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ホツマツタエのおもしろ記事(83)『菊』

2013-02-28 14:06
ホツマツタエのおもしろ記事(83)  



菊は「ここ」「きく」、また「ここな」「ここなし」と表記されている。
菊は皇室の紋章になっているが、ホツマにおいても最も尊ばれている草花である。
菊が尊ばれる理由は、一つにはその香りであるが、なんと「枯れた時の香り」だというのである。


『これ 菊の 時 全ちて 枯るる匂も』ホ15文

  • 菊が天寿を全うした時は、その枯れた匂いも全い(またい)。
 

上記は、人が天寿を全うできずに早死することの弊害を説明する記事に現れる。

『時来ぬ枯は 苦しみて 魂の緒 乱れ 天に和えず 齢 保ちて 天に上がる 時は楽しみ 罷るなり』ホ15文

  • 『時来ぬ枯 (ときこぬかれ)』天寿を全うせずに死ぬこと。
  • 『魂の緒 乱る (たまのを みだる)』魂と魄 (たま・しゐ) を結い合せている魂の緒がもつれる。その結果、魂・魄の結合が解けなくなる。詳しくは『魂魄と魂の緒』を参照。
  • 『天に和えず (あにあえず)』魂・魄の結合が解けないので、魂と魄は本来還るべき「ムナモト (陽の核=日)」と「ミナモト (陰の核=月)」に戻ることができない。


『これ 菊の 時 全ちて 枯るる匂も 人の身も 清糧 食みて 万穂 得て 枯るる匂も 菊ぞ 骸 直ぐに 神形』ホ15文

  • 『全つ (まつ)』は「みつ (満つ)」の変態。「全うする」の意。
  • 『清糧 (すがかて)』すぐれた食物。具体的には穀物・野菜・魚。詳しくは『食と寿命の関係』を参照。「糧 (かて)」は「かつ (交つ・且つ)」の名詞形で「(身に) 合わすもの」の意。
  • 『万穂 (よろほ)』「ほ (穂)」は真榊の穂で、1穂=半寸=1年 を表す。万穂は「万年・万歳」の意。
  • 『骸 (おもむろ)』「おも」は「おむ(放む)」の名詞形で、「おむ」は、ここでは「離れる・退く」の意。「むろ (室)」は「(何かを) 収める空間・入れ物・器」の意。「おもむろ」は「(魂・魄が) 離れた入れ物」で、「ぬけがら (抜け殻)」「なきがら (亡骸)」に同じ。
  • 『神形 (かんかたち)』は「神の現れ」の意で、ここでは「(人の) 本来の姿」「世の垢を離れた純粋な状態」を表す。


また菊は日月の霊種であるので、これを食べると心の目が開いて「陽陰の道」に寄り添い、獣に転生することを防ぐという。
「獣への転生」については『妹背鈴明4~6』『魂魄と魂の緒』を参照。

『人は元 中子・心端 日月なり 直ぐに罷れば 合ひ応え 陽陰の宮居に 還さんと 獣になるを 止むなり』ホ15文

  • 『中子 (なかご)』は「端っこ」の反対語。「中身・奥・心・核」などの意で「こころ」の同義語。ここでは魂の緒によって結合し、人の心となっている魂・魄を言う。
  • 心端 (こころば)は肉体と中子を結ぶネットワークをいう。
  • 『日月 (ひつき)』=陽陰=天地=魂魄=上下(かも)=神(かみ)。
  • 『合ひ応ふ (あひこたふ)』陽陰の本源たる「日月」と、人の心となっている「魂魄」が感応共鳴する。
  • 『陽陰の宮居 (あめのみやゐ)』ムナモト (陽の元)ミナモト (陰の元) と同じ。


『菊 日月の 霊種ゆえ 食えば目の玉 明らかに 合ひ求むなり 陽陰の道 為す人 神に 合ひ求む 故に菊 愛つむ これかな』ホ15文

  • 『霊種 (みたね)』「み (霊)」は「かみ (神)」と同じ。「たね (種)」は「分け・子・末」また「根・苗」の意。
  • 『合ひ求む (あひもとむ)』は「合わせ近寄る・歩み寄る・寄り添う」などの意。
  • 『陽陰の道 (あめのみち)』は「あめなるみち (陽陰和る道)」と同じ。根源神「あめのみをや (陽陰の上祖)」が定めた大宇宙の根本原理。
  • 『為す人 (なすひと)』ここでは「陽陰の道」に寄り添う人。
  • 『神 (かみ)』は本来、陽と陰が分離している非物質状態を言い、「神=上下(かも)=陽陰=日月=天地」であるが、ここでは「世に在る人が理想とする高き存在形態」としてのそれを言っていると思われる。
  • 『愛つむ (めつむ)』は「めづ (愛づ)」の連体形「めでる (愛でる)」の変態。「めづ」は「めす (召す)」の変態で「(心に) 合わす・心寄せる」の意。


また菊は「ここちり (菊散)」と呼ばれる織物の紋様になっている。残念ながらこの紋様の由来については語られていないのであるが、元はアマテルが神を祭る時に召した御衣裳の一つである。
アマテルが世を辞むに際し「サヲシカヤタの冠」と共にウガヤに授けられていることから、最も神聖視された紋であったように思われる。 菊が皇室の紋となっているのは、これを起源とするのだろう。

『小葵の御衣 菊散と 熟果留彩の 三つの紋 神の装ひの 御衣裳なるかな』ホ26文
『カスガは君に 奉る 神のヲシテと サヲシカの 冠と衣裳は 菊散ぞ』ホ28文
『天 祝うなる 御衣の縁は 直御使の 裳裾に充つる 恵み和うなり』フ005



菊の語義を考えてみると「高貴」「究極」とほぼ同義と見て良さそうである。

「ここ」は「こく (焦ぐ・漕ぐ)」の名詞形で、「焦ぐ・漕ぐ」とは「高める・勢いづける・栄す・至らす」などの意である。
またその変態の「きく」は「きく (利く・効く)」の名詞形で、やはり「高める・勢いづける・栄す・至らす」の意。
したがって「ここ・きく」は「高まり・繁栄・至り」などの意となる。

また「ここ」は、「ここのつ (九つ)」の「九」でもある。
「九」が表すものといえば「九重 (ここのゑ)」「九座 (こくら)」「九星 (こほし)」などであり、これはみんな元々開の「アメノミヲヤ」+「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の9神を表している。この9神は「アメトコタチ (天常立神)」とも呼ばれ、宇宙の中軸に位置し、万物の源となった神々である (フトマニ図)。
だから「9」という数字は「完成・完全・究極」を示す聖数なのである。
この9神の配置を地上に擬えたものが「九重」であり、皇居の別名である。

また「ここ」は「九・九」でもある。
陰暦九月九日は「菊の祝 (ここのいわひ・きくのいわひ)」と称して「収穫・豊作」を祝っている。

『初日 十五日 陽陰の敬い 桃に雛 菖蒲に茅巻 棚機や 菊・栗祝い』ホ1文
『九月は 大年 告げる 菊の御衣 襲 菊・栗 一夜御酒』ミ7文
『九月 満きの 菊 咲き 大年 菊の 散 綿子 ささげて祭る 栗見酒』ミ9文



後世には「菊の宴」「重陽」と称する宮中行事になっている。

【菊の宴】きくのえん -広辞苑より-
陰暦九月九日、宮中で催された観菊の宴。きくのえに。菊の節会(せちえ)。重陽(ちようよう)の宴。菊花の宴。九日の宴。

【重陽】ちょうよう -広辞苑より-
(陽の数である九が重なる意) 五節句の一。陰暦九月九日で、中国では登高という丘に登る行楽の行事がある。わが国では奈良時代より宮中で観菊の宴が催された。菊の節句。九月の節句。重九。



菊を「ここな」「ここなし」とも呼んでいるが、これは

「ここ (高貴・究極・九)」+
「な ( 「なる」 の短縮)」+「し ( 「如く)」 の名詞形の短縮)」

で、「高貴/究極なるさま」「高貴/究極なる如きさま」という意と思われる。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma15.html
     :http://gejirin.com/hotuma26.html
     :http://gejirin.com/hotuma28.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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ホツマツタエのおもしろ記事(82)『魂魄と魂の緒』

2013-02-27 19:03
ホツマツタエのおもしろ記事(82)  魂魄と魂の緒



「たましい」は、ホツマでは大方「たましゐ」と表記される。
そしてこれは「たま (魂)」と「しゐ (魄)」という2つのものなのだ。

「たま」は「たむ」の名詞形。
「たむ」は「とぶ (跳ぶ・飛ぶ)」の変態で「高まる・上る・勢いづく」の意。
「しゐ」は「しゆ」の名詞形。
「しゆ」は「しむ (凍む)」の変態で「低まる・下る・縮こまる」の意。
だから「たま」は「勢い付いて昇るもの」、「しゐ」は「縮こまって下るもの」なのである。



詳しくは『天地創造』を読んでいただきたいが、根源神アメノミヲヤ (陽陰の上祖) が天地を創造する時、ミヲヤの 「生の一意気 (初の一息)」によって渾然たるエネルギーが2つに分かれ、「陽」と「陰」が生じる。その後、陽と陰は、

『陽は清く 軽く回りて 天と成り 陰は中に凝り 地と成る』ホ14文
『陽 まず 上りて 天となり 陰は 後 下り 地泥の』ホ16文

回り上って天となった陽」と「凝り下って地となった陰」。
これはそれぞれ「たま (魂)」と「しゐ (魄)」の語義と同じである。
然り。「魂=陽」「魄=陰」なのである。



『水・埴 分かれ 陽の空 風 生む 風も 火を生みて』ホ14文
『背のムナモト 日と丸ろめ 妹のミナモト 月と凝り』ホ14文

陰は「水・ 埴」に分れ、陽は「空・風・火」に分れる。
背 (陽) の核は「日」となり、妹 (陰) の核は「月」となる。

よって基本的には、「陽=日=天=上=魂」「陰=月=地=下=魄」である。
だから「魂魄 (たましゐ)」は、「陽陰 (あわ)」「男女 (をめ)」「天地 (あめ)」「日月 (ひつき)」「上下 (かみしも・かも)」「神 (かみ:=上下)」「妹背 (いせ)」などの同義語であるが、「たましゐ (魂魄) 」は、特に人間を構成する「陽」と「陰」を指す名なのである。

注意を要するのは、上記の同義語はいずれも分離状態にある「陽」と「陰」を表す言葉だということである。もし分離している陽と陰が結合した場合、それは目に見える形となって現れる (=物質となる)。したがって結合していない状態の「陽・陰」は、非物質すなわちエネルギーだということである。

エネルギーとは「目には見えないが存在するもの・形なきもの」を言い、ホツマでは「る (霊)」「ち (霊・精)」「き・い (気)」「もの (物)」などと呼んでいる。 そしてエネルギーは大きく「陽・陰」の2つの属性に区別され、陽・陰はさらにそれぞれ「空・風・火」と「水・埴」のエネルギー属性に区別される、ということである。

だから「空・風・火」「水・埴」も、ここでは物質ではなくエネルギー属性を言っている。見えないエネルギーの属性を説明するための方便として「空・風・火・水・埴」に擬えているのである。



『埴 空 受けて穢は石 清は珠 ・・・ 埴 受くる 空・雨水 成る 草木 ・・・ 空・風・火・水の四つが 成る鳥の ・・・ 埴と水・火・風の四つが 成る獣 ・・・ 水・埴 含む 火 成る 貝 ・・・ 水 受く空 火 成る 魚』ホ15文
『空・風・火と水・埴の 五つ 交わりて 人と成る』ホ14文


「空」      +      「埴」= 石や珠。
「空」    +    「水」+「埴」= 草や木。
「空」+「風」+「火」+「水」    = 鳥。
    「風」+「火」+「水」+「埴」= 獣。
        「火」+「水」+「埴」= 貝。
「空」  +  「火」+「水」    = 魚。
「空」+「風」+「火」+「水」+「埴」= 人。


このように、陽エネルギーと陰エネルギーを結合することによって、エネルギーを物質に変換しているのである。この理論を「あめなる道 (陽陰和る道)」と言うが、これは現代の物理学でも通用している理論 (対生成) である。
陽陰は万物万象を生み出す元であるので、「エッセンス・本源・本質」あるいは「ポテンシャル (潜在)」だとも言える。

人の場合は 「魂」=「陽」=「空+風+火」、「魄」=「陰」=「水+埴」と考えて良いだろう。魂と魄が結合して人間ができるのである。

「空・風・火」の非物質的な属性を以て、魂を「精神・心」といった見えないものに、「水・埴」の物質的な属性を以て、魄を「身・肉体」に喩える場合も多い。


Wikipedia -魂魄 (こんぱく) -』には次の説明があって、これはホツマの魂魄の概念に極めて近い。

中国の道教では魂と魄(はく)という二つの異なる存在があると考えられていた。魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気を指した。合わせて魂魄(こんぱく)とも言う。魂と魄は易の思想と結びつき、魂は陽に属して天に帰し(魂銷)、魄は陰に属して地に帰すと考えられていた。



魂と魄の結合を媒介しているのが「魂の緒 (たまのを)」である。
人は世に生まれる時、天元神がその人に守 (もり) を付ける。この守を「本つ神の留守 (もとつかみのたえもり)」あるいは「本守 (もともり)」と言う。本守は魂の緒を世に下し、それに16万8千の精霊を添える。その魂の緒が魂と魄を結い合わすことによって人は世での生命を得るという。 魂の緒は16万8千の精霊や世に生きた経験が添うことによって、人間性が形成される部分でもある。

『トホカミ ヱヒタメの 八神は人の 魂の緒を 膨み振らせて 存えを 結び和せば』フ序
『十六万八千の モノ添ひて 人 生まる時 本つ神 その留守が 種降し モノと魂・魄 結ひ和す』ホ14文




そして世での人生が終わると、この結合が解けてふたたび魂と魄に分離し、魂はムナモト (陽の核=日) へ、魄はミナモト (陰の核=月) へ還る。

『魂の緒も 解けてムネカミ ミナモトへ 魂・魄 分けて 神となる』ホ13文



ところが人生を誤り人の本性 (神性) が歪められると、魂の緒が乱れて肉体を離れた後も魂と魄の結合が解けず、故にムナモト・ミナモトに戻れず世に浮遊・徘徊する場合がある。

これには主なる原因が2つあり、一つはこの世に執着がある場合で、この世での栄華がすべてであると信じ込んだ人、愛する者と別れたくない人、事故や暴行などで納得の行かない早死をした人などがこれに当たる。もう一つは肉食や虫食によって獣や虫の属性を帯びてしまい、これが魂の緒を乱した場合である。

どちらの場合も人としての行き来の道 (転生プロセス) から逸脱してしまうので、次の転生では人以外の生き物に生まれる恐れがあるという。

『陰陽を結びて 人心 世に還る時 直ぐなれば また良く生まれ 汚欲は 敢え還らぬぞ』ホ13文
『人も生まるる 道 忘る 例えば 嗜む 枯らし虫 魚・鳥・獣 合い求む』ホ13文
『たとえ命は 惜しまねど 霊 穢れ 故に 魂の緒も 乱れて 元に 還らねば 魂・魄 迷ひ 苦しみて 獣の種を 合い求む』ホ15文
『時 来ぬ 枯は 苦しみて 魂の緒 乱れ 天に和えず』ホ15文




その状況を解決するのが、「ココトムスビ (興台産霊神)」の開発した「魂返し (たまかえし)」である。「魂返し」とは、乱れた魂の緒を解いて迷える魂魄をムナモト・ミナモトに返す方法論である。ただ具体的な方法については言及されていない。

『万者 転れど 魂 返し 乱れ緒 解けば 神となる』ホ8文
『塵と集めて 余に迫り 羨むモノが 交む故に 魂の緒 乱れ みやなくて 末 守らぬを 魂返し なせば 緒 解けて 宮に入る』ホ13文
『アユキ・ワスキの 祭主 頼みてそれの 魂返し なさば苦しむ 魂の緒も 解けてムネカミ ミナモトへ 魂・魄 分けて 神となる』ホ13文




また魂の緒は命を結ぶものであるので、「生命線」「肝」「精魂」の意味に使う場合もある。

『'魂の緒 入れて 皇の 弥々 守らんは' 陽陰の道』ホ23文



魂の緒の介在はクニトコタチの時代には無かったらしく、おそらく人間に男女の別を設ける時に、魂の緒も人に付けられたと推測される。天に還ったキノトコタチ (トヨケの過去世) がこれを司ったと言う。

『二世 ムスビの 百万寿 逝きて魂の緒 和すを聞く』ホ13文
『我が身は ミヤビより 胸に通れば 怪し無く 身を治むれど 心端は 奢りを聞けば 欲しに染む』ホ17文



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/hotuma14.html
     :http://gejirin.com/hotuma15.html   
     :http://gejirin.com/hotuma16.html
     :http://gejirin.com/futomani.html




ホツマツタエのおもしろ記事(81)『西王母』

2013-02-26 17:10
ホツマツタエのおもしろ記事(81)  西王母



「西王母 (せいおうぼ)」とは、中国 (China) で古くから信仰された女仙で、西方の崑崙山上に住み、すべての女仙たちを統率する聖母だという。
西王母を検索してみると、ざっと次のような伝説が見つかる。

  • 古くは殷の「卜辞 (ぼくじ)」 に「西母」の名が見られる。
  • 周の「穆王 (ぼくおう)」は西に巡狩して崑崙 (こんろん) に遊び、西王母に会って帰るのを忘れたという。
  • 漢の武帝が長生を願っていた際、西王母が天上から降りてきて「仙桃 (せんとう)」を7個与えた。西王母は武帝に「この桃は普通の桃ではなく、三千年に1度だけ花が咲いて実る桃なのだ」と話したという。
  • 淮南子 (えなんじ)」弓の名人の 枅(げい) が、西王母から不老不死の薬をもらうが、その妻が盗んで月へ逃げたらヒキガエルになった。
  • 壮子 (そうじ)」西王母は道を得て、以後どれほど長生きしたか誰も知らない。
  • 中国には、西王母が東王父と交流をするという伝説がずっと流れていた。

ところでホツマには「ウケステメ」という女が登場し、彼女は「西の母 (にしのはは)」とも呼ばれている。 彼女に関する記事を読むと、「ウケステメ」とは「西王母」を言っているように思われるのである。その記事を見てみよう。


『トコタチの 八方を恵りて 西の地 クロソノツミテ 'カ' に当る 名も赤県の トヨクンヌ 代々治むれど 年を経て 道 尽きぬるを』ホ15文

  • 『トコタチ』クニトコタチ (国常立神)。 ここでは「ミナカヌシ+八元神」を指す。
  • 『めぐる (恵る)』「めぐる」は「めぐむ (恵む)」の変態で、天君 (=天地つ日月) の専用語。日・月が天空を巡る (めぐる) ことは、天地を恵むことに等しいことから。
  • クロソノツミテ西の国の名。「クロソノツミ」+「て (方・手)」。「クロソノツミ」は治める君の名。「て」は「区分・区画」を表す。 よって「くろそのつみて」は「クロソノツミの区画」という意。
  • 『'カ'』は「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八元神の内、「カの尊」が建てた国。これは中国最古の王朝「夏 (か)」を指すか。またこれが「華」となったのかも知れない。
  • 赤県 (あかがた)「カ国」のトヨクンヌが治めた国。「(日の) 成熟する方角の区画」の意。Chinaでは「赤県 (せきけん)」は「中心部・本源」の意とされ、「中華」と同義。
  • 『トヨクンヌ (豊国主尊)』クニサツチの子でクニトコタチの最終世代。トヨクンヌを以てトコヨは終わる。
  • 『道 (みち)』トコヨの道。 「和による秩序」の理念。「陽陰和る道 (あめなるみち)」「調の道 (とのち)」などとも呼ばれる。

[ クニトコタチは地球の八方を巡り恵みて「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の8国を建てるが、その内の「カの国」に当たるのが、日本の西にある国「クロソノツミテ」である。その名も赤県のトヨクンヌ以来、代々トコヨの「和の道」を守り継いで治めてきたが、歳月を経てついに「和の道」は尽きてしまう。]



『ウケステメ 根の国に来て タマキネに よく仕ふれば 実に応え ココリの妹と 結ばせて 和の道奥 授けます』ホ15文

  • 『根の国 (ねのくに)』北陸地方を指し、正確には「越え峰の国 (こゑねのくに)」「越し峰の国 (こしねのくに)」で、高い峰々 (日本アルプス) を越えた向こうに在る国の意。また「蚕得の根の国 (こゑのねのくに)」(養蚕発祥の国) の意に使う場合もある。アワナギにより平定・開拓され、北の津 (敦賀) に政庁を置く。
  • 『タマキネ』トヨケ (豊受大神) の斎名 (いみな:本名)。
  • 『実に応ふ (みにこたふ)』「心に響く・感心する」の意。「実」は「核・中・内・奥・心」などの意。「肝に応ふ (きもにこたふ)」「央に応ゆ (をにこたゆ)」「胸に応ふ (むねにこたふ)」などとも言う。
  • 『ココリの妹と結ばせて (ここりのいもとむすばせて)』ココリ姫 (菊理姫神) の妹として契らせて」の意。
  • 『和の道奥 (やまのみちのく)』「和の道の真髄」の意。「やま」は、ここでは「やわ (和)」の変態。「みちのく」は「みちのおく (道の奥)」の音便で、「おく (奥)」は「真髄・核心・本源・奥義」などの意を表す。
    壮子 (そうじ)」に言う「西王母は道を得て」の「道」とは、これを言うのだろう。

[ 根の国に日本を訪れたウケステメは、その後トヨケによくに仕える。感心したトヨケはココリ姫と姉妹の契りを結ばせ、「和の道の奥義」を授けたのであった。 (「和の道 (トコヨの道)」が尽きると言う状況は、まさにトヨケ自身がオモタル政権断絶の後に経験したものである。)  ]



西王母と対となる東王父 (とうおうふ) は、中国から見て東にある大海中の山 (蓬莱山) に住んでいると伝えられ、「東王父・東王公・東君・木公」と表記されている。

「蓬莱山」=「ハラ山 (富士山)」であることは『蓬莱』のページで述べた。
注目するのは「東君・木公」の表記である。「木公」は「キのきみ」の語意で、「キ」は「キツサネ (東西南北)」の「キ (東)」であろう。「木」「東」どちらも原義は「起」で、「木」は「(地から) 起こる物」、「東」は「(日が) 起る所」である。したがって「木公」は「東君」と同義と考えられる。

ところでホツマには「東の君 (ひがしのきみ)」という言葉が出てくるのである。

『五代のミムスビの 斎名タマキネ 元明を 写す タカマにアメミヲヤ 元々 天並 三十二神 纏れば "外廻のトヨケ守" 東の君と 道 受けて』ホ4文

5代タカミムスビのタマキネは、ヒタカミ国の都に元明の四十九神を勧請し、「天のタカマ」をヒタカミの地に写して「地のタカマ」とする。これによりヒタカミは地理的に辺境にありながらも、タカマ (中央政府) たる資格を得る。これを以てタマキネはトコヨの道 (トコヨ神の皇統たる資格) を受けて「東の君」と認定され、「外廻のトヨケ守 (たみのとよけかみ)」とも呼ばれることになる。

「ひたかみ」は「日高み」で、「日の昇る所」「東」が原義である。だから「東の君」とは「ヒタカミにある君」で、これは「トヨケ (斎名タマキネ)」を指す。
先述のウケステメとトヨケの関わりを考えても、ウケステメを西王母に比定するなら、東王父はトヨケ (タマキネ) だということになる。



『喜び帰る ウケステメ コロヒン君と 因み合い クロソノツモル 御子 生みて』ホ15文

  • 『コロヒン君』は「コロヒの君」の音便。「ころひ (転日)」は「暮日 (くれひ)」の変態。「コロヒン君」は「ころひつくに (暮日つ国:日暮の方の国) の君」という意。
  • 『クロソノツモル』は「クロソノツミ」の世嗣御子。「くろその (玄圃)」は「くれその (暮園)」の変態で「日暮れの方角にある繁み」の意。よって「ころひつくに (暮日つ国)」「あかがた (赤県)」「西の国」と同義。「つみ」は「つむ (集む・統む)」の名詞形で「束ねる者・統べる者」の意。「つもる」は「つむ (集む・統む)」の連体形「つめる」の変態。

[ 喜んで西の国に帰ったウケステメは、(トヨケに授かった「和の道奥」を縁として) 「暮日の国」の君と結ばれ、「クロソノツモル」の御子を生む。]



『西の母上 また来たり』
『コロ山下は 愚かにて 肉味 嗜み 早枯し 百や二百ぞ たまゆらに 千・万あれども 弥々の肉 シナ君 "出でて 千齢見草 尋ぬ" と嘆く』
ホ15文

  • 『西の母上 (にしのははかみ)』は、ウケステメの別称。「母上」は「ははうえ」と同じで「母」の敬称。
  • 『コロ山下 (ころやまもと)』「コロ山の麓」の意。「コロ山」は「転山・暮山」で、やはり「暮日の方角にある山」「西の山」の意。「崑崙山 (こんろんさん)」を指すと思われる。
  • 『シナ君 (しなきみ)』 シナ国の君。おそらく「シナ君」=「クロソノツミ」なのだろう。「しな」は「しなぶ (萎ぶ)」の原動詞「しぬ (垂ぬ・萎ぬ・死ぬ)」の名詞形で、「下落・衰え・沈み」の意。やはり「日の沈む国」を表す。よって「くろその (暮園)」「ころひつくに (暮日つ国)」「あかがた (赤県)」「西の国」はみな同義の言い換えである。また「から (韓・唐・漢)」という言い方もあるが、これは「かる (枯る)」の名詞形で、やはり「くれ (暮)・ころ (転)・くろ (黒・玄)・くら (暗)」の変態である。
  • 『嗜む (たしむ)』は「たす (足す)」から派生した動詞で「なしむ (馴染む)」の変態。「(心・身に) 合わす・近づく・親しむ」などの意。
  • 『たまゆら』「たま」は「たむ(外む・遠む)」の名詞形で、ここでは「隔たる・離れる」の意。「ゆら」は「ゆる(緩る・揺る)」の名詞形で、これも「隔たる」「ぶれがある」の意。つまり「たまゆら」は「めったに無いさま」「(思いと現実の)隔たりが大きいさま」「思いがけないさま・偶然」などの意。
  • 『千齢見草 (ちよみぐさ)』寿命を千年延ばす草で、「ホ菜」「ハ菜」「草」 の3種がある。この3草が生える山がハラミ山 (富士山) である。
    淮南子 (えなんじ)」に言う「不老不死の薬」とはこれであろう。
    『百草あれど ハ・ラ・ミの三 殊 優るゆえ 三草 褒め ハラミ山なり』
    ホ24文

[ 崑崙山麓の人々は、愚かにも肉食に親しむため、早死で百年や二百年の寿命しか無い。稀には千歳・万歳もあるけれど、肉食は増してゆくばかり。シナ君は「国外に出向いて千齢見草を探さねば」と嘆いている。]



その後ニニキネ (瓊瓊杵尊) が八州巡りの一環として根の国を訪れた時、ちょうどウケステメも義姉のココリ姫のもとを訪れていた。ウケステメは崑崙山の険しい峰を越すための交通手段として「峰輿 (みねこし)」を開発しており、そのノウハウを土産として根の国に伝える。それを得てココリ姫の孫の「アチハセ」は峰輿を造り、これをニニキネに献上する。

『妹 ウケステメ 赤県に クロソノツミと 生む御子を コロヒツ国の 君となす クロソノツメル 君の母 険しき峰の 越す時に 峰輿 造り 子を育つ 今 ここに来て まみゑなす』ホ24文

  • 『妹 (いと)』は「いもうと (妹)」の簡略。「いもうと」は「いも (妹)」+「おと (乙・弟)」で、「女の年少者」の意。
  • 『コロヒツ国』は「暮日の国」の意。「くろその (暮園)」「あかがた (赤県)」「シナ国 (萎国)」「西の国」に同じ。
  • 「まみゑ」は「まみゆ」の名詞形。「まみゆ」は「まみる (塗る)」の変態で「交わる」の意。


[ 義妹のウケステメは、西の国に「クロソノツミ」と因みて生む御子を「暮日の国」の君としました。「クロソノツメル君」の母であります。険しき崑崙山を越すために峰輿を造って皇子を育てました。ちょうど今ここに来ておりまして、お目通りを願っております。]



『御孫 喜び "国は越 山は峰輿" その返に みちみの桃を 賜われば "花見の桃は 稀なり" と 地苞になす』ホ24文

  • 『御孫 (みまご)』アマテルの孫のニニキネ (瓊瓊杵尊)を指す。
  • 『越 (こし)』越国。「越え根の国・越し根の国根の国」と同じ。
  • 『みちみの桃 (みちみのもも)』は「三千見の桃 (三千年に一度 (花を) 見る桃)」あるいは「三千実の桃 (三千年に一度実を結ぶ桃)」と考えるが、いずれも意味する所は同じである。「仙桃」とはこれを指すのだろう。
  • 『花見の桃 (はなみのもも)』実を食べる桃ではなく、花を楽しむ桃。
  • 『地苞 (くにつと)』「つと」は「つて (伝)」の変態。「地苞 (くにつと)」は「地がもたらす物」の意で「地の産物」。また「他の地へ伝える物」の意で「みやげ (土産)」。


[ ニニキネは喜んで「国は越国、山は峰輿」と言い、峰輿の返礼に「みちみの桃」をウケステメに賜ると、「花見の桃は珍しい」と故郷への土産として持ち帰った。]



『ココリ姫 紋に織りなす 鳥襷 天に捧げて また西の母が土産と 世に残る』ホ24文

  • 『鳥襷 (とりたすき)』都鳥が群れ集まるさまを表した織物の紋様。
  • 『天 (あめ)』ここでは「中央・中央政府・中央の君」などの意。


[ ココリ姫は、都鳥が群れる様を機の紋に織り成し、これを「鳥襷」と名付けて天君に捧げる。また西の母への土産として世に記憶されている。]



最後に、「ウケステメ」とはどういう語義なのだろうか?

あまり自信は無いが、
「うけ」+「すて (下つ・授つ)」+「め (姫・女)」。
「うけ」は、ここでは「とようけ (豊受大神)」の略と見る。
「すつ」は「しづ (垂つ)」の変態で、「下す・授ける」の意。

トヨケから「和の道奥」を授けられたことを表した名ではないかと考える。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma15.html
     :http://gejirin.com/hotuma24.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(80)『四十物』

2013-02-25 13:36
ホツマツタエのおもしろ記事(80)  四十物



『四十物』 これを何と読むかご存知だろうか。
知らなければ絶対読めない超難読漢字だと思うが、これは「あいもの」と読む。
「あいもの」とは「合の物・間の物・中間の物」という意味で、「保存が効くように加工した生物 (なまもの)」を言う。

あい‐もの【相物・間物・合物】 -広辞苑より-
塩魚類の総称。また、鮮魚と干魚との間のもの。「四十物」とも書く。



しかしどうして「鮮魚と干魚との間のもの」を「四十物」と書くのか?
その由来をホツマは説明している。



以前『食と寿命の関係』のページで、古代日本では鳥や獣の肉を食べることを原則禁止されていたことを述べた。

『灯し火の 掻き立て 油 減る如く 火 勝ち 命の 油 減る』ホ15文
『誤らば たとえ命は 惜しまねど 霊 穢れ 故に 魂の緒も 乱れて 元に 還らねば 魂・魄 迷ひ 苦しみて 獣の種を 合い求む』ホ15文

肉食は、焚き火を棒で掻き立てるようなもので、一瞬火の勢いを増すが、それは命の燃料を過剰に浪費するだけで、結果的に寿命を縮めるからだと言う。また肉食は人の本性を穢して魂の緒を乱し、死後、魂・魄が迷い苦しんで獣に転生してしまうからだというのである。



しかしそうは言っても寒冷地では肉食で精を付けないと、厳しい冬を凌げるものではない。
そこで諏訪の国守タケミナカタ (建御名方神:「カシマ立ち」に最後まで抵抗したが最後は諏訪に逃れて降参し、信濃の国守とされたオオナムチの子) は、アマテルに肉食の許可を願っている。

『やや人となる スワの守 "シナノは寒く 鳥獣に 寒さ 凌ぐ" と 乞ふ故に』ホ15文



この陳情に対しアマテルは、改めて肉食を戒めるよう普く布令するのである。

間物の 魚は四十あり これも三日 スズ菜に消せよ 水鳥を 食えば 二十一日 スズ菜 得よ 余の鳥獣 戒め』ホ15文

[間物の魚は40種もあるではないか。これですら3日間は蕪菜を食べて毒を消せよ。もし水鳥を食ったなら21日間は蕪菜を食え。他の鳥獣も同様に戒めよ。]



この言葉が、「あいもの」=「四十物」の起源なのである。
間物の魚が40種ほどあることはそれ以前から知られていただろうが、このアマテルの御言宣によって「あいもの」=「四十物」が広く認知されるようになったのだろうと思われる。



ところで諏訪の守タケミナカタは、どうしても納得が行かなかったらしい。
タケミナカタを祭る「諏訪大社」には、アマテルの肉食禁止に意義を唱えているとも思える「諏訪大明神御神託」というものが伝わっていて、何ともおもしろい。


諏訪の信仰  -諏訪大社公式HPより-

全国に分布する御分社は一万有余社を数えお諏訪さま、諏訪大明神と親しまれ、敬まわれつつ巾広い信仰を有し、御神徳の数々は枚挙にいとまがありません。古くからある信仰には風と水を司る竜神の信仰や、風や水に直接関係のある農業の守護神としての信仰が著名です。また水の信仰が海の守り神となり、古くからある港の近くには必ずと言っても良い程にお諏訪さまがお祀りされております。
神功皇后の三韓出兵や坂上田村麿の東夷平定にも神助ありと伝えられ、東関第一の軍さ神、武家の守護神とも尊ばれて来ました。精進潔齋を形だけする者より、肉を食べても真心込めて祈る者を救おうという諏訪大明神御神託や、浄瑠璃や歌舞伎の本朝二十四孝が世上に広まるにつれ、日本の屋根信州諏訪の地へとの参拝者も日と共に繁く、諏訪大明神の御神徳の厚きことが伺われます。




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma15.html




ホツマツタエのおもしろ記事(79)『妹背鈴明6』

2013-02-24 09:53
ホツマツタエのおもしろ記事(79)  妹背鈴明



ツクバ大人『欲を離るには 皆 捨てて 楽しみ全つや』

  • 『ツクバ大人 (つくばうし)』筑波山周辺の地域を代々治める国守。ホツマには「ツクバハヤマ」と「ツクバソソ」の二人の名が出てくる。「大人・氏 (うし)」は、「ぬし (主)」「をさ (長)」「をち (翁)」「よし (寄し)」などの変態で、「束ねる者・治める者・族長」を表す。
  • 『欲を離る (ほしおさる)』欲心から離れる。=心の曲り・傾きを防ぐ。
  • 『欲を離るには 皆 捨てて 楽しみ全つや』
    (では) 欲心から解放されるためには、財産を全部捨てて、なお且つ楽しんで人生を全うしなければならないということなのか?


カスガマロ『然らず 絶めて 足らざらば 飢えば施し 受けんかや』

  • 『カスガマロ』アマノコヤネの幼名。
  • 『然らず (しからず)』は「しく (如く)」+「ある (在る)」+「ず (打消)」の合成。「しかり (然り)」は「しく (如く)」+「あり (在り)」の合成。
  • 『絶む (とむ)』は「たゆ (絶ゆ)」の変態で、ここでは「果てる・尽きる・失う」などの意。
  • 『飢ゆ (うゆ)』は「うむ (膿む)」の変態で、ここでは「低まる・衰える・不足する」などの意。
  • 『施し (ほどこし)』は「ほどこす」の名詞形。「ほどこす」は「ほどく (解く)」から派生した動詞で「離す・放つ・分ける」などの意。よって「ほどこし」は「分け与えること・分配」などの意。
  • 『受けんかや』=「受けぬかや」
  • 『然らず 絶めて足らざらば 飢えば 施し受けんかや』
    さにあらず。尽きて不足したら、つまり飢えたら施しを受けないだろうか。


『曰く "汚し施しを 受けば欲人ぞ" 聞かざるや』

  • 『曰く (いわく)』は「いふ(言う)」+「しく(如く)」の合成で、「しく」から「し」が欠落したもの。「しく」はシク活用の形容詞の連用形でもある。「し」が欠落すればク活用になる。したがって世に言う「ク語法」とは形容詞の連用形を名詞化したものだと言える。 もともとすべての形容詞は「動詞」+「しく (如く)」の方法で作られているのであり、「く」を省いて終止形としている。
  • 『汚し (きたなし)』 は「きつ」+「なる」+「し (如)」の合成短縮。「きつ」は「くつ (朽つ)」の変態で「低まる・劣る・衰える・果てる」などの意。ここでの「汚し」は「蔑みの・見下した」という意と思われる。 文法的には「汚き」と連体形となるべきだが、ホツマでは連体形と終止形を厳密には区別せず、どちらを使う場合もある。
  • 『欲人 (ほゐと)』は、「ほゆ」+「ひと (人)」の音便。「ほゆ」は「ほる (欲る)」の変態で「欲す」の意。よって「ほゐと」は「欲す人」であり、つまり「欲に心を囚われた人」である。
  • 『曰く "汚し施しを 受けば欲人ぞ" 聞かざるや』
    世に「蔑みの施しを受ければ欲人ぞ」と言うのを聞かぬか。


『直からざれば 人ならず 世に在りながら その業に 産める宝を ただ乞ひて 食らふ狗こそ 大の潰よ』

  • 『業 (わざ)』は「わす (和す)」の名詞形。「わす」は、ここでは「為す・する」などの意。よって「わざ」は「為すこと・すること・仕事」などの意。
  • 『産める宝 (うめるたから)』「産める」は「産む」の連体形。四段動詞の連体形は「*eru」に作る。「たから」は「たかみ (高み)」の変態で「高きもの・優れ勝るもの・栄え」を言い、「とみ (富) 」の同義語。「産める宝」=「財産」。
  • 『乞ふ (こふ)』は「かふ (交ふ)」の変態で、「(心を) 合わす・執着する・欲す」などの意。「請ふ・恋ふ・媚ぶ」も同じ。
  • 『食らふ (くらふ)』は「くふ (食う)」の変態「くる (交る)」から派生した動詞。「(自己に) 合わす・受ける」の意。
  • 『狗 (いぬ)』は「おろ (愚)」の変態で、「劣るもの・汚れるもの」の意。「しし (獣)」「けもの・けだもの (獣)」の同義語である。
  • 『大 (あ)』「あ」は「上・大・熟・天」の意で、「大いなるさま」を表す。
  • 『潰 (つみ)』は「つひ (終・遂・費・弊・潰)」の変態で、「下落・劣等・衰退・疲弊・沈没・潰滅」などの意。
  • 『直からざれば人ならず 世に在りながら その業に産める宝を ただ乞ひて 食らふ狗こそ 大の潰よ』
    心が素直でなければ人にあらず。せっかく人間としてこの世に生きながら、その所行が産む富をひたすら欲しては、ただ喰らい付くだけの獣のような人間こそ大いなる阿呆よ。


また問ふ『宝 離ることは』
カスガ また説く『欲 離るは 棄てず集めず 技を知れ 宝 集めて 蔵に満つ 塵や芥の 如くなり』


  • 『宝 離ることは』
    (では) 富から離れることとは?
  • 『棄てず集めず (すてずあつめず)』
    「集めたい」と同様に「捨てたい」も欲であり、心の曲り・偏りである。この世の物事に頓着しなくなくなることが「欲を離る」ということである。
  • 『塵 (ちり)』は「ちる(散る)」の名詞形。「離れ・分かれ・欠片・屑」などの意。
  • 『芥 (あくた)』は「あかつ (分つ・頒つ)」の変態「あくつ」の名詞形。「塵」と同義。
  • 『欲 離るは 棄てず集めず 技を知れ 宝 集めて 蔵に満つ 塵や芥の 如くなり』
    欲心から離れるには「棄てず集めず」の技を知れ。蔵に満ちる財宝など塵や芥に等しい。


『心 素直の 人 あらば 我が子の如く 取り立てて 満な足す時は 欲も無し』

  • 『満な足す (みなたす)』は「満ち足らす」「充足する」の意。「みたたす (満た足す)」とも言う。
  • 『心 素直の 人 あらば 我が子の如く 取り立てて 満な足す時は 欲も無し』
    心素直な人がいたならば、君は我が子のように取り立てて、不足なく十分に恵み与えることだろう。その時にはその人の心から欲は消えていることだろう。


『塵と集めて 余に迫り 羨むモノが 交む故に 魂の緒 乱れ みやなくて 末 守らぬを 魂返し なせば 緒 解けて 宮に入る なさねば長く 苦しむぞ』

  • 『余に迫る (よにせまる)』「余人を圧迫する」の意。「余」は「万」が原義で、不特定多数を表す。
  • 『羨むモノ (うらやむもの)』羨む人々が放出する想念が生み出す生き霊 (=イソラ) を言う。
  • 『みやなし』は「あえなし (敢え無し)」「やむなし」の変態で、「どうしようもない・処置なし」の意。
  • 『末 (すゑ)』=来末 (こすゑ)。未来。特に来世。
  • 『魂返し (たまかえし)』乱れた魂の緒を解き、魂・魄をムナモトミナモトに返すこと。
  • 『宮 (みや)』は、ここでは「陽・陰の宮 (あめのみや)」で、人が死んで魂と魄が還る所。これはムナモトとミナモトに同じ。魂の緒が乱れた場合には、その魂・魄は陽陰の宮に戻れず、人として生まれ代わることができない。
  • 『塵と集めて 余に迫り 羨むモノが 交む故に 魂の緒 乱れ みやなくて 末 守らぬを 魂返し なせば 緒 解けて 宮に入る なさねば長く 苦しむぞ』
    塵とも思わず富を集めて余人を圧迫し、結果、羨む人々の放出する想念が転じた生き霊の攻撃を受ければ、もはや手の施しようは無く、人間としての来世は保てない所であるが、ここで「魂返し」を実施して乱れた魂の緒を解けば、魂・魄は「陽陰の宮」に還ることが可能である。実施しなければ魂・魄は長く苦しむことになるだろう。


『時にシホカマ 子無きとて 問えばカスガの 教えには』
『アユキ・ワスキの 祭主 頼みてそれの 魂返し なさば苦しむ 魂の緒も 解けてムネカミ ミナモトへ 魂・魄 分けて 神となる 尊き人の 子と生まる なれど ユキ・スキ たまゆらぞ』


  • 『アユキ・ワスキ』は、「あ (天・上・陽)」+「ゆき (斎く)」、「わ (地・陰・下)」+「すき (清く・優く・繁く)」。ここでは「天地の祭 (あめのまつり)」と同じ。天地 (陽陰・日月) に同調すること。 これによって日月の援助を得、乱れた魂の緒を解いて魂魄を陽陰に還すことを言う。 (参照:妹背鈴明5)
  • 『それ』本来なら世に転生しているはずだが、魂の緒が乱れて陽陰の宮に還っていないので、生まれて来れない魂・魄。
  • 『ムネカミ』陽の核で、世を去った魂が還る所。=日 (太陽)。
  • 『ミナモト』陰の核で、世を去った魄が還る所。=月 (太陰)。
  • 『神 (かみ)』は、ここでは「陽と陰 (妹と背・天と地・魂と魄)」が分離した状態を言う。
  • 『ユキ・スキ』は「アユキ・ワスキ」「天地の祭」と同じ。
  • たまゆらは、「(思いと現実が) 隔たるさま/ぶれがあるさま」「思いがけないさま」「偶然」などの意。
  • 『アユキ・ワスキの 祭主 頼みて それの魂返し なさば苦しむ魂の緒も 解けてムネカミ ミナモトへ 魂・魄 分けて神となる 尊き人の子と生まる なれどユキ・スキ たまゆらぞ』
    天地の祭を行う祭主に頼んで、生まれ来るべき苦しむ魂・魄の「魂返し」を行えば、乱れた魂の緒が解けて魂・魄は分離し、神となってそれぞれムネカミ・ミナモトへ還る。そうなれば尊き人の子として生まれて来るだろう。しかし天地の祭は当たり外れがあるぞ。


『末を重ひて 睦まじく 業を務むる 妹背の道かな』
『この道を 学ぶ所は 神風の 妹背の国なり』


  • 『末 (すゑ)』は、ここでは「こすゑ (来末)」の略で、「来る末」「来世」の意。「末」は「先 (さき)」の意。
  • 『重ふ (をもふ)』は「おふ (老ふ)」の変態「おむ」から派生した動詞で、「重んじる・尊ぶ・中心に置く」などの意。ここでは「思ふ」との区別のため「をもふ」と表記していると思われる。
  • 『睦まじ (むつまじ)』は「むつむ (睦む)」+「し (如)」。「むつむ」は「むすぶ (結ぶ)」の変態。「むつまじ」は「和合している・親密である」「曲り・逸脱がない・直ぐである・一途である」の意が重なる。
  • 『末を重ひて 睦まじく 業を務むる 妹背の道かな』
    次の人生を重んじ、男女和合して曲がること無く一途に仕事に努める、これが妹背の道かな。
  • 『神風 (かんかせ)』「かせ」は「かす (交す・加す)」の名詞形。「かす」は「合わす・現わす」の意。だから「かんかせ」は「神の現れ」の意。「神形 (かんがつ)」は「神風 (かんかせ)」の変態である。「神」は「陽と陰 (妹と背・天と地・魂と魄)」が分離している非物質状態を言う。
  • 『神風の妹背 (かんかせのいせ)』神の現れの「妹+背」という意。神である分離状態の「陽と陰 (妹と背・天と地・魂と魄)」が結合すると、形となって世に現れるということを言う。
  • 『妹背の国』は、太陽霊と太陰霊の下生である「アマテル神 (陽陰垂る神)」=「妹背神 (いもをせかみ)」の国という意。地理的には「イサワ」の地を言う。「伊勢」の意味は「妹背」である。
  • 『この道を 学ぶ所は 神風の 妹背の国なり』
    この道を学ぶ所は、神の現れの「妹+背 (陽+陰)」の国である。


『チチ姫も 後には妹背の 御神に 仕え 鈴明の 道を得て 妹背と央州の 中の洞』

  • 『チチ姫』タクハタチチ姫 (栲機千々姫)。オシホミミの内宮 (中宮)。贈り名:スズカの神。
  • 『妹背の御神 (いせのをんかみ)』=アマテル神 (陽陰垂る神)。
  • 『妹背 (いせ)』ここでは地理的な場所 (伊勢) を指す。
  • 『央州 (あわち)』「中の区画」「中央の区画」の意。近江を指す。「あわ」は「あふ (合う)」の名詞形で「合・間・中間」の意。また「あわ」には「陽陰」の意もあり、この意味では「妹背 (伊勢)」と同義となる。
  • 『妹背と央州の中の洞 (いせとあわちのなかのほら)』伊勢と近江の中間にある鈴鹿峠に掘った辞洞。「なか(中)」は「なく (和ぐ) 」の名詞形である。よって「妹背と央州の中」は「妹と背/陽と陰 を和ぐ」という意を隠し持つ。
  • 『チチ姫も後には妹背の御神に仕え 鈴明の道を得て 妹背と央州の中の洞』
    チチ姫も後には妹背の御神の側に侍り、鈴明の道を得て、最期は伊勢と近江の間の、鈴鹿峠に掘った辞洞に隠れ神となる。
    『母チチ姫は 言ありて イセに至りて御神に 朝夕 仕え奉らしむ』ホ25文


『鈴明の神と 箱根神 向ふ妹背』

  • 『鈴明の神 (すずかのかみ)』鈴鹿の神。タクハタチチ姫の贈り名。
  • 『箱根神 (はこねかみ)』 オシホミミは箱根峠に掘った辞洞に隠れ「箱根神」と贈り名される。
    『終に掘る ヰヅヲハシリの 洞穴に 自ら入りて 箱根神』ホ24文
  • 『向かふ妹背 (むかふいもをせ)』これもやはり「妹背/陽陰の和合」を表す。


『欲を離る 鈴明の教え 大いなるかな』




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(78)『妹背鈴明5』

2013-02-23 14:08
ホツマツタエのおもしろ記事(78)  妹背鈴明



『てれば宝は 何のため』

  • 『てれば (者)』であれば。なれば。じゃあ。
  • 『てれば宝は 何のため』
    なれば何のために富は存在するのか?


『褒衣 美味きに 耽る故 稀に生まるも 貧しくて 奴となりて 実を凌ぎ 人 楽しまず』

  • 『褒衣 (ほめは)』高級な衣服。「ほむ (秀む・誉む)」+「は (衣)」。「は」は「(身に) 合わすもの・召すもの」の意。
  • 『美味き (うまき)』うまい食物。「うむ (熟む)」+「し (如)」の連体形。
  • 『耽る (ふける)』は「更ける・深ける・老ける」と同じで、「進展する・深める」の意。
  • 『奴 (やつこ)』は、ここでは「や (弥)」+「つく (付く)」の名詞形。「いよいよに付着すること/もの」を言い、「専心」「執着」「虜 (とりこ)」などの意。「やっき(躍起)」とは「やつこ」の変態ではないかと思う。
  • 『凌ぐ (しのぐ)』は「しぬ (退ぬ・散ぬ)」+「のく (退く)」の合成語で、「しりぞける・しいたげる」と同義。
  • 『楽しむ (たのしむ)』は「高める・栄す・優れさす」などが原義。
  • 『褒衣 美味きに耽る故 稀に生まるも貧しくて 奴となりて実を凌ぎ 人 楽しまず』
    (富を持つと) 身を飾ることや美食ばかりを追求するようになるため (人の本性がねじ曲がって人間に生まれるのが困難になる)。稀に人間に生まれたとしても (すでに本性が獣のように) 貧しく変じているため、結局また衣食の虜となって、実 (心・本性) を虐げることを繰り返す。せっかく人間に生まれたチャンスを活かそうとはしない。


『右の欲を 羨む人が 交む故に 魂の緒 乱れ』

  • 『右の欲 (かのほし)』衣食に耽る欲。豪奢に耽る欲。「かの」は「過の・故の」で、「先の・前出の」を意味する。また、文字は右から左に縦書きで綴ったことから「みき(右)」とも同義。
  • 『羨む (うらやむ)』「心 (本性) がねじ曲がる」「心 (本性) が外部に傾く」。「うら(裏・心)」+「やむ(病む)」。「うら」は、ここでは「内・中・奥・心・本質」の意。「やむ」は、ここでは「反る・曲がる・傾く・逸れる・外れる」などの意。
  • 「交む (かむ)」ここでは「交わる」「関わる」「ちょっかいを出す」などの意。
  • 魂の緒 (たまのを)人間は魂と魄 (たま・しゐ) の結合によってこの世での生命を得ているが、魂と魄を結びつけているのが魂の緒である。
  • 『右の欲を羨む人が交む故に 魂の緒 乱れ』
    (それに加えて) この世の豪奢に耽る欲を羨む人が (放出する歪曲した想念が生き霊に転じて) 、ちょっかいを出す故に魂の緒が乱れる。


『辻風の 岐に魄の 苦しみが 獣となるぞ 神 打たず』

  • 『辻風 (つぢかぜ)』風向きの異なる複数の風が交わって渦を巻くもの。「つぢ (辻)」は「交差」の意。 ここでは「辻風」は「さまざまな生き霊の合流」に喩えられている。
  • 『岐 (ちまた)』は「合流点=分岐点=交差点」で、「つぢ (辻)」と同義。
  • 『辻風の岐』「さまざまな生き霊の合流」「さまざまな生き霊が取り憑いて干渉してくること」を表す。生き霊は類似の想念を持つ人に寄ってくる。詳しくは『ヤマタノオロチ』を参照。
  • 『魄 (しゐ)』ここでは肉体 (魂魄の入れ物) を言う。
  • 『辻風の岐に 魄の苦しみが 獣となるぞ 神 打たず』
    様々な生き霊が干渉する板挟みに、魂魄の器である肉体は苦しんで遂には獣と化す。しかしそうなっても、あの世の神 (本つ神) がその状況に直接介入することは無いのである。


『例えば夢の 魘われの 忍び難くて 弁えず 罷るの詰も 圧われぞ』

  • 『魘われ・圧われ (おそわれ)』は「おそふ (襲う・圧ふ)」の受け身の名詞形。「おそふ」は「おす (押す・圧す)」から派生した動詞。だから「おそわれ」は「圧迫・攻撃・束縛」などの意。「魘われ」と書く時は「悪夢におそわれる」場合の専用表記のようだ。
  • 『弁ふ (わきまふ)』は「わく (分く)」+「ふまう (踏まふ)」の合成語と考える。「分別して考える」「弁別する」の意。
  • 『罷る (まかる)』は「まく (蒔く・播く・撒く)」+「かる (離る)」の合成語。「まく・かる」共に「離れる・別れる・去る」などの意。「わかる (別る)」「あかる (散る)」などの変態。ここでは「死ぬ」の意。
  • 『詰 (つみ)』は「つひ (終・遂)」の変態。ここでは「終わり・結末・結果」の意。
  • 『例えば夢の魘われの 忍び難くて弁えず 罷るの詰も圧われぞ』
    (しかし) 例えば悪夢に襲われ、その耐えがたい苦しみに、判断力を失って自ら命を断つという結末。これは神に打たれるのと同じである。


『他人を惑わす 我が欲も 他人は打たねど 魂の緒に 覚え責められ 長き夢』

  • 『惑わす』は「まどふ (惑う)」+「す (使役)」。「まどふ」は「まつ (放つ)」を原動詞とし「離れる・反る・逸れる・曲がる」などの意。
  • 『他人を惑わす我が欲も 他人は打たねど 魂の緒に覚え責められ 長き夢』
    結局自分の欲 (心の曲り) が、他人をも惑わす (曲げる) のである。他人は「責任をとれ」と仕返しをしてくるわけではないが、自分の魂の緒には人の本性 (神性) との「ずれ」が刻印されていて、これが罪の意識を生み、長い悪夢を見させて苦しめるのである。


『天地の祭を 立て上けよ 屍の宮に 神座を 設せば 緒 解け 人 なるぞ』
『祭 無ければ 天地 恵み 漏れて落つるぞ』


  • 『天地の祭 (あめのまつり)』天地 (陽陰・日月) に心を同調すること。
    これによって日月の援助を得、乱れた魂の緒を解いて魂魄を陽陰に還すことを言う。
  • 『立て上く (たておく)』は「たつ(立つ・発つ)」+「おく (起く)」の合成語。「立ち上げる・開始する」の意。
  • 『屍の宮 (かばねのみや)』屍 (魂魄が抜けた肉体) を納める宮。喪屋あるいは墓を言うと思われる。
  • 『神座 (かんくら)』神の座所。ここでは「日霊と月霊の座所」を言うと思われる。
  • 『設す (もふす)』は「もる (守る)」の変態「もふ」から派生した動詞。ここでは「合わす・現す・備える」などの意。
  • 『緒 (を)』=魂の緒。
  • 『天地の祭を立て上けよ 屍の宮に神座を設せば 緒 解け 人 なるぞ』
    天地の祭 (日月の祭) を立ち上げよ。屍の宮 (喪屋または墓) に日月の神座を設ければ、乱れた魂の緒が解けて次も人に生まれるぞ。
  • 『祭 無ければ 天地 恵み 漏れて落つるぞ』
    天地の祭 (日月の祭) 無くしては、天地 (日月) の恵みから漏れ落ちるぞ。
    『人は元 ナカゴ・心端 日月なり 直ぐに罷れば 合ひ応え 陽陰の宮居に 還さんと 獣になるを 止むなり』ホ15文


『子を持てよ もし妻 生まず 種 絶えば 妾女 置きて 種なせよ』

  • 『妾 (めかけ)』は「めかく」の名詞形。「めかく」は「めす (召す)」+「かく (交く)」の合成語で、両語とも「合わす・寄せる・入れる」の意。これは「めしかかえる (召し抱える)」の同義語。


『妾となれる 女の務め "妻を敬え"』
『妾女は 星に擬ふ 星光 月に及ばず 美しも 宮にな入れそ』


  • 『なれる』は「なる」の連体形。四段動詞の連体形は「*eru」に作る。
  • 『擬ふ (なぞらふ)』は「なぞる」から、「なぞる」は「なす」を原動詞とし、「なす」は「にす (似す)」の変態。 ここでは「合わす・似せる・匹敵させる」などの意。
  • 『月 (つき)』ここでは本妻 (正室) を指す。
  • 『宮 (みや)』ここでは本妻がいる宮。央中 (核心) の宮を言う。
  • 『な入れそ』「な」+「動詞の連用形」+「そ」で禁止の意を表す。


『天の原 月 並ぶれば 地 乱る 妻と妾と 屋に入れば 家を乱るぞ』

  • 『天の原』「天空」を指す。
  • 『天の原 月 並ぶれば地 乱る 妻と妾と屋に入れば家を乱るぞ』
    天空に月が2つあったなら地球環境を乱してしまう。同様に、妻と妾と一つの屋に入れたならば家庭を乱してしまうぞ。


『月は夜霊 妻 な疎みそ 内 治む』

  • 『夜霊 (よる)』陰霊。月の放射。陰エネルギー。
  • 『月は夜霊 妻 な疎みそ 内 治む』
    (日は日霊) 月は夜霊である。月は中節の内を回る。月に擬う妻は内を治めるぞ。その妻を疎んじるなよ。


『妾の言葉 な奉りそ 子を生む守は 生まぬ時 棄つる群星 範 乱る』
『往し天神 星となる これは範 成す』


  • 『妾の言葉 な奉りそ』
    妾の言葉は尊重してはいけない。 (あくまで召使として扱うべきである。)
  • 『群星』妾たち。
  • 『子を生む守は 生まぬ時 棄つる群星 範 乱る』
    妾は子を生む備えだから、生まぬ場合はそれを捨てて別の妾を置くことになる。 (もし妾たちを妻と同様に扱っていたなら、妾たちは捨てられたことを恨みに思うだろう。) その恨みは家の範を乱すことになる。
  • 『往し天神 星となる これは範 成す』
    いにしえの天神も世を去ってから星とされた。しかしこの星々は範をつくったのである。
    『天に還れば ミナカヌシ 及びヱ・ヒ・タ・メ ト・ホ・カ・ミも 天に配りて 星となす アメトコタチの 神はこれ』ミ6文


『女の姿 良くて粗るるも 醜きに 良きミヤビあり 装ひに な踏み迷ひそ』

  • 『ミヤビ』は多義な言葉であるが、ここでは「心持ち・情け」などの意。
  • 『踏み迷ふ (ふみまよふ)』「ふむ」は他の動詞に冠して、「大いに・勢い良く・荒々しく」などの意を添える。「ふんばる」「ふんじばる」「ふんぞりかえる」「ふんだくる」など。
  • 『女の姿 良くて粗るるも 醜きに良きミヤビあり 装ひに な踏み迷ひそ』
    姿は美しいがお粗末な女よりも、醜い女が美しい心情を持つものである。外装に惑わされてはいけない。


『妹背の道 陽陰のうきはし よく渡す』
『神の教えの 妹背の 道の大旨 徹るこれなり』


  • 『妹背の道 (いせのみち・いもをせのみち)』陽陰和る道」「天地の道」「日月の道」と同じ。
  • 『うきはし』は「うく(受く・和く)」+「はす(合す)」の名詞形。両語共に「合う・合わす・結ぶ」などの意。「うきはし」は「結び・渡し・仲介・仲人」の意。「陽陰のうきはし」で「男女の仲人」の意となる。
  • 『妹背の道 陽陰のうきはし よく渡す』
    妹背 (陰陽) の道。魂の緒が魂と魄を結ぶように、男女を結ぶ場合には、間に仲介をしっかり渡すべし。
  • 『神 (かみ)』は、ここでは根源神「アメノミヲヤ (陽陰の上祖)」または「アマテル神 (陽陰垂る神)」を指すが、この2神は同一視されている。
  • 『大旨 (おおむね)』「おお (央・主)」+「むね (宗・旨)」。「むね」は「胸・棟」と同じで「中心部・本体部・主部・表立つ部分」を言う。「おお (央・主)」も同義である。
  • 『徹る (とほる)』は「達する・至る・完了する・終わる」の意。
  • 『神の教えの妹背の道の大旨 徹るこれなり』
    これを以って、神の教えの「妹背の道」の大旨は完了する。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(77)『妹背鈴明4』

2013-02-22 16:25
ホツマツタエのおもしろ記事(77)  妹背鈴明



『来末 思ふに 戒めの 無ければ乱る』

  • 『来末 (こすゑ)』来る末。来世。「末」は、ここでは「先 (さき)」の意。あるいは「(未だ) 来ず方」かも。
  • 『戒め (いましめ)』は「いむ (忌む・往む)」+「しむ (使役)」の名詞形で、「離し・分け・区別・忌避」などの意。
  • 『無ければ (なければ)』ば、形容詞「無し (なし)」の已然形。「なし」は「のく (退く)」+「し (如・然)」の変化で、「退く如きさまである」の意。
  • 『乱る (みだる)』は「まじる (混じる)」の変態。自動詞 (乱れる)・他動詞 (乱す) どちらにも用いる。
  • 『来末 重ふに戒めの無ければ乱る』
    来世を重んじる時、(善悪の) 分別が無ければ混乱をきたす。


『ハタレマの 宝 集めて 末 消ゆる これ 鈴暗ぞ』

  • 『ハタレマ』「ハタレの者」「生き霊に唆されている者」の意。人の妬みや恨みなどのねじ曲がった想念が、生き霊に転じたものを「イソラ」とか「ハハ」とか言うが、「イソラ」や「ハハ」が人に取り憑くと「ハタレ」や「オロチ」と呼ばれるものとなる。
  • 『宝 (たから)』は「たかみ (高み)」の変態で「高きもの・優れ勝るもの・栄え」を言い、「とみ (富) 」の同義語。
  • 『末 (すゑ)』将来。未来。
  • 『消ゆる (きゆる)』は「きゆ (消ゆ)」の連体形。「きゆ」は「かる (枯る)」「くる (暮る)」などの変態で「下る・劣る・衰える・果てる」などの意。
  • 『鈴暗 (すずくら)』「鈴 (すず)」は、「すすむ (進む)」の原動詞「すす」の名詞形で、「進み・進展・延伸」を意味する。「くら (暗)」は「くる (暮る)」の名詞形で「くれ (暮)」「かれ (枯)」「くろ (黒)」などの変態。「すずくら」は「進展の低調なさま」「未来の暗いさま」を言う。
  • 『ハタレマの 宝 集めて 末 消ゆる これ 鈴暗ぞ』
    生き霊に唆された者がやるように、人生を富の蓄積に費やしていれば未来は暗い。これを「鈴暗」と言う。


『生きの内 欲を離るる これは鈴明ぞ』

  • 『生き (いき)』は「いく (生く)」の名詞形。「いく」の「生く・行く・活く」は、どれも「(正の方向に) 進展変化する」が原義である。「生き」は、特に「この世における進展変化」を言う。
  • 『欲 (ほし)』は「ほす・ほっす (欲す)」の名詞形。「ほす」は「おしむ (惜しむ・愛しむ)」の原動詞「おす (惜す・愛す)」の変態で、「(心に) 合わす・寄せる」の意。
  • 『鈴明 (すずか)』「鈴 (すず)」は、「すすむ (進む)」の原動詞「すす」の名詞形で、「進み・進展・延伸」を意味する。「か」は「明・日・華・光・活」の意。「すずか」は「進展の高調なさま」「未来の明るいさま」を言う。
  • 『生きの内 欲を離るる これは鈴明ぞ』
    人がこの世に生きる間、欲から解放される、これを「鈴明」と言う。


チチ姫は 垂より出でて ワカヒコに 
『今 聞く 'スズカ' 我が斎名 君 賜われど 訳 知らず また説き給え』


  • 『チチ姫』タクハタチチ姫 (栲機千々姫) タカキネの娘で、オシホミミの内宮 (中宮)。
  • 『垂 (たれ)』「垂れるもの」の意。すだれ。御簾 (みす)
  • 『ワカヒコ』アマノコヤネの斎名 (いみな:本名)。


『鈴は真榊 穂末 伸び 年に寸半の 六万穂木 欲気を離れば 鈴明なり 宝 欲しきは 末 消ゆる』

  • 『鈴は真榊 (すずはまさかき)』真榊」は「鈴の木」とも言う。「まさかき」は「まさか」+「木」。「まさか」は「やさか (弥栄)」の変態で、「いよいよ栄えるさま」の意。これは「鈴 (すず)」の意味する「進展・延伸」と同義である。
  • 『穂末 (ほずゑ)』穂先。「ほ (穂)」は「放・発」の意で「分れ出るもの・放出するもの・生え出づるもの」を言う。「は (葉・端)」「ゑ (枝)」も原義は同じ。「末」は、ここでは「先 (さき)」の意。
  • 『寸半 (きなか)』半寸 (1寸の半分)。1寸≒2.25cm。10寸=1尺。
  • 『鈴は真榊 穂末伸び 年に寸半の六万穂木』
    「鈴の木」を「真榊」とも言うが、この木の穂は1年に半寸しか伸びない代わり、6万年もの寿命を持つ木である。 (「痩せ馬の道急ぎ」「大器晩成」を言っている。)
  • 『欲気 (ほしゐ)』「ゐ (気・謂・意)」は「(内に) 含むもの・湧くもの」の意。
  • 『欲気を離れば鈴明なり 宝 欲しきは末 消ゆる』
    欲気から解放されれば未来 (来世) は明るい。富や栄華に心を傾ける者は未来 (来世) を失う。


時にカル君 進み言ふ 『何ぞ 咎むや 我が宝 人 称ゆるぞ』
この応え 『他人の幸 我が迷ひ 曲り苦しむ』

  • 『カル君 (かるきみ)』「かる」は「離る」で、「あかる (散る)」「つかる (尽かる・津軽)」と同義。「カル君」は、出雲を離れて津軽の守となったオオナムチを指す。詳しくは『天日隅宮』を参照。「きみ (君)」は「きむ (極む)」の名詞形で「極み・頂点」が原義だが、人に対する尊敬の代名詞としても使われる。
  • 『何ぞ (なんぞ)』は「なにぞ」の音便で、「なぞ (何ぞ・謎)」「なぜ (何故)」「なんで (何で)」「など (何ど)」にも訛る。
  • 『何ぞ 咎むや我が宝 人 称ゆるぞ』
    どうして我が富を蔑むのか。みんな称賛するぞ。
  • 『他人 (ひと) の幸 我が迷ひ 曲り苦しむ』
    他人が繁栄しているのを見ると自分の心もそれに傾く。しかしそれが得られない時には、羨み・妬みといったねじ曲がった思いが心を占拠する。これは苦しみ以外の何物でもない。


また曰く『楽しく居らば』
カスガ また 『結を知れるや 天地に生け 天地に還るぞ』
カスガ また 『君にても欲し 民は尚 '涼かの文' を 見ざるかや』


  • 『楽しく居らば』
    ならば、心の迷い・曲りを持たず楽しくしていられるなら、富も問題ないというわけだな。
  • 『結 (うい)』は「ゆひ (結)」の変態。ここでは「結び・結論・行き着く所」などの意。
  • 『知れる』は「知る」の連体形。
  • 『天地 (あめ)』=陽陰=日月。
  • 『結を知れるや 天地に生け 天地に還るぞ』
    しかし、そもそも人の行き着く所をご存知か。天地に生を受け、終われば天地に還るのである。(つかの間のこの世で富を得ることが一体何になろうか。)
    『長らい代々に 楽しみて 尽くれば 還す 身は黄泉 心は天に 還え 生まれ 幾たび代々に 楽しめば 人の生まれは 日の出なり 罷るは 入る日』ミ4文
  • 『君にても欲し 民は尚 '涼かの文' を 見ざるかや』
    それに、貴君ですらまだ欲心がある。貧しい民はなおさらである。(彼らが心の迷い・曲りを持たずにいるなどということは到底不可能である。) クシヒコが、欲に囚われることを諌めた「涼かの文」を見たでしょう。
    『我 涼かにて 父母に "ホロロ 泣けども 鉤の鯛ぞ 肴と切るも 愚かなり タカマは民の 笑す尊意 いとかけまくぞ 御言宣" 我が父 退らば 諸共』ホ10文  (参照:『鹿島立ち』)


翁 頷き『クシヒコが 諌めの "涼か" 今 解けり 苦しみは何』

  • 『クシヒコ』オオナムチの長男で、事代主として大物主オオナムチに代わり中央の政を司る。「鹿島立ち」の後はオオナムチに次いで2代大物主となる。 詳しくは『大国主』を参照。
  • 『諌め (いさめ)』は「おさめ (収め・治め)」の変態で「(逸脱の)合わせ・収め・直し」などの意。
  • 『涼か (すずか)』「すずか」は多義で、「濯か・清か・涼か」 (心がまっすぐで執着が無く清らかなさま)、またそれが故に「鈴明」 (行く末が明るいさま) の意を表す。 「鈴 (すず)」は、「すすむ (進む)」の原動詞「すす」の名詞形で、「進み・進展・延伸」を意味する。
  • 『クシヒコが諌めの "涼か" 今 解けり 苦しみは何』
    クシヒコの諌めの「涼か」の意味が、ようやく今わかった。心が迷い曲がった時の苦しみとはどういうものか?


カスガ 説く 昔 トヨケの 御言宣
『我 三世を知る 初の世は クニトコタチぞ 天に逝き 周る元明の 守 定め』


  • 『トヨケ (豊受大神)』5代タカミムスビのタマキネ。
    詳しくは『豊受大神』を参照。
  • 『クニトコタチ (国常立尊)』ウヒヂニ・スヒヂニより前の、世にまだ男女の別が無かった時代の、陽陰両性を併せ持つ独り神の総称。
    詳しくは『国常立尊』を参照。
  • 『周る (みる)』は「まふ (舞う)」の変態で、「まわる・めぐる・取り囲む」などの意。
  • 『元明 (もとあけ)』星とされた四十九神の総称。
  • 『我 三世を知る 初の世は クニトコタチぞ 天に逝き 周る元明の 守 定め』
    我は過去3回の人生を記憶する。最初はクニトコタチとして世に生まれた。天に還って、(アメノミヲヤを中心に)周る元明の守の配置を定めた。


『二世 ムスビの 百万寿 逝きて魂の緒 和すを聞く』

  • 『ムスビ』は、タカミムスビの略。ここでは初代タカミムスビの「キノトコタチ (東の常立)」を指すと思われる。
  • 『魂の緒 (たまのを)』人間は魂と魄 (たま・しゐ) の結合によって、この世での生命を得ているが、魂の緒が介在することによって魂と魄を結んでいる。魂の緒の介在はクニトコタチの時代の人間にはなかったようで、おそらく人間に男女の別を設ける時に、魂の緒も人に付けられたと推測される。天に還ったキノトコタチがこれを司ったと言う。
  • 『和す (なす)』は「なす (成す・為す)」と同じ。ここでは「合わす・付ける」の意。
  • 『聞く (きく)』は「かく (掛く・交く)」の変態。「合わす」が原義で「(自己に) 合わす・収(治)める・執る」などの意。
  • 『二世 ムスビの 百万寿 逝きて魂の緒 和すを聞く』
    次の世は初代タカミムスビとしての百万年の人生であった。天に還って、人に魂の緒を付けることを司った。


『今 タマキネも 八万歳 欲に貪る 心 無く 行き来の道も 覚え知る』

  • 『貪る (むさぼる)』は、「むす (結す)」+「ほる (欲る・恍る・惚る)」の複合語。「むす」「ほる」、共に「合わす」の意で、「むさぼる」は「(心・身を) 合わす・執心する」などの意。
  • 『行き来の道 (ゆききのみち)』は「この世とあの世を循環する法則」の意。
  • 『覚え知る (おぼゑしる)』は「思い知る」の変態で、ここでは「誰から教わること無く悟る・思い出す」というような意味。
  • 『今 タマキネも八万歳 欲に貪る心 無く 行き来の道も覚え知る』
    そして今、5代タカミムスビのタマキネとして生まれて8万年。すでに欲に囚われる心無く、この世とあの世を行き来するシステムも自ずと悟る。


『陰陽を結びて 人心 世に還る時 直ぐなれば また良く生まれ 汚欲は 敢え還らぬぞ』

  • 『陰陽 (めを)』は「魂と魄」を言っている。
  • 『人心 (ひとこころ)』人の心。これは魂の緒を指している。魂の緒は、十六万八千のモノや、世に生きた経験が添うことによって、人間性が形成される部分で、人の意識・心・精神といったものは「魂」ではなく、むしろ「魂の緒」の方を指す。
  • 『汚欲 (よこほし)』よごれた欲。よこしまな欲。
  • 『敢え還らぬ (あゑかえらぬ)』「あゑ」は、打ち消しの語を伴って「~できない」の意を表す。つまり「ゑ (得・能) ~ず」と同じ。「敢え還らぬ」は「還ることができない」の意。
  • 『陰陽を結びて 人心 世に還る時 直ぐなれば また良く生まれ 汚欲は 敢え還らぬぞ』
    魂と魄を結んで人の心が世に還った時、その人生が直ぐなものであれば、いったん天 (正確には「ムナモト (日)」と「ミナモト (月)」) に還った後に再び人として世に生まれることができる。しかし、よこしまな欲に曲がった人生だった場合、魂と魄は還るべき所に還ることができない。(その結果、死してなお世に徘徊したり、獣に転生したりすることになる。)


また問わく『火は陽に還り 水は陰に 人は人実に 還らんか』

  • 『火は陽に還り 水は陰に 人は人実に還らんか』
    火は陽に還り、水は陰に戻ると言うが、人は人の本質に戻らないのか?


曰く 『莠や オノコ草 稲・栗 成らず 肖りて 人も生まるる道 忘る』

  • 『莠 (はぐさ)』水田に生えて稲を害する雑草。エノコログサの類。たのひえ。-広辞苑より-
  • 『オノコ草 (おのこぐさ)』狗尾草 (えのころぐさ) と同じと思われる。
  • 『莠やオノコ草 稲・栗 成らず 肖りて人も生まるる道 忘る』
    莠やオノコ草が近くに生えていると、稲や粟は実らない。それと同様に人も、人間の本性から外れた物事に感化されると、人としての「行き来の道」を忘れてしまうのである。


『例えば 嗜む 枯らし虫 魚・鳥・獣 合い求む」

  • 『嗜む (たしむ)』は「たす (足す・治す)」+「しむ (染む)」の合成語。両語とも「合わす・寄る」などの意。「なじむ (馴染む)」の変態。
  • 『枯らし虫 (からしむし)』不詳。虫全般を言うのかもしれない。魚・鳥・獣の餌らしい。これを人が食すると、魚・鳥・獣の属性に肖ってしまい、人に転生できなくなる危険があるという。人を枯らしてしまうので「枯らし虫」か。
  • 『合い求む』「あふ (合う)」+「もとむ (求む)」の複合。両語共に「合う・寄る・近づく」などの意。
  • 『例えば 嗜む 枯らし虫 魚・鳥・獣 合い求む』
    例えば枯らし虫を食べることに馴染んでしまうと、魚・鳥・獣の属性に寄り合ってしまい、それらの転生サイクル (行き来の道) に迷い込んでしまう可能性がある。
    『魂の緒も 乱れて 元に 還らねば 魂・魄 迷ひ 苦しみて 獣の種を 合い求む』ホ15文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma13.html
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ホツマツタエのおもしろ記事(76)『妹背鈴明3』

2013-02-21 22:32
ホツマツタエのおもしろ記事(76)  妹背鈴明



『オキツヒコ 腹悪し言に 妻 荒れて "操 立たぬ"と 契り 離る』

  • 『オキツヒコ (奥津彦)』オオトシクラムスビの子。竈神 (かまどかみ) として日吉大社摂社の竃殿 (へついどの) 社などに祭られる。
  • 『腹悪し言 (はらあしごと)』心悪しき言葉。意地の悪い言葉。
    「腹 (はら)」も、やはり「内・中・奥・心」などの意。
  • 『操 (みさほ)』「操 (みさほ)」は「みさふ」の名詞形。「みさふ」は「みす (見す)」+「さふ (支ふ・添ふ)」の合成語。どちらも「(逸脱を) 合わす・収める・直す」などの意で、「みさほ」は「曲がりのないさま・真直ぐなさま・一筋なさま」を言う。理由は不明だが女性に対してのみ用いられる語のようだ。
    「たつ (立つ)」は、ここでは「たっす (達す)」「てっす (徹す)」の変態で、「至らせる・通す・徹する」の意。
  • 『契り離る (ちぎりさる)』ここでは「夫婦の契りを破棄する」「離婚する」の意。


『父 ウホトシが 妹背宮に 嘆けば  御内 両 召して マフツの鏡 映さるる』

  • 『ウホトシ』は、ソサノヲとイナダ姫の第六子の「オオトシクラムスビ」。
  • 『妹背宮 (いせみや)』イサワ宮の別名。
  • 『父 ウホトシが 妹背宮に 嘆けば』
    オキツヒコの父オオトシクラムスビが、イサワ宮に行って息子夫婦の離婚を嘆くと・・・
  • 『御内 (みうち)』は、ここでは内宮 (中宮) の尊称で、「御内宮」の意。セオリツ姫を指す。
  • 『両 (もろ)』「もろ(諸・双・両)」は「もる(守る・盛る)」の名詞形で、「合わせ・総・対・匹敵」などの意。
  • マフツの鏡 (真経津の鏡)マス鏡 (真澄鏡・真十鏡)」の別名で、特にその「裏鏡 (日鏡)」の機能を言う。「人の目には見えない内面の真実を映す鏡」「心を写す鏡」。
  • 『御内 両 召して マフツの鏡 映さるる』
    中宮のセオリツ姫は、両者を呼び召して「マフツの鏡」にお映しになる。


『背は汚るる ニステ竈 女は隠さるる ツクマ鍋 我が顔映も 敢え見えず 甚 恥づかしく あめに悔ふ』

  • 『ニステ竈 (にすてがま)』不詳。「煮こぼれて汚れた竈」で「他人に見せたくない物・裏の事情」の意か。
  • 『ツクマ鍋 (つくまなべ)』不詳。「使い古した鍋・使い回した鍋」で、やはり「他人に見せたくない物・裏の事情」の意か。「ニステ竈」も「ツクマ鍋」も、飾り繕った表向きの、その裏にある真実を象徴した物である。
  • 『顔映 (かんばせ)』顔の写り/映り。
    「かん」は「かみ (上)」の音便で、ここでは「上・表面」、つまり「かほ (顔)」の意。「はせ」は「はす(合す・映す)」の名詞形。「はす」は、ここでは「合わす・映す・現す」の意。
  • 『敢え見えず (あえ)』「あえ」は、打ち消しの語を伴って「~できない」の意を表す。つまり「え (得・能) ~ず」と同じ。「敢え見えず」は「見ることができない」の意。「取るものも取りあえず」の「あえず」はこれ。
  • 『甚  (はち)』「はち」は「いた (甚)」「いと」「ふつ (悉)」などの変態で「甚だしいさま・至ったさま」の意。副詞として「 甚しく・ひどく・至って・全く」の意にも使う。
  • 『あめに悔ふ (あめにこふ)』「あめ」は「うむ (熟む)」の変態「あむ (上む)」の名詞形で「高まり・栄え・至り」の意。「あめに」で「大いに・ひどく」の意となる。「こふ」は「くふ (悔ふ)」「くる (暮る)」「こる (懲る)」などの変態で「DOWNする・落ち込む」などの意。
  • 『我が顔映も敢え見えず 甚 恥づかしくあめに悔ふ』
    自分の顔を鏡に見ることができず、甚だ恥ずかしくて大いに悔いる。


滋賀県米原の筑摩神社 (ちくまじんじゃ) は、オキツヒコ夫婦 (御食津大神) とオオトシクラムスビ (大年神) を祭っているが、この神社の祭事「筑摩祭 (つくままつり)」がおもしろい。昔は神輿に従う婦人が、関係を結んだ男の数だけの鍋をかぶったというのだ。
この祭事から逆に察すると、オキツヒコ夫妻の夫婦問題は、妻の浮気が原因だったということである。



『背 許さねば 弥恥ぢて 罷らん時に クラムスビ 留めて叱る "我が子の実 ニステの面を 磨かせ" と』

  • 『弥 (いや)』は「いゆ (斎ゆ)」の名詞形。「いゆ」は「高める・栄す」の意。「いや」は副詞的に「いよいよ・ますます」の意に使う。
  • 『恥づ (はづ)』は「はつ (果つ)」で、「おつ (落つ)」の変態。「下り果てる・落ちぶれる」などの意。
  • 『罷る (まかる)』は「まく (撒く)」+「かる (離る)」の合成語で「離れる・去る・退く」の意。「わかる (別る)」「あかる (散る)」などの変態。
  • 『叱る (しかる)』「しかる」は「しく」から派生した動詞。「しく」は「すぐ (直ぐ)」の変態で、ここでは「合わす・収める・直す・正す」などの意。
  • 『背 許さねば 弥恥ぢて 罷らん時に クラムスビ 留めて叱る』
    夫が許さないので、ますます恥じて死のうとする時、クラムスビはそれを止めて叱る。
  • 『実 (み)』は「さね (核・実)」で、ここでは「真実・実体」などの意。
  • 『面 (つら)』「つる(連る/達る)」の名詞形。「つる」は、ここでは「合う/合わす」の意。「つら」は「(観察者に) 合わせている面/向けている面・表層」の意。
  • 『磨かせ』「磨かせよ・高めさせよ」の意。
    夫の表面は央中 (核心・源) に原因があり、それは妻の責任であるいう意。
    (参照:妹背鈴明2)
  • 『我が子の実 ニステの面を 磨かせ』
    我が子の真実の姿「ニステ」の面を磨かせよ。
    (汝はそのニステ面に責任がある。 央中にある者が表面をつくるのだから。)


『親の教えに オキツヒコ 再び婚ぎ 睦じく 妹背の道を 守りつつ』

  • 『再び (ふたたび)』「ふたたび (二度)」の意。「たび」は「たむ (回む・廻む)」の名詞形「たみ」の変態で「回転・循環・繰り返し・回」などの意。
  • 『婚ぐ (とつぐ)』は、「とつ(閉づ・綴づ)」+「つく (付く・接ぐ)」の合成語。どちらも「合わす・交える・結ぶ」などの意。
  • 『睦まじ (むつまじ)』は「むつむ (睦む)」+「し (形容詞語尾)」。 「むつむ」は「むすぶ (結ぶ)」の変態。
  • 『妹背の道 (いもせのみち)』ここまでに説かれてきている陰陽の道・地天の道・月日の道・女男の道。
  • 『つつ』は、「つづく (続く)」の元となる動詞「つつ (伝つ・連つ)」の名詞形で、「連続・継続・重複」の意を表す。


『諸国 巡り '世を映ふる 始め終りの 慎まやか' 道 教ゆれば 大御神 褒めて賜はる 竈守』

  • 『映ふる (をふる)』は「あぶる (炙る)」の変態で「をふ」の連体形。「をふ」は「をゆ (老ゆ)」「はゆ (映ゆ)」「うる (熟る)」などの変態で「高める・勢い付ける・盛す・優れさす」などの意。
  • 『始め終りの (はじめおわりの)』は、「一にも二にも」の意で、ほかの事を考えないで、まずその事を頭におくさまを表わす。=何をおいてもまず・なにはさておき。
  • 『つつまやか』は「つつむ (包む)」+「やか」。「つつむ」は「合わす・収める・直す」の意。「やか」は状態を表す名詞をつくる。「つつまやか」は「ぶれてないさま・曲っていないさま・直ぐなさま」の意で、「控えめ」という意味ではない。
  • 『世を映ふる始め終りのつつまやか』
    「人生を栄すなら、一にも二にも "曲らず真直ぐであること"」という意。ここに言う人生とは、今の人生ではなく来世を言っている。
    マフツの鏡に映る姿が人でないということは、心が他のものに曲り傾いていることを示していて、同時にそのままでは来世は人に生まれないということを示している。ニステ竈が映し出されたオキツヒコは、来世も人間となるためには、心が真直ぐであることの重要性を諸国を巡って説いたのである。
  • 『竈守 (かまどかみ)』「竈」というのは「煮炊きする道具」であり、「煮炊き」とは「高めること・栄すこと」である。したがって「竈守」は「世を映ふる守・来世を栄す守」という意味である。また一時は「ニステ竈」だったオキツヒコだから「竈」と名付けたのは、もちろんのことである。
    オキツヒコは 竈神 (かまどかみ) として日吉大社摂社の竃殿 (へついどの) 社などに祭られている。これはもう一つの竈神 (みかまどのかみ) と混合しているためで、オキツヒコの竈神は炊事とは本来関係が無い。


『手鍋をさくる 汚きも 磨けば光る 上となる』

  • 『手鍋 (てなべ) をさくる』「手鍋」は「自らの手を煩わせて煮炊きしたもの」の意。「さくる」は「しゃくる」「すくふ (掬う)」の変態で「すくい上げる」「すする」の意。下僕や使用人を持つことのできない身分の者の生活を表したもので、これは主に「民」を指している。
  • 『汚き (きたなき)』は「汚し (きたなし)」の連体形で、ここでは「汚きもの」の意。「きたなし」は「きつ」+「なる (也)」+「し (如・然)」の短縮。「きつ」は「くつ (朽つ)」の変態で「低まる・劣る」の意。よって「きたなし」は「低い・劣っている」の意。これもやはり「身分の低い者」「民」を指す。
  • 『手鍋をさくる 汚きも 磨けば光る 上となる』
    自らの手を煩わせて煮炊きしたものをすするような、卑賤の者でも研鑽すれば高貴な身となる。
    (『末民とても上の臣』ホ17文)


『地守・民の 諭しにも 付罷 為させる 妹背の道』

  • 『地守 (くにもり)』地/下/民を治める者。=臣。
  • 『付罷 (つくま)』付いたり離れたりすること。合と離を繰り返しながら距離を縮めていくことを言う。=「つくは (付離・筑波)」
  • 『妹背の道 (いせのみち)』陰陽和る道・月日の道・女男の道。アメノミヲヤが定めた大宇宙の原理。
  • 『地守・民の諭しにも 付罷 為させる妹背の道』
    地守や民にも天地の法 (月日の法) が具わっていることを悟らせるために、女男を近づいたり離れたりさせる妹背の道 (宇宙原理:=陽陰和る道)。
    「妹背は 八百万氏の 別ち無く 皆 天地の 法 備ふ 君は天地照る 月・日なり 地守はその地の照り 民も月・日ぞ」
    オキツヒコ夫婦が経験した離別が、結果的に男女二人の距離を縮め、自分たちに日月の法が具わっていることを身を持って体得したことを言っている。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(75)『妹背鈴明2』

2013-02-21 07:23
ホツマツタエのおもしろ記事(75)  妹背鈴明




『寄男は日なり 寄女は月 月は本より 光 無し 日影を受けて 月の影 女男もこれなり』

  • 『寄男 (よをと)』は「(心・身を) 寄せる男」の意と考える。
    「よ (寄)」の意味が「よ (良)」転じて、「良人 (おっと・りょうじん)」となったのかも。
  • 『寄女 (よめ)』も同様に「(心・身を) 寄せる女」の意と考える。
    現在はこれに「嫁」の字が当てられている。
  • 『日影 (ひかげ)』「日の放射・日光」の意。「かげ (影)」は「かく (交く/離く)」の名詞形で、「合わせ・うつり・匹敵・反射」「放ち・発射」などの意。
  • 『女男もこれなり (めをもこれなり)』
    人の男女も同様で、女は自ら発光せず男の光に照らされて輝くのである。


『日の道は 中節の外 月は内 男は表業 務むべし 女は内 治め 衣 綴り』

  • 『日の道 (ひのみち)』太陽の周回軌道で、今に言う黄道。ホツマはこれを「明道・赤道 (あかみち・あかきみち)」とも呼んでいる。
    一方、月の周回軌道は白道 (はくどう) と言うが、ホツマはこれを「白道 (しらみち)」と呼んでいる。
  • 『中節 (なかふし)』宇宙の中心にあると想定されている地球から「とこしなえ」 (宇宙の果て) までの、ちょうど中間の半径にある境目。
    地球を中心とした「とこしなえ」までの半径:158,000トメチ
    地球を中心とした日までの半径:80,000トメチ。
    地球を中心とした中節までの半径:79,000トメチ。
    地球を中心とした月までの半径:40,000トメチ以内。
    よって太陽の周回軌道 (赤道) は中節の外側で、月の周回軌道 (白道) は中節の内側となる。
  • 『男は表業 務むべし (をはおもてわざつとむべし)』
    日 (陽) は中節の外を周回するのだから、男 (陽) も外 (表) に働くべし。
  • 『女は内 治め (めはうちをさめ)』
    月 (陰) は中節の内側を周回するのだから、女 (陰) も内を治むべし。
  • 「衣 綴り (きぬつづり)」
    機を織り綴りなさい (命令形)。
    「機を織る」というのは「まっすぐな経糸 (主・日・男) に、緯糸 (従・月・女) を隙間なくぴったり添わせて通す」という作業であり、これは妻が夫に「ぴったりと添って一筋を通す」=「操を立てる」ことを象徴する行為となる。自ら発光できない妻は、夫に対して操を立てよと言うのである。


『家を治むは 兄なれど 病めるか親に 適わぬば 弟に継がせて 上子と成せ』

  • 『家 (いゑ)』は「ゆひ (結)」「あひ (合)」などの変態で「合せ・収め・屋」「まとまり・統べ・連続」などの意味を持つ。ここでは「まとまり・統べ」の意。
  • 『適わぬば (かなわぬば)』は「かなふ (適う・叶う)」は「かぬ (交ぬ)」から派生した動詞で「合う・釣合う・匹敵する・適合する」などの意。
    「・・・ば」は普通、動詞の未然形か已然形に接続するが、ここに見られるように終止形に接続する例が、ホツマでは頻出する。
  • 『上子 (あこ)』は「上位の子」で「世嗣子」の意。


『代を継ぐ者は 譲り受け 橋 得て 婚ぎ 睦まじく 子を生み育て また譲る』

  • 『代 (よ)』は「よる (寄る)」の名詞形で、「まとまり・治め・連ね」の意。だからここでの「代」は「家」と同義なのである。また「まとまり・かたまり」は必然的に他と区別されるため、「区分・区画」の意も持つ。
  • 『譲り受く (ゆづりうく)』この「譲り」は名詞。「譲りを受ける」の意。
  • 『橋 (はし)』は「つなぎ・結び・渡し」の意で、ここでは「仲人」。
  • 『睦まじ (むつまじ)』は「むつむ (睦む)」+「し (形容詞語尾)」。
    「むつむ」は「むすぶ (結ぶ)」の変態。


『女は世に住める 所 得ず うまし みやびの 熟に居れ 妙の言葉に 求むべし』

  • 『住める』は「住む」の連体形。四段動詞の連体形は「*eru」につくる。
  • 『うまし』は「あわす (合わす)」「やわす (和す)」の変態「うます」の名詞形。ここでは「合せ・親和・親愛」などの意。
  • 『みやび』は「みやふ」の名詞形。「みやふ」は「みゆ (見ゆ)」から派生した動詞で「合う/合わす」の意。「みやび」は、ここでは「和合・融合・なごみ」などの意で「うまし」の同義語。
  • 『熟 (ゑい)』は「ゑふ」の名詞形で、「はえ (映え・栄え)」「うえ (上)」「ゑみ (笑み)」などの変態。ここでは「優れ至った状態・熟成」などの意。おそらく「ゑい」=「栄・映」である。
  • 『うまし みやびの 熟に居れ』
    親愛と和合の極みを居場所とせよ。
  • 『妙の言葉 (たゑのことば)』麗しき言葉。「たゑ (妙)」は「とむ (富む)」「とふ (跳ぶ)」の変態「たふ・たゆ」の名詞形で、「高み・栄え・優れ・至り」などの意。
  • 『求む (もとむ)』は「もつ (持つ)」から派生した動詞で、ここでは「合わす・寄る」などの意。
  • 『妙の言葉に求むべし』
    麗しき言葉 (を吐くこと) を拠り所とすべし。


『背のタラチは 生みの親 明け暮れ むべに うまし以て 老に仕えよ』

  • 『背 (をせ)』男。夫。 
    ちなみに「をす (雄・牡・♂)」は「をせ」の変態と思われる。
  • 『タラチ』は「たらす (足らす)」の変態「たらつ」の名詞形。
    「(子を) 足らす者」で「親」の意。
  • 『むべ (宜・諾)』は「うま (美・旨)」の変態で、ここでは「(心を) 合わすさま・込めるさま」の意。
  • 『老 (をい)』は「をや (親)」の変態。どちらも「上流・上位にあるもの」を表す。
  • 『明け暮れ むべに うまし以て 老に仕えよ』
    終日心をこめて親愛を以って夫の親に仕えよ。


『寄男には 操を立てよ 妹の身は 背の央中に 居る如く なせば操ぞ』

  • 『操を立つ (みさほおたつ)』「操 (みさほ)」は「みさふ」の名詞形。「みさふ」は「みす (見す)」+「さふ (支ふ・添ふ)」の合成語。どちらも「(逸脱を) 合わす・収める・直す」などの意で、「みさほ」は「曲がりのないさま・真直ぐなさま・一筋なさま」を言う。理由は不明だが女性に対してのみ用いられる語のようだ。
    「たつ (立つ)」は、ここでは「たっす (達す)」「てっす (徹す)」の変態で、「至らせる・通す・徹する」の意。
  • 『央中 (おなか)』は、「お(央・奥)」+「なか(中)」の同義語の重複。「最奥・中心・核心・源」の意。
  • 『妹の身は背の央中に居る如くなせば操ぞ』
    妻たる身は、夫の最奥の部分に存するが如くにできれば、これが操を立てるということである。


『女は名無し 家に嫁げば 背の名に 誰が内室と カル君も 乱れ 許せば "誰 内ぞ"』

  • 『内室 (うちむろ)』=家内・奥方。これらはつまり「央中」の別称。
  • 『女は名無し 家に婚げば背の名に 誰が内室と』
    女は名を持たない。夫の家に嫁げば「誰々の内室」とよばれる。
  • 『カル君も 乱れ 許せば "誰 内ぞ"』
    カル君 (オオナムチ) が表向きの乱れを許せば、「誰が奥さんなんだ?」という具合に、央中にある奥さんの責任が問われる。奥さんは夫の核心・源だからである。


『宮に上れば 内つ宮 君は恵みを 地に延ぶ 宮は央中ぞ』

  • 『宮に上れば 内つ宮』
    これを天君の宮 (皇居) のレベルに引き上げれば、奥方は「内つ宮」にあって「内宮」と呼ばれる。
  • 『君は恵みを 地に延ぶ 宮は央中ぞ』
    天地つ日月の君は、日月の恵みを地に延べ広げる。したがって内つ宮 (内裏) にある内宮 (皇后) は、その恵みの核心・源である。


『県守 里 守る彦も それ丈の 室も殿も 央中なり 民は田畑を 治むれば 家は背の実ぞ』

  • 『県守 (あがたもり)』県を治める者。「県主 (あがたぬし)」に同じ。「あがた (県)」は「あかつ (分つ・頒つ)」の名詞形で、「(地を) 分割したもの」を言う。
  • 『里 (さと)』は「した (下)」「そて (袖)」などの変態で、ここでは「県の下/末にあるもの」「県を分割したもの」の意。
  • 『彦 (ひこ)』は「ひく(引く・率く)」の名詞形で、「(民を) 率く/導く者」の意。また、ヒト (一十) に1歩及ばぬヒコ (一九) の意。「臣」「もののべ」の別称。
  • 『それ丈の (それだけの)』それの丈に応じた。それ相応の。
  • 『室 (むろ)』は「ほら (洞)」「おり (檻)」などの変態で「入れ物・容器」の意。
  • 『殿 (あらか)』は、「あら(央る・主る)」+「か(処)」。「あら」は「あるじ (主)」の「ある」の変態。「ある」は「中心にある・主導する・治める」の意。よって「あらか (殿)」は「中心・拠点・本拠」また「治める所・政殿」の意。
  • 『県守 里 守る彦も それ丈の 室も殿も 央中なり』
    県を治める県主や、粗や村を治める長の、それ相応の室や殿もやはり央中である。よってその奥方・内室はやはり核心・源なのである。
  • 『実 (み)』は「さね (核・実)」で、やはり「中心・核心・源」の意。「央中」に同じ。
  • 『民は田畑を 治むれば 家は背の実ぞ』
    民は田畑を治めるので、家 (家内) は男の核心・源である。


『日は天に 月は地 守る 寄女の実は 寄男一人に 向ふ土ぞ』

  • 『日は天に 月は地 守る』
    背のムナモト (陽の核心) である日は天に君臨し、妹のミナモト (陰の核心) である月は地を支配する。
    『背のムナモト 日と丸め 天 近く回り 陽(男)に配る』ホ16文
    『妹のミナモト 月と凝る 地に近き故 陰(女)に配り』ホ16文
    背=陽=天=[空+火+風]。 妹=陰=地=[水+埴]。
  • 『実 (み)』さね (実・核)。真実。核心。本質。
  • 「土 (ひ)」「うひ (水埴・泥)」の「ひ (埴・土・地)」。
  • 『寄女の実は寄男一人に向ふ土ぞ』
    妻たる者の本質は、夫一人に向かう土ぞ。
    唯一の日と対になる (12の) 月ぞ。


『万地苞も 生む生まぬ あれば女男も 地苞ぞ 生まずば他所の 女を娶れ』

  • 『万地苞 (よろくにつと)』「つと」は「つて (伝)」の変態。「地苞 (くにつと)」は「地がもたらす物」の意で「地の産物」。また「他の地へ伝える物」の意で「みやげ (土産)」。「万 (よろ)」は「多くの」の意。
  • 『万地苞も生む生まぬあれば 女男も地苞ぞ』
    多くの地の産物も、種と畑との相性によっては実らぬ場合があるが、人間の男女も同じことである。
  • 『生まずば他所の女を娶れ』
    子ができない場合は、他の女を娶れ。


『"背の央中に 妹あり" と 腹悪し言葉 無かるべし 腹 病めぬ間に 妙に察せよ』

  • 『腹悪し言葉 (はらあしごとば)』心悪しき言葉。意地の悪い言葉。
    「腹 (はら)」も、やはり「内・中・奥・心」などの意である。
  • 『"背の央中に妹あり" と 腹悪し言葉 無かるべし』
    「夫の心中には他の女がいる」などと、心悪しき言葉を吐いてはならない。
  • 『察す (さとす)』現代語では「諭す」で、「理解させる」という他動詞だが、ここでは自動詞、つまり「悟る」の意で使われている。
  • 『腹 病めぬ間に 妙に察せよ』
    心が病んでしまわぬ内に、賢く悟れよ。 (心が病んで悪想念を放つ前に悟り改めよ。)
    ねじ曲がった心が放つ「妬み・恨み」などの想念が、「イソラ」と呼ばれる「生き霊」に転じて、他人に害を及ぼす場合があり、その報いは巡り巡って自分に戻ってくるという法則を言っている。この法則については、この章の後半に少し説明され、「孕み謹む帯の文」「神鏡ヤタの名の文」で詳しく説明される。



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ホツマツタエのおもしろ記事(74)『妹背鈴明1』

2013-02-20 12:23
ホツマツタエのおもしろ記事(74)  妹背鈴明



タイトルの「妹背鈴明」は、もちろん当て字であるが「いせすずか」と読む。
(※ やまとことばに付された漢字はもともとすべてが当て字である。)
これは「妹背の道 (いせのみち)」と「鈴明の道 (すずかのみち)」という、日本人の心底に流れて続けてきた根源思想である。ホツマはこの思想を「わかひこいせすすかのあや」と題する一章を割り当てて説明しているが、結局のところ「人の起源・本質に鑑みれば、この世とあの世をトータルで考えて人生を生きなければいけない」ということを言っている。

妹背 (いせ) は「陰と陽・女と男・地と天」の意。だから妹背の道は「陽陰の道 (あめのみち)」の同義語である。
「すずか」は多義で、「濯か・清か・涼か」 (心がまっすぐで執着が無く清らかなさま)、そしてそれが故に「鈴明」 (行く末が明るいさま) の意を表す。
「鈴 (すず)」は、「すすむ (進む)」の元となる動詞「すす」の名詞形で、「進み・進展・延伸」を意味する。


「妹背の道」と「鈴明の道」は、ホツマの他の記事を理解する上で極めて重要であることから、このページからシリーズで、「わかひこいせすすかのあや」の全編の解釈を試みたいと思う。

この章は、アマテルの御使として三種宝を授与するために、桜の実の時期に「タカの首」に出向き、秋にイサワに帰ったアマノコヤネの、ヒタカミ滞在中の出来事を語った記事である。


『タカの首 壺若宮の 暑き日の 上らみ伺ふ ワカヒコに 御酒 賜りて 御言宣 "神は妹背の 道 開く 我はカスガに これ 受けん"』

  • 『タカの首 (たかのこふ)』オシホミミは、近江のタガ若宮からヒタカミの政庁都市ケタツボに遷都するが、この都を「タカの首」と名付ける。詳しくは『多賀の都』を参照。
  • 『壺若宮 (つぼわかみや)』タカの首における天君オシホミミの皇居。これが塩釜市の志波彦神社の由緒かと臆測している。前の鎮座地の「岩切」の東隣に「若宮前」という地名が見える。詳しくは『金華山』を参照。)
  • 『上らむ (ゑらむ)』は「選む」と同源であるが、原義は「上がる/上げる・高まる/高める」の意。ここでは「(皇居に) 上る」の意。
  • 『伺ふ (うかがふ)』は「うく (合く・受く/浮く・上く)」+「かふ (交ふ)」の合成語。「合い交わる/合せ交える」の意と「(上位者の所に) 上り交わる/上り交える」の意に分れる。ここでは後者の意。
  • 『ワカヒコ』アマノコヤネの斎名 (いみな:本名)。
  • 『御酒 (みき)』は「みく (満く)」の名詞形で、元来「熟成・醸成したもの」「興奮させるもの」の意であるが、 「み (御・上・神)」+「き (酒)」として酒の尊称としても使われる。
  • 『賜る (たまわる)』は「たまわ(「たまふ」の未然形)」+「る (尊敬の助動詞)」。『賜ふ (たまふ)』は「たる (垂る)」の変態「たむ(垂む)」から派生した語で、「下る/下す」の意。
  • 『御言宣 (みことのり)』「御言を宣ること」の意。「御言」は「言」の尊敬語。「宣る」は「延べ広げる」が原義。御言宣はアマテルと天君の専用語である。区別してアマテルのを「神言宣 (かんことのり)」と言う場合もある。
  • 『神 (かみ)』は、ここでは根源神「アメノミヲヤ (陽陰の上祖)」または「アマテル神 (陽陰垂る神)」を指すが、この2神は同一視されている。
  • 『妹背の道 (いもせのみち)』は「いせのみち (妹背の道)」「あめのみち (陽陰の道)」「あめなるみち (陽陰和る道)」と同義であるが、「いもせのみち」という場合、特に人間の「男女の関係の道」をいう場合もある。
  • 『カスガ』アマノコヤネの守名 (春日守・春日神)。


『カスガ 場を成し 左に坐す 右はヒタカミ央君と カル君翁 次 カトリ上君 及び カシマ君 ツクバ シホカマ 諸も坐す』

  • 『場を成す (ばをなす)』「その場を設ける」の意。「ば (場)」は「ま (間)」の変態。
  • 『左 (ひた)』としたが「直 (ひた)」かもしれない。あるいは「左」=「直」なのかもしれない。とにかく君 (中心) に最も近い位置は「左」とされていたのは確かである。
  • 『坐す (ます)』は「まず (交ず)」であり「(身を) 合わす・現す」の意。
  • 『右 (みぎ)』は、君の左に次ぐ位置。「左」は日の昇る「東」を、「右」は日の沈む「西」を表し、「左」の方を格上と見ていた。「昇る」は「陽・天」、沈むは「陰・地」を象徴するからである。 (参照:天地創造)
  • 『ヒタカミ央君 (うおきみ)』この頃、ヒタカミを治めるタカミムスビのタカキネ (高木神) は、オシホミミの「代の殿」として中央にあるため、世嗣の「ヨロマロ」が「ヒタカミ央君」となって臨時にヒタカミ国の治めに当たっていた。 「央君 (うおきみ・をきみ)」は「区域の中軸として治める君」を言う。
  • 『カル君翁 (かるきみをきな)』「かる」は「離る」で、「あかる (散る)」「つかる (尽かる・津軽)」と同義。「カル君」は、出雲を離れて津軽の守となったオオナムチを指す。詳しくは『天日隅宮』を参照。「きみ (君)」は「きむ (極む)」の名詞形で「極み・頂点」が原義だが、人に対する尊敬の代名詞としても使われる。「をきな」は「大きなる者」の意で「上位の者・老熟の者」を意味し、この反対語が「おさな」。
  • 『カトリ上君 (かとりかんきみ)』「かとり (香取)」は「ぐ山をつかさとる者」からきていて、ホツマ国を司る「フツヌシ (経津主)」の守名 (香取神)。「上君」とは、オシホミミの左臣 (最上位の臣) であることに対する尊称である。
  • 『カシマ君』「かしま」はタケミカヅチ (武甕槌命) の守名 (鹿島神)。
  • 『ツクバ (筑波)』筑波山周辺の地域を代々治める国守の氏名 (うじな)。ホツマには「ツクバハヤマ」と「ツクバソソ」の二人の名が出てくる。「ハヤマ」はアマテルの東局の乙侍ソガ姫の父であるが、詳しいことは記されていない。
  • シホカマ (鹽竈)ホツマにおいても記事が少なく謎めいた人物である。オシホミミがヒタカミのタカの首にいた時代、その重臣の一人だったことは確かである。また製塩と関わり持つのも確かなようである。「シホツチ (鹽土老翁・塩土翁)」と混同されているが、別人と推定する。息栖神社の由緒に「葦原中国を平定した武甕槌神と経津主命を案内させるために、大己貴神が差し出した神である。」とあるから、シホカマは津軽のオホナムチの配下なのかもしれない。
  • 『諸 (もろ)』は「もる(守る・盛る)」の名詞形で、「合わせ・総・対・匹敵」などの意。


『時に御問は "先に水浴び せんつるを 央君が 止めて 真似なす これ 如何ん"』

  • 『せんつる』「せん」は、「せ (「する」の未然形)」+「ん (意志の助動詞)」。「つる」は、完了の助動詞「つ」の連体形で「たる」の変態。「せんつる」で「~しようとしたる(を)」の意。
  • 『如何ん (いかん)』は「如何に (いかに)」の音便で、ここでは「如何にあるや・如何なるや」(何なんだ?) の簡略。


『カスガ 答えて "遺る法 昔 ウヒヂニ 雛が岳 モモに婚ぎて 初三日に 寒川 浴びる ソサノヲは 氷川に浴びる これ 強し 君は優しく 和らかに 坐せば 考えて 止むものかな』

  • 『法 (のり)』は、人が「乗るもの・則るもの」「法・則・典・範」。
  • 『ウヒヂニ』陰陽両性だったクニトコタチの時代が終わった後、初めて男性として生まれ来る。スヒヂニと共に初の夫婦の君となる。 こちらを参照。
  • 『雛が岳 (ひながたけ)』モモヒナギ・モモヒナミに肖って付けられた「ヒナルの岳」の称え名。福井県武生市の日野山 (越前富士・795m)を指す。
  • 『モモ』モモヒナミ (スヒヂニ) を指す。
  • 『婚ぐ (とつぐ)』は、「とつ(閉づ・綴づ)」+「つく (付く・接ぐ)」の合成語。どちらも「合わす・交える・結ぶ」などの意。
  • 『寒川 (さむかわ)』普通名詞なのか固有名詞なのか不明だが、モモヒナギとモモヒナミが、婚ぎの翌三日間に水を浴びた川。雛が岳 (日野山:福井県武生市) 近くの川だと思われる。神奈川県高座郡寒川町の寒川神社の祭神は、この夫婦なのかもしれない。
  • 『ソサノヲは氷川 (ひかわ) に浴びる』「ひかわ (氷川)」は「冷たい水の川」という意味で使われていて、特定の川を指す固有名詞ではないと思われる。ただこの時すでによく知られていた、「ソサノヲ」と「ひかわ」の関わりから「ひかわ (氷川)」と表現したものと推察する。


『妹背 (いせ) を請ふ カスガ 説くなり』
『妹背 (いもをせ) は 八百万氏の 別ち無く 皆 天地の 法 備ふ』


  • 『妹背 (いせ)』は「いもせ (妹背)」の略。
    「いもせ」は「いも (妹)」+「をせ (背)」の略である。
    「いも」は「うひ (泥・水埴)」の変態。「をせ」は「うをせ」の短縮。
    「うをせ」は「つほ (空)・ (火)・か (風)」の簡略。
    陽は「空・火・風」に分れ、陰は「水・埴」に分れた。(参照:天地創造)
    よって「い (妹)」=「うひ (水・埴)」=「 (陰・月)」=「 (地)」。
    「せ (背)」=「うをせ (空・火・風)」=「 (陽・日)」=「 (天)」。
    いせ (妹背)」=「をめ (男女)」=「あめ (天地)」=「あわ (陽陰)」。
  • 『妹背 (いもをせ)』ここでは人間の「女男」を言っている。
  • 『八百万 (やもよろ)』数の大きさの表現 「ヤソ (八十)・モモ (百)・ヰモ (五百)・ヤモ (八百)・チ (千)・ヤチ (八千)・ヨロ (万)・ヤヨロ (八万)」としては最大のもの。
  • 「氏 (うち)」は、「ぬし (主)」「うし (大人)」「をさ (長)」などの変態で、「束ねる者・治める者・族長」、またその「族・集団」を表す。
  • 『天地の法 (あめつちののり)』陽陰の道・陽陰和る道」と同じ。
    人間 =「陽 (空・火・風)」+「陰 (水・埴)」ということ。
    (参照:天地創造)


『君は天地照る 月・日なり 地守はその地の照り 民も月・日ぞ』

  • 『君は天地照る月日なり (きみはあまてるつきひなり)』
    君というのは天・地を照らす月と日である。
    キ・ミ(君)」を、天空を廻って天が下を和し恵む「日と月」と同一視したもので、天君たる位・皇位を表す。この言葉を別の言葉で表したのが「天地つ日月」であり「天地照らす君」である。
  • 『地守はその地の照り (くにかみはそのくにのてり)』
    地を治める者は、月日の光の地上での反射である。
    ここでの「地守」は、高みに在って上下を普く照らす月日の君に対して、地を治める者を言う。月日が君なら、地守は臣に相当する。「その地の照り」とは、「月日の光の地上での反射」「陽・陰エネルギーが地上に反映したもの」という意。
  • 『民も月日ぞ』
    民といえども君や臣と同様に、月日 (陰陽) の法を備えているのだぞ。
    ホツマの時代には「民は人にあらず」と蔑視するいう風潮があったと推察されるが、これはその風潮を戒める言葉だと思われる。


『陰に火あり 火擦・火打は 月の火ぞ 陽に水ありて 燃ゆる火の 中の暗きは 火の水よ 女・男 違えど 上 一つ』

  • 『陰に火あり (めにほあり)』
    「陰」は分れて「水と埴」になったとされるが、実は「陰」は「陽」の要素も本来的に持つ。ただその比率は小さく、性質も陰の影響を免れない。
  • 『火擦・火打は月の火ぞ (ひすりひうちはつきのほぞ)』
    火擦・火打の火花は陰の火なのである (だから熱くないのである)。
    「火擦」は不詳。マッチ箱の擦り板のようなものを言うか。
  • 『陽に水あり (をにみづあり)』
    同様に「空・火・風」に分れたとされる「陽」にも「陰」の要素が本来的に存在する。ただその比率は小さく、性質も陽の影響を免れない。
  • 『燃ゆる火の中の暗きは火の水よ (もゆるほのなかのくらきはほのみづよ)』
    燃えている火の中心部の青暗い部分は、陽の水なのである。
  • 『女・男 違えど 上 一つ (めをとたがえどかみひとつ)』
    人間も男と女に分れているように見えるが、陰陽の比率が違うだけで、実は陰陽両性を備えている。人間 =「陽 (空・火・風)」+「陰 (水・埴)」という基本 (上流/上部構造) は、男も女も同一なのである。


参考サイト:http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(73)『瀬織津姫』

2013-02-19 15:48
ホツマツタエのおもしろ記事(73)  瀬織津姫




セオリツ姫は極めて重要な姫でありながら、「記・紀」は天照大御神を女神にしてしまった都合上、居場所をどうしても見つけられず無視を決め込んでいる。しかし「大祓詞 (おおはらえのことば)」には登場するし、瀬織津姫を祭る神社も決して少なくない。

『延喜式祝詞 大祓詞』 
佐久那太理 (さくなだり) に落ちたぎつ速川 (はやかは) の瀬に坐 (ま) す瀬織津比売 (せおりつひめ) と云ふ神、大海原に持ち出でなむ。




「セオリツ姫」は、オオヤマズミ「サクラウチ (桜大刀自)」の娘で、斎名は「ホノコ」と言う。
オオヤマズミは個人名ではなく「大山統み」(大山を統べる者) という意の氏名 (うじな) である。「大山」とは現在の神奈川県伊勢原市の大山 (1252m) であり、この山の麓地の治めを預かる代々の国守を「おおやまずみ」と呼ぶのである。大山の麓の地とは、伊豆半島と三浦半島の間に挟まれる地域を言い、これは「相模 (さかむ)」の国を指し、ホツマの国に含まれる。

ホツマに最初に登場するオオヤマズミが「サクラウチ (サクラウシ)」である。
アマテルはこの人の娘「セオリツ姫」と「ワカ姫 (ワカサクラ姫)」を局とし、セオリツ姫は内宮 (正室) にまで上り詰めている。

『サクラウチが姫 サクナタリ セオリツホノコ 南の典侍に ワカ姫ハナコ 南の内侍』ホツマ6文

『その中一人 素直なる セオリツ姫の みやびには 君も階段 踏み降りて あめさかるひに 向かつ姫 遂に入れます 内宮に』ホツマ6文

  • 『サクラウチ』「さくら」は「さくる (決る・刳る)」の名詞形。「さくる」は「さかる (盛る)」「しゃくる (決る・刳る)」「すくう (掬う・救う)」などの変態。「うち・うし」は「氏・大人」で、「束ねる者・治める者」の意。「ぬし (主)・おち (老翁)・おさ (長)」の変態。
  • 『サクナタリ (佐久那太理)』「勢いよく下るさま」の意。「セ (瀬・背)」にかかる枕詞。また『サクナダリ・セオリツ・ホノコ』とあるように、セオリツ姫の修辞でもある。
  • 『セオリツホノコ』セオリツ姫 (瀬織津姫) を言う。意味は「背下りつ」で、高御座に坐す (男・夫) のアマテルが、自ら階段を踏み下りて、内宮に迎い入れたことを表現したもの。「つ」は格助詞で「~の」と同じ。ホノコは斎名。アマテルの南局の典侍となり後に内宮に昇格する。皇太子オシホミミを生む。
  • 『南の典侍 (さのすけ)』アマテルの東西南北の4局の内、南局の典侍。各局には「典侍」「内侍 (うちめ)」「乙侍 (おしもめ)」の3人がいるが、典侍はその内の最高位の侍女 (侍女=后)。詳しくはこちらを参照。
  • 『ワカ姫ハナコ』セオリツ姫の妹で、正確には「ワカサクラ姫ハナコ」。アマテル南局の内侍となる。斎機殿で機を織っている時、ソサノヲに屋根から馬を投げ込まれて死亡。しかしその後蘇ったとホツマは伝える。詳しくはこちらこちらを参照。
  • 『みやび』は難解・多義な言葉であるが、ここでは「心持ち・情け」などの意。
  • 『あめさかるひ』「あめさかるひ」は、一つは「陽陰下がる霊」で「太陽 (日) ・太陰 (月) から下る霊」の意。これは「太陽霊と太陰霊が降誕した神」のアマテルを指している。もう一つは「天地栄る日」で「天界も下界も栄す日」の意。これは「天地照らす神 (あまてらすかみ)」の同義の言い換えである。
  • 『向かつ姫 (むかつひめ)』「向かつ」は「向かう」と同じ。「あまさかるひ (陽陰下がる霊/天地栄る日) に向かう姫」とは、「アマテル神と向かい合う姫」つまり「アマテル神の内宮 (皇后)」と言う意味である。


「あまさかるひに向かつ姫」は、セオリツ姫のもう一つの別名であり、「日に向かつ姫」「ムカツ姫」「日の前」などと略す。
和歌山市の日前国懸神宮の祭神「日前大神 (ひのまえおおかみ)」、西宮市の廣田神社の祭神「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命 (つきさかきいつのみたまあまさかるむかいつひめのみこと)」とはこの姫である。



さらに、「さくなたり・せおりつ姫 (背下りつ姫)」の同義の言い換えと思われる、「さくらたに・たぎつせの姫 (滾つ/激つ背の姫)」というもう一つの別名がある。

『サクラタニ 滾つ背の女は セオリツ姫 弟 ワカサクラ』ミ逸文

「さくなたり」は「さく (咲く・栄く)」+「なだる (傾る・雪崩る)」の名詞形で「勢い良く落ち下るさま」の意。
「さくらたに」は「さくる (栄る)」+「たぬ (垂ぬ)」の名詞形。「さくる」は「さかる (盛る)」の変態。「たぬ」は「たる (垂る)」の変態。よって「さくらたに」は、やはり「勢い良く落ち下るさま」の意となる。
「たぎつせ」は「おちたぎつ (落ち滾つ)」+「背 (男)」の短縮で、これも「せおり (背下り)」と同義である。
「せ (背)」は「をせ」の、「をせ」は「うをせ」の短縮。「うをせ」は「つほ (空)・ (火)・か (風)」の短縮であり、「空・火・風」に分かれた「陽」を言っている。 (詳しくはこちらを参照)



セオリツ姫はオシホミミを生む。この子はアマテルにとって最後の子であった。

『母は日の前 向つ姫 斎名 ホノコの 産宮は フチオカ耳の オシホヰに 生れます御子の 乳にむせぶ ムツキ 湿して オシヒトの ヲシホミミとぞ 聞し召し』ホツマ11文

  • 『フチオカ耳』藤岡山の端・裾・麓。「縁丘 (イサワの縁の丘) の麓」の意。「フチオカアナ」とも言う。
  • 『オシホヰ』オシホヰは、井戸名や固有地名ではなく、「押し迫った所・どん詰まり」「果て・際・限・岸」というような意の普通名詞のようだ。『おしまい』に近いと思う。「小塩 (おしほ)」も同義。
  • 『ムツキ (襁褓)』おむつ。おしめ。


ある時イナゴが紀州を襲う。その知らせが皇居イサワ宮に伝えられた時、君のアマテルは真名井に出かけて不在であった。そこで内宮ムカツ姫は、30人の青侍を引き連れて紀州に急行する。現場に到着すると、一足先にワカ姫が田の東に立って、ヒオウギの花を貼り付けたヒノキの扇であおぎながら、意味不明の歌を歌っていた。

ワカ姫の不思議な行動に何かを感じたムカツ姫は、30人の青侍をワカ姫の左右に立ち並べて、ワカ姫と共にその歌を合唱するよう命じたのである。

 たねはたね  うむすきさかめ 
 まめすめらの そろはもはめそ 
 むしもみなしむ


360回、繰返し大合唱した。するとどうだろう。イナゴはさらりと去って、枯れた稲が若返ったのである。
(このイナゴ祓いは、現在も御田植で使う「田扇」や、熊野那智大社の「扇祭」の神事として残っている。)

これにより、キシヰ (紀州) の豊穣の守護として、ムカツ姫の「天日の前宮」とワカ姫の「タマツ宮 (玉津島神社)」を建てたのである。ワカ姫はタマツ宮を住まいとした。ムカツ姫はアマテル君の正室としての務めがあるため、天日の前宮は紀国の国懸とした。国懸とは今に言う県庁舎で、知事の宿舎も兼ねている。

『喜び返す キシヰ国 天日の前宮 タマツ宮 造れば安む 天日宮を 国懸となす』ホツマ1文

これが日前国懸神宮の由緒である。



アマテルはオシホミミを皇太子とした。末子のオシホミミが皇太子となったことは、皇室内に暗雲を呼ぶ原因をつくる。なぜならばすでに北局の典侍モチコが生んだ「ホヒの尊」が皇太子に内定していたからである。ホヒ尊は「タナヒト」という斎名を持っていた。「~ヒト」という斎名は皇位継承予定者のみに付される名である。オシホミミの誕生後、ホヒの斎名は「タナキネ」と替わっている。皇太子変更の理由については、ホツマは黙している。

『先にモチコが 生む御子は ホヒの尊の タナヒトぞ』ホツマ6文
『昔 君  マナヰにありて ミスマルの 珠を濯ぎて タナキネを モチに生ませて』ホツマ7文



モチコはオシホミミを生んだセオリツ姫を恨んだ。そしてこの怨念がソサノヲを巻き込んで「六ハタレ」「ヤマタのオロチ」などの反体制的な事件を引き起こす源となるのである。 (詳しくは『局の怨念』を参照)

『内セオリツが 御后に なるをモチコが 殺さんと 妬めばハヤは 君を退い 弟君 媚えど 露れて 共に流離ふ』ホツマ28文

  • 『内セオリツ (うちせおりつ)』内侍 (うちめ) のセオリツ姫。セオリツ姫はアマテルの南局の典侍 (すけ) であったと記されているが、初めは内侍からスタートしていることを推測させる記述である。
  • 『御后 (みきさき)』「真后 (まきさき)」とも言い、内宮 (正室) を表す。
  • 『ハヤ』モチコの妹で北局の内侍のハヤコ
  • 『退ふ (しふ)』は「垂ふ・下ふ」で、「低める・蔑む・おとしめる」などの意。「しいたげる」の「しい」に同じ。
  • 『弟君 (おとぎみ)』ソサノヲを指す。



セオリツ姫と「マフツの鏡 (真経津の鏡)」の関係を忘れることはできない。これについては『真経津の鏡』を読んでいただきたいが、セオリツ姫は、将来的に悪霊に憑かれてハタレとなった者が、マフツの鏡を見ることができるようにと、この鏡を外へ持ち出し、その場所を「フタミの岩」と名付けたのである。

『総て七十万 九千 皆 人 成る法の 御鏡を セオリツ姫の 持ち出でて 後のハタレの 人と成る マフツの鏡 見るために フタミの岩と 名付けます 代々荒潮の 八百会に 浸せど錆ぬ 神鏡 今 存えり』ホツマ8文

  • 『フタミ』の「ふた」は動詞「ふつ (悉つ)」の名詞形で、「至り・完全」の意。これは「ひつ (秀つ)」の名詞形である「ひと (人)」の変態。だから「ふた見」は「人見」なのである。また「ひた (直)」と、「まふつ」の「ふつ」にもかけている。
  • 『フタミの岩』伊勢の二見浦にある夫婦岩。これが「ますかがみ」が「ふた」にかかる理由である。意味は「人を見る岩」「直を見る岩」「マフツの鏡を見る岩」。


このマフツ鏡は三種のヤタ鏡のプロトタイプであったが、現在は伊勢の二見浦の夫婦岩に存在しない。
いずれかの時代に、何らかの理由により、セオリツ姫 (日前大神) を祭る「日前国懸神宮」に移され、そこで御神体の「日像鏡 (ひがたのかがみ)」「日矛鏡 (ひぼこのかがみ)」になったものと推測する。



またマフツの鏡については、こんなことも伝えられている。
夫婦問題が発生して離婚するにまで至った、オキツヒコとその妻をマフツの鏡に映してみると、人が映らず「ニステ竈」と「ツクマ鍋」が映し出されたと言う話である。

『オキツヒコ 腹悪し言に 妻 荒れて "操 立たぬ"と 契り 離る 父 ウホトシが 妹背宮に 嘆けば 御内 諸 召して マフツの鏡 映さるる 背は汚るる ニステ竈 女は隠さるる ツクマ鍋』ホツマ13文

  • 『オキツヒコ (奥津彦)』オオトシクラムスビの子。竈神 (かまどかみ) として日吉大社摂社の竃殿 (へついどの) 社などに祭られる。
  • 『腹悪し言 (はらあしごと)』腹黒い言葉。意地の悪い言葉。「腹 (はら)」は「内・中・奥・心」などの意。
  • 『操 (みさほ)』は「みさふ」の名詞形。「みさふ」は「みす (見す)」+「さふ (支ふ・添ふ)」の合成語。どちらも「(逸脱を) 合わす・収める・直す」などの意で、「みさほ」は「曲がりのないさま・真直ぐなさま・一筋なさま」を言う。理由は不明だが女性に対してのみ用いられる語のようだ。
  • 『契り離る (ちぎりさる)』ここでは「夫婦の契りを破棄する」「離婚する」の意。
  • 『ウホトシ』は、ソサノヲイナダ姫の第六子の「オオトシクラムスビ」。
  • 『妹背宮 (いせみや)』イサワ宮の別名。
  • 『御内 (みうち)』は、ここでは内宮 (正室) の尊称で、「御内宮」の意。セオリツ姫を指す。
  • 『マフツの鏡』マス鏡」の別名で、特にその「裏鏡 (日鏡)」の機能を言う。「人の目には見えない内面の真実を映す鏡」「心を写す鏡」。
  • 『ニステ竈 (にすてがま)』不詳。「煮こぼれて汚れた竈」で「他人に見せたくない物・裏の事情」の意か。
  • 『ツクマ鍋 (つくまなべ)』不詳。「使い古した鍋・使い回した鍋」で、やはり「他人に見せたくない物・裏の事情」の意か。「ニステ竈」も「ツクマ鍋」も、飾り繕った表向きの、その裏にある真実を象徴した物である。


滋賀県米原の筑摩神社 (ちくまじんじゃ) は、オキツヒコ夫婦 (御食津大神) とオオトシクラムスビ (大年神) を祭っているが、この神社の祭事「筑摩祭 (つくままつり)」がおもしろい。昔は神輿に従う婦人が、関係を結んだ男の数だけの鍋をかぶったというのだ。
この祭事から逆に察すると、オキツヒコ夫妻の夫婦問題は、妻の浮気が原因だったということである。



アマテルはトヨケと同じ真名井に辞洞を掘るが、世を辞むに際しセオリツ姫にこう遺言している。
(アマテルは1,732,500年間、世に在ったとホツマは伝えているが、セオリツ姫もそれに匹敵あるいは上回る長命だった可能性がある。)

『また后 ヒロタに行きて ワカ姫と 共に妹心 守るべし 我はトヨケと 背を守る 妹背の道なり』ホツマ28文

[后よ。ヒロタに行ってワカ姫と一緒に女の本質を守ってくれよ。我は豊受神と男を守る。男女が揃ってこそ陽陰の道が成立するのであるよ。]

(注:ワカ姫はヒルコの別名で、この時点ではすでに世を去っている。)


この言葉の意味は深長難解だが、これが「セオリツ姫 (撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)」が廣田神社に祭られる由来なのである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma01.html
     :http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma08.html
     :http://gejirin.com/hotuma11.html
     :http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/hotuma28.html




ホツマツタエのおもしろ記事(72)『思兼命』

2013-02-18 23:17
ホツマツタエのおもしろ記事(72)  思兼命



「オモイカネ」は7代タカミムスビのタカキネ (高木神) の子で、斎名は「アチヒコ」。「フトタマ (天太玉命)」「ヨロマロ」「タクハタチチ姫 (栲機千々姫)」「ミホツ姫 (三穂津姫)」等の兄弟である。

『天のうたえは 代の殿 正すは子の オモヰカネ』ミ逸文

  • 『天のうたえ (あめのうたえ)』「天」は、ここでは「中央」の意。「うたえ (打たえ)」は「おさえ (押え)」「をさめ (治め)」の変態。よって「天のうたえ」は「中央の治め/政」の意。
  • 『代の殿 (かふのとの)』天君の代理を務める臣。タカキネが病弱なオシホミミに代って中央の政を執るため就任した役職。



オモイカネはアマテルが二神から「天地つ日月」を受け継いだ時、アマテルの左の臣に任命されている。

『御子ワカヒトに 天地照らす 日月を譲り ます時に 左の臣は オモイカネ 右 サクラウチ』ホツマ19-1文

  • 『天地照らす日月 (あまてらすひつき)』天地つ日月 (あまつひつき)。 「キ・ミ(君)」を、天空を廻って天が下を和し恵む「日と月」と同一視したもので、天君たる位・皇位を表す。これは言い方を代えれば「天地照らす君 (あまてらすきみ)」となる。「天地つ日月」は、ホツマにおいては極めて重要な概念だが、後に「天つ日嗣 (あまつひつぎ)」と誤解されてしまう。
  • 『左・右の臣 (ひだり・みぎのとみ)』「君の両側 (左右) に侍る臣」という意味で、今風に言えば「左大臣 (さだいじん)・右大臣 (うだいじん)」。ホツマはこれを「羽の臣 (はねのおみ)」とか「両羽臣 (もろはとみ)」と呼んでいる。


アマテルはハラミ山 (富士山) 麓のヤスクニ宮からイサワ宮に都を移すが、この都の建設に当たったのがオモイカネであった。

『君は都を 移さんと オモヒカネして 造らしむ 成りてイサワに 宮移し』ホツマ6文



アマテルの御使として「タマツ宮」に出向くと、その宮の主のワカ姫 (ヒルコ) に見初められる。

『タマツの御使 アチヒコを 見れば焦るる ワカ姫の ワカの歌 詠み 歌見 染め 思ひかねてぞ 進むるを』ホツマ1文

  • 『タマツ』タマツ宮。現在は和歌山市の玉津島神社となっている。「たまつ」は「たもつ (保つ)」の変態で、「(ワカ姫の心を) 留める宮」という意。ワカ姫はこの宮を住まいとしていた。詳しくはこちらを参照。
  • 御使 (をしか)神や君の使。勅使。
  • 『ワカ姫』の名は、「枯れた稲を若返らせた姫」の意であるが、「若 (わか)」は「沸く (わく)」の名詞形で「元気が良いさま・沸き立つさま」が原義である。オモイカネに恋焦がれて心が沸き立つ「沸姫」、これが「ワカ姫」のもう一つの意味である。
  • 『ワカの歌』も同様に、一つには「枯れた稲を若返らせた歌」の意であるが、ここではオモイカネに恋焦がれて沸き立つ心を表した「沸の歌」の意である。
  • 『歌見 (うたみ)』歌を書き付ける短冊。「歌札 (うたふだ)」とも言う。
  • 『思ひかぬ』は「思うことができない」という意であるが、「おもふ (思う)」は「おふ (負う)」の変態「おむ」の派生語であり、原義は「(心に) 合わす・収める」である。「かぬ (兼ぬ)」は「かる (離る)」の変態で「離れる・避ける・逃げる」の意。これは不可能を表す。したがって「思ひかねる」は「心に収めておくことができない (だから告白する)」の意である。そしてこれが「オモイカネ」という名の由来で、「(ワカ姫に) 思いかねられて告白された男」という意である。
  • 『進むる (すすむる)』は「進む (すすむ)」の連体形で、現代語では「進める」となる。「すすむ」の原義は「高める・上げる」で、ここでは「捧げる・献上する・差し上げる」の意。


オモイカネが歌見を手に取り読んでみると、

『キシイこそ 妻を身際に 琴の音の 床に吾君を 待つそ恋しき』ホツマ1文

  • 『キシイ』は「紀州 (きしゅう)」。「紀 (き) 」は「輝・貴」で「栄え」の意。ここでは「南」を表すと思われる。「州 (しい) 」は「しま (島)」の変態で「区分・区画」の意。「しゅう」は「しい」が訛ったもの。


事実上のプロポーズとも言える歌に、アチヒコの気は動転する。「あまのうきはし (仲人)」を架けること無く、天つ君の姉君と「とつぐ」などということがあっていいものか? 返歌しようにも言葉が浮かばない。

『思えらく 橋 架けなくて 結ぶ 和 これ 返さんと 返らねば 言の葉 無くて "待ち給え 後 返さん" と 持ち帰り』ホツマ1文

  • 『思えらく』 「おもえらく」は「おもふ(思ふ)」の連体形「おもえる」のク語法
  • 『橋 (はし)』合わすもの。つなぐもの。渡し。ここでは (男と女を) 合わす仲人。
  • 『和 (やわ)』は「あわ (陽陰)」の変態。「陽と陰の結合」が原義。


イサワ宮に戻って皆に相談してみると、この歌は返言不能の「回り歌」だとカナサキが言う。彼自身も船上で激しい波風に見舞われた時、船を打ち返さすまいと、回り歌を詠んで風を静めた経験があるという。

『長き夜の 絶の眠りの 皆 目覚め 波乗り船の 音の良きかな』ホツマ1文

  • 『絶 (とお)』は「たえ (絶え)」の変態。ここでは「絶え絶えの・途切れ途切れの」の意。


ワカ姫のこの歌も回り歌だから、その意志をくつがえすことはできないのだという。
回り歌は、今は「かいぶん・かいもん (回文・廻文)」と言われていて、「上から読んでも下から読んでも同音の歌」のことである。しかしどうして回り歌には返言できないのだろう。

「回る」というのは「繰り返す・循環する」また「行き来する」と言う意である。だから回り歌は「行って来いの歌」「自己完結の堂堂めぐりの歌」だと言える。自己完結しているから外からの影響を受け付けない。つまり「否応無しの歌」ということだろうと思う。



オモイカネとカナサキの会話を聞いていたアマテルも、

『カナサキが船 乗り受けて 夫婦なるなり』ホツマ1文

  • 『船 (ふね)』は「渡し」の意で、「橋」と同じ。
  • 『夫婦 (めをと)』は「女男 (めをと)」である。


こうしてオモイカネとヒルコは夫婦となり、ヒルコは「シタテルヒメ (下照姫)」とも呼ばれるようになる。
ヤスカワに移り、皇太子オシホミミ御子守として中央の政を執る。(オシホミミはこの時点ではまだ正式に即位していない。) それと同時に根国サホコチタル国の治めを兼任したという。

『ヤマトヤス宮 退き移し 天ヤスカワの ヒルコ姫 御子オシヒトを 養します 根とサホコ国 兼ね治む』ホツマ6文

  • 『ヤマトヤス宮』「ヤマト」は、ここでは「大山麓 (おおやまと)」の略で「富士山麓」の意。「大山 (おおやま)」は富士山の別称の一。「ヤス宮」は「ヤスクニ宮」の略。ヤスクニ宮は、アマテルがヒタカミから富士山麓に戻って新築したハラミの宮 (サカオリ宮)で、イサワ宮に遷るまでここが都であった。
  • 『天ヤスカワ』「天 (あめ)」は「中央・中核」の意で、天君の座す都であることを意味する。「ヤスカワ」は「葦原」の言替えで、広義にはナカ国・アワ国・ヤス国・ヤス・ウラヤス・ヲウミ と同じ。狭義には「近江の国」と同じ。


『天地日月 御子のオシヒト 譲り受け 元のタカヒに 知ろし召す 西はヤスカワ オモイカネ』ホツマ28文

  • 『天地日月 (あめひつき)』前出の「天地照らす日月」と同じ。
  • 『タカヒ』「ヒタカミ」の略称。「タカミ」とも言う。 ヒタカミの「タカの首」を指す。
  • 『西 (にし)』これはヒタカミの原義「日の昇る地=東」に対しての西。
  • 『ヤスカワ』は「葦原」の言替えで、広義にはナカ国・アワ国・ヤス国・ヤス・ウラヤス・ヲウミ と同じ。狭義には「近江の国」と同じ。


オモイカネ夫妻は「タチカラヲ (手力雄神)」「イキシニホ (伊岐志邇保命)」「ウワハル (天表春命)」「シタハル (天下春命)」を生む。

『シタテル姫と アチヒコと 妹背を結びて 諸共に ここに治めて 生む御子は 斎名 シツヒコ タチカラヲかな』ホツマ6文
『イキシニホ オモヒカネの子 ・・・ ウワハルは ヤツココロの子 ・・・ シタハルは ウワハルの弟』ホツマ20文

  • 『妹背を結ぶ (いせをむすぶ)』陰陽 (女男) を結合する。夫婦 (めおと・女男) となる。
  • 『ここ』は、ヤスカワを指す。
  • 『ヤツココロ』は「やつ (遣つ)」+「こころ (心)」で、「心を (外に) 遣ること」の意。これは「(内に留めて置くことができなくて)  心を告白されたこと」言い、「オモイカネ (思ひかね)」の同義の言い換えである。他の文献では「八意」と記されている。




『日夜見の宮の 門出宣 昔 日夜見の オモイカネ 暦 作りて ここにあり』ホツマ24文

  • 『日夜見 (ひよみ)』とは「陽陰 (日月) を得て暦を作る役職」で、後に言う「陰陽師」であり、天文・気象に関することを司る。イサワ宮の中にこれを行う「日夜見の宮」(後に言う「陰陽寮」) があったらしい。


東京都杉並区高円寺に「気象神社 (きしょうじんじゃ)」があり、ここは日本で唯一の天気に関する神社である。この社の祭神がオモイカネであるという事実は非常に興味深く、また驚きでもある。この神社が建てられた昭和19年頃に、オモイカネが「ヒヨミ (日夜見・陰陽師)」だったことを知ってる人がいたということである。



ソサノヲの狂乱のさまを恐れて、アマテルが結室に入って閉ざし、世に明暗の区別が無くなってしまった時、 ヤスカワのオモイカネは、この闇に驚き、イサワ宮に侍るタチカラヲの所へ松明に馳せ、タカマにて対策会議を開く。 (詳しくはこちらを参照。)

『ヤスカワの 闇に驚く オモイカネ 松明に馳せ 子に訪いて "タカマに議り 祈らんや"』ホツマ7文

  • 松明 (たひまつ)』は「とう (灯・燈)」+「まつ (燃す)」あるいは「ともし (灯し)」と同じと考えて良い。
  • 『タカマ』は、ここでは「中央政府の会議」の意で、今風に言えば「国会」である。具体的にはイサワ宮南殿の「橘宮 (かぐみや)」で開かれる会議である。


様々な提案がなされ色々やってみるが、アマテル神が結室から出てくる気配はない。そこでオモイカネは考えたあげく、トコヨの踊り「長咲」を踊ることした。 これがアマテルの関心を誘い、ようやく外に出てもらうことに成功する。

『深く謀りて オモイカネ トコヨの踊り '長咲' や 俳優 歌ふ』ホツマ7文
『橘の木 枯れても匂ゆ 萎れても好や 吾が妻 合わ  吾が妻 合わや 萎れても好や 吾が妻 合わ』ホツマ7文
『諸守は 結戸の前に 姦踊 これぞトコヨの "長咲" や』ホツマ7文

  • 『俳優 (わざおき)』は「技の大きなる者・技の優れたる者」の意。
  • 『吾が妻 合わ』の「合わ」は、「あふ (合う)」の名詞形で「同じ」という意。
  • 『結戸 (いはと)』は「結わえる戸」。「戸 (と)」は「とつ (解つ/閉づ)」の名詞形の簡略で「開閉するもの」の意。「口 (くち)」と同じ。
  • 『姦踊 (かしまどり)』は「姦しい踊り・騒がしい踊り」の意。「とり (踊・鳥)」の原義は「バタバタすること/もの」。


オオナムチは息子のクシヒコをコトシロヌシ (事代主)として、オオモノヌシ (大物主) の職務を代行させ、自身は知行国の出雲の開発に専心する。これによって出雲は富み、強大な国となっていった。
オシホミミの御子守オモイカネは、オオナムチが出雲へ傾倒する様はただならぬものであると感じ、監察使を出雲に派遣する。
オモイカネの「オオナムチは、天 (中央政権) に匹敵・対抗しようとしているのではないか」という予感は的中した。「このまま放置したなら、アマテル神によってようやく一つに治まった世が再び分裂してしまう。何とかその野心を捨てさせねばならない。」と思いながらも、ここにオモイカネの寿命は尽きるのであった。 (詳しくはこちらを参照。)

『先に御子守 オモイカネ シナの辞洞 アチの神』ホツマ10文

  • 『御子守 (みこもり)』病弱の皇太子オシホミミを補佐するために、オモイカネとヒルコが就いた役職。
  • 『シナ』は信濃を言う。シナは「聳・繁」の意で、「高地」を表す。
  • 『辞洞 (いなほら)』は、世を辞むために入る洞。墓穴。
  • 『アチの神』オモイカネ (斎名:アチヒコ) の贈り名。アチの神の辞洞の地は「伊那 (いな)」「阿智 (あち)」という地名 (長野県伊那郡阿智村) になったようだ。


オモイカネの後を受けて、父である7代タカミムスビのタカキネが「代の殿」に就任し、オシホミミに代わって中央の政を執ることになる。したがってオモイカネは父より先に世を去ったわけである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma01.html
     :http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/hotuma19-1.html
     :http://gejirin.com/hotuma20.html
     :http://gejirin.com/hotuma24.html
     :http://gejirin.com/hotuma28.html
     :http://gejirin.com/mikasa-itubun.html



ホツマツタエのおもしろ記事(71)『大山祗神』

2013-02-18 14:52
ホツマツタエのおもしろ記事(71)  大山祗神



「オオヤマヅミ」は「大山祇神・大山積神・大山津見神」などと書かれる。ホツマにおいては「おおやますみ」または「おおやまつみ」と記され、「やますみ・やまつみ」と略される。

「おおやま」は「大山」という山の名。
「すみ・つみ」は「すぶ (統ぶ・総ぶ)」という動詞の変態「すむ」「つむ (集む)」の名詞形。「すみ・つみ」意味は「合わす者・まとめる者・治める者」である。

だからオオヤマズミは個人名ではなく「大山統み」(大山を統べる者) という意の氏名 (うじな) である。「大山」とは現在の神奈川県伊勢原市の大山 (1252m) であり、この山の麓地の治めを預かる代々の国守を「おおやまずみ」と呼ぶのである。

大山の麓の地とは、伊豆半島と三浦半島の間に挟まれる地域を言い、これは「相模 (さかむ)」の国を指し、ホツマの国に含まれる。
ホツマには3人のオオヤマズミが登場する。



最初に登場するオオヤマズミは「サクラウチ (サクラウシ)」である。
アマテルはこの人の娘「セオリツ姫」と「ワカ姫 (ワカサクラ姫)」を局とし、セオリツ姫は内宮 (正室) にまで上り詰めている。

『サクラウチが姫 サクナタリ セオリツホノコ 南の典侍に ワカ姫ハナコ 南の内侍』ホツマ6文

  • 『サクラウチ』「さくら」は「さくる (決る・刳る)」の名詞形。「さくる」は「さかる (盛る)」「しゃくる (決る・刳る)」「すくう (掬う・救う)」などの変態。「うち・うし」は「氏・大人」で、「束ねる者・治める者」の意。「ぬし (主)・おち (老翁)・おさ (長)」の変態。
  • 『サクナタリ (佐久那太理)』「勢いよく下るさま」の意。「セ (瀬・背)」にかかる枕詞。また『サクナダリ・セオリツ・ホノコ』とあるように、セオリツ姫の修辞でもある。
  • 『セオリツホノコ』セオリツ姫 (瀬織津姫) を言う。意味は「背下りつ」で、高御座に坐す (男・夫) のアマテルが、自ら階段を踏み下りて、内宮に迎い入れたことを表現したもの。「つ」は格助詞で「~の」と同じ。ホノコは斎名。アマテルの南局の典侍となり後に内宮に昇格する。皇太子オシホミミを生む。
  • 『南の典侍 (さのすけ)』アマテルの東西南北の4局の内、南局の典侍。各局には「典侍」「内侍 (うちめ)」「乙侍 (おしもめ)」の3人がいるが、典侍はその内の最高位の侍女 (侍女=后)。詳しくはこちらを参照。
  • 『ワカ姫ハナコ』セオリツ姫の妹で、正確には「ワカサクラ姫ハナコ」。アマテル南局の内侍となる。斎機殿で機を織っている時、ソサノヲに屋根から馬を投げ込まれて死亡。しかしその後蘇ったとホツマは伝える。詳しくはこちらこちらを参照。


サクラウチは二神 (イザナギ・イザナミ) が「ハラミの宮」を都としていた時、「うをやをきな(大老翁)」 として二神の側近くに仕えていた。「桜大刀自 (さくらのおおとじ)」という名で神社の祭神となっている。

『覚めて潤ひ 快く 宮に帰れば ヤマスミが 誘酒 進む』ホツマ4文
『大老翁の ヤマスミが 寿ぎ歌ふ "むべなるや 幸の喜も 御世嗣も 弥々の幸 開けり" と』ホツマ4文


  • 『宮 (みや)』ここでは「ハラミの宮」を指す。「ハラミの宮」は富士山麓にある宮という一般的な名称である。ここは超古代から幾度も都が置かれた地であり、個別には「トシタ宮」「サカオリ宮」「ヤスクニ宮」「ハラアサマ宮」「ムメ大宮」の宮名がホツマに記されている。
  • 『誘酒 (ささみき)』男女が床入り前に、気分を高めるために飲む酒。
  • 『大老翁 (うをやをきな)』「うをや (大老)」は「熟老」、「をきな (翁)」は「大きなる者」の意だが、必ずしも「老人」を指すものではなく「重鎮・重臣」の意である。「をきな」は「をち (翁・大人)」「をき (翁・大き)」とも呼ばれ、「サクラウチ」の「ウチ」の意一つは、この「をち」に由来するものと考える。「桜大刀自 (さくらのおおとじ)」という名も「桜の大人翁」の意と思われる。
  • 『むべなるや』「むべ (宜)」は「うべ (宜・諾) 」「うえ (上)」「うま (旨・美)」「あめ (天)」などの変態で、「優れるさま・好いさま」の意。「むべなるや」は「あめなるや」「うるわしや」などと同義。
  • 『幸の喜 (ゆきのよろし)』は不詳ではあるが、「繁栄・幸福」のように「栄え」という意の同義語を連ねた熟語と考えており、またこの言葉がサクラウチの「さくら (盛る/栄るの名詞形)」の由来と考える。


サクラウチはアマテルの胞衣 (後産・へその緒) を信濃の山の峰に納めている。これによりこの山は「胞衣が岳」 (恵那岳) と呼ばれるようになる。

『オオヤマスミが 巡り回て ヨメ路 行く 北の 峰に納む 胞衣が岳 成る シナの国』ホツマ28文

  • 『ヨメ路』「よめ」は「やみ (病み)」「よわ (弱)」「酔 (よい)」などの変態で、木曽路の別称。「くもぢ (雲路・隈路)」とも言う。かつて木曽路は鹿の邪息によって病気になる人がいたと言う。


サクラウチはアマテルが二神から「天地つ日月」を受け継いだ時、アマテルの右の臣に任命されている。

『御子ワカヒトに 天地照らす 日月を譲り ます時に 左の臣は オモイカネ 右 サクラウチ』ホツマ19-1文

  • 天地照らす日月 (あまてらすひつき)天地つ日月 (あまつひつき)。 「キ・ミ(君)」を、天空を廻って天が下を和し恵む「日と月」と同一視したもので、天君たる位・皇位を表す。これは言い方を代えれば「天地照らす君 (あまてらすきみ)」となる。「天地つ日月」は、ホツマにおいては極めて重要な概念だが、後に「天つ日嗣 (あまつひつぎ)」と誤解されてしまう。
  • 『左・右の臣 (ひだり・みぎのとみ)「君の両側 (左右) に侍る臣」という意味で、今風に言えば「左大臣 (さだいじん)・右大臣 (うだいじん)」。ホツマはこれを「羽の臣 (はねのおみ)」とか「両羽臣 (もろはとみ)」と呼んでいる。


またイサワ大内宮の桜はこの人が捧げたものだという。したがってこれも「サクラウチ (桜打ち)」の名の由来の一つである。

『南の殿に 橘 植えて 橘の宮  東に桜 植え 大内宮』ホツマ6文
『妬まれの 我が恥 濯げ この桜 昔 曽祖父 サクラウシ この木 捧ぐ 大御神 大内に植えて 妹背の道 和る離るるを 計ります』ホツマ24文



サクラウチは「タニのサクラウチ」という言い方で呼ばれている箇所があるのだが、この「たに」の意味する所はなんであろうか?

『左はタニの サクラウチ 弥の桜の 鳴らし歌』ホツマ14文


娘のホノコがアマテルの内宮となり「さくなたり・せおりつ姫 (背下りつ姫)」の名を得るが、この同義の言い換えと思われる言い方に「さくらたに・たぎつせの姫 (滾つ/激つ背の姫)」というのがある。

『サクラタニ 滾つ背の女は セオリツ姫 弟 ワカサクラ』ミ逸文


「さくなたり」は「さく (咲く・栄く)」+「なだる (傾る・雪崩る)」の名詞形で「勢い良く落ち下るさま」の意。
「さくらたに」は「さくる (栄る)」+「たぬ (垂ぬ)」の名詞形。「さくる」は「さかる (盛る)」の変態。「たぬ」は「たる (垂る)」の変態。よって「さくらたに」は、やはり「勢い良く落ち下るさま」の意となる。

この娘の名の「さくらたに」から父の名が生まれたように思うのである。つまり「さくらたにの (父の) さくらうち」。 いまのところ、それ以外に「たに」を説明できるものを見いだすことができない。



次にオオヤマズミとなったのが、サクラウチの子の「カグツミ」である。
カグツミは「橘統み」で「橘山 (かぐやま) を治める者」の意と思われる。「橘山 (かぐやま)」は富士山の別名の一つ。
これはヤマテルがイサワ宮に、オシホミミがタガ若宮に移った後、カグツミがハラミの宮 (サカオリ宮) の治めを預かったことを推測させる名である。

『左はタニの サクラウチ 弥の桜の 鳴らし歌 右はヲヲヤマ カグツミの 研き優く橘の 祝歌』ホツマ14文



カグツミには「カグヤマツミ」「カンタマ」「マウラ」の3人の子があった。

『中国の守 拒まんを 防ぐ供守 カグヤマは ヤマズミの二子 ・・・ カンタマは ヤマズミの三子 ・・・ マウラとは ヤマズミの五子』ホツマ20文

  • 『カグヤマ』カグヤマツミの略。カグツミの第2子。「カグヤマツミ (橘山統み)」の名は「橘山を治める者」の意であり、これは父のカグツミに継いでハラミの宮 (サカオリ宮) の治めを預かったことを推測させる。後にテルヒコモノヌシとして大和に下る。アマテルの三子の娘の一人「タキコ (湍津姫・多岐都比売命)」を娶り、「カゴヤマ (天香語山)」 と「アメミチ姫 (天道日女命)」を生む。
  • 『カンタマ』天神玉命。カグツミの第3子。やはりテルヒコの伴として大和国へ下っている。この時、もう一人同名の「カンタマ (天神魂命)」もテルヒコの伴として大和国へ下っているが、別人である。
  • 『マウラ』カグツミの第5子。他文書では天津真浦とも天津麻占とも書かれ、別人として扱われている。やはりテルヒコの伴として大和国へ下っているが、五供 (ゐつとも) の上司 (みやつこ) の一人で、イワクス船での風見役。


そして「マウラ」がカグツミを継いでオオヤマズミとなる。
テルヒコの伴として大和国に侍った後、(その理由は記されてないが) ホツマ国に戻り、ハラミの宮 (サカオリ宮) の預かり役となっている。

『"二十年に 渫え なせ" とて サカオリの 宮に入ります 預りの オオヤマスミが 御饗なす』ホツマ24文



アシツ姫 (木花之開耶姫)・イハナガ姫 (磐長姫) の父のオオヤマズミはこの人である。

『オオヤマスミは 伊豆崎の 仮屋に迎え 御饗なす 膳なす時 アシツ姫 "妹 孕めり" と申す故』ホツマ24文
『姉 イワナガを 召せば その容 鋭く 見目 悪しく 故に肝消し ミヤビ 変え やはりアシツと』ホツマ24文

  • 『伊豆崎の仮屋 (ゐつさきのかりや)』不詳ではあるが、「伊豆崎」は伊豆半島全体を言ってように思われ、その仮屋というのが後に「三嶋大社」となったのではないかと推測している。この社の由緒は複雑で、社名の起源はコモリ11男の「ミシマ (別名:ミゾクイ) 」。祭神は、古くは「オオヤマスミのマウラ」、後に「ミシマ」や 「ツミハ」への信仰が融合して「三嶋大明神」となったと推測している。


マウラは、テルヒコの掘ったアスカ川を見倣って相模の小野に川を掘り、その地を灌漑して新田を拓く、ここに橘の木を植えて初代の「橘君 (たちばなのきみ・かぐきみ)」となる。以後代々これを名告ったと言う。 以降「橘」は 相模国の別名ともなる。

『アスカ川 オオヤマスミは これ 写し サカムの小野に 新田 成し 橘の木 植えて マウラ守 代々 "橘の君" となる』ホツマ24文

  • 『アスカ川』テルヒコはイカルガの宮からアスカの宮に遷り、その周地にアスカ川を掘る。
  • 『サカム』今に言う「相模」。「さかむ」は「さかい (境)」の変態。「間にある国」の意で「伊豆半島と三浦半島の間の地」を指すものと思われる。「相模・相州」の「相」の漢字はそれを示すのではないか。おそらく「かながわ(神奈川)」も「交な側」で同義。
  • 『小野 (おの)』「おの」は、江ノ島の「ゑの」の変態と思われる。「ゑ」は「合・会・相」でやはり「間」の意。したがって「ゑのしま (合の州・間の州・相の州)」=「おの (合野・間野・相野)」であり、これは「さかむ (相模)」の同義の言い換えと推測する。


現在でも相模には橘との関連を示すものが多く残っている。
  • 川崎の歴史は古い、中でも宮前区有馬から中原区一帯は、いにしえから橘樹(たちばな) と呼ばれる地域で、この橘樹という地名も大変古く、日本書紀の安閑天皇元年(西暦534年)条に、国造の地位をめぐる争いの中で橘花が記述されている程です。橘・立花・橘花・橘樹と長い時間の中でその形を変えながらも、昭和12年の市との合併に至るまで、1500年に及ぶ長いあいだ、その地名は使われてきました。
  • 後の10世紀頃まで、武蔵国・相模国の古代産業として、橘があった事が各資料よりわかっています。また、天平13年に創建されたといわれる武蔵国分寺(国指定史跡) からは、「橘」と陰刻印などの入った瓦が多数出土しています。その他にも、万葉集では浦島太郎が行った竜宮城は常世と記されていて、神奈川区には今も浦島寺があり、浦島太郎のゆかりの品々や伝説等が残されております。
  • 川崎市高津区子母口の立花神社(現・橘樹神社) は弟橘媛・倭建命(日本武尊) の二神が祀られており、富士見台古墳が出来たとの説がある景行天皇三十年の後に拝殿として作られたといわれている。
  • 日本書紀内・安閑天皇元年に武蔵国橘花が国造の地位をめぐる争いで登場する。
  • この記述より文献上において武蔵国橘花の名は、実に1500年にも及ぶ長い間使われてきた事が分かる。
  • 安閑天皇十年、梁の人持参せる仏像を、橘氏を以って武蔵国橘花橘陵に御堂を建立安置せしむ。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma14.html
     :http://gejirin.com/mikasa-itubun.html
     :http://gejirin.com/hotuma19-1.html
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     :http://gejirin.com/hotuma24.html
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ホツマツタエのおもしろ記事(70)『空這子』

2013-02-17 01:51
ホツマツタエのおもしろ記事(70)  空這子


ホツマツタエのおもしろ記事(69)『天児』から続く


生きている人間の放つ「妬み・恨み」など、ねじ曲った想念が「生霊 (いきりょう)」に転じたものを、ホツマは「イソラ」とか「ハハ」とか呼んでいる。「妬み・恨み」を放出する人間はたいがい無意識にこれを行なっているし、生霊も意識的に障害を起こそうとしているのではなく、むしろ自然法則的なものである。
これらを祓い、また人の身代りとなって受けてくれるのが、「あまがつ (天形・天児)」であった。

それに対し、死後も下界から離れず世に徘徊し、生きてる人間にちょっかいを出す「死霊 (しりょう)」がというのがいて、これらは意識的に人に障害を起こす。ホツマはこうした死霊の類を「粗もの・鬼もの・鬼神」と呼んでいる。
そしてこれらを縛ってくれるのが「空這子 (そらはふこ)」であるとホツマは言う。


『粗・鬼ものを 破るなら 空這子にて 招き入れ 〆 引き渡し 水濯ぎなせ 鬼神 縛る 器物』ホツマ12文

  • 『粗・鬼もの (あれ・おにもの)』「あれ (粗)」は「ある (粗る)」の名詞形。「おに (鬼)」は「おる (下る・愚る)」の変態「おぬ」の名詞形。「ある・おる」は共に「低まる・劣る」などの意。「もの」は「存在・現れ」の意だが、ここでは「はっきり知覚できない存在・見えない存在」を言い、特に「神霊・精霊」を指す。よって「粗もの」「鬼もの」は、どちらも「劣った霊・低級な神霊」という意。
  • 『空這子 (そらはふこ)』四つ這いの幼児の姿に作った人形を、てるてる坊主のように宙に吊るしたものと推測する。
  • 『〆 (しめ)』は「しむ (締む・絞む・閉む)」の名詞形で「閉じ・縛り」の意。
  • 『水濯ぎ (みそぎ)』は「(穢を) 祓うこと」、またそのために「水で濯ぐこと」を言う。空這子を水洗するのか、人が水濯ぎするのかは不明。
  • 『鬼神 (おにかみ)』「鬼もの」と同じ。「かみ (神)」もやはり「はっきり知覚できない存在・見えない存在」を言い、「神霊・精霊」を指す。


『空這子とは 干土生え 藁もて作る 神形は 布もて作り 神 招く アキツ姫の歌』ホツマ12文

  • 『干土生え (ひつしばえ)』水を抜いて干上がった田に生えること/もの。「つち(地・土)」を上代東国方言で「つし」ともいう。
  • 『神形 (かんがつ』あまがつ (天形)」と同じ。


『天形に 神 賜れば 諸ハタレ 障り 為すとも 君が身に 一度 代り 忽ちに 立ち働きて 君が汚穢 厭 免かるる 天形の神』ホツマ12文

  • 『賜る (たまわる)』は「たまわ(「賜ふ」の未然形)」+「る (尊敬の助動詞)」。『賜ふ (たまふ)』は「たる (垂る)」の変態「たむ(垂む)」から派生した語で、「下る・下す」の意。ここでは「神がお下りになる」の意。
  • 『忽ち (たちまち)』「たち」は「たつ (直つ)」の名詞形。「まち」は「まつ (交つ)」の名詞形。「たつ・まつ」、どちらもここでは「合う・隔たりが無い・(曲・逸脱が) 無い・直ぐである」などの意。
  • 『立ち働く』「立ち」は他の動詞に冠して「直ちに・勢いよく・急いで」などの意を添える。
  • 『汚穢 (をゑ)』は「おる (下る・折る・愚る)」の変態「おふ」の名詞形で、「曲り・衰え」などの意。
  • 『厭 (みな)』は、「ひな (鄙)」の変態で「下るもの・卑なるもの・劣るもの」 などの意。「汚穢」の類語。「厭」と当てるのはどうかと思うが、他に適当な漢字が無い。


『この歌を 実腹に込めて 作るべし 時にシホカミ また問はく "いづれも右の 如くかや"』ホツマ12文

  • 『実腹 (みはら)』「実 (み)」「腹 (はら)」どちらも「中・内・核」などの意。「おなか (央中)」の同義語。
  • 『シホカミ』は「塩醸み」で「塩を醸成する者」の意と思われ、「シオカマ (鹽竈)」の変態。
  • 『いづれ』は「いつ(何)」+「れ」。「れ」は「ある(在る)」の名詞形「あれ(在れ)」の短縮で「存在」の意。「いかなる物/事/場/時」を表す語。
  • 『右 (みぎ)』文字は右から左に縦書きで綴ったことから「先・前・過去」を表し「前出の物事」を言う。「か (過・故・右・彼)」に同じ。
  • 『如く (ごとく)』は「こと (如)」+「し(形容詞語尾)」の連用形。「こと」は「かつ(交つ)」の変態「こつ(交つ)」の名詞形。「こつ」は、ここでは「合う・似る・匹敵する」などの意。ここでは「如くあるかや」の短縮。
  • 『いづれも右の如くかや』「天形を作ってその歌を歌えば、いかなる場合もその効果があるのか?」の意。


カスガ (アマノコヤネの守名) は、このシホカマ (鹽竈) の問いに対して「塩」の喩えを用いて答えている。これはシホカマの理解のしやすさを考えての方便と思われ、ここにシホカマと「製塩」の関わりを見ることができる。

『さにあらず 徒に作れば 枯木なり 霊魂あればぞ 例ふれば 潮の味あり 計らねば 味 無し 焼けど 塩 成らず この天形も 心味 入れて成すなり』ホツマ12文

  • 『徒 (ただ)』は「直・唯」で、「直なさま・通り一遍なさま・他に何もないさま」の意。
  • 『霊魂 (みたま)』は「み (霊・神)」+「たま (魂)」で、どちらも「目に見えないエネルギー・非物質」を言う。「み」は「ひ (霊)」にも転じる。これらは「軽く昇って天となった陽」の属性を持つもので、「重り凝って地となった陰」の属性を持つものが物質である。 (参照:天地創造)
  • 『潮 (しほ)』は「うしほ (潮)」「みしほ (潮)」の短縮で、「行き来するもの・満ち引きするもの・干満・波」などが原義。
  • 『味 (あぢ)』は「うち (内)」の変態で、「中/奥にあるもの・内容・心・本質」などの意。
  • 『塩 (シホ)』潮を焼いて結晶させたもの。
  • 『心 (こころ)』は「かくれ (隠れ)」の変態で、やはり「中/奥に隠れるもの・内容・中核・本質」などの意。


『その時に シホカマ 始め 諸 褒めて ハヤアキツ姫の 功を 代々に遺して 颯々の 声と楽しむ 嫁入りの その先乗りの 天形ぞ これ』ホツマ12文

  • 『颯颯の声 (さつさつのこゑ)』こちらを参照。これは「あまがつ (天形)」を初めて作ったハヤアキツ姫の功を代々に伝える歌ともなった。
  • 『嫁 (よめ)』は「寄女」で「(心・身を) 寄せる女」という意ではないかと思う。「よめ」の対を「よをと (寄男)」と呼んでいる。
  • 『先乗り (さきのり)』ここでは、嫁入り行列の先頭を行く輿。「先駆け (さきがけ)」「先駆け (さきがけ)」とも言う。


参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
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ホツマツタエのおもしろ記事(69)『天児』

2013-02-16 11:01
ホツマツタエのおもしろ記事(69)  天児



「天児・天倪」は、もちろん当て字だが、これを「あまがつ」と読む。

【天児・天倪】あまがつ  -大辞林より
古代、祓(はらえ)に際して幼児のかたわらに置き、形代 (かたしろ) として凶事を移し負わせた人形。後世は練絹 (ねりぎぬ) で縫い綿を入れて、幼児のはうような形に作り、幼児の枕頭においてお守りとした這子 (ほうこ) をいうようになった。孺形 (じゆぎよう)。


語義を考えると、「あま (天)」+「かつ (交つ)」。
「あま (天)」は、ここでは「この世ならざるもの」の意で「かみ (神)」と同義。
「かつ (交つ)」は「合う・在る・現る」の意。ここでは名詞化して「現れ・具現・体現」などの意。
この名詞化した「かつ」の変態が「かた (形)」である。

したがって「あまがつ」は「天形」であり、「神の具現」という意である。
だから別名「かんがつ (神形)」とも言う。
ちなみに「かみかぜ (神風)」の「かぜ」も「かた (形)」の変態で、「神の現れ」というのが本来の意である。

「あまがつ」は元々アマテルが、ハタレ退治に大きな役割を果たした3歳の小児に、「神の現れ」であるとして賜った名であるが、その小児をモデルとしてハヤアキツ姫が作ったぬいぐるみを、また「あまがつ (天形)」と呼ぶようになったのである。

だから「人形」(人を表した物) や「雛形」(ミニチュアを表した物) に対して、「天形・神形」は「天・神を表した物」だと言って良い。



この「天形 (あまがつ)」は、アマテルの西局の典侍で、かつ大典侍のハヤアキツ姫 (速秋津姫) が作ったのが初めだと言い、ホツマは1章を割いてこれを説明している。

『颯颯の 声と妹背の 繁々 祝ふ その本在は アマガツを ハヤアキツ姫の 作り初め』ホツマ12文

  • 『颯颯の声 (さつさつのこゑ)』後述されるアマテルのつくった「サツサツヅ歌」を言う。「さつさつ」とは「勢いの良いさま」を形容する擬態語で、「サッサと~する」「さっそう (颯爽)」「ささ (繁々・騒々・早々・壮々)」などと同じ。また1年で最も気候の爽快な時期「五月のサの頃 (さつきさのころ)」(今に言う端午) を「サツサ」と略す。
  • 『妹背の繁々祝ふ (いもせのささいわふ)』は、今に言う「端午の節句」。「ささ」は「サ月サの頃」「笹」「酒」「繁々・壮々・颯颯」の意が重なっている。いずれも意味は「颯颯 (さつさつ)」と同じで、「勢いの良いさま・勢い付けるもの」なのである。陰暦5月5日頃 (五月サの頃) に茅巻き (サツサ餅飯) を食べて男女の壮健と和合を祝ったのだろう。「めをのほぎ (女男の祝)」とも呼ばれる。
  • 『本在 (もとおり)』源に存在するもの。起り。始まり。根源。基。


それはアマテルの世嗣御子オシホミミが、ヒタカミの「タカの首」に遷都し、正式に「天地つ日月」を受け継ぐため、内宮 (皇后) となるタクハタチチ姫が大内 (皇居・内裏) に入る時であった。

『天地照る御子の ヲシホミミ 天地つ日月は タカの首 タクハタ姫の 御内入り』ホツマ12文

  • 『天地照る御子 (あまてるみこ)』「アマテルの御子」という意と「天地を照らす御子」の両意をかけている。
  • 天地つ日月 (あまつひつき)「キ・ミ(君)」を、天空を廻って天が下を和し恵む「日と月」と同一視したもので、天君たる位・皇位を表す。これは言い方を代えれば「天地照らす君 (あまてらすきみ)」となる。「天地つ日月」は、ホツマにおいては極めて重要な概念だが、後に「天つ日嗣 (あまつひつぎ)」と誤解されてしまう。
  • 『タカの首 (たかのこう)』オシホミミは、近江のタガ若宮からヒタカミの政庁都市ケタツボに遷都するが、この都を「タカの首」と名付ける。詳しくはこちらを参照。
  • 『御内 (みうち)』は「大内 (おおうち)」の言い換え。大内 (御内) は大中心・核心の意で、天の九座中御座に相当する。地上においては、アマテルの御座であるイサワ宮東殿の「大内宮」を起源とする。


『その先輿の アマガツを シホカマの守 まだ知らで カスガの守に 謂を問ふ』ホツマ12文

  • 『先輿 (さきこし)』ここでは、嫁入り行列の先頭を行く輿。「先駆け (さきがけ)」「先乗り (さきのり)」とも言う。
  • シホカマ (鹽竈)ホツマにおいても記事が少なく謎めいた人物である。オシホミミがヒタカミのタカの首にいた時代、その重臣の一人だったことは確かである。また製塩と関わり持つのも確かなようである。「シホツチ (鹽土老翁・塩土翁)」と混同されているが、別人と推定する。息栖神社の由緒に「葦原中国を平定した武甕槌神と経津主命を案内させるために、大己貴神が差し出した神である。」とあるから、シホカマは津軽のオホナムチの配下なのかもしれない。
  • 『カスガ』アマノコヤネの守名。コヤネはアマテルの御使として三種宝を授与するために、桜の実の時期にタカの首に出向き、秋にイサワに帰っている。この間のヒタカミ滞在中の出来事である。
  • 『謂 (ゆえ)』は「故」でもあり、「いゐ (謂)」「い (謂・意)」「あや (文・綾)」「ゆえん (所以)」などの変態であり、また「いわれ (謂れ)」である。


『これ 昔 天のマスヒト 背く故 六ハタレ 四方に 湧き満ちて 民 苦しむる その時に アマテル神の 法を得て 諸守の討つ ハタレ中 上つハルナが "謀らん" と 神息 算めば』ホツマ12文

  • 『天 (あめ) のマスヒト』天(中央) から任命され、地方の国を治める代官。副マスヒトが二人付く。ホツマの中では、六ハタレ蜂起の原因であるシラヒト、コクミ、アメオシヒのことを言う場合が多い。詳しくはこちらを参照。
  • 『六ハタレ (むはたれ)』アマテルの時代に各地で蜂起した反体制勢力の6集団。このバックにはサホコチタルのマスヒト等 (アメオシヒ+シラヒト・コクミ+モチコ・ハヤコ) がいる。またソサノヲも巻き込まれている。
  • 『アマテル神の法 (あまてるかみののり)』アマテルが速川の瀬に禊ぎして得た、まじないの武器の種を言う。「まじない」とは「申し述べ」の意であり、言葉を象徴する物実で敵の弱点を突くという武器である。
  • 『ハタレ』人の妬みや恨みなどの程度の低い想念が、生き霊となったもの、これを「イソラ」とか「ハハ」とか言うが、「イソラ」や「ハハ」が物質化 (生き物に取り憑く) すると「オロチ」や「ハタレ」と呼ばれるものとなる。 語義は「はたる」という動詞の名詞形で、「はたる」は「はづる (外る・恥ずる)」「はてる (果てる)」などの変態。意味は「反り・曲り・はずれ」また「落ちこぼれ・できそこない・成れの果て」などの意。
  • 『上つ (かんつ) ハルナ』六ハタレ中、親分格の「ハルナハハミチ」の首領を指す。
  • 『神息算む (かんいきよむ)』アマテルの呼吸を数える。


『大御神 これ 知ろし召し 三つの小児 出車の内 たもと下 置きて 起つ息 交じる故 ハタレ 疑ひ 数えせず 術も乱れば』ホツマ12文

  • 『大御神 (ををんかみ)』「大御」は、最上級の尊敬を表わす。「ををんかみ」「をんかみ」は、アマテル限定の尊敬の代名詞。
  • 『三つの小児 (みつのちご)』3歳の幼児。
  • 『出車 (てぐるま)』は、辞書には「手車・輦」で「手で引く車」とあるが、本来は『出車』で「外出用の乗物」という意味だと思う。「山車 (だし)」や「出し車 (いだしぐるま)」と同じだろう。クルマは「回転する物」の意ではなく、「交る物・駆る物・乗り物」の意。したがって「輿」と違いはない。
  • 『疑う (うたがう)』は「(心が) 交錯する・混乱する・対立する・迷う」が原義。
  • 『数えせず』「かぞ (数)」+「え (得)」+「せ (為)」+「ず (打消)」。「かぞ (数)」は名詞。「数えることができない・カウントできない」の意。


『大御神 天地 知ろす 貴日霊に 聡くハタレが 息 計り 御歌 作れば 染め札を サツサ餅飯に 付け投ぐる サツサツツ歌』ホツマ12文

  • 『天地知ろす (あめつちしろす)』「天地」は「陽陰」と同じ。「陽も陰も支配する」の意で、アマテルが太陽霊と太陰霊の顕現で、陽陰両性を合わせ持つ「妹背神 (いもをせかみ)」であることを言っている。
  • 『貴日霊 (くしひる)』日の分身であるアマテルの放つ尊い日霊 (陽エネルギー)。 また転じて、不思議・秘訣・奥義・奇跡。
  • 『ハタレが息 計る (はたれがいきはかる)』ハタレの呼吸を数える。「が」は格助詞で「の」と同じ。
  • 『染め札 (そめふだ)』歌を書き付ける短冊。「うたみ (歌見)」とも言う。
  • 『サツサ餅飯 (さつさもちゐ)』五月サの頃 (端午) に繁栄を願って食べる笹で包んだ餅飯で、「ちまき (茅巻・粽)」とも言う。「さつさ」は、ここでは「さつのころ (五月サの頃)」、同時に「ささ (笹)」の意。「ささ (笹)」は「ささ (繁々・騒々・壮々)」の物実。
  • 『サツサツツ歌』初音の「サ」、折り返し (ちょうど真ん中) に「ツ」音、終わりの音が「サ」のツヅ歌。ただし後世の「つつうた (連歌・一九歌)」の形式とは異なり、「短か歌」の形式となっている。最初の「サスラテモ」を逆さまにして「モテラスサ」で結んでいる。五・七・五・七・五・七・五・七・七=五十五音で、これもサツサに関係するのかも。後に「サツサツツ歌」を「サツサツ (颯颯) の声」と言い換え、この歌を颯颯と (勢い良く) 歌うことで、「勢いを高めるまじまい」とした。


『さすらても ハタレも放来 満つ 足らず カカン 為すかも 手立 尽き 故 ノンテンも あに効かず 日月と我は 天地も照らすさ』ホツマ12文

  • 『さすらても』「さすらふ」+「ても」で、今風に言えば「さすらっても」となる「さすらふ」は「さする (擦る)」から派生した同義語。「擦る」は「行き来させる」の意で、ここでは「出し入れする・呼吸する」の意。
  • 『放来 (はなけ)』「放つこと」と「来させること」。放出と吸入。呼吸。
  • 『満つ足らず』満つるに足らず。 =満ち足りず
  • 『カカン』『ノン』『テン』こちらを参照。
  • 『かも』は願望を表す。
  • 『あに』(打消の語を伴って) 何も。なんら。少しも。
  • 『天地も照らすさ (あわもてらすさ)』は「天界も下界も照らすさ」の意。「あわ (天地)」は「あめ (天地)」と同じで、原義は「陽/陰」「上/下」。「陽は軽く昇りて天となり、陰は重り凝り地となる」。また「中央/末端」の意ある。


『颯颯と 諸が歌えば 聞くハタレ 術も乱れて 縛らるる 故 この歌を 颯々の 声と楽しむ』ホツマ12文

  • 『颯颯と (さつさつと)』「勢い良く・滞り無くすらすらと」などの意。
  • 『故 (かれ)』「しかれば (然れば)」の短縮。「しかれば」は「しくあれば (如くあれば)」の音便。


『右の小児を 天に上くれば 神の前 枝 揃わねば 退らんとす アメノミヲヤは これを褒め "汝 這ふ子の 功は 諸に過ぎたり 君 守れ" 神 '天形' と 名を賜ふ』ホツマ12文

  • 『右の (かの)』「か(過・故・先・右)」+「の(格助詞)」。「先の・右の」の意。「か」は、負の方向(過去)に「離れる」の意で、「さき(先)」と同義。また、文字は右から左に縦書きで綴ったことから「みき(右)」とも同義。
  • 『天に上くる (あめにおくる)』「天」はここでは「天君・天君の所」の意。「おくる」は、ここでは「上げる」の意で「贈る」とするべきだが、現代では意味が変わってしまうので「上くる」とした。
  • 『神の前 (かみのまえ)』アマテルの御前。
  • 『枝 (えだ)』「分れ出るもの・本体から派生するもの」の意で、ここでは手と足。
  • 『揃う (そろふ)』は「そなふ (備ふ)」の変態で、ここでは「備わる・調う・釣合う」などの意。
  • 『退る (さる)』しりぞく。後ずさりする。
  • アメノミヲヤ (陽陰の上祖)ここではアマテルを指す。ホツマの中で、アマテルを「アメノミヲヤ」と呼んでいる唯一の箇所。「アメノミヲヤ」は大宇宙の根源の意識であり万物の創造主である。
  • 『功 (いさおし)』傑出した行いをすること。「いさお」は「いさむ (勇む)」の変態「いさふ (勇ふ)」の名詞形。「いさふ」は「いす (出す・至す・逸す)」から派生した同義語。「し」は「する(為る)」の名詞形。
  • 『過ぐ (すぐ)』「越える・勝る」の意。「すぐ」から「すぐる (優る)」「すぐれる (優れる)」が派生する。
  • 『君 (きみ)』ここではオシホミミを指す。
  • 『賜ふ (たまふ)』は「たる (垂る)」の変態「たむ(垂む)」から派生した語で、「降ろす・下す・授ける」の意。


『この本在に アキツ姫 布もて作る 天形は 神歌 籠めて チチ姫に 賜えば これを 先駆けの 障りを除く 天形ぞ』ホツマ12文

  • 『本在 (もとおり)』源に存在するもの。起り。始まり。根源。基。
  • 『籠む (こむ)』の原義は「交む」で、「合わす・入れる・収める」の意。「込む・混む」も同じ。
  • 『先駆け (さきがけ)』先を行くこと/もの。「駆く」は「行く・進む」また「急ぐ」の意が付加される場合もある。
  • 『障り (さわり)』は「触り」と同じで、「添うこと」が原義。これから「狭まり・塞がり・つかえ・詰まり」などの意となる。
  • 『除く (のぞく)』は「のす(退す)」から派生した語。


『もしも妬みの 噛む時も 天形 侍り 免かるる もしも恨みの 悩ますも 天形 侍り 斥くる 罷る恨みは 天形が 身に攻め 受けて 代るなり』ホツマ12文
  • 『もしも』「もし」は「もす (模す)」の名詞形で「似るさま・匹敵するさま・同じさま」の意。助詞の「も・や」を伴って「まさしく・ひょっとして・実際に・現実に」などの意となる。
  • 『妬み (ねたみ)』は「ねたむ (妬む)」の名詞形。「ねたむ」は「ねづ (捩づ・捻づ)」から派生した語。「ねつ」は「はつ(外づ)」の変態で「離れる・逸れる・外れる・曲がる」などの意。
  • 『噛む (かむ)』は「交む」で「合わす・交える」が原義。
  • 『侍る (はべる)』は「はめる」の変態で、「(心・身を) 合わす・(傍に) 付く・仕える」などの意。
  • 『免かるる (まぬかるる) 』「まぬかる」は、「まぬ」+「かる (離る)」の合成語。「まぬ」は「まる (放る)」の変態。「まぬ・かる」どちらも「離れる・逸れる・外れる」などの意。「まぬかるる」は「まぬかる」の下二段の連体形。
  • 『恨み (うらみ)』は「うらむ」の名詞形。「うらむ」は「うむ (倦む)」の変態「うる」から派生した語。「うる」は「ある (粗る)」の変態。「ある・うる・うむ・うらむ」はいずれも「低める・弱らす・果てさす」などの意。よって「うらみ」は「低める念・弱らす念・悪意・呪い」などの意。
  • 『悩ます (なやます)』は「なやむ」+「す (使役の助動詞)」。「なやむ」は「なゆ (萎ゆ)」+「やむ (病む)」の合成語。よって「なやます」は「低める・弱らす・衰えさす」などの意。
  • 『斥くる (しりぞくる)』は、下二他動詞「しりぞく (退く)」の連体形。
  • 『罷る (まかる)』は「まく (蒔く・播く・撒く)」+「かる (離る)」の合成語。「まく・かる」共に「離れる・別れる・去る」などの意。ちなみに「曲がる」も原義は同じく「離れる・反る・それる」の意。
  • 『身 (み)』は、(1) 個。個々の一つ。分割されるものの一つ。(2) 自分。自分個人。己。 こうした意を表すが、ここでは (2) の意。
  • 『攻め (せめ)』は「せむ (狭む)」の名詞形で、「隔たりを狭めること・近づくこと・迫ること」の意。「触り・障り」と同義。
  • 『代る (かはる)』は「かふ(離ふ)」から派生した語。「離れる・隔たる・異なる」また「離れる→逸れる→曲がる→回る」などの意。
  • 『なり』は、「なる」の特殊な終止形。「たり (たる) 」「あり (在る)」の変態で、断定の意を加える。


ー つづく ー


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ホツマツタエのおもしろ記事(68)『金華山』

2013-02-15 07:07
ホツマツタエのおもしろ記事(68)  金華山



アマテル神 (陽陰垂る神) は、太陽神霊と太陰神霊が人として世に現れたものであり、したがって陽陰両性を併せ持つ神人 (妹背神) であるが、太陽霊 (日霊) の属性を優先視して「日の神 (ひのかみ)」「日の君 (ひのきみ)」「天日の神 (あまひのかみ)」「天日分宮・天日若宮 (あひわかみや)」と呼ばれることが多い。初日の出と共に誕生していることも一因であろう。
斎名の「ワカヒト」は「分日人」の意であるし、赤子のアマテルが自ら発声したという「オホヒルキ」は「大日霊貴・太陽霊貴」の意である。

『日の神を生む その御名を 大日霊貴とぞ 称えます 地 麗しく 照り徹る』ホツマ3文
『二十一鈴 百二十五枝 年キシヱ 初日 ほのぼの 出づる時 共に生れます』ホツマ4文




ワカヒトはトヨケ (豊受大神) に教育を受けるためにヒタカミへ移るが、ワカヒトの光が照り通って八方に黄金が放出したという。

『御幸の君は 八房輿 御乳つ母 侍る 方輿も 皆 ケタツボの ヤマテ宮 御子の光の 照り徹り 八方に黄金の 放さけば』ホツマ4文

  • 『八房輿 (やふさこし)』八角形に造ったアマテルの外出用の乗物。鳳輦。くわしくはこちらを参照。
  • 『御乳つ母 (おちつも)』御乳人 (おちのひと) の同じ。貴人の乳母 (ちも・うば・めのと)。
  • 『方輿 (けたこし)』不詳だが、神人のアマテルが八角形の乗物に乗るのに対して、普通の人は四角形の輿に乗せて差別化したのだろう。
  • 『ケタツボ』ヒタカミの政庁都市。「けた」は「かす (離す)」の変態の「けつ」の名詞形で「離れる・分れる・発す・起る」などの意。「つぼ (壺)」は「つも (積)」の変態で「集中・集積・中心・都市」などの意。つまり「けたつぼ」は「(日の) 発する所の都市」「東の都」の意。
  • 『ヤマテ宮』アマテルがヒタカミ滞在中に住んだ宮。「あまつ宮 (天地つ宮・陽陰つ宮)」「あめの宮 (天地の宮・陽陰の宮)」とも呼ばれていることから、「やまて」は「やわす (和す)」や「あわす (合わす)」の変態「やまつ」の名詞形で、「やまと (和)」と同義と考える。「やわす・あわす」の原義は「合う/合わす」だが、これは「やわ (陽陰)」「あわ (陽陰)」が動詞化したものである。
  • 『放さく (はなさく)』は、「はな (離ぬ・放ぬ)」+「さく (離く・放く・裂く)」の複合動詞で「放出する」の意。


この記事から知れるのは、「ワカヒトから放出される光のエネルギーが、地球の物質に何らかの作用を及ぼし、その反応としてそれらは黄金を放出する」というふうに考えられていたということである。
「黄金」は「きがね・くがね・こがね」などと読むが、「黄」の意は、「き (輝・貴)」「か (明・日・光・華・活)」である。したがって「日の光 = 黄・輝・貴」「光 (こう) = 黄 (こう)」「陽 (よう・を) = 黄 (おう)」と見て良い。だから日の神「太陽霊貴 (おほひるき)」の光を浴びたものが黄金を放出するというのは、理にかなった自然な発想と言えるのである。



黄金の放出については、もう少し詳しい記事がある。
アマテルの御使として、ヒタカミの「タカのコウ」にいるオシホミミ (天忍穂耳尊) に、三種の宝を授与したアマノコヤネ (天児屋命) は、そこで黄金の放出を目にする。その後のある時、近江で中央の政を執っていた「代の殿」タカキネ (高木神) に会う機会があった。タカキネは幼名をフリマロと言い、アマテルのヒタカミ滞在中、常に側に侍っていたのである。コヤネはタカキネに、ヒタカミの黄金について聞いてみた。

『ある日 ワカヒコ 代殿に 上り 黄金の 放を問ふ』ホツマ11文

  • 『ワカヒコ』アマノコヤネの斎名 (本名)。
  • 『代殿 (かうとの)』「代の殿」に同じ。
  • 『放 (はな)』「はぬ (離ぬ・放ぬ・撥ぬ・刎ぬ)」の名詞形。


『タカギ 答えて "日の君の 宮 守る カラス 黄金 吐く 終に木・茅も 黄金 放く 砂子 海鼠も 然々と 眺め違わず 黄金 放く 日栄 見る山" と 讃え給いき』ホツマ11文

  • 『放く (さく)』「さく (離く・裂く・割く・避く)」に同じ。「離す・放つ」の意。
  • 『砂子 (いさご)』は「いしこ (石子)」の変態。「小さく分かれたもの」の意で「まさご (真砂)」とも言う。
  • 『海鼠 (うみこ)』は「なまこ」と同じと思う。この「こ」は「蚕」で「イモ虫状で白い糸を吐くもの」を言うと推測する。
  • 『然々 (しかじか)』は「如々」「近々」で、「隔たりの無いさま・匹敵するさま。同様なさま」の意。
  • 『日栄 (ひさ)』「日」は「日霊 (ひる)」で、「日の神アマテルの放つ光・エネルギー」。「栄 (さ)」は「栄・騒・聳・精・冴・南」の意。よって「日栄 (ひさ) 」は、「日の神が放つエネルギーの栄え/映え/威勢」などの意。


そしてどうやら、上に言う「日栄見る山」が「金華山 (きんかざん)」の伝説の起源である。
宮城県の牡鹿半島の沖合にある島が金華山と呼ばれており、この島には黄金山神社 (こがねやまじんじゃ) もある。もう一つの候補地は、宮城県遠田郡涌谷町涌谷にある黄金山神社 (こがねやまじんじゃ) で、こちらが日本最初の産金地とされている。最初といっても聖武天皇の時代 (749年) のことで、ホツマの歴史のスケールで計ればほんの1時間前の話であるが。

アマテルが滞在したヒタカミの政庁都市「ケタツボ」は、後にオシホミミがここに遷都して「タカノコウ (高の首・高の京)」と名付けられている。『多賀の都』のページで述べたように、この都は、多賀城や鹽竈神社の所在地をその中心とする地区だったと考えている。したがって上記の黄金山神社はどちらも遠すぎるのである。

ホツマには「トヨケは日毎にアマテルのもとに通った」とする記述があることから、「日の君の宮 (=ヤマテ宮)」は、トヨケが居住するヒタカミの政庁殿の敷地内に建っていた考えている。また上記のホツマの記述は、「日の君の宮」=「日栄見る山」と言っているように感じる。だから「日の君の宮」は「日栄見る山」にあったと考えるのである。

そしてトヨケの住む政庁殿と「日の君の宮」は、現在の鹽竈神社の位置に在ったと考えたいのである。
というのは、まず『砂子 海鼠も 然々と 眺め違わず 黄金 放く』とあるので、比較的海岸に近い場所だったはずだからである。
次にこの地域の航空写真を見ると、他に「山」と呼べそうな高台が見当たらないからである。
最後に鹽竈神社と同一の境内ある「志波彦神社」の由緒が不明であり、しかもこちらが名神大社だということである。

何が言いたいのかというと、ヒタカミの政庁殿が「鹽竈神社」で、日の君の宮 (=ヤマテ宮) が「志波彦神社」ではないのか、ということなのである。

(志波彦神社は以前は七北田川の畔にあったということだが、元来は鹽竈神社と同じ場所にあったものが、何らかの理由により他の地に移され、その後も幾度か移転してる内に、偶然か神の意志か、結果的に元の場所に戻ったのかもしれない。それにヒタカミの政庁都市にある名神大社なら、ホツマにその由緒の痕跡が無いとは思えないのである。)

オシホミミは「タカノコウ (高の首・高の京)」に遷都した時、ヤマテ宮の跡を「ツボ若宮」としており、「シハヒコ」は「オシホミミ」を指すのかもしれない。

『ヒタカミの 御座の跡に また都 移して名づく タカのコフ』ホツマ11文

  • 『御座 (みくら)』は「神や天君の座所」を言う。ここでの御座は、アマテルがヒタカミ滞在中に住居としていた「ヤマテ宮」を指すと思われる。


そんなわけで物的証拠が無いのが残念だが、鹽竈神社と志波彦神社が鎮座する「一森山 (いちもりやま)」を「日栄見る山=黄金山=金華山」と考える。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma03.html
     :http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma11.html




ホツマツタエのおもしろ記事(67)『三種の神宝』

2013-02-14 04:02
ホツマツタエのおもしろ記事(67)  三種の神宝



三種の神宝 (みくさのかんたから) は、三種宝 (みくさたから) とも、単に三種 (みくさ) とも言う。皇位継承の証として先代の天つ君から賜るもので、基本的には次の3種を言う。
  1. 陽陰なる文 (あめなるふみ)。
  2. ヤタの鏡 (やたのかがみ)。
  3. 八重垣の剣 (やゑがきのつるぎ)。

この三種宝の制は、アマテルからオシホミミへの授受をその初めとするが、それ以前には代々「経 (と)」「矛 (ほこ)」の二種の授受が行われていた。三種宝の内、「陽陰なる文」と「八重垣の剣」は、それぞれ「経 (と)」と「矛 (ほこ)」に相当する。

「経と矛」は「法と警察力」を象徴する物実で、これらは「調和の道」を実現するための具体的な手段となる制度である。

この「調和の道」をホツマでは、「調の道 (とのち)」「円道 (まとみち)」「和道・大和道 (やまとぢ)」、また「トコヨの道」「陽陰なる道 (あめなるみち)」「妹背の道 (いせのみち)」「日月の道 (ひつきのみち)」などと、実に様々な名称で表している。

トコヨ (クニトコタチの世) が終わって以降、「経と矛」は日本における統治原理の両輪となっていた。オモタル・カシコネの後を受けて天君となった二神 (イザナギ・イザナミ) も、崩壊した「トコヨの道」(和を礎とする統治) を、「経と矛」によって復興したのである。
鳥居の二柱は、二神を表すと同時に「経・矛」を象徴するものである。また二神は「経・矛」によってオノコロを得て、崩壊した世に万物を再生していることから、「世における創造と繁栄の源」の意を持つ。「対立する物事を調和すること無くしては創造も繁栄も無い」というのが「大和の道 (やまとのみち)」なのである。

『往にし守 作り 授くる 経・矛あり 経は調ふる オシテなり 二神 受けて 親となり 民を我が子と 育つるに 篤く教えて 人となす 教えても尚 逆らはば 討ち綻ばせ』ホツマ17文
『往んし天守 経と矛を 授け給えば 二神も 地土 万の 道 生みて』フトマニ序
『天地の 平けし時に 二神の 経矛に治む』ホツマ序
『時に天より 二神に "ツボは葦原 千五百秋 汝 用いて 領せ" とて 経と矛 賜ふ』ホツマ2文
『経はヲシテ 矛は逆矛 二神は これを用ひて 葦原を オノコロを得て ここに降り』ホツマ23文




アマテルはこの「経・矛」に「ヤタの鏡」を加えて三種とする。

『二神の 経矛に治む 民 増して  アマテル神の 御鏡を 足して三種の 御宝を』ホツマ序
『二柱 政る 経矛の 道 あれど アマテル神の ヤタ鏡 創り 三種の 神宝』ミカサ序



この鏡の意味する所は何か?
「ヤタの鏡」は正確には「マフツのヤタ鏡」と言うが、「マフツの鏡 (真経津の鏡)」とは、「マス鏡の裏鏡」が持つ「裏に隠れた真実を映す機能」「真実の心を映す機能」を特に言い表した呼び名である。
「ヤタ」は、ホツマツタヱの真髄とも言うべき重要語であり、その意味する所は非常に深く広く、筆者も十分には理解できていないが、一つの意味として次のように書かれている。

『いま 径 尺の 円鏡 当てて八民の 心 入る ヤタのカカミ (八民の抱み) の 名に因る名』ホツマ17文
『鏡は民の 心 入る 入れ物なれば ヤタ鏡』ホツマ23文
『ヤタの鏡は 経に触れ 諸人の清汚を 鑑みよ』ホツマ11文



これらの記述から、「マフツのヤタ鏡」は「民の真実の心を写す入れ物」を表していることがわかる。これはつまり、統治者が被統治者の真実の心を知ろうとする精神の物実である。「経と矛 (法と罰)」によって民を治めるにしても「民の奥なる心」を考慮・勘案することを忘れてはならない、という意味だと思われる。



「陽陰なる文」は「御機の文 (みはたのふみ)」「橘の文 (かぐのふみ)」「上祖百編 (みをやもあみ)」などとも呼ばれるが、六法全書のような法典一式を言うのではなく、政事の留意点について書き下ろした訓言のようなものではないかと推測している。「ヤサカニの環珠 (八尺瓊勾玉)」は、この文の物実なのだと思われる。



「八重垣の剣」は、記・紀によれば、ソサノヲがヤマタノオロチを退治した時に、その尾先から出てきた「ハハムラクモの剣 (別名:草薙の剣)」と同一のものとされているが、全くの別物である。詳しくはまた別の機会に書くが、「八重垣の剣」は、アマテルがある優秀な金錬人に命じて右目一つで造らせた8本の剣であり、これによりこの金錬人は「アマメヒトツ (天目一箇命)」の守名を賜っている。
「八重垣 (また汚穢垣)」とは汚穢・仇を近寄らせないための、また民に罪を犯させないための幾重もの防御という意味であり、攻撃のための剣ではなく防御・抑止のための剣という点が重要である。

『畏れて百日の 物忌し 右目一つで 錬る剣 八振 上ぐれば 御言宣』ホツマ23文
『今 この剣 むべ至る 我が実心に よく適い 世の治まる 宝物 名も '八重垣の剣' とぞ』ホツマ23文
『金錬りを褒めて 賜ふ名は "アマメヒトツ" の 守となる』ホツマ23文




アマテルからニニキネに三種宝が渡されたとき以来、宮中に保管されるものの、儀礼的に「陽陰なる文」は先代天君から新天君に、「ヤタの鏡」は内宮 (皇后) から鏡臣に、「八重垣の剣」は大典侍から剣臣にと、分授されるようになった。

これは三権 (照らす日月/天と地の統合/地の治め) の分立と協調の原理を象徴し、独善を排して三権者の志を一つにさせるために、わざわざ分授するのである。(三者の一致協力なしには何事も成就できないようにするため。)

『この故に 三種を分けて 授く意は "長く一つに 和る" 由を 文に記して 御手づから 文を御孫に 授けます セオリツ姫は 御鏡を 持ちてカスガに 授けます ハヤアキツ姫は 御剣を 持ちてコモリに 授けます』ホツマ24文
『天より三つの 神宝 君・臣 分けて 賜われば 心 一つに』ホツマ28文




三種宝のプロトタイプと思われるものが、アマテル自らが御幸してハルナハハミチを破った時に登場しており、この時点ですでにアマテルは三種の制の構想を持っていたことが窺える。

『君 ヤサカニのマカル玉  セオリはマフツ八咫鏡 アキツ クサナギ八重剣』ホツマ8文



三種宝の内、「陽陰なる文」は先代の天君がその都度書写したと考えている。「ヤタの鏡」と「八重垣の剣」は基本的に同一の物を代々引き継いだと思われるが、少なくとも3セットのコピーがある。
第1はアマテルがオシホミミに授けたもので、これはオシホミミから、大和国を治めに下ったテルヒコに引き継がれている。第2は、それとは別にアマテルからニニキネに授けたものである。

『門出に 御機の留の 御文を 御孫に賜ひ 御鏡を コヤネに賜ひ 御剣を コモリに賜ひ 宣給ふは 先に三種の 宝物 御子オシヒトに 賜ひしは 兄孫 得て フトタマと カクヤマ 羽の 臣となる コヤネ・モノヌシ キヨヒトが 羽の臣なり』ホツマ24文

第3は崇神天皇が造ったコピーである。時代が下るとヤタ鏡と八重垣剣は、それぞれアマテル神とヤマト大国魂の御霊の象徴となり、それらと寝食を共にすることを畏れた崇神天皇は、ヤタ鏡と八重垣剣のコピーを作って宮中に置き、本物はそれぞれの墓所に社 (籠神社・大和神社) を建てて納めた。

『上祖の授く 三種物 クニトコタチは 神ヲシテ アマテル神は ヤタ鏡 オオクニタマは 八重垣と 常に祭りて 身と神と 際 遠からず 殿・床も 器も共に 住み来る やや稜威 畏れ 安からず』ホツマ33文
『アマテル神は カサヌヒに トヨスキ姫に 祭らしむ オオクニタマは ヌナギ姫 山辺の里に 祭らしむ イシコリトメの 孫 鏡 アメヒト守の 孫 剣 新に造らせ』ホツマ33文




以下はオシホミミがアマテルから三種宝を授かる時の模様で、これが三種宝の授受の初である。アマテルは伊勢のイサワ宮に、オシホミミはヒタカミのタカの首に居たため、アマノコヤネがアマテルの御使としてヒタカミに出向いて授与している。 (ホツマ11文)

『御使 むしろに 立ちながら 君 九重の しとね 降り 六重に聴きます 御言宣』

  • 『むしろ・しとね』どちらも敷物を言うが、「むしろ」は藺・蒲・藁・竹などで編んだもの。「しとね」は座布団。
  • 『六重に聴きます (むゑにききます)』九重は天君の座所に敷く物であるが、太上君の言葉を受ける時には三重を減じるのが慣例のようだ。


『汝 オシヒト 我が代り 常の任も 満た足しぞ 千々の春秋 民を撫で』

  • 『任 (よさし)』は「寄さす」の名詞形で、「預け・任せ・委任」などの意。
  • 『満た足し (みたたし)』は「満た足す (みたたす)」の命令形。「満た足す」は「みつ (満つ)」+「たす (足す)」の複合動詞。「満ち足る」の他動詞形。
  • 『千々の春秋 (ちぢのはるあき)』は「常磐・永久不変」「Always & Forever」の意。


『このヤサカニの 環珠 吾が貴日霊と 用ゆれば ナカコ 真直ぐに 保つなり』

  • 『貴日霊 (くしひる)』「尊い日のエネルギー」の意。転じて、秘訣。奥義。奇跡。
  • ナカコ (中子・中心)は「端っこ」の反対語で、中・内・奥・心の意。


『ヤタの鏡は 経に触れ 諸人の清汚を 鑑みよ』

  • 『経 (たて)』は「経 (と)」と同じで、「則るもの・掟・定め・法」などの意。
  • 『清汚 (さが)』は「直曲」が原義で「まっすぐ&曲り」「正邪」の意。


『また八重垣は 右に預け 争み あらば 能く平けて 恵み和せと』

  • 『八重垣 (やゑがき)』は「八重垣の剣」を言い、「警察力の行使」を意味する。
  • 『右 (つ)』「西 (つ)」が原義だが、日の沈む西は「右」に当たり、また「地」を表す。ここでは地の政を担当する「右の臣=剣臣」を指す。
  • 『争み (あらがみ)』は「争い (あらがひ)」の変態で、「あらそい」の意。
  • 『平く (むく)』は「凸凹を均して平らにする」の意で、「中和する・融和する」の意。


『己手づから 賜ふ三種を 受け給え なおも重えよ 宝物 見ること我を 見る如く 娶るチチ姫 相共に 常 睦まじく みやびなせ』

  • 『己手づから (己手仕から)』は「自分の手を仕わせて」の意。
  • 『重う (おもう)』としたが「思う」でも意味は同じ。「心する・留意する」の意。
  • 『チチ姫』タカキネ (7代タカミムスビ) の娘タクハタチチ姫 (栲機千々姫)。
  • みやびは、ここでは「和合・融合・調和・親睦」などの意。


『我 二神の 道を成す 我が子 つらつら 道 行かば 日月の栄え 天地と 真に際 無し』

  • 『二神の道を成す』二神の統治原理である「経矛の道」に「鏡の原理」を加えて「三種法」として完成したという意。
  • 『つらつら』「連々」で「連ね続けるさま・連綿」の意。
  • 日月(1) 天地 /上下を照らす日月。(2) 1の機能を地で担う皇と后。天つ君。
  • 『天地と真に際無し (あめつちとまさにきわなし) 』天に照る日月の勢いと、地の日月である皇と后の勢いに、隔てがない。(天の日月の輝きに遜色なく地の日月の君も輝くことだろう。そしてその輝きが世の民を明るく照らすことになろう。)


『フツヌシと ミカツチ 常に 侍りて 政事 守れ 檀布 八豊の幡と 桑弓 ハハ矢を添えて 賜ふのみ』

  • 『フツヌシ (経津主神)』こちらを参照
  • 『ミカヅチ (武甕槌命)』こちらを参照
  • 『政事守れ (まつりごともれ)』フツヌシとタケミカヅチが羽の臣 (左大臣・右大臣) に任ぜられたことを示す。
  • 『檀布 (まゆみぬの)』不詳。「まゆみ」は「繭実」で、「繭に包まれた真っ赤な実を結ぶ」ことに関係するのではないか。
  • 『八豊の幡 (やとよのはた)』こちらを参照
  • 『桑弓 (はくわゆみ)』は「桑で作ったカゴ弓」。「カゴ弓」は「囲い・垣・加護を結うもの」の物実としての弓。征夷大将軍のしるしとして「ハハ矢」とともに授けられる。「ゆみ」は「ゆひ (結い)」の変態。「桑 (はくわ)」は「桑 (くわ・こゑ)」と同じ。桑は、日月の回転と進展の仕組そのままに成長する木と説明され、「日の出」に喩えられている。
  • 『ハハ矢』「穢を平けるもの・払うもの」の物実としての矢。征夷大将軍のしるしとして「カゴ弓」とともに授けられる。


参考サイト:http://gejirin.com/hotuma11.html
     :http://gejirin.com/hotuma17.html
     :http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/hotuma24.html
     :http://gejirin.com/hotuma33.html




ホツマツタエのおもしろ記事(66)『多賀の都』

2013-02-13 15:11
ホツマツタエのおもしろ記事(66)  多賀の都



ホツマには2種類の「多賀」が登場する。
一つは「日高見 (ヒタカミ)」の略称としての「タカ」である。

ヒタカミは、「タカミ」「タカヒ」とも略されるが、
「ひ (日)」+「たかみ (高み)」で、「日が昇る地」「東」が原義である。
またこの原義から、「日の出の勢い」「旭日昇天」とかいう言葉があるように「優勢」「繁栄」などの意味も派生してくる。

実はヒタカミの南に位置する「ヒタチ (日立・常陸)」や「ホツマ」も、原義は同じく「東」である。アマノコヤネの子に「ヒタチ」という人がいたが、この人は「ヒタカヒコ」とも呼ばれている。また「ほつま」は「あつま (東)」の変態である。

宮城県多賀城市の「多賀」や、日本書紀に登場する「竹水門 (たかのみなと・たけのみなと)」の「竹」は「ヒタカミ」の国名の名残と言って良いと思う。



もう一つは、滋賀県犬上郡多賀町にある「多賀大社」の「タガ」である。
この「タガ」はイザナギの贈り名「タガの神」に由来する。

『言は終われど 勢いは '天に上りて 陽を還す 天日分宮に' 留まりて やみを治します タガの神』ホツマ6文

上に言う「やみ (病・闇) を治す」が「タガ」の意味である。
「た (治)」+「か (汚・曲・枯・暗)」で、「衰えを治すこと」と見ても良いし、
「たく (炊く・焚く・長く)」の名詞形と見て、「高めること・勢い付けること・栄すこと・勝らすこと」と考えても結果的に意味は同じである。 この場合「たか」は「高」であり、「ヒタカミ (日高み)」の「たか (高)」と同じ意味となる。どちらのタガも「多賀」と漢字を当てているが、まんざら的外れとは言えない。


しかしどうしてイザナミが「闇を治しますタガの神」なのだろうか?
詳しくは『黄泉』を見ていただきたいが、「タガの神 (治汚の神)」は「クマの神 (隈の神)」と対をなす神で、黄泉平坂での二神の言立ちにその起源がある。

『麗わしや かく為さざらば 千頭を 日々に縊らん』ホツマ5文

[よかった。こうしてくれなかったら、秩序なき世に戻ってしまい、日々千人の堕落した臣を殺さねばならないところでした。]

『麗わしや 我 その千五百 生みて 誤ち無き事を守る』ホツマ5文

[うんよかった。例え毎日千人の臣を失うような事態になっても困らぬよう、我は日々千五百人の臣を育てていこう。]

(注:『頭 (こうべ)』は「民の上に立つ司」の意で、臣を指す。)


この言立ちは、二神がこれまで諸国を巡って敷き直してきた「経矛の道」を、イザナギ一人になっても堅持して世を治めてゆくことの決意を表したものなのである。「経矛の道」とは、調和を実現するための手段としての「法と罰」である。

イサナミは、調の道に逆らう者を排除する「逆矛」を象徴し、そしてこれが「隈の神 (熊野神)」の意味である。
イサナギは、民を導き治める実戦部隊の臣を育てる「調の教え」を象徴し、これが「治汚の神 (多賀の神)」の意味なのである。



そして「タガの宮 (多賀大社)」は、夫婦揃っての二神にとって最後の宮だったらしい。後代ウガヤは、二神のタガの宮を再建して都としている。

『タガは二神 果つの宮 今 破るれば 造り替え ミツホの宮を 移し居て 常 拝まん』ホツマ27文



アマテルの世嗣御子であるオシホミミは、イサワの縁のオシホヰで生まれる。その後オモイカネ・ワカ姫夫妻を御子守 (後見人) として近江の「タガ若宮」で養育され、また彼自身も「タガ若宮」と通称された。

『フチオカ耳の オシホヰに 生れます御子の 乳にむせぶ ムツキ 湿して オシヒトの ヲシホミミとぞ 聞し召し タガ若宮に 養します ひたるの時に オモイカネ ワカ姫 共に 守り育つ』ホツマ11文

  • 『フチオカ耳』藤岡山の端・裾・麓。「縁丘 (イサワの縁の丘) の麓」の意。「フチオカアナ」とも言う。
  • 『オシホヰ』オシホヰは、井戸名や固有地名ではなく、「押し迫った所・どん詰まり」「果て・際・限・岸」というような意の普通名詞のようだ。『おしまい』に近いと思う。「小塩 (おしほ)」も同義。
  • 『ムツキ (襁褓)』おむつ。おしめ。
  • 『タガ若宮』「タガ」は先述の由来から地名となったもの。多賀大社の東南東、多賀中学校の北西に「多賀若宮」というバス停がある。
  • 『ひたるの時』「いたりの時」と同義で「人生を満了する時」の意。


御子守のオモイカネ・ワカ姫亡き後、オモイカネの父である7代タカミムスビのタカキネが、タガ若宮の「代の殿」に就任して近江で中央の政を執る。そのためタカキネの世嗣御子ヨロマロが、「ヒタカミ央君」となってヒタカミを治める。

『君は弱くて 水濯ぎ 稀れ 叔母 去りませば 代の殿 政 執る故 ヨロマロを ヒタカミの守』ホツマ11文
『よりて 七代の 大嘗事 タカキネ ヤスの 今宮に タガ若宮の 代の殿』ホツマ10文

  • 『水濯ぎ (みそぎ)』「みそぎ (禊)」の原義は「(穢を) 放つ/祓うこと」であるが、通常これを「身を水で濯ぐ」ことを物実として行う。
  • 『叔母 (おば)』ワカ姫を指す。
  • 『代の殿』天君に代わって政を執る臣。7代タカミムスビタカキネが病弱なオシホミミに代って中央の政を執るため就任した役職。
  • 『大嘗事 (うなめごと)』天つ君が行う嘗事 (政・祭)。大政。天つ君に代わって、臣がこれを行う場合に特に言う。
  • 『ヤス』ヤスカワの略。ヤスカワはの「葦原」の言替えで、広義にはナカ国・アワ国・ヤス国・ヤス・ウラヤス・ヲウミ と同じ。狭義には「近江の国」と同じ。
  • 『今宮』「新宮」という一般的な意味と思うが、固有名詞の可能性も拭い切れない。


それで天君のオシホミミは、タカキネの娘のタクハタチチ姫 (栲機千々姫) を后とし、ヒタカミの「ケタツボ」に遷都するのである。

『君は去年 壺を慕ひて 御幸なる タガの都を 引き移し 代のタクハタ チチ姫と 十二の局も 備われば』ホツマ11文

  • 『壺 (つぼ)』は「つも (積)」の変態で、「集中・集積・都市・中心」などの意。「つ (津)」「と (都)」とも略す。人体の神経が集まる「つぼ」と同じ。ここでは特にヒタカミの政庁都市である「ケタツボ」を言う。
  • 『タガの都』近江の「タガ若宮」を指す。
  • 『代 (かう)』「代の殿」の略。タカキネを指す。
  • 『十二の局 (そふのつぼね)』アマテルに始まる后の制。こちらを参照。


この都は「タカのコフ/コウ/カフ」と名付けられ、オシホミミは「つぼわかみや (壺若宮)」と呼ばれるようになる。
この「タカ」は基本的には「ヒタカミ (日高み)」の「タカ (高)」と思われるが、当然「タガ若宮」の「タガ」と語呂を合わせているだろうとも思う。

「コフ/コウ/カフ」は「コウベ (首・頭)」の「コウ」で、「上位・首位・中心」の意。つまり「上方 (かみがた)・首都」を表し、これは「ケウ (京)」にも訛る。
だから「タカのコウ」は「ヒタカミにある都」「ヒタカミの京」という意味である。 「ヒタカミ」の原義は「東」だから、「タカのコウ」は元祖の「東京」だとも言える。

『ヒタカミの 御座の跡に また都 移して名付く "タカの首"』ホツマ11文

  • 『御座 (みくら)』は「神や天君の座所」を言う。ここでの御座は、アマテルがヒタカミ滞在中に住居としていた「ヤマテ宮」を指すと思われる。


「タカのコウ」の場所については、宮城県多賀城市の「多賀城跡」に非常に近い場所と考えて良いのではないだろうか。多賀城跡のすぐ北東に「陸奥総社宮 (むつそうしゃみや)」があって、この社は古くは多賀社といい、式内・多賀神社に比定されている。祭神は陸奥国式内社百座とあって、この百という数はヒタカミ国の県の総数に一致する。

『勿来より 北はミチノク 国の守 百県の果穂 捧げしむ』ホツマ39文

また少し東には「鹽竈神社 (しおかまじんじゃ)」があり、オシホミミの重臣「シホカマ (鹽竈明神)」「タケミカヅチ (武甕槌命)」「フツヌシ (経津主神)」を祭っている。この神社は陸奥一宮でもあり、ずばりここが「タカのコウ」の場所だったのかもしれない。
まあいずれにしてもこの辺りが「タカのコウ」すなわち「ヒタカミの政庁都市ケタツボ」の中心部であったことは間違いないと思っている。


多賀城は、大和朝廷が蝦夷を制圧するための軍事拠点とするため、724年に築いたとされ、のちには「多賀国府」とも呼ばれたとある。
おもしろいのは「多賀国府」を「たがのこう」と読むことだ (Wikipedia "多賀城")。辞書によれば「こう」は「こくふ」の転とあるが、これは無理がある。「こくふ」は「こう」には訛らないと思う。
推測するに、その当時にはまだ「こう (頭・首・京)」という言葉が残っていて、これを意訳して「国府」と漢字を当てたのだろうと思う。またオシホミミ時代の「たがのこう」という言葉もかすかに記憶されていたのかもしれない。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma05.html
     :http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma11.html




ホツマツタエのおもしろ記事(65)『天児屋命』

2013-02-12 05:58
ホツマツタエのおもしろ記事(65)  天児屋命



アマノコヤネは「天児屋根」「天兒屋」などとも書く。
斎名は「ワカヒコ」、幼名は「カスガマロ」。
ヰチヂを父とし、アサカ姫を母とする。
ヰチヂは「魂返し」の方法論を開発した功により大和国の春日県の治めを賜り、「カスガ殿 (春日殿)」「ココトムスビ (興台産霊神/居々登魂命)」の守名を持つ。アサカ姫はフツヌシ (カトリ守) の妹である。

『"心地 明す如" と 里の名も 翁が守も 賜われば カトリが妹 アサカ姫 ココトムスビの 妻として 生むカスガマロ ワカヒコぞ これ』ホツマ8文



ワカヒコが生まれる時、母の胎内に100ヶ月宿っていたという。これはアマテルの96ヶ月を上回る。その上にはサルタヒコの16年というのがあるが、これは稀だと言う。ホツマは通常の妊娠期間を、男子は12ヶ月、女子は10ヶ月と伝えている。

『大御神 九十六月 座す このコヤネ 百月 座せり タチカラヲ 三十六月 座す サルタヒコ 十六年 居れど これは稀れ 男の子は年に 女は十月』ホツマ16文



またワカヒコの背丈は一丈二尺五寸(約2m80cm)で、これはアマテルと同じだったと言う。

『"ヒメはコヤネの 丈 知るや" "知れり 一丈 二尺五寸ぞ" "予ね聞く 上の 御丈と 生れ合ひたる 御恵み"と』ホツマ16文
『予て知る 十二尺五指は 天地照らす 神の身丈と 我が背子と いとかけまくも 同じ丈』ミカサ逸文



ワカヒコは天君オシホミミの側ではなく、アマテルのいるイサワ宮に侍っていた。オシホミミが「タカの首」で即位する際には、アマテルの御使人 (勅使) としてヒタカミに出向いている。

『御使人は 御内に侍る カスガマロ 担を据えて 松の蔭』ホツマ11文
『我が甥の ワカヒコ 先に 御使にて 酒迎して 会ひ初めて それより今に 睦じく』ホツマ16文




ある時アマテルはイサワ宮に臣民を集め、「世嗣を得るための教え」を授けるが、この時にワカヒコも世嗣に対する自分の心を歌う。

『天地 祈る この手拍ゆ 劣を清ぐ 宿る央中の 見事 成る この子は真直ぐ 父母の 嘗の世嗣の 子となりけり』ホツマ14文

  • 『天地 祈る (あまいのる)』天地に祈る。「天地」は「陽陰の神」を言い、元明の49神を指す。
  • 『手拍ゆ (てがしわゆ)』「拍手により」の意。「手拍」は「拍手 (かしわで・はくしゅ) 」と同じ。「~ゆ」は「~より」「~により」の意。
  • 『劣を清ぐ (おとをすぐ)』劣った状態を優れさせる。「劣」は「(拍手の) 音」にもかけている。
  • 『央中 (おなか)』「中央・中心」の意で、ここでは「お腹」の意。
  • 『見事 (みごと)』優れた状態。
  • 『嘗 (なゑ)』は「なふ (綯ふ)」の名詞形で、「合せ・治め・連なり」などの意だが、ここでは特に「連なり・継ぎ」の意。



この歌を聞いたアマテルより「アマノコヤネ」という名を「カスガ守」の守名と共に授かるのである。

『汝 ワカヒコ 一奮に アマノコヤネと 名にし負え 賜ふヲシテは カスガ守』ホツマ14文

  • 『一奮 (ひとふる)』は「ひたぶる (頓・一向)」の変態で、「一途」「ひたすら」などの意。
  • 『アマノコヤネ』「あま」は「天地・陽陰・男女」の意。「あまのこ」で「陽陰の子・男女が生む子・陽陰 (父母) の結合が生む分身」の意。「やね」は「やぬ (熟ぬ・養ぬ)」の名詞形で、「やぬ」は「養う・育てる」の意。したがって「アマノコヤネ」は「陽陰の子養ね」で、「陽陰 (父母) の結合が生む子を養う者」という意。
  • 『し負え (しあゑ)』「し負ふ (しあふ)」は「せまる (迫る・狭る)」「しめる (閉める・絞める)」などの変態で「隔たりを狭める・釣合う・匹敵する」などの意。ここでは命令形。
  • ヲシデ (押手)文字の原点であるタミメを平面上に押し写したもの。文字・文書・称号・証書などを表す。
  • 『カスガ守 (かすがかみ)』父の「カスガ殿」を継いで大和国の春日県を治めることを内定する守名と思われるが、カスガ殿が引退後はオシホミミの長男テルヒコが大和国に下って治めることになる。しかし御蓋山の麓の地はコヤネの所領として残されたようだ。


叔父のフツヌシを仲人としてタケミカヅチの一人娘「ヒメ (比賣神)」を妻とし、「オシクモ (天押雲命)」「ヒタチ」を生む。最初に生まれたのは女子のはずだが、ホツマには登場しない。

『知ろす如くに 一姫あり 嗣子なければ カスガ殿 アマノコヤネは 世に秀いで』ホツマ16文
『ホツマ国 カシマの宮の 世嗣に ツハヤムスビの 孫なる ココトムスビの 若子の アマノコヤネの 人と成り 陽陰の道 得て』ミカサ逸文




天君オシホミミの長男「テルヒコ」が、大和国を治めることになると、コヤネは同行して大和国に下る。 (大物主クシヒコも同行している。したがってこの時点ではテルヒコが皇位継承者に予定されていたと考える。)
しかし、1年も経ずして宮を移転するというテルヒコの意向を承服できず、身を挺しての諌めとして官職を辞して去る。 (クシヒコも同じ行動をとっている。)

『イカルカの 宮に移りて その翌時 高殿に四方を 望む折 白庭山に カラス 飛ぶ  隈野と思ひ 宮遷し 時にコヤネは "早かれ" と オホモノヌシも 止めける』ホツマ20文

  • イカルカの宮テルヒコが、大和国に下って初めに宮とした所。
  • 『翌時 (あすか)』翌時。翌日。
  • 白庭山 (しらにはやま)イカルカの峰の別名と思われる。イカルガの峰=生駒山 と推測する。また「イカル」と「ヘクリ(平群)」は同じではないかと思える。
  • 『隈野 (くまの)』ここでは「災厄の所」の意。詳しくはこちらを参照。


その後コヤネは、クシヒコと共にテルヒコの弟「ニニキネ (瓊瓊杵尊)」の左右の臣として侍るようになる。ニニキネは新地の開発に力を入れ、「ニハリ (新治)」の地に都市を築こうとしていた。

『故はアスカを 落ちた時 忠を忘れず この故に 御孫に召され 忠 なせば 遂に鏡の 臣となる』ホツマ28文
『今 キヨヒトの 羽の臣 コヤネは弥々の 祭 執れ コモリは弥々の モノヌシぞ』ホツマ23文

  • 『アスカ』ここでは「テルヒコによる大和国の治め」を言う。
  • 『御孫 (みまご)』アマテルの孫のニニキネ (瓊瓊杵尊)を指す。
  • 『鏡の臣 (かがみのとみ)』左の臣を指し、「ヤタ臣」とも言う。鏡の臣は「天のまつり」を担当する最高位の臣である。「天のまつり」というのは「神 (日・月) を都に留めること」と表現されており、天界と地上界を架橋して同調させることを言う。主な実務は祝詞を宣ることである。
  • 『キヨヒト』ニニキネの斎名 (本名)。
  • 『羽の臣 (はねのおみ)』左右の臣。鏡臣と剣臣。「君の両側に侍る臣」を、ホツマは「羽の臣 (はねのおみ)」とか「両羽臣 (もろはとみ)」と呼んでいる。 「左」は日の昇る「東」を、「右」は日の沈む「西」を表し、「左」の方を格上と見ていたようだ。「昇る」は「陽・天」、沈むは「陰・地」を象徴するからである。 (参照:天地創造)
  • コモリ (子守神)クシヒコの長男で、第3代オオモノヌシ。


以後、天つ君となったニニキネからヒコホオテミそしてウガヤフキアワセズと、三朝に渡って「鏡の臣」を勤める。 (コモリも同様に三朝に渡って「剣の臣」を勤めている。)



叔父のフツヌシは嗣子が無かったため、コヤネに家督を譲っている。舅のタケミカヅチも男子が無かったためコヤネを婿として自分の嗣としたわけである。このためコヤネは、自分の父 (カスガ) の家督、母の実家の家督 (カトリ)、妻の実家の家督 (カシマ) すべてを一手に引き継ぐことになる。これが春日大社や枚岡神社や大原野神社などに、コヤネ夫妻に加えてフツヌシとタケミカヅチが祭られる理由である。

『ホツマ国 治まる後に フツヌシの カトリの道を 悉く コヤネに授け 隠れます カシマの道の 奥も皆 コヤネに授く カスガ殿 魂返しなす 奥法も コヤネに授く この故に 四方の纏も 自ずから 一人に着けり』ホツマ16文

  • 『カスガ殿』とは、「大和国のカスガ県を治める臣」という意で、ヰチヂの別名である。
  • 『四方の纏 (よものまつり)』「四方」とは「カスガ」「カトリ」「カシマ」の三方に、コヤネ自らの「イキス (息栖宮)」を加えて四方と言うのだろう。「纏 (まつり)」は、ここでは「連なり・継続」の意。


ニニキネの土木事業に倣って、コヤネも自領の春日野にアスカ川を掘り、その土を盛ってミカサ山を造る。

『アマノコヤネも カスガ地 トフヒの丘に ヤマト川 掘りて造れる ミカサ山』ホツマ24文

  • 『トフヒの丘』は今に言う「飛火野」。本来の意味は「訪ふ日の丘」あるいは「飛日の丘」で、「アマテル神の威光を写す丘」「アマテルより治めを委任された丘」を意味するものと思われる。
  • 『ヤマト川』は本来、コヤネが掘った春日野付近の川を言う名称なのかもしれない。というのは大阪湾に注ぐいわゆる大和川を、ホツマは「ヤマアト川」と記しているからである。
  • 『ミカサ山 (御蓋山)』は春日山 (297m)を指す。


ウガヤの治世の晩年、アマテルが真名井にて世を辞む。これに伴ってコヤネもウガヤの鏡臣を退任する。

『神行の御輿 マナヰにて アマテル神は 内つ宮 トヨケは外宮 故 カスガ 送りて後は 勤め 降り ミカサ社の 魂返し 地 治まれば 枯れも無し』ホツマ28文



祭の文を3部書き、アメフタヱヲヰエサルタヒコに授ける。

『祭の文を 三つ染めて 一つ 持ち行き 日夜見なす フタヱに授け』ホツマ28文
『サルタヒコ "我 常に請う 魂返し オヰヱとフタヱ 日文あり 今 我 一人 受けざる"と 散々にぞ悔やむ 時に神 眼を開き 曰く "汝 よく 忘れず来たる 御裳裾よ 請うはこれぞ"と 授けます』ホツマ28文


  • 『祭の文 (まつりのあや)』「魂返し」など、天の祭について書かれているらしい。日文 (ひふみ) とも言う。
  • 日夜見 (ひよみ)陽陰 (日月) を得て暦を作る役職。陰陽師。
  • 『魂返し (たまかえし)』乱れた「魂の緒」を解き、迷える魂・魄天地の宮に返すこと。ヰチヂがこの方法論を完成する。
  • 『オヰヱ』は「放穢・追穢」の意で「オシクモ (押雲)」の同義の言い換え。
  • 『日文 (ひふみ)』「祭の文」と同じ。
  • 御裳裾 (みもすそ)上 (天) から下 (地) への伝播、上位者の心を汲むことなどを言う。


そしてアマテルが生前最後に住んだ「サコクシロ内宮」を「アマテル神の内つ宮」と改め、コヤネはここに神臣 (神教人) となり太宣言を司る。神臣の指導の許、多くの守々が妹背の道を学ぶために集まり侍ったので、氏侍所(ウチハベトコロ) とも呼ばれた。

『御裳裾の サコクシロ内 改めて "アマテル神の 内つ宮"  八百 仕ふ守  侍べりて ヒモロケ 捧げ  天に応ふ 妹背の道 受く 神臣の 仕ふ守等が 侍る故 "氏侍所" カスガ守 太宣言を 司るかな』ホツマ28文

  • 『御裳裾 (みもすそ)』ここでは「日輪に還ったアマテル神の裳裾 (足元)」という意と思う。
  • 『サコクシロ内』こちらを参照。
  • ヒモロケここでは「敬いを表す食・奉納する食・神饌・御供」の意。
  • 『妹背の道 (いせのみち)』あめのみち (天地の道・陽陰の道)」に同じ。
  • 『神臣 (かんとみ)』妹背の神臣 (いせのかんをみ)・神教人 (かんをち)とも言い、妹背の道を教える人。コヤネは神臣 (神教人) となり (中臣氏の源)、妹背の道を学ぶために集い侍る多くの守々 (大人・氏) を指導する。コヤネは世を去る時に、この役職をアメフタヱ (度會氏の源) に譲る。オオカシマ (荒木田氏の源) も、妹背の神臣と名乗っている。
  • 『氏侍所 (うぢはべどころ)』妹背の道を受けるために、神臣に仕える守々 (大人・氏) が侍る所。「アマテル神の内つ宮」 の別名。
  • 『太宣言 (ふとのとこと)』「優れ至らす宣言」の意で「祝詞 (のりと・ほぎごと)」と同じ。


天鈴33年2月11日、コヤネは156万25年の生涯を閉じる。

『天鈴三十三年 カスガ守 百五十六万 二十五なり フタヱに曰く "我が齢 極まる故に 神教人を 汝に授く"』ホツマ28文

『オシクモは 四十八 喪に入り ヤマシロの 小塩に納む 東向き これ ヒメ神の 罷る時 キはヤマシロに 居ます故 イキスの宮の 西向きぞ 諸民 慕い 喪に入るは 天喪の如し』ホツマ28文
  • 『小塩 (おしほ)』京都府京都市西京区大原野南春日町、大原野 (オオハラノ) 神社。
  • 『キ』は「キ・ミ」の「キ」で、「夫婦」の「夫」を表す。
  • 『イキスの宮』息栖の宮。上総でのコヤネとヒメの宮。ヒメはこの宮で罷る。


参考サイト:http://gejirin.com/



ホツマツタエのおもしろ記事(64)『経津主神』

2013-02-11 22:54
ホツマツタエのおもしろ記事(64)  経津主神



「フツヌシ」についてはホツマに身元・素性の記載は無く、誰の子かわからない。また子も無かったようである。唯一記載されているのはフツヌシの妹に「アサカ姫」がいて、この姫は「ヰチヂ (別名:ココトムスビ)」の妻となり、「アマノコヤネ (天児屋根命)」を生んでいるということだけである。

『"心地 明す如" と 里の名も 翁が守も 賜われば カトリが妹 アサカ姫 ココトムスビの 妻として 生むカスガマロ ワカヒコぞ』ホツマ8文


これは推測に過ぎないが、後にオシホミミ羽の臣として、トヨケの曾孫のタケミカヅチと共に上総に配置されているのを考えると、フツヌシもヒタカミ系なのかもしれない。



六ハタレと呼ばれる反体制勢力が各地で蜂起した際、アマテルから「粔籹」と「蕗」を賜って「イソラミチ」を退治している。

『また早雉は 大ハタレ 根の立山に 現れて 安濃に至れば 守議り フツヌシ 遣りて これを討つ』ホツマ8文
『君 考えて イソラミチ 粔籹と蕗と 賜われば フツヌシ 諸と 弓懸して 新に向かいて 矢を求む』ホツマ8文

  • 『ハタレ』人の妬みや恨みなどの程度の低い想念が、生き霊となったもの、これを「イソラ」とか「ハハ」とか言うが、「イソラ」や「ハハ」が物質化 (生き物に取り憑く) すると「オロチ」や「ハタレ」と呼ばれるものとなる。 語義は「はたる」という動詞の名詞形で、「はたる」は「はづる (外る・恥ずる)」「はてる (果てる)」などの変態。意味は「反り・曲り・はずれ」また「落ちこぼれ・できそこない・成れの果て」などの意。
  • 『根の立山 (ねのたてやま)』根国の立山。
  • 『安濃 (あの)』伊勢国安濃郡 (現在の三重県津市)。
  • 『イソラミチ』イソラ(卑霊)が人や獣に憑いて化けたもの。「ミチ」というのは「満ち」で、「進化・熟成して化けたもの」というような意味。「かみ (醸み)」とも言う。
  • 『粔籹 (おこし)』アマテルがイソラミチとの戦いで、フツヌシに授けた呪いの武器。これを投げ入れると、敵は争い貪った。「おかし(お菓子)」という言葉は「おこし (粔籹)」から来ているように思われる。
  • 『蕗 (ふき)』イソラミチとの戦いにおいて、アマテルがフツヌシに授けた呪いの武器。これを焚き燻して、敵を咽せさせた。
  • 『弓懸 (ゆがけ)』弓を射る時、弦で指を傷つけないために用いる革の手袋。


また、やはり六ハタレの一つに「ヰツナミチ」という族がいて、「タケミカヅチ (武甕槌命)」がこれを退治しているが、アマテルの命により、フツヌシ・ツハモノヌシ・タケミカヅチの3人は、生き残ったヰツナ100人に対して、初めて「魂返し」を実施している。

『大御神 ツハモノヌシと フツヌシと タケミカツチに 魂返し 猿去沢に 興る道かな』ホツマ8文

  • 『魂返し (たまかえし)』乱れた「魂の緒」を解き、迷える魂・魄天地の宮に返すこと。ヰチヂがこの方法論を完成する。
  • 『猿去沢 (さるさるさは)』場所不詳。魂返しにより、ヰツナが猿の魄 (肉体) から解放された地。


この功により、橘山の治めを授かり、また「カトリ守 (香取神)」の名を賜る。

『またフツヌシは "橘山を つかさとれ" とて カトリ守』ホツマ8文

  • 『橘山 (かぐやま)』日本に下ったクニトコタチが、トコヨの木 (橘) を植えたことによる富士山の別称。
  • 『カトリ守 (かとりかみ)』の名は「グ山をつかさとれ」から来ている。「富士山麓の地を治める守」という意だが、その範囲は東海から北関東までを含む。これは「ホツマ国」の範囲と同じである。


タケミカヅチと共に「カシマ立ち」を成功させる。

『逆ふは斬りつ 服ふは 褒めて 諸守 率いつつ 天に返れば 代の殿 政を執りて 御言宣 "汝 フツヌシ アワウワの 徹る導き 盛んなり』ホツマ10文

  • 『天 (あめ)』は、ここでは「中央・中央政府・都」などの意で「タカマ」と同じ。「天」の原義は「上・高」である。なぜそれが「中央」の意になるかというと、中心にある「東京駅」を発する電車が全部「下り」なのと同じ理由である。
  • 『代の殿 (こふのとの)』君の代理を務める臣。7代タカミムスビのタカキネが病弱なオシホミミに代って中央の政を執るため就任した役職。
  • 『アワウワ』は「混沌・無秩序」を表す言葉。原義は「泡泥」で「アワウビ・アホウビ・アウ」とも言い、「あやふや」「うやむや」「わや」に同じ。
  • 『徹る導き (とふるみちびき)』「徹る」は「達する・至る・完了する・終わる」の意で、ここでは「(混沌・無秩序の) 終焉を導いたこと」の意。
  • 『盛ん (さかん)』は「さかり (盛り)」の音便で、「さかる (盛る)」の名詞形。「さかる」は「高まる・栄える・優れる・至る」などの意。「さかん」は、ここでは「優秀・秀逸・見事」などの意。


オシホミミが「タカの首」で即位すると、ミカヅチと共に「羽の臣」に任命され、それぞれ「カシマ宮 (鹿島神宮)」と「カトリ宮 (香取神宮)」を本拠とする。

『フツヌシと ミカツチ 常に 侍りて 政事 守れ』ホツマ11文



フツヌシは「カトリ上君」「上つ君」と尊ばれており、これはオシホミミの左の臣、つまり最高位の臣であることを示す敬称であるように思われる。
「左」は日の昇る「東」を、「右」は日の沈む「西」を表し、「左」の方を格上と見ていたようだ。「昇る」は「陽・天」、沈むは「陰・地」を象徴するからである。 (参照:天地創造)

『右はヒタカミ 央君と カル君翁 次 カトリ上君 及び カシマ君』ホツマ13文
『我 願わくは 上つ君 橋架け なして 給わんや』ホツマ16文




天君の露払いの先陣を常磐に守り続けるタケミカヅチ、フツヌシもその姿勢を倣ったという。

『常磐に守る 天神の 汚穢の禊の 先駆は フツヌシ守も 倣ふなりけり』ミ逸文



フツヌシには嗣子はいなかったらしい。甥のアマノコヤネに家督を譲っている。このためコヤネは、自分の父 (カスガ) の家督、母の実家の家督 (カトリ)、妻の実家の家督 (カシマ) すべてを一手に引き継ぐことになる。これが春日大社や枚岡神社や大原野神社などに、コヤネ夫妻に加えてフツヌシとタケミカヅチが祭られる理由である。

『ホツマ国 治まる後に フツヌシの カトリの道を 悉く コヤネに授け 隠れます カシマの道の 奥も皆 コヤネに授く カスガ殿 魂返しなす 奥法も コヤネに授く この故に 四方の纏も 自ずから 一人に着けり』ホツマ16文

  • 『カスガ殿』とは、「大和国のカスガ県を治める臣」という意で、ヰチヂの別名である。
  • 『四方の纏 (よものまつり)』「四方」とは「カスガ」「カトリ」「カシマ」の三方に、コヤネ自らの「イキス (息栖宮)」を加えて四方と言うのだろう。「纏 (まつり)」は、ここでは「連なり・継続」の意。


神武東征中ニシキドに苦戦する時、タケミカヅチがタカクラシタの夢に登場し、「フツのミタマ」の剣を神武に奉らせている。 この剣の意味する所は不詳であるが、伝説の剛勇であるタケミカヅチが登場する以上、その双璧の剛勇フツヌシの霊魂を合せてこそ完璧な威力を発揮できるということか。

『タケミカツチに 御言宣 "国 騒やければ  汝 行け" 神に答えは "行かずとも 国平け剣 下さん" と 神も "宜なり" "ミカツチの フツのミタマを 倉に置く これ 奉れ"』ホツマ29文



最後にフツヌシの名の語義を考えてみよう。
「ぬし (主)」は「うし (大人・氏)」「をさ (長)」「よし (寄し)」などの変態で、「治める者・束ねるもの・司・長」を表す。だから「フツヌシ」は「フツの司」という意味である。

では「フツ」とは何なのか?
フツヌシは「カグ山をつかさとれ」と「カトリ守」の名を与えられ、富士山麓の地 (東海・関東) の治めを預かるが、この地域は「ホツマ国」とも呼ばれると先に述べた。
「ほつま」は非常に多くの意味をもつ言葉であるが、基本的には「ほつむ」という動詞の名詞形である。そして「ほつむ」は「ほつ」という動詞から派生している。この「ほつ」と「ふつ」は互いに変態である。

だからフツヌシの「ふつ」は「ほつま」と同じと見て良いと思われる。
つまりフツヌシは「ホツマの主」「ホツマ国の司」という意だと考える。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma08.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/hotuma11.html
     :http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/hotuma16.html
     :http://gejirin.com/hotuma29.html
     :http://gejirin.com/mikasa-itubun.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(63)『武甕槌命』

2013-02-11 18:54
ホツマツタエのおもしろ記事(63)  武甕槌命



「タケミカヅチ」は、アマテルの馬屋治め「ヲバシリ (稜威雄走神)」の子で、トヨケの曾孫に当たる。

『トヨケの孫の ミカサヒコ その子 ヒサヒコ カシマ守 雷 拉ぐ 功を タケミカツチと 名付くこれかな』ホツマ19-1文



背丈が1丈6尺あり、ホツマの中ではサルタヒコの1丈7尺に次ぐ大男。
(1間=180cm で計算すると1尺=22.5cm となる。10寸=1尺。1間=8尺。1丈=10尺。) 1丈6尺は3m60cm となる。現代人のサイズよりかなり大きいが、ホツマが伝える人間の寿命の長さ (数万年~数百万年) に比較すれば、ずっと控えめな数字ではある。8尺という長さは当時の民の男子の平均身長で、これを1間として長さを計る基準としたという。
ミカヅチは、8尺の人1万人 (千人と書かれている箇所もある) でようやく引ける岩を投げたという。

『我が生れ付き 身の丈も 一丈六尺あり 力業 八尺の人等の 万引きの 岩をも投げて』ホツマ16文



ホツマに最初に登場するのは、アマテルにヤマトの地図の作成を命じられる時である。 (この「ヤマト」が日本全土を指すのか、葦原中国を指すのかは判別できない。)

ヒノハヤヒコに 御言宣 "汝 国絵を 写すべし" ヤマト 巡りて 皆 描く』ホツマ6文



「ヒノハヤヒコ」「ヒワヒコ」「ヒサヒコ」とも呼ばれている。これが斎名なのか、通称なのか判別しがたいが、「ヒノハヤ」「ヒワ」「ヒサ」は同義の言い換えなのだろうと思われる。例えば「秀早」という意味を想定することができる。 (「早」は「早稲田」の「わ」とも読める)

『後 ヒワヒコに 御言宣 "汝 国絵を 写すべし" ヤマト巡りて 皆 描く』ミカサ5文
『この守は トヨケの孫の ミカサヒコ その子 ヒサヒコ カシマ守』ホツマ19-1文

したがって記・紀に見える樋速日神 (ヒハヤヒ) 、甕速日神 (ミカハヤヒ) は、どちらもタケミカヅチの別名と推察される。



六ハタレと呼ばれる反体制勢力が各地で蜂起した際、アマテルから「ふとまかり」を賜って「ヰツナミチ」を退治している。

『御言宣 タケミカツチに ふと環 賜えば "急ぎ 奏でん" と 高野に至る ヰツナミチ 万の獣に 化け懸かる』ホツマ8文

  • 『ふと環 (ふとまかり)』今で言うリングドーナツ。「伏兎 (ぶと)」「環餅 (まがりもちひ)」などとも言う。
  • 『ヰツナミチ』六ハタレの第三。「飯綱 (いづな)」。獣の属性を帯びてしまった人霊が、人に転生することができず半獣半人として生まれたもの。飯綱伝承では「管狐 (くだきつね)」とされているが、ホツマに登場するイヅナは猿。


アマテルはフツヌシ (経津主命)・ツハモノヌシ (兵主)・タケミカヅチの3人に命じて、 ヰツナ (半獣半人) に対して初めて「魂返し」を実施させている。

『大御神 ツハモノヌシと フツヌシと タケミカツチに 魂返し 猿去沢に 興る道かな』ホツマ8文

  • 『魂返し (たまかえし)』乱れた「魂の緒」を解き、迷える魂・魄天地の宮に返すこと。ヰチヂがこの方法論を完成する。
  • 『猿去沢 (さるさるさは)』場所不詳。魂返しにより、ヰツナが猿の魄 (肉体) から解放された地。


アマテルよりタケモノヌシの「カフ槌」と「要石槌」(ヤマトの地図作成の功による) をアマテルより賜る。

『タケミカツチは 鳴神に タケモノヌシの 枯槌と 先の国絵に 搖り 鎮む 要石槌も 賜ふなり』ホツマ8文

  • 『鳴神に』不詳。ホツマ・ミカサで何度か言及されている「イカツチ/ウツロヰ も拉ぐ」というミカヅチの功を指し、これが「タケミカヅチ」の名の由来にもなっていると思われるが、これについての具体的な説話をホツマ・ミカサに見いだすことができない。
  • 『タケモノヌシ』不詳。特定の個人を指す称号か、あるいは官職名か。これについてもホツマは何の説明もしていない。
  • 『枯槌 (かふつち)』「枯を断つもの・枯を直すもの」の物実としての金属製の槌。古事記は「頭槌・頭椎」と記す。「つち・つつ (槌・椎)」は「たち (断ち・太刀)」の変態である。
  • 『搖り鎮む (ゆりしづむ)』「地震を鎮める」の意と思われる。
  • 『要石槌 (かないしつち)』「揺の要の石槌 (ヨヨノカナメノイシツツ)」とも記されている。「揺れ (地震) を鎮める」物実としての石製の太刀と推測する。鹿島神宮には要石 (カナメイシ) の伝説があるが、これは本来は剣だったようだ。 


フツヌシと共に「カシマ立ち」を成功に導き、その功により「カシマ守」の守名を賜る。

『またミカツチは かしま 直ち 稜威を現わす モノノベの 灘 和らに 戻すより 賜ふ守部は カシマ守』ホツマ10文

  • 『かしま 立ち』ここでは動詞形で「逆しまを正す」「よこしまを立て直す」の意。
  • 『稜威を現すモノノベ』「いつ (稜威)」は、ここでは「勢い・意地」などの意。「稜威を現すモノノベ」は、大物主オオナムチの支配下にあったモノノベたちの反発・抵抗を言う。
  • 『灘 (なんだ)』は、「なだ」の音便で、ここでは「高ぶり・険しさ・厳しさ・激しさ」などの意。
  • 『和ら (やわら)』は「和しているさま」「極端が無く平らなさま」「平穏」の意。
  • 『守部 (かんべ)』「べ」は、ここでは「はべ(侍)」の略で、「はべらすもの・添えるもの・付けるもの」の意。これはつまり「名」である。「かんべ」は「守としての名」の意で、「かみな (守名)」「もろがな (守が名)」と同じ。
  • 『カシマ守』「かしま」は、ここでは「かす (和す・交す)」から派生した「かしむ (交しむ)」の名詞形で、「和・やわし・治め・直し」の意。「かしむ」の名詞形が「かしめ」である。「逆しまを正した守・よこしまを立て直した守」から「直す・正す・和す」の意のみを抽出した名といえる。現在の「鹿島」の地名はこれに由来する。


オシホミミが「タカの首」で即位すると、フツヌシと共に「羽の臣」に任命され、それぞれ「カトリ宮 (香取神宮)」と「カシマ宮 (鹿島神宮)」を本拠とする。

『フツヌシと ミカツチ 常に 侍りて 政事 守れ』ホツマ11文



タケミカツチの妻についての記述はなく、子は「ヒメ (比賣神)」という名の女子が一人いただけだった。フツヌシ (カトリ守) の甥の「アマノコヤネ (天児屋根命)」を「ヒメ」の婿とし、コヤネを世嗣とする。コヤネの父が「ヰチヂ (ココトムスビ)」、母は「アサカ姫」であるが、アサカ姫はフツヌシの妹である。

『知ろす如くに 一姫あり 嗣子なければ カスガ殿 アマノコヤネは 世に秀いで』ホツマ16文
『我が甥の ワカヒコ 先に 御使にて 酒迎して 会ひ初めて それより今に 睦じく』ホツマ16文
『カトリが妹 アサカ姫 ココトムスビの 妻として 生むカスガマロ ワカヒコぞ』ホツマ8文




タケミカヅチは、天君の露払いの先陣を常磐に守り続け、フツヌシもこれに倣ったという。

『進み出る タケミカツチが 十六丈の 万に過ぐるる 力にも』ホツマ8文
『"フツヌシ 好し" と 皆 言えば  タケミカツチが 進み出で "あに唯一人 フツヌシが 優りて我は 優らんや"』ホツマ10文
『常磐に守る 天神の 汚穢の禊の 先駆は フツヌシ守も 倣ふなりけり』ミ逸文




天君の露払いの先陣は世を去ってからも健在だったらしく、神武東征中ニシキドに苦戦する時、タカクラシタの夢に登場し、「フツのミタマ」の剣をタケヒトに奉らせている。

『タケミカツチに 御言宣 "国 騒やければ  汝 行け" 神に答えは "行かずとも 国平け剣 下さん" と 神も "宜なり" "ミカツチの フツのミタマを 倉に置く これ 奉れ"』ホツマ29文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma08.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/hotuma11.html
     :http://gejirin.com/hotuma16.html
     :http://gejirin.com/hotuma19-1.html
     :http://gejirin.com/hotuma29.html
     :http://gejirin.com/mikasa-itubun.html




ホツマツタエのおもしろ記事(62)『大国主命』

2013-02-08 00:32
ホツマツタエのおもしろ記事(62)  大国主命



大国主 (おおくにぬし) は、官職名であるオオモノヌシ (大物主) と混同されていて、それが故に複数の人物が大国主に比定されている。

まずソサノヲ (素戔嗚尊) の子で、初代の大物主となった「オオナムチ (大己貴神)」である。
大国主は、「大国 (おおくに)」を「大国 (だいこく)」と読み、それが「大黒 (だいこく)」に転じて、七福神の「大黒様」にもなっている。大黒様の「左肩に大きな袋を負い、右手に打出の小槌を持ち、米俵を踏まえる」というイメージは、まさにオオナムチのものである。

『オホナムチには クシヒコを オオモノヌシの 代りとて コトシロヌシと 仕えしめ 己はイヅモに 教ゆるに 一二三六百八十二俵の ヒモロケ 数え 種袋 槌は培ふ 御宝 飢え治す糧も 倉に満つ 雨・風・日照り 実らねど アタタラ 配り 飢えさせず』ホツマ9文


また古事記に次のような記事がある。

『天之冬衣神 (あめのふゆきぬのかみ)。この神、刺国大神 (さしくにおおかみ) の女、名は刺国若比売 (さしくにわかひめ) を娶りて生みし子は、大国主の神』

この大国主の神は、嗣子の無かった4代大物主の「フキネ (天葺根命/天冬衣神)」が、「ツミハ (積羽八重事代主)」の子を養子に受けて大物主を継がせた、5代大物主「クシミカタマ (櫛甕玉)」を言っている。


しかしホツマが伝えるところによれば、大国主は1人であり、「オオナムチ」と「クシミカタマ」、どちらも大国主ではない。
オオナムチの長男で、2代大物主となった「クシヒコ」、この人物こそ大国主であるとホツマは言う。

『君 クシキネを モノヌシに タケコを妻と なして生む 兄はクシヒコ 女はタカコ 弟はステシノ タカヒコネ』ホツマ9文


オオナムチは、知行国出雲の開発に専念したいがため、クシヒコを事代主にして大物主としての自分の職務を代行させる。そしてこのことが「かしま立ち」の原因となる。 (参照:鹿島立ち)

『オホナムチには クシヒコを オオモノヌシの 代りとて コトシロヌシと 仕えしめ 己はイヅモに 教ゆるに』ホツマ9文


オオナムチは、中央の政を実質的に預かるコトシロヌシのクシヒコに対応を相談、その言葉によって天 (中央政府) に帰順することを決める。

『オホナムチ 応え 問わんと ミホサキの 連へ雉子の イナセハギ 天の応えを 問ふ時に コトシロヌシが 笑す顔』ホツマ10文

  • 『笑す顔 (ゑみすかほ)』これがクシヒコを「ヱビス様」とも言う由来である。

『我 涼かにて 父母に "ホロロ 泣けども 鉤の鯛ぞ 肴と切るも 愚かなり タカマは民の 笑す尊意 いとかけまくぞ 御言宣"』ホツマ10文


オオナムチは帰順後の忠が評価され、日隅国 (津軽) の治めを授かる。
それに伴い事代主のクシヒコが、代の殿タカキネの娘ミホツ姫を娶り、2代大物主に就任する。

『タカミムスビの 立たし枝 理 あれば 御言宣 賜ふ アソベの アカル宮』ホツマ10文
『汝 モノヌシ クシヒコよ 国つ女 娶らば 疎からん 我がミホツ姫 妻として 八十万守を 司り 御孫を守り 奉れ』ホツマ10文


そして「ヨロギ (万木)」の地を賜る。クシヒコはこの地に千草万木を植え、薬学の道を開く。またミホツ姫との間に世嗣の「ヨロギマロ (斎名:ミホヒコ)」を生む。

『賜ふヨロギは 嘗事の 千草万木の 名を立たす この宮 領れば 弱のため 病めるを癒やす 道を分け 世嗣は一人 ヨロギマロ』ホツマ10文


天君オシホミミの長男「テルヒコ」が、大和国を治めることになると、クシヒコはその大物主として一緒に大和国に下る。 (アマノコヤネも同行している。したがってこの時点ではテルヒコが皇位継承者に予定されていたと考える。)

『オオモノヌシは 五組の モノベ 二十五を 率き添ふて 供人 総て 八百六十四』ホツマ20文


しかし、1年も経ずして宮を移転するというテルヒコの意向を承服できず、身を挺しての諌めとして官職を辞して去る。 (アマノコヤネも同じ行動をとっている。)

『モノヌシは 怒りて曰く "フトタマは 君の執の大人 臣翁 昨日 万歳 君 祝ひ  今日 また変わる 宮遷し 万千は遠し 一年も 経ざるを狭めば 世の恥は 汝の心 穢れより 君 肖らば 我 居らず  茜炎に 潰すとも 磨金 食めど 穢れ 得ず" かく言い 帰る』ホツマ20文


その後クシヒコは、コヤネと共にテルヒコの弟「ニニキネ (瓊瓊杵尊)」の左右の臣として侍るようになる。ニニキネは新地の開発に力を入れ、「ニハリ (新治)」の地に都市を築こうとしていた。クシヒコは、フトマニに鑑みて「宮造りの法」を定めるように命じられる。

『"フトマニに 宮造り法 定めよ" と オオモノヌシに 御言宣 モノヌシ 受けて 法 定む』ホツマ21文


この「宮造り法」と「埴祭の法」を定めた功に対し、ニニキネは「大国主」という守名をクシヒコに授けたのである。
「オオクニヌシ」は「大地主 (大地を治める者)」の意であり、ホツマでは「ヲコヌシ・オオクンヌシ・ヲヲコヌシ・ヲヲクヌ・クニヌシ・ヲコヌ」など様々なバリエーションで呼ばれている。

『時に君 ヲコヌシ守と 名を賜ふ 柱名もこれ』ホツマ21文

こうあるように「大黒柱 (だいこくばしら)」も、もとは「大国柱 (おおくにばしら)」と呼ばれていただろうことが窺える。


アマテルが、臣をイサワの宮に集めて教えを垂れていたある時、「八重垣の臣」 (=大物主) のクシヒコは、「八重」の意味についてアマテルに質問する。その答えに長年の疑問が氷解したクシヒコは、喜びの気持ちを語る。

『昔 モノヌシ 賜わりて 深く思えど まだ解けず 今 漸やくに これを知る これ 八重垣は モノノベの 名なりと己が 央に応ゆ てれば 皇の 重々の垣 己が央なり』ホツマ23文


アマテルはそのクシヒコの心境に感心し、二神からアマテルに引き継がれた「天の逆矛」をクシヒコに授ける。

『むべなるや クシヒコ 汝 御孫より ヲコヌシ守の 賜ふ名も まだ足らず 我 二神の 賜ふ逆矛 幸ひに その気を得れば 譲るなり』ホツマ23文


さらには、ニニキネに賜った「ヲコヌシ (大国主)」の名ではまだ足らずとして、「ヤマトヲヲコノミタマ (大和大国魂)」という守名を授けるのである。

『生れ 素直に ヤマト道の 教えに適ふ '皇の八重垣の翁' 賜ふ名も ヤマトヲヲコノミタマ守』ホツマ23文

「ヤマト」は「ヤマトの道=調和の道トコヨの道陽陰の道」である。「ヲヲコノ」は「オオクニ (大国・治地)」の変態。「ミタマ」は「珠・尊」の意で敬称である。
この名が「大和大国魂大神」「倭大国魂神」「日本大国魂神」「大国魂大神」などと書かれて神社の祭神名となっている。

ホツマの中でこれほどの栄誉を授かった臣は、クシヒコの他に見出すことができない。
クシヒコの父はオオナムチ、その父はソサノヲである。許されてはいるが、両者とも一時は朝敵であり犯罪者だったのである。

クシヒコは大物主を子の「ヨロギマロ (斎名:ミホヒコ)」に譲った後、大和の山辺に隠居する。最期は三諸山に辞洞を掘り、拝領の「天の逆矛」を抜き持って洞に隠れる。

『'魂の緒 入れて 皇の 代々 守らんは' 陽陰の道 ミモロの山に 洞 掘りて 天の逆矛 放けながら 入りて静かに 時を待つ』ホツマ23文


クシヒコは、陽陰の道が衰え再興を要する時に備えて、天の逆矛を抜き持ったまま洞に入ったのである。後にアマテルはこう語っている。

『クシヒコ 生まれ 直ぐなれば 授く御矛に 鑑みて ミモロに入りて 時 待つも 道 衰はば また出でて 熾さんためや』ホツマ28文


後に、クシヒコの陽陰の道を守らんとする精魂は、オオモノヌシ断絶の危機にオホナムチをしてクシミカタマを嗣とする時に、またオミケヌシの開化天皇への諫言を経て、崇神天皇の国家存亡の危機の時に、ミモロ神 (オオモノヌシ神) となって現れ、現実のものとなるのである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma09.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/hotuma20.html
     :http://gejirin.com/hotuma21.html
     :http://gejirin.com/hotuma23.html




ホツマツタエのおもしろ記事(61)『熊野』

2013-02-07 13:38
ホツマツタエのおもしろ記事(61)  熊野



熊野那智大社の由緒の中で「熊野」の意味を次のように書いている。   

熊野那智大社公式HPより
「熊野」という地名は「隈の処」という語源から発しているといわれていますが、だとすれば、ここは奥深い処、神秘の漂う処ということになります。また「クマ」は「カミ」と同じ語で、「神の野」に通じる地名ということにもなります。


「くまの」=「隈の処」だと言う。これはホツマの伝えるところに合致するのである。


二神 (イザナギ・イザナミ) は、紀州にやって来て末の男子ソサノヲを生むが、その生れ付きは粗暴・狂乱の体で世の隈となっていた。
「くま (隈)」は「くも (雲)」と同源で、「翳り・曇り」の意であり、「世の隈」とは「世を翳らすもの・世を暗くするもの」という意である。

『ソサ国に生む ソサノヲは 常にお猛び 鳴き騒ち 国民 挫く』ホツマ3文

『名もハナキネの 人態は 騒ち お猛び 頻捲きや 世の隈 成せば』ホツマ5文


ソサノヲについて熊野本宮大社の社伝はこう語っている。

『熊野本宮の主神は「家津御子大神 (ケツミコオオカミ)」という名の神であり、社伝によれば素戔嗚命と同一神であるとされています。「家津御子大神」の "家" とは "オケ(汚気)" の "オ" を略したものであることが判ります。"津" は上下を結ぶ格助詞で「~の」に当たる言葉ですから、「家津御子大神」とは即ち "汚気から生れた子" という意味に解釈されます。そして先の社伝によれば、これは素戔嗚命を表すのです。』
(この記述は、たしか熊野本宮大社の公式HPの記事だったと思うが、今現在は見出すことができない。)

世の隈であるソサノヲが生まれた所だから「くまの (隈野)」、これも語源の一つである。しかしこれだけではない。



母イザナミは、ソサノヲの粗暴な生れ付きの原因について思い当たるところがあった。

『陽陰の巡りの 蝕みを 見る 真栄瓊の 中 濁りて 生むソサノヲは 魂 乱れ』ホツマ7文

『誤りて 穢るる時に 孕む子は 必ず粗るる』ホツマ7文



ホツマによれば、女の生理は月が支配し、男のそれは日が支配する。したがって『穢るる時』とは「陽陰の節(陽陰のリズム)が合わない時」を言うものと思われる。ソサノヲは『穢るる時』に孕んだので、魂が乱れて粗暴に生まれたのだという。

『背の宗元 日と丸め 天 近く回り 男に配る 妹の鄙元 月と凝る 地に近き故 女に配り』ホツマ16文



イザナミは、ソサノヲが国民を挫き、世の隈を成すのも、その原因は自分にあると責任を感じ、ソサノヲが放つ汚穢・隈を我が身に受けて民を守ろうとする。

『イサナミは "世の隈 成すも 我が汚穢" と 民の汚穢・隈 身に受けて 守らんための 隈の宮』ホツマ3文

『世の隈 成せば 母の身に 捨て所 無き 世の隈を 我が身に受けて 諸民の 欠けを償ふ』ホツマ5文


ここで言う『隈の宮』とはイサナミ自身を言い、建物ではない。ソサノヲを原因として世に徘徊する穢れや、八十禍日のような生き霊を、自分の体に寄せて閉じ込めようとしたもと思われる。
しかしイザナミは、結局それがもとで命を落とすことになる。

『ミクマノの みやま木 焼くを 除かんと 生む 火の神の カグツチに 焼かれてまさに 終る間に』ホツマ5文


ここで「みくまの」という言葉が登場し、これは現在「み熊野 (熊野の美称)」「三熊野 (熊野三社の別称)」と辞書にあるが、そうではない。「みくまの」の「み」は「ゑ (穢)・おゑ (汚穢)」の意で、「くま (隈)」と同じ意味である。だから「みくまの (穢隈野)」は「くまの (隈野)」を強調した言い方に過ぎない。

イザナミは死後「隈の神」と贈り名される。これは民のために自らを「隈の宮」としたイザナミを称えた名であるが、「隈の神」にはもう一つ意味がある。



イザナミを失ったイザナギは神となって (幽体離脱して) イザナミに会いに行く。あるいは自殺を図って臨死体験の最中だったのかもしれない。イサナミは「おいで、おいで」はしなかった。イザナギを拒絶する。八人の鬼霊 (黄泉醜女) を放って、イサナギを黄泉平坂の向こう側 (現世側) まで押し戻す。

『アマテル神を天君とするまでは、あなた一人になっても世を治めていかなければ、他に代りはない。ここであなたまで世を去れば、再びオモタル政権断絶後の秩序のない国に戻ってしまう。』

これがイザナミの言いたいことだった。鬼霊から逃げている内、いつのまにか黄泉平坂に立っていたイザナギも、イザナミの真意を悟る。それはイザナギ自身も、百も承知していることだった。


ここで二人は「言立ち (宣言)」する。

『麗わしや かく為さざらば 千頭を 日々に縊らん』ホツマ5文

[ よかった。こうしてくれなかったら、秩序なき世に戻ってしまい、日々千人の堕落した臣を殺さねばならないところでした。 ]

『麗わしや 我 その千五百 生みて誤ち無き事を守る』ホツマ5文

[ うんよかった。例え毎日千人の臣を失うような事態になっても困らぬよう、我は日々千五百人の臣を育てていこう。 ]

(注:『頭 (こうべ)』は「民の上に立つ司」の意で、臣を指す。)


この言立ちは、二神がこれまで諸国を巡って敷き直してきた「経矛の道」を、イザナギ一人になっても堅持して世を治めてゆくことの決意を表したものなのである。

イサナミは、調の道に逆らう者を排除する「逆矛」を象徴し、そしてこれが「隈の神」のもう一つの意味である。
つまり死後イサナミは「逆矛の神 (調和を乱す者をほころばす神)」となったが、これはある意味「祟る神」「厄神」である。「鬼霊が魄を枯らす神」とも表現されている。イザナミが放った8人の鬼霊の化身が「カラス」で、熊野に伝わる「3本足のカラス」はこれを指すものと思われる。



こういうわけで、「隈野」の意味は、

1.世の隈ソサノヲの生まれた地。
2.隈の宮となってソサノヲの隈から民を守った「隈の神」の最期の地。
3.災厄をもたらす「隈の神」の地。

こうした意味を併せ持つ。
これははじめは紀州熊野の固有地名だったが、後に「災いの地」という普通名詞になるのである。

『白庭山に カラス 飛ぶ  隈野と思ひ 宮遷し』ホツマ20文
『"隈野 成る 翌時 移せば 好き例し 既に極まる"』ホツマ20文



紀州熊野の神社は、「隈の神」のイサナミを祭った社なのだと思われる。現在のように3社となったのは後世のことで、はじめは「熊野速玉大社」だけだったようだ。
ここに祭る「熊野速玉大神」は、玉置神社の由緒によればイサナミである。「熊野夫須美大神」は、イザナミを斎く御杖代となったアマテルの子のクマノクスヒであり、「家津御子大神」はソサノヲである。
この社はもともとは神倉山にあったという。ホツマには「隈野の宮」は海上の船から見える場所に在ったことが記されていて、そのことからも神倉神社が元祖の「隈野の宮」であったことが推察される。
出雲の熊野大社はそれとは異なり、汚穢隈の実体であるソサノヲを祭る。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma03.html
     :http://gejirin.com/hotuma05.html
     :http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma20.html



ホツマツタエのおもしろ記事(60)『天日隅宮』

2013-02-07 07:48
ホツマツタエのおもしろ記事(60)  天日隅宮


ここまでのお話: 1. 大己貴神  2. 玉垣内宮  3. 天稚彦の葬儀
         4. 鹿島立ち


オオナムチを帰順させたフツヌシとタケミカツチは、逆らう残党を片付けながら諸守を率いて都に帰る。

『逆ふは斬りつ 服ふは 褒めて 諸守 率いつつ 天に返れば』ホツマ10文

  • 『天 (あめ)』は、ここでは「中央・中央政府・都」などの意で「タカマ」と同じ。「天」の原義は「上・高」である。なぜそれが「中央」の意になるかというと、中心にある「東京駅」を発する電車が全部「下り」なのと同じ理由である。


代の殿タカキネは、天君オシホミミに代わり御言宣して二守を褒賞する。

『代の殿 政を執りて 御言宣 "汝 フツヌシ アワウワの 徹る導き 盛んなり またミカツチは かしま 立ち '稜威を現す モノノベ' の 灘 和らに 戻すより 賜ふ守部は カシマ守"』ホツマ10文

  • 『代の殿 (こふのとの)』君の代理を務める臣。7代タカミムスビのタカキネが病弱なオシホミミに代って中央の政を執るため就任した役職。
  • 『アワウワ』は「混沌・無秩序」を表す言葉。原義は「泡泥」で「アワウビ・アホウビ・アウ」とも言い、「あやふや」「うやむや」「わや」に同じ。
  • 『徹る導き (とふるみちびき)』「徹る」は「達する・至る・完了する・終わる」の意で、ここでは「(混沌・無秩序の) 終焉を導いたこと」の意。
  • 『盛ん (さかん)』は「さかり (盛り)」の音便で、「さかる (盛る)」の名詞形。「さかる」は「高まる・栄える・優れる・至る」などの意。「さかん」は、ここでは「優秀・秀逸・見事」などの意。
  • 『かしま 立ち』ここでは動詞形で「逆しまを正す」「よこしまを立て直す」の意。
  • 『稜威を現すモノノベ』「いつ (稜威)」は、ここでは「勢い・意地」などの意。「稜威を現すモノノベ」は、大物主オオナムチの支配下にあったモノノベたちの反発・抵抗を言う。
  • 『灘 (なんだ)』は、「なだ」の音便で、ここでは「高ぶり・険しさ・厳しさ・激しさ」などの意。
  • 『和ら (やわら)』は「和しているさま」「極端が無く平らなさま」「平穏」の意。
  • 『守部 (かんべ)』「べ」は、ここでは「はべ(侍)」の略で、「はべらすもの・添えるもの・付けるもの」の意。これはつまり「名」である。「かんべ」は「守としての名」の意で、「かみな (守名)」「もろがな (守が名)」と同じ。
  • 『カシマ守』「かしま」は、ここでは「かす (和す・交す)」から派生した「かしむ (交しむ)」の名詞形で、「和・やわし・治め・直し」の意。「かしむ」の名詞形が「かしめ」である。「逆しまを正した守・よこしまを立て直した守」から「直す・正す・和す」の意のみを抽出した名といえる。


帰順したオオナムチは出雲を引き払い、180人の守を率いてヤスの都に戻り、従前のようにオオモノヌシとしての職務に仕える。それを行うことは、目には見えないが険しく困難なものであったはずである。

『時に服ふ オホナムチ 百八十守を 率い来て 忠も日陰の 灘 あり』ホツマ10文

  • 『百八十守 (ももやそかみ)』これは、諏訪に逃れて信濃の国守となったタケミナカタを除くオオナムチの子の総数である。
  • 『忠 (まめ)』は「はべ (侍)」の変態で「(心・身を)合わすこと・仕えること」の意。
  • 『灘 (なんだ)』は「なだ」の音便で、ここでは「険しさ・厳しさ・困難」などの意。


陰の困難にもかかわらず一途に仕えるオオナムチを見て、代の殿タカキネは天君オシホミミに、知行地を失ったオオナムチに恵みを賜ることを請願する。オシホミミはそれを認め、オオナムチは津軽の治めを授かることになる。

『タカミムスビの 立たし枝 理 あれば 御言宣 賜ふ アソベの アカル宮』ホツマ10文

  • タカミムスビここでは、天君オシホミミの代の殿を務める7代タカミムスビのタカキネ
  • 『立たし枝 (たたしゑだ)』不詳であるが、「木の枝を立たすもの」で「添え木」の意ではないかと考えている。
  • 『アソベ』は「あそ」+「べ (辺・端・方・部)」で、「あそこ (彼処)」「かなた (彼方)」の同義語。「離れた所・遠い所・辺境」の意。
  • 『アカル宮』「あかる (散る・分る)」は「離れる・それる・外れる」の意で「あそべ (彼辺)」と同義。「みや (宮)」は、ここでは「宮殿」の意よりむしろ「集落・集積地・都市」の意。よって「アカル宮」は「辺境の都市」の意。


『天映を受くる オホナムチ 散るアソベの ウモト宮 造る千尋の 掛橋や 百八十縫いの しらたてに 顕国魂 オホナムチ 津軽 ウモトの 守となる』ホツマ10文

  • 『天映 (あふゆ)』は「天からのふゆ」の意で、「ふゆ」は「はゑ (映・栄)」の変態で「恵み・潤し」などの意。
  • 『ウモト』は「ふもと (麓)」の変態。「末・下・裾」などの意でやはり「辺境」を意味する。「むつ (陸奥)」という地名は「うもと」が転じたものと推察する。同時に元来「アソベの丘」と呼ばれた「岩木山」 の麓の意もかけている。
  • 『千尋 (ちひろ)』「尋」は両手を広げた長さ。これは身長とほぼ同じとなり、ホツマが伝える当時の平均身長は 8尺=1間=1.8m である。よってまともに考えれば 千尋=1.8km となる。
  • 『百八十 (ももやそ)』これはタケミナカタを除いたオオナムチの子の数。
  • 『しらたて』これは不明。「たて」は、装飾を兼ねたついたてのようなものか。ホツマには防具に関する記述はほとんど無く、「盾」とは考えづらい。
  • 『顕国魂 (うつしくにたま)』「うつしくに (現し国)」は「(天に対して) 地・この世・現世」を意味するが、この文脈から考えると「移し国」で、「国替えされた」の意であるように思える。「たま (珠・尊)」は「とみ (富)」の変態で「優れた者・尊い者」の意の敬称。オオナムチはこの名で岩木山神社に祭られている。
  • 『津軽 (つがる)』は「つく (尽く)」+「かる (離る)」の合成動詞「つかる」の名詞形で、やはり「果て・辺境の極み」などの意。


「アソベ」「アカル」「ウモト」「ツガル」は、どれも「辺境・ど田舎・地の果て」という意の同義語なのであるが、この地の国守となったオオナムチはまた「日隅 (ひすみ) の君」とも呼ばれている。「ひすみ」は、筑紫 (九州) を表す 「つきすみ」に対する語で「津軽の地」を表す。

『オオナムチ 一度 落ちて 日隅君 その子 モノヌシ 忠をなす』ホツマ21文
『ヲヲコヌシ 御孫に申す "我が親の 日隅の君は 喜ばし"』
ホツマ21文


ところで日本書紀の第2巻9段一書2には次のような記述がある。

『時に高皇産霊尊、すなわち二神を還り遣して 大己貴神に勅して曰く、今 汝が言う所のものを聞くに、深くその理あり。故、更に条条(おちおち)にして勅す。それ汝が治すあらわの事は、これ吾が孫 治すべし。汝は以ちて神事 治すべし。また汝が住むべき天日隅宮(あまのひすみのみや)は、今まさに供え造らん。即ち千尋の栲縄を以ちて、結いて百八十紐と為し、その宮を造りし法は、柱は則ち高く大きに、板は則ち広く厚くせん。また田を供えつくらん。また汝が海に遊び往来の備えの為に、高橋・浮橋 及び天鳥船 また供え造らん。また、天安河にまた打橋 造らん。また百八十縫の白楯を供え造らん。また汝が祭祀を司らんは、天穂日命 これなり。』

この部分が前述のホツマツタヱの件と同じ事柄について語っているのは明らかと思われる。そして日本書紀の言う「天日隅宮 (あまのひすみのみや)」は、杵築宮 (出雲大社) であると一般に信じられている。しかしホツマは「日隅」を津軽の地であるとし、「天日隅宮」は、アソベのウモト宮 (岩木山神社) だと言っているのである。



そしてオオナムチの後任として「ホヒの尊」を出雲の国守とする。

『ホヒの尊を 元政』ホツマ10文

この部分を日本書紀は『また汝が祭祀を司らんは、天穂日命 これなり』と書いている。


これによってホヒは出雲に下り、政庁である杵築宮に入るわけだが、杵築宮は出雲大社ではない。
「キツキ (杵築)」の地名は、ソサノヲが罪を許されてクシイナタ宮を建てた時の『貴日 拠り 清地にきつく 宮の名も クシイナタなり』の「きつく」に由来すると考える。したがって「キツキの宮」、これを「玉垣内宮」とも称するわけであるが、これはクシイナタ宮の近隣にあったと考えられる。そしてクシイナタ宮は今の「熊野大社」、キツキの宮は今の「神魂神社 (かもすじんじゃ)」と考える。神魂神社の由緒はそれを語っている。

『神魂神社の由緒』
出雲国造の大祖天穂日命が、此地に天降られて御創建。天穂日命の子孫 (大社町、北島・千家両国造) は元正天皇霊亀二年(716) に至る25代果安国造迄、祭主として奉仕。斉明天皇の勅令により出雲大社の創建なるや、杵築(出雲大社) へ移住したる。


出雲大社は、はるか後代に崇神天皇が大物主神の祟りを恐れて、天日隅宮を出雲に復興再建したものと考える。出雲の神主フリネが討たれた後、出雲の臣は恐れて神の祭をしなくなる。ヒカトベの子の歌に胸騒ぎを覚えた崇神天皇は「出雲を祭れ」と命じているが、これを出雲大社の創始と見る。これ以降、出雲の政庁も杵築宮 (神魂神社) から出雲大社に移転されたものと思われる。それとともに出雲国の政庁の代名詞となっていた杵築宮の名も移転したのだろうと考える。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html




ホツマツタエのおもしろ記事(59)『鹿島立ち』

2013-02-05 21:18
ホツマツタエのおもしろ記事(59)  鹿島立ち


ここまでのお話: 1. 大己貴神  2. 玉垣内宮  3. 天稚彦の葬儀


「鹿島立ち (かしまだち)」は、辞書を引くと「旅に出ること・出立・門出」となっていて、本来の意味は完全に失われている。

「かしま」とは「かす (離す)」+「さま・しま (様)」の音便である。
「かす (離す)」は「かる (離る)」の類語で、「離れる・反る・それる・曲がる・外れる」などの意。これが名詞化すれば「が (曲・汚)」となる。
「さま・しま (様)」は「現れ・見た目・様子」の意。
だから「かしま」とは「曲がったさま・外れたさま」という意で、これは「さかさま (逆さま)」「よこしま (横しま・邪)」と同義なのである。

「たち」は「たつ (立つ)」の名詞形なのだが、この「立つ」は他動詞で「立たす・立てる」の意である。「立たす・立てる」というのは「(低まったものを) 高める」ということであり、これは「ただす (正す・直す)」の「曲がった状態を正常になおす」という意と結果的に同じである。

したがって「かしまたち」とは、「逆さまの正し」「よこしまの立て直し」という意なのである。
そしてここに言う「逆さま・よこしま」とは、この時の出雲国の状況を指している。天 (中央政府) の最重臣の一人である大物主のオオナムチが、知行国の出雲を天に匹敵・対抗する国にしようとしている状況である。

この時のオオナムチの勢力の大きさは「ふとまに」の歌にも現れている。

『卑の連の 末々に潤す ヲウナムチ 宮も肺も 噤みしの華』フ062
[卑の連中の末々までも潤すオオナムチ。皇の宮や瑞垣ですら、口を噤んでしまいそうな栄華であった。]

『繁の塵の 謗りも嘘と 思ひくさ モノヌシならで モノや散るらん』フ116
["我が繁栄など塵の如きなり" という自己卑下も嘘とは思うが、くやしいけれども、実際オオナムチの他にモノノベを束ねられる者はいないだろう。]


こうした出雲の状況を放置できないとして、天君オシホミミに代わって天下の政を執る「代の殿」タカキネは、はじめホヒの尊、次いでアメワカヒコと出雲に使者を送るが、両者ともオオナムチにうまく取り込まれ、出雲に寝返えってしまう。

このままではヒタカミ国の総帥、タカミムスビの名を末代まで汚すことになるタカキネは、背水の陣で臨むべく対策会議を招集、すでに伝説となっている二剛勇「フツヌシ (経津主神)」と「タケミカツチ (武甕槌神)」の投入を決める。

『この度は タカミムスビの 臣枯れを 除く門出の カシマ立ち '埴 直き纏る 守議り'』ホツマ10文

  • 『臣枯れ (とみがれ)』は「臣としての衰退・没落」の意で、天君オシホミミの臣として天下の政を執るタカキネのそれを言う。
  • 『門出 (かどで)』は「門を出ること・出発」の意の裏に、「かどで(角出・才出)」があり、これは「突起を出すこと・突出」の意から「開運」を意味する。
  • 『カシマ立ち』前述のとおり、「逆さまの正し」「よこしまの立て直し」という意。
  • 『埴 直き纏る (はにすきまつる)』「埴」は「地・国」の意。「直く (すく)」は「まっすぐにする・なおす・正す」の意。「纏る (まつる)」は「合わす・まとめる・治める」の意で「政る」に同じ。だから「埴 直き纏る」は「(天に対する) 地を正して治める」の意。
  • 『守議り(かみはかり)』重臣による会議。


『"フツヌシ 良し" と 皆 言えば タケミカツチが 進み出で "あに唯一人 フツヌシが 優りて我は 優らんや" タカギ "勇みの ミカツチや" フツヌシ 副えて カシマ立ち』ホツマ10文



かくして二人の使者は出雲に至る。

『出雲 キツキに 枯断の 剣を植えて うづくまり 詰り問ふなり "みほこりて 欺く道を 平さんと 我ら 仕ふぞ その心 ままや否やや』ホツマ10文

  • 『キツキ (杵築)』の地名は、ソサノヲが罪を許されてクシイナタ宮を建てた時の『貴日 拠り 清地にきつく 宮の名も クシイナタなり』の「きつく」に由来すると考える。したがって「キツキの宮」、これを「玉垣内宮」と称するわけであるが、これはクシイナタ宮の近隣にあったと考えられる。そしてクシイナタ宮は今の「熊野大社」、キツキの宮は今の「神魂神社」と推定している。神魂神社は松江市大庭町にあり、出雲大社が所在する大社町杵築とは場所が大きく異なる。
  • 『枯断 (かふつち)』六ハタレ退治の手柄により、タケミカツチがアマテルから賜ったタケモノヌシの太刀。「枯を断つもの・枯を直すもの」の物実としての金属製の槌。古事記は「頭槌・頭椎」と記す。「つち・つつ (槌・椎)」は「たち (断ち・太刀)」の変態である。
  • 『剣を植える』これは前述の「埴 直き纏る」に対応する行動である。精錬した金属 (地から採取される粗金を精げたもの) を埴に戻し入れることで、穢れた地をも精げる効果があると信じられていたように思われる。現在でも地鎮祭においては金属製の鍬や鋤を土に入れる。
  • 詰り問ふ (なぢりとふ)』詰問する。
  • みほこるは「もうかる(儲かる)」「もっこり」などの変態で、「高まる・高ぶる・勢いづく・栄る」などの意。「おこる(驕る)」「ほこる(誇る)」と同義と思って良い。
  • 欺く (あざむく)は、ここでは「そらす・曲げる・ねじる」などの意。
  • 平す (ならす)は「合わす・収める・直す・平らにする」などの意で、「なおす (直す)」の変態。
  • 『仕ふ (つかふ)』は「つく (付く)」からの派生語で、原義は「(心・身を) 合わす・付ける」の意。
  • 『こころ (心)』は「かくれ (隠れ)」の変態で、「見えない所・内・中・奥・芯」などの意。
  • まま (儘・任・随)は「隔たりの無いさま・合うさま」の意。
  • 『否や (いなや)』は「いなふ」の名詞形。「いなふ」は「いなむ (辞む)」の変態で、「いぬ (往ぬ・去ぬ)」から派生した語。「離れる・分かれる・反る」などの意。


伝説の剛勇二人の断固たる態度には、さすがのオオナムチも、欲心をくすぐって調略はできないと悟る。そこで中央の政を実質的に預かるコトシロヌシのクシヒコに対応を相談しようと考える。クシヒコはたまたま近くの美保崎に来ていた。そこへ「イナセハギ」を伝令として送る。

『オホナムチ 応え 問わんと ミホサキの 連へ雉子の イナセハギ 天の応えを 問ふ時に コトシロヌシが 笑す顔』ホツマ10文

  • 『ミホサキ (美保崎)』今の美保関。ここに美保神社があり、ヱビス様のクシヒコを祭る。
  • 『連 (つり)』これは「オオモノヌシの連れ・部下」という意味で、コトシロヌシの別称である。これを「釣り」にかけてヱビス様が鯛を釣るイメージを作っている。これは誤解によるものではなく、意識的にそのようにも読めるように書いているのである。ホツマの話は万事こういう具合で、表面を童話チックな話に見せかける工夫がなされている。
  • 『雉子 (きぎす)』は「伝令使」を意味する。
  • 『イナセハギ (稲脊脛命)』は「いなせ(否然)」を「はぐ(接ぐ)」者という、そのまんまの名である。
  • 『笑す顔 (ゑみすかほ)』これがクシヒコを「ヱビス様」と呼ぶ由来である。「ヱビス」にはもう一つ「蝦夷」を指す意味もあるが、それは語源が別で、クシヒコのヱビス様は「笑す」の意である。


『我 涼かにて 父母に "ホロロ 泣けども 鉤の鯛ぞ 肴と切るも 愚かなり タカマは民の 笑す尊意 いとかけまくぞ 御言宣" 我が父 退らば 諸共』ホツマ10文

  • 『涼か (すずか)』は、原義は「優れるさま」であるが、特に「欲に心がとらわれていない状態」を言う。「スズカの道」はホツマの伝える根本テーマであり、丸々1章がそれの説明に割り振られている。詳しくは別の機会に書きたいと思う。
  • 『父母 (たらちね)』は「たら(足る・養る)」+「ちね(繁ぬ)」で、「生んで育てる者」という意。また「たら」は「陽陰・男女」の意を持つ。「たらち」「たら」とも言い、個別に母を「たらちめ」、父を「たらちを」とも言う。
  • 『鉤の鯛 (ちのたゐ)』は「釣針にかけられた鯛」の意。泳がされているだけで、結局釣針から逃れることはできない臣の運命を表す。
  • 『肴と切るも 愚かなり (さかなときるもおろかなり)』泳がされている鯛もおとなしくしていれば、それなりに我が身を太らすこともできるが、あまり暴れると釣り上げられて酒の肴に切られてしまう。これではつまらない。
  • 『タカマ』は「中央・中央政府」の意。「アメ (天)」とも言う。タカマの本源は天の「九座」にある。
  • 『民の笑す尊意 (たみのゑみすたゐ)』たゐ」は、ここでは「尊意」の意で使われている。「中央政府の意向には民は喜んで従う」という意。なぜなら中央政府の総帥は天界の神の下生だからである。
  • 『いと』は「いた (甚)」「いつ (至・逸・厳)」の変態で、「たいそう・優れて・至って」などの意。
  • 『かけまく』は、形容詞「かけまし」の連用形?の特殊な用法。「も」を伴う場合が多い。「かしこくも(畏くも)」「恐れ多くも」などと同じ用法。「かけまし」は辞書に無いが、「畏し」「恐れ多し」と同義。
  • 『御言宣 (みことのり)』天つ君のお言葉。「みことのり」は、アマテルと天つ君の専用語。 「み」は「かみ (上・神)」と同じ。アマテルの言宣を区別して「かんことのり (神言宣)」とする場合もある。


イナセハギはクシヒコの言葉を返言する。「もう一人相談せねばならぬ子がいる」と言う間に、「タケミナカタ (建御名方神)」が現れる。

『"まだ一人 あり" と言う間に 現わるる タケミナカタぞ 千引き岩 捧げて "誰か 我が国を 忍び忍びに 威さんや 出で 我が力 比べん" と』ホツマ10文

  • 『千引き岩 (ちびきいわ)』千人でようやく引くことが出来るような大きな岩。
  • 『捧ぐ (ささぐ)』の原義は「上げる・高める」の意。


『取る手も岩の ミカツチが 捕へて投ぐる 葦萱の 恐れて逃ぐる シナの海 "すわ" と言ふ時 畏みて "我を助けよ この所 他へは行かじ 背かじ" と 言えば助けて 立ち帰り』ホツマ10文

  • 『取る手も岩 (とるてもいわ)』「いわ (岩・巌・磐)」は「いふ (斎ふ)」の名詞形であり、その原義は「高まり・栄え・成熟・優れ・至り」などである。ここでは「大きなもの・頑丈なもの」の意で使われている。
  • 葦萱の (あしかひの)「しな」「すわ」にかかる。「葦・萱」はどちらも「繁茂する・高まる・そびえる」などが原義で、「しな」「すわ」も同じ意味の地名なのである。
  • 『シナの海』諏訪湖 (すわこ) を指す。
  • 『すわ』は「さあ!」と勢い付けるかけことばである。当然「諏訪」にかけている。
  • 『立ち帰り』「たち (立ち)」は次に続く動詞に「急いで、すぐに、ただちに」などの加勢の意を添える。


ついにオオナムチも身を退く決意を固め、中央に帰順する旨を二人の使者に告げる。

『問えば応ふる オホナムチ その子のままを 二守へ "我が子 退りにき 我も退る 今 我 退らば 誰か亦 敢えて平れなん 者 あらじ 我が草薙の この矛に 平らし給え" と 言ひて退る』ホツマ10文

  • 『その子』タケミナカタ。
  • 『退りにき (さりにき)』は「退りにければ」の意。この「き」の用法は「~じゃき・~じゃけ・~じゃけん」など方言に多く残る。
  • 『敢えて平れなん者あらじ』は「敢えて平れざらん者があってはいけない」の意。「なん」は、打消の意志・推量で「~しようとしない」の意。
  • 『草薙の矛 (くさなぎのほこ)』は「腐退きの矛」で「腐 (汚穢・隈) を祓いほころばすもの」の意。この矛は、ソサノヲがヤマタノオロチから得た「ハハ叢雲の剣 (草薙の剣)」とは異なる。


ー つづく ー



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(58)『天稚彦の葬儀』

2013-02-05 00:24
ホツマツタエのおもしろ記事(58)  天稚彦の葬儀


前回までのお話


アメワカヒコ (天稚彦) は、代の殿タカキネの返し矢によって死ぬ。夫を失ったタカテル姫の泣く声が、中国にまで聞こえてきて、両親は早々に屍を引き取って葬儀を行った。

『タカテル姫の 泣く声の 天に聞えて 父母の 早ちに屍 引き取りて 喪屋を造りて 仮殯』ホツマ10文

  • タカテル姫 (高照姫)』オオナムチの娘でアメワカヒコの妻のタカコ。タカテル姫はヒルコから襲名した名。
  • 天 (あめ)』は、ここでは「タカマ」と同じで「中心」の意。葦原中国を指す。
  • 早ちに (はやちに) 』早々に。早々と。=直ちに。
  • 屍 (かばね)』は「かばふ (庇う)」の変態「かばぬ」の名詞形で、「覆い・囲み・収め」の意。「(魂の) 入れ物」つまり「殻・体」を言う。
  • 喪屋 (もや)』「も (喪)」は「もふ (申ふ)」の名詞形「もは」の短縮。「もふ」は「離す・話す・分ける」などの意で、「もは・も」は「離れ・別れ」の意となる。「屋」は「入れ物」。
  • 仮殯 (かりもがり)』「もがり」は「まかり (罷り)」の変態で、やはり「別れ」の意。「仮殯」は「仮の別れ」の意。何が仮なのかというと、本当の別れは土に埋める時だからである。


そして次の段はその葬送の模様の記述だが、解釈は難しい。

『送る 川雁 きさり持ち にわとり 掃仕 すずめ 飯 鳩はものまさ さざき みそ とび 木綿 奉り からす 塚 八日八夜 悼み 喪を務む』ホツマ10文

  • 送る』は、仮殯が終わっていよいよ本当に死者の魂を天に「送る」という意味だろう。「おくる」には「上げる」の意味もある。
  • 川雁 (かわかり)』は「かも (鴨)」だろうと思う。「かり」「かも」「がん」は発音のバリエーションに過ぎず、水に浮かんで足を掻いて泳ぐ水鳥の総称と見ている。
  • 『きさり持ち』「きさり」は「くさり (腐り)」とか「くずれ (崩れ)」などの変態で、遺骸を言ってるように思う。よって「きさり持ち」は「遺骸を運ぶ者」の意か。日本書紀は「持傾頭者 (きさりもち)」と書いている。
  • 掃仕 (はきし)』は「清掃する者・祓い清める者」の意と思われる。ニワトリがこの役を務める。
  • 飯 (いゐ)』は「食事を捧げる者」の意と思われる。スズメがこの役を務める。
  • ものまさ (物申)』は「物申し (ものもうし)」の変態と考える。「弔辞を申す者」の意か。鳩がこの役を務める。
  • さざき (鷦鷯)』ミソサザイの古名だという。
  • みそ』は「衣」と考える。「みそ」は「みす」の名詞形だが、これは「めす (召す)」の変態である。したがって「みそ」は「召す物・お召し物」である。さざきが衣を捧げる役を務めるわけである。この葬送の話がミソサザイの名の起源であるようだ。 おそらくオリジナルは「衣捧ぎ (みそささぎ)」だろう。
  • 木綿 (ゆふ)』は、「ゆひ (結い/斎)」の変態で「織物」の総称。神を斎く物実として使う。鳶がこれを捧げる役を務める。
  • 塚 (つか)』は「束・握・漬」であろうと思う。「まとめるもの・収めるもの」の意で、「遺骸を納める洞」「墓穴」を言うように思う。カラスがこれを掘る。


[葬送は、鴨が遺骸を運び、ニワトリが祓い清め、スズメは食事を捧げ、鳩は別れの詞を宣り、ミソサザイが衣を捧げ、トビは和幣を奉り、カラスは墓穴を掘る。八日八夜 死者を偲び 別れに心血を注ぐ。]


タカテル姫の兄で、アメワカヒコの友人でもあったタカヒコネがこの喪を訪う。二人は姿が瓜二つであったらしく、親族らはタカヒコネを見て、アメワカヒコが生きていたと勘違いする。これにタカヒコネは怒る。

『タカテルの兄 タカヒコネ 天に上りて 喪を訪えば この守 姿 ワカヒコに 瓜 分け得ず シムの者 "君は生ける" と 寄ちかかり "八年 たまゆら" と 惑ふ時 怒る アチスキ タカヒコネ』ホツマ10文

  • 『瓜 分け得ず (うるり わけえず)』二つに割った瓜の断面ようにそっくりで見分けがつかない、という意。=瓜二つ
  • 『シム (親)』は、ここでは「親しい者・親族・身内」の意。
  • 『寄ちかかり (よちかかり)』は「寄っかかり」と同じで「寄りかかる」の音便。
  • たまゆらは、「(思いと現実が) 隔たるさま/ぶれがあるさま」「思いがけないさま」「偶然」などの意。
  • 惑ふ (まどふ)』は、「逸れる・曲がる・ねじける・回る・うろうろする」などの意。「迷う」も同じ。
  • 『アチスキ (阿治須岐)』タカヒコネの修辞であるが意味不詳。熱しやすく愚直という意味か。もう一つの修辞「ステシノ (捨篠)」も似たような意味かと想像している。


『"友なればこそ 遠方に訪ふ 我を亡き身に 誤つは あら 穢らしや 腹立ち" と 喪屋 斬り臥せる アオハカリ 放けて神戸を 去らんとす』ホツマ10文

  • 『遠方 (おち)』は「あっち (彼方)」の変態。
  • 『亡き身 (なきみ)』は「(魂・魄が) 退いた身」「抜け殻」の意。
  • 『穢らし (けがらし)』は、「けがる (穢る)」+「し (形容詞語尾)」で、「し」は「しく (如く)」という動詞から来ている。
  • 『腹立ち (はらたち)』は「はらたつ」の名詞形で、これは「あらだつ (荒立つ)」「いらだつ (苛立つ)」などの変態。
  • 『アオハカリ』は、「あお (汚穢)」+「はかり (別り)」で、「汚穢を離すもの」の意。「はかり」は「わかれ」と同じ。タカヒコネの剣の名である。
  • 『放けて (さけて)』「曝け出して」「抜き放って」の意。
  • 『神戸 (かんと)』は「かむ(離む)」+「と(方・処・戸)」。「かむ」は「離れる・別れる」、「と」は「所」の意。つまり「かんと」は「別れの所」「(魂・魄が) 去る所」「神去る所」などの意。


この時、カナヤマヒコの孫娘のオクラ姫 (2代目シタテル姫) が、短歌を詠んでタカヒコネの怒りを緩めようとする。

『昔 中山 道 拓く カナヤマヒコの 孫娘 シタテル・オクラ タカヒコの 怒り 融かんと 短か歌 詠みて諭せり』ホツマ10文

  • 『カナヤマヒコ (金山彦)』美濃の国守アマクニタマ、ウリフ姫ナカコの父で、中山道はこの人がを開いたという。
  • 『シタテル・オクラ』アマクニタマの娘オクラ姫は、ヒルコから歌の奥義を得て、シタテル姫を襲名している。
  • 『短か歌 (みぢかうた)』5・7・5・7 ・・・ 7・7の歌。今に言う短歌と異なり、ワカ歌 (31音) より長く、長歌より短い歌を言うらしい。


『あめなるや 復棚機の 促せる 珠のミスマル ミスマルの 穴珠 逸み 誰に二輪 垂らすアチスキ タカヒコネぞや』ホツマ10文

  • 『あめなるや』「あめ」は「あま (甘)」「うま (美味)」の変態で、「優れているさま」を表す。「あめなるや」は「麗しや」と同義。
  • 『復棚機 (おとたなばた)』「復 (おと)」は「循環・繰り返し」の意。「棚機 (たなばた)」は「連なり続く機」の意から転じて「連なり続く天の川」の意。よって「復棚機 (おとたなばた)」は「果てしなく続く天の川」の意。
  • 『促せる (うながせる)』は「うながす (促す)」の連体形。「うながす」は「高める・栄す・優れさす」などが原義で、ここでは「飾る・にぎわす」などの意。
  • 『珠のミスマルは、ここでは「星の集まり」を表す。
  • 『ミスマルの穴珠 (あなたま)』は、ここでは穴を開けて連ねたネックレスの珠を言う。
  • 『逸む (はやむ)』は「勢いづく・踊る」などの意。怒りに踊るタカヒコネのネックレスの珠と、タカヒコネに対するときめきに踊るオクラ姫のネックレスの珠を対照して表現している。
  • 『誰に二輪垂らす (たにふたわたらす)』二輪というのは、一つのネックレスを男女二人でかけて垂らすことを言うように思う。


この歌に後の展開を予想したタカヒコネは、怒りを緩めて大刀を収め、男女の和合について教えようと、返歌する。

『天 下がる ひなつめの意は ただ 背訪ひ しかはかたふち 片淵に 網 張り渡し 群寄しに 寄し 撚り捏ねい しかはかたふち』ホツマ10文

  • 『天下がる (あまさがる)』「都を離れて地方に下った」の意。「天」は、ここでは「中央・都」の意。
  • 『ひなつめの意 (い)』(1)「鄙詰めの意」自分が田舎に詰める意向。(2)「鄙つ女の意」田舎娘 (オクラ姫) の意向。
  • 『背訪ひ (せとひ)』(1)「背訪ひ」(死んだ) 友を訪うこと。(2)「背訪ひ」男に言い寄ること。
  • 『しか』は「そこ (其処)」の変態で、「そち・そっち (其方)」「そのほう (其の方)」と同義。あなた。
  • 『かたふち』は「かたおち (片落ち)」の変態で、「不公平・自分勝手」の意。
  • 『片淵 (かたふち)』川の一部だけが深くなっていて魚の通路となる所。
  • 『群寄しに寄し (めろよしによし)』「集め寄せに寄せ」の意。
  • 撚り捏ねい (よりこねい)は、「合わせ捏ねて・捏ね回して」から転じて「扱いやすくして」の意。つまり純情で愚直なタカヒコネの性格を、うまく利用したオクラ姫のやり方は公平でないということを言っていると思われる。


『この歌は 後の縁の '合ふ失す' の 離糸 結ぶ ヒナフリはこれ』ホツマ10文

  • 『合ふ失す (あふうす)』は「合うことと離れること」「和合と別離」の意。タカテル姫の「寄り」の歌に対してタカヒコネが「放ち」の歌で応えたことを言う。
  • 離糸 (かもいと)は「離れた糸」「結ばれていない糸」「織られる以前の経糸と緯糸」などの意。
  • 『この歌は 後の縁の '合ふ失す' の 離糸 結ぶ』この二人の歌は、この時はオクラ姫の求愛の歌に、タカヒコネは突き放す歌を返して、すれ違いに終わったのだが、結局のところ二人を結び付ける縁をつくった歌となったのである。
  • 『ヒナフリ』「歩み寄りの歌」に対して「突き放しの歌」を返す歌の形式。
 

ー つづく ー




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ホツマツタエのおもしろ記事(57)『玉垣内宮』

2013-02-04 16:23
ホツマツタエのおもしろ記事(57)  玉垣内宮

→ 前回までのお話

オオナムチは息子のクシヒコをコトシロヌシ (事代主)として、オオモノヌシ (大物主) の職務を代行させ、自身は出雲国の開発に専心する。これによって出雲は富み、強大な国となっていった。

ここで確認しておきたいのは出雲国の範囲である。後世には今の島根県の東部を出雲国としたが、ソサノヲが罪を許され出雲の国守となった時、サホコ国の名称を出雲国に改めたとあり、そうすると当時の出雲国は中国地方全域を含むことになる。ソサノヲはクシイナタ宮を築いて、宮津から政庁を移したとしたと推測されることから、島根県東部は出雲国の中核都市だったと考えられる。

天つ君オシホミミの御子守を務めるオモイカネは、オオナムチが出雲へ傾倒する様はただならぬものであると感じ、監察使を出雲に派遣する。

『ヨコベ 帰りて 申さくは 出雲八重垣 オホナムチ 満つれば欠くる 理か 額を "玉垣内宮" と これ 九重に 比ぶなり』ホツマ10文

  • ヨコベ』はここでは「監視官・監察使」の意。横目。
  • 出雲八重垣 (いづもやゑがき)』は「出雲の国守であり八重垣の臣でもある」の意。「オオナムチ」にかかる。八重垣の臣=剣臣=オオモノヌシ。
  • 満つれば欠くる』万物万象は「生→盛→熟→枯」のサイクルを繰り返すという「アメナル道」を説明したもの。
  • 額 (ぬか)』は「表・つら・ひたい」の意で、ここでは表書き・表札・看板のようなものを言う。
  • 玉垣内宮 (たまがきうちみや)』玉垣 (たまがき) は「珠画・尊画」で、「尊い区画・聖域」の意。元々明(アメノミヲヤと八元神)の座所を指し、これを「九座 (こくら)」「九重 (ここのゑ)」と言う。内宮 (うちみや) はその核心部という意で、アメノミヲヤの座所を指す。アメノミヲヤと同一視されるアマテルの地上での座所は、常にこの天の九座の概念に則って造られるため、アマテルの座す宮も九重と呼ばれる。
  • 九重 (ここのゑ)』上述の通り。「玉垣 (たまがき)」「九座 (こくら)」に同じ。これを地上に擬える場合は、建物を「高御座」のように八角形に造ったか、あるいは宮を囲む垣を八角形に造ったのではないかと推測している。
  • 比ぶ (くらぶ)』は「合わす・似せる・擬える・匹敵させる・張り合う」などの意。


御子守オモイカネの「オオナムチは、天 (中央政権) に匹敵・対抗しようとしているのではないか」という予感は的中した。「このまま放置したなら、アマテル神によってようやく一つに治まった世が再び分裂してしまう。何とかその野心を捨てさせねばならない。」と思いながら、ここにオモイカネの寿命は尽きるのであった。

『先に御子守 オモイカネ シナの辞洞 アチの神』ホツマ10文
  • 御子守 (みこもり)』病弱の皇太子オシホミミを補佐するために、オモイカネとヒルコが就いた役職。
  • シナ』は信濃を言う。シナは「聳・繁」の意で、「高地」を表す。
  • 辞洞 (いなほら)』は、世を辞むために入る洞。墓穴。
  • アチの神』オモイカネ (斎名:アチヒコ) の贈り名。アチの神の辞洞の地は「伊那 (いな)」「阿智 (あち)」という地名 (長野県伊那群阿智村) になったようだ。


そこでオモイカネの父、7代タカミムスビのタカキネが「代の殿」に就任し、オシホミミに代わって中央の政を執る。

『よりて 七代の 大嘗事 タカキネ ヤスの 今宮に 多賀若宮の 代の殿』ホツマ10文

  • 七代 (ななよ)』ヒタカミを統べるタカミムスビの7代目を言う。
  • 大嘗事 (うなめごと)』「嘗事」は「治め」の意で、「まつり (纏・政)」の同義語。「大嘗事」は、天つ君 (中央政府の総帥) が行う嘗事。大政。天つ君に代わって臣がこれを行う場合に特に言う。
  • ヤス』は「ヤスカワ」の略。ヤスカワは「弥す側・養す郷」の意で、これは「葦原」の言替えであり、広義にはナカ国・アワ国・ヤス国と同じ。狭義には「近江の国」と同じ。
  • 今宮』は、おそらく「新宮」という一般的な意と思うが、固有名詞なのかもしれない。
  • 多賀若宮 (たがわかみや)』オシホミミの多賀時代の都。またオシホミミの多賀時代の通称。
  • 代の殿 (かふのとの)』天つ君の代理を務める臣。


タカキネは重臣を集めて、出雲のオオナムチに野心を捨てるように説得する使者を議った所、「ホヒの尊」と決まる。

『タカミムスビの 守議り "イヅモ 立たすは 誰 良けん" "ホヒの尊" と 皆 言えば ホヒの尊に 平けしむる』ホツマ10文

  • 立たす』は「低まったものを高める」という意で、これは「ただす (正す・直す)」の「(逸脱・曲りを) 合わす・治める」と結局のところ同じ。
  • 『ホヒ (天穂日命)』アマテルの第1子で、斎名はタナヒト (後にタナキネ)。アマテルが真名井でミスマルの珠を濯いだ時に、モチコが孕んだという男児。オシホミミが生まれるまでは、タナヒトという斎名を付けられた、皇位継承予定者だったようだ。


ところがホヒはオオナムチに取り込まれたらしく、3年たっても何の報告もない。やむなくホヒの子の「オオセイイミクマノ (大背飯三熊)」に様子を見に行かせるが、その父と同様に帰って来なかった。

『然れど ホヒは 国守に へつらい媚びて 三年まで 返言 あらで オオセイイ ミクマノ 遣れど 父がまま 帰らねば』ホツマ10文


タカキネは再び諸守と議り、アマクニタマの子のアメワカヒコを遣わすことになった。

『遣す人は アマクニの アメワカヒコと 極まりて タカミムスビが カゴ弓と ハハ矢 賜ひて 平けしむる』ホツマ10文

  • アマクニ』アマクニタマ (天津国玉神) の略。カナヤマヒコ (金山彦) の子で美濃の国守。
  • アメワカヒコ (天稚彦)』アメクニタマの子。カナヤマヒコの孫。 オクラ姫 (二代目シタテル姫) の兄。
  • カゴ弓』「囲い・垣・加護を結うもの」の物実としての弓。征夷大将軍のしるしとして「ハハ矢」とともに授けられる。「ゆみ」は「ゆひ (結い)」の変態。
  • ハハ矢』「穢を平けるもの・払うもの」の物実としての矢。征夷大将軍のしるしとして「カゴ弓」とともに授けられる。
  • 平けしむる (むけしむる)』「平く (むく)」は「極端を平す・治める・直す」の意。 「しむる」は使役の助動詞「しむ」の連体形。


しかしこのアメワカヒコも忠義を果たすことができなかった。オオナムチの娘タカテル姫を娶り、中央に版図を広げようと窺いながら、8年を経ても帰ってこない。目を覚まさせようと、名も無い伝令使を送る。

『この守も又 忠 成らず タカテル姫を 娶りつつ 葦原国を 乗らんとて 八年 経る迄 帰らねば 名無しの雉 飛い下す』ホツマ10文

  • 忠 (まめ)』は「はべ (侍)」の変態で、「(心・身を) 合わすこと」「仕えること」の意。
  • タカテル姫 (高照姫)ヒルコからタカテル姫を襲名したオオナムチの娘タカコ
  • 葦原国 (あしはらくに)ナカ国 (中国)の別名の一。日本中央政府の直轄本領。
  • 乗る (のる)』は、ここでは「合わす・併合する」などの意。
  • 雉 (きぎす)』ホツマにおいては「雉 (きじ・きぎす)」は「伝令使」を表す。


アメワカヒコの門前の桂の木の下に、天の御使の落ちぶれた姿を見て、雉はホロロホロロと鳴いてしまう。それを下僕から告げられたアメワカヒコは「名も無い伝令ふぜいが天の御使を嘆くのか」とハハ矢を射ると、雉の胸を通り、飛んでタカキネの前に落ちた。何の報告もないが、血に染まったハハ矢は何が起こったのかを雄弁に語る。

『アメワカヒコが 門の前 桂の末に 仕業 見て ホロロホロロと 鳴くを聞き 下侍が告げに "名も無くて 天を嘆くや" と ワカヒコが ハハ矢を射れば 胸 通り 飛びてタカミの 前に落ち ケンケンも無く 血のハハ矢』ホツマ10文

  • 桂の末 (かつらのすえ)は「天・タカマ・中央」、末は「堕落」を象徴し、「天の御使アメワカヒコの堕落」を暗示する。
  • 下侍 (さぐめ)』は、一応「下がった侍」で「下僕 (しもべ)」と同義の語と見ているが、自信は無い。古事記ではこれを「天探女 (あめのさぐめ)」としている。
  • 天を嘆く (あめをなく)』「天」は、中央政府の正式な使者であるアメワカヒコを指す。
  • タカミ』は「タカミムスビ」の略。


タカキネがその血のハハ矢を撃ち返すと、それはアメワカヒコの胸を貫き、死に至らしめた。これが「返し矢 恐るべし」の由来となった。

『タカミムスビは これを見て 咎む 返し矢 ワカヒコが 胸に当りて 失せにしを "返し矢 恐る" 本在や』ホツマ10文

  • 返し矢 (かえしや)』敵から射て来た矢で射返すこと。またその矢。還矢。
  • 本在 (もとおり)』源として存在するもの。起り。始まり。基。



ー つづく ー



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ホツマツタエのおもしろ記事(56)『ふとまに』

2013-02-03 19:36
ホツマツタエのおもしろ記事(56)  ふとまに



「ふとまに (太占・太兆)」を辞書で調べると、

【太占・太兆】ふとまに -広辞苑より-
(フトは美称) 古代に行われた卜占の一種。鹿の肩甲骨を焼いて、その面に生じた割れ目の形で吉凶を占う。
記上「天つ神の命(みこと)もちて―に卜相(うらな)ひて」


太占(ふとまに)  [ 日本大百科全書 (小学館) ]
古代に行われた卜占(ぼくせん)の一種。その方法は牡鹿(おじか)の肩骨を波波迦(ははか)(上溝桜(うわみずざくら)の古名)の木皮で焼き、そこにできた割れ目の模様によって占うのである。『魏志倭人伝』(ぎしわじんでん)に「骨を灼(や)きて以(もっ)て吉凶を占う」とあるのは、太占のことを述べたものである。のち中国より亀卜(きぼく)の法が伝わるに及び、しだいに廃れた。 [ 執筆者:石井良助 ]



これらから解ることは、古事記に『ふとまに (布斗麻邇)』という名の『占い』が出てくるが、どのような占いなのかについての説明はなされていない。
だから古事記の別の段にある「牡鹿の肩骨を波波迦の木皮で焼き、そこにできた割れ目の模様によって占う」、あるいは魏志倭人伝の記事にある「骨を灼(や)きて以て吉凶を占う」という説明を以て『ふとまに』と推断しているだけだいうことである。



ホツマツタヱ、ミカサフミの姉妹書に「フトマニ」という書があり、ホツマツタヱの編者である「オオタタネコ」がその序文を書いている。その中に次のように書かれている。

『このフトマニの四十九緒は 元々明けのサコクシロ アメノミヲヤによる形 傍にトホカミヱヒタメの 八神は人の魂の緒を 膨み振らせて 存えをを結び和せば アイフヘモオスシの神は キツヲサネ五臓六腑を調えり 三十二の神は見目・形 日夜の随に守らせば このフトマニを本在と 万葉の味を考なえて 試み詠めと詠ましめて 神は領長 添え削り 百二十八歌 選り給う 本在伝えの文ぞ尊き』フトマニ序


この記述から解るのは、「ふとまに」とは、北極星の位置に座す「アメノミヲヤ (陽陰の上祖)」と、その周囲に配置される48神、合計49神の総称だということである。

中心のアメノミヲヤは、48神を生み出した源である。したがって48神はアメノミヲヤの分け身が個性化した神だと言えよう。
そして48神は別名を「アワノカミ (陽陰の神)」と言い、これは「アワ歌」の各音、すなわち日本語の48音 (今に言う五十音) を指すのである。 (参照:天地歌)

つまり古代日本の思想においては、言葉 なのである。そして49の神々とその配置を示したものが「フトマニ図」である。

この48音の組み合わせ、つまり言葉 (≒名前) によって万物万象は発現する。
なぜ 万物万象言葉 (名前) なのかと言えば、人間は言葉 (名前) によって万物万象を認識しているからである。人間は五感の情報を総合して万物万象を感知するが、それらは言葉に一旦変換されて認識されるからである。そうして得られた認識を元に思考し、また表現するからである。
言葉 (名前)が付されていない物事は、存在していないのと同じではないだろうか?少なくとも他人に伝達することは非常に困難である。このあたり、深く考えてみていただきたいと思う。


「ふとまに」の語義を考えてみると、「ふと」+「まに」である。
「ふと」は「ふつ (悉つ)」という動詞の名詞形で、「ふつ」は「至る・満ちる・全うする」などの意。「ふつくに (悉に)」という副詞化された語が辞書にある。
よって「ふと」は「至り・満ち・全き」などの意である。

「まに」は「まぬ」という動詞の名詞形で、これは辞書にはないが、これから「まね (真似)」という名詞や「まねく (招く)」が派生しており、原義は「合わす・現す/表す」などの意である。(「現す/表す」とは、「(人の意識に何かを) 合わす」ということに他ならない。)
よって「まに」は「表し・現し」の意である。

したがって「ふとまに」は、「全てを表すもの」「万象」という語義になる。
だから「太兆」の漢字は、語義のポイントをついていると思う。


また「うらない (占い)」は「うらなふ (占う)」の名詞形であるが、
「うらなふ」とは「うら (裏・心)」+「なふ (綯う)」である。
「うら」は「表に見えない部分・奥」という意で、これは「源・本質・エッセンス」という意である。
「なう」は「寄せる・合わす」の意である。
よって「うらない」とは「物事の奥にある本質を得ること」を言う。



後にアマテル神は八百万守に御言宣して、このフトマニをモトウラ(本在・本心)とする歌を詠ませ、自らが編者となって添削し、百二十八歌を選んで占いの根本とする。これを「モトラツタエの文 (本在伝えの文)」という。それ以後は「モトラツタエの文」を指してもっぱらフトマニと言うようになったようだ。

『このフトマニを 本在と 万葉の味を 考なえて 試み詠めと 詠ましめて 神は領長 添え削り 百二十八歌 選り給う 本在伝えの 文ぞ尊き』フトマニ序



「モトラツタエの文」の百二十八歌は、『ア・イ・フ・ヘ・モ・ヲ・ス・シ』の八種と『ヤマ・ハラ・キニ・チリ・ヌウ・ムク・エテ・セネ・コケ・オレ・ヨロ・ソノ・ユン・ツル・ヰサ・ナワ』の十六種の組み合わせからなる。

「アヤマ」「アハラ」・・・ ・・・ ・・・「シヰサ」「シナワ」の128の組合せの各々に一つの歌が当てられている。

占おうとする者は、128種の組合せの内のから一つ、あるいは複数を選ぶものと思われるが、どのようなルールでそれを選ぶのかについては触れられていない。



大変に興味深いのは、古今和歌集の序において歌の種類を説明する六つの例歌のうち、四歌はフトマニ中の歌に非常に近似している点である。しかも四つともフトマニの「…ヤマ」の歌に当る。

『咲く花に 思ひつく身の あぢきなさ 身にいたつきの いるも知らずて』
『富の山に 思ひつく身の 捕餌呑み 実にいたつきの いるも知らずて』フヤマ

『我が恋は よむとも尽きじ 荒磯海の 浜の真砂は よみ尽くすとも』
『モヤマトの 道は尽きせじ 荒磯海の 浜の真砂は よみ尽くすとも』モヤマ

『いつわりの 無き世なりせば いかばかり 人の言の葉 嬉しからまし』
『大ヤマトの 道は素直に いつわらで 人の言の葉 熟に行くなり』ヲヤマ

『この殿は むべも富けり 三枝の 三つ葉 四つ葉に 殿造りせり』
『直の熟まば むべも富みけり 幸草は 三つ花 四つ花の 殿造りせん』スヤマ



参考サイト:http://gejirin.com/futomani.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(55)『事代主』

2013-02-03 14:58
ホツマツタエのおもしろ記事(55)  事代主



「コトシロヌシ (事代主)」とは、特定の個人を指す名ではなく、やはり官職名である。
元々はオオナムチ (大己貴神) が自分のオオモノヌシ (大物主) としての職務を、息子のクシキネに代行させるために設けた役職らしい。それはオオナムチが自分の知行地「出雲国」の開発・経営に専念したいという都合のためであった。

『オホナムチには クシヒコを オオモノヌシの 代りとて コトシロヌシと 仕えしめ 己はイヅモに 教ゆるに』ホツマ9文

しかし後にコトシロヌシは、「オオモノヌシの職務を補完する者の長」として公式の官職になっている。

『モノノベを 八百人 束ぬる 主はこれ オオモノヌシや 副え ムラジ  コトシロヌシと 助けしむ』ホツマ23文


コトシロヌシの意味は、「ことしろ」の「ぬし (主)」である。
「ぬし (主)」は、「うし (大人・氏)」「をし (食し)」「をさ (筬)」「よし (寄し)」などの変態で、「治める者・束ねるもの・司・長」という意味である。

「ことしろ」は「こと (事)」+「しる (領る・知る)」の名詞形である。
しる (領る・知る)」の原義は「合わす」で、ここでは「治める・支配する・執り行う」の意。
だから「ことしろ」は「物事を支配して執り行う者」という意味で、これは今風に言えば「支配人」「知事」「領事」である。

『内宮の 青女のいぶり 気を冷ます 傍のコトシロ 忠なれば』ホツマ16文

ついでに言うと「こと」は「こつ (交つ)」という動詞の名詞形で、「こつ」は「合う/合わす・現る/表す」の意である。
「合っているさま・似るさま」が「ごと (如)」で、「現れたもの」が「こと (事)」、「(外に) 表すもの」が「こと (言)」である。だから「如」「事」「言」は、どれも源は同じなのである。

したがって「コトシロヌシ」は「物事を支配して執り行う者の長」であり、これは実質「オオモノヌシ」の職務 (役人を統べる者・官吏長官) を、言葉を換えて言い表した名と言って良いのである。
しかしその立場はあくまでもオオモノヌシの支配下に置かれる。部下という意味で「つり (連)」と呼ばれることもある。「(オオモノヌシの) 連れ」という意味である。

『オホナムチ 応え 問わんと ミホサキの 連へ雉子の イナセハギ 天の応えを 問ふ時に コトシロヌシが 笑す顔』ホツマ10文


最初にコトシロヌシになったのは、オオナムチの長男「クシヒコ」である。この人は後にオオナムチを継いで、2代オオモノヌシとなっている。別名を「ヱビス (恵比須・恵比寿)」とも言い、また「大国主神・大黒様」とは、本当はこの人である。大和神社の祭神「大和大国魂大神」もこの人である。


ホツマにはコトシロヌシがもう一人登場する。
それは3代オオモノヌシ「コモリ (子守神)」の次男「ツミハ」で、「積羽八重事代主神 (つみはやえことしろぬしのかみ)」という名で知られている。
この人はオオモノヌシ (中央政府のモノヌシ) である「コモリ」のコトシロを努めると同時に、アスカ (大和国の政府) のモノヌシである「カンタチ (天神立命)」のコトシロをも努め、大和・大阪・東海・四国を通い巡ってその地を治めた。
「八重」という名は同時に多くのコトシロを務めたという意味である。

『上に継ぐとて コモリ守 副モノノベは トマミなり コトシロヌシは ツミハなり』ホツマ23文

『ツクシより シカド 請ふ故 カンタチを モノヌシとして ハテツミと 共に三十二を 治めしむ 故にツミハを コトシロと アスカの宮に 侍らしむ』ホツマ27文

『ハラのオシクモ 召し上す 弟 ヒタチは 若き故 阿波のコトシロ 侍る宮』ホツマ27文

『"ハラから" なれば 西・東 通ひ勤めて 要 占む 名もツミハ八重 コトシロが ミシマに至り ハラに行き またミシマより イヨに行く』ホツマ27文


「クシヒコ」「ツミハ」については、別の機会に詳しく書くつもりである。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/hotuma27.html




ホツマツタエのおもしろ記事(54)『大己貴神』

2013-02-01 20:49
ホツマツタエのおもしろ記事(54)  大己貴神



「オオナムチ」は、ソサノヲとイナタ姫の5番目の子で、男子である。
「オホナムチ」「ヲウナムチ」などとも書かれている。斎名は「クシキネ」。
兄姉には「オオヤヒコ (大屋彦)」「オオヤ姫 (大屋姫)」「ツマツ姫 (柧津姫)」「コトヤソ (事八十)」がいるが、ホツマはこれらをソサノヲの受刑中の子であるとして無視し、オオナムチを実質の長子と見做しているように思える。
オオナムチは、ソサノヲから「八重垣の臣」と 出雲 (=サホコチタル国) の国守の官職を受け継ぐ。

『生む子の斎名 クシキネは 殊に優しく 治むれば 流れを汲める 守が名も ヤシマシノミの オホナムチ』ホツマ9文

  • 守が名 (もろがな)』君が授ける臣としての称号。
  • ヤシマシノミ』語義難解だが、一応「優しく治む」ということを表したものと考え、「やし (易す・優す)」+「まし (和す)」の「み (身)」と推定している。「八島士奴美神」「八島野命」の名で神社に祭られている。
  • オホナムチ』も語義を定め難く、どのような意味にもとれるが、「オオモノヌシ」の同義の言い換えなのではないかと現在考えている。


オオナムチの後には「オオトシ・クラムスビ」「カツラギ・ヒトコトヌシ」「スセリ姫」が生まれている。ソサノヲの子は合せて5男3女で、アマテルと同じなのである。

『次はオオトシ・クラムスビ 次はカツラギ・ヒトコトヌシ 次はスセリ姫 五男三女ぞ』ホツマ9文

  • オオトシ・クラムスビ』は竈神の「オキツヒコ (奥津彦)」の父である。その豊穣神を思わせる名によって、大歳神(御歳神)、 歳徳神、歳徳玉女、宇迦御魂、保食神、と混合してしまい、現在ではクラムスビの個性は消滅してしまったようだ。宇迦御魂 を「倉稲魂」とも書くのが、クラムスビの唯一の痕跡かもしれない。
  • カツラギ・ヒトコトヌシ (葛城一言主)』はスヱツミの娘ヤスタマ姫を娶り、ヤスヒコ (勝手神) とアカホシを生む。名が示すように、葛城の国守であることを匂わせるが、ホツマにはその経緯についての説明は無い。
  • スセリ姫 (須勢理姫)』ホツマには名前しか登場しない。


アマテルは、クシキネ (オオナムチの斎名) をオオモノヌシに任ずる。クシキネはアマテルの娘タケコを妻とし、「クシヒコ」「タカコ」「タカヒコネ」を生む。

『君 クシキネを モノヌシに タケコを妻と なして生む 兄はクシヒコ 女はタカコ 弟はステシノ タカヒコネ』ホツマ9文

  • モノヌシ』は、ここでは「オオモノヌシ」を言っている。「モノヌシ」と「オオモノヌシ」は厳密には意味が異なるのであるが、他にモノヌシがいない場合 (大和国にテルヒコが下るまで) は、モノヌシ=オオモノヌシ である。
  • タケコ』はアマテルの北の局の内侍ハヤコが生んだ三つ子の姫の長女で、現在、「田心姫」「多紀理比賣」「奥津島姫」の名で知られている。
  • クシヒコ』はオオナムチの世嗣で、後に2代オオモノヌシとなる。「事代主」「大国主」「大和大国魂」というのは、この人の別名である。
  • タカコ』は「タカ姫」とも言う。ワカ姫 (ヒルコ) より「琴の奥義」と「タカテルヒメ (高照姫)」の名を受け継ぎ、「アメワカヒコ (天稚彦)」の妻となる。
  • タカヒコネ (高彦根命)』はヲバシリから乗馬術の道奥を受け、ヲバシリの再来という意味の「フタアレ守 (二現守)」の守名を賜る。フタアレが「二荒」となり「日光」の地名を生む。ステシノ(捨篠)・アチスキ(阿治須岐)という修辞を持つが、その意味は不詳。奈良県御所市の高鴨神社は別名を捨篠社と言う。


オオナムチは近江のササザキでスクナヒコナと出会う。

『クシキネ アワの ササザキに 鏡の船に 乗り来るを 問えど答えず クヱヒコが "カンミムスビの 千五百子の 教えの結ひを 漏れ落つる スクナヒコナは これ" と言ふ』ホツマ9文

  • アワ』は「アワ国 (央国)」の短縮で「アフミ」とも言い、「近江国」を指す。
  • ササザキ』は不明。滋賀県蒲生郡の沙沙貴 (ササキ) 神社付近を言うのではないかと考えている。
  • 鏡の船』とは「鏡を飾った船」で、「中央政府御用達の船」という意味と考える。「榊に鏡・剣・珠を掛けて祈る」という例があるように、鏡は「天地つ日月」の物実で「中央政府・皇位」を象徴するからである。
  • クヱヒコ (久延彦)』は大神神社末社の久延彦神社などに祭られているが、その出自や人物像については不詳。
  • カンミムスビ (神皇産霊神)』は6代タカミムスビの「ヤソキネ」の譲位後の称号。
  • スクナヒコナ (少彦名命)』は、以後に説明される。


オオナムチはスクナヒコナを厚遇し、共に国家の発展に貢献する。

『クシキネ 篤く 恵む後 共に努めて 現し国 病めるを癒し 鳥 獣 穢虫 祓ひ 映ゆをなす』ホツマ9文

  • 現し国 (うつしくに)』は「うつ (現つ/憂つ)」+「し (形容詞語尾)」+「くに (地)」で、「顕現の地」「物質界の地上」という意味。これは「非物質界の天」に対する言葉である。そして「現つ・現れる」とは、非物質のエネルギーが運動スピードを落として重り凝り (憂つ・DOWN)、物質化して人の目に見えるようになるということである。
  • 穢虫 (ほおむし)』は「汚穢の虫・蝕む虫」の意。「ほお」は「ほふ」の名詞形で、「ほふ」は「はゆ (蝕ゆ)」の変態。これらは「蝕む・侵食する」の意。「ほお」は「おゑ (汚穢)」の変態でもある。「はほむし」「はふむし」「ほむし」とも言う。
  • 映ゆ (ふゆ)』は「ふゆ (増ゆ・殖ゆ・振ゆ)」の名詞形で、「高め・勢い付け・栄し・振興」などの意。「はゑ (栄え・映え)」の変態である。


後にスクナヒコナはオオナムチと別れ、近江国でカダカキを習い、その奏に合せて雛祭の由来を諸国に語り歩く。最後に加太の浦に至り、そこで世を去る。

『スクナヒコナは 央州の カダカキ 習い 雛祭 教えて至る 加太の浦 淡島神ぞ』ホツマ9文

  • スクナヒコナ』はヤソキネの1,500人の子の内のはみ出し者と言われ、オオナムチ (大己貴命) を助けて出雲の国造りに貢献する。その後一人、カダカキを弾きながら雛祭の由来を諸国に語り歩き、最後に加太の浦に至り、そこで世を去る。「淡島神・淡島明神」などと呼ばれ、江戸時代には「淡島願人」と呼ばれる人々が淡島神の人形を祀った厨子を背負い、淡島明神の神徳を説いて廻った。
  • 央州 (あわしま)』は「なかくに (中国)」「あわくに (央国)」「あふみ (近江)」を言う (どれも同じ地域を指す別名)。「央 (あわ)」は「中」の意。「州 (しま)」は「しめ (占め・締め・閉め)」の変態で、「区画・区分・領域」の意。「しふ (州)」「しゐ (州)」「すみ (州・島)」などとも言う。
  • 雛祭』についてはこちらを参照。
  • 加太の浦 (かだのうら)』は和歌山市の加太海岸。「加太 (かだ)」は「葛」の意で、海の葛すなわち海藻を言っていると思われる。この海岸は「加太和布 (かだめ)」というワカメで有名だからである。
  • 淡島 (あわしま)』は「合う島・集合島」の意。和歌山市加太の沖にある友ヶ島 (沖ノ島、地ノ島、神島、虎島の4つの島々の総称) を指す。


オオナムチは一人となっても民を恵み続けたが、肉食を許したため民は早死したという。

『オホナムチ 一人 恵りて 民の糧 獣肉 許せば 肥え募り 皆 早枯れす』ホツマ9文

  • 獣肉 (けしし)』は「鳥や獣の肉」を指し、「がしし (汚肉)」とも言う。「けもの (獣)」の原義は「汚の物 (けのもの)」で、「穢れた物」「劣る物」である。 (参照:食と寿命の関係)


イナゴが発生した時にはシタテル姫 (ヒルコ) のもとへ走って行き、押草のまじないを習い帰ってこれを実践した。オオナムチはこのまじないの効果に恐れ入って、娘のタカコをシタテル姫に奉っている。

『稲穢虫 クシキネ 馳せて これを問ふ シタテル姫の 教え草 習い帰りて 押草に 扇げば 穢の 虫 去りて やはり若やぎ 実る故 娘 タカコを 奉る』ホツマ9文

  • 稲穢虫 (そはほむし)』「穢虫 (はほむし)」は「ほおむし」の変態。「稲 (そ)」は「そろ (繁)」の略。「せ・さ (早)」の変態を持つ。
  • 押草 (おしくさ)』は「ヒノキ製の扇に貼り付けるヒオウギの花」を言う。このまじないについてはこちらを参照。


この辺の記述は脚色されて「古語拾遺」にも記載がある。

『大地主神、田 作りましし日に、牛の肉を以て田人に食わしめ給いき。時に御歳神の子、その田に至まして、饗に唾きて還りまして、ありさまを父に告げましき。御歳神、怒りまして、いなごをその田に放ち給いしかば、苗の葉たちまちに枯れ損われて、 篠竹のごとなりき。ここに大地主神、片巫(かたかんなぎ) [志止々鳥]・肱巫(ひじかんなぎ) [今の俗のカマワ及米占なり] をして、その由を占い求めしむるに、御歳神 祟りを為す。宜しく 白猪・白馬・白鶏を献りて、その怒りを和め奉るべしと申すに、 教えのまにまに謝(の)み奉ります時に、御歳神 答え給わく、実に吾が意ぞ。宜しく麻柄を以てカセを作りてカセぎ、 すなわちその葉を以て祓い、天押草 以て押し、烏扇 以て扇ぐべし。もし如此して出で去らずば、宜しく牛の宍をもて溝口におき、男茎の形を作りて加え、[是、其の心をまじなう故なり] ツスダマ・蜀椒(なるはじかみ)・呉桃葉(くるみ)、また塩をもてその畔に班置(まきお)くべしと宣いき。すなわち、その教えのまにまに為しかば、苗の葉また茂りて、年穀(たなつも)豊稔(ゆたか)なりき。これ今、神祇官に白猪・白馬・白鶏もて御歳神を祭ることの縁なり。』

(この話での「大地主神」はオホナムチで、「御歳神」はワカ姫であるようだ。)



オオナムチは息子のクシヒコを「コトシロヌシ (事代主)」としてオオモノヌシの職務を代行させ、自身は出雲国の発展に専心する。これによって出雲は富み、強大な国となった。

『オホナムチには クシヒコを オオモノヌシの 代りとて コトシロヌシと 仕えしめ 己はイヅモに 教ゆるに 一二三六百八十二俵の ヒモロケ 数え 種袋 槌は培ふ 御宝 飢え治す糧も 倉に満つ 雨・風・日照り 実らねど アタタラ 配り 飢えさせず』ホツマ9文

  • コトシロヌシ (事代主)』は、原義は「事知主・事領主」で、今風に言えば「知事・領事」の司であり、これはオオモノヌシの職務を別の言い方で表したものである。オオナムチは勝手にこの官職を設けて、クシヒコに自分の職務を代行させたのである。しかし後には「オオモノヌシの職務を補完する者」として公式の官職となっている。
  • ヒモロケ (胙)』は複数の意味で使われているが、ここでは「上納米・年貢米」の意と考える。
  • 種袋 槌は培ふ』この表現は大黒様のイメージである。しかし実際は、大黒様 (大国主) はオオナムチではないのである。
  • 御宝 (をんたから)』は「最重要のもの」という意味で「民」を指す。
  • アタタラ (充足)』は「充てがって足らすもの」という意。


得意の絶頂にあった出雲八重垣のオオナムチは、また181人の子にも恵まれた。

『出雲八重垣 オホナムチ 八重垣内で 楽しむる 百八十一人 子に満つるかな』ホツマ9文
  • 出雲八重垣 (いづもやゑがき)』は「オホナムチ」にかかる枕詞。「汚穢隈を絶った出雲の汚穢垣の臣」という意に考えている。つまり出雲国の国守であり、同時に八重垣の臣であるオホナムチを言う。
  • 八重垣内 (やゑがきうち)』オオナムチが出雲に造った宮を「玉垣内宮」というのであるが、その意味する所は「八方を天元神に囲まれるアメノミヲヤ」である。「やゑがき」は「八方垣」で、オオナムチはその宮の垣を八角形に造ったと推測する。だから「八重垣内」とは、「オオナムチの出雲の宮の中」という意である。これに産屋を意味する「やゑがき (生ゑ画)」をかけていると思われる。
  • 楽しむる』は「楽しむ」の連体形。「たのしむ」の原義は「高める・勢いづける・盛す」で、ここでは「繁殖する・増やす」の意。



ー つづく ー




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma09.html




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