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ホツマツタエのおもしろ記事(15)『嫁ぎ』

2013-01-15 12:13
ホツマツタエのおもしろ記事(15)  嫁ぎ



「とつぐ」は「嫁ぐ」と漢字が当てられているので、「妻となる女が、夫となる男の家に移り住む」というイメージが強いが、元来は違う。

「とつぐ」は「とつ(閉づ・綴づ)」と「つく (付く・接ぐ)」が連結した複合動詞。
どちらも意味は同じで「合わす・交える・結ぶ」などの意。
「とっつく (取っ付く)」「とりつく (取り付く)」なんかと同じである。

したがって「とつぎ」は「交合・交接」であり、つまりは「性交」である。
だから行為としては「みとのまぐはい (凸凹の交わい)」と同じである。
みと」は、おもしろい単語で「女性器単体」「男性器単体」「男女の性器」のすべての意を表す。


「ひよるこ」のページで、ヤヒロ殿の中柱を廻って万物を生もうとした二神は、はじめに「ひよるこ」という失敗作を生んだことを書いた。記紀では「ひよるこ」は「ひるこ」にすり替えられ、ヒルコ姫はその時点で歴史から姿を消した。


二神の行ったことは、こうである。

『二柱 うきはしに熟る オノコロの 八紘の殿に 立つ柱 回り生まんと 言挙げに 女は左より 男は右に 分れ 回りて 会ふ時に 女は "あなにえや ゑをとこ" と 男は "わな嬉し ゑおとめ" と 歌ひ』ホツマ3文


二神は失敗の理由がわからなかったので、天 (中央政府) に伺いを立ててみた。

『ある形 天に告ぐれば フトマニを 味わえ曰く "五・四の歌 言を結ばず 言挙げも 女は先き立てず"』ホツマ3文

すると、フトマニの48音 (四十八神) に鑑みて云わく、「五・四調の歌は言葉を実現しない。言葉を発するにしても、女が先に発してはいけない」。こういう回答だった。さらに、


『とつぎとは 雌のニワナフリ 尾 搖れ 鳴く 雄鳥 鳴き去る またある日 雄鳥 装ふ 雌が知りて 合ひ交われば 天地よりぞ 鳥に告げしむ とつぎ法』ホツマ3文

メスのセキレイの方から尾を上下に振って求愛すると、オスは鳴き逃げてしまった。別の時、オスの方が尾羽を開き翼を下げて求愛した。それを見てメスはオスと交わり、交尾が成功した。天神がリを使って人に交合の作法を告げている。だから「とつぎ」と言うのだ。


「う~ん、そんなもんかぁ」と、二神はやり方を改めて再び中柱を回る。

『二神は 新たに回り 男は左 女は右 回り 会ひ 歌ふ 天のアワ "なにゑや 美し乙女に 会いぬ時"  女神 応えて "なにやし 美し男に 会ひきとぞ"』ホツマ3文


変更点:
(1) 今回は男が時計回り、女を反時計回りとした。(前回は逆)
(2) 今回は男が先に歌った。(前回は逆)
(3) 今回は歌の形式を「五・七・七」とした。(前回は「五・四」)


変更点についての考察:
(1) アメノミヲヤが天地創造する時、水に油が浮かぶように浮んでいた天元神は、時計回りに回転を始める。上部にある軽い成分 (油・陽) が時計回転するならば、下部にある重い成分 (水・陰) は相対的に反時計回りの回転をしていることになる。
(2) 『生の一意気 全かにて 水に油の 陰陽 分かれ 陽 まず 上りて 天となり 陰は 後 下りホツマ16文 とある。
(3) 『ハナキネは 五・七に綴るを 姉に問ふ 姉の答えは "陽陰の節"』ホツマ1文 とある。しかしなぜ「五・七調」が陽陰の節なのかは不明。


この改良は功を奏し、二神は国土の八島を始めとして、海・川・山の幸、木祖のククノチ、茅の姫、野槌など、万物を生むことに成功したのである。
二神の八紘殿の中柱を廻っての「国生み」は、原初の時にアメノミヲヤが行った創造プロセスを、地上において再現したものなのであろう。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma03.html
     :http://divinehuman.blog.fc2.com/blog-entry-22.html



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ホツマツタエのおもしろ記事(14)『ひよるこ』

2013-01-15 07:17
ホツマツタエのおもしろ記事(14)  ひよるこ



「ひよるこ」は、ホツマツタエだけに登場する。
一応イザナミが生んだ子なのだが、謎も多い。


イザナギとイザナミはコトサカノヲを「うきはし (仲人)」として夫婦となる。
この夫婦を特に「ふたかみ (二神)」と呼んでいる。


この「かみ」は「上位・上流・源」の意で、本来は「上・頭・官」などの漢字を当てるべきなのだが、慣例に従い「二神」としている。
また「ふたはしら (二柱)」「あめふたかみ (天二神)」と呼ばれる場合もある。

「神」は通常、神霊 (肉体を持たないもの) を指す。だから基本的に世に生きる人間を「神」とは呼ばない (ただし唯一の例外を除く)。
しかしその人間も、世を去れば「神」と呼ばれることになる。


はじめ、二神は筑波のイサ川 (今の桜川と思われる) の畔のイサ宮に住む。
ここで「みとのまぐわい (凸凹の交わい)」によりヒルコ(蛭子) を生んでいる。
ヒルコは3歳になる年、両親が42歳と33歳の厄年に当たっていたため、その厄が子に及ばぬようにと、イワクス船 (斎奇船/穢朽す船)に乗せて流される。重臣のカナサキがそれを拾い上げ、西宮の廣田宮で育てる。
(ヒルコについてはこちらを参照)


その後二神は、近江「オキツボ」の「オキツ宮」に移る。
ここに「ヤヒロ殿 (八紘殿)」を建て、ここを国家再建の中心拠点とする。


二神は、このヤヒロ殿に立つ中柱 (大黒柱) を廻って、国土の八島を始めとして、海・川・山の幸、木祖のククノチ、茅の姫、野槌など、万物を生む。
「生む」というのは、オモタル政権の断絶によって、一旦は果てた日本の「再生・再興」という意味だろうと思う。


しかしそうなる前、ヤヒロ殿の中柱を廻ることによる国生みは、一度失敗しているのである。
ホツマの記述を見てみよう。

『二柱 うきはしに熟る オノコロの 八紘の殿に 立つ柱 回り生まんと 言挙げに 女は左より 男は右に 分れ 回りて 会ふ時に 女は 「あなにえや 愛男子」と 男は 「わな嬉し 愛乙女」と 歌ひ孕めど 月 満てず 胞衣 破れ生む ヒヨルコの 泡と流るる これも未だ 子の数ならず 葦船に 流す淡路や』ホツマ3文


ヤヒロ殿の中柱を廻って、二神がぶつかる時に歌を歌う。
これによってイザナミは孕むが、流産してしまう。
この流産した未熟児が「ひよるこ」で、淡路にて葦船に乗せて流す。

しかしこの話、どこかで聞いたことがある。


【古事記】
『爾くして伊邪那岐の命、「然あらば吾と汝と、この天の御柱を行き迴り、逢いてみとのまぐはひせん」と詔りき。かく契りてすなわち、「汝は右より迴り逢え、我は左より迴り逢わん」と詔らして、契り終えて迴る時に、伊邪那美の命 先ず「あなにやし えおとこお」と言い、後に伊邪那岐の命「あなにやし えおとめお」と言い、おのおの言い終えし後に、その妹に告げて曰く、「女人の先に言えるは良からず」。しかれどもくみどに興して生みし子は水蛭子(ひるこ)。此の子は葦船に入れて流しうてき。次に淡嶋を生む。是もまた子の例に入れず。』

【日本書紀】
『即ち将に天柱を巡らんとして、契りて曰く、「妹は左より巡れ、吾は右より巡らん」。既にして分れ巡り遇う。陰神(めかみ)すなわち先ず唱えて曰く、「あなにえや、可愛少男(えおとこ)を」。陽神(おかみ)後に和して曰く、「あなにえや、可愛少女(えおとめ)を」。遂に夫婦(みとのまぐあい)して、先ず蛭兒(ひるこ)を生む。すなわち葦船に載せて流しき。次に淡洲を生む。此は亦、兒の數にいれず。』


「ひよるこ」が「ひるこ」に化けている!


記紀においては、この時点で「ひるこ」は消滅するわけである。
これが、ひるこ (別名:稚日女尊/稚日靈女尊/下照姫/丹生都比賣大神/御歳神) の事蹟が歴史に残っていない理由である。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma03.html
     :http://gejirin.com/src/Hi/hiruko.html
     :http://gejirin.com/src/Hi/hiyoruko.html



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