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ホツマツタエのおもしろ記事(41)『岩戸隠れ』

2013-01-25 21:04
ホツマツタエのおもしろ記事(41)  岩戸隠れ




ソサノヲはアマテルに諭されても、毒気をまき散らしてさらに怒る。

『ソサノヲは 汚穢を蹴散らし なお怒る』ホツマ7文



アマテルはソサノヲの狂乱のさまを恐れて、結室に入って閉ざす。すると世に明暗の区別が無くなってしまう。

『君 恐れまし いわむろに 入りて閉ざせば 天が下 明暗も紋 無し』ホツマ7文

  • 『いわむろ』は「結室」である。「いわ」は「いふ」の名詞形。「いふ」は「ゆふ (結う)」の変態である。「いく (行く)」=「ゆく (行く)」「いふ (言う)」=「ゆふ (言う)」のように、「い」と「ゆ」は常に交換可能である。
  • 結室は「結わえた室・閉ざされた空間・密室」の意で、「無戸室 (うつむろ)」と同じである。したがって「岩石」とは何の関係もない。
  • 明暗無し』とは、陽と陰を分けたアメノミヲヤ (陽陰の上祖) と同一視されるアマテルがいなくなって、この世が秩序なき混沌状態になったという比喩だろうと考える。 参照:天地創造



皇太子オシホミミの御子守を務めるヤスカワのオモイカネは、この闇に驚き、イサワ宮に侍るタチカラヲ (手力雄神) の所へ松明に馳せ、「タカマに議って祈ろうではないか。」

『ヤスカワの 闇に驚く オモイカネ 松明に馳せ 子に訪いて "タカマに議り 祈らんや"』ホツマ7文

  • 松明 (たひまつ)』は「とう (灯・燈)」+「まつ (燃す)」あるいは「ともし (灯し)」と同じと考えて良い。
  • 『タカマ』は、ここでは「中央政府の会議」の意で、今風に言えば「国会」である。具体的にはイサワ宮南殿の「橘宮 (かぐみや)」で開かれる会議である。



そこでツハモノヌシが「真榊の上の枝に宝石、中の枝にマフツの鏡、下の枝に和幣を掛けて祈ろう」と提案する。

『ツハモノヌシが "真榊の 上枝は熟玉 中つ枝に マフツの鏡 下 和幣 掛け祈らん"』ホツマ7文

  • 『熟玉 (にたま)』は「優れた球/丸/弾」の意で、「珠・宝石」。
  • 『マフツの鏡 (真経津鏡)』は、「マス鏡 (真澄鏡)」と同じ。二枚一組の鏡で、それぞれ日と月に擬える。
  • 和幣 (にぎて)』は、神をねぎらうために奉る木綿や紙。
  • 真榊に鏡や剣や珠を掛けることにどういう意味があるのか不明だが、ホツマではよく出てくる。



そしてウスメ (天鈿女命) 等をして、日陰草の襷、茅巻矛の匂い、笹湯花を行い、神座の外で神を祭る。

『ウスメ等に 日陰を襷 茅巻矛 朮を匂ひ 笹湯花 神座の外の 神篝』ホツマ7文
  • 『匂ひ (にはひ)』は「庭火」かもしれない。
  • 「神座 (かんくら)」は「神の居場所」。ここでは「アマテルの籠った結室」を指す。
  • 『神篝 (かんかがり)』は「神を栄す・敬う・崇める」の意で、「神祭」と同じ。



しかしアマテル神が結室から出てくる気配はない。そこでオモイカネは考えたあげく、トコヨの踊り「長咲」を踊ることに思い至る。

『深く謀りて オモイカネ トコヨの踊り '長咲' や 俳優 歌ふ』ホツマ7文

『橘の木 枯れても匂ゆ 萎れても好や 吾が妻 合わ  吾が妻 合わや 萎れても好や 吾が妻 合わ』
ホツマ7文

『諸守は 結戸の前に 姦踊 これぞトコヨの "長咲" や』ホツマ7文

  • 『俳優 (わざおき)』は「技の大きなる者・技の優れたる者」の意。
  • 『吾が妻 合わ』の「合わ」は、「あふ (合う)」の名詞形で「同じ」という意。
  • 『結戸 (いはと)』は「結わえる戸」。「戸 (と)」は「とつ (解つ/閉づ)」の名詞形の簡略で「開閉するもの」の意。「口 (くち)」と同じ。
  • 『姦踊 (かしまどり)』は「姦しい踊り・騒がしい踊り」の意。「とり (踊・鳥)」の原義は「バタバタすること/もの」。



外の騒がしさに気が付いたアマテルは、結室の戸を少しだけ開けて外の様子を伺う。外で待ち構えていたタチカラヲはこの時とばかりに結戸を放り投げ、アマテルの手を取って外に出す。そしてツハモノヌシは、アマテルが結室に戻らぬようにと、閉縄を引き渡す。

『君 笑み 細く 窺えば 結戸を投ぐる タチカラヲ 御手 取り出し 奉る ツハモノヌシが 閉縄に "な返りましそ"』ホツマ7文



このいわゆる「岩戸隠れ」の物語は、いかにも神話らしい幻想的な物語であるが、何を言わんとしているのか結局よくわからない。こうした物語はホツマの中では多くはない。他には「海幸彦・山幸彦」の話ぐらいである。おそらく幻想的な物語にしなければ表に出せないような、きわどい事実が裏に隠れているのだろうと思う。



ー つづく ー



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma07.html



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ホツマツタエのおもしろ記事(40)『ソサノヲ 吼ゆ』

2013-01-25 14:00
ホツマツタエのおもしろ記事(40)  ソサノヲ 吼ゆ




内宮セオリツ姫により、北の局の典侍モチコと内侍ハヤコは、身柄を筑紫のアカツチに預けられる。モチコ・ハヤコから引き離されたソサノヲは荒れ狂い、手の施しようがなかった。

『ソサノヲ 仕業 あぢきなく なじろ しきまき あお放ち』ホツマ7文


  • 『あぢきなく』は、「あぢき」+「なし (無し)」の連用形。 「あぢき」は「あづく (預く)」の名詞形「あづき (預き)」の変態。 よって「あぢきなし (預き無し)」は「あづかりなし (預かり無し・与り無し)」と同義で、「関わる者がいない」「手出し無用」という意。
  • 『なじろ』は「なじる (詰る)」の名詞形と考えている。
  • 『しきまき』は「しきまく」の名詞形。「しきまく」という動詞は辞書には無いが、「さかまく (逆巻く)」の変態と考える。「逆巻く」も「さかわく (盛沸く)」つまり「盛んに沸き返る」が原義と考えている。「盛んに」と「頻りに」は同義である。
  • 『あお放ち』の「あお」は「おゑ (穢・汚穢)」の変態で「毒気」の意と考える。

したがってこの部分は「悪口雑言、逆上、毒気の発散」という意で、ソサノヲの怒り狂うさまを表現した記述と考えたい。

『日本書紀』はこの部分を「天の苗代に種を重播し、畔を放ち」と解釈している。
また『延喜式の六月晦大祓』でも「天津罪と 畦放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸 ここだくの罪を 天津罪と法別て」と、書紀と同じ解釈である。
これは当時すでに古語を解読できなかった日本書紀が、適当に言葉を加えてでっち上げたと見ている。大祓は書紀に倣ったのだろう。



新嘗祭で君が田畑神に祈る時に召す「神御衣」を織っていれば、その殿を汚す。

『みのらす御衣の 新嘗の 神御衣 織れば 殿 汚す』ホツマ7文


  • 『みのらす』は、「みのる」の未然形 +「す (尊敬の助動詞)」。「みのる」は「みぬ (見ぬ/満ぬ)」から派生した動詞で「(心・身を) 合わす」また「高める・敬う・尊ぶ」などの意。これは「いのる (祈る)」と同義である。
  • 「御衣 (みそ)」は「みす (見す)」の名詞形で、「みす」は「めす (召す)」の変態。よって「みそ」は「召すもの・お召し物」である。
  • 神御衣 (かんみは)』は、辞書には「かむみそ・かんみそ」、また「神の御衣 (かみのみけし)」ともある。
  • 『殿』は「斎衣殿 (ゐんはとの)」を言い、辞書には「斎服殿 (いみはたどの)」とある。
  • 『汚す』は、どういう行為を言うのか不明であるが、部外者が斎衣殿に近づくだけでも「汚す」ことになるのかもしれない。ソサノヲはその神聖な殿に無断で立ち入ったものと考える。日本書紀は「糞放る (くそまる)」と解釈している。



ソサノヲはそれを注意され、織姫が一人で籠るべき斎衣殿は閉ざされた。これにむかついたソサノヲは、(子馬ではなく) 大きな馬を屋根を破って投げ入れる。中に籠って機を織っていたハナコは驚いて、手に持っていた「」で体を突いて死んでしまう。

『これ 正されて ソサノヲが 一人 被る 斎衣殿 閉づれば 怒る ふち駒を 甍 穿ちて 投げ入るる ハナコ 驚き 杼に破れ 神去りますと』ホツマ7文

  • 『被る (かふむる)』は「こもる (籠る)」に同じ。
  • 『ふち駒』を、書紀は「斑駒」としているが、馬の毛の模様などはこの場面ではどうでもいいことである。「ふち」は「ふと (太)」「むっちり」の変態と考える。



日本書紀は、本文では「天照大神、驚きて、梭を以ちて身を傷め」とし、一書では「稚日女尊、すなわち驚きて機より墮ちて、所持せる梭を以ちて身を傷めて神退りき」としている。
ここに「稚日女 (わかひめ)」が出てくるのには理由がある。

ワカ姫はヒルコ (蛭子) の別名であるが、書記は「ヒルコ」を「ヒヨルコ」の代わりに殺してしまっている。しかし稚日女尊は各地の神社に祭られており、その名までは消すことはできなかった。そこでハナコを稚日女尊に仕立て上げたのである。なぜならばハナコというのは斎名だが、その通称は「ワカサクラ姫」「ワカ姫」と言うからである。



これにはついにアマテルも怒り、「天の下にある地に対する見方が間違っている」と、歌を以て諭す。
[天の下を和して恵む日月のような存在であってこそ民の親であり、それが国守というものである。]

『君 怒りまし ソサノヲに "汝 汚なく 地 望む"』ホツマ7文

『如何んぞ 地 望む 陽陰法 成せば 地の守』ホツマ40文

『天が下 和して恵る 日月こそ 晴れて明るき 民の父母なり』ホツマ7文



しかしソサノヲはなおのこと怒り、毒気をまき散らす。

『ソサノヲは いわを蹴散らし なお怒る』ホツマ7文
  • 『いわ』は、先出の「あお」と同様に「おゑ (汚穢)」の変態。他にも「いま (忌)」「おわい (汚穢)」などがある。
  • 『蹴散らす』は「放つ・退ける」の意。「足で蹴る」ことに限らない。



ー つづく ー




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma40.html




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