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ホツマツタエのおもしろ記事113『飛鳥の意味』

2013-04-30 19:01
ホツマツタエのおもしろ記事(113)  飛鳥の意味


これまでのお話: 1.『十種神宝』
         2.『皇孫降臨』
         3.『そらみつやまと』


クシタマホノアカリ (斎名:テルヒコ) は、上総のツクモ (九十九里浜) から天地の斎船に乗って浪速に向かう。その船が遥か洋上を駈け回る姿は、空を飛んでいるかのさまだったという。浪速にて鴨船に乗り換えて大和川を逆上り、イカルガの峰より最終目的地の白庭に着く。天地の斎船が空を駆け回ってやってきたこの地は「空回つ大和国」と呼ばれるようになる。


宮つ屋 成りて 十二の后 スガタが娘 御后に なして歌 詠み カダカキの 琴を楽しむ

  • 『宮つ屋 (みやつや)』 「みや」+「つ」+「や (屋)」。「みや」は「うや (敬・礼)」「いや (礼・敬)」の変態で「高み・尊さ・中心」などの意。「つ」は「たる」の簡略。「や」は「入れ物・器」の意。よって「みやつや」は「中心たる建物」の意で「政庁・政殿」を表す。「みや (宮) 」はこの語の簡略なのかもしれない。
  • 『十二の后 (そふのきさき)』天君が備える12人の侍女。『つぼね』を参照。
  • 『スガタ (菅田比古命)』クシタマホノアカリの最初の内宮、スガタ姫の父。奈良県大和郡山市の「菅田神社」の祭神。
  • 『御后 (みきさき)』内宮。中宮。
  • 『カダガキ (葛掻)』イサナギが宮の垣に茂る葛 (カダ) を掻く糸薄 (イトススキ) にヒントを得て造った三弦琴。詳しくは『琴の起源』を参照。


イカルカの 宮に移りて そのあすか 高殿に四方を 望む折 白庭山に カラス 飛ぶ 隈野と思ひ 宮遷し

  • 『イカルガの宮』クシタマホノアカリが大和国に下って始めに入った宮の名。イカルガ峰の麓にあったのだろう。
  • 『あすか』「あす (上す・明す)」+「か (方・処・時・日)」。「あす」は、ここでは「進展する」の意。「か」は「区分・区画」を表す。よって「あすか」は「翌時・翌日・直後・即刻」などの意。
  • 『高殿 (うてな)』「う (大・上・敬)」+「てな」。「てな」は「との (殿)」「つの (角)」の変態で、「突き出たもの・突出」の意。
  • 『白庭山 (しらにはやま)』イカルカの峰の別名と思われる。
  • 『カラス』カラスはイサナミがイサナギを追わせた、鬼霊八人の化身で隈の神の使。人のを「枯らす」。
  • 『隈野 (くまの)』ここでは隈の神の使いのカラスが飛ぶ「災いの地」の意。詳しくは『熊野』を参照。


これが「あすか」を「飛鳥」と書く理由のようである。 また、
『浪速より カモにて到る イカルカの峰より トリの白庭に』
前ページでは「トリの白庭」を「最終地点の白庭」と説明したが、実は「鳥の白庭」の意もかけていたわけである。したがって『旧事』に記載されている「鳥見の白庭」も「カラスを見た白庭山」という意味なのであろう。

白庭山にカラスが飛ぶのを見たクシタマホノアカリは、イカルガ宮に入ってまだ日も浅いにもかかわらず、ここは「隈野」(災ひの地) であるから、すぐに他所に宮を移さねばならぬと言い出す。



時にコヤネは「早かれ」と オホモノヌシも 止めける
フトタマが言ふ「考なえて 君の仰すを 止めんや」
カグヤマも言ふ「隈野なる 翌時 移せば 好き例 既に極まる」


  • 『コヤネ』 アマノコヤネ (天児屋命)。本来テルヒコの左の臣になる予定だったと推測している。
  • 『オホモノヌシ (大物主)』ここでは2代大物主の「クシヒコ (大国主命)」。本来テルヒコの右の臣になる予定だったと推測している。
  • 『フトタマ (天太玉命)』タカキネの第3子。ナガスネヒコ (長髄彦)、ミカシヤ姫 (御炊屋姫)、アメトミ (天富命) の祖父。テルヒコの左の臣となる。
  • 『考なふ (かかなふ)』「かく (交く)」+「なふ (和ふ・綯う)」の複合。どちらも「合わす」の意。ここでは「(心に) 合わす」で「かんがふ (考ふ)」と同義。
  • 『カグヤマ』カグヤマツミの略。カグツミの第2子。「カグヤマツミ (橘山統み)」の名は「橘山を治める者」の意であり、これは父のカグツミに継いでハラミの宮 (サカオリ宮) の治めを預かったことを推測させる。後にテルヒコに従って大和に下り、右の臣となる。アマテルの三子の娘の一人「タキコ (湍津姫・多岐都比売命)」を娶り、「カゴヤマ (天香語山)」 と「アメミチ姫 (天道日女命)」を生む。
  • 『隈野なる翌時 (くまのなるあすか)』「隈野となった直後」「災いの地となって即刻」の意。
  • 『極まる (きわまる)』「極む (きわむ)」から派生した自動詞専用形。「きわむ」は「きふ」から派生した動詞で、「きふ」は「きむ (決む・極む)」の変態。ここでは「至る」の意。


モノヌシは 怒りて曰く
『フトタマは 君の執の大人 臣翁 昨日 万歳 君 祝ひ 今日 また変わる 宮遷し』


  • 『モノヌシ』=オホモノヌシ=クシヒコ。
  • 『曰く (いわく)』「いふ (言う)」+「しく (如く)」の合成から「し」を省いて名詞化したもの。「言う如く」の意。これを世にク語法と呼ぶ。
  • 『執の大人 (とのおち)』「と」は写本によっては「ち」ともなっている。「と (留・統・執・治・左)」の「おち (大人・治人)」。あるいは「ち (治・領・占・統)」の「おち (大人・治人)」で「統治の司」の意と考える。
  • 『臣翁 (とみをきな)』臣の長老。老熟の臣。「をきな」は「大きなる者」の意で「上位の者・老熟の者」を意味し、この反対語が「おさな」。
  • 『万歳 (よろとし)』「よる (熟る・喜る)」と「とす (突す・達す)」の名詞形を合せた熟語。どちらも「高まる・栄る・熟れる・優れる・至る」などの意。


『万千は遠し 一年も 経ざるを迫めば 世の恥は 汝の心 穢れより』

  • 『迫む (せむ)』「(空きを) せばめる」という意で、この場合は「突き詰める」「突き止める」という意。
  • 『恥 (はち)』は「はづる (外る)」の原動詞「はつ」の名詞形で「反り・逸れ・曲り・外れ」などの意。「はす (斜)」の変態。


『君 肖らば 我 居らず 茜炎に 潰みすとも 磨金 食めど 穢れ 得ず』
かく言い 帰る


  • 『肖る (あやかる)』「あゆ (肖ゆ)」+「かる (交る)」の複合語。どちらも「合う・似る・交ざる・匹敵する」などの意。
  • 『茜炎 (あかねほのほ)』燃え盛る炎。烈火。「あかね」は「あかぬ」の名詞形。「あかぬ」は「あかる (上がる)」「あかむ (赤む・崇む)」などの変態で、これらは「あく (上ぐ)」からの派生語。「高まる・勢いづく・栄る」などの意。
  • 『潰みす (つみす)』「つみ (詰み)」+「す (為る)」。「つみ」は「つぶれ (潰れ)」「ついゑ (費え・弊え・潰え)」と同義。
  • 『磨金 (まろかね)』粗鉱に対して「精錬した金属・精げた金・まろやかにした金」を言う。


おもしろいのは、この部分によく似た表現が『八幡大菩薩託宣』という文書の中にあることである。
 
「鉄丸を食すと雖も、心汚れたる人の物を受けず 銅焔(どうえん)に座すと雖も、心穢れたる人の処に至らず」



諸 議り 遂に遷して アスカ川 周に堀りて 禊 なすかな

  • 『アスカ川 (飛鳥川・明日香川)』この「あすか」は意味が異なる。この「あすか」は「あすく」という動詞の名詞形。「あすく」は「いすぐ・ゆすぐ (濯ぐ)」「はじく (弾く)」などの変態で、「離す・放つ・祓う」などの意。よって「アスカ川」は「穢れ祓いの川・みそぎの川」という意なのである。このことを確認できる歌が万葉集にある。
    『君により 言の繁きを 故郷の 明日香の川に 禊しに行く』万四
  • 『周 (くるわ)』は「くるふ」の名詞形。「くるふ」は「くるむ (包む)」などの変態で「包む・囲む」などの意。


諸守は協議したが、結局は宮を遷したのである。これは「アスカ宮」と呼ばれる。そして新宮の周囲にアスカ川を掘り、その川の流れにクシヒコの言う穢れを祓ったのだという。
何が「穢れ」なのかはっきりしないが、基本的にホツマでは「穢れ」とは「心の曲り・偏り・不調和」を言う。

したがって「あすか」の意味は、
1.翌時。翌日。直後。即刻。性急。
2.祓い。禊。
である。



どこに宮を移したのかが書かれていないが、「アスカ宮」は後に「カグヤマ宮」とも呼ばれるようになるので、香具山の麓の地であったと推察される。



こうして大物主のクシヒコはホノアカリから離れ、大和を去っていった。
クシヒコの何を犠牲にしようとも、相手が何物であろうとも「穢れ食まず」「曲りを絶つ」という精魂は、八重垣の臣 (大物主家) の伝統となる。
クシヒコの8代の孫のオミケヌシ (大御気主命) は、開化天皇が、父・孝元天皇の妻イカシコメを内宮に立てるに際し、シラウド・コクミの母犯しの例を挙げて諫めるも、聞き入れられず、やはり父のミケヌシと共に宮を落ちている。

『オミケヌシ 諌め申さく "君 聞くや シラウド・コクミ 母 犯す 汚名 今にあり 君 真似て 汚名を被るや"』
『嘆きて曰く "大御神 陽陰の道 成す 代々の君 継ぎ受け 収む 天地日月 汝が政 諌めずて 阿り 君を 穴にする 心 汚なし 君 如何ん 我が上祖神 離れんや 穢れ 食まず" と 言い終り 帰れど 君は これ 聞かず ミケヌシ親子 噤み下る』
ホ32文


開化天皇の子、崇神天皇に夢に顕れた「大物主神」とは、クシヒコを原点とする歴代の大物主の霊魂の顕れなのだろう。天皇が神の言葉に従って発掘したオオタタネコ (大田田根子命) はオミケヌシの孫である。

『我はこれ オオモノヌシの 神なるが 君 な憂ひそ 治せざるは 我が心あり 我が裔 オオタタネコに 祭らさば 等しく平れて 遠つ地も まさに服ふ』ホ33文


またフトマニにはこんな歌がある。

『上の諫め 君は臣あり 親は子の 共に宝の 恵るなりけり』フ15

「上位者に対する諌め」を詠うこの歌も、我が身を顧みずクシタマホノアカリを諌め、また父のオオナムチを諌めたクシヒコがモデルになっていると思われる。



この章には記されていないが、コヤネもクシヒコと同じ行動をとっている。

『例ひ落ちても  な恨めそ 陰の忠 なせ この芽 出る 故はアスカを 落ちた時 忠を忘れず』ホ28文




彼らはどこへ行ったのだろうか・・・

もう一人の御孫の所である。




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma20.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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ホツマツタエのおもしろ記事112『そらみつやまと』

2013-04-30 10:34
ホツマツタエのおもしろ記事(112)  そらみつやまと


これまでのお話: 1.『十種神宝』
         2.『皇孫降臨』



クシタマホノアカリはオシホミミより「三種宝」を、さらにアマテルよりは「十種宝」を授与されて中国の大和に下る。供守32人、25人編成の護衛部隊を5隊、総勢864人の供を従えて、ヒタカミから陸路を南に向かった。



ヒタカミを出て カシマ宮 その道 民の 出迎ひ

  • 『ヒタカミ (日高見)』今の仙台付近を中心とし、おおよそ「みちのく (陸奥)」「奥州」と呼ばれる地域に相当する。勿来を境に北がヒタカミ、南はホツマ国となる。現在の東北と関東+東海の区分と大差無い。ヒタカミは「タカミ」「タカヒ」とも略されるが、 「ひ (日)」+「たかみ (高み)」で、「日が昇る地」「東」が原義である。
  • 『カシマ宮 (かしまみや)』鹿島宮。タケミカヅチ (カシマ守) の宮で、今の鹿島神宮。 この近くにはフツヌシ (カトリ守) の「カトリ宮 (香取神宮)」やアマノコヤネの「イキス宮 (息栖神社)」もあり、ホツマ国北部の要所であったことが窺える。


耕し 欠くと 聞し召し イセに侍る 御子の弟 キヨヒトに神 御言宣
『汝とチカラと 速船に 行きて斎船 奨むべし』


  • 『聞し召す (きこしめす)』「きこす (聞す)」+「めす (召す)」の複合。「きこす」は「きく (聞く)」の派生動詞。どちらも「合わす・収(治)める」の意で、「きこしめす」は「合わす・治める・執る」「(自己に) 合わす・聞く・思う」などの意。「知ろしめす」と同義。
  • 『イセ (妹背・伊勢)』は「いもせ (妹背)」の略で、「女男・陰陽・地天・月日」の意。ここでは太陰霊と太陽霊の下生である「妹背の神」(=アマテル)、またアマテルの居る地「伊勢」を表す。
  • 『御子 (みこ)』ここではクシタマホノアカリ (斎名:テルヒコ) を指す。
  • 『キヨヒト』ニニキネ (瓊々杵尊) の斎名。
  • 『神 (かみ)』アマテルを指す。世に生きる人間で「神」と呼ばれるのはアマテルだけである。
  • 『汝 (なれ)』「な (合・和) 」+「れ (在・有)」。「れ」は「ある (在る)」の名詞形で存在を表す。「なれ」は「相対する存在」の意で、「なんち (汝)」「いまし (汝)」の同義語。
  • 『チカラ』タチカラヲ (手力雄神) の略。この頃は父オモイカネの後を受けて、イサワ宮で「ひよみ (日夜見)」をしていたようである。
  • 『斎船 (いわふね)』「いわ (斎)」は「いふ (斎ふ)」の名詞形で「高める・勢いづける・栄す・潤す」などの意。「斎船」は「天君が乗り巡って (和り恵って) 世を照らす船」という意で「御幸の船」を言う。これは「天地つ日月」と同じ概念によるものである。「あまのいわふね (天地の斎船)」また「斎奇船 (いわくすふね)」とも呼ばれている。


よりて御孫と タチカラヲ ワニ船に乗り 上総の ツクモに着きて カトリ宮 神言 宣れば

  • 『御孫 (みまご)』アマテルの孫を言うが、特に「クシタマホノアカリ」と「ニニキネ」を指す。「アメの御孫」とも言う。この場合「アメ」は「天地・陽陰」の意で、「アマテル神 (天地垂る神・陽陰垂る神)」を意味する。 ここではホノアカリを「皇孫」「御子」と表しているので、「御孫」はニニキネを指している。
  • 『ワニ船 (わにふね)』ワニ (鮫) のような形 (背びれを水面に出す) の船。帆船。ワニ船が最も速い船だったことが他の箇所に記されている。現在も対馬では大型の舟をワニ、小型のをカモと呼ぶという。
  • 『上総 (かんふさ)』房国の上(かみ)。「かづさ」とも訛る。「かみ (上)」は、中心・都に近い区画をいい、上総国の場合は「安房国のかみ」という意味らしい。「房」は房総半島の形から来ていると思われる。ホツマヱには下総国は登場せず、上総国の北は常陸国となる。
  • 『ツクモ』は「継ぐ百」の意で「九十九」を表し、現在の九十九里浜を言うと思われる。何故この地を「ツクモ」というのかわからないが、「はら (茂原) に継ぐ」の意だろうか。
  • 『カトリ宮 (かとりみや)』香取宮。いまの香取神宮。「カトリ」は「フツヌシ (経津主神)」の守名で、「グ山 (富士山) をつかさどる」という意だとホツマは説明している。これが元となったのか、辞書 (広辞苑) には「かどる (制る・主る)」という動詞があって「統御する・管轄する」の意だという。
  • 『神言 (かんこと)』アマテル神の言葉。


ホノアカリ マウラを召して 占問えば マウラ フトマニ "アキニ" 取る
「東風に冷も解け 弊 逃る」
 
  • マウラ (天津真浦・天津麻占)カグツミの第五子。カグヤマツミ・カンタマの弟。テルヒコの五供の上司の一人で、イワクス船での風見役。後にはサカオリ宮の預かり役となったようである。アシツ姫・イハナガ姫の父のオオヤマズミはこの人。マウラは相模の小野に新田を成して『マウラ守』と呼ばれ、ここに橘の木を植えて初代の『橘の君』となる。
  • 『占問ふ (うらとふ)』「うら」は「裏」の意で「見えない部分・奥・心・本質・本源」などの意。これは万象の本源である陽陰48神 (=言葉の48音) を言うのである。「うらとふ (占問ふ)」は「うらなふ (占ふ)」の同義語。
  • 『フトマニ (太兆)』とは「すべての現れ・万象」という意味で、これは本来はサコクシロに坐す元明けの49神 (48音) を指す。「48音」は別名を「アワノカミ (陽陰の神)」ともいう。詳しくは『ふとまに』を参照。
  • 『アキニ』フトマニの 「アキニ」 の歌。 その完文は こちら


『今 春なれば 西の空 民 疲れ 無し 好し好し』と 
御言 定まる


  • 『春 (はる)』は動詞「はる (張る) 」の名詞形。「張る」は「はふ (生ふ)」「はぬ (跳ぬ)」 などの変態で「放つ・発す・起る」などの意。
  • 『空 (そら)』は「そる (逸る・剃る)」の名詞形。「そる」は「離れる・退く・空く」などの意。よって「そら」は「から (空)」と同義で「退いたさま・無いさま・空き」などの意。
  • 『疲れ (つかれ)』は「つかる (疲る)」の名詞形。「つかる」は「つく (尽く)」+「かる (枯る)」の合成で、「すがる (尽る・末枯る)」の変態。
  • 『御言 (みこと)』「こと (言)」の尊敬語で「命」とも書く。「詔・勅」と同じ。
  • 『定まる (さだまる)』は「さだむ (定む)」から派生した自動詞専用形。「さだむ」は「さす (差す)」+「たむ (留む)」の合成で、どちらも「合わす・まとめる・調える・固める」などの意、「しとむ (仕留む)」「しつむ (為集む)」「さしとむ (刺し留む)」「したたむ (認む)」などの変態。


ニニキネとタチカラと行く ヒタカミの君を拝みて 由を告げ 後に御孫とタチカラと イサワに帰り 返言す

  • 『ヒタカミの君 (ひたかみのきみ)』ヒタカミの「タカの首」を都とする天君オシホミミを指す。
  • 『由 (よし)』は「よす (寄す)」の名詞形。「(ある状況を) 引き寄せるもの」という意で、「理由・原因」「経緯・事情」「手段・方法」などを表す。
  • 『イサワ』アマテルの住む地域の名で「いせ (妹背・伊勢)」と同じと考えて良い。オシホミミ~ウガヤの時代はアマテルも同時に世に存命しているので、「君の都」と「神の都」という二段の構えになっていた。
  • 『拝む (をがむ)』は「おく (置く/熾く)」から派生した動詞で「合わす」と「高める」が原義。「(目に) 合わす」という意と「敬う・尊ぶ」という意に分かれるが、通常は融合して「尊び見る」の意に使う。「を」の表記は尊敬を表す。
  • 『返言 (かえこと)』返す言葉。返事。返答。報告。辞書には「かえりごと (返り言・返り事)」という語が載っている。


時に皇御子 斎奇の船を設けて マラが叔父 アマツハハラを 船長に マラは舵取り 

  • 『皇御子 (すめみこ)』「すめ (皇)」は「すべ (統)」の変態。「統べる者・統領」の意で「天君 (中央政府の総帥)」を表す。 「みこ」は「まく (撒く・罷く)」の変態「みく」の名詞形。「分かれ・派生」の意で「子」を表す。また「み (御・上)」+「こ (子)」として「子」の尊敬語とする場合もある。「すめみこ」は、ここでは「天君となる御子」の意ではないかと思われ、オシホミミの子のクシタマホノアカリを指す。
  • 『斎奇の船 (いわくすのふね)』「いわふね (斎船)」と同じ。「いふ (斎ふ)」+「くす (奇す・貴す)」で「高め栄す・恵み潤す」の意。「斎奇船」は「天君が乗り巡って (和り恵って) 世を恵み潤す船」という意で、つまりは「御幸の船」を言う。
  • 『マラ』=アマツマラ (天津麻良)。カンミの玄孫で、アマツハバラの甥。テルヒコの五供の上司の一人、またテルヒコの乗る斎奇船の舵取り。「立岩神社」の祭神。また「大鳥大社」の由緒によると「大庭造は神魂命 (カンミムスビ) の八世の孫、天津麻良命の後なり」。
  • 『アマツハバラ (天津羽原)』マラの叔父で、テルヒコが大和に下る際の斎奇船の船長とされる。
  • 『船長 (ふなおさ)』船を治める者。「長 (おさ)」は「おす (押す)」の名詞形で、「おす」は「合わす・和す・束ねる・治める」などの意。「おさ (筬)」も同じ。
  • 『舵取り (かぢとり)』「かぢ (舵)」は「かた (方・傾)」の変態で「区分・方向・傾き」などの意。「かぢ・かた」は「かつ (割つ)」の名詞形。
  • 『旧事』
     船長 跡部首
    (あとべのおびと) 等の祖天津羽原 (あまつはばら)。
     梶取 阿刀造 (あとのみやつこ) 等の祖天津麻良 (あまつまら)。


アカウラを船子司に アカマロとアカホシ モノを添え水手に マウラは風見

  • 『アカウラ (天津赤占)』シホモリの二子。テルヒコの五供の上司の一人。またテルヒコの乗る斎奇船の船子司。
  • 『船子司 (ふなこつかさ)』船子を司る者。
    「船子」は「ふな (船)」+「こ (漕)」で、「船漕ぎ・船掻き」の意。
  • 『アカマロ (天都赤麻良)』ツクバソソの子。テルヒコの五供の上司の一人。またアカホシと共にテルヒコの乗る斎奇船の水手。「深江稲荷神社摂社、笠縫社」の祭神「天津麻占命」は、この人を言ってるように思う。
  • 『アカホシ (天津赤星)』ヒトコトヌシの子で、カツテの弟。テルヒコの五供の司の一人。またアカマロと共に斎奇船の水手。「赤星神社」の祭神。
  • 『モノ』ここでは「もののべ (物部)」と同義。「もの」は「もり (守)」の変態。
  • 『水手 (かご)』は「かく (掻く)」の名詞形。「掻く者・漕ぎ手」の意で「船子」と同義。
  • 『風見 (かぜみ)』風を見る者。
  • 『旧事』
     船子 倭鍛師
    (やまとのかぬち) 等の祖天津真浦 (あまつまうら)。

        笠縫 (かさぬい) 等の祖天津麻占 (あまつまうら)。
        曽曽笠縫 (そそかさぬい) 等の祖天都赤麻良 (あまつあかまら)。
        為奈部 (いなべ) 等の祖天津赤星 (あまつあかぼし)。


ツクモより 稜威の岬に 帆を上げて 沖 走る目は 大空を 遥かに駈けり

  • 『稜威の岬 (いつのみさき)』「いつ」は「至・甚・逸・頂」の意で、「甚だしいさま・並み外れたさま・至ったさま」を表す。 「みさき」は「みさく」の名詞形。「みさく」は「みす (禊す)」+「さく (放く)」の合成で、どちらも「放つ・突き出る」の意。よって「いつのみさき」は「並外れた突出」の意で、今の「伊豆半島」を指すと思われる。
  • 『沖走る目 (おきはしるめ)』(斎奇船が) 沖を走る見た目。
  • 『大空 (おほぞら)』「おほ」は「おも (表)」「うわ (上)」の変態と考える。よって「おほぞら」は「上の空間・上空」の意。
  • 『遥か (はるか)』「はる (離る・放る)」+「か (如)」。「離れる如きである」の意。
  • 『駈けり (かけり)』「かく (駈く)」+「り」。「り」は「あり・なり・たり・けり」などの簡略で、「断定」を表す。


穢隈野の宮居 拝みて 浪速より カモにて到る イカルカの峰より トリの白庭に

  • 『穢隈野の宮居 (みくまののみやゐ)』「みくまの」は「汚穢隈の区画」という意で、「くまの (隈野)」と同じ。「みくまのの宮居」とは「隈の神イザナミが鎮まる宮居」で、現在の「神倉神社」を指す。
  • 『浪速 (なみは)』「なみはや(浪速)」の省略形。「なみはや (浪速)」→「なみは (浪速)」→「なんば (難波)」→「なには (難波・浪速・浪花)」。ここで川船に乗り換え、大和川や淀川を逆上って大和・山背に入ったのである。
  • 『カモ』鴨船。鴨が足を前後に掻いて泳ぐように、櫂で漕ぐ船。
  • 『イカルカ (哮・斑鳩)』「いかる (怒る)」+「か (方・処)」。「いかる」は「いく (活く)」+「かる (上る)」の合成で、「高まる・聳える・優れる・至る」などの意。「か」は「分割・区分・区画」を表す。よって「いかるか」は「高い区画・高台の地」の意。
  • 『イカルカの峰 (みね)』「いかる」は「いこむ」の変態であるので、「イカル」=「イコマ (生駒)」と見る。よって「イカルカの峰」=「生駒山」と考える。また近隣の地名「ヘグリ (平群)」も「イカル」の変態だろうと思う。
  • 『トリ』は、ここでは「とりを務める」のそれで、「締め括り・至り・果て・終着点」などの意。『旧事』はこれを「鳥見 (とみ)」と記している。
  • 『白庭 (しらには)』「しる (領る)」+「には (場・地)」で、「領らす所・政を執る所」が原義。ここでは「クシタマホノアカリが政を執る所」であるが、これが固有地名に転じたものと考える。場所については、奈良県生駒郡平群町付近と見ている。白石畑 (しらいしばた) など臭う。「しらいし」は、シラヰシで、シラニハと同義だし、「はた」は「端」であろう。
  • 『旧事』饒速日尊禀天神御祖詔、乘天磐船而、天降坐於河内國河上哮峯。則遷坐大倭國鳥見白庭山。
    饒速日尊は天神御祖の詔を承けて天の磐船に乗り、河内国の河上の哮峯 (いかるがみね) に天降り坐す。そして大倭国の鳥見の白庭山に遷り坐す。


天地の斎船 大空を 駈けり回りて この里の 名をも 「空回つ大和国」

  • 『天地の斎船 (あまのいわふね)』「天地つ日月の君が乗り巡って (和り恵って) 世を恵み潤す船」という意で、つまりは「御幸の船」を言う。「斎船」「斎奇船」と同じ。
  • 『駈けり回る (かけりめぐる)』「かけり」は「かける」の連用形。「かける」は「かく (上く・駆く)」の連体形「かける」が動詞として独立したもの。「駈けり回る」の裏にはやはり「和り恵る」の意味がある。
  • 『里 (さと)』は「した (下)」「そと (外)」「そで (袖)」「すそ (裾)」などの変態で、「区分・区画」「(上・中心・都に対して) 下・末・隅・端・周辺部」「(山に対して) 低地・平地・(山の) 麓・裾野」などの意を表す。
  • 『空回つ大和国 (そらみつやまとくに)』「空を駆け回って到る中国」の意。「みつ」は「見つ」ではなく「回つ・廻つ」の意。これが現在の奈良県を「やまと (大和)」と呼ぶようになる起源である。これ以前には「やまと」は「中国 (なかくに)」の別名だったのである。
  • 『旧事』所謂乘天磐船而、翔行於大虚空、巡睨是郷而、天降坐矣。即謂虚空見日本國是歟。
    いわゆる天の磐船に乗り、大虚空 (おおぞら) を翔け行き、この郷を巡り見て天降り坐す。すなわち「虚空見つ日本国」と謂うはこれなり。

-つづく-




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ホツマツタエのおもしろ記事111『皇孫降臨』

2013-04-29 08:37
ホツマツタエのおもしろ記事(111)  皇孫降臨


→ 前回までのお話


クシタマホノアカリはヒタカミから大和の地 (今の奈良県) に下ることになった。それは一応、それまで春日県を治めていたヰチヂ (市千魂命)が老齢のために県主を退任することに対応してのことである。 しかしそれだけならば別の臣を春日県主に選任すれば済む話である。

おそらく天君オシホミミはこれを契機として、中国 (中央政府) の政を長男のクシタマホノアカリに執らせる構想を持ったのだろう。この時期オシホミミはヒタカミを都としており、中央の政治は「代の殿」のタカキネが代行していたからである。

したがってクシタマホノアカリが「三種宝」「十種宝」を授与されて中国の大和に下るということは、事実上、新しい天君 (中央政府の総帥) の就任を意味するものだと考える。 大物主のクシヒコやアマノコヤネが随行していることからもそれが窺える。当初の予定ではこの二人が新しい天君の左右の臣になるはずだったのだろう (異なる展開を見るのだが)。


ホツマツタエ20章『皇孫十種得る文』のこの部分は、先代旧事本紀の『天神本紀』にも同様の記事があるので併記してみたいと思う。



『中国の守 拒まんを 防ぐ供守』

  • 中国 (なかくに)』「中央の地」という意で、地理的にも政治的にも日本の中心である。広義にはヒタカミ (東北)・根の国 (北陸)・サホコチタル (中国) を除く本州を言う。この範囲がオリジナルの日本の領地であった。ここからしだいに版図を拡大していったのである。「葦原中国 (あしはらなかくに)」「葦原国 (あしはらくに)」とも言い、また「ヤマト (和)」とは本来この地を指す名であった。
  • 『守 (かみ)』上位にあって下位の者を治める者。「上・頭・官・公」の意で、「長・主・司」の同義語。またこれは「臣」「物部」の同義語である。「もり (守)」とも言う。
  • 『拒まん (こばまん)』中国を治める国守達が新たな総帥を拒む可能性を完全には否定出来ないので、一応の用心のためという意と思う。
  • 『供守 (ともがみ)』「とも (供・伴・共)」は「とむ (留む)」の名詞形。「留む」は「添う・付く」の意。
  • 『旧事』高皇産霊尊勅曰、若有葦原中国之敵拒神人而待戦者、能為方便誘欺防拒。而、令治平。令三十二人並為防衛、天降供奉矣。
    高皇産霊尊は宣して曰く「もし葦原中国の敵、神人を拒まんと待ち受けて戦う者あらば、うまく方策し誘い欺いてこれを防ぎ拒み、そうして治め平らげよ。」そして総32人に宣して防衛となし、天降りの供を奉った。



『カグヤマは ヤマズミの二子』

  • 『カグヤマ』カグヤマツミの略。カグツミの第2子。「カグヤマツミ (橘山統み)」の名は「橘山を治める者」の意であり、これは父のカグツミに継いでハラミの宮 (サカオリ宮) の治めを預かったことを推測させる。後にテルヒコモノヌシとして大和に下る。アマテルの三子の娘の一人「タキコ (湍津姫・多岐都比売命)」を娶り、「カゴヤマ (天香語山)」 と「アメミチ姫 (天道日女命)」を生む。
  • 『ヤマズミ』オオヤマズミ (大山祗)」の略。ここではサクラウチの子の「カグツミ」である。 カグツミは「橘統み」で「橘山 (かぐやま) を治める者」の意と思われる。「橘山 (かぐやま)」は富士山の別名の一つ。これはヤマテルがイサワ宮に、オシホミミがタガ若宮に移った後、カグツミがハラミの宮 (サカオリ宮) の治めを預かったことを推測させる名である。
  • 『二子 (ふこ)』第2子。
  • 『旧事』天香語山命 (あまのかごやまのみこと)、尾張連 (おわりのむらじ) 等の祖
    したがって旧事では「カグヤマツミ」ではなく、その子の「カゴヤマ (天香語山)」に変じているわけである。


『フトタマは ミムスビの三子』

  • 『フトタマ (天太玉命)』タカキネの第3子。ナガスネヒコ (長髄彦)、ミカシヤ姫 (御炊屋姫)、アメトミ (天富命) の祖父。テルヒコの左の臣となる。
  • 『ミムスビ』「タカミムスビ (高皇産霊尊)」の略。タカキネは7代のタカミムスビである。
  • 『三子 (みこ)』第3子。
  • 『旧事』天太玉命 (あまのふとたまのみこと)、忌部首 (いむべのおびと) 等の祖


『コヤネとは カスガ殿の子』

  • 『コヤネ』アマノコヤネ (天児屋命)。
  • 『カスガ殿 (かすがとの)』「春日県を治める政殿の主」という意。春日県主となった「ヰチヂ (市千魂命)」の肩書き。「カスガ」という地名は、アマテルの「心地かすか」という発言から起こっており、「かす (高す・明す・炊す・活す)」+「か (如)」が原義。
  • 『旧事』天児屋命 (あまのこやねのみこと)、中臣連 (なかとみむらじ) 等の祖


『クシタマは ミムスビの四子』

  • 『クシタマ (天櫛玉命)』ホツマには名前しか登場しない。 「櫛玉命神社」や「白提神社」の祭神としてその名が見える。
  • 『四子 (よこ)』第4子。
  • 『旧事』天櫛玉命 (あまのくしたまのみこと)、鴨県主 (かものあがたぬし) 等の祖



『ミチネとは カンミの曾孫』

  • 『ミチネ (天道根命)』ムラクモ (天村雲命) の兄。トヨケの死後、しばらくアマテル自身がサホコチタルの政治に当たったが、後任にカンサヒとツハモノヌシ・コクミを配し、ソサノヲとアマノミチネを伴ってヤスクニ宮に帰っている。ホツマにはもう一人「タカクラシタ (高倉下)」の妹婿で、紀の国造となった同名の人物が登場する。
  • 『カンミ』カンミムスビ (神皇産霊尊)」の略。6代タカミムスビ「ヤソキネ」の譲位後の称号。
  • 『旧事』天道根命 (あまのみちねのみこと)、川瀬造 (かわせのみやつこ) 等の祖


『カンタマは ヤマスミの三子』

  • 『カンタマ (天神玉命)』カグツミの第3子。カグヤマツミの弟。「神谷神社」の祭神としてこの名が見える。「カンタマ」も同音の名の人物がすぐこの後に出てくる。
  • 『旧事』天神玉命 (あまのかむたまのみこと)、三嶋県主 (みしまのあがたぬし) 等の祖


『サワラノは アカツチの孫』

  • 『サワラノ (天椹野命)』 アカツチの孫で、ユツヒコ (天湯津彦命) の兄。「都波岐奈加等神社」の祭神としてこの名が見える。
  • 『アカツチ (赤土命)』筑紫を治める国守の一人。ハヤスフ姫の父。アシナツチの兄。アマテルの内宮セオリツ姫により北の局を解任されたモチコ・ハヤコを自分の新局として、またハヤコの三つ子の姫 (タケコ・タキコ・タナコ) を、ウサ宮に受け入れる。ニニキネが山陽を巡った時、アカツチに命じて安芸の禿げ山に檜・杉を植えさせる。
  • 『旧事』天椹野命 (あまのくぬのみこと)、中跡直 (なかとのあたい) 等の祖


『ヌカドとは カガミツコの子』

  • 『ヌカド (天糠戸命・天抜戸)』この人物も名前しか登場しない。 「鏡作坐天照御魂神社」や「中山神社」の祭神としてこの名が見える。
  • 『カガミツコ (鏡作命)』「つこ」には「造」「仕」「掴・束・司」の3種の意味があるが、「カガミツコ」は3つとも重ねて「鏡造りに仕える者の司」の意か。これが「イシコリドメ (石凝姥命)」を指している可能性はあると思う。やはり「中山神社」の祭神としてこの名が見える。
  • 『旧事』天糠戸命 (あまのぬかとのみこと)、鏡作連 (かがみつくりのむらじ) 等の祖


『アケタマは タマツコの子ぞ』

  • 『アケタマ (天明玉命)』やはり名前しか登場しない。「玉作湯神社」「櫛玉命神社」「玉祖神社」「建部神社」などの祭神としてこの名が見える。これらの神社によると、櫛明玉命 (くしあかるたまのみこと)、羽明玉命 (はあかるたまのみこと)、豊玉命 (とよたまのみこと)、玉祖命 (たまのおやのみこと)、玉屋命 (たまのやのみこと) の別名を持つという。
  • 『タマツコ (玉作)』「つこ」には「造」「仕」「掴・束・司」の3種の意味があるが、「タマツコ」は3つとも重ねて「玉造りに仕える者の司」の意か。「アケタマ」の別名だという豊玉命 (とよたまのみこと)、玉祖命 (たまのおやのみこと)、玉屋命 (たまのやのみこと) はこちらを指しているのでは?
  • 『旧事』天明玉命 (あまのあかるたまのみこと)、玉作連 (たまつくりのむらじ) 等の祖


『ムラクモは ミチネが弟』

  • 『ムラクモ (天村雲命・天牟良雲命)』カンミの曾孫。ミチネの弟。アヒワケの祖父。オモイノカネの後任として日夜見になるが、テルヒコと共に大和へ下る。その後タチカラヲが日夜見となるが、ニニキネに同行するため、再びムラクモが日夜見に就く。ところがムラクモ (叢雲) という名では、鏡 (=明暗見=日夜見=暦) が曇るというので、アメフタヱの名を賜る。コヤネから祭の文 (天文) を与えられ、妹背の神教人を受け嗣ぐ。「五所神社」「伊笠神社」「二上射水神社」などの祭神。
  • 『旧事』天牟良雲命 (あまのむらくものみこと)、度会神主 (わたらいのかんぬし) 等の祖


『ウスメヒコ ミケモチの孫』

  • 『ウスメヒコ』やはり名前しか出てこない。旧事は「ウズメ (天鈿売命)」に当てているようだが、そうとは思えない。
  • 『ミケモチ』不詳。旧事の神代系紀には「天御食持命 (あめのみけもちのみこと) は神皇産霊尊の子で天道根命・天神玉命の兄。紀伊値 (きいのあたい) 等の祖」と記されている。
  • 『旧事』天鈿売命 (あまのうずめのみこと)、猿女君 (さるめのきみ) 等の祖


『カンタチは コモリの初子』

  • 『カンタチ (天神立命)』コモリの長男。大和ではモノヌシとしてテルヒコに侍っていたらしい (始めはカグヤマがテルヒコのモノヌシとなっている)。後に筑紫からの御使の要請に応えて、モノヌシとして筑紫へ行き、現地のハテヅミと共に三十二県を治める (ツクシヲシカの初)。曽於のフナツの娘フトミミを娶ってフキネを生む。「神足神社」「久我神社末社、歯神社」の祭神。
  • 『コモリ (子守神)』クシヒコミホツ姫の子 (斎名:ミホヒコ 幼名:ヨロギマロ) 。父クシヒコの後を受けて、ニニキネ中央政府の大物主となり、以後ホオテミ・ウガヤフキアワセズの三朝に大物主として仕える。
  • 『初子 (はつこ)』第1子。
  • 『旧事』天神立命 (あまのかむたちのみこと) あるいは 天背男命(あまのせおのみこと)、山背久我直(やましろのくがのあたい) 等の祖
    また神代系紀には、高皇産霊尊の児、天神立命 (あまのかむたちのみこと)、山代久我直等の祖とある。


『アメミカゲ タタキネの御子』

  • 『アメミカゲ (天御陰命)』ホツマには名前しか登場しない。「御上神社」「弥加宜神社」の祭神とされるが、これはおそらくホノススミの孫の「アメミカゲ」と混同されている。また天目一箇神(あめのまひとつのかみ)とも同一視されている。
  • 『タタキネ』アマテルとハヤアキツ姫の子「アマツヒコネ (天津彦根命)」の斎名。
  • 『御子 (おこ)』アマテルの孫であることに対する敬称と思われる。
  • 『旧事』天御陰命 (あまのみかげのみこと)、凡河内直 (おおしこうちのあたい) 等の祖


『ミヤツヒコ カナサキの三子』

  • 『ミヤツヒコ』やはり名前しか出てこない。また他の文献にも現れず、まったく手がかりなし。
  • 『カナサキ (宇都志日金折命)』住吉神
  • 『旧事』天造日女命 (あまのつくりひめのみこと)、阿曇連 (あずみのむらじ) 等の祖


『ヨテヒコは コモリの四つ子』

  • 『ヨテヒコ (天世手命)』やはり名前しか出てこない。
  • 『旧事』天世平命 (あまのよむけのみこと)、久我直 (くがのあたい) 等の祖


『アメトマミ ヌカタダの御子』

  • 『アメトマミ (天戸間見命・天斗麻彌命)』クマノクスヒの子。後にニニキネのオオモノヌシ・コモリの副モノノベとなっている。「馬見岡神社」の祭神。
  • 『ヌカタダ』クマノクスヒ (熊野樟日) の斎名。アマテルとトヨ姫アヤコの子。クスヒはクマノ神 (イサナミ) を祭る御杖代になったらしく。ナチの若御子という別名を持つ。「熊野那智大社」「熊野坐神社」の祭神。
  • 『御子 (おこ)』アマテルの孫であることに対する敬称と思われる。
  • 『旧事』天斗麻弥命 (あまのとまねのみこと)、額田部湯坐連 (ぬかたべのゆえのむらじ) 等の祖


『アマセオは カンミの玄孫』

  • 『アマセオ (天背男命)』カンミの玄孫 (やさご)。タマクシのいとこ。「久多神社」の祭神。「尾張大國靈神社」にもこの名が現れる。
  • 『旧事』天背男命 (あまのせなお) あるいは 天背斗女命 (あまのせとめのみこと)、尾張中嶋海部直 (おわりのなかじまのあまべのあたい) 等の祖


『タマクシは セオのいとこぞ』

  • 『タマクシ (天玉櫛彦命)』 ホツマには名前しか出てこない。「津原神社」祭神。
  • 『セオ』=アマセオ (天背男命)。
  • 『旧事』天玉櫛彦命 (あまのたまくしひこのみこと)、間人連 (はしひとのむらじ) 等の祖


『ユツヒコは サワラノの弟』

  • 『ユツヒコ (天湯津彦命)』アカツチ (赤土命) の孫。サワラノ (天椹野命) の弟。「安積國造神社」の祭神。また「速谷神社」の由緒にも名前が見える。
  • 『旧事』天湯津彦命 (あまのゆつひこのみこと)、安芸国造 (あきのくにのみやつこ) 等の祖


『カンタマは タマクシの弟』

  • 『カンタマ (天神魂命)』二人目の「カンタマ」。タマクシ (アマセオのいとこ) の弟で、ミツギヒコの兄。
  • 『旧事』天神魂命 (あまのかむたまのみこと) または 三統彦命 (みむねひこのみこと)、葛野鴨県主 (かどののかものあがたぬし) 等の祖


『ミツキヒコ カンタマの弟』

  • 『ミツキヒコ (天三降命)』カンタマとタマクシの弟。
  • 『旧事』天三降命 (あまのみくだりのみこと)、豊国宇佐国造 (とよくにのうさのくにのみやつこ) 等の祖


『アヒミタマ タカギの四つ子』

  • 『アヒミタマ (天日神命)』阿麻氏留神社」の祭神。
  • 『タカギ (高木神)』タカキネ (7代タカミムスビ) と同じ。
  • 『旧事』天日神命 (あまのひのかみのみこと)、対馬県主 (つしまのあがたぬし) 等の祖


『チハヤヒは ヨテの弟 五子』

  • 『チハヤヒ (乳速日命)』知波夜比古神社」の祭神。
  • 『ヨテ』「ヨテヒコ (天世手命)」の略。
  • 『五子 (ゐこ)』コモリの第5子という意。
  • 『旧事』乳速日命 (ちはやひのみこと)、廣湍神麻続連 (ひろせのかむおみのむらじ) 等の祖


『ヤサカヒコ コモリの八つ子』

  • 『ヤサカヒコ (天八坂彦命)』コモリの第8子。「神麻続機殿神社」の祭神。
  • 『旧事』八坂彦命 (やさかひこのみこと)、伊勢神麻続連 (いせのかむおみのむらじ) 等の祖


『イサフタマ ツノコリの子ぞ』

  • 『イサフタマ (天伊佐布魂命)』不明。
  • 『ツノコリ (角凝魂命)』不明。神皇産霊尊-角凝魂命伊佐布魂命-天底立命-天背男命-天日鷲翔矢命 という系図がある。
  • 『旧事』伊佐布魂命 (いさふたまのみこと)、倭文連 (しどりのむらじ) 等の祖


『イキシニホ オモヒカネの子』

  • 『イキシニホ (伊岐志邇保命)』タチカラヲ(手力雄神)、ウワハル (天表春命)、シタハル (天下春命) の兄弟。
  • 『オモヒカネ (思兼命)』タカキネの子。ワカ姫の夫。詳しくは こちら を参照。
  • 『旧事』伊岐志迩保命 (いきしにほのみこと)、山代国造 (やましろのくにのみやつこ) 等の祖


『イクタマは タカギの五つ子』

  • 『イクタマ (天活玉命)』高瀬神社」「気多神社」の祭神。
  • 『タカギ (高木神)』タカキネ (7代タカミムスビ) と同じ。
  • 『旧事』活玉命 (いくたまのみこと)、新田部直 (にいたべのあたい) の祖


『サノヒコネ ヒコナの子なり』



『コトユヒコ ハラキネの御子』

  • 『コトユヒコ (天事湯彦命)』名前以外は不明。
  • 『ハラキネ』アマテルとオオミヤ姫ミチコの子「イキツヒコネ (活津彦根命)」の斎名。
  • 『御子 (おこ)』アマテルの孫であることに対する敬称と思われる。
  • 『旧事』事湯彦命 (ことゆつひこのみこと)、畝尾連 (とりおのむらじ) 等の祖


『ウワハルは ヤツココロの子』

  • 『ウワハル (天表春命)』阿智神社」「戸隠神社、宝光社」の祭神。阿智地方開拓の祖神という。
  • 『ヤツココロ (八意)』オモヒカネの別名。
  • 『旧事』八意思兼神 (やごころのおもいかねのかみ) の兒表春命 (うわはるのみこと)、信乃阿智祝部 (しなののあちのいわいべ) 等の祖


『シタハルは ウワハルの弟』

  • 『シタハル (天下春命)』ヤツココロ (オモヒカネ) の子で、ウワハルの弟。「小野神社」の祭神。
  • 『旧事』天下春命 (あまのしたはるのみこと)、武蔵秩父国造 (むさしのちちぶのくにのみやつこ) 等の祖


『アヨミタマ タカギの七子』

  • 『アヨミタマ (天月神命)』箱崎八幡神社、月讀社」の祭神。兄のアヒミタマ (天日神命) と対を成す。
  • 『タカギ (高木神)』タカキネ (7代タカミムスビ) と同じ。
  • 『七子 (ななこ)』第7子。
  • 『旧事』天月神命 (あめのつきがみのみこと)、壱岐県主 (いきのあがたぬし) 等の祖


『総 三十二 皆 乗馬で 守り行く』

  • 『乗馬 (のりむま)』馬に乗ること。騎乗。


香川県善通寺市の「大麻神社」や、鹿児島県肝属郡の「四十九所神社」では、上記の32守がまとめて祭られている。



『御子は八房の 斎出車 二十五の侍人を 五供の 守る上司』

  • 『御子 (みこ)』 天君オシホミミの御子であるクシタマホノアカリ。
  • 『八房の斎出車 (やふさいてくるま)』「八角形の尊い外出用の乗り物」の意。これは三種宝を受けた人 (天君またはそれに準ずる者) 専用の乗り物である。詳しくは『おみこしの起源』を参照。
  • 『二十五の侍人 (ふそゐのはと)』「25人の侍る人」の意だが、特に下級のモノノベ・小臣を言うように思われる。当然「鳩」にかけている。
  • 『五供 (ゐつとも)』「五組・五部隊」の意。25人の侍人を5部隊編成することを言う。
  • 『上司 (みやつこ)』「みや (敬・上)」+「つこ (仕/司)」。「上級の仕い・上司」の意。1部隊25人の侍人を5人の上司が司る。
  • 『旧事』副五部人為従天降供奉
    五部人 (いつとものお) を副え、従と為して天降り供へ奉る。


『アマツマラ カンミの玄孫』

  • 『アマツマラ (天津麻良)』 カンミの玄孫。アマツハバラ (天津羽原) の甥。テルヒコの五供の上司の一人、またテルヒコの乗るイワクス船の舵取り。「立岩神社」の祭神。また「大鳥大社」の由緒によると「大庭造は神魂命 (カンミムスビ) の八世の孫、天津麻良命の後なり」。
  • 『旧事』物部造 (もののべのみやつこ) 等の祖、天津麻良(あまつまら)。 
        阿刀造 (あとのみやつこ) 等の祖天津麻良 (あまつまら)。


『アカマロは ツクバソソの子』

  • 『アカマロ (天都赤麻良)』テルヒコの五供の上司の一人。またアカホシと共にテルヒコの乗るイワクス船の水手。「深江稲荷神社摂社、笠縫社」の祭神「天津麻占命」は、この人を言ってるように思う。
  • 『ツクバソソ』筑波山周辺を治める国守と思われる。ツクバハヤマの子孫がツクバソソだろうと推測する。
  • 『旧事』笠縫部 (かさぬいべ) 等の祖天曽蘇 (あまのそそ)。 
        笠縫 (かさぬい) 等の祖天津麻占 (あまつまうら)。 
        曽曽笠縫 (そそかさぬい) 等の祖天都赤麻良(あまつあかまら)。
    旧事の記述は混乱があるように思うが、天曽蘇 (あまのそそ) は、ツクバソソを言っている様に思われる。


『アカウラは シホモリの二子』

  • 『アカウラ (天津赤占)』テルヒコの五供の上司の一人。またテルヒコの乗るイワクス船の船子司。
  • 『シホモリ』不明。
  • 『旧事』為奈部 (いなべ) 等の祖天津赤占 (あまつあかうら)。


『マウラとは ヤマスミの五子』

  • 『マウラ (天津真浦・天津麻占)』カグツミの第五子。カグヤマツミ・カンタマの弟。テルヒコの五供の上司の一人で、イワクス船での風見役。後にはサカオリ宮の預かり役となったようである。アシツ姫イハナガ姫の父のオオヤマズミはこの人。マウラは相模の小野に新田を成して『マウラ守』と呼ばれ、ここに橘の木を植えて初代の『橘の君』となる。
  • 『ヤマズミ』「オオヤマズミ (大山祗)」の略。ここではサクラウチの子の「カグツミ」である。
  • 『旧事』十市部首 (とおちべのおびと) 等の祖富々侶 (ほほろ)。 
        倭鍛師 (やまとのかぬち) 等の祖天津真浦 (あまつまうら)。 
        笠縫 (かさぬい) 等の祖天津麻占 (あまつまうら)。


『アカホシは カツテの弟 この五人』

  • 『アカホシ (天津赤星)』ヒコトヌシの子で、カツテの弟。テルヒコの五供の司の一人。またアカマロと共にイワクス船の水手。「赤星神社」の祭神。
  • 『カツテ (勝手神)』ヒトコトヌシとヤスタマ姫の子。ツルギネの祖父。詳しくは『勝手神』を参照。
  • 『旧事』筑紫弦田物部 (つくしのつるたもののべ) 等の祖天津赤星 (あま
        つあかぼし)。
        為奈部 (いなべ) 等の祖天都赤星 (あまつあかぼし)。


『オオモノヌシは 五組の モノベ 二十五を 率き添ふて 供人 総て 八百六十四』

  • 『オオモノヌシ (大物主)』 ここでは2代大物主のクシヒコ。オオモノヌシについては こちら を参照。
  • 『モノベ二十五 (ものべふそゐ)』「モノベ」は「モノノベ (物部)」と同じ。「モノベ二十五」は「二十五の侍人 (ふそゐのはと)」の言い換え。25人×5組の侍人 (下級のモノノベ・小臣)を、アマツマラ・アカマロ・アカウラ・マウラ・アカホシの5人が司り、オオモノヌシが統括したというわけである。


-つづく-


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ホツマツタエのおもしろ記事110『十種神宝』

2013-04-27 13:17
ホツマツタエのおもしろ記事(110)  十種神宝



大和 (今の奈良県) の地は、ホツマの伝える歴史の中では決して古い場所ではなく、むしろ比較的最近に開発された地である。
原始日本は「ヱの尊」の治めた「近江」(央廻・琵琶湖を中心とする地) を発祥とし、次いで「トの尊」が治めた「トシタ国」(富士山麓・後のホツマ国) が開ける。この二つを合せて広義に「中国 (なかくに)」「葦原国 (あしはらくに)」「葦原中国 (あしはらなかくに)」などと呼んだ。
ハコクニ (葉木国) がヒタカミを建国するまでは、日本=中国 だったのである。

『ミナカヌシ 地球 八方に 万子 生み 果つに ヲウミの 兄弟の子の 兄御子 上に継ぎ ヲウミ 治す 弟御子の統む トシタ国』ミ6文



大和の地は中国に含まれるのだが、都とされたことは無く、アマテルが六ハタレ退治の褒賞として、有功の臣にその治めを分け授けたのが始めである。この時点ではまだ国となっておらず、中国内の一県の位置付けだったと思われる。 そもそも「やまと (和)」という名は中国の別名なのである。

まず「ツハモノヌシ (兵主神)」が磯城県の守とされ、「写し日代治人 (うつしひかんをち)」として「穴師央守 (あなしうをかみ)」の守名を賜る。

『ツハモノヌシが 魂返し 清き真の 放ふりて 道に天地 成し 磯城県 穴師央守 ヲシテ 添え 据えて 写し日代治人ぞ』ホ8文



次に「ヰチヂ (市千魂命)」が春日県の守とされ、「ココトムスビ (興台産霊神)」と「カスガ殿」の守名を賜る。

『ヰチチが熟らむ 魂返し ココストの根を 結ぶ文 ココトムスビの 名に据えて カスガ殿とぞ 尊ませ』ホ8文



また経緯の説明は無いのであるが、大和の隣の葛城は「ヒトコトヌシ (一言主)」が守とされていたようである。

『カツラギの ヒトコトヌシが スヱツミが ヤスタマと生む カツキマロ 斎名 ヤスヒコ』ホ10文



その春日県の守、カスガ殿 (ヰチヂ) が老齢のため政を執れなくなる。

『二十六鈴 十六枝 四十一穂 年 キヤヱ  三月 カスガの 年 老いて 政 休まん 理に』ホ20文



そこでヒタカミの「タカの首」を都とする天君オシホミミは、長男の「クシタマホノアカリ」を大和に下して治めさせようと、伊勢のアマテルに伺いを立てる。

『天地 照らします オシホミミ 御子はクシタマ ホノアカリ 斎名 テルヒコ 下さんと 父 自らの 告げ文を カグヤマ 使に 奉る』ホ20文

  • 『天地照らします (あまてらします)』「天地照らす」と同じ。「天も地も照らして恵む」 の意で、「君」の修飾詞である。
  • 『クシタマホノアカリ (櫛玉火明命)』オシホミミとタクハタチチ姫の長男で、ニニキネの兄。斎名は「テルヒコ」。
  • 『カグヤマ』「カグヤマツミ」の略。オオヤマカグツミの二子でマウラの兄。詳しくは『大山祗神』を参照。
  • 『使 (しか)』「しか」は「しく (如く)」の名詞形。「しく」は、ここでは「合わす」の意で、「つく (付く)」「つかふ (仕う)」と同義。よって「しか」は「仕える者・仕わす者」の意で、「ちか (近)」「つこ (仕)」の変態。


このクシタマホノアカリ (櫛玉火明命) は、古事記には「天火明命」、書記には「火明命」また「天照国照彦火明命」、旧事には「天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊」と記されていて、この「クシタマホノアカリ」(斎名:テルヒコ) と、ニニキネの三つ子の長男「ホノアカリ」(斎名:ムメヒト)、またムメヒトの長男「ニギハヤヒ」(斎名:クニテル) の3人が混同されているのである。

これはホツマツタエにも次のような紛らわしい記述があるため、混同されてもやむを得ないと思うのである。

『昔 天照る神の御子 イワ船に乗り 天降り アスカに照らす ニギハヤヒ 妹 ミカシヤを后とし 生む御子の名もウマシマチ わが君はこれ ニギハヤヒ アマテル神の 神宝 十種を授く』ホ29文
『母の嘆きは "嗣も無や" 神の教えは "ハラ宮の クニテルを嗣 天地照らす ニギハヤヒ君"』ホ27文

逆に言えば、古事記も日本書紀も先代旧事本紀も、ホツマの上の記述を元ネタとしていることの証拠となるように思う。



文に申さく
『自らが 葦原国を 治めんと 装ふ間に民 集まりて ひた留む故 テルヒコを 下すべきや』
と伺えば 妹背の御神 聞し召し 許せば 使の 返言す
  ホ20文

  • 『申さく (もふさく)』「もふす (申す)」+「しく (如く)」の合成から「し」をカットして名詞化したもの。これを世間ではク語法と呼ぶ。「申す如く」の意。
  • 『妹背の御神 (いせのをんかみ)』太陰霊と太陽霊の下生であるアマテル神 (陽陰垂る神) を指す。


『ここにト祖の 天つ神 十種宝を 授けます オキツ鏡と ヘツ鏡 ムラクモ剣 ウナル玉 魂返し玉 チタル玉 ミチアカシ玉 オロチヒレ ハハチシムヒレ コノハヒレ この十種なり』ホ20文

  • 『ト祖 (とをや)』トの尊。 おそらく「ト」と「十」の語呂合わせで「十種」なのだろう。
  • 『天つ神 (あまつかみ)』ここでは「天常立尊 (あめとこたち)」と同義。ミナカヌシと八元神 (トホカミヱヒタメ) が天に還って星となってからの呼び名。この九神が地に在った時のことを言う場合には「アメミコト」「アマカミ」という。
  • 『十種宝 (とくさたから)』10種の宝。「たから」は「たかみ (高み)」の変態で「高きもの・優れ勝るもの・栄え」を言い、「とみ (富) 」の同義語。「三種宝」もそうだが、宝と言っても尊い精神を思い起こさせる物実であって、けっして高価な物品ということではない。
  • 『オキツ鏡 (おきつかがみ)』『ヘツ鏡 (へつかがみ)』不詳だが、「奥つ鏡」と「辺つ鏡」の意味であるとすると、「マス鏡 (真澄鏡)」の裏鏡と表鏡に相当するのではないかと思う。宮津市の籠神社の神宝の中には「息津鏡」と「邊津鏡」があるという。
  • 『ムラクモ剣 (むらくもつるぎ)』これはソサノヲがヤマタノオロチの尾から得た「ハハムラクモの剣」ではない。「むらくも」は「むらむらと沸き起こる汚穢隈」の意と、「むる (放る)」+「くも (雲・蜘蛛)」の意があり、ここでは後者の意。「むる」は「まる (放る)」の変態。「くも (雲・蜘蛛)」は「くま (隈)」の変態。だから「ムラクモ剣」とは「汚穢隈を祓う剣」という意の普通名詞である。「くさなぎ (腐投ぎ)」や「あおはかり (汚穢別り)」も同義である。
  • 『ウナル玉』『魂返し玉』『チタル玉』『ミチアカシ玉』不明。
  • 『オロチヒレ』『ハハチシムヒレ』『コノハヒレ』「ひれ」は「ひる (放る)」の名詞形で、おそらく「放つもの・払い除けるもの」を意味する。よって「オロチ (愚霊) を祓うもの」「ハハチ (穢霊)を退散させるもの」の意かと思う。「コノハ」は不明。


『傷む事 あらば一二三四 五六七八九 十まで数えて 振え ただ ゆらゆら 振え かく為せば 既に曲るも 甦る 振る宣言ぞ』
と御言宣
  ホ20文

  • 『振ふ (ふるふ)』 は「揮ふ・奮ふ」とも書き、「ふる (振る・震る)」から派生した動詞で、「高める・勢いづける・栄す」などの意。
  • 『曲る (まがる)』は「離れる・反る・外れる」などの意で、「健全な状態から外れる」ことを表す。よって「いたむ (傷む)」と同義。
  • 『甦る (よみがえる)』辞書には「黄泉から返る」の意と説明されているが、そうではない。「熟み返る」で「(衰えた状態が) 高まって元に戻る」が原意である。
  • 『振る宣言 (ふるのこと)』「ふる」は「ふるふ」と同じ。「振ることで奮わす宣言」の意。しかし何を振り動かすのかははっきりしない。十種のどれでもいいから振り動かせというのだろうか。『旧事』には「布瑠の言 (ふるのこと)」と記されている。「ひふみ祓詞」「ひふみ神言」とも言うらしい。


クシタマホノアカリはこの十種宝に加えて、オシホミミがアマテルから受けた三種宝も譲り受けている。

『先に三種の 宝物 御子オシヒトに 賜ひしは 兄孫 得て フトタマと カクヤマ 羽の 臣となる』ホ24文



かくしてクシタマホノアカリは大和に下る旅に出発する。



ホツマのこの部分は、「先代旧事本紀」の「天神本紀」の冒頭部分に相当しているので、両書を比べて読むと面白いかもしれない。


-つづく-



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma20.html
     :http://gejirin.com/mikasa06.html
     :http://gejirin.com/hotuma08.html
     :http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事109『気吹戸主』

2013-04-26 14:22
ホツマツタエのおもしろ記事(109)  気吹戸主



「イブキドヌシ」は「気吹戸主」「伊吹戸主」などと書かれ、ホツマでは「イブキド」「イブキヌシ」とも呼ばれているが、 謎の多い人 (神) である。


イブキヌシは「大祓詞 (おおはらえのことば)」に出てくる「祓戸四神」の一柱として一般に知られている。

『延喜式祝詞 大祓詞』 
佐久那太理 (さくなだり) に落ちたぎつ速川 (はやかは) の瀬に坐 (ま) す瀬織津比売 (せおりつひめ) と云ふ神、大海原に持ち出でなむ。如此 (かく) 持ち出で往なば、荒塩 (あらしほ) の塩の八百道 (やおぢ) の八塩道 (やしほぢ) の塩の八百会 (やほあひ) に坐す速開都比売 (はやあきつひめ) と云ふ神、持ち可可呑 (かかの) みてむ。如此可可呑みてば、気吹戸 (いぶきど) に坐す気吹戸主 (いぶきどぬし) と云ふ神、根国 底之国 (ねのくに そこのくに) に気吹 (いぶ) き放ちてむ。如此気吹 (かくいぶ) き放ちてば、根国 底之国に坐す速佐須良比売 (はやさすらひめ) と云ふ神、持ち速佐須良比 (さすらひ) 失ひてむ。

ホツマでおなじみの名前や言葉がふんだんに現れている。しかしホツマの伝えに照らしてみると、この祝詞の内容は何が言いたいのかさっぱりわからない。



ホツマは次のように伝えている。

イブキドヌシは「ツキヨミ (月読命)」と「イヨツ姫」の子で、斎名は「モチタカ」。アマテルの三つ子の姫の一「タナコ」(市杵島姫) を娶り、「イヨツヒコ」「トサツヒコ」「ウサツヒコ (菟狹津彦)」を生む。

『ツキヨミの妻 イヨツ姫 生む モチタカは イフキヌシ』ホ6文
『タナコ姫 イフキト宮に 生む御子の 兄はイヨツヒコ トサツヒコ ウサツヒコ』ホ28文



「イブキドヌシ」とは「イブキドの主」という意味である。
「イブキド」とは、四国の24県を治める政庁の名で、正確には「イブキト宮」と呼ばれる。 そしてこの政庁はもともとは「外の宮 (とのみや)」「外つ宮 (とつみや)」と呼ばれた。「外 (と)」は「外・遠・飛」の意で、海に隔たる「外つ地 (とつくに)」を指す。これは四国を表す名の一つである。 四国は他に「ソアサ」「イヨアワふた名」とも呼ばれる。

イブキヌシの父のツキヨミは、四国の守だった「イヨツヒコ 」(別名:アワツヒコ) の娘「イヨツ姫」を娶り、「外の宮」で舅を継いで四国24県を治めていたのである。

『弟 ツキヨミは 日に仕きて 民の政を 助けしむ イヨの二名の 治まらで ツキヨミ 遣れば イブキ 上げ 外の宮に治す』ホ6文

これより四国の政庁「外の宮 (とのみや)」は、「イブキ外宮 (いぶきとみや)」とも呼ばれるようになったようである。「イブキ (気吹・息吹)」は、「勢い・栄え・成果」などの意。
ツキヨミの世嗣子であるモチタカは「イブキ外宮の主」、これが「イブキドヌシ」の名の由来である。

この四国の政庁は後には「阿波宮 (あわみや)」とも呼ばれ、また事代主の「ツミハ」(積羽八重事代主) がその主になっていることから「事代が館 (ことしろがやかた)」とも呼ばれている。この政庁の跡が現在の「金刀比羅宮 (ことひらぐう)」と思われ、おそらく「ことひら」とは「ことしろ」の訛りである。



アマテルの時代に「六ハタレ」という反体制勢力が各地で蜂起する。この六ハタレの最後の一つに「アヱノミチ・アメヱノミチ」という集団があった。これは「アヰヌ」(天狗) の霊が人や獣に憑いて化けたものである。「ミチ」というのは「満ち」で、「進化・熟成して化けたもの」というような意味。「かみ (醸み)」とも言う。

アヱノミチの首領は、チワヤからアマテルに話合いを申し出てくる。アマテルはそれに応じてチワヤに向かうが、話合いにはイブキドヌシを勅使と送る。しかし代理を送られたことに怒り、戦闘が始まる。

『チワヤより アメヱノミチが 御神に "事 語らん"と 呼ばらしむ 君 イフキトに 執めしむ』ホ8文
『鳴り捲る ハタタ神なり イフキドは ウツロヰ 招き これを消す』ホ8文
『叢雲 覆ひ 暗ませば シナトを招き 吹き払う 炎を吐きて 室 焼けば タツタ姫 招き これを消す』ホ8文


  • 『チワヤ』不詳。大阪・奈良・和歌山の三府県を分ける金剛山に千早 (チハヤ) 峠というのがあり、千窟 (チワヤ) とも呼ばれるが、あるいはここを言うのかもしれない。
  • 『ハタタ神』は「かみなり (雷) 」のこと。
  • 『ウツロヰ』は、空を治める自然神で、「鳴神 (雷) の主」と書かれている。
  • 『シナト』は「シナトベ」とも言い、風を治める自然神である。
  • 『タツタメ』は「タツタヒメ (龍田姫)」とも言い、竜を治める自然神である。竜を操って火を消し、高波を静める。


こうしてイブキヌシらにより「アメヱノミチ」は退治され、六ハタレによる反乱も治まる。ここに記されているように、イブキヌシはウツロヰ・シナト・ミヅハメなどの自然神を自由に呼んでその力を駆使できたようだ。



「ハタレ」とは「はづれ (外れ)」の変態で「外れたさま/もの」の意。反りや曲がりが過ぎて、人から外れてしまったさまを言い、特に悪霊に憑かれて人の道を外れた者を言うが、憑依した悪霊を取り除く方法があった。その人の霊 (血) を絞り、その血で誓書を書かせ、海の潮を浴びさせるのである。そしてその後「マフツの鏡」に真実の姿を写してみて、化け物の影が映らない者は再び国民となされたのである。

ハタレに書かせた誓書は「高野のタマガワ」という場所に埋められたのだが、後に化け物がでるようになったという。そしてイブキドヌシがそこに宮を建てると化け物は鎮まって出なくなったという。イブキヌシはこの功により「タカノ守」という守名を賜っている。

『そのヲシテ ハタレマ 九千と 民 九万  埋む高野の タマカワぞこれ』ホ8文
『タカノには 化け物 出でて イフキヌシ 宮を建つれば 鎮るに ヲシテ 賜わる タカノ守』ホ8文

イブキヌシが建てた宮とは、現在の「丹生都比売神社 (にうつひめじんじゃ)」と推測している。祭神の一人の「高野御子大神」はイブキヌシを指すように思う。



六ハタレによる反乱が治まった後、その根源である根のマスヒトの討伐将軍にイブキヌシは任命される。

『弥治まれど 源は 根のマスヒトに 因るなれば イフキトヌシに 討たしむる』ホ9文


討伐に向かう途中、改心したソサノヲと合流し、ハタレの根を絶つ。
(詳しくはこちら。)

『打ち連れ 宿る サタの宮 法を定めて ハタレ根も シラヒト・コクミ オロチらも 討ち治めたる』ホ9文

  • 『サタの宮』は、ここでは「サタの粗の政庁」の意で、粗長 (あれをさ) の宿舎も兼ねる。「粗 (あれ)」とは、幾つかの村を束ねた行政区を言い、サタの粗長がアシナツチであった。「サタの宮」は、須佐神社と推定している。
  • 『ハタレ根』は「ハタレの根源」という意で、サホコチタルのマスヒト「アメオシヒ (天忍日命)」を指す。
  • シラヒトコクミ「流離の刑」に処せられたこの二人を「アメオシヒ」は臣として登用したのである。
  • 『オロチ』人間の曲りやねじけが生き霊となったもの。「イソラ (卑霊)」とか「ハハ (穢)」とも言うが「オロチ」の方がパワフルなイメージがある。またそれらに取り憑かれた生き物を言う。ここでは特にモチコハヤコを指す。


この功によりイブキヌシは「ヤマタ県」を賜り、「阿波のイブキ守」と呼ばれるようになる。ヤマタ県は「讃岐の山田」を言うと思われ、現在は香川県木田郡となっている。

『ヤマタ県を モチタカに 賜えばアワの イフキ守』ホ9文



ニニキネ (瓊瓊杵尊) は八州を巡り、農業用水を確保するため各地に川や池を掘り、壮大な土木工事で日本列島を大改造するのだが、地方を知行する国守たちもこれに倣っている。イブキヌシも自国の伊予に川や池を掘り、その土を盛って富士山を模した「天山 (あめやま)」を造っている。

『伊予のイフキは アメ山に 写し 田を成す』ホ24文



これを以て、イブキヌシに関する記事は一旦途絶える。
そして、かなり時代が過ぎ去ってから再び登場してくるのである。

天の真榊」は、天君の宮の庭に植え継いできたが、50本目の真榊 (五十鈴) は植え継ぐこと無く自然に生えてきた。アマテルはこれを見て自分が世を辞む時期が来たことを悟る。
そしてこの五十鈴が6万年の天寿を全うして枯れたが最後、真榊は二度と生えてくることはなかったのである。植え継ぎは可能だったのかもしれないが、真榊の植え継ぎは天君の御業であるため、臣が代行することはできない。皇太子の「タケヒト」(神武天皇) は、この時、宮崎にあってまだ即位しておらず、天君不在の状況だったのである。
そこでアマノコヤネ (天児屋命) は野生の真榊の苗木を探しに全国を巡るが、成果は得られず、伊予の「事代が館」(四国の政庁舎) に入る。そこには事代主のツミハ、大物主のクシミカタマが待っていた。

ツミハ:『鈴苗 有りや』
コヤネ:『嘗て無し 手を空しくす』
クシミカタマ:『翁 植えんや』
コヤネ:『我は臣なり 君 植ゆる 天の真榊 如何にせん 我は宣言 宣んすのみ』
クシミカタマ:『汝 治を棄つや』
コヤネ:『治は棄てず 植ゆを恐れて』
クシミカタマ:『イブキ守かや』
ホ28文

天君不在の状況ならやむを得ないとして、大物主クシミカタマがコヤネに真榊の植え継ぎを促す。しかしコヤネはそれを恐れて拒む。そして恐れる理由は「イブキ守か?」とクシミカタマが尋ねているのである。

恐れる理由はよくわからない。この時イブキヌシがこの世に生きているのか、死んで神となっているのかもよくわからない。



しかし後に「ヤマトタケ (日本武尊)」は、伊吹山で「荒ぶる神=イブキ神」に祟られ、それが元で命を落とすのである。

『荒ぶる神の 現るを聞き 剣 解き置き 軽んじて 至る神方に 和幣 無く 行き過ぐ道に イフキ神 大オロチ 成して 横たわる』ホ40文
『"これ汝 あれかた神の 仕ひなり あに求むるに 足らんや" と 踏み越え 行けば イフキ神 ツララ 降らして 明を奪ふ』ホ40文



イブキヌシがどうして「荒ぶる神」と恐れられるようになったのか、ホツマは沈黙している。 ここで頭をかすめるのが、イブキヌシの父ツキヨミのことである。

オモタル時代の末期には種籾の力が衰えて来ていて、米の収穫量が減り始めていた。クニサツチの子に「ウケモチ (保食神)」がいて、その子孫は山背 (やましろ) の花山周辺を治めていた。この一族は先進の農業技術を持っていたらしく、その族長は代々ウケモチの名を世襲したようだ。
アマテルはこのウケモチから、収穫力の高い籾種を得ようと、使者としてツキヨミを派遣する。現地に赴いたツキヨミは、彼らの礼の無い対応 (これはツキヨミの誤解だと思われる) に憤り、ついに剣を抜いてウケモチを殺してしまう。
報告を受けたアマテルは、ツキヨミの臣としての任を解く。これ以降、ツキヨミは歴史から姿を消し、その名を語られることも無くなるのである。

これは臆測にすぎないが、イブフキヌシが荒ぶる神となったのは、このツキヨミの事件が大本に潜んでいるように思えてならない。



もう一つの謎は、イブキヌシとソサノヲの因縁である。
イブキヌシは、ハタレ根を討伐に向かう途中、改心したソサノヲと合流し、共にこれを根絶する。これによってソサノヲは罪人の身分から救い上げられるのである。
一方で、ソサノヲの転生であるヤマトタケは、イブキ神によって命を落とすのである。
ヤマトタケは死後、父の景行天皇の夢に現れ、こう語っている。

『大神 ソサノヲに 曰く "如何ぞ 地 望む" 陽陰法 成せば 地の守 教えの歌に "天が下 和して恵る 日月こそ 晴れて明るき 民の父母" これ 解けず 罪に落つるを イフキ守 率きて守とす ニニキネは この心 以て ほつま 得て 天君となる 羨みて 仮の親子ぞ』ホ40文

この記事が唯一のヒントであるが、奥なる意味は解けていない。




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma08.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html
     :http://gejirin.com/hotuma24.html
     :http://gejirin.com/hotuma28.html
     :http://gejirin.com/hotuma40.html




ホツマツタエのおもしろ記事108『稜威雄走神』

2013-04-25 07:38
ホツマツタエのおもしろ記事(108)  稜威雄走神



「稜威雄走神 (いつをばしり)」は、記紀においては「天之尾羽張 (あめのおはばり)」「伊都之尾羽張 (いつのおはばり)」とも呼ばれている。
ホツマの伝えによれば、この人物はトヨケ (豊受大神) の孫であり、「ミカサヒコ」の別名 (斎名かもしれない) を持つ。ホツマでは「ヲバシリ」と呼ばれている。「イツ (稜威)」は「至・甚・逸・頂」の意で、ヲバシリが賜った「甚だ優れたるもの・至高の逸品」という意味の肩書き・称号である。
そしてこの人の子がタケミカツチ (武御雷神) である。

『この守は トヨケの孫の ミカサヒコ その子 ヒサヒコ カシマ守 雷 拉ぐ 功を タケミカツチと 名付くこれかな』ホ191文



ヲバシリは、アマテルが二神 (イザナギ・イザナミ) を継いで天君になった時、「馬屋治め (むまやをさめ)」という官職に任じられている。

『御子ワカヒトに 天地照らす 日月を譲り ます時に 左の臣は オモイカネ 右 サクラウチ カナサキは 日を写します 大老臣 カタはウケモチ ヲバシリは 馬屋治めぞ』ホ191文

  • 『ワカヒト』アマテルの斎名。 「分日人」で「日から分れ出た人」の意。
  • 『天地照らす日月 (あまてらすひつき)』=天地つ日月 (あまつひつき)。 「キ・ミ(君)」を、天空を廻って天が下を和し恵む「日と月」と同一視したもので、天君たる位・皇位を表す。これは言い方を代えれば「天地照らす君 (あまてらすきみ)」となる (「キ・ミ」はもともと「日・月」の同義語である)。ウヒチニ・スヒチニ以降イサナキ・イサナミまでは、「キ・ミ (君)」は「貴卑=陽陰=日月=男女」のペアを意味していた。妹背神 (太陰・太陽の分霊) のアマテル神以降は、一人で「日と月」双方の機能を担うこととなる。
  • 『左の臣 (ひだりのとみ)』『右の臣 (みぎのとみ)』左右の臣。鏡臣と剣臣。「君の両側に侍る臣」を、ホツマは「羽の臣 (はねのおみ)」とか「両羽臣 (もろはとみ)」と呼んでいる。 「左」は日の昇る「東」を、「右」は日の沈む「西」を表し、「左」の方を格上と見ていたようだ。「昇る」は「陽・天」、沈むは「陰・地」を象徴するからである (参照:天地創造)。したがって「右の臣」は地の治め、つまり国の行政を司る。「左の臣」は「天のまつり」を担当する官職である。「天のまつり」というのは「神 (日・月) を都に留めること」と表現されており、天界と地上界を橋渡しすることを言う。 主な実務は祝詞を宣ることである。
  • 『オモイカネ』タカキネの子。詳しくは『思兼命』を参照。
  • 『サクラウチ』二神以来の重臣でオオヤマズミの祖。詳しくは『大山祗神』を参照。
  • 『カナサキ (宇都志日金折命)』二神以来の重臣で筑紫統治の元締め。詳しくは『住吉神』を参照。
  • 『日を写します大老臣 (ひをうつしますゑをやとみ)』「日」は「日の神」とも呼ばれるアマテル神の威光を意味する。だから「日を写します大老臣」とは、アマテルの威光を写して地 (筑紫の地) を照らす大老臣、という意味。
  • 『カダ (荷田)』8代ウケモチ。詳しくは『稲荷と狐』を参照。
  • 『ウケモチ (保食神)』日・月から日・夜潤種を授かったクニサツチの子を初代とする一族の族長を表す名。この一族は代々ヤマシロの花山の野を治め、先進の農業技術を持っていた。ウケモチの名は以後世襲され、農水大臣のような官職名となったようだ。イナル (稲荷) 神とも称えられる。初代ウケモチの八世の孫がカダ (荷田)。


「馬」は「うま」「おま」「むま」「ま」「め」「ば」などと読む。
これから察するに「ヲバシリ」の語義は、
「をば (馬または御馬)」+「しり (領り)」である。
「しり (領り)」は「しる (領る・知る)」の名詞形。「しる」は「しむ (締む・占む)」「すふ (統ぶ)」などの変態で、「占める・治める・支配する」などの意。
よって「ヲバシリ」は「馬領り・御馬領り」で、「馬 (御馬) を治める者」の意。これは「馬屋治め」の換言と言えるだろう。



そこでヲバシリはヒタカミにいる祖父のトヨケを尋ね、乗り法 (のりのり:乗馬術) についての教えを請う。

『時にヲバシリ ヒタカミの 宮に詣でて 道 請えば トヨケの守の 教えには』ホ191文



トヨケから乗り法を授かったヲバシリは、毎日100度の乗馬をこなし、年月を経て遂に「地道 (ぢみち)」「荒乗 (あれのり)」「厳乗 (いつのり)」をマスター。そしてそれを発展させ、地道の19技、荒乗の39の放技、厳乗の59の妙技を確立する。

『ここにヲバシリ 道を得て 日々に百度 乗り慣るる 千万 調ひ 練り熟れて やや得る 地道 十九の技』ホ191文
『年を重ねて 練り熟れて 荒乗 三十九 放技も また熟れ聳みて 厳乗の 五十九 サツメの 妙技の 乗法 定む』ホ191文



そしてアマテルより「乗教人 (のりをしえど)」に任命される。その教え子はイブキドヌシやソサノヲを始めとして、総勢85万3018人に上った。

『御言宣 "乗教人" と なる 寄子 イフキドヌシや ソサノヲと 総べ 八十五万 三千十八の 守に伝ふる 乗技も』ホ191文



根のマスヒトらに群がる六ハタレ70万9000人による世の乱れも、ヲバシリが確立して教えた乗弓の技に祓い除き得た。

『満つれば欠くる よこしまの 早るマスヒト 群がるる 七十万九千の 妨げも 破るヲシテを 賜われば 程良く掃ふ 六つの守』ホ191文

  • 『満つれば欠くる (みつればかくる)』月の満ち欠けのように、万物万象は「生 → 盛 → 熟 → 枯」のサイクルを繰り返すという「あめなる道」を説明したもの。
  • 『よこしま (邪・横しま)』「よこ (横)」+「しま(方・様)」。「よこ」は「よく(避く)」の名詞形で、「よく」は「離れる・反る・曲る・外れる」などの意。「よこしま」は「曲るさま・外れるさま」の意で、「さかしま (逆しま・倒)」「さかさま (逆さま・倒)」などの同義語。
  • 『早る (はやる)』は「はゆ (映ゆ・栄ゆ)」から派生した動詞で、「高まる・勢いづく・栄る・急ぐ」などの意。「逸る」「流行る」も同じ。
  • 『マスヒト (益人)』ここでは根の国のマスヒト「シラヒト」、サホコチタル国の副マスヒト「コクミ」、後任のマスヒト「アメオシヒ」を言っている。詳しくは『大祓詞』を参照。
  • 『七十万九千 (なんますこち)』「なん」は「な (七)」の音便。「ます」は数の単位で「十万」を意味し、「はかり」とも言う。「七十万九千」は六ハタレの兵員の総数である。
  • 『破るヲシデ (やぶるをしで)』アマテルがハタレを破るために、サクナタリ (急流) に禊して得たまじないの武器。「ヲシデ (押手)」は、文字の原点であるタミメ (手印・印相) を平面上に押し写したもので、文字・文書・称号・証書などを表す。「まじない」は「申し述べ」の意で、「ことたま (言霊)」と同じ。
  • 『六つの守 (むつのかみ)』六ハタレを退治した六人の分隊長。フツヌシ・タケミカヅチ・ツハモノヌシ・カダマロ・イフキヌシ・タチカラヲの6人。カナサキがその司を勤めた。「むまさかみ (六将神・六座守)」とも言う。


『猛モノノベら 荒・厳の 乗弓技に よこしまを 除けば 総て 四八十万 大御宝も 皆 既に 気を安く潤る』ホ191文

  • 『モノノベ (物部)』「もの (物)」の「べ (辺・方・部)」。「もの」は「もぬ」の名詞形。「もぬ」は「もる (守る)」の変態。「もる (守る)」は「(心身を) 合わす」が原義で、「添う・仕える・侍る」「世話する・まとめる・保つ」などの意。そして「みる (見る)」「はる (張る)」なども変態である。 よって「もの」は「もり (守)」と同義であり、「君に仕え、民を治める者」を言う。これは「とみ (臣)」の同義語である。 「べ (辺・方・部)」は、「区分・区画・セクション」を表す。 したがって「もののべ」は「君に仕え、民を治める者」の区分であり総称である。
  • 『荒・厳 (あれ・いつ)』「荒乗」と「厳乗」。
  • 『乗弓 (のりゆみ)』馬に乗りながら矢を射ること/走法。「こりゑ (駆射)」「うまゆみ (騎射・馬弓)」とも言う。
  • 『四八十万 (よそやます)』480万。当時の民の総数だろうか。
  • 『大御宝 (ををんたから)』「最重要のもの」という意味で「民」を指す。
  • 『気を安く (ゐおやすく)』「心安らかに」の意。
  • 『潤る (ぬる)』は「にる (煮る)」「ねる (練る)」などの変態で「高まる・勢いづく・栄る・潤う」などの意。


そして乗弓によって敵を破ったモノノベの功をねぎらう意味 (教え子にとって、自分が習った先生がノーベル賞を受賞したら誇らしい) で、ヲバシリに「イツ (至・甚・逸・頂)」の名を賜ったのである。

『乗弓の 功 立つる モノノベを 恵み給ひて ヲバシリに "イツ" の名 賜ふ』ホ191文



ヲバシリの馬術の奥義は「タカヒコネ (高彦根命)」に受け継がれる。
タカヒコネはヲバシリの再来ということで「フタアレ守 (二現守)」の守名を賜り、これが「二荒 (日光)」の地名を生む。
そのタカヒコネからニニキネ (瓊瓊杵尊) は乗馬術を習っている。

『ニニキネの 御幸 ホツマの ニハリ 成る 乗法 召せば ヲバシリが 技を受けたる タカヒコネ』ホ192文
『タカヒコネには "二現" の ヲシテ 賜えば 子も孫も 馬の君なり』ホ192文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma19-1.html
     :http://gejirin.com/hotuma19-2.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(107)『オノコロ4』

2013-04-21 15:07
ホツマツタエのおもしろ記事(107)  オノコロ4

ホツマツタエ18文『オノコロと呪ふの文』全文解釈の愚行4


淤能碁呂』のページで「オノコロ」の意味を考察した。
ここで一応確認しておこう。

【オノコロ】
1.央心。中心。核心。本源。
  ●中央部。中国。 ●都。中央政府。 ●核。源。種。凝縮。
2.核心の影響力がつくるシステム・調和・秩序。
  ●中央政府の主権が及ぶ地域。国家。国土。
3.央の凝り。心の結実。思いの実現。


そして「オノコロの意味はこれだけでは済まない」と言ったが、それがこれ以降の記事なのである。 文字の原点「タミメ」が解読されていない現状で、この部分を解釈することはあまりにも無謀なことであることを御承知いただいた上で読んでいただきたいと思う。



時に御孫の 申さくは
『上祖の恵る "ホオコホ" を 今 "オノコロ" と 訛るかや』


  • 『御孫 (みまご)』アマテルの孫のニニキネ (瓊瓊杵尊)を指す。
  • 『申さく (もうさく)』「もうす (申す)」+「しく (如く)」の合成から「し」をカットして名詞化したもの。世間ではこれをク語法と呼ぶ。「申す如く」の意。
  • 『上祖 (みをや)』=アメノミヲヤ (陽陰の上祖)。根源神。創造主。陽・陰を分けて大宇宙を創造した神霊。「みをや」は、「上々位・上々流にあるもの」の意。
  • 『恵る (めぐる)』「和り恵る (のりめぐる)」と同じ。「和り恵る (のりめぐる)」は 「乗り巡る」の裏の意で、「和して (やわして) 恵む」ことを言う。「和して恵む」とは「調えて高める」という意。
    『'ウン' の手の ウツロヰを馬 'イニ' の手の シナトは轡 光 鞭 'オ' 手に地球 乗り巡る 音は "ホオコホ"』オノコロ2
  • 『ホオコホ』アメノミヲヤがウツロヰを乗物とし、地球を巡って和し恵んだ時の音だという。これはまた現在「ゴロゴロ」と表現する雷鳴の音でもあるらしい。ウツロヰは雷の主であると記されている。
    『鳴神の主 東北守 ウツロヰのヲマサ君とぞ』ホ21文
  • 『訛る (なまる)』は「なむ (並む)」から派生した動詞。「平均化する・なめらかにする・紛らす」などの意。「なむ (並む)」の連体形「なめる (滑る)」を他動詞化したものと思われる。
  • 時に御孫のニニキネが申すには
    『アメノミヲヤがウツロヰを乗物とし、地球を巡って和し恵んだ "ホオコホ" の音を、今 "オノコロ" に訛らせたのかや?』



神の答えは
『"ホオコホ" は 交じる音なり よく聞けば 駆馬は "キイン" 鳴神は "ホオロホオロ" ぞ』


  • 『交じる (まじる)』「合う・重なる・紛れる・塗れる」の意。
  • 『聞く (きく)』は「かく (掛く・交く)」の変態。「合わす」が原義で「(自己に) 合わす・収(治)める・執る」などの意。
  • 『駆馬 (くるま)』「くる (交る・駆る)」+「ま (馬)」。「乗用馬」の意。
  • 『キイン』馬の「いななき」を表したものか。今は「ヒヒーン」と表す。
  • 『鳴神 (なるかみ)』かみなり。
  • 『ホオロホオロ』雷鳴の音である「ホオコホ」を正確に表現したもの。今は「ゴロゴロ」と表わす。
  • アマテル神の答えは
    『"ホオコホ" は重なり混じる音なり。よく聞けば、駆馬は "キイン"、鳴神は "ホオロホオロ" ぞ』


『声の 'オ' は 'コワ' に収まる 'ヲ'の押手』

  • 『声 (こえ)』生き物が出す音。
  • 『オ』「オノコロ」の「」の音意を説明している。
  • 『コワ』「こわ (堅地)」。「こ (凝・固・堅)」+「わ (埴・地)」。「堅埴 (くこはに)」の同義の言い換え。「(流動性が無くなって) 固まった埴」の意。ここでは「溶岩が固まってできた人の住む陸地」を言う。「くこわ (凝埴・堅地)」「くが (陸)」などとも呼ぶ。
    『泥塊 煮え 煮上がる山ぞ 'ノ' 手 結び 野風に乾く 堅埴に 蹄の跡は 野良と道』オノコロ2
  • 『収まる (おさまる)』は「おさむ (納む・収む)」から派生した自動詞専用形。「おさむ」は「おす (合す・押す・食す)」から派生したもの。ここでは「合う・まとまる・収束する・固まる」などの意。
  • 『ヲ』は「をさむ (治む)」の意。「をさむ (治む)」は「おさむ (収む)」と同義で、「合わす・まとめる・収束させる・固める」の意だが、だいたいは上位者が下位者を収めるため、尊敬の意を表して「さむ」と表記する。
  • 『押手 (をしで)』文字の原点であるタミメを平面上に押し写したもの。文字・文書・称号・証書などを表す。 文字の意味の場合、48の各1文字は陽陰48神の名であるので、通常尊敬の意を込めて『しで』と表記する。
  • 「オノコロ」の「オ」の音は、「コワ (KOWA)」という音に収まっている「O」の音なのである。これは溶岩が野風に乾いて固まってできた陸地の「こわ (堅地)」を意味している。


『野風に乗れる 轡の 音は "コオコオ"』

  • 『野風 (のかぜ)』は「のかす (退かす)」の名詞形の「のかせ (退かせ)」が原義。「吹き払うもの」という意で「かぜ (風)」の同義語。「いなす (往なす)」の名詞形「いなさ」も同じ。
  • 『乗れる (のれる)』「のる (乗る)」の連体形。四段動詞の連体形は「*eru」に作る。
  • 『轡 (くつばみ)』「馬の口に食ますもの」の意。「くつは・くつわ」とも言う。ここでは馬として駆けるウツロヰを比喩している。「轡の音」とは駆け巡るウツロヰが出す音であり、すなわち雷鳴である。
  • 『コオコオ』の「オ」も「ノコロ」の「オ」の一つだというのだろう。「コオコオ」はウツロヰが引き起こす雷鳴の音で「ホオコホ」や「ホオロホオロ」の別表現。 音としては「ゴオゴオ」と濁るか。
    『'ウン' の手の ウツロヰを馬 'イニ' の手の シナトは轡 光 鞭 'オ' 手に地球 乗り巡る 音は "ホオコホ"』オノコロ2
  •  (アメノミヲヤがウツロヰの馬に乗り、シナトを轡として地球を乗り巡った/和り恵った時) その轡の音 (雷鳴) は野風に乗って「ゴオゴオ」と鳴り響いた。「オノコロ」の「オ」の音は、この「ゴオゴオ」という音を表すものでもある。


『踏む跡の 野に 人 生みて 和るは 'ノ' 手』

  • 『踏む跡 (ふむあと)』 アメノミヲヤは「ノ」手を結んで野風 (退かせ) を吹かす。その風に溶岩は乾き固まって陸となる。 ミヲヤは陸に下りてウツロヰの馬で駆け巡る。その蹄が踏んだ跡が野良と道になったという。
    『'ノ' 手 結び 野風に乾く 堅埴に 蹄の跡は 野良と道』オノコロ2
  • 『野 (の)』は「のく (退く)」の名詞形の短縮。「のく」は「離れる・分れる」の意で、「空き・広がり・開けた所・(山に対して)平野」「区分・区画」、また「(人里から) 離れた所」を言う。
  • 『和る (のる)』は「乗る」と同じで「合わす」が原義。ここでは「直す・調える・治める」などの意。
  • その蹄が踏んだ跡が野 (の) となり、そこに人を誕生させて和 (の) り調える。この「の (野・和)」が「オノコロ」の「ノ」 の押手の意味である。


『練地に喜ぶ 練地は 'コ' 手』

  • 『練地 (ねわ)』(農産物の収穫に適した) 肥えた土地。肥沃な地。
  • 『コ』「こゑ (肥)」の意。
  • 野に生まれた人民はネワ (練地) を喜んだ。ネワとは「肥えた土」であり、「オノコロ」の「コ」はこの「コ (肥)」の押手を意味する。


『人成る道は 'ト' を用ひ その本は 'ロ' 手』

  • 『人 (ひと)』ここでは「あおひとくさ (青人種)」「ひな (雛)」に対する意味で、「一人前の人間」の意。
  • 『道 (みち)』は「みつ (見つ・充つ)」の名詞形。「みつ」は「合わす・結ぶ・乗る・則る」などの意。よって「みち」は「(間を) 結ぶもの・つなぐもの」、また「則るもの」の意。
  • 『ト』「ととのえ (調え)」の意。これは「やわし (和し)」と同義で「調和」を意味する。
  • 『ロ』これが解らないが、仮に「ろ」を「路」と考えると「みち (道)」と同義である。「道」は「人が則るもの」であるから「路」=「道」=「のり (則・典・範・法)」と考えた。
  • 青人草を人に育てるには「ト」(調和の道) を用いた。調和の基となるのは「ロ」(法) である。「オノコロ」の「ロ」は、この「法」を意味している。


『オ・ノ・コ・ロの 四つは地に合ひ 地 治む』

  • 『オ・ノ・コ・ロ』 「オ (収・治)」「ノ (野・和)」「コ (肥)」「ロ (法)」の4押手。「法によって 治め・和し・肥やす」の意と考える。押手はタミメを平面上に押し写したもの。タミメは陽陰48神を手を組み合わせて造形したものである。
  • 『地に合ひ (わにあひ)』天 (非物質界・あの世) から地 (物質界・この世) にやって来て。
  • 『地 (くに)』「わ (地)」と同じ。物質界。下界。人間世界。
  • この「オの神」「ノの神」「コの神」「ロの神」の四神が、天から地に下り来て人間世界を治めるのである。


『わざと好まで オノコロの もしも動かば 世直りを "オノコ・オノコ" と 祈るべし』

  • 『わざと好まで (わざとこのまで)』「ことさら意図せず・思いがけず・予期せずに」の意。
  • 『オノコロ』ここでは「国土」の意。
  • 『もしも』「もし」は「もす (模す)」の名詞形で「似るさま・匹敵するさま・同じさま」の意。助詞の「も・や」を伴って「まさしく・ひょっとして・実際に・現実に」などの意となる。
  • 『動く (うごく)』「うく (浮く)」+「こく (漕ぐ・焦ぐ)」の合成。どちらも「高まる・勢いづく・栄る」の意で「活性化する・活発になる」などの意。「オノコロが動く」とは「地震」を言うと思われる。
  • 『世直り (よなおり)』「よ (世)」+「なおり (直り)」。「よ (世)」は「夜」と同義で「下・低・曲・暗・穢」などの「陰・地」の属性を表す。「ひ (卑・鄙)」「ゑ (穢)」「み (惨)」などとも言う。辞書には「世直し」という言葉がある。
    【世直し】よなおし -大辞林より-
    ・縁起なおし。
    ・地震や雷鳴の時に唱える呪文。
    「そりや地震よ雷よ、世直し世直し桑原と、生たる心地はなかりけり」
  • 『オノコ』「治・和・肥」(治れ・調え・よくなれ) の意と考える。
  • 『祈る (いのる)』「いぬ (結ぬ)」+「のる (和る・乗る)」の合成。「いぬ」は「ゆふ (結う)」の変態。どちらもここでは「合わす」の意で「(心を) 合わす・思いを集中する」の意。
  • 思いもかけず国土がもしも動いたなら (地震が起きたなら)、穢の直りを「オノコ・オノコ」と祈るべし。


『童 寝ねて 魘われば "オノコオノコ" と 掌 撫で』

  • 『童 (わらんべ)』は「わらべ」の音便。 「わらへ」は「わらふ」の名詞形。「わらふ」は「あらわる (現る)」の原動詞「あらふ」の変態で、「わる (在る/割る)」から派生した同義語。ここでは「現る」「分かれる・発す・起る」などの意。「わる」の名詞形「わら」は「あら (新)」の変態。よって「わらべ」は「現れたばかりの者・発したばかりの者」の意。
  • 『寝ぬ (いぬ)』は「おる (下る)」などの変態で、「低まる・勢いを失う・静まる」などの意。
  • 『魘わる (おそわる)』「おそふ (襲う・圧ふ)」+「る (受身の助動詞)」。「おそふ」は「おす (押す・圧す)」から派生した動詞。よって「おそわる」は「圧迫される・攻撃される・縛られる」などの意。「魘わる」と書く時は「悪夢におそわれる」場合の専用表記のようだ。
  • 『掌 (たなこ)』手のひら。「た(手)」+「なこ」。「なこ」は「なく (和く)」の名詞形で「なか (中)」の変態。あるいは、「た (手)」の「こ (心)」の変化。
  • 『撫で (なで)』は「なづ (撫づ)」の命令形。
  • 童が寝てて悪夢に襲われたならば「オノコ・オノコ」と念じながら手のひらを撫でるべし。


『ハタタ神 鳴り 止まざらば "ホオコホ 騒ぞ 卑直り" と 祈り "留むる ヲノコリ" と 童の額 上に押せば 魘われぬ法 オノコロ謂ぞ』

  • 『ハタタ神』【霹靂神】ハタタガミ (ハタハタガミの約) はたたく雷。はげしい雷。はたかみ。-広辞苑より-
    繰り返すが、雷を起こしているのはウツロヰである。
  • 『ホオコホ騒ぞ (ほおこほさわぞ)』「ゴロゴロうるさいぞ」の意。「さわ (騒)」は「さわ (多)」と同じで「さふ」の名詞形。「さふ」は「そびゆ (聳ゆ)」の原動詞「そふ (聳ふ)」の変態で、「高まる・勢いづく・栄る」などの意。
  • 『卑直り (ひなおり)』「よなおり (世直り)」と同じ。「負の状態が直ること」。
  • 『ヲノコリ』不明だが、「」としているので「オノコロ」とは意味が違うのは確かである。「世・卑」という陰性を直すマジナイだから、「を(陽)」の「こり(上る・高る・明る)」で「陽の高揚」という意ではなかろうか。
  • 『上 (か)』「かみ (上)」の簡略。
  • 『謂 (あや)』は「ゆえ (故)」「いゐ (謂)」「い (謂・意)」「あや (文・綾)」「ゆえん (所以)」「いわれ (謂れ)」などの変態。
  • 激しい雷が止まらなかったら、「ゴロゴロうるさいぞ、卑直り」と祈り、「留むる陽の上り」と言いながら童の額を上に押す。夢に魘われない方法である。
    以上「オノコロ」の謂れであった。

    このまじないに関連していると思われる歌が「フトマニ」にある。
    『天を向けど 高き望みの 届かぬも 鳴神 祓れて 上向 成るなり』フ6



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma18.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事(106)『オノコロ3』

2013-04-20 03:12
ホツマツタエのおもしろ記事(106)  オノコロ3

ホツマツタエ18文『オノコロと呪ふの文』全文解釈の愚行3


淤能碁呂』のページで「オノコロ」の意味を考察した。
ここで一応確認しておこう。

【オノコロ】
1.央心。中心。核心。本源。
  ●中央部。中国。 ●都。中央政府。 ●核。源。種。凝縮。
2.核心の影響力がつくるシステム・調和・秩序。
  ●中央政府の主権が及ぶ地域。国家。国土。
3.央の凝り。心の結実。思いの実現。




『クニトコタチの 八下り子 何クニサツチ 八方主と 成りてトホカミ ヱヒタメの 国に生む子は 三件の 君・臣・民ぞ』

  • 『クニトコタチ (国常立尊)』ウヒヂニ・スヒヂニより前の、世にまだ男女の別が無かった世代の独り神の総称。クニトコタチは場合によって指し示す神が若干異なるが、ここでは「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八元神と「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の地の十一神を指している。詳しくは こちら を参照。
  • 『八下り子 (やくだりこ)』八方に下った八御子。地上の八方の国々を治める世嗣の君の総称で、クニトコタチ (ミナカヌシを除く) の同義語として使われるが、ここでは「地の十一神」の後を受けて八方の国々の君となったクニサツチを指す。
  • 『クニサツチ (国狭槌尊)』ミナカヌシ (天御中主神) から始まる二十世に続いて八方の地を治めた世嗣の君で、クニトコタチの第二世代に当る。各々五人の子を生み、その内の世嗣御子がトヨクンヌ (豊国主尊)。
  • 『八方主 (やもぬし)』八方の国を治める君。
  • 『トホカミヱヒタメ』それぞれが神の名であると同時に、八つの方位を表す言葉としても使われる。
    ト:南 ホ:東北 カ:西 ミ:東南 ヱ:北 ヒ:西南 タ:東 メ:西北
  • 『三件 (みくだり)』「くだり (件)」は「くさり (鎖)」の変態で、「まとまり・連・続き」などの意。
  • 『君・臣・民 (きみ・とみ・たみ)』クニサツチの子の代から、人は君・臣・民の三つの位に分かれ、それぞれが行うべき業が定まる。日本の場合はクニサツチの5人の子の内、トヨヌンヌが世嗣の君、ハコクニウケモチが臣、残りの二人が民となったと考えられる。
  • クニトコタチの八下り子「~クニサツチ」は八方の国君となる。彼らがト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの8国のそれぞれに生む子は三連の「君・臣・民」に分れる。


『トヨクンヌ 百余る子も 天に逝き 天並の八神 三十二神』

  • 『百余る子 (ももあまるこ)』トヨクンヌは、それぞれ120人の御子を生んだと言う。
  • 『天に逝く (あめにゆく)』世を去って天界へ還る。
  • 『天並の八神 (あなみのやかみ)』「ア・イ・フ・ヘ・モ・ヲ・ス・シ」の8神。「天均神 (あなれかみ)」とも言う。天並神は人の根隅 (外形・骨格・臓・腑・血など) を守る。 → フトマニ図
  • 『三十二神 (みそふかみ)』陽陰の48神から天元神・天並神を除いた32神を「三十二神・見添ふ神」と総称する。この神々は人の外見・容姿を守る。「タミメ彦」とも言い、「タミメ」は「外見目」で「外見・外観」の意。
  • トヨクンヌの生む百人に余る子らも、世を去って天に還れば星となる。これらが天並の八神であり三十二神である。


『御子ウヒヂニは モモヒナに 幸ひ 成して 真榊を 植えて数ふる 六十年の 末枝も 六百に 十枝 生え 六万年 千枝に 尽き枯るる』

  • 『ウヒヂニ (泥土煮尊)』トヨクンヌの世嗣御子。陰陽両性だったクニトコタチの時代が終わった後、初めて男性として生まれて来る。女性として生まれたスヒヂニ (沙土煮尊) と結ばれ、初めて夫婦の君となる。
  • 『モモヒナ』ここでは「モモヒナミ」を指し、これはスヒヂニの幼名。
  • 『幸ひ (さいあひ)』は大きく2つの意味に分かれる。ここでは「さふ (障ふ・支ふ)」+「あふ (合う)」の複合語の名詞形。「さふ」は「そふ (添う)」の変態。どちらも「合う・和す・付く・結ぶ」などの意。よって「さいあひ」は「和合・結合」の意。もう一つは「さふ (繁ふ・聳ふ・騒ふ)」+「はふ (栄ふ・映ふ)」の複合語で、「繁栄・幸福」の意を表す。しかしホツマの思想では「繁栄」の基は「和合・調和」であるから、結局同じことなのかもしれない。
  • 『真榊 (まさかき)』真榊の枝は1年に半寸伸び、60年で3尺となり同時に新たな枝が生える。6万年で千枝となり枯れる。よって真榊の枝の数と長さを見れば時間の経過が判る。これを暦として利用していた。詳しくは真榊を参照。
  • 『末枝 (すはゑ)』「すえ (末)」+「はゑ (生え)」の合成で、「若枝・梢」を表す。辞書には「楚・楉・杪」とある。
  • トヨクンヌの世嗣御子ウヒヂニはモモヒナミと和合し、真榊を植えて歳月を数える。60年に1枝生える若枝も600年には10枝となる。6万年に1000枝になると尽きて枯れる。


『植え継ぎ五百の 後の初 五百次天の 真榊を 君の御業と』

  • 『植え継ぎ五百 (うえつぎゐも)』誰が真榊を植え始めたのかは明らかでないが、ウヒヂニ・スヒヂニの生れる頃にその植え継ぎが五百回に達する。それでこれを「五百継の天の真榊」と呼ぶ。この時点で世に男女の別が生じ、その結合によって子孫を作るようになるなど「陽陰なる道」に大きな変化が起ったらしく、区切りとしてカウンターを "0" に戻している。これ以後を「五百継の天の真榊」に次ぐ真榊という意味でおそらく「五百次の天の真榊」と呼ぶ。
  • 『君 (きみ)』初めて夫婦となったウヒヂニ・スヒヂニ以降、「君」は「キとミ」の夫婦を言うようになる。「キとミ」は「陽と陰・日と月」を意味する。これは妹背神のアマテルが君となるまで続く。
  • 真榊の植え継ぎが五百回に達して、これを一旦の区切りとした後の初年に、「五百次の天の真榊」の植え継ぎを天君の御業と定めていた。


『諸共に 真榊 二十の 余る頃 弁別 あらず』

  • 『諸共に (もろともに)』「キ・ミ諸共に」「夫婦諸共に」の意。夫婦 (陽陰) 和合して「和の道」(調和による秩序) に世を治めてゆくも・・・
  • 『真榊二十の余る頃 (まさかきふそのあまるころ)』五百次の真榊の植え継ぎが20回を越えた頃。おおよそウヒヂニ・スヒヂニから120万年後。
  • 『弁別 (わいため)』「わい」+「ため」の複合語。「わい」は「わき (分き・別き)」の音便。「ため」は「たむ (留む・治む)」の名詞形。「たむ」は、ここでは「合わす・治める・直す」などの意。「わいため」は「良し悪しを分別して己を治めること」の意。
  • 天君夫婦は和合して「和の道」に世を治めてゆくも、五百次の真榊の植え継ぎが20回を越えた頃になると、調和の道は衰えて世の弁別は失われる。

    『六世の嗣 オモタルの神 カシコネと 八方を恵りて 民を治す ヲウミ 安曇の 中柱 東はヤマト ヒタカミも 西はツクシの 葦原も 南 阿波・ソサ 北は根の ヤマト サホコの チタルまで 及べど 百万年 嗣子なく 道 衰ひて 弁別 無』ミ2文
    『二十一の鈴の 年 既に 百二十万七千五百二十に "鑑みれども 神孫の千五百 大人ある その中に 陽陰の道 得て 人草の 嘆きを和す 守 あらず あらねば道も 尽きんか" と』ホ4文


『二神の 継ぎて 遍く 和り恵り 民の教えは 鋤・鍬や』

  • 『二神 (ふたかみ)』イザナギとイザナミの夫婦。オモタル・カシコネを最後にクニトコタチから続く皇統は途絶え、神代の日本は滅びる。その後に天つ君となった二神は、何もかも始めからやり直さなければならなかった。二神は、退廃した日本に再び「経矛の道 (法と戒の道)」を敷き、臣民を指導し、産業を復興させてゆく。
  • 『遍く (あまねく)』形容詞「あまねし (遍し)」の連用形。「あまね」+「し (如)」。「あまね」は「あまぬ」の名詞形。「あまぬ」は「あまる (余る)」「あふる (溢る)」などの変態で、「満ちる・至る」などの意。よって「あまねし」は「満ち至る如し・行き届く如し・全体に及ぶ如し」の意。
  • 『和り恵る (のりめぐる)』「乗り巡る」の裏の意で、「和して (やわして) 恵む」ことを言う。「和して恵む」とは「調えて高める」という意。地を治める天君は「天地つ日月」と呼ばれ、天空を巡って天と地を和して恵む「日と月」に喩えられる。このため天君が外遊することは常に「和して恵む」という意味を伴うのである。「和り恵る」の概念が名詞化して「みめぐり」「めぐり」「みかり」「みゆき」などとなる。
  • 『鋤 (すき)』「すぐ (直ぐ)」の名詞形。「すぐ」は「合わす・直す・調える」などの意。ここでは単に農器具の鋤を言っているのではないと思われる。
  • 『鍬 (くわ)』は「こゆ (肥ゆ)」の変態「くゆ (越ゆ)」の名詞形。「くゆ」は「高める・勢いづける・栄す・優れさす」などの意。これもやはり単に農器具の鍬を言っているのではないと思う。
  • 二神は世の治めを継いで、日本中にあまねく出向いて和し恵む。民に教えたのは自己の「調和・調律」と「伸展・向上」であった。


『角 有る無きの けだ物を 乗り旨ければ 馬となし 乗り憂しければ 牛として 田の粗鋤きや にもつもの』

  • 『角 (つの)』は「との (殿)」の変態で「突出・傑出・才覚」などの意。
  • 『けだ物 (けだもの)』「けだ」+「もの (物)」。「けだ」は「くつ (朽つ)」の変態「けつ (消つ)」の名詞形。「けつ」は「低まる・劣る・衰える」などの意。「もの」は代名詞と考えてよい。よって「けだもの」は「(人に) 劣る物」の意。通常は「獣・動物」を意味するが、ここでは「(人に劣る) 青人草」=「民」を言っているように思う。
  • 『にもつ』は「荷を持たせる」「担わせる」の意だが、「にもつ」という一つの動詞だと考える。
  • 適性や才覚を持つ・持たずの青人草を、乗りうまければ馬として使い、乗りうしければ牛として田の粗鋤きや荷を負わせるものとして使うように、その適性に合せて教え育んでいったのである。

    『二神 受けて 親となり 民を我が子と 育つるに 篤く教えて 人と成す』ホ17文
    『二神の 経・矛に治む 年 経れば 鈍・均・鋭の 民 現るも 喩えば 数の 器物 屑を捨てなで 鈍・鋭を 均し用いん 天地の心ぞ』ホ17文


『かくぞ実心 尽し 以て 民も気安く 成す国を オノコロ州と 名付くなり』

  • 『実心 (みこころ)』「み (実)」+「こころ (心)」。どちらも「奥・中・中心・核心・本源」などの意。ここでは「奥なる思いの核心」という意で、「まごころ (真心)」そして「おのころ (央心)」と同じ。
  • 『尽す (つくす)』「つく (付く)」+「す (為・使役)」。「付かす・付ける」と同義で「合わす・添える」の意。
  • 『以て (もて)』「もち(持つ・用つ)」+「て(助詞)」の音便。「合せて・用いて・~して」などの意。
  • 『気安し (ゐやすし)』「ゐ (気)」は「き (気)」と同じ。「心やすらかなさまである」の意。
  • 『オノコロ州 (おのころじま)』「オノコロ」はここでは「央の凝り・心の結実・思いの実現」などの意。二神の真心が形となった国 (日本) を表す。「しま (州)」は「しめ (占め・締め・閉め)」の変態。「分け・区分・区画」が原意で、水上に浮かぶ「島」に限定されない。「しふ (州)」「しい・しゐ (州)」「すみ (隅)」などもこの変態である。ここでは「くに (国)」の言い換えである。
  • 『名付く (なづく)』は、元来は「名を付ける」の意ではなく、「なつく (懐く)」である。「なつく」は「なづ (撫づ)」+「つく (付く)」の合成で、どちらも「合わす・付ける」の意。「なづ」という動詞から「な (名)」という名詞が生まれているのである。
  • このように真心を尽くして、民も心安く住めるよう再生した国を、オノコロ州 (央の凝州) と名付けたのである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma18.html
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ホツマツタエのおもしろ記事(105)『オノコロ2』

2013-04-19 02:27
ホツマツタエのおもしろ記事(105)  オノコロ2

ホツマツタエ18文『オノコロと呪ふの文』全文解釈の愚行2


前の『淤能碁呂』のページで「オノコロ」の意味を考察した。
ここで一応確認しておこう。

【オノコロ】
1.央心。中心。核心。本源。
  ●中央部。中国。 ●都。中央政府。 ●核。源。種。凝縮。
2.核心の影響力がつくるシステム・調和・秩序。
  ●中央政府の主権が及ぶ地域。国家。国土。
3.央の凝り。心の結実。思いの実現。




『'カ' 手 結び 宗央 選みて 日と丸め 赤宮に据え』

  • 『カ手 (かて)』「カ」のタミメ。「か (明・日・上)」の意を表すと考える。
  • 『宗央 (むねほ)』「むね」は「みね (峰)」や「うえ (上)」の変態。ここでは陽陰の精製過程で軽く上った「陽」を意味する。「ほ」は「を (央)」の変態で「中心・核心・本源」の意。よって「むねほ」は「陽の核心・陽の本源」の意。「むなもと (宗元)」「あもと (陽元)」などとも言う。詳しくは『天地創造』を参照。
  • 『赤宮 (あかみや)』「あか」は「明」の意で陽の属性を表す。「みや」はここでは「器・座所」の意。よって「あかみや」は「明かりの座」「太陽の座」などの意。
  • 『据ゆ (すゆ)』は「そふ (添ふ)」「すぶ (統ぶ)」「すむ (住む)」などの変態で、「合わす・収める・留める」などの意。
  •  (アメノミヲヤは次に) 「カ」のタミメを結び、陽の核心を選んで日輪に丸め、これを赤宮に据える。


『'シ' 手 結び 鄙元 選み 月輪と 白宮に据え』

  • 『シ手 (して)』「シ」のタミメ。「し (垂・下・沈)」の意を表すと考える。
  • 『鄙元 (みなもと)』「みな」は「ひな (鄙)」の変態で「低まるさま・劣るさま・沈むさま」などの意。ここでは陽陰の精製過程で重く沈んだ「陰」を意味する。「もと」は「発する所・本源・核心」の意。よって「みなもと」は「陰の核心・陰の本源」の意。「みなかみ (鄙上)」などとも言う。
  • 『月輪 (つきのわ)』輪のようにまるい月。月の別称。 ⇔ひのわ(日輪)
  • 『白宮 (しらみや)』「しら」は「しる (痴る・▼垂る・▼退る)」の名詞形で、やはり「低まるさま・衰えるさま・静まるさま」を意味し、「陰」の属性を表す。ただし「白」という色はこの意味だけを象徴するわけではない。 「しらみや」は「太陰の座」「月の座」などの意。
  • (アメノミヲヤは次に) 「シ」のタミメを結び、陰の核心を選んで月の輪とし、これを白宮に据える。


『'ウン' の手の ウツロヰを馬 'イニ' の手の シナトは轡 光 鞭 'オ' 手に地球 乗り巡る 音は "ホオコホ"』

  • 『ウンの手 (うんのて)』「ウン」のタミメ。 「うん」は「うむ (熟む)」「うま (旨・美・馬)」などの意を表すと考える。
  • 『ウツロヰ』「うつろ (空)」+「ゐ (率・将)」。「空を率いるもの」の意。空間を治める神霊。「ウツヲ (空治)」とも呼ばれる。
    ウツロヰは雷の主であると記されている。
    『鳴神の主 東北守 ウツロヰのヲマサ君とぞ』ホ21文
  • 『馬 (むま)』ホツマでは「馬」は「むま」と表されることが多い。「うめ (梅)」も大方「むめ」と書かれている。
  • 『イニの手 (いにのて)』「イニ」のタミメ。「いに」は「いぬ (往ぬ)」の「離れる・去る・退く」の意を表すと考える。「いぬ」から「いなす (往なす・去なす)」という他動詞が派生するが、「いなす」の名詞形「いなさ」は「風」の異称である。
  • 『シナト (科戸・級長戸)』「しな」+「と (留・統)」。「しな」は「しぬ (繁ぬ)」の名詞形。「勢い付けるもの・栄すもの・活性化するもの」などの意で、これも「かぜ (風) 」の異称。「と (留・統)」は「治め・まとめ・統べ」などの意。「しなと」は、風を治める神霊の名。「しなとべ (級長戸辺)」とも呼ばれる。
  • 『轡 (くつは)』「馬の口に食ますもの」の意。手綱と連携して馬をコントロールするもの。ホ19文では「たづな (手綱)」と書かれている。
  • 『光 (ひかり)』は「あかり (明かり)」や「いかり (怒り)」の変態で、「高揚・優勢・繁栄」などの意。
  • 『鞭 (むち)』は「うち (打ち)」の変態。「うま=むま (馬)」「うめ=むめ (梅)」のように「う」と「む」は入れ替わる。
  • 『オ手 (おて)』「オ」のタミメ。「お」は「収・治」などの意を表すと考える。
  • 『乗り巡る (のりめぐる)』これは「和り恵る (のりめぐる)」(やわして恵む) の意を掛けている。「和して恵む」とは「調えて高める」という意。
    『天が下 和して恵る 日月こそ 晴れて明るき 民の父母なり』ホ7文
    『また八重垣は 西(右)に預け 争み あらば 能く平けて 恵み和せと』ホ11文
  • 『ホオコホ』後に説明されるが、アメノミヲヤがウツロヰを乗物とし、地球を巡って和し恵んだ時の音だという。これはまた現在「ゴロゴロ」と表現する雷鳴の音でもあるらしい。
  • 「ウン」のタミメに生むウツロヰを馬となし、「イニ」のタミメに生むシナトを轡 (手綱) 、光を鞭とする。そうして「オ」のタミメを結び、乗り巡って地球を和し恵む。その音は「ホオコホ」であった。


『泥塊 煮え 煮上がる山ぞ』

  • 『泥塊 (うびこ)』泥状のかたまり。「うび (泥)」は「水と埴の混合」で、「液体と固体の混合状態・流動性を持つ固体」を言う。ここでは溶岩を表すように思う。
  • 『煮ゆ (にゆ)』は「にる (煮る)」「ねる (練る)」の変態で「高まる・栄える・熟成する・至る」などの意。「にえる (煮える)」は本来「にゆ」の連体形。
  • 『煮上がる (にあがる)』「あがる (上がる)」は「あく (明く)」から派生した動詞で、ここでは「至る・完成する」などの意。
  • 『山 (やま)』は「うむ (熟む)」の変態「やむ」の名詞形で、「成長・発展・繁栄」などの意。「やま」は「成長して大きく高くなったもの」を言う。「いふ (斎ふ)」の名詞形「いわ (岩・巌・磐)」も同義。
  • 泥塊 (溶岩) が煮え、それが成長して出来上がったのが山ぞ。


『'ノ' 手 結び 野風に乾く 堅埴に 蹄の跡は 野良と道』

  • 『ノ手 (のて)』「ノ」のタミメ。 「の」は「退」の意を表すと考える。
  • 『野風 (のかぜ)』は「のかす (退かす)」の名詞形の「のかせ (退かせ)」が原義。「吹き払うもの」という意で「かぜ (風)」の同義語。「いなす (往なす)」の名詞形「いなさ」も同じ。
  • 『堅埴 (くこはに)』「くこ」は「くく (交く)」の名詞形。「くく」は「合わす・まとまる・収まる・凝る」などの意。「くこはに」は「 (流動性が無くなって) 固まった埴」を言う。類語に「こわ (凝埴・堅地)」「くこわ (凝埴・堅地)」「くが (陸)」などがある。
  • 『蹄 (ひづめ)』「ひつ (秀つ)」+「つめ (爪)」の合成。「秀でた爪」の意。「つめ」は「つま (端)」の変態で「つむ (詰む)」の名詞形。「つむ」は、ここでは「極まる・果てる」の意。よって「つめ (爪)」は「詰め」であり「端・果て・末端」などの意。
  • 『跡 (あと)』は「あつ (当つ・充つ)」の名詞形。「あつ」は、ここでは「合う・合わす・写す」「収める・留める・保つ」などの意。よって「あと」は「留めるもの・保つもの・痕跡」などの意となる。
  • 『野良 (のら)』「の (野)」+「ら (所・原)」。「の (野)」は「のく (退く)」の名詞形の短縮。「のく」は「離れる・分れる」の意で、「空き・広がり・開けた所」「区分・区画」、また「(人里から) 離れた所」を言う。「ら (所)」も同様に「区分・区画」を表す。よって一般的に「のら」は「住宅地から離れた郊外の区画」「郊外の耕作用の土地」を言う。「のはら (野原)」も同じ。
  • 『道 (みち)』は「みつ (見つ・充つ)」の名詞形。「みつ」は「合わす・結ぶ・乗る・則る」などの意。よって「みち」は「(間を) 結ぶもの・つなぐもの」、また「(人が) 則るもの」の意を表す。
  • 「ノ」のタミメを結んで野風 (退かせ) を吹かす。その風に溶岩は乾き固まって陸となる。 (アメノミヲヤは陸に下り、ウツロヰの馬で駆け巡る。) その蹄の跡が野良と道になる。


『'シ'の魂 山に 滴りが 流れ 海 成る 'カ'の霊魂 堅地に喜び』

  • 『シの魂 (しのたま)』先にアメノミヲヤが「シ (垂・下)」のタミメを結んで創った月の霊魂 (みたま)。月は「みなもと (鄙元・陰元)」とも言い、『陰の核・陰の本源』であり、それはつまり「水と埴」の本源である。
  • 『滴り (したたり)』「しつ (垂づ)」+「たる (垂る)」の合成語の名詞形。どちらも「下る・落ちる」の意であるが、ここでは「(満ち溢れて) こぼれ落ちる」の意。よって「したたり」は「余剰・余裕・分れ」などの意。
  • 『流る (ながる)』は「なぐ (投ぐ・退く)」+「かる (離る)」の合成語。どちらも「離れる・去る」の意。「停滞せずに移動する」ことを言う。
  • 『海 (うみ)』は「埋み」が原義。「窪地を埋めるもの」という意。
  • 『カの霊魂 (かのみたま)』先にアメノミヲヤが「カ (明・日・上)」のタミメを結んで創った日の霊魂 (みたま)。日は「むなもと (宗元・陽元)」とも言い、『陽の核・陽の本源』であり、それはつまり「空と風と日」の本源である。
  • 『堅地 (こわ)』「こ (凝・固・堅)」+「わ (埴・地)」。「堅埴 (くこはに)」の同義の言い換え。「(流動性が無くなって) 固まった埴」の意。「くこわ (凝埴・堅地)」「くが (陸)」などとも呼ぶ。
  • 『喜ぶ (よろこぶ)』「よる (熟る)」+「こふ (肥ふ)」の複合。「よる」は「うる (熟る)」の変態。「こふ」は「こゆ (肥ゆ)」の変態。どちらも「高まる・勢いづく・栄える」などの意。
  • 月の霊魂は、その水の滴りを雨として山に降らせる。それが流れ溜まって海と成る。日の霊魂は乾き固まった陸を喜ぶ。


『'ウハ'の手を 地と天に分けて 'アイウエオ' 空・風・火と 水・埴の 交わり現れる ミナカヌシ』

  • 『ウハの手 (うはのて)』「ウハ」のタミメ。
    先には『'ウヌア' 交じりて 'ウハ' 結び  'ウヒ' を地球』とある。
  • 『地と天に分けて (わとあにわけて)』「ワ (地・陰)」と「ア (天・陽)」に分解して。
  • 『ア・イ・ウ・エ・オ』この日本語の五母音は「空・風・火・水・埴」の5元素を表す。
  • 『現れる (なれる)』は「なる (成る・生る)」の連体形。四段動詞の連体形は「*eru」に作る。ここでの「なる」は「顕現する・物質化する」の意で、「(天から地に) 下る」の意味合いが強い。
  • 『ミナカヌシ (御中主)』地に生まれた初の人間で、根源神アメノミヲヤ (陽陰の上祖) の顕現とされる。元祖クニトコタチ。「アメナカヌシ (天中主)」とも呼ばれる。名の由来は「天の真ん中を占める主」で、フトマニ図中心の「アウワ」の位置 (北極星に相当) に座す神という意である。「アウワ」は「陽+陰」の意で、アメノミヲヤの別名。
  • (アメノミヲヤは) 「ウハ」のタミメを陰と陽に分解して「ア・イ・ウ・エ・オ」の5タミメを結ぶ。この「空・風・火・水・埴」の5つが交わって世にミナカヌシが現れる。


『八面に生める 人は星 星は種 成す 上祖神』

  • 『八面 (やおも)』「やも (八方)」と同じ。 地球上のあらゆる地域。
  • 『生める (うめる)』は「うむ (生む)」の連体形。四段動詞の連体形は「*eru」に作る。
  • 『星 (ほし)』は「ぽち (点)」「ぽつぽつ」の変態で、「小さな点状のもの・小さな粒状のもの」が原義と考えている。
  • 『人は星 (ひとはほし)』ミナカヌシとその子孫は世を去った後に、アメノミヲヤによってサコクシロ (天空) に輝く星とされたことがミカサに書かれている。
    『天に還れば ミナカヌシ 及びヱ・ヒ・タ・メ ト・ホ・カ・ミも 天に配りて 星となす アメトコタチの 神はこれ』ミ6文
    『後 十一の君 キ・ツ・ヲ・サ・ネ ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウも 天に還り サコクシロにて 御言宣 皆 星となす』 ミ6文
    『クニトコタチの 七代の神 皆 サコクシロ よりの星』ミ6文
  • 『種 (たね)』には「源・起源・根」という意と、「苗・子末・子孫」の意がある。
  • 『上祖神 (みをやかみ)』「み (上・神・御)」+「をや (老・熟)」。「み」は「かみ」の略と考えて良く、「上流・上位」の意。「をや」は「をゆ (老ゆ)」の名詞形で、やはり「上位・上流にあるもの」の意。したがって「みをや」は「上々位・上々流にあるもの」の意。
  •  (ミナカヌシが) 地の八方に生んだ人間は、世を去った後に星とされる。だから夜空に見える星々は人の種を植えた太祖なのである。


『人に生れて 蠢くに トコヨの道を 教ゆ上 クニトコタチも 和り恵り 堅地に 八方を 何方と 生む国 すべて オノコロぞ』

  • 『蠢く (うぐめく)』「うく (浮く)」+「めく」。「めく」は「むく (向く)」の変態で、ここでは「浮く」と同義。「浮き浮きする・浮き立つ・沸き立つ・舞い上がる」などの意で、意味もなく活発になることを言う。
  • 『トコヨの道 (とこよのみち)』とこよ」は「前の時代・先代・上代」などの意。これは、具体的には「クニトコタチの代」を言う。クニトコタチ (ミナカヌシを除く) は、地上の八方に下り、八方の国を治めた国君であるので「八方八下りの御子」とも呼ばれる。クニトコタチは「和・調和による秩序」を根本理念として国を治めた。この理念を「トコヨの道」と言い、また「陽陰和る道 (あめなるみち)」「妹背の道 (いせのみち)」「調の道 (とのみち)」などとも呼ばれる。詳しくは常世と橘を参照。
  • 『クニトコタチ』は、ここでは特に「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八元神と「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の地の十一神を指している。
  • 『教ゆ上 (をしゆかみ)』教える上。「かみ (上)」は「上流・上位にあるもの」の意で「きみ (君)」と同義。
  • 『和り恵る (のりめぐる)』 「乗り巡る」の裏の意で、「和して (やわして) 恵む」ことを言う。「和して恵む」とは「調えて高める」という意。地を治める天君は「天地つ日月」と呼ばれ、天空を巡ることで天と地を和して恵む「日と月」に喩えられる。このため天君が外遊することは常に「和して恵む」という意味を伴うのである。「和り恵る」の概念が名詞化して「みめぐり」「めぐり」「みかり」「みゆき」などとなる。
  • 『堅地 (くこわ)』「くこはに (堅埴)」「こわ (堅地)」の同義の言い換え。「(流動性が無くなって) 固まった埴」の意。「くが (陸)」とも呼ぶ。
  • 『何方 (なにがた)』「なに (何)」は「なにあるや」の短縮で、これは「たにあるや (誰にあるや)」の変態。「た (誰)」は「たれ (誰)」「どれ (何)」と同義。「かた (方)」は「かつ (割つ)」の名詞形で「分割・区分・区画」の意。「県・潟」とも表す。
  • 「すべて」は「すぶ (統ぶ)」+「て (接続助詞)」。「すぶ」は「そふ (添う)」「つむ (詰む・積む・集む)」の変態で「合わす・まとめる・収める」の意。
  • 『オノコロ』ここでは「核心の影響力がつくるシステム・調和・秩序」「中央政府の主権が及ぶ地域・国家・国土」の意。核心の影響力とはすなわち「天君 (中央政府の総帥)」の求心力であり、これは太陽系における太陽 (日) の重力に相当する。ここでは地球の各国のクニトコタチを言っている。
  • 世に生まれて意味もなくサバイバルするだけの人間にトコヨの道 (調和の道) を教える君、クニトコタチも (ミナカヌシ同様に自分の治める地を) 和して恵み、陸地の八方を「~方・~県」と名付けて生む国、これらすべてがオノコロである。



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ホツマツタエのおもしろ記事(104)『オノコロ1』

2013-04-08 13:48
ホツマツタエのおもしろ記事(104)  オノコロ1

ホツマツタエ18文『オノコロと呪ふの文』全文解釈の愚行1


前の『淤能碁呂』のページで「オノコロ」の意味を考察した。
ここで一応確認しておこう。

【オノコロ】
1.央心。中心。核心。本源。
  ●中央部。中国。 ●都。中央政府。 ●核。源。種。凝縮。
2.核心の影響力がつくるシステム・調和・秩序。
  ●中央政府の主権が及ぶ地域。国家。国土。
3.央の凝り。心の結実。思いの実現。




天地 晴れて のどかに御幸 遊びます

  • 『天地晴れて (あめはれて)』天も地も晴れ渡る。「万物万象が至って調和する」の意で、その調和を実現する「天地つ日月の君」 (特にアマテル) を称える冒頭の決まり文句。類似の表現として『天地の平けし時に』ホ序 『天地も内外も清に徹る時』ホ14文 『天地も和けき時に』ホ15文 『天地も内外も清く平る時に』ホ17文 『天地も内外も清く徹る時』ホ23文 などがある。
  • 『のどか (長閑)』は「のつ」+「か (如)」の合成語。「か」は「しく (如く)」の名詞形「しか (然・爾)」の約。「のつ」は「のす (乗す)」の変態で、「和す・収まる・調う」などの意。よって「のどか」は「凸凹がなく調和する如きさま」の意。 「のつ」から「のどむ (和む)」が派生している。
  • 『御幸 (みゆき)』「み (御・神/回・巡)」+「ゆき (行く/熟く・活く)」。天地つ日月の君が地を巡ることを言う。「天地つ日月の君が地を巡る」のは、「日・月が天が下を照らして恵む」ことに等しいのである。「みめぐり」「めぐり」「みかり」などとも言う。
  • 『遊ぶ (あそぶ)』は「あす (離す)」+「そぶ (削ふ・反ふ)」の合成。「あす」は「うす (失す)」の変態。「そぶ」は「そる (剃る・反る)」の変態。どちらも「離れる」の意で、ここでは「(通常から/仕事から) 離れる」「OFFにする」などの意。
  • 天も地も曇りなく調い、平和に外出して世の政から離れます。


『タカマは万の 地形 これ オノコロ』と
にこ笑みて 中の巌に 御座します


  • 『タカマ』は「たかみ (高み)」の変態で、「中心・中軸」を意味する。具体的には「天空の中軸・元々明九座」「地の中軸・中央政府・都」「中央最高会議」などを表す。 ここではおそらく「都・中央政府」の意。
  • 『万 (よろ)』は「いろ (色)」の変態。「いろ」は「いよ (弥)・いや (弥)」の変態で、「高まるさま・栄えるさま・おびただしいさま」を表す。
  • 『地形 (くにかたち)』「くに (地)」はここでは「中央」(タカマ) に対する「地方」を指す。「かたち (形)」は「(目に) 現れるさま・形勢」の意。「くにかたち」は「地の現れ・地方の形勢の反映」という意。
  • 『オノコロ』ここでは「央心・中心」「中央政府・都」の意。したがって「オノコロ」は、ここでは「タカマ」の言い換えである。
  • 『にこ』は「にぎ (賑)」の変態で「高まるさま・栄えるさま・熟すさま」の意。これは「ゑみ (笑み)」と同義である。
  • 『中の巌 (なかのいわほ)』「いわほ」は「いわふ (祝う)」の名詞形で、「高まり・栄え・発展」の意。「成長発展して大きくなったもの」を言う。「いわ (岩)」「やま (山)」も同義。「中」はやはり「中央・中心」の意で、天君の座すべき位置を表す。よって「タカマ」「オノコロ」「中」はいずれも「天君の在る所」を意味するのである。
  • 『御座す (おわす)』は「あわす (合わす)」の変態だが、その尊敬語として使われる。
  • 「都は全地方の形勢を映した縮図、これがオノコロなり。」と
    にこやかに笑みて、まん中の岩にいらっしゃいます。


『側に臣あり 天孫 御前に詣で 謹みて そのオノコロの 故を請ふ』

  • 『側 (そば)』は「そふ (添う・沿う)」の名詞形。
  • 『臣 (とみ)』は「とも (供・伴・部)」の変態で「とむ (留む)」の名詞形。「とむ」はここでは「合わす・仕える・束ねる」などの意で「天君に仕えて民を治める者」を言い、「もののべ (物部)」の同義語。 今風に言えば「役人・官吏・公務員」。天君と民以外の者はすべて「臣」である。
  • 『天孫 (あめみまご)』「あめ」は「陽陰」の意で、妹背神であるアマテルを指す。「みまご (御孫・神孫)」は、ここでは「まご (孫)」の尊敬語。ここでは特に「ニニキネ」(瓊瓊杵尊)を言っている。
  • 『御前 (みまえ)』「み (神・御)」+「まえ (前)」。神の前。
  • 『詣づ (もふつ)』は「(低みから高みに) 上る」の意。
  • 『謹む (つつしむ)』は「(心・身を) 合わす・添える・直す」が原義で、「心する・気を付ける・心を正す」などの意。
  • 『故 (ゆえ)』は「ゆふ (言う)」の名詞形で、「いゐ (謂)」「い (謂・意)」「あや (文・綾)」「ゆえん (所以)」「いわれ (謂れ)」などの変態。
  • 『請ふ (こふ)』は「交ふ・乞ふ・恋ふ・媚ふ」で、「(心を) 寄せる・執着する・求める・欲す」の意。
  • 供をする天孫ニニキネはアマテルの神前に上り、心してその “オノコロ” の謂れを尋ねる。


君の教えは
『二神の うきはしに立ち "この下に 国 無からん" と 経・矛 以て 栄くる みほこの 滴が 凝り成る州を オノコロと』


  • 『二神 (ふたかみ)』イザナギとイザナミの夫婦。オモタル・カシコネを最後にクニトコタチから続く皇統は途絶え、神代の日本は滅びる。その後に天つ君となった二神は、何もかも始めからやり直さなければならなかった。二神は退廃した日本に再び「経矛の道 (法と戒の道)」を敷き、臣民を指導し、産業を復興させてゆく。
  • 『うきはし』「うく(受く・和く)」+「はす(合す)」の名詞形。両語共に「合う・合わす・結ぶ」などの意。「うきはし」は「結び・渡し・仲介・仲人」の意。ここでの「うきはし」は「仲介を得て結ばれた根国とヒタカミの協力関係」という意味で、「本来の皇統から外れる天つ君」という、二神の立脚点を表現するものである。
  • 『この下 (このした)』根国とヒタカミの協力の下。
  • 『国 (くに)』ここでは「国としてのシステム・国家」の意と考える。
  • 『無からん』「なから (「無し」の未然形)」+「ん (ぬ:否定)」+「や (反語の助詞)」の略。ここでは「どうして無いことがあろうか」の意。推量・意思の助動詞「ん・む」は、この否定の反語「んや」を起源とすると考える。
  • 『経・矛 (と・ほこ)』調和と秩序を実現するための2大手段。具体的には法と警察力。「と」の語源は解明できていないが「たて (立て・経)」と同義と考える。「たて」は「上から下への筋道」で、それは宇宙の大原則の一である。辞書には「法則・おきて」とある。「とのち (調の道)」の「と」とは異なる。
    「ほこ」は「ほく」の名詞形で、「ほく」から「ほぐす (解す)」が派生する。「ほこ (矛)」は「離すもの・分けるもの・断つもの」の意。
  • 『栄くる (さくる)』は「しゃくる」「すくう」と同じ。「高める・上げる」の意。ここでは、二神が経と矛によって瀕死の国と国民を救ったという意味。
  • 『みほこ』は「もふけ (儲け)」の変態で、「実り・成果・果実・利得」などの意。
  • 『滴り (したたり)』は「しつ (垂づ)」+「たる (垂る)」の合成語の名詞形。どちらも「下る・落ちる」の意であるが、ここでは「(満ち溢れて) こぼれ落ちる」の意。よって「したたり」は「余剰・余裕・分れ」などの意。
  • 『凝り成る (こりなる)』「固まって形となる・実体化する・具象する」の意。
  • 『州 (しま)』は「しめ (占め・締め・閉め)」の変態。「分け・区分・区画」が原意で、水上に浮かぶ「島」に限定されない。「しふ (州)」「しい・しゐ (州)」「すみ (隅)」などもこの変態である。
  • 『オノコロ』ここでは「核心の影響力がつくるシステム・調和・秩序」を言い、「中央政府の主権が及ぶ区域」「国家を構成する各地域・国土」を意味している。
  • 君が教えるには
    『二神は根国とヒタカミ国の協力に立脚し、“この協力の下に国家がまとまらぬはずがない” と、経矛の道 (法と戒の道) を以て瀕死の国と国民を救い上げる。その功績の影響が形となって現れたものがオノコロである。』


『下りて共に 婚ぎして 実柱 回り 陽陰歌を 詠みて オノコロ 万物を 生みしは』

  • 『下りて (くだりて)』 「天 (中央政府) から下る」の意と考える。二神が結ばれた頃の中央政府は暫定的にヒタカミだったので、この地を離れることは「下る」ということになる。後にオシホミミがヒタカミの「タカの首」からテルヒコを大和に派遣する時にも「くだす (下す)」と表現している。
  • 『婚ぎ (とつぎ)』は「とつぐ」の名詞形。「とつぐ」は、「とつ(閉づ・綴づ)」+「つく (付く・接ぐ)」の合成語。どちらも「合わす・交える・結ぶ」などの意。 ここでは「夫婦の交合」によって「陰陽和合による物質化」を象徴している。
  • 『実柱回る (みはしらめぐる)』「みはしら」は「中柱・大黒柱」の意。二神は葦原中国の「オキツの宮」 (琵琶湖の南西部) を新都として国家再生の胞衣とし、ここに「ヤヒロ殿」を建て、その中柱を天の陽陰歌を歌いながら回ることで万物を再生してゆく。
  • 『陽陰歌 (あわうた)』陽陰の節だという五・七調に綴った歌。「天の陽陰歌 (あのあわうた・あめのあわうた)」と「地の陽陰歌 (わのあわうた)」がある。二神は天の陽陰歌によって国を再生し、地の陽陰歌を教えることで民の言葉を直したという。
    『二神の 天の陽陰歌に 国を生み 地の陽陰歌に 音声 成る』ミ1文
  • 『オノコロ』ここでは「中央政府・都」、また「(繁栄発展の) 源・種」の意。
  •  (二神は時の中央政府のヒタカミから) 下り、夫婦和合 (陽陰和合) して八紘殿の中柱を回り、天の陽陰歌を詠む。こうして新たな中央政府を建て、また万物を再生した。これはそもそも・・・


ここから先は文字の元である「タミメ (手見め)」の解読がなされないことには詳細な意味の解釈は不可能である。
「タミメ」とは「手の組み合わせ」という意。手を組み合わせた造形で陽陰の48神を表現したもので、仏教伝来以降は「手印 (しゅいん)」とか「印相 (いんぞう)」などとも呼ばれる。タミメを平面上に押し写したものがヲシテ (押手) である。
現在でも皇室ではタミメによる儀式が行われていると聞いたことがある。 宮内庁が何らかの手がかりを持っているなら、ぜひとも公開して欲しいものである。



『昔 天地の 空・泥 未だ アメミヲヤ 'ア手' を結びて 吹く 空洞 際なく回り』

  • 『昔 (むかし)』「むく」のク語法。「むく」は「まく (罷く)」の変態で、ここでは「(過去に) 離れる」の意。 「むかし」は「離れた如きさま・隔世のさま」が原義。
  • 『天地の (あめつちの)』ここでは「後に天地となる (空・泥)」の意。 詳しくは『天地創造』を参照。
  • 『空・泥 (あほ・うび)』「泡・泥 (あわ・うび)」とも、また略して「あ・う」とも呼ばれる。天元神が「陽・陰」に分離する以前の半混沌状態を表す言葉で、陽の元となったものを「アワ(泡)・アホ(空)」、陰の元となったものを「ウヒ(泥)」と表現している。
  • 『未だ (いまだ)』「いま (今)」+「また (未だ)」の合成。「まだ (未だ)」は「また」+「で」の合成。「また」は「まつ (全つ)」の未然形。「で」は打消の接続助詞。「まだ (未だ)」は「満ちないで」の意。「いまだ (未だ)」は「その時点では満ちないで」の意。「空・泥」が陽陰にくっきりと精製分離していない状態を表す。
  • アメミヲヤ (陽陰上祖)』根源神。創造主。陽・陰を分けて大宇宙を創造した神霊。
  • 『ア手を結ぶ (あておむすぶ)』'ア' のタミメを結ぶ。手を組み合わせて造形するタミメを「~手を結ぶ」と表現する。
  • 『吹く (ふく)』は、ここでは「活気づく・勢いづく・動く」などの意。
  • 『空洞 (うつほ)』この「うつほ」は、後に陽が分れて出来る「うつほ (空)」とは区別して、「陽陰分離前の原始空間」「無の空間」の意と考えたい。
  • 『際なく回る (きわなくめぐる)』際限なく回る。無限に回る。
  • 昔、後には天地と成る「空泥」は、未だ陽陰に分離せず混沌の状態であった。ここにアメノミヲヤは「ア」のタミメを結ぶ。すると原始空間にただ漂っていた「空泥」は、動機付いて無限に回り始めたのであった。


『'ウヰ'と'ウヌ' 'アウヌ' 結びて 天 創り』

  • 『ウヰ』『ウヌ』『アウヌ』タミメの種類。
  • 『天 (あま)』ここでは「非物質界」の意。一般的に「人間がおよばぬ世界」をいう。「天=非物質界」の内にも陽側 (上側) と陰側 (下側) がある。天の陰側の最下層部が「地=物質界」を成している。
  •  (次にアメノミヲヤは) 「ウヰ」と「ウヌ」と「アウヌ」のタミメを結んで天を創る。


『'ウヌア' 交じりて 'ウハ' 結び 'ウヒ' を地球』

  • 『ウヌア』『ウハ』『ウヒ』タミメの種類。
    「ウヒ」は「泥」(水+埴) を表していると考える。
  • 『交じる (まじる)』は「合う/合わす」が原義で、ここでは「むすぶ (結ぶ)」の言い換えと考える。
  • 『地球 (くにたま)』物質の球。物質界にある人間の舞台となる地球。
  • (次にアメノミヲヤは) 「ウヌア」を合せて「ウハ」を結び、「ウヒ」を結んで地球を創る。


参考サイト:http://gejirin.com/hotuma18.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




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