぎ 逃ぐるを掴む タチカラヲ 遂に蕨の 縄縛り』ホツマ8文

  • 『タチカラヲ』はオモイカネヒルコの子で、アマテルの籠った結室の戸を取り投げた人物。
  • 蕨の縄』これもアマテルが授けたまじないの武器の一つ。アマテルは川で禊した時にまじないの武器を得ている。



捕えた十万のハテレマを斬ろうとすると、イブキヌシはそれを止める。霊 (血)を絞って誓書を書かせ、潮を浴びて「マフツの鏡」に映すと「アヰヌ (天狗)」の影は消えていた。同時に日に三度の発熱も収まり、「優れ至る神の恵み」と千々にアマテルを拝み尊んだ。

『斬らんとすれば イフキヌシ 留めて これも 誓いなす 十万のモノマ 天狗影 炎も逃れ "ちわやふる 神の恵み" と 散々拝む』ホツマ8文

  • 『誓いなす』は、霊 (血)を絞って誓書を書かせ、潮を浴びて「マフツの鏡」に映すプロセスを指す。
  • 『モノマ』は「ハタレマ」に同じ。
  • 『天狗影』は、取り憑いている天狗の霊の影響力を言う。
  • 『炎』は「日三の炎」を言い、ハタレや人を恨む者が悩まされるという、一日に三度の発熱である。「瘧火 (おこりひ)」とも言う。
  • ちわやふる神』は「優れ至る神/優り至らす神」という意で、当然アマテル神を指す。
  • 『散々 (ちぢ)』は、辞書には「千千・千箇・数千」とあるが、意味は同じである。
  • 拝む (をがむ)』は「崇む (あがむ)」の変態で、「(心・身に/を) 合わす」「敬う・尊ぶ」が原義。



こうして「アヱノミチ」は退治され、六ハタレによる反乱も治まった。
「アヰヌ」の正体は結局わからないが、後にこれが「てんぐ(天狗)」となり、またアイヌ民族に対する蔑称となったことは間違いないように思われる。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma08.html




ホツマツタエのおもしろ記事(44)『稲荷と狐』

2013-01-26 22:27
ホツマツタエのおもしろ記事(44)  稲荷と狐



「いなり」とはどういう意味だろうか?

「いなり」は「いなる」という動詞の名詞形である。
そして「いなる」は「いぬ」から派生している。
この「いぬ」は、「いむ (斎む)」「いる (炒る・鋳る)」「うる (熟る)」の変態で、「高める・勢い付ける・栄す・熟れさす・優れさす・至らす」などの意である。
「いなる」の変態には「うなる (唸る)」や「いたる (至る)」や「みのる (実る)」などがある。
だから「いなり」は「繁栄・成熟・成果・収穫」などの意となる。
「いぬ」の名詞形の一つが「いね (稲)」であり、その変態が「よね (米)」である。
だから「いなり」は「至り=実り=稲=米」と考えてもいいと思う。


だから「稲荷」の漢字も「稲」の部分は納得できる。しかし「荷」の字は何なのだろうか? ホツマはこれを説明できるのである。


クニサツチの子に「ウケモチ (保食神)」がいて、その子孫は山背 (やましろ) の花山周辺を治めていた。この一族は先進の農業技術を持っていたらしく、その族長は代々ウケモチの名を世襲したようだ。そして8代目のウケモチは「カダ」または「カダマロ」と呼ばれていたのである。

『クニサツチ 生む ウケモチの 八代の孫 今のカダなり』ホツマ15文


農業技術の向上を家業とするこの一族は、当然ながら「ウケミタマ (宇迦御魂神)」を祭っていた。それが京都の「伏見稲荷大社」や「花山神社」である。伏見稲荷は稲荷山の麓にあるが、稲荷山全体の地主神を荷田の神と言う。また伏見稲荷には間の峰・荷田社というのがある。どうやらホツマの言う「カダ」は、この「荷田」に間違いない。そして「カダ」の子孫が伏見稲荷大社の社家になったようだ。荷田春満なんかがそうである。
したがって「稲荷 (いなり)」の「荷」の字は「カダ (荷田)」を表すと考えられるのである。



さて稲荷ときつねの関係だが、アマテルの時代にさかのぼる。
六ハタレ」という反体制勢力が各地で蜂起するのである。このバックにはすでに話したサホコチタルのマスヒト等 (アメオシヒ+シラヒト・コクミ+モチコ・ハヤコ) がいる。またソサノヲも巻き込まれている。

この六ハタレの一つに「キクミチ」という集団があった。これはキツネとクツネ (両者は似て非なるものらしい) の悪霊が、生身の人とキツネ・クツネに憑依して、正気を奪われた集団で、3人の被憑依人間が首領であった。「ミチ」というのは「満ち」で、「進化・熟成して化けたもの」というような意味。「かみ (醸み)」とも言う。



キクミチは筑紫で蜂起し、山背の花山に集結し始める。アマテルはカダに自国の様子を見て来いと命ずる。

『またハタレ 筑紫の三人 中国の 花山の野に 朋 集む 時に天地照る 御言宣 ウケモチの孫 カダマロに "国 見て返れ"』ホツマ8文

『叢雲 灯火や 蛍火の 笑い嘲けり 怒霊の 穢汚魂 吐けば 進み得ず』ホツマ8文


  • 『灯火や蛍火』は、いわゆる「狐火」と思われる。




カダは一旦帰って報告する。アマテルはしばし考え、カダにまじないの武器 (語呂合わせの武器) を与えて討たしめる。

『これ キ・ク ならん キツネとは 木は根より生る 西南 (ツサ) を経て 北 (ネ) に来て住める ネズミをば 油に揚げて 厭ふべし』ホツマ8文


  • 『油に揚げて厭ふ』 これが「キツネと油揚げ」の関係の起源。しかしネズミだったとは。
  • ちなみに「まじない」は「申し述べ」の意である。



カダはこの武器によりキクミチを撃退し、人間1,000人とキ・クツネ33万を捕える。



人や動物が、悪霊に憑依されているかどうかを知る方法があった。その霊 (血) を絞り、その血で誓書を書かせ、海の潮を浴び、「マフツの鏡」に写すのである。この鏡は「マフツのヤタ鏡」とも言われ、人の目には見えない内面の真実を映す鏡なのである。これが三種宝の「ヤタ鏡」の原型である。

捕えた人とキ・クツネをマフツの鏡に写してみると、ことごとくキツネの姿だったので殺そうということになる。その時、カダはそれらの命乞いをしたのである。しかし皆の同意は得られなかった。それでもカダは食い下がること7度に及ぶ。そこでアマテルの御言宣を得る。

『三彦が如 諸狐 ウケノミタマを 守らせよ もしも違はば 速かに 魂断ち 為せよ この故に 永く汝に 仕るなり』ホツマ8文


  • 『三彦』は、キクミチの首領の3人を言う。
  • 『魂断ち』とは「魂の緒」を切って生命を断つことを言う。



これにより三彦とその配下のキ・クツネはカダに仕えることになり、3ヶ所に配備され、田畑の鳥を追う役目を授かることになる。

『天つ御言の 趣きを 告げて兄彦 ここに留め 中は山背 花山野 弟は東の アスカ野へ 狐も三つに 分け行きて 田畑の鳥を 追わしむる』ホツマ8文


  • 『ここ』は、イサワ (伊勢) である。
  • 『アスカ野』は不明。伊勢の東とは?



三彦は後に「三狐神 (さぐじ)」と呼ばれるようになり、田の守り神として祭られている。

  • 奈良県吉野郡十津川村玉置川、玉置神社の摂社、三柱神社。 
  • 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜の宮、熊野三所大神社境内末社、三狐社。



稲荷神社とキツネの関係はこうして始まったのである。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma08.html




ホツマツタエのおもしろ記事(43)『ソサの誓い』

2013-01-26 16:04
ホツマツタエのおもしろ記事(43)  ソサの誓い




「交わり去る」の処罰が確定したソサノヲは、皇族の地位を剥奪され、下民として追い遣られることになった。 父イザナギの言に従って根国に行くつもりだが、その前に姉ヒルコに会いたいと請う。それが許されると、ソサノヲは姉の居るヤスカワへ上って行った。

『流離男は 御言を承けて 根に行かん 姉にまみゆる 暫しとて 許せば 上る ヤスカワ方 踏み轟きて 鳴り動く』ホツマ7文

  • この頃ヒルコは夫のオモイカネと共に、ヤスカワでオシホミミの御子守という役に就いていた。



『姉は本より 流離男が 粗るるを知れば 驚きて "弟の来るは 清はあらじ 国 奪ふらん 父母の 任しの国を 棄て置けば 敢え窺ふ" と』ホツマ7文




『揚巻し 裳裾を束ね 袴とし 五百瓊ミスマル 絡巻きて 千乗・五百乗 肱に付け 弓を振りて 剣 持ち 朽厭 踏んで 蹴散らして 逸のお猛に 詰り訪ふ』ホツマ7文

  • 『千乗 (ちのり)・五百乗 (ゐものり)』とは、「千本の矢が入った靫・五百本の矢が入った靫」の意。
  • 朽厭 踏む (かたにわふむ)』は「穢気を生む」の意と推測する。「かたにわ」は「かたをゑ」と同義と見る。
  • 『蹴散らす』は「放つ・退ける」の意。「足で蹴る」ことに限らない。
  • 『詰り訪ふ (なじりとふ)』は「威圧的に迫り寄る」というような意と考える。



姉ヒルコはソサノヲの本心を尋ねる。ソサノヲが答えるには、根国へ行って子を生もうと思うが、生まれる子の性別で自分の正邪を決めると言う。もし男なら自分は無罪で自分の勝ち、女なら自分は有罪で負けなのだと言う。

『姉 問わく "素心は何" その答え "根に至る後 子を生まん 女ならば穢れ 男は清く これ 誓ひなり」ホツマ7文



その理由は ...

『昔 君 マナヰにありて ミスマルの 珠を濯ぎて タナキネを モチに生ませて 床酒に ハヤコを召せば その夢に 十握の剣 折れ 三割 添かみに交んで 共となる 三人 姫 生む "タ" の斎名』ホツマ7文

『我 穢れなば 姫を得て 共 恥 見んと 誓い去る』ホツマ7文


  • 『マナヰにありて』トヨケが真名井 (宮津) で世を去った後、アマテルはしばらくの間、自らサホコチタルを治めたが、その時に北の局の3人も宮津に派遣されている。またソサノヲも臣として随行していた。
  • 『ミスマルの 珠を濯ぎて』は、「御皇の魂を注ぐ」をかけていると思われる。
  • 『モチ』は、北の局の典侍「モチコ」のこと。
  • 『タナキネ』は「ホヒ尊」の斎名
  • 『添かみに交む (さかみにかむ)』「さかむ」に「かむ」で、どちらも「寄る・集まる・まじわる」などの意。
  • 共 (みた)』は「みつ (見つ・充つ)」の名詞形で、「まとまり・合体・一体」などの意。
  • 『"タ" の斎名』は「タケコタキコタナコ」の三つ子の姫を指す。

こんな子供っぽいことをわざわざ姉に言うため、ヤスカワまで上ってきたソサノヲは去っていった。



なお「日本書紀」は、ヒヨルコの代わりにヒルコをすでに殺してしまっているため、上記のヒルコとソサノヲの会話は天照大御神と素戔嗚尊の会話に化けている。



二神 (イザナギ・イザナミ) は、こんなことを言い遺している。

陽陰の巡りの 蝕みを 見る 真栄瓊の 中 濁りて 生むソサノヲは  乱れ 地の隈 成す 誤ちぞ』ホツマ7文

『男は父に得て 地を抱け 女は母に得て 天と寝よ うきはしを得て 婚ぐべし 女は月潮の 後三日に 清く朝日を 拝み 受け 良き子 生むなり』ホツマ7文

『誤りて 穢るる時に 孕む子は 必ず粗るる 前後 乱れて流る 我が恥を 後の掟の 占形ぞ 必ずこれを な忘れそ これ』ホツマ7文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma07.html




ホツマツタエのおもしろ記事(42)『空かさ天男』

2013-01-26 11:58
ホツマツタエのおもしろ記事(42)  空かさ天男




アマテルが結室から出た後、ソサノヲの裁判がタカマ (中央最高会議) で行われる。その罪科は1,000座 (くら) を超えた。アマテルの制定した「経矛法 (とほこのり)」では、360座を超えると死罪であるから、ソサノヲのは死刑3回分の罪である。3回殺すわけにもいかないから、髪と爪を抜き、これを死刑1回分の360座とみなした。これで 1080-360=720座。まだ処罰は足りないが、かといって他に抜く物も無いのでそのまま殺すことにした。

『然る後 タカマに議り ソサノヲの 咎は千座の 三段枯れ 髪 抜き 一つ 爪も抜き まだ届かねば 殺す時』ホツマ7文


上の部分、古事記は『是に八百万の神、共に議りて、速須佐之男の命に千位の置戸(ちくらのおきど)を負わせ、また鬚と手足の爪を切り祓えしめて、神やらひ遣らひき』とする。

六月晦大祓祝詞は『天の益人等が 過犯けむ雑々の罪事は 天津罪と 畦放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸 ここだくの罪を 天津罪と法別て 国津罪と 生膚断死膚断 白人胡久美 己が母犯罪 己が子犯罪 母と子と犯罪 子と母と犯罪 畜犯罪 昆虫の災 高津神の災 高津鳥の災 畜仆し蟲物為罪 ここだくの罪出でむ 如此出ば 天津宮事を以て 大中臣天津金木を本打切末打断て 千座の置座 (ちくらのおきくら) に置足はして 天津菅曾を本苅断末苅切て 八針に取辟て 天津祝詞の太祝詞事を宣れ』としている。



その時、直御使がムカツ姫 (セオリツ姫) よりの伝言を持ち来たる。「ウケモノに祈りハナコを蘇らせた。ハナコ殺害の400座の罪は償われたゆえ、今一度、清汚を明らかにせよ。ソサノヲのしわざは、生れ付きの血の蝕みが原因ではあるが、かといって罪なく処罰して良いというものでは無かろうぞ。」

『ムカツ姫より 直御使に "ウケモノ 祈り 蘇す ハナコの四百逆 償のえば 清汚を明せよ ソサノヲが 仕業は血の 虫なれど 逆 無く 恙 無からんやわや』ホツマ7文


  • 『直御使 (さをしか)』は「勅使」のこと。
  • 『ウケモノ』は不詳。「うけ」は「うく」の名詞形で、「うく」は「いく (生く・活く)」の変態。「モノ」は「神」に比して低級な霊を表す。よってウケモノは「生かす霊」の意と推測している。
  • 『蘇す』は、辞書には「黄泉から返す」の意と説明されているが、そうではない。「熟み返す」で「(衰えた状態を) 高めて元に戻す」が原意である。
  • 『清汚 (さが)』は、原義は「直・曲」で「まっすぐ&曲り」である。
  • 『血の虫 (しむのむし)』は、陽陰のリズムの乱れた時に妊娠したソサノヲの「生れ付きの魂の蝕み」を言い、「シム」は、ここでは「霊・精」の意。人の「血・乳」は「霊・精」の顕れと考えられていたようだ。
  • 『逆 (さか)』は「離れ・逸れ・外れ・曲がり」などの意で「罪・咎」と同じ。
  • 『恙 (つつが)』は「つつみ(包み/障み)」の類語で、「縛り・拘束」また「差し障り・処罰」などの意。

ハナコは本当に生き返ったのだろうか? それが確認できる記述はホツマに見当たらない。



これにより詮議し直せば、360度を一周して天に戻るという重罪も、親族殺害分の400座が減り、720-400=320座となり、「交り去る」に減刑される。そして皇族の地位を剥奪され、下民として追い遣られることになった。

『言宣を 諸が議りて 天 戻る 重きもシムの 半ば減り "交り去る" と 空かさ天男 八方 這い回む 下民の 流離 遣らひき』ホツマ7文


  • 『天 戻る』は、「円グラフが100%に達して、原点の天に戻る」という意。
  • 『シム』は、ここでは「親」で、「親族・身内」の意。
  • 『交り去る』は「経矛法」を参照。
  • 『空かさ天男 (すかさあを)』は、「すかされた皇子・除外された皇子」という意。
  • 『八方 (やゑ)』は、ここでは「やへ (八辺・八方)」の意。
  • 『這い回む (はゐもとむ)』の「もとむ」は、「もとおる (回る・廻る)」の変態。
  • 『下民 (したたみ)』は「民」の劣性を強調する言い方であるが、海の砂泥地に這い回る「細螺」の意をかけている。
  • 『流離 (さすら)』は「さする (擦る)」の名詞形で、「行き来・往復してスライドすること」を言う。




汚穢隈のソサノヲが追放されたことで、アマテルは再び天地を照らす。(隈は雲と同じ「翳り」の意。雲が晴れれば日月は自然に照る。) 人々の顔にも明るさ見え、その心を表した「満ち清けの歌」が流行る。

『大御神 知ろし召されば 天地 照らす 人の面も 楽しむに "満ち清けの歌"』ホツマ7文

『天晴れ あな面白 あな楽し あな清やけ 可笑 清やけ 可笑 天晴れ 面白 清やけ 可笑 あな楽し』ホツマ7文


  • 『満ち清け (みちすけ)』は「(心が) 満ちてスッキリすがすがしいさま」の意。
  • 『清やけ (さやけ)』は「さやか (明か・清か)」の変態。
  • 『可笑 (おけ)』は「おかし (可笑し)」の語幹の変態。「おく(起く・上ぐ・熾く)」の名詞形で「(心を) 沸かせるさま」の意。



諸共に手を打ち伸ばして歌い舞う。「ああこの上ないことよ」と楽しめば、その楽しの源流は、大御神が天地を照らせばこそであるということに、闇を経験して初めて気が付くのであった。

『合共に 手を打ち伸べて 歌ひ 舞ふ ちわやふるとぞ 楽しめば これ 上位に 天地照らす 大御神 あり』ホツマ7文


  • 『ちわやぶる (千早振る)』は「ちはやぶ (千早ぶ)」の連体形。「ちはやぶ」は「ちはふ (幸ふ)」から派生した同義語。「高まる・勢い付く・栄る・優れる・至る」などの意。「カミ」にかかる枕詞となった起源は、おそらく上の一文であろうと思う。


ー つづく ー



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma07.html




ホツマツタエのおもしろ記事(41)『岩戸隠れ』

2013-01-25 21:04
ホツマツタエのおもしろ記事(41)  岩戸隠れ




ソサノヲはアマテルに諭されても、毒気をまき散らしてさらに怒る。

『ソサノヲは 汚穢を蹴散らし なお怒る』ホツマ7文



アマテルはソサノヲの狂乱のさまを恐れて、結室に入って閉ざす。すると世に明暗の区別が無くなってしまう。

『君 恐れまし いわむろに 入りて閉ざせば 天が下 明暗も紋 無し』ホツマ7文

  • 『いわむろ』は「結室」である。「いわ」は「いふ」の名詞形。「いふ」は「ゆふ (結う)」の変態である。「いく (行く)」=「ゆく (行く)」「いふ (言う)」=「ゆふ (言う)」のように、「い」と「ゆ」は常に交換可能である。
  • 結室は「結わえた室・閉ざされた空間・密室」の意で、「無戸室 (うつむろ)」と同じである。したがって「岩石」とは何の関係もない。
  • 明暗無し』とは、陽と陰を分けたアメノミヲヤ (陽陰の上祖) と同一視されるアマテルがいなくなって、この世が秩序なき混沌状態になったという比喩だろうと考える。 参照:天地創造



皇太子オシホミミの御子守を務めるヤスカワのオモイカネは、この闇に驚き、イサワ宮に侍るタチカラヲ (手力雄神) の所へ松明に馳せ、「タカマに議って祈ろうではないか。」

『ヤスカワの 闇に驚く オモイカネ 松明に馳せ 子に訪いて "タカマに議り 祈らんや"』ホツマ7文

  • 松明 (たひまつ)』は「とう (灯・燈)」+「まつ (燃す)」あるいは「ともし (灯し)」と同じと考えて良い。
  • 『タカマ』は、ここでは「中央政府の会議」の意で、今風に言えば「国会」である。具体的にはイサワ宮南殿の「橘宮 (かぐみや)」で開かれる会議である。



そこでツハモノヌシが「真榊の上の枝に宝石、中の枝にマフツの鏡、下の枝に和幣を掛けて祈ろう」と提案する。

『ツハモノヌシが "真榊の 上枝は熟玉 中つ枝に マフツの鏡 下 和幣 掛け祈らん"』ホツマ7文

  • 『熟玉 (にたま)』は「優れた球/丸/弾」の意で、「珠・宝石」。
  • 『マフツの鏡 (真経津鏡)』は、「マス鏡 (真澄鏡)」と同じ。二枚一組の鏡で、それぞれ日と月に擬える。
  • 和幣 (にぎて)』は、神をねぎらうために奉る木綿や紙。
  • 真榊に鏡や剣や珠を掛けることにどういう意味があるのか不明だが、ホツマではよく出てくる。



そしてウスメ (天鈿女命) 等をして、日陰草の襷、茅巻矛の匂い、笹湯花を行い、神座の外で神を祭る。

『ウスメ等に 日陰を襷 茅巻矛 朮を匂ひ 笹湯花 神座の外の 神篝』ホツマ7文
  • 『匂ひ (にはひ)』は「庭火」かもしれない。
  • 「神座 (かんくら)」は「神の居場所」。ここでは「アマテルの籠った結室」を指す。
  • 『神篝 (かんかがり)』は「神を栄す・敬う・崇める」の意で、「神祭」と同じ。



しかしアマテル神が結室から出てくる気配はない。そこでオモイカネは考えたあげく、トコヨの踊り「長咲」を踊ることに思い至る。

『深く謀りて オモイカネ トコヨの踊り '長咲' や 俳優 歌ふ』ホツマ7文

『橘の木 枯れても匂ゆ 萎れても好や 吾が妻 合わ  吾が妻 合わや 萎れても好や 吾が妻 合わ』
ホツマ7文

『諸守は 結戸の前に 姦踊 これぞトコヨの "長咲" や』ホツマ7文

  • 『俳優 (わざおき)』は「技の大きなる者・技の優れたる者」の意。
  • 『吾が妻 合わ』の「合わ」は、「あふ (合う)」の名詞形で「同じ」という意。
  • 『結戸 (いはと)』は「結わえる戸」。「戸 (と)」は「とつ (解つ/閉づ)」の名詞形の簡略で「開閉するもの」の意。「口 (くち)」と同じ。
  • 『姦踊 (かしまどり)』は「姦しい踊り・騒がしい踊り」の意。「とり (踊・鳥)」の原義は「バタバタすること/もの」。



外の騒がしさに気が付いたアマテルは、結室の戸を少しだけ開けて外の様子を伺う。外で待ち構えていたタチカラヲはこの時とばかりに結戸を放り投げ、アマテルの手を取って外に出す。そしてツハモノヌシは、アマテルが結室に戻らぬようにと、閉縄を引き渡す。

『君 笑み 細く 窺えば 結戸を投ぐる タチカラヲ 御手 取り出し 奉る ツハモノヌシが 閉縄に "な返りましそ"』ホツマ7文



このいわゆる「岩戸隠れ」の物語は、いかにも神話らしい幻想的な物語であるが、何を言わんとしているのか結局よくわからない。こうした物語はホツマの中では多くはない。他には「海幸彦・山幸彦」の話ぐらいである。おそらく幻想的な物語にしなければ表に出せないような、きわどい事実が裏に隠れているのだろうと思う。



ー つづく ー



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ホツマツタエのおもしろ記事(40)『ソサノヲ 吼ゆ』

2013-01-25 14:00
ホツマツタエのおもしろ記事(40)  ソサノヲ 吼ゆ




内宮セオリツ姫により、北の局の典侍モチコと内侍ハヤコは、身柄を筑紫のアカツチに預けられる。モチコ・ハヤコから引き離されたソサノヲは荒れ狂い、手の施しようがなかった。

『ソサノヲ 仕業 あぢきなく なじろ しきまき あお放ち』ホツマ7文


  • 『あぢきなく』は、「あぢき」+「なし (無し)」の連用形。 「あぢき」は「あづく (預く)」の名詞形「あづき (預き)」の変態。 よって「あぢきなし (預き無し)」は「あづかりなし (預かり無し・与り無し)」と同義で、「関わる者がいない」「手出し無用」という意。
  • 『なじろ』は「なじる (詰る)」の名詞形と考えている。
  • 『しきまき』は「しきまく」の名詞形。「しきまく」という動詞は辞書には無いが、「さかまく (逆巻く)」の変態と考える。「逆巻く」も「さかわく (盛沸く)」つまり「盛んに沸き返る」が原義と考えている。「盛んに」と「頻りに」は同義である。
  • 『あお放ち』の「あお」は「おゑ (穢・汚穢)」の変態で「毒気」の意と考える。

したがってこの部分は「悪口雑言、逆上、毒気の発散」という意で、ソサノヲの怒り狂うさまを表現した記述と考えたい。

『日本書紀』はこの部分を「天の苗代に種を重播し、畔を放ち」と解釈している。
また『延喜式の六月晦大祓』でも「天津罪と 畦放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸 ここだくの罪を 天津罪と法別て」と、書紀と同じ解釈である。
これは当時すでに古語を解読できなかった日本書紀が、適当に言葉を加えてでっち上げたと見ている。大祓は書紀に倣ったのだろう。



新嘗祭で君が田畑神に祈る時に召す「神御衣」を織っていれば、その殿を汚す。

『みのらす御衣の 新嘗の 神御衣 織れば 殿 汚す』ホツマ7文


  • 『みのらす』は、「みのる」の未然形 +「す (尊敬の助動詞)」。「みのる」は「みぬ (見ぬ/満ぬ)」から派生した動詞で「(心・身を) 合わす」また「高める・敬う・尊ぶ」などの意。これは「いのる (祈る)」と同義である。
  • 「御衣 (みそ)」は「みす (見す)」の名詞形で、「みす」は「めす (召す)」の変態。よって「みそ」は「召すもの・お召し物」である。
  • 神御衣 (かんみは)』は、辞書には「かむみそ・かんみそ」、また「神の御衣 (かみのみけし)」ともある。
  • 『殿』は「斎衣殿 (ゐんはとの)」を言い、辞書には「斎服殿 (いみはたどの)」とある。
  • 『汚す』は、どういう行為を言うのか不明であるが、部外者が斎衣殿に近づくだけでも「汚す」ことになるのかもしれない。ソサノヲはその神聖な殿に無断で立ち入ったものと考える。日本書紀は「糞放る (くそまる)」と解釈している。



ソサノヲはそれを注意され、織姫が一人で籠るべき斎衣殿は閉ざされた。これにむかついたソサノヲは、(子馬ではなく) 大きな馬を屋根を破って投げ入れる。中に籠って機を織っていたハナコは驚いて、手に持っていた「」で体を突いて死んでしまう。

『これ 正されて ソサノヲが 一人 被る 斎衣殿 閉づれば 怒る ふち駒を 甍 穿ちて 投げ入るる ハナコ 驚き 杼に破れ 神去りますと』ホツマ7文

  • 『被る (かふむる)』は「こもる (籠る)」に同じ。
  • 『ふち駒』を、書紀は「斑駒」としているが、馬の毛の模様などはこの場面ではどうでもいいことである。「ふち」は「ふと (太)」「むっちり」の変態と考える。



日本書紀は、本文では「天照大神、驚きて、梭を以ちて身を傷め」とし、一書では「稚日女尊、すなわち驚きて機より墮ちて、所持せる梭を以ちて身を傷めて神退りき」としている。
ここに「稚日女 (わかひめ)」が出てくるのには理由がある。

ワカ姫はヒルコ (蛭子) の別名であるが、書記は「ヒルコ」を「ヒヨルコ」の代わりに殺してしまっている。しかし稚日女尊は各地の神社に祭られており、その名までは消すことはできなかった。そこでハナコを稚日女尊に仕立て上げたのである。なぜならばハナコというのは斎名だが、その通称は「ワカサクラ姫」「ワカ姫」と言うからである。



これにはついにアマテルも怒り、「天の下にある地に対する見方が間違っている」と、歌を以て諭す。
[天の下を和して恵む日月のような存在であってこそ民の親であり、それが国守というものである。]

『君 怒りまし ソサノヲに "汝 汚なく 地 望む"』ホツマ7文

『如何んぞ 地 望む 陽陰法 成せば 地の守』ホツマ40文

『天が下 和して恵る 日月こそ 晴れて明るき 民の父母なり』ホツマ7文



しかしソサノヲはなおのこと怒り、毒気をまき散らす。

『ソサノヲは いわを蹴散らし なお怒る』ホツマ7文
  • 『いわ』は、先出の「あお」と同様に「おゑ (汚穢)」の変態。他にも「いま (忌)」「おわい (汚穢)」などがある。
  • 『蹴散らす』は「放つ・退ける」の意。「足で蹴る」ことに限らない。



ー つづく ー




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     :http://gejirin.com/hotuma40.html




ホツマツタエのおもしろ記事(39)『局の怨念』

2013-01-24 22:02
ホツマツタエのおもしろ記事(39)  局の怨念






ソサノヲは、クラコ姫とアメオシヒ (天忍日命) の婚儀を調えるため、真名井の朝日宮に向かう。そこで「ハヤスフ姫」(早吸日女) という手弱女を見初める。

『ソサノヲは これ 調ひて マナヰなる 神に詣でる その中に 嫋女 あれば これを問ふ 侍女 答ふ "アカツチが ハヤスフ姫" と 聞し召し』ホツマ7文



聞けば筑紫の国守「アカツチ」(赤土命) の娘だという。そこでアカツチ宮に雉 (伝令) を飛ばして求婚するが、うまく事は運ばなかった。失意のソサノヲは大内宮の北の局に折々寝泊りするようになる。

『雉を飛ばせて 父に乞ふ "アカツチ宮に 婚がん" と 言えど 和 無く 大内の 折々 宿る 北の局』ホツマ7文



北の局の様子がおかしいことに気付いた内宮セオリツ姫は、モチコ・ハヤコの任を解き、西局のトヨ姫アヤコを召して仕わす。モチコ・ハヤコはやむなく北局に退き、そのことをソサノヲにこぼす。ソサノヲは我慢できずに「内宮と掛け合う」と剣を持ち出す。ハヤコは「事が成った暁には天下は我らのもの。今は辛抱の時。」と、何とかソサノヲを押し留めるが、そこにハナコが通りかかり、慌てて剣を隠す。ハナコも見ぬふりをしてその場を過ごすが、内宮に告げる。

『"姉妹 休め" とて 内宮の トヨ姫 召せば 北の局 退がり嘆けば ソサノヲが 湛えかねてぞ 剣 持ち 行くをハヤコが 押し止め "功 成らば 天が下" ハナコ 来たれば 矛 隠す 見ぬ顔すれど 内に告げ』ホツマ7文



セオリツ姫は君が出かけた後、モチコ・ハヤコを内宮に召して、二人の君に対する気持ちが冷えていることを指摘する。そして二人の身柄を、三つ子の姫と共に筑紫のアカツチの所にしばらく預けることを告げる。

『ある日 タカマの 御幸後 モチコ・ハヤコを 内に召す 日に向つ姫 宣給ふは "汝等 姉妹が 御気 冷えて ツクシに遣れば 噤み下れ"』ホツマ7文

『"タナキネは取る 男は父に 女は母に付く 三姫子も 共に下りて 養しませ 必ず待てよ 時 あり" と 宣べ 懇に 諭されて』ホツマ7文



ここで注意したいのは『タナキネ』となっていることである。タナキネはモチコが生んだ「ホヒ」(天穂日命) の斎名であるが、ホツマ6文においては「タナヒト」と書かれている。「~ヒト」は皇位継承者専用の斎名の「乗り」である。したがってこの斎名の変更は、セオリツ姫の生んだ「オシホミミ」のせいで、ホヒが皇太子でなくなったことを意味する。ホツマは明言を避けているが、モチコ・ハヤコのアマテルに対する気持ちの冷却、サホコチタルのマスヒトらへの接近、ソサノヲへの接近、これらはみなオシホミミを生んだセオリツ姫に対する恨みが根底であると思われる。

『先にモチコが 生む御子は ホヒの尊の タナヒトぞ』ホツマ6文



これを受けて筑紫のアカツチは「ウサ宮」(宇佐神宮) を改装して、モチコ・ハヤコを新局として預かるが、二人は怒り狂って、自分の生んだタケコ・タキコ・タナコの三つ子の姫の面倒すら見なかった。それを聞いたセオリツ姫は、筑紫のムナカタの娘である西局のトヨ姫をウサ宮に派遣して三姫の養育に当たらせる。

『ツクシ アカツチ これを承け ウサの宮居を 改めて モチコ・ハヤコは 新局 置けば怒りて 養しせず 内(宮)に告ぐれば "トヨ姫に 養し奉らし"』ホツマ7文


宇佐神宮と宗像神社が共にタケコ (多紀理姫命/田心姫神)・タキコ (多岐津姫命/湍津姫神)・タナコ (市杵嶋姫命/市杵島姫神) の三神を祭っているのは、こんなところに理由があったのである。



またソサノヲが見初めたハヤスフ姫は、ハヤコに噛み殺されたという記述があり、おそらくそれは二局が筑紫に居た、この時期のことであったと思われる。

『アカツチが 姫を弟君に 因むをば ハヤがオロチに 噛み殺す』ホツマ28文



モチコ・ハヤコはウサの宮を逐電し、サホコチタルのマスヒトを頼ってヒカワ (簸川) の地に向かう。そこでアメオシヒ・シラヒト・コクミと合流。彼らの恨みの想念は合体して、ついに「オロチ」(愚霊) へと昇華し、人のシム (霊・精) を貪りだす。

『流離なす 二流離姫 憤り ヒカワにいかり 成る オロチ 弥に蟠り コクミ等も 仕えてシムを 奪ひ食む』ホツマ7文



ー つづく ー




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ホツマツタエのおもしろ記事(38)『天忍穂耳命』

2013-01-24 15:45
ホツマツタエのおもしろ記事(38)  天忍穂耳命




オシホミミは、アマテルセオリツ姫の間に生まれた世嗣御子である。アマテルがハラミ山 (富士山) 麓の「ヤスクニ宮」から「イサワ宮」に都を移した後、「フチオカ」端の「オシホヰ」で生まれる。斎名は「オシヒト」。

『成りてイサワに 宮移し ここに居ませば ムカツ姫 フチオカ端の オシホヰに 産野の耳に 生れませる オシホミの御子 オシヒトと 斎名を告れて』ホツマ6文



イサワの宮は伊勢市の海岸部にあったと思われ、磯町の磯神社はその遺構と言えるかもしれない。
フチオカは豊受大神宮正宮の西方約250mにある藤岡山。フチオカは「縁丘」の意と思う。

オシホヰは、「真名井 (マナヰ)」と同様、ずっと「忍穂井」という井戸の名だと思ってきたが、今は否定的である。ホツマの文中に「井戸・水」を示す記述がまったく無いからである。オシホヰは上御井という井戸だと言うが、これは後世の付会と考える (日本は少し掘ればどこでも水は出るから)。 

今は一応、「おしほ(押しふ)」+「ゐ(居)」と見て、「押し迫った所・どん詰まり」「果て・際・限・岸」というような意の普通名詞と思っている。したがって『フチオカ端のオシホヰ』は「縁丘 (国境付近にある丘) の麓の国境ぎりぎりの所」という意に考えている。

オシホミもオシホヰと同義だが、こちらは「押し迫った時・どん詰まり・最終」という時間の意味を含むと考えている。したがって『オシホミの御子』は「どん詰まりの御子・最終の御子」という意に考えている。



オシホミミは、アマテルにとっては「モチコ」の生んだ「ホヒ (天穂日命)」、「ハヤコ」の生んだ「タケコ (奥津島姫)・タキコ (江島姫)・タナコ (厳島姫)」の三つ子の姫、「アキコ」の生んだ「アマツヒコネ (天津彦根命)」、「ミチコ」の生んだ「イキツヒコネ (活津彦根命)」、「アヤコ」の生んだ「クマノクスヒ (熊野樟日命)」に継ぐ、そして最後の御子である。

『オシヒトと 斎名を告れて 神生りの 餅飯 賜えば 民 歌ふ "先にモチコが 生む御子は ホヒの尊の タナヒトぞ ハヤコが三つ子 一はタケコ オキツシマ姫 二はタキコ ヱツノシマ姫 三はタナコ イチキシマ姫 然る後 アキコが生める タタキネは アマツヒコネぞ 然る後 ミチコが生める ハラキネは イキツヒコネぞ トヨ姫は 北の内侍にて ヌカタダの クマノクスヒぞ 御子すべて 五男三女なり"』ホツマ6文


「八王子」という言葉は、アマテルの「五男三女」が起源と思われるが、ソサノヲ (素戔嗚尊) の子もやはり「五男三女」の8人である。



オシホミミは、春宮となって近江の多賀に宮居し「タガ若宮」と呼ばれるが、生れつき病弱だったようで、オモイカネヒルコ夫妻が「御子守」となって職務を代行していたようだ。

『オシヒトの ヲシホミミとぞ 聞し召し タガ若宮に 養します』ホツマ11文

『ヤマトヤス宮 退き移し 天ヤスカワの ヒルコ姫 御子オシヒトを 養します』ホツマ6文

『先に御子守 オモイカネ シナの辞洞 アチの神』ホツマ10文

『君は優しく 和らかに 坐せば 考えて 止むものかな』ホツマ13文



オモイカネが世を去ると、その父の7代タカミムスビ「タカキネ」が、「代の殿 (こうのとの)」に就任し、オシホミミに代って中央の政を執る。

『先に御子守 オモイカネ シナの辞洞 アチの神 よりて 七代の 大嘗事 タカキネ ヤスの 今宮に タガ若宮の 代の殿』ホツマ10文

『君は弱くて 水濯ぎ 稀れ  叔母 去りませば 代の殿 政 執る故 ヨロマロを ヒタカミの守』ホツマ11文



その後オシホミミはヒタカミの「ケタツボ」に都を移す。この都は「タカノコフ (タカの首)」と呼ばれた。そこで代の殿タカキネの娘「タクハタチチ姫 (栲機千々姫)」を娶る。

『ヒタカミの 御座の跡に また都 移して名付く タカの首』ホツマ11文

『君は去年 壺を慕ひて 御幸なる タガの都を 引き移し 代のタクハタ チチ姫と 十二の局も 備われば』ホツマ11文



そしてタカの首にて「三種宝」をアマテルから受けて即位する。これが三種宝の授受の初である。そして「フツヌシ (経津主神)」と「タケミカツチ (武甕槌命)」が左右の臣に任命されたようだ。

『このヤサカニの 環珠 吾が貴日霊と 用ゆれば ナカコ 真直ぐに 保つなり ヤタの鏡は 経に触れ 諸人の清汚を 鑑みよ また八重垣は 右に預け 争み あらば 能く平けて 恵み和せと 己手づから 賜ふ三種を 受け給え』ホツマ11文

『フツヌシと ミカツチ 常に 侍りて 政事 守れ』ホツマ11文



タクハタチチ姫との間に「クシタマホノアカリ (櫛玉火明命)」と「ニニキネ (瓊瓊杵尊)」を生む。

『天地照らします オシホミミ 御子はクシタマ ホノアカリ 斎名 テルヒコ 下さんと』ホツマ20文

『孫 ホノアカリ カグヤマの アスカの宮に 御座します 弟 ニニキネは 新治 成す』ホツマ序



箱根のヰツヲハシリの洞に隠れ「箱根神」と贈り名される。後年、后のタクハタチチ姫は鈴鹿峠の洞に葬られ「鈴明の神」となる。

『終に掘る ヰヅヲハシリの 洞穴に 自ら入りて 箱根神』ホツマ24文

『チチ姫も 後には妹背の 御神に 仕え 鈴明の 道を得て 妹背と央州の 中の洞 鈴明の神と 箱根神 向ふ妹背』ホツマ13文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma11.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/hotuma24.html




ホツマツタエのおもしろ記事(37)『大祓詞』

2013-01-24 15:00
ホツマツタエのおもしろ記事(37)  大祓詞



天の益人等が 過犯けむ雑々の罪事は 天津罪と 畦放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸 ここだくの罪を 天津罪と法別て 国津罪と 生膚断死膚断 白人胡久美 己が母犯罪 己が子犯罪 母と子と犯罪 子と母と犯罪 畜犯罪 昆虫の災 高津神の災 高津鳥の災 畜仆し蟲物為罪 ここだくの罪出でむ』

[ あめのますひとらが あやまちおかしけむくさぐさのつみごとは あまつつみと あはなち みぞうめ ひはなち しきまき くしさし いけはぎ さかはぎ くそへ ここだくのつみを あまつつみとのりわけて くにつつみと いきはだたち しにはだたち しろひと こくみ おのがははおかせるつみ おのがこおかせるつみ ははとことおかせるつみ ことははとおかせるつみ けものおかせるつみ はふむしのわざはひ たかつかみのわざはひ たかつとりのわざはひ けものたふし まじものせるつみ ここだくのつみいでむ ]



上の文は、延喜式卷八の「六月晦大祓 (みなづきのつごもりのおほはらひ) 」と呼ばれる祝詞 (のりと) からの抜粋である。 これを読んで意味の分かる人はいないと思うし、 おそらくこれを書いた本人も分っていなかっただろうと思う。
ところがホツマはこの文のかなりの部分を説明してくれるのである。
この文は複数の出来事を一緒くたにしているし、でっちあげの部分もあると思うので、このページではマーカー部分についてのホツマの伝えを書きたいと思う。



まず『天の益人 (アメノマスヒト) 』とは、天 (中央) から任命されて地方の国を治める代官で、副マスヒトが二人付く。ホツマでは「ツウチ」とか「クニツコ (国司・国造)」などとも呼ばれ、今風に言えば「知事」というところである。
ある時期、根国サホコチタル国のマスヒトを、それぞれ「クラキネ」と「カンサヒ」が務めていた。 クラキネはイザナギの兄弟、カンサヒはトヨケの子である。

次に『白人胡久美』は、「白人 (シラヒト・シラウド)」と「胡久美 (コクミ)」という人の名である。「シラヒト」は根国のマスヒト「クラキネ」の寵臣。「コクミ」はサホコチタル国の副マスヒトであった。サホコチタル国はこの時代には、行政区画的に根国の影響下にあったようだ。


ある時、サホコチタル国のもう一人の副マスヒト「ツハモノヌシ」が、タカマ (中央政府) に伝令してくる。

『マスヒトが 民のサシミメ 妻となす クラ姫 生めば 慈しみ 兄のコクミを 子の如く サホコチタルの マスヒトや 今は副なり クラキネが 罷れる時に シラヒトを 根のマスヒトに クラコ姫 身を立山に 納む後 母子を捨てて 西に送る コクミ 母子を 犯す罪 カンサヒ これを 正さねば 臣 これを請ふ』ホツマ7文


この記述はすこし分かりにくいと思うので、言葉を加えて現代語文にすると、

  • 根国のマスヒトのクラキネは、その臣であるシラヒトの推薦により、コクミの妹のサシミメを妻とする。
  • サシミメはクラ姫を生み、喜んだクラキネは、妻の兄のコクミをサホコ国の副マスヒトに登用する。
  • シラヒトはクラ姫を妻とするが、母のサシミメとも関係を持ち始める。
  • (おそらくサシミメの口添があって) クラキネは死の直前に、シラヒトを根国の次期マスヒトに指名する。
  • しかしシラヒトは、クラキネの死後、サシミメ・クラ姫の母子を、宮津 (サホコの政都) に送る。
  • 宮津にいたコクミは、サシミメ・クラ姫の母子を犯し、我がものとする。
  • サホコのマスヒトのカンサヒは、これらの非道を知りながら放置しているので、自分が訴える。

ということなのである。



この告発により、コクミ・シラヒト・サシミメ・クラコはタカマに召喚され、裁判が行われる。
その結果、コクミの罪の合計は370座 (くら)、シラヒトは410座に上った。
この処罰法は「経矛法 (とほこのり)」と呼ばれている。アマテルは天の一周の360度を基本に、四分割 (90度) して刑法を定め、細分化して条項を作った。犯した罪の合計が、90座を超えると「処を去る」、180座を超えると「さすらう」、270座を超えると「交わり去る」、360座を超えると「命去る」。360度一周で天に還すというわけである。

『天回り 三百六十度を 経矛法 "所を去る" と "流離ふ" と "交り 去る"と "命 去る"  四つ割 過ぎて 綻びと』ホツマ7文

『天マスヒトと 副 二人 清汚を数える 道 立てて 汚の三百六十位 天の満ち 及べば殺す 道はこれ』ホツマ23文



これによりコクミ・シラヒトは、どちらも死罪が確定する。ところがアマテルの北局の典侍「モチコ」が、義妹クラコ姫を「カンサヒ (神狭日)」の子の「アメオシヒ (天忍日命)」の妻とする縁談をまとめたのである。そしてアメオシヒは父のカンサヒに代わってサホコチタルのマスヒトとなる。

『モチが クラ姫を カンサヒの子の アメオシヒ 娶わせ スケが 兄となし 父マスヒトの 政 継ぐ』ホツマ7文



この祝により恩赦を得て、 コクミ・シラヒトは "流離" に減刑され、「ヒカワ (簸川)」に追放される。マスヒトのアメオシヒはこの二人を再登用し、臣下とするのである。

『シラヒト・コクミ この祝 半ば清を得て "流離" の ヒカワに遣るを マスヒトの 我が臣となす』ホツマ7文



後に、ヒカワのこの3人に「モチコ」と「ハヤコ」が加わり、それが「八岐大蛇」や「六ハタレ」という化け物を生むことになるのだが、それはもう少し先のことである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma23.html




ホツマツタエのおもしろ記事(36)『真名井』

2013-01-23 15:32
ホツマツタエのおもしろ記事(36)  真名井



「マナヰ (真名井)」は、京都府宮津市の「天橋立」周辺の地で「真名井の原」とも呼ばれた。マナヰは地理的には、サホコチタル国の政庁都市「宮津」と同じ場所を指す地名と考えて良いと思う。この地には現在、傘松山の南麓に「籠神社」が、東麓にその奥宮の「真名井神社」がある。
ホツマの伝えることが事実なら (もちろん事実と信じているが) 、この地は日本における最高の聖地ということになる。



「まなゐ」の語意については、「ゐ」は「井戸・水」だと長いこと信じて疑わなかったが、今は否定的である。ホツマの文中に「井戸・水」を示す記述がまったく無いからである。現在マナヰには有名な井戸があるが、これは後世の付会と考える。今は一応「まな (愛・真)」+「ゐ (居)」で、「優れる場所・愛しき場所」の意と考えている。



天つ君となった当初、アマテルはヒタカミの重鎮を総動員して全国を治めている。アマテルの祖父であり師でもあるタマキネ (トヨケの斎名) もその例外ではなく、サホコチタルを治めるために宮津に滞在する。

『チタル国 マスヒト コクミ 怠れば タマキネ 仕けて ヒタカミは ヤソキネに治す タカキネを 君の輔と』ホツマ6文

『タマキネは 行きてサホコの 国を治す ミヤツの宮ぞ』ホツマ6文



その甲斐あって日本は「トコヨの道 (和による秩序)」を回復し、豊かに治まっていった。タマキネは世を辞む時を悟り、アマテルを宮津に呼ぶ。

『妙も豊かに 治まりて 八万年 経て 二十二鈴 五百五枝 初に ミヤツより 早雉 飛べば 天日神 急ぎ マナヰに 御幸なる』ホツマ6文



タマキネは、ヒタカミ時代のアマテルの師であったが、教え残した奥義があるとしてそれを授ける。また「アマテル神は幾世の上祖である」とのクニトコタチ (タマキネの過去世の一) の言葉を遺して、この地に掘った辞洞に自ら入り隠れる。

『時にタマキネ 会ひ語り "昔 道奥 尽くさねば ここに全つ" とて 授けまし "諸守達も 確と聞け 君は幾代の 上祖なり これ トコタチの 言宣" と 洞を閉ざして 隠れます』ホツマ6文



アマテルは辞洞の上に「朝日宮」を建て、「朝日神」と贈名して懇ろに祭った。

『その上に建つ 朝日宮 君 懇ろに 祭して』ホツマ6文

『サホコの宮の アサヒ神 拝みて至る イツモ方の』ホツマ9文


この朝日宮が、籠神社の奥宮「真名井神社」だと思うのである。



遥かに時代は下る。50本目の真榊は植え継ぐこと無く自然に生えてきた。これを見てアマテルは自分の役目が終わったことを悟る。

『時に五十鈴 宮に生え つらつら思す "植えずして 生えるも天地よ 我が命 天地が知らす" と』ホツマ28文



そしてサルタヒコに辞洞を掘らせる。その場所は...

『八百守を 召して "我 世を 辞まん"と サルタに穴を 掘らしむる "マナヰに契る アサヒ宮 同じ所"と 宣給えば』ホツマ28文

『神行の御輿 マナヰにて アマテル神は 内つ宮 トヨケは外宮』ホツマ28文



タマキネと同じ真名井の朝日宮の、アマテル神は内つ宮 (籠神社本宮) でトヨケは外宮 (真名井神社)である。
つまり真名井は天照大御神と豊受大神の墓所だということである。



【籠神社 由緒】 http://www.motoise.jp/main/yuisyo/index.html
神代と呼ばれる遠くはるかな昔から奥宮真名井原に豊受大神をお祭りして来ましたが、その御縁故によって人皇十代祟神天皇の御代に天照大神が大和国笠縫邑からおうつりになって、之を吉佐宮(よさのみや)と申して一緒にお祭り致しました。
その後天照大神は十一代垂仁天皇の御代に、又豊受大神は二十一代雄略天皇の御代にそれぞれ伊勢におうつりになりました。それに依って當社は元伊勢と云われております。
両大神が伊勢にお遷りの後、天孫彦火明命を主祭神とし、社名を籠宮(このみや)と改め、元伊勢の社として、又丹後国の一之宮として朝野の祟敬を集めて来ました。




ホツマは「笠縫」が大和国にあるとは伝えていない。
崇神天皇の4年、神の稜威を畏れた天皇は、三種宝のヤタ鏡 (アマテル神の御霊) をトヨスキ姫をしてカサヌイに祭らしめる。同時に八重垣の剣 (オオクニタマの御霊) をヌナギ姫をして山辺の里に祭らせる。

『アマテル神は カサヌイに トヨスキ姫に 祭らしむ オオクニタマは ヌナギ姫 山辺の里に 祭らしむ』ホツマ33文

『山辺の里』は三輪山麓のオオクニタマが隠れた辞洞の地である。したがって『カサヌイ』もアマテルの隠れた辞洞の地と見るのが自然である。
またさらには次のように伝える。

『昔 トヨスキ 神の告げ 御霊笥 担ぎ 与謝に行く この梯立は カサヌイの 上より宮津の 松に雲 棚 引き渡すホツマ36文

カサヌイの上=カサマツ山、宮津の松=宮津市松原町、雲=天橋立の白砂がつくるラインの比喩、と考えられる。
笠縫は傘松山麓にちがいないと思う。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma28.html
     :http://gejirin.com/hotuma36.html




ホツマツタエのおもしろ記事(35)『おみこしの起源』

2013-01-23 09:22
ホツマツタエのおもしろ記事(35)  おみこしの起源



みこし (御輿・神輿) とは、まつりの時に大勢でかつぐ例の物である。→ 写真
鳳輦 (ほうれん)」とも言い、今は四角形・六角形のものも多いが、本来は八角形である。屋根の上に鳥が一羽とまっている。

神輿は、アマテル神の外出用の乗物が起源なのである。
高御座 (たかみくら)」を移動用の乗物に仕立てたものと言っても良い。→ 写真

ホツマの中では「斎鳥の出車 (いとりのてぐるま)」「八房輿 (やふさこし)」「八房御車 (やふさみくるま)」「御幸輿 (みゆきこし)」などと表現されている。
「車 (くるま)」と言っても、ここでは「くるくるまわる物」ではなく「交る物・駆る物・乗る物」の意で、「輿 (こし)」と同じ物である。そういえば「輿」と言う漢字も、中に「車」が収まっているではないか。



オモタル・カシコネは、姉妹国ヒタカミの協力も得て、ほぼ日本全土の統一を完成していた。しかしこの天君 (中央政府の総帥) には世継ぎの御子が生れることがなく、ミナカヌシ以来続いた皇統はついに断絶する。中央政府を失った日本は、次第に荒廃していった。

タカミムスビのトヨケ (豊受大神) は、この窮状をなんとかするため、暫定的にヒタカミをタカマ (中央政府) とし、本家の立場を引き継いで日本全土を総括した。トヨケは、自分の娘のイサコ (伊弉冉尊) と、根国を治めていたアワナギの子のタカヒト (伊弉諾尊) を結婚させ、その子を以て天君とし、真の中央政府を復活しようと図る。

ヒタカミと根国が手を結ぶことにより「天地つ日月の君」となった二神 (イザナギとイザナミ) は、近江の「オキツボ」を都とする。「ヤヒロトノ (八尋殿・八紘殿)」を建て、ここを中心として全国を巡り、退廃した日本に再び「経矛の道 (法と戒の道)」を敷き、臣民を指導し、産業を復興させてゆく。二神の尽力の甲斐あって、中央部から地方へと法による秩序がしだいに回復して行き、産業の復興も軌道に乗り始めた。

この時点で、イザナギ・イザナミの二神にはすでに「ワカ姫 (蛭子)」が生まれているが、まだ世嗣の御子は生まれていない。オモタル・カシコネの記憶がまだ生々しい時だけに、二人は世嗣の重要性を痛いほどに感じていた。

ミナカヌシに始まるクニトコタチの皇統がオモタル・カシコネで断絶し、その後を受けて天つ君となった二神の立場は苦しい。「妥協の暫定政権」とでも言うべき立場である。二神の世嗣にはクニトコタチに匹敵する高貴さが要求される。並の世嗣では世の臣民は納得して服わないだろう。二神を「天地つ日月」に仕立てたトヨケもそのことを痛感していた。

そこでトヨケは「カツラキ山」(山形県の鳥海山) に「世嗣社」を建て、二神の世嗣に尊い神が降誕することを願い、自ら8,000回の禊を以て根源神「アメノミヲヤ (陽陰の上祖)」に祈る。豊受神の別名「大物忌大神」は、トヨケが行った「8,000回の禊」を示す名前である。

『世嗣社の 色垂は アメノミヲヤに 祈らんと トヨケ 自ら 禊して 八千座 契り』ホツマ4文



その時、天から丹色の斎鳥 (いとり) の羽が一枚降ってきたのである。トヨケは「これは自分の熱烈な意向が成就するという、天からの知らせのもみぢに違いない」と確信する。これにより「カツラギ山」は「斎鳥山 (いとりやま) 」とも呼ばれるようになる。 (「もみぢ」は「もみつ (紅葉つ)」の名詞形で「成熟・実り」などの意。)

『カツラキの 世嗣社に 御種 祈る 時に天より 丹斎鳥の 一羽 落つれば 天つ宣 これは息吹の 成るもみぢ 化けてカツラキ 斎鳥山』ホツマ16文

『神祈 通りてぞ アメノミヲヤの 眼より 漏るる日月と 天元神 三十二の神の 守る故 子種 成ること 覚えます』ホツマ4文



鳥海山は古くは、鳥見山、大物忌山、日山、羽山、鳳山、などと呼ばれており、おそらく「とりみやま (鳥見山)」が「とりうみやま (鳥海山)」に解釈されたものと推察する。「出羽」という国名も「斎鳥の羽が出た国」と言う意味だろうと思われる。

斎鳥には中国の「鳳凰」が当てられているが、斎鳥の語意は「尊い鳥」というシンプルなものであり、中国の鳳凰と同一のものとは考えられない。しかしこれが「神輿」「鳳輦」「高御座」の上に鳳凰がとまっている由来である。



こうして根源神アメノミヲヤの左右の眼に相当する、日と月 (太陽と太陰) の神霊が、二神の御子として降誕した。
トヨケは出車 (おそらく斎鳥山の桂の木で造ったもの) を造り、それを「桂の迎ひ」と称して、ハラミ山麓のサカオリ宮に持って来る。アマテルをヒタカミに連れて行って教育するためにである。

『カツラギ山の 八千禊 済みて斎鳥の 出車を 造り 桂の 迎ひとて ハラミに伝ふ ある形』ホツマ4文

『ホツマ君 カツラギ山の 八千座の 禊も満ちて カツラギの出車 成して 迎えんと ハラミ山下に 伝え寄る』ミカサ逸文

『トヨケにて 天御子 養す 物語り 召す出車を ヒタカミへ 御幸の君は 八房輿』ホツマ4文



「てぐるま 」は辞書には「手車・輦」で「手で引く車」とあるが、本来は『出車』で「外出用の乗物」という意味だと思う。「山車 (だし)」や「出し車 (いだしぐるま)」と同じだろう。

また「桂 (かつら)」は、「かつる」という動詞の名詞形。
「かつる」は「かつ (勝つ・上つ)」から派生したもので、「高まる・優れる・至る・中心にある」などの意。
よって「桂 (かつら)」は「高み・至り・中心」であり、これは「タカマ (中央・都)」を象徴する木なのである。
だから『桂の迎ひ』とは、「タカマ (中央政府・都) の迎い」ということである。



こうしてアマテルは「斎鳥の出車 (=八房輿)」に乗ってヒタカミに向かった。
そしてこれが「神輿」「鳳輦」「高御座」の原型である。
しかしどうしてこれらは八角形なのだろう?

それは「フトマニ図」や「九曜紋」を見るとわかる。
アマテルは根源神アメノミヲヤの左右の眼に相当する、日と月 (太陽と太陰) の神霊の顕現である。つまりアメノミヲヤ・ミナカヌシと三位一体なのである。現にアマテルを指して、アメノミヲヤと呼んでいる箇所も存在する (ホツマ12文)。

そしてアメノミヲヤはフトマニ図の中心に座して、その八方を「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の天元神が守っている。これを八角形で表しているのである。また八角形には「中心にあって八方を照らす君」という意もある。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma16.html
     :http://gejirin.com/mikasa-itubun.html


  

ホツマツタエのおもしろ記事(34)『菊理媛神』

2013-01-22 18:36
ホツマツタエのおもしろ記事(34)  菊理媛神



「菊理媛」は、ホツマでは「ココリ姫」と呼ばれている。
また「キクキリ姫」「シラヤマ姫 (白山姫)」の別名を持つ。

はじめに「シラヤマ姫」の名で登場するが、これは出身地である根の国 (北陸) の「白山」から来ているのだと思われる。シラヤマ姫は、根国とサホコチタル国を治めていた「アワナギ」を父とし、「イザナギ」と「クラキネ」を兄弟に持つ。したがってアマテルの叔母に当たる。アチハセはシラヤマ姫の孫だという。



アマテル誕生の時、その産湯を用意したのがシラヤマ姫であった。

『出づる若日の 輝きて シラヤマ姫は 産湯 成す』ホツマ4文

『ココリ姫 御湯 取り上げて』ミカサ逸文



シラヤマ姫は、乳飲み子アマテルの鳴き声を解読できたらしい。

『叔母姫が 越根の国に 御衣 織りて 奉る時 泣く御子の 声 聞き取れば "あな嬉し"』ホツマ4文



それで皆に名を尋ねられ、御子に問うてみると「ウヒルキ」とアマテルは答えたという。

『これより諸が 名を請ひて 叔母より問えば “ウヒルキ”と 自ら答ふ』ホツマ4文

『御子の声 聞き切る時は 幼名の "ウ" は '大い' なり "ヒ" は日輪 "ル" は日の霊魂 "キ" は熟ぞ 故 大日霊貴の 尊なり "キネ" は女男の 男の君ぞ』ホツマ4文

この『聞き切る』から「キクキリ姫」の名が付いたらしい。そして同音の連想から「菊桐」の意味が生まれる。「菊」は「ココ」とも言うので「ココキリ姫」ともなるが、これは発音しづらいので「ココリ姫」に訛る。

『二神 叔母を 称えます キクキリ姫も "あな畏かな"』ホツマ4文



イザナミが世を去ってアリマに葬る時、如何なる訳かココリ姫がイザナミの死を親族に告げている。またイザナギが遺体と対面することを制止している。

『イサナミは アリマに納む 放と穂の 時に祭りて ココリ姫 族に告ぐる』ホツマ5文

『イサナギは 追ひ行き 見まく ココリ姫 "君 これ な見そ" なお聞かず "愛しむ故に 来たる" とて』ホツマ5文



ヤソキネの妻となり、クラキネ-シラヒトの後を受けて根の国を治める。

『大御神 諸と議りて ヤソキネを 根の国守と "イサナギの 産野に叔父と 叔母なれば 政 絶えず" と 御言宣』ホツマ7文

『以ちて 民 治す 叔父と叔母 シラヤマ神ぞ イサナギは 祭れど 弟の クラキネは 祭らず』ホツマ7文



トヨケ (東王父) により姉妹の関係を結ぶウケステメ (西王母) は、しばしば根の国のココリ姫の許を訪れている。

『ウケステメ 根の国に来て タマキネに よく仕ふれば 実に応え ココリの妹と 結ばせて 和の道奥 授けます』ホツマ15文



ニニキネ (瓊瓊杵尊) が八洲巡りの一環で根の国を訪れた時、ココリ姫の孫のアチハセが「峰輿 (みねこし)」を献上する。これはウケステメが考案したもので、ちょうどその時ウケステメは根国に来ていた。ニニキネは峰輿の返礼として「三千実の桃」をウケステメに賜う。

『越の根の国 アチハセが 峰輿 捧ぐ これに召し 白山峰を 巡恵るに 斜めにならず "この輿は 誰が造れる"と 宣給えば』ホツマ24文

『妹 ウケステメ アカガタに クロソノツミと 生む御子を 暮日つ国の 君となす クロソノツメル 君の母 険しき峰の 越す時に 峰輿 造り 子を育つ 今 ここに来て 見えなす』ホツマ24文

『御孫 喜び "国は越 山は峰輿" その返に 三千実の桃を 賜われば "花見の桃は 稀なり" と 地苞になす』ホツマ24文



機織りの神としての側面を持ち、アマテル誕生の時には御衣を織って奉り、また「鳥たすき」の文様の機を織っては、ウケステメの土産としている。

『ワカムスビ 籠子を桑に 糸なせば ココリ姫 得て 御衣 捧ぐ 蚕得根の国ぞ』ホツマ24文

『叔母姫が 越根の国に 御衣 織りて 奉る時 泣く御子の 声 聞き取れば "あな嬉し"』ホツマ4文

『ココリ姫 紋に織りなす 鳥襷 天に捧げて また西の母が土産と 世に残る』ホツマ24文



世を去った後、ヤソキネとともに「白山神」と贈り名される。

『以ちて 民 治す 叔父と叔母 シラヤマ神ぞ』ホツマ7文




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma05.html
     :http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma15.html
     :http://gejirin.com/hotuma24.html




ホツマツタエのおもしろ記事(33)『高木神』

2013-01-22 16:08
ホツマツタエのおもしろ記事(33)  高木神



「高木神」は、記・紀において「タカミムスビ (高皇産霊神)」の別名として登場する。これは間違いではないが、タカミムスビは、一個人名ではなく役職名なので、複数のタカミムスビが存在するのである。高木神とは7代タカミムスビの「タカキネ」を言い、「タカキネ」は「タカキ」とも呼ばれる。

「きね」は「きぬ」の名詞形。
「きぬ」は、「こなす (熟す)」や「こねる (捏ねる)」などの類語で、
「高める・優れさす・精緻にする・至らす」などの意。
だから「きね」は「熟・高」の意であり、「き (貴・奇)」と同じなのである。
ちなみに「きぬ (絹)」も、「きね」の変態であり、同じ意味である。

また「きね・き」は、「いざなき」「うひるき」の「き」と同じで、「軽くて高みに上った陽」の意から「男」を表す。 (参照:天地創造)
だから「きね」は、「タマキネ」「ヤソキネ」「ハナキネ」など、男の斎名の「のり (乗り)」に使われる。



タカキネは、6代タカミムスビ「ヤソキネ」の世嗣子で、幼名は「フリマロ」。

『フリマロは 六代ヤソキネの 世嗣子ぞ』ホツマ4文



オモイカネ (天思兼命)、フトタマ (天太玉命)、クシタマ (天櫛玉命)、タクハタチチ姫 (栲機千々姫)、ミホツ姫 (三穂津姫)、ヨロマロ、アヒミタマ (天日神命)、イクタマ (天活玉命)、アヨミタマ (天月神命) の父。

『フトタマはミムスビの三子 … クシタマはミムスビの四子 … アヒミタマタカギの四つ子 … イクタマはタカギの五つ子 … アヨミタマ タカギの七子』ホツマ20文

『若宮の チチ姫 娶る その時に タカギが酒の 謂 請えば 』ミカサ2文

『国つ女 娶らば 疎からん 我がミホツ姫 妻として』ホツマ10文



タカキネは、アマテルがヒタカミで「あめの道」を学んでいた時、常に側に侍っていた。

『天御子 学ぶ 陽陰の道  一人 侍んべる フリマロは 六代ヤソキネの 世嗣子ぞ』ホツマ4文



アマテルがヤスクニ宮に帰って天つ君となると、タカキネも同行し、アマテルの補佐役となる。

『チタル国 マスヒト コクミ 怠れば タマキネ 仕けて ヒタカミは ヤソキネに治す タカキネを 君の輔と』ホツマ6文



オシホミミの御子守を務めるオモイカネの死後、ヤスカワのイマ宮にタガ若宮 (オシホミミ) の「代の殿」となる。つまりオシホミミに代わって中央の政を執る。

『よりて 七代の 大嘗事 タカキネ ヤスの 今宮に タガ若宮の 代の殿』ホツマ10文



オシホミミの代の殿として、「カシマ立ち」を決行したのもこの人である。

『タカミムスビが カゴ弓と ハハ矢 賜ひて 平けしむる』ホツマ10文

『タカミムスビは これを見て 咎む 返し矢 ワカヒコが 胸に当りて 失せにしを』ホツマ10文

『この度は タカミムスビの 臣枯れを 除く門出の カシマ直ち』ホツマ10文

『諸守 率いつつ 天に返れば 代の殿 政を執りて 御言宣』ホツマ10文



「カシマ立ち」の後、オオナムチの影の忠を見た「代の殿」タカキネは、オオナムチの処遇についてオシホミミに進言している。

『タカミムスビの 立たし枝 理 あれば 御言宣 賜ふ アソベの アカル宮 天映を受くる オホナムチ』ホツマ10文



オシホミミが世を去る時、御子のクシタマホノアカリが「アスカ国」を賜り、ニニキネが「ホツマ国」を賜るが、その時タカキネも「ヒタカミ国」を賜る (タカキネではなく次代のヨロマロかもしれない)。タカキネの14代目がヒタカミミチノクである。

『それ我が国は 大上祖 タカミムスビの この国を 開きて七代 これを継ぐ ・・・ 兄はアスカ宮 弟はハラミ その時 国を 賜わりて 十四の裔の 我までは 他所の治 受けず』ホツマ39文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html




ホツマツタエのおもしろ記事(32)『神皇産霊神』

2013-01-22 13:16
ホツマツタエのおもしろ記事(32)  神皇産霊神



「神皇産霊神」は、記・紀などでは「カミムスビ」とか「カムムスビ」と言われるが、ホツマでは「カンミムスビ」、また略して「カンミ」と呼ばれている。


「かん (上)」+「ミムスビ」。
「かん」は「上位・上流・親」などの意。
「ミムスビ」は「タカミムスビ (高皇産霊神)」の略称。


「カンミムスビ」は「太上のタカミムスビ」という意で、タカミムスビ譲位後の称号である。
この名を持つ人は一人しか登場しないので、正式な称号なのかどうかわからないが、ホツマでは「タカキネ」にタカミムスビを譲位した後の、「ヤソキネ」の別称として使われている。



ヤソキネは5代タカミムスビのトヨケの子で、父を継いで6代のタカミムスビとなる。イザナミ (伊弉冉尊)・カンサヒ (神狭日命)・ツハモノヌシ (兵主) 等を兄弟に持つ。二神とほぼ同世代の人である。

『ヤソキネの オオミヤミチコ 東のスケに タナハタコタヱ 東の内侍』ホツマ6文



「タカキネ」「スクナヒコナ」「ミチコ」「コタヱ」を始め、1,500人もの子がいたという。

『一人 侍んべる フリマロは 六代ヤソキネの 世嗣子ぞ』ホツマ4文

『カンミムスビの 千五百子の 教えの結を 漏れ落つる スクナヒコナは これと言ふ』ホツマ9文

『ヤソキネの オオミヤミチコ 東のスケに タナハタコタヱ 東の内侍』ホツマ6文



二神の命によりアマテルの12人の后を選定している。

『二神 見侍を 御言宣 カンミムスビの ヤソキネが 諸と議りて』ホツマ6文



天君となったアマテルは、「タマキネ」「ヤソキネ」「タカキネ」「カンサヒ」「ツハモノヌシ」等、ヒタカミの要人を総動員して全国を治めている。

『チタル国 マスヒト コクミ 怠れば タマキネ 仕けて ヒタカミは ヤソキネに治す タカキネを 君の輔と』ホツマ6文

『ヤソキネの弟 カンサヒを マスヒトとなし また乙子 ツハモノヌシと コクミ 副え』ホツマ6文



晩年、アマテルの命により「イザナギ (伊弉諾尊)」の姉妹の「ココリ姫 (菊理媛)」を妻とし、根の国を治めた。

『大御神 諸と議りて ヤソキネを 根の国守と "イサナギの 産野に叔父と 叔母なれば 政 絶えず" と 御言宣』ホツマ7文



死後、ココリ姫とともに「白山神」と贈名される。

『以ちて 民 治す 叔父と叔母 シラヤマ神ぞ』ホツマ7文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html




ホツマツタエのおもしろ記事(31)『常世と橘』

2013-01-22 10:52
ホツマツタエのおもしろ記事(31)  常世と橘



「とこよ」は、「とこ (疾)」+「よ (代)」である。
「とこ」は「とく (疾く)」の名詞形で、「早・先・前」の意。
これは「とっくの昔」の「とっく」の変態である。
「よ (代)」は、「区分」の意で、ここでは「時代」。
だから「とこよ」は「前の時代・先代・上代」などの意である。

「前の時代・先代・上代」は、具体的には「クニトコタチの代」を言うのである。 だからクニトコタチを「トコヨ神」とも言う。またクニトコタチが創り、治めた国を「トコヨ国」と言う。
クニトコタチは、ウヒヂニ・スヒヂニより前の、世にまだ男女の別が無かった時代の、陽陰両性を併せ持つ独神の総称である。したがって「トコヨ」とは「ウヒヂニ・スヒヂニより前の、世にまだ男女の別が無かった時代」ということである。普通の男女は陰陽両性の人間を人とは思わないだろうから、まあ「神の時代・神代」と言っていいだろうと思う。「なじみのない隔絶した時代」だとも言えるだろう。

『クニトコタチの トコヨ国 八方八降りの 御子 生みて 皆 その国を 治めしむ』ホツマ2文

『トコヨ神 木の実 東に 植えて生む ハコクニの神』ホツマ2文



クニトコタチ (ミナカヌシを除く) は、地上の八方に下り、八方の国を治めた国君であるので「八方八下りの御子」とも呼ばれる。クニトコタチは「和・調和による秩序」を根本理念として国を治めた。この理念を「トコヨの道」と言い、また「陽陰和る道 (あめなるみち)」「妹背の道 (いせのみち)」「調の道 (とのみち)」などとも呼ばれる。

『人に生れて 蠢くに トコヨの道を 教ゆ神 クニトコタチも 和り恵り』ホツマ18文

『陽陰の道 得て 人草の 嘆きを和す 守 あらず あらねば道も 尽きんかと』ホツマ4文



クニトコタチは「トコヨの道」が通った地に「トコヨの木」(とこよのはな) を植えて、そのシンボルとした。この「トコヨの木」が『』である。「タチバナ」とも「カグ」とも呼ばれる。

『クニトコタチの 八下り子 木草を苞の ホツマ国 東 遥かに 熟み 高く 発ち上る日の ヒタカミや タカミムスビと 地 統べて トコヨの木を ハラミ山 カグヤマとなす』ホツマ4文


どうして橘がトコヨの道のシンボルなのかについてホツマは明言していない。またトコヨ神はどこから橘 (みかん) を持って来たのかという疑問も残る。どこにでも自生しているような木なら、シンボルにならんと思うからだ。



「トコヨの道」はまた、「和の統治理念の継承」という意味で、「クニトコタチの皇統」を意味する。
クニトコタチから継承してきた皇統がオモタル・カシコネで途絶えた後、ヒタカミのトヨケが「東の君として道を受ける」が、この「道」とは「トコヨの道」であり、すなわち「クニトコタチの皇統」の継承なのである。

『アメミヲヤ 元々・天並 三十二神 祭れば  "外廻の トヨケ守" 東の君と 道 受けて』ホツマ4文



トヨケが暫定的に日本を統括した後に、ヒタカミと根国の協力関係をバックに天君となった二神は、一旦は滅びた日本 (かつてのトコヨ国) に再び「トコヨの道 (和の道)」を敷いてゆく。そのための手段が「経矛の道 (法と戒の道)」であった。そしてトコヨの道が通った地を「トコヨ里」と名付け、「橘」を植えてそのしるしとする。「里 (さと)」は「下・末・麓・裾野」などの意である。

『ツクシに御幸 橘を 植えてトコヨの 道 成れば 諸神 受けて 民を治す』ホツマ5文

『ソサに来たりて 宮 造り 静かに居ます キシヰ国 橘 植えて トコヨ里』ホツマ5文

『クニトコタチの 代にはまだ 矛 無き故は 素直にて 法を守れば 矛 要らず』ホツマ23文




大きく時が過ぎて人皇の時代になると、「トコヨ」は「なじみのない隔絶した場所」を意味するようになる。つまり中央政府の主権の及ばない国である。そして「トコヨ」=「蝦夷」である。すでにヒタカミ国は独立しており、垂仁天皇の頃にはホツマ国の大半もヒタカミの勢力圏となっていた。

『橘を求めに タジマモリ トコヨに行けよ 我が思ふ クニトコタチの 御代の木』ホツマ37文



タジマモリ (田道間守) が橘を求めに行ったのは、ホツマ国の相模である。
この地はニニキネ (瓊瓊杵尊) の時代に、オオヤマズミ (大山祗) の「マウラ (天津真浦・天津麻占)」が拓いた地である。マウラはこの地に橘を植え、「橘の君」と称えられた。現在でも相模には橘との関連を示すものが多く残っている。このマウラの後裔が「橘モトヒコ」である。

『アスカ川 オオヤマスミは これ 写し サカムの小野に 新田 成し 橘の木 植えて マウラ守 代々 "橘の君" となる』ホツマ24文

『橘の木を 得んと思えば 橘の モトヒコが家に 年 経りて』ホツマ39文



そしてタジマモリは橘モトヒコの娘を娶る。生まれてくるのが「オトタチバナ姫 (弟橘姫)」である。

『橘君が ハナタチバナは 故が妻 オシヤマ遣りて 呼ばしむる』ホツマ37文

『ハナタチバナが 五月末 夜半に生む子に 御言宣 "昔の人の 緒を留む ヲトタチバナ" と 名を賜ひ』ホツマ37文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma02.html
     :http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma05.html



ホツマツタエのおもしろ記事(30)『国常立尊』

2013-01-21 12:32
ホツマツタエのおもしろ記事(30)  国常立尊



ホツマとミカサに登場する神・人の内で、「クニトコタチ」ほど泣かされたものは無い。頻繁に登場する名前でありながら、その場その場で異なる印象を持たせられ、少しも単一の人物像が見えてこないのである。「ミナカヌシ」か「クニサツチ」の別名かと考えたこともあったが、それではつじつまの合わない記述がある。



結論から言うと、クニトコタチは単独の神ではない。
ウヒヂニ・スヒヂニより前の、世にまだ男女の別が無かった時代の、陽陰両性を併せ持つ独神の総称である。
だから最も厳密な意味での「神の時代」の神だと言えるだろう。

語義は、「くに(地)」+「とこ(疾/底・床)」+「たち(立ち・発ち)」。
「くに」は「あめ (天)」に対する「くに (地)」である。
「とこ」は「とく (疾く)」の名詞形で、「早・先・前」の意。
これは「とっくの昔」の「とっく」の変態である。
また「とこ」は「土台・基礎」の意も持っているかもしれない。
「たち」は「たつ (立つ・発つ)」の名詞形で、「発・起」の意。
よって「くにとこたち」は「地の先発者・地の先駆者」「地の土台を立てる者」などの意と思われる。



ウヒヂニ・スヒヂニより前の世代を列記すると、

第一世代 < 天尊 >
     ・ミナカヌシ
     ・ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ (八元神)

     < 地尊 >
     ・キ・ツ・ヲ・サ・ネ (五座の神)
     ・ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ (六腑の神)

第二世代 ・クニサツチ

第三世代 ・トヨヌンヌ


これが最も広い意味でのクニトコタチである。ところが厄介なことに「神代の国君」、砕けて言えば「昔の神さま」の総称であるが故に定義が曖昧で、場合によって指し示す神々の範囲が異なるのである。



最も狭義には「ミナカヌシ」+「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の9神を指す。
この9神は「アメミコト (天尊)」と呼ばれ、天に還ってからの名は「アメトコタチ (天常立尊)」「アマコノカミ (天九の神)」「コホシ (九星)」「モトモトアケ (元元明)」などと呼ばれる。

「ミナカヌシ (天御中主神)」は、根源神「アメノミヲヤ」の最初の分霊で、人類の始祖として初めて地上に降誕し、地上に万物を生んだ神である。

「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の8神は、総称して「アモトカミ (天元神)」とか「ヤモトカミ (八元神)」と呼ばれる。ミナカヌシの子として生れ、地上の八方に国君として下り、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の8国を建てる。日本には「ヱの尊」と「トの尊」が下っている。



次に、上の9神に「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の11神を含める場合がある。
この11神は「クニミコト (地尊)」と呼ばれ、天に還ってからの名は「ワノソヒカミ (地の十一神)」「ウマシアシガイヒコヂカミ (可美葦牙彦舅神)」などと呼ばれ、別名が非常に多い。天元神の世代の後を受けて地に下り、国君として八方を治める。日本には4神が下っているらしい。

「キ・ツ・ヲ・サ・ネ (東西央南北)」の5神は、総称して「ヰクラノカミ (五座の神/五臓の神)」と呼ばれる。
「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の6神は、総称して「ムワタノカミ (六腑の神)」と呼ばれる。

ここまでの合計20神の世代を、ミカサは「フソヨ (二十代)」と呼んでいる。ただ地球全体で20代なので、単純に20神が順番に地に降りて来て、国君となったということではないと思われる。例えば日本の場合、「ヱの尊」と「トの尊」は「代わる代わりに世を継いだ」という記述がある。



さらには、「クニサツチ」と「トヨクンヌ」の2世代を特に「クニトコタチ」と言う場合がある。これはホツマにはその例が無く、ミカサに見られる。



ところで「クニトコタチの七代の神」という表現がある。

『クニトコタチの 七代の神 皆 サコクシロ よりの星』ミカサ6文

『五座の神の 生り出てて 七代の内の 天つ事』ホツマ22文


これは何を意味しているのだろうか?
確証は無いのだが、クニサツチに至るまでの日本の国君の歴史を言っているのではないかと思っている。その根拠としているのは、唯一下記の記述だけである。

ミナカヌシより "ヱ" の代に 増し減り 一度 "ト" の代にも 寿 変わり 地尊 四度 替りて トコタチの 代は変らず』ミカサ4文

(注:トコタチは クニサツチ+トヨクンヌ を指すと思われる)


ミナカヌシ + ヱの尊 + トの尊 + (地尊 ✕4) = 7世代



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma22.html
     :http://gejirin.com/mikasa04.html
     :http://gejirin.com/mikasa06.html



ホツマツタエのおもしろ記事(29)『高皇産霊神』

2013-01-21 06:54
ホツマツタエのおもしろ記事(29)  高皇産霊神



「タカミムスビ」は、「ヒタカミを結ぶ者」という意味の役職名で、一個人を指す名ではない。「ヒタカミ国の総帥」を指す名である。略して「ミムスビ」とも言う。ホツマには5人のタカミムスビが登場する。
ヒタカミについては こちら に詳しい。



「トヨクンヌ (豊斟渟尊)」の兄弟の「ハコクニ (葉木国野尊)」は、東北地方に新天地を求めて、ヒタカミ国を建国する。子の「キノトコタチ (東の常立)」は、この地方の平定を完成し、初代のタカミムスビとなる。

『ハコクニの神 ヒタカミの タカマに纏る ミナカヌシ 橘 植えて 生む御子の タカミムスビを 諸 称ゆ 東のトコタチや』ホツマ2文


上で、『タカマ』は「中心」という意であり、ここでは「ヒタカミの都」と考えていいと思う。
ミナカヌシ (天御中主神)』は、根源神「アメノミヲヤ」の顕現で、人類の始祖となって地上に万物を生んだ後、天に還ってサコクシロの中軸 (北極星の位置) に配置された神である。サコクシロの中心にある神だから「御中主 (まん中の主)」。サコクシロにおける神々の配置を示したのが「フトマニ」である。
まつる』は、ここでは主に「まとう (纏う)・まとめる (纏める)」の意味である。
したがって『ヒタカミの タカマに纏る ミナカヌシ』は、「ヒタカミの都に天の中軸神を勧請して写した」ということであり、これにより「ヒタカミ国を天のサコクシロのように平和にまるく治めた」という意味なのだと思う。

』は「タチバナ」また「カグ」とも言い、別名を「トコヨの木 (とこよのはな)」と言う。トコヨクニトコタチの世 である。だから「橘を植えた」というのは「トコヨの道を敷いた」ことを意味する。 これはミナカヌシから続くクニトコタチの世を治める道を、ヒタカミにも敷いたということである。具体的には「あめなる道 (陽陰和る道)」で、調和・融和の道である。もちろん、兄トヨクンヌの中国 (なかくに) も、この道に治めている。



この時点では、日本には「中国 (なかくに)」と「ヒタカミ国」だけしかない。
初代のタカミムスビとなったキノトコタチは「アメカガミ (天鏡尊)」を生み、アメカガミは筑紫に渡り、これを平定する。
アメカガミは「アメヨロツ (天萬尊)」を生み、これをウヒヂニ (中央の君) のもとへ養子に出す。
養子のアメヨロツは四国に渡り、これを平定。「アワナギ (沫蕩尊)」と「サクナギ (析蕩尊)」を生む。
サクナギは父に継ぎ四国を治め、「イヨツヒコ (伊予津彦)」を生む。
アワナギは根国 (北陸) に渡り、これを平定し、版図をサホコチタル (中国地方) に広げる。
こうして見てみると、未開の地を開発して日本の領土を広げているのは、全部ヒタカミの流れであることがわかる。
かくして日本は「中国」「ヒタカミ国」「筑紫」「四国」「根国」「サホコチタル」の6国となる。



この間の、当のヒタカミ国の事情については、ホツマは何も語っていない。
おそらくキノトコタチの子孫が連綿とタカミムスビを引き継いできた思われる。

そしてトヨケ (豊受大神) が5代目のタカミムスビに就任する。
トヨケについては こちら に詳しい。



トヨケの後を継いで6代目のタカミムスビとなったのは「ヤソキネ」である。
ヤソキネはトヨケの子で、イザナミ (伊弉冉尊)・カンサヒ (神狭日命)・ツハモノヌシ (兵主) 等を兄弟に持つ。二神とほぼ同世代の人である。
「タカキネ」「スクナヒコナ」「ミチコ」「コタヱ」を始め、1,500人もの子がいたという。
この人が、子の「タカキネ」に「タカミムスビ」を譲って以降の称号が「カンミムスビ (神皇産霊尊)」で、「上ミムスビ・太上ミムスビ」と言う意味である。
二神の命によりアマテルの12人の后を選定する。晩年、アマテルの命により「イザナギ (伊弉諾尊)」の姉妹の「ココリ姫 (菊理媛)」を妻とし、根の国を治めた。死後「白山神」と贈名される。



7代目のタカミムスビとなったのは、ヤソキネの子の「タカキネ」である。
タカキネは「タカギ (高木神)」とも言い、幼名は「フリマロ」。 記・紀に登場する高皇産霊神は、この人を指している。
オモイカネ (天思兼命)、フトタマ (天太玉命)、クシタマ (天櫛玉命)、タクハタチチ姫 (栲機千々姫)、ミホツ姫 (三穂津姫)、ヨロマロ、アヒミタマ (天日神命)、イクタマ (天活玉命)、アヨミタマ (天月神命) の父。
アマテルがヒタカミでアメナル道を学んでいた時、常に側に侍っていた。 
サホコ国を一時治めていたようだ。アマテルがヤスクニ宮に戻ってからはアマテルの補佐役となる。 
オシホミミの御子守を務めるオモイカネの死後、ヤスカワにイマ宮を建て、タガ若宮 (オシホミミ) の代の殿に就任。つまりオシホミミに代わって中央の政を執る。カシマ立ちを決行したのもこの人である。

後にアスカ央君 (クシタマホノアカリ) が大和に封じられ、ハラ央君 (ニニキネ) がホツマ国に封じられた時、これはつまりオシホミミの臨終時であるが、ヒタカミ国を賜わる (賜ったのはあるいはヨロマロかも)。つまりこの時点でヒタカミは独立し、日本の中央政府の傘下を離れるのである。よってこれ以降のヒタカミについての記事は、しばらくホツマに出てこない。垂仁天皇が「タジマモリ (田道間守)」をトコヨに派遣する時までは。この時代にはトコヨは、蝦夷の国の別名になっており、それはホツマ国とヒタカミ国を指した。



ホツマは明記していないが、タカキネに継いで、子の「ヨロマロ」が8代目のタカミムスビとなっていると思われる。
オシホミミがタガ若宮に居たころは、ヨロマロも側に侍っていた。 
オシホミミが「タカの首」に遷ると、病弱なオシホミミに代わって、七代タカミムスビのタカキネが代の殿となり、ヤスで国政を執ることになったため、ヨロマロは「ヒタカミ央君」となり、ヒタカミの守を勤める。

タカミムスビのタカキネ・ヨロマロはどちらも、将来の天君となるべき人と年少時代を共に過ごしている。いわば竹馬の友だったのである。



参考サイト:http://divinehuman.blog.fc2.com/blog-entry-20.html
     :http://divinehuman.blog.fc2.com/blog-entry-22.html




ホツマツタエのおもしろ記事(28)『蓬莱』

2013-01-20 09:32
ホツマツタエのおもしろ記事(28)  蓬莱



「蓬莱 (ほうらい)」は、辞書には次のようにある。

1.中国の神仙思想に説かれる三神山の一。山東半島の東方海上にあり、不老不死の薬を持つ仙人が住む山と考えられていた。蓬莱山。蓬莱島。よもぎがしま。
2.富士山・熊野山など霊山・仙境の異称。
3.熱田神宮の異称。

ホツマは「蓬莱山」は「富士山」、「蓬莱島」は「熱田神宮の所在地」であることを語り、「蓬莱」は「ハラ」に漢字を当てたものであることを教えてくれる。



ホツマは「富士山」について、「カグヤマ(橘山)」「オオヒヤマ(大日山)」「ヒノヤマ(日の山)」「オオヤマ(大山)」「コノヤマ(熟山/九の山)」「トヨヰユキ山(豊居雪山)」「フシの山(不二の山・悉の山)」等、非常に多くの異名を伝えている。そのうち最もスタンダードな名称は「ハラミ山」であり「ハラ山」とも言う。



【橘山 (カグヤマ)】

日本に下ったクニトコタチが、トコヨの木 (橘) を植えたことによる名称。奈良の香具山と区別するため、こちらを「天のカグヤマ」とも言う。

『クニトコタチの 八下り子 木草を苞の ホツマ国 東 遥かに 熟み 高く 発ち上る日の ヒタカミや タカミムスビと 地 統べて トコヨの木を ハラミ山 カグヤマとなす』ホツマ4文

『久方の 天の橘山 遠離方より 岨 渡り来る日 細嫋 腕を巻かん とはすれど』ホツマ40文



【大日山 (オオヒヤマ)】【日の山 (ヒノヤマ)】【大山 (オオヤマ)】

アマテル神の誕生を記念して命名された。生まれたてのアマテルが自ら発声したという「オホヒルキ (大日霊貴)」から来ている。

『その御名を 大日霊貴とぞ 称えます … 故にハラミを 大日山』ホツマ3文

『御子は天日の 位 乗る 日の山の名も 大山ぞ』ホツマ6文



【熟山 (コノヤマ)】

「この」は「こぬ」の名詞形で、「こぬ」は「こなす (熟す)」「こなれる (熟れる)」「こねる (捏ねる)」などとファミリーで、「高まる・優れる・至る・精緻である」などの意。つまり「このやま」は「優れ至る山・至高の山」という意味である。

『君 熟山に 登り見て ナカゴ 安めり』ホツマ24文

『ハラミ山 一奮 栄けよ ふしつるの 名をも縁の 熟山よこれ』ホツマ32文



【九の山 (コノヤマ・クノヤマ)】

この名は、富士山頂火口壁上の八峰 (芙蓉八朶) に、現在は存在しない中峰の「ヰツアサマ峰」を加えた9峰を指して言う。ただ八峰についても、富士はその後何度も噴火しているので、現在の八峰とは違うはずである。
ホツマによれば、八峰は、ニハリの民が麓の八湖を掘って、その土を山頂に盛ったものであるといい、中峰は、ウツロヰが琵琶湖を渫って、その土と人を風に乗せて運んで造ったものだという。

『ニハリの民が 群れ来り 湖 掘り 土を 峰に上げ "八房 はかり" と 天に応え』ホツマ24文

『ウツロヰが アワ海 渫え ミオの土と 人 担い来て 朝の間に 中峰 成せば 上の名も ヰツアサマ峰』24文

『中峰の 充てはアワ海 八峰は 裾の八つ湖 三つ 埋まり 焼くれど 眺は 変らじと』ホツマ32文

『半ば旧り 半ば湧きつつ 九の山と 共 統つまりの 熟山よ これ』ホツマ32文



【豊居雪山 (トヨヰユキヤマ)】

上記の富士山頂の八峰に、雪の絶えることがないことから付いた名。

『我が君の 山を八房の 居雪 成す』ホツマ24文
『八峰に 居雪 絶えねば 代々の名も 豊居雪山』ホツマ24文



【不二の山・悉の山 (フシノヤマ)】

もっとも新しい名で、これが富士山につながる訳だが、この由来はいささか込み入っている。
孝霊天皇がハラミ山に御幸した際、この山の歌を詠む。

『半ば旧り 半ば湧きつつ 九の山と 共 統つまりの 熟山よ これ』ホツマ32文

 [朽ち崩れたり噴火したりするけども、山頂の九峰といつも一緒である熟山よ]


「一緒である」というのは「ふしつる (付し連る)」ということである。
この時、田子の浦人が「ふしのはな (藤の花)」を奉る。浦人とは「うみっぷちの人 (海縁の人)」である。だから「ふしのはな」は「縁の餞」でもある。これらを踏まえて天皇は歌う。

『ハラミ山 一奮 栄けよ ふしつるの 名をも縁の 熟山よこれ』ホツマ32文


「ふしつる」は「悉し達る」(うまい漢字が無い) で、「一奮 栄く」の言い換えである。これに先ほどの「付し連る」「藤蔓」「縁連る (海縁の人が持って来る)」が掛かっているのである。

つまり「フシの山」とは、「ひときわ栄える山」「九峰と不二一体の山」「海縁の人が藤の花を捧げた縁を持つ山」という多くの意味が重なっているのである。



【ハラミ山・ハラ山】

「ハラミ」は複数の意味をもつが、その一つは「ホナ(栄菜・映菜)」「ハナ(老菜)」「クサ(身草)」が生える山と言う意味である。この三草は「千代見草」と呼ばれ、食せば寿命を千年延ばすという。「ハラ」は「ハラミ」の簡略形と考えて良い。

『我が常の食 千齢見草 余の苦菜より 百々苦し 苦菜の食に 存えて』ホツマ15文

『たまゆらに 千・万 あれども 弥々の肉 シナ君  "出でて 千齢見草 尋ぬ" と嘆く』ホツマ15文

『天神の 桑に周らす ハ・ラの菜の 苦きに形 頑く成し 百万寿を 守るべらなり』ミカサ4文

『百草あれど ハ・ラ・ミの三 殊 優る故 三草 褒め ハラミ山なり』ホツマ24文


千代見草が生える「ハラ山」が「蓬莱山」の正体だと思われる。


(「ほうれん草」も「蓬莱草」で千代見草を意識した名であるような気がする。日本においてはそれほど歴史のある野菜だと思えないが、名付け人は千代見草とハラ山のことを知っていたのだろうか。それとも単に「よもぎ (蓬)」からの連想だろうか。)



【蓬莱島】

熱田神宮の6万坪の境内は、古来「蓬莱島 (ほうらいじま)」と呼ばれている。
ヤマトタケ (日本武尊) は蝦夷を平定して、アイチタのミヤズ姫 (宮簀媛) の実家に戻るが、この時にハラの宮 (蓬莱の宮) を写して、ミヤズ姫と一緒に住みたいという希望を漏らしていた。ヤマトタケの死後、生前の希望通りにアイチタにハラ宮をコピーした宮が建てられる。これを「新ハラ宮」といい、神となったヤマトタケを祭る宮となった。これが熱田神宮である。

『サカオリの 宮は昔の ハラの宮 なお存えり 我が願ひ 写して姫と 楽しまん』ホツマ40文

『若宮の 願いのままを 申し上げ アイチタに建つ 宮 成りて』ホツマ40文

『この時 ヲシカ タタネコと 尾張連と 新ハラの オホマの神と 名付くなり』ホツマ40文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma24.html
     :http://gejirin.com/hotuma32.html
     :http://gejirin.com/hotuma40.html




ホツマツタエのおもしろ記事(27)『つぼね』

2013-01-20 08:00
ホツマツタエのおもしろ記事(27)  つぼね



「つぼね (局)」の原義は「他と区別されるまとまり」で、「分割・区画・区分」の意であり、「部屋」と同じである。そこから発展して「ある区画に居る人」の意も自然に生まれてくる。
我々は「つぼね」と聞くと、「大奥の御局様」を連想する。徳川家康は皇室に倣って大奥の制度を導入したと推測するが、その起源は実に、アマテル神 (天照大御神) にまで逆上るのである。



ヒタカミでの教育を終えたアマテルは、生まれ故郷の日の山 (富士山) の麓に戻る。ここに新たにヤスクニ宮を造り即位する。

『二十一鈴 百二十六枝 年 サナト 三月一日 日の山下 新宮 造り 天御子は ヒタカミよりぞ 移ります』ホツマ6文


アマテルの両親である二神は、を選ぶように命じるが、これを「みめ」あるいは「ゐめ」と呼んでいる。
「みめ」は「みむ (見む/貢む)」の名詞形、「ゐめ」は「ゐむ (斎む)」の名詞形。いずれも「侍る者・世話する者・貢ぐ者・いつく者」の意で、「いつき (斎)」と同義である。だから「みめ・ゐめ」は、伊勢神宮の「斎王」や「御杖代」と同じ者を指しているのである。辞書を見ると「みめ (御妻・妃)」と漢字が当てられている。

それを受けてカンミムスビのヤソキネが皆と相談して選定した。この部分ミカサフミでは、タカミムスビとヤソキネが選んだとあって食い違っている。タカミムスビだとすると7代目のタカキネを指す。

『二神 見侍を 御言宣 カンミムスビの ヤソキネが 諸と議りて』ホツマ6文
『二神 斎侍を 御言宣 タカミムスビと ヤソキネが 諸と議りて』ミカサ4文


『クラキネが マス姫モチコ 北のスケと その妹姫 ハヤコ コマス姫 北の内后』

『ヤソキネの オオミヤミチコ 東のスケに タナハタコタヱ 東の内侍』

『サクラウチが姫 サクナタリ セオリツホノコ 南のスケに ワカ姫ハナコ 南の内侍』

『カナサキが姫の ハヤアキツ アキコは潮の 八百会子 西のスケ 内は ムナカタが オリハタオサコ』

『乙侍は トヨ姫アヤコ カスヤが姫 イロノヱアサコ 南の乙侍 カダがアチコは 北の乙侍 ツクバハヤマが ソガ姫は 東の乙侍ぞ』




整理すると、

【北局】
典侍:マス姫モチコ     (根・サホコチタル国 クラキネの娘)
内侍:コマス姫ハヤコ    (       同上       )
乙侍:アチコ        (ヤマシロ国 カダの娘)

【東局】
典侍:オオミヤ姫ミチコ   (ヒタカミ国 ヤソキネの娘)
内侍:タナハタ姫コタヱ   (     同上     )
乙侍:ソガ姫        (筑波国 ツクバハヤマの娘)

【南局】
典侍:セオリツ姫ホノコ   (ホツマ国 サクラウチの娘)
内侍:ワカ姫ハナコ     (     同上     )
乙侍:イロノヱ姫アサコ   (筑紫国 カスヤの娘)

【西局】
典侍:ハヤアキツ姫アキコ  (筑紫国 カナサキの娘)
内侍:オリハタ姫オサコ   (筑紫国 ムナカタの娘)
乙侍:トヨ姫アヤコ     (    同上    )



天君の住居を「だいり (内裏)」というが、内裏の東西南北の区画を「つぼね (局)」と言い、それぞれの局に詰める「斎きの侍女」もまた「つぼね (局)」と呼んだのである。各局にはランク順に、「すけ (典侍)」「うちめ (内侍)」「おしもめ (乙侍)」の3人が置かれた。4局✕3人=12。この数は1年の12の月に準えている。「日の神アマテルに対する12の月」ということである。

『月に因せ 御子は天日の 位 乗る』ホツマ6文

『御内には 十二の局に 置く后  四人の典侍に 四内侍と 四乙侍 添えて 月の宮』ホツマ28文



後にアマテルが都をイサワに移した時、イサワ宮の東殿を皇居とし、これを「大内宮」と名付ける。これがもとで現在も内裏の別名を「大内」と言うが、「大内」と「大奥」の語義はまったく同じである。

『南の殿に 橘 植えて 橘の宮 東に桜 植え 大内宮』ホツマ6文



そして東西南北の四局の中央には「うちみや (内宮)」があり、この宮を占有するのが「天君」と「内宮」で、今風に言えば「天皇」と「皇后」である。東西南北の局は内宮の管轄下に置かれる。また内宮は東西南北の局の他に、30人の「あおめ (青侍)」と呼ばれる下働きの侍女を持つ。

『その中一人 素直なる セオリツ姫の ミヤビには 君も階段 踏み下りて 陽陰下がる霊に 向つ姫 遂に入れます 内宮に』ホツマ6文

「セオリツ姫」の名の意味は、上の『君も階段 踏み下りて』が説明している。君=アマテル=背 (男) である。また別名の「ムカツ姫」も『陽陰下がる霊に 向つ姫』である。『陽陰下がる霊』は『天地栄る日』の意味もかけている。



セオリツ姫の抜けた南局の典侍には、美濃のカナヤマヒコ (金山彦神) の娘のウリフ姫ナカコが補充された。この姫の名の「ウリフ」が「ウリフ月 (今に言う "閏月")」の名の由来だという。

『カナヤマヒコが ウリフ姫 ナカコをスケに 供えしむ これを暦の ウリフ月』ホツマ6文



これにより東西央南北の局は、次のようになった。

【内宮】
御后:セオリツ姫ホノコ   (ホツマ国 サクラウチの娘)

【北局】
典侍:マス姫モチコ     (根・サホコチタル国 クラキネの娘)
内侍:コマス姫ハヤコ    (       同上       )
乙侍:アチコ        (ヤマシロ国 カダの娘)

【東局】
典侍:オオミヤ姫ミチコ   (ヒタカミ国 ヤソキネの娘)
内侍:タナハタ姫コタヱ   (     同上     )
乙侍:ソガ姫        (筑波国 ツクバハヤマの娘)

【南局】
典侍:ウリフ姫ナカコ    (美濃国 カナヤマヒコの娘)
内侍:ワカ姫ハナコ     (ホツマ国 サクラウチの娘)
乙侍:イロノヱ姫アサコ   (筑紫国 カスヤの娘)

【西局】
典侍:ハヤアキツ姫アキコ  (筑紫国 カナサキの娘)
内侍:オリハタ姫オサコ   (筑紫国 ムナカタの娘)
乙侍:トヨ姫アヤコ     (    同上    )



東西南北の局は交替で (おそらく春夏秋冬ごとに交替) 天君の御世話をしたという。

『東西南北の 局は替り 宮仕え』ホツマ6文



また局たちは皆、「機を織って操を通した」という。
「機を織る」というのは「まっすぐな経糸 (主・日・男) に、緯糸 (従・月・女) を隙間なくぴったり添わせて通す」という作業であり、これは妻が夫に「ぴったりと添って一筋を通す」=「操を立てる」ことを象徴する行為となるからだと思われる。

『皆 機 織りて 操 立つ』ホツマ6文

『日の道は 中節の外 月は内 男は表業 務むべし 女は内 治め 衣綴り』ホツマ13文

『皆 織り綴り 操 立つ』ミカサ4文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma06.html




ホツマツタエのおもしろ記事(26)『真榊』

2013-01-20 03:27
ホツマツタエのおもしろ記事(26)  真榊



ホツマでは年を表すのに『**鈴 **枝 **穂』という言い方がよく出てくる。
これは「マサカキ (真榊・真賢木)」という木の成長を、年を表すのに利用しているからである。
そして「マサカキ」は別名「スズキ (鈴木)」とも言うのである。
現在は「マサカキ」と「サカキ」は同じものとされているようである。 
GKZ 植物辞典



マサカキの枝は1年に半寸伸び (これを「1穂」と言う)、60年で3尺となり (これを「アヱ(熟枝)」という)、同時に新たな枝が生える。6万年で千枝となり枯れる (これを「サクスズ(幸鈴)」という)。よって鈴木の枝の数と長さを見れば時間の経過が判る。これが鈴暦の基であった。

1穂=1年 (1~60穂) 1枝=60年 (0~999枝) 1鈴=千枝=6万穂 (1鈴~)


『年の穂の  十年には五寸 六十年に 三尺 伸ぶ ヱトの 一回り  明くる年 成る 三尺の熟枝』ホツマ28文

『熟枝 千枝に さく鈴となる』ホツマ28文

『六十年の 末生えも 六百に 十枝 生え 六万年 千枝に 尽き枯るる』ホツマ18文

『故 千枝の年 種 植えて 明くれば生ゆる 真榊を』ホツマ28文

『二兄弟 キアヱより 枝と穂と数え 一枝 六十  十枝は六百年 百枝は六千 千枝に六万を 陽陰守の 一回りづつ 暦 成る』ホツマ28文



マサカキの植え継ぎは君の御業だったことから「天のマサカキ」ともいう。真榊を植え継ぐ時は「陽陰の節」に当たると言い、陽陰のアンバランスから汚穢が発生することが多いらしい。

『我は臣なり 君 植ゆる 天の真榊 如何にせん 我は祝詞 宣んすのみ』ホツマ28文

『今年 二十四の さく鈴を 二十五の鈴に 植え替えて 節に当れば 根の国と サホコの国の マスヒトが 内のシラヒト コクミ等が 親も犯して 子も犯す』ホツマ8文
  


誰がマサカキを植え始めたのかは明らかでないが、ウヒヂニ・スヒヂニの生れる頃にその植え継ぎが五百回に達する。それでこれを「五百継の天の真榊」と呼ぶ。この時点で世に男女の別が生じ、その結合によって子孫を作るようになるなど「陽陰なる道」に大きな変化が起ったらしく、区切りとしてカウンターを "0" に戻している。

『真榊の 植え継ぎ 五百に 満つる頃 世嗣の男神 ウヒヂニの スヒヂを入るる』ホツマ2文

『諸民も皆 妻 定む 陽陰なる道の 具わりて 類 成るより 年 数え 五百継天の 真榊や』ホツマ2文

『植え継ぎの 五百に至れば 三百ハカリ 万歳 満ちて 五百継ぎの 天の真榊』ホツマ28文

『植え継ぎ五百の 後の初 五百次天の 真榊を キ・ミの御業と』ホツマ18文



これ以後を「五百継の天の真榊」に次ぐ真榊という意味でおそらく「五百次の天の真榊」と呼ぶ。そして代々の天君がこれを植え継ぐが、オモタル・カシコネの世で途絶える。(真榊の植え継ぎは君の御業であるため、他の者が代行することはできない。) しかしヒタカミでも独自に、初代タカミムスビとなったキノトコタチがハコクニ宮に「五百次の真榊」を植え、以後歴代のタカミムスビが植え継いでいた。

『真榊を ハコクニ宮に トコタチの 植えて国名も ヒタカミの タカミムスビの 植継ぎの』ホツマ28文

『東 遥かに 熟み 高く 発ち上る日の ヒタカミや タカミムスビと 地 統べて トコヨの木を ハラミ山 カグヤマとなす 五百次の 真榊も植え』ホツマ4文



その21鈴125枝にアマテルが誕生する。これを以って五代タカミムスビのトヨケは、マサカキの植え継ぎを中央政府の君の管理下に戻したものと思われる。

『時 二十一鈴 百二十五枝 三十一 キシヱの 初日の出 若日と共に 生れませば 斎名 ワカヒト 産宮は ハラミ サカオリ』ホツマ28文



時代は移ろい、50本目の真榊は植え継ぐことなく自然に生えてくる。アマテルはそれを見て自分の役目が終わったことを悟る。この鈴木が千枝二十穂に枯れるが最後、二度と生えてくることはなかった。 (『五十鈴川』『五十鈴宮』『蹈鞴五十鈴媛』などの名の由来の一端は、この五十本目の鈴木に関係すると思われる。)
カスガ (天児屋命) によって苗木の探索が行われるが空しく終わる。

『時に五十鈴 宮に生え つらつら思す "植えずして 生えるも天地よ我が命 天地が知らす"と』ホツマ28文

『国々 巡り 真榊の 二方 三方 十方 嘗て無く』ホツマ28文



そこで新たな暦を導入する必要に応じて、50鈴1000枝21穂にあたるキナヱの年を、天鈴 (アスズ) 21年と定めた。天鈴暦は1年ごとに+1するだけの、今の西暦と同種のものである。天鈴58年が神武元年に当たる。

『"暦名を 「天鈴」 とせんや" 時に姫 諸神 共に "宣なり"と 天鈴に決め』ホツマ28文

『二十一穂の キナヱの春は アメフタヱ  "天鈴暦"と 名を代えて 梓に彫りて 奉る』ホツマ28文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma02.html
     :http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma28.html




ホツマツタエのおもしろ記事(25)『蛭子』

2013-01-19 18:47
ホツマツタエのおもしろ記事(25)  蛭子




「ヒルコ」は、「和歌」の名の起源となった「ワカ姫 (稚日女尊)」の斎名である。

昼に生まれたので「ヒル子」だという。
「ひる (昼)」は「ひる (放る/秀る)」の名詞形で、「日 (陽) の放射」「日霊・日潤」を意味する。

『後に一姫を 生む時に 昼なれば 名も ヒルコ姫』ミカサ1文



ヒルコはイザナギ・イザナミ夫妻の第一子の姫で、 筑波の「イサ宮」で生まれる。
ヒルコが3歳を迎える年、父は42歳、母は33歳であり、今で言う厄年に当っていた。
この厄がヒルコに及ぶのを防ぐために、イワクス船にヒルコを乗せて流すことにした。( 厄を「水に流す」 )
これを臣下のカナサキ (宇都志日金折命)が拾い、両親に代わって、西宮の廣田宮で育てる。



その後、末弟のソサノヲが生まれる頃には両親のもとに帰り、「ワカヒルメ (稚日靈女尊)」とも呼ばれるようになる。「ワカヒル」は「分日霊」で、これは「日の分霊」であるアマテルを指す。「メ」は「妹」の意である。(実際には姉であるが、最高位にある天つ君の兄弟姉妹の場合、年上であっても弟・妹とするようである。景行天皇とヤマト姫の間にも同様の例が見られる。)

『汚穢・隈に捨つ ヒルコ姫 いま慈しに 足り至り 天の愛妹と ワカヒルメ』ホツマ3文



アマテルが天君となり、都をハラミ山 (富士山) 麓の「ヤスクニ宮」から伊勢の「イサワ宮」に移すと、ヒルコもイサワに移り住むことになった。この時にイナゴに襲われた紀州の稲田を、「押草と歌のまじない」によって若返らせ、これによって「ワカ姫」の名と「タマツ宮 (玉津島神社)」を得る。この宮を住まいとしている時に、アマテルの使者として「アチヒコ (天思兼命)」がここに訪れる。ワカ姫の心は沸き返る。ついには思いかねて、沸き返る心を歌見 (歌札) に染めてアチヒコに渡す。

『タマツの御使 アチヒコを 見れば焦るる 沸姫の 沸の歌 詠み 歌見 染め 思ひかねてぞ 進むるを』ホツマ1文



アチヒコが歌見を手に取り読んでみると、

『キシイこそ 妻を身際に 琴の音の 床に吾君を 待つそ恋しき』ホツマ1文



事実上のプロポーズとも言える歌に、アチヒコの気は動転する。「あまのうきはし (仲人)」を架けること無く、天つ君の姉君と「とつぐ」などということがあっていいものか? 返歌しようにも言葉が浮かばない。

『思えらく 橋 架けなくて 結ぶ 和 これ 返さんと 返らねば 言の葉 無くて "待ち給え 後 返さん" と 持ち帰り』ホツマ1文



イサワ宮に戻って皆に相談してみると、この歌は返言不能の「回り歌」だとカナサキが言う。彼自身も船上で激しい波風に見舞われた時、船を打ち返さすまいと、回り歌を詠んで風を静めた経験があるという。

『長き夜の 絶の眠りの 皆 目覚め 波乗り船の 音の良きかな』ホツマ1文


ワカ姫のこの歌も回り歌だから、その意志をくつがえすことはできないのだという。



回り歌は、今は「かいぶん・かいもん (回文・廻文)」と言われていて、「上から読んでも下から読んでも同音の歌」のことである。しかしどうして回り歌には返言できないのだろう。

「回る」というのは「繰り返す・循環する」また「行き来する」と言う意である。だから回り歌は「行って来いの歌」「自己完結の堂堂めぐりの歌」だと言える。自己完結しているから外からの影響を受け付けない。つまり「否応無しの歌」ということだろうと思う。



アチヒコとカナサキの会話を聞いていたアマテルも、

『カナサキが船 乗り受けて 夫婦なるなり』ホツマ1文

(注:「船」は「渡し」の意)



こうしてアチヒコとヒルコは夫婦となり、ワカ姫は「シタテルヒメ (下照姫)」とも呼ばれるようになった。
「タチカラヲ (天手力雄神)」「ウワハル (天表春命)」「シタハル (天下春命)」「イキシニホ (伊岐志邇保命)」を生む。

『シタテル姫と アチヒコと 妹背を結びて 諸共に ここに治めて 生む御子は 斎名シツヒコ タチカラヲかな』ホツマ6文



アマテルの御子のオシホミミが近江の多賀に春宮 (多賀若宮) となると、この世嗣御子は病弱であったため、アチヒコ夫婦が「御子守」 (摂政) に就任するためヤスカワに移る。同時に根国サホコ国も治める。

『天ヤスカワの ヒルコ姫 御子オシヒトを 養します 根とサホコ国 兼ね治む』ホツマ6文



ワカ姫は和歌の名手であり、「和歌」とはそもそも「ワカ姫の歌」が約まったものである。ワカ姫の歌が他と違うのは、イナゴ祓いの歌に見られるように物理的な効果を伴うことである。ワカ姫のイナゴ祓のまじないの恩恵に預かった「オオナムチ (大己貴命)」は娘の「タカコ」をワカ姫に奉っている。また「アマクニタマ (天津国玉神)」も娘の「オクラ姫 (大倉姫)」を奉った。

『シタテル姫の 教え草 習い帰りて 押草に 扇げば 穢の 虫 去りて やはり若やぎ 実る故 娘 タカコを 奉る』ホツマ9文

『アマクニタマのオクラ姫 これも捧げて仕えしむ シタテル姫は二青女 召して楽しむ八雲打』ホツマ9文



「シタテルヒメ (下照姫)」の別名を持つワカ姫は、古今和歌集の序に和歌の始祖として紹介されている。

『この歌、天地のひらけ初まりける時よりいでにけり。しかあれども、世に伝はることは、久方の天にしてはシタテル姫に始まり、あらかねの地にしてはスサノヲの尊よりぞ起こりける。』



ワカ姫は和歌の名手であったと共に、琴の名手でもあった。

『大御神 桑 以て作る 六弦琴 賜ふ ワカ姫 むつに弾く』ホツマ9文

『この歌を 姉に捧げて 八雲打 琴の奏でを 授りて 歌に合せる イナタ姫 遂に貴妙 現れて 八重垣内の 琴歌ぞ』ホツマ9文



晩年ワカ姫は、和歌の奥義書「クモクシ文」と「シタテル姫」の名をオクラ姫に譲り、琴の奥義と「タカテル姫」の名をタカコに譲ることを遺言し、タマツ宮にて神となる。「トシノリ神 (歳徳神)」また「歳の恵みの大御神」と贈名される。この贈名は「押草と和歌のまじない」によってイナゴを祓い、大歳 (豊作:御歳とも言う) をもたらしたことを称えるものである。

『後にワカ姫 ひたる時 八雲・ヰススキ カダカキを 譲る 琴の音 (言の根) タカ姫を タカテルとなし ワカ歌の クモクシ文は オクラ姫 授けて名をも シタテルと なして ワカ国 玉津島 トシノリ神と 称えます』ホツマ9文

『守はタカテル シタテルの 年の恵みの大御神』ミカサ逸文



参考サイト:http://gejirin.com/src/Hi/hiruko.html
     :http://gejirin.com/hotuma01.html
     :http://gejirin.com/mikasa01.html
     :http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html



ホツマツタエのおもしろ記事(24)『天地歌』

2013-01-19 05:01
ホツマツタエのおもしろ記事(24)  天地歌



「天地歌」は「あめつちのうた」と読み、「天地の詞 (あめつちのことば)」とも言う。これは「いろは歌」と同じく、日本語の48音 (五十音) を重複なく羅列して意味を持たせた、手習歌詞と言われるものである。


ホツマにも同種の歌が載っていて、「あわうた (天地歌)」と呼ばれている。

かはなま いきひにみうく
ふぬむえけ へねめおこほの
もとろそよ をてれせゑつる
すゆんちり しゐたらさや


(この歌にも何らかの意味があるのだろうと推測するが、筆者は解けていない)



「あわ」は「あめ (天地) 」や「をめ (男女)」の変態で、「陽陰」の意である。
「あわ歌」は基本的には、陽陰のリズムだという「五七調」に綴る歌を言うらしい。(なぜに「五七調」が陽陰のリズムなのかは不明である。)

『ハナキネは 五・七に綴るを 姉に問ふ 姉の答えは "陽陰の節"』ホツマ1文

『五音七音道の 陽陰歌を 上 二十四声 イサナギと 下 二十四声 イサナミと 歌い連ねて』ホツマ5文


というのは上の48音の歌の他にも「あわ歌」と呼ばれる歌が登場するからである。
上の歌は、特に「地 (わ) のあわ歌」と呼ばれているが、「天 (あめ/あ) のあわ歌」というのも出てくる。

なにゑや うましおと (美し乙女に) あいぬとき (会いぬ時)』ホツマ3文
なにやし うましとこに (美し男に) あひきとぞ (会ひきとぞ)』ホツマ3文


この二歌を合せて「天のあわ歌」という。二神が八紘殿の中柱を廻る時、イザナギが上句17音、イザナミが下句17音を歌い、二神はこれにより万物を生む (再生する)。

『二神の 天の陽陰歌に 国を生み 地の陽陰歌に 音声 成る』ミ1文

『下りて共に 婚ぎして 御柱 回り 陽陰歌を 詠みて オノコロ 万物を 生みしは』ホツマ18文



またホツマはあわ歌の48音を「あわの神 (陽陰の神)」とも呼んでいる。48音の各1音は、それぞれが神の名なのである。「ヨソヤ神 (四十八神)」とも言い、この神々の天界における配置を示したのが「フトマニ (太兆)」である。 フトマニ図

『声の四十八方 アワの神』ホツマ14文



「あわの神 (陽陰の神)」は、それぞれ陽陰属性が少しずつ異なるユニークなエネルギー (神) であると思われ、48神 (48音) の組み合わせによって万物万象は発現する。この意味では、48神をそれぞれ化学元素の一つに喩えても良いかもしれない。
人間は万物万象に名前 (言葉) を付け、その名前 (言葉) によって万物万象を認識・思考し、また言葉によって万物万象を表現するわけであるから、 言葉=万物万象 という等式が成り立つのである。
万物万象は究極的には、人間の五感の情報をもとに脳が合成する虚像である。その虚像をつくる五感に対し、言葉は最も簡易に影響を与えることができるものである。



荒廃した日本を再生するためには、まず「あわの神 (陽陰の神)」の御名を正しく発音することが重要と考えた二神は、諸国を巡り、琴の調べに合わせて「地のあわ歌」を臣民に教えてゆく。

『二神の オキツボに居て 地 生めど 民の言葉の 悉曇り これ直さんと 考えて 五音七音道の 陽陰歌を 上 二十四声 イサナギと 下 二十四声 イサナミと 歌い連ねて 教ゆれば 歌に音声の 道 開け 民の言葉の 調えば 中国の名も アワ国や』ホツマ5文

『陽陰の歌 カダカキ 打ちて 率き歌ふ 自づと声も 明らかに』ホツマ1文

『ソアサ国 サクナギの子の イヨツヒコ 歌に言葉を 習わせて 二名を求む アワツヒコ』ホツマ5文

『五筋琴は 五方に響く 音を分けて 地の天地歌を 教ゆれば 言の根 徹る イスキ打』ホツマ9文



また陽陰歌 (四十八神) の「48」と言う数字は、「穢・隈・魔」を祓い整える力があると考えられていたらしく、何かにつけてこの数字が登場してくる。

『二十四に通い 四十八声 これ 身の内の 巡り良く 病 あらねば』ホツマ1文

『檜扇の羽は 厭 祓ふ 陽陰の四十八ぞ また 禊ふ(三十二) 道 な忘れそ』ホツマ1文

『ハタレマの 障れど帯に 整ひて 四十八 備わる その例』ホツマ16文

『アワの数 経て 喪を脱ぎて 政 聞く』ホツマ26文

『神緒末は 絹 二流れ 四丈八尺 御子 御緒末に 縋り行く』ホツマ40文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma01.html
     :http://gejirin.com/hotuma03.html
     :http://gejirin.com/hotuma05.html
     :http://gejirin.com/futomani.html




ホツマツタエのおもしろ記事(23)『枕詞』

2013-01-18 15:04
ホツマツタエのおもしろ記事(23)  枕詞



「まくらことば」とは「枕とする言葉」である。
「まくら」は「(頭の) 下に敷くもの・先に置くもの・土台」だから、「まくらことば」とは「先に置いて主たる言葉の土台とする言葉」という意味である。
ホツマにはたくさんの枕詞が出てくるが、幾つかについてはその由来を説明している。



【あしひき】

ホツマは最初に「あしひき」の由来について説明している。これはイザナミの死とそれに対するイザナギの行動が元となっている。かなり込入っていてしかも深い。
「あしひき」は「やま」に掛かる枕詞だが、「やま」は「山」ではない。なんとこの「やま」は、もともとは「よみ (黄泉)」と「やまと (和)」なのである。

一つは、イサナギが、焼け焦げて死んだイサナミの姿に驚愕して『足を退き』、またイサナミが放った八人の鬼霊 (黄泉醜女) により、黄泉から『足を退かされ』帰ったことによる。
この「足退く」は「~から手を引く・身を引く」と同じで、「離れる・しりぞく」の意。「よみ (黄泉)」は「やま (病・疚)」「やみ (闇)」などの変態である。

もう一つは『葦引き』で、二神が葦原の葦を引き抜いて田を拓いたことを言い、これは政治不在のため荒廃していた民心を調えたことの喩えである。
ヤマト」は「中国 (なかくに)」の別名であるが、「中央」という意味と、もう一つ「和・調和」という意味がある。荒廃していた日本の中央の国に、二神の「葦引き (草取り・準備作業)」によって調和がもたらされたという意味である。

『足退きの黄泉』であり『葦引きのヤマト』なのである。


『髻の黄楊櫛 辺歯を 灯とし見れば 蛆 集る "厭や 醜めき 汚なき" と 足 退き 帰る』ホツマ5文

『鬼霊に追わす 善し悪しを 知れば足退く 黄泉境』ホツマ5文

『禊に民の調ひて イヤマト 徹る 葦引きの 千五百の生田の 瑞穂 成る マトの教えに かかんして のん アワ国は てん ヤマト 引きて開るき 葦原の 歌も悟れよ マト道の 徹らぬ前の 葦引の 枕言葉は 歌の種』ホツマ5文

『千五百の葦も 皆 抜きて 田となし 民も 賑えば ヰヤマト 徹る ヤマト国』ホツマ23文

『垂の勇[死の諌]は 妻の殯を ミクマノの 神の諫めの 足ぞ退きける』フトマニ127



【しまつとり】

「しまつとり」は「う」にかかる。
カナサキ (宇都志日金折命) の遠祖に「シマツヒコ」という人がいた。シマツヒコは近江国の安曇川で、朽木に乗る鵜の鳥を見て、初めていかだを造り棹を刺すことを覚える。これが船の元となる。
(安曇川は、別名を朽木川ともいう。)

『船は往にし代 シマツヒコ 朽木に乗れる 鵜の鳥の アヅミ川 行く いかだ 乗り  竿刺し 覚え 船と成す』ホツマ27文



【おきつとり】

「おきつとり」は「かも」と「ふね」にかかる。
上記「シマツヒコ」の子に「オキツヒコ」という人がいた。オキツヒコは鴨を見て櫂を作り、鴨船を開発する。
「鴨船 (かもぶね)」というのは、鴨が足を前後に掻いて泳ぐように「櫂で漕ぐ船」をいう。対馬では今でも大型の舟を「ワニ」、小型のを「カモ」と言うそうだ。

『子のオキツヒコ 鴨を見て 櫂を作れば』ホツマ27文




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma05.html
     :http://gejirin.com/hotuma23.html




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