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ホツマツタエのおもしろ記事121『大将軍』

2013-05-10 19:29
ホツマツタエのおもしろ記事(121)  大将軍


→ 前回のお話


瑞垣を 直す匠等 ウツロヰの 社木あれば 恐るるを ヲコヌシ 他の 木に移し 繕ひ 成りて また戻す これ 仮移し 障り 無し  ホ21文

  • 『瑞垣 (みづかき)』「みつ (満・瑞・蜜)」+「かき (垣・限・画)」。「尊い区画」、またその区画を限る垣を言う。ここでは後者の意。要は「君の坐す都市を囲む垣」で、「たまがき (玉垣)」「いがき (斎垣)」とも言う。
  • 『匠 (たくみ)』「た (手)」+「くみ (組み)」。 本来は「手を使って物を作る者・手工業者」の意。
  • 『ウツロヰの社木 (うつろゐのやしろぎ)』ウツロヰがアマテルによって居所とするように命じられた、東北の柳の一木。ウツロヰが落雷して破ったニハリ宮の東北の瑞垣付近にあったようだ。
  • ヲコヌシ (大国主)「大地を治める者」の意。「埴祭の法」と「宮造り法」を定めた大物主のクシヒコが、ニニキネより賜った称号。
  • 『繕ひ (つくろひ)』は「つくろふ (繕う)」の名詞形。「つくろふ」は「つくる (作る・告ぐる)」から派生した動詞で、「つくる」は「つく (付く・継ぐ・接ぐ・告ぐ)」の連体形から独立した動詞。「つく」は「合わす・収める・調える・直す」などの意。
  • 『仮 (かり)』は「かる (転る・繰る・回る)」の名詞形。「かる」は、ここでは「行き来する」「めぐる」など、「一所に留まらず変転する」の意。
  • 『障り (さわり)』は「さわる (障る)」の名詞形。「触る」と同じで、「添う・付く」が原義。これから「干渉する・差し支える」などの意となる。


またウツロヰの ヤマサ守 干支の補により 償ぎ守る 然れど主屋 造る時 強く咎むる これにより またヲコヌシに 問わしむる  ホ21文

  • 『ヤマサ守 (やまさもり)』やまさ」は多義であるが、ここでは「や (八)」+「まさ (枡)」+「もり (守)」。「まさ」は「ます (枡)」の変態。「枡」は相撲観覧の「枡席 (ますせき)」のそれで、「分け・区切・仕切」などの意。よって「やまさもり」は「8区分の守・八方の守」の意。「やまさかみ」とも言う。
  • 『干支の補 (ゑとのほ)』「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」と「ヱ・ト」の組み合わせで60パターンを作り、それを6回転して360日をカバーするが、1年には5日足りない。その不足を補うことを言う。
    ゑと (干支)」は「上下・陽陰・兄弟」が原義。「ほ (補)」は「ほふ」の名詞形「ほい」の簡略。「ほふ」は「おふ (負う)」「あふ (和ふ・合う)」などの変態で「合わす・足す・埋める・あてがう」などの意。
  • 『償ぎ守る (つぎまもる)』「つぐ (継ぐ・接ぐ・注ぐ)」+「まもる (守る)」の複合。「つぐなって守る」の意。「つぐ」は「合わす・足す・埋める」などの意。「まもる」は「合わす」が原義で、「仕える・治める・調える・保つ・見張る・世話する」などの意。
    ウツロヰはアマテルとニニキネによってこの干支守の補償を命じられた。
    『兄弟の末 ヤナヰカクロヒ 空 守り』 
    『ウツロヰの ヲマサ君とぞ 年のりに やしろ 賜わる』ホ21文
  • 『主屋 (あらや)』この「あら」は「あるじ (主)」や「あらか (殿)」のそれで、「中心・本拠・home」を意味する。これは『妹背鈴明2』で語られている「おなか (央中)」と同じ。
  • 『咎むる (とがむる)』は「とがむ (咎む)」の連体形。「とがむ」は「とく (退く)」から派生した動詞で「低める・下げる・しりぞける・懲らしめる」などの意。ここではおそらく落雷の災害を起こしたということだろう。
  • また八方守のウツロヰは干支守の不足を補い守る。ところが民の主屋を造る時、強くこれを阻む。よってまた大国主に問わしめる。


ヲコヌシ 曰く「汝また 民の主屋を 咎むるや」
ウツロヰ 答え「穢泥 伏せず 庭屋穢れを 我に出す 故に咎むる」 
ホ21文

  • 『穢泥 (をた)』は「おつ (劣つ)」の名詞形。「おつ」は「低まる・下る・劣る・穢れる」などの意。よって「をた」は「滓・澱・穢れ」などの意で、ここでは「糞尿」を言う。「ゑど (穢土)」「ゑた (穢多)」などの変態。
  • 『伏す (ふす)』ここでは「うす (失す)」の変態で「(人目から) 離れる/離す・隠れる/隠す」の意。
  • 『庭屋 (にわや)』とは「主屋の側の庭に設けた屋」の意で、「かわや (厠・側屋)」と同じ。昔は住居とトイレは別棟としたのだろう。これは同時に民にとって重要な「肥やしの屋」「肥溜め」ともなる。
  • 大国主 曰く「汝 また、民の主屋造りを退けるのか。」
    ウツロヰは答えて「糞尿を伏せず、厠の穢れを我 (空間・空気) に出す。だから懲らしめた。」


ヲコヌシが 申せば御言
「これ 汝 守 離るるを 我 請ふて また守となす 我が民を 故なく咎む」
「民は田を 肥やし ソロ 植ゆ 汝 知れ 堅地を熟地とす 故 熟屋 知らで穢るや」
 ホ21文

  • 『申す (もふす)』は「合わす・仕える・告げる」の意と「詣づ・上げる」の意があるが、ここでは後者。
  • 『御言 (みこと)』「こと (言)」の尊敬語で「命」とも書く。「詔・勅」と同じ。
  • 『守 (もり)』ヤマサ守として民の地上生活を守護すること。
  • 『民 (たみ)』は多義であるが、その一つは「たむ (治む)」の名詞形で、「治める対象となる者」「被統治者」の意。
  • 『田 (た)』は「たつ (立つ) 」の意の名詞形で、「高める所・栄す所・育てる所」の意。
  • 『ソロ (繁)』は「繁栄・繁茂」が原義。転じて、日・月のエネルギーを受けて実る農作物を言う。
  • 『堅地 (こわ)』「こ (凝・固・堅)」+「わ (埴・地)」。「堅埴 (くこはに)」の同義の言い換え。「(溶岩の流動性が無くなって) 固まった埴」の意。「くこわ (凝埴・堅地)」「くが (陸)」などとも呼ぶ。
  • 『熟地 (にわ)』(農産物の収穫に適した) 熟れた土地。肥沃な地。「ねわ (練地)」の変態。
  • 『熟屋 (にわや)』堅地を熟地とするための「肥やしの屋」の意。
  • 大国主が奏上すれば御言宣。
    「これ汝、ヤマサ守の任を解かれるところを、我が大御神に懇願して再び守とした。しかるに汝は我が民を故なく虐げる。」
    「民は田を肥やして作物を植える。汝 知れ。 (にわ屋の糞尿で) 痩せた土を肥沃な土に変えるのだ。なれば "にわ屋"
    は "厠" ではなく "熟屋" ではないか。それも知らずに穢れるというのか。」


「これにより "アヱ" より "ヤヱ" の 中五日 守を離れて 遊び行け この間 五日に 屋造りす これも汝が 名の誉れ 去なば殆ど ウツロヰの 守屋 果なれん」 ホ21文 

  • 『アヱ よりヤヱの中五日』ホツマ干支における「*アヱ」から「*ヤヱ」の5日間。12日毎に5日巡ってくるので、60日のうち25日はウツロヰは遊行に出かけて東北の守を離れることになる。
  • 『遊び行く (あそびゆく)』「あそぶ (遊ぶ)」は「あす (離す)」+「そぶ (削ふ・反ふ)」の合成。「あす」は「うす (失す)」の変態。「そぶ」は「そる (剃る・反る)」の変態。どちらも「離れる」の意で、ここでは「(通常から/仕事から) 離れる」「OFFにする」などの意。
  • 『名の誉れ (なのほまれ)』「ほまれ」は「褒められ」と同義で「誇り・栄え・尊敬・栄光」などの意。名とは「ウツロヒ (移ろひ)」であり、「(守を離れて) 移ろうもの・遊行するもの」の意を「ウツロヰ」にかけている。
  • 『殆ど (ほとんど)』「ほと」+「と (助詞)」の音便。「ほと」は「ほつ (秀つ)」の名詞形で、「高まるさま・勢いづくさま・栄るさま・至るさま」などの意。よって「ほとんど」は「まったくに・至って・大方」などの意。
  • 『ウツロヰの守屋 (うつろゐのもりや)』ウツロヰが守を担当する東北の方角にある家屋。
  • 『果なる (はなる)』は「はぬ (跳ぬ)」から派生した動詞で、「至る・満ちる・完成する」などの意。芝居などでその日の興行が終わることを「はねる (跳ねる)」と言うが、この「はねる」と同義。
  • 「よって干支の "アヱ" より "ヤヱ" の中五日は、守を離れて遊びに行け。この間五日に屋造りする。これも汝の "移ろひ" という名の誉れぞ。居なくなれば、ウツロヰの守る東北方面の家屋は大方完成するだろう。」


こうした経緯からウツロヰはニニキネに頭が上がらなくなり、ニニキネの子分のような神霊となるのである。「わけいかつち (別雷)」の意味の一つは、雷の主ウツロヰを手懐けたことを称えるものである。


これにより 民 治まりて 六万年 ツクバの宮に 移ります また六万年 フタアレの 逸の守とて 六万年 経て また元の ニハリ宮 逸大守の 殊 大いかな
ホ21文

  • 『ツクバ (筑波)』はイザナギとイザナミが天つ君となって初めて都とした筑波山麓の都市で、ここでヒルコが生まれている。新治を拓く以前、ニニキネは筑波にいた模様。
  • 『フタアレ (二現・再生・二荒) 』ヲバシリの馬術の奥義は「タカヒコネ (高彦根命)」に受け継がれる。 タカヒコネはヲバシリの再来ということで「フタアレ守 (二現守)」の守名を賜り、これが「二荒 (日光)」の地名を生む (今の宇都宮)。そのタカヒコネからニニキネ (瓊瓊杵尊) は乗馬術を習っている。
  • 『逸の守 (ゐつのかみ)』これはニニキネがタカヒコネに馬術を習い、「厳乗 (いつのり)」をマスターしたことにより賜った名。「いつ」は「至・甚・逸・頂」の意。「甚だしいさま・並み外れたさま・至ったさま」を表す。「逸 (いつ)」がニニキネを指す場合は、他と区別して「ゐつ」と表記することが多い。
  • 『逸大守 (ゐつををかみ)』ニニキネの別称。「大いなる逸の守」という意か。「厳乗 (いつのり)」をマスターしたことによる「逸の守」の名は、その甚だしい功績により「並外れた大守」の意に転じる。
  • 『殊 (こと)』殊勲。功。「傑出したさま」を言い、「いさお (勲・功)」の同義語。
  • これによって新治の民は治まって6万年を経る。ニニキネは筑波の宮に移り、ここにも6万年治めます。次に二荒の逸の守となり、また6万年治めます。そしてふたたび新治に戻ります。逸大守の功績の大いなることかな。




その後ニニキネは、アマテルから三種宝を授かり、収穫量を増やそうと各地に川・池を造りながら八州を巡る。ハラミ山麓にやってきた時、ニニキネはタチカラヲに命じて裾野に八湖を掘らせる。そして掘り出した土をハラミ山に盛って山頂の八峰を造り上げる。天の九座になぞらえて中心の峰が欲しいと思っていると、ウツロヰが琵琶湖を浚って水尾の土と人夫を運び、朝の内に中峰が出来上がってしまったという。この中峰は「ヰツアサマ峰」と名付けられた。現在の富士山頂にこの峰は無いのだが、八峰の名前 (伊豆ヶ岳・浅間ヶ岳) にその痕跡が残っている。

『"中の土 もがな" ウツロヰが アワ海 渫え ミオの土と 人 担い来て 朝の間に 中峰 成せば 上の名も ヰツアサマ峰』ホ24文

『天の山の 中 ウツロヰが アワの砂 九星の胞衣の 宗ぞ編みける』フ001



時は移ってニニキネも世を去り、「別雷の神 (わけいかつちのかみ)」となる。
長らく子に恵まれなかったカモタケズミイソヨリ姫の夫婦は、別雷神に祈ってタマヨリ姫を授かるが、育て上げてまもなく両親は世を去る。タマヨリ姫は葬儀を行い、一人で別雷神の宮に詣でるとウツロヰが現れ・・・

ウツロイが 疑ひ問わく「姫 一人 ワケツチ神に 仕ふかや」
答え「然らず」
また問わく「世に因むかや」
姫 答え「何者なれば 威さんや 我は守の子 汝は」と
言えばウツロヰ 飛び上り 鳴神してぞ 去りにける  ホ27文


ある日、姫が禊するために屋外に出てみると、軒に白羽の矢が刺さっていた。その後姫の生理は止まり、はからずも男子を生む。その子が3歳になる時、軒に刺さる矢を指さして「父」と言うと、矢は天に上って行った。「矢は別雷の神だったに違いない」と世に鳴り渡ったという。
この姫の話を聞いた時の天君ウガヤは、姫を后として召す。そして姫は神武天皇を生むのである。



埴に空が通ることで粗鉱が生成されると考えられていたことから、ウツロヰは「金属・刃物」の源でもあり、世に「金神 (こんじん)」とも呼ばれている。

『山に空の 通り成る 粗金のアワ 錫・鉛 清は果黄金 直白金 泥に赤金 果黒金』ホ15文


そして精錬した金属 (地から採取される粗金を精げたもの) を埴に戻し入れることで、穢れた地をも精げる効果があると信じられていたように思われる。 
現在でも地鎮祭において、金属製の鍬や鋤を土に入れるのはこの理由によると推察する。

『もしや汚曲の 障いせば 粗かねの埴を ウツロヰの 大将神の マサカリや』ミ8文

『出雲 杵築に 枯断の剣を植えて うづくまり 詰り問ふなり』ホ10文



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma21.html
     :http://gejirin.com/hotuma22.html
     :http://gejirin.com/hotuma24.html
     :http://gejirin.com/hotuma27.html
     :http://gejirin.com/mikasa08.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




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ホツマツタエのおもしろ記事120『ウツロヰ』

2013-05-10 02:43
ホツマツタエのおもしろ記事(120)  ウツロヰ



ウツロヰ (空率) は「ウツヲ (空治)」とも呼ばれ、 「空」を治める自然神である。雷と地震は、この神霊が原因と考えられていた。 『地震・雷・火事・親父』という言葉があるように、地震と雷を引き起こすウツロヰが最も恐ろしい神霊と考えられていたことは想像に難くない。
「空  (うつ・うつろ・うつほ)」とは「一見何も無いさま・空間」、また「空間を満たす見えない気・空気」を意味する。現代人は「空気」の移動を「風」と考えるが、古代人は「空間を埋める気」と「風」は別物として区別したようである。
「ウツロヒ」「ヤナヰカクロヒ」「ヲマサ・ウヲマサ」とも呼ばれるが、それぞれの名は異なる意味を持つ。


地球が創造されたばかりの頃、根源神アメノミヲヤはウツロヰを馬、シナトを轡 (手綱) 、光を鞭とし、原始の地球を乗り巡ることによって地球の環境を調えた。

'ウン' の手の ウツロヰを馬 'イニ' の手の シナトは轡 光 鞭 'オ' 手に地球 乗り巡る  ホ18文


また、埴に空が通ることで粗鉱が生成されると考えられていたことから、ウツロヰは「金属・刃物」の源でもあり、世に「金神 (こんじん)」とも呼ばれている。

山に空の 通り成る 粗金のアワ 錫・鉛 清は果黄金 直白金 泥に赤金 果黒金  ホ15文


後に二神 (イザナギ・イザナミ) は、下界における人の暮らしを「年のり神」と共に守護せよと、「ヤマサ守」に命ずるが、ウツロヰはそのヤマサの一神である。
「ヤマサ守」は、現在「八将神」(はっしょうじん) と呼ばれており、その中の「大将軍」(だいしょうぐん) がウツロヰに当たる。 詳しくは『八将神』を参照。



ウツロヰはニニキネ (瓊瓊杵尊) と深い関係を持つ。ニニキネは「別雷の天君」という別名を持つが、この名の由来にはウツロヰも関わっている。
以下はウツロヰとニニキネの関係が始まる経緯を伝える話である。

ニニキネが建設していた新宮「ニハリ (新治)」がほぼ完成し、ニニキネは筑波の宮からそちらに移る。

宮造り 葺き甍まで 皆 成りて 御孫ニニキネ 筑波より 移ります日は ヲコヌシの 二十五モノノベ 膳 なす カスガ 諸共 乗り添ひて 御孫の御幸 守り行く  ホ21文

  • 『葺き甍 (ふきいらか)』 「葺いた甍」の意。「ふく (葺く)」は「はく (佩く・履く・接ぐ)」の変態で、「合わす・覆う・包む」などの意。「服」はその名詞形。「いらか (甍)」は「いる (炒る・鋳る・苛る)」+「か (割・方・処)」。「いる」は「高まる・上がる」の意。「か」は「分け・区分・区画」を表す。よって「いらか」は「上方・上部・峰・棟」の意。
  • 『御孫 (みまご)』「み (上・神)」+「まこ (孫)」。「み」は「かみ」の意。「まご」の尊称で、アマテルの孫を言うが、特に「クシタマホノアカリ」と「ニニキネ」を指す。
  • 『筑波 (つくば)』はイザナギとイザナミが天つ君となって初めて都とした筑波山麓の都市で、ここでヒルコが生まれている。「つくば」は「付く・離る (つく・はなる)」の意味で、これは陽陰 (男女) の「和合と離別」という「陽陰なる道」を表した言葉。
  • ヲコヌシ (大国主)「大地を治める者」の意。「埴祭の法」と「宮造り法」を定めた大物主のクシヒコが、ニニキネより賜った称号。
  • 『二十五 (ふそゐ)モノノベ』二十五の持つ意味は不明だが、1分隊のモノノベの人数を言うようだ。「モノノベ」は「君に仕えて民を治める者」の総称で「臣」と同義、今で言えば「役人・公務員」に当たる。モノノベを司る最高長官が「オオモノヌシ (大物主)」である。
  • 『膳 (かしは)』は「かす (上す・活す・炊す・畏す)」の派生語「かしふ」の名詞形。「高め栄すこと・勢い付け・尊敬・祝賀」などの意。また物実として「煮炊きしたもの・おかしら」などを指す。「みあえ (御饗)」と同義だが、「かしは」は門出を祝う場合が多いように思われる。
  • 『カスガ』アマノコヤネ (天児屋命) の守名。
  • 『御幸 (みゆき)』「み (御・神/回・巡)」+「ゆき (行く/熟く・活く)」。天地つ日月の君が地を巡ることを言う。「天地つ日月の君が地を巡る」のは、「日・月が天が下を照らして恵む」ことに等しいのである。「みめぐり」「めぐり」「みかり」などとも言う。これらはアマテルと天君の専用語であるのだが、 2人の例外がいる。天君となる前の「ニニキネ」 (ここでのニニキネはそれに当たる) 、そして「ヤマトタケ (日本武尊)」である。


この日 アスカの 宮代人 フトタマをして 祝わしむ  ホ21文

  • 『アスカの宮代人 (あすかのみやしろど)』アスカの宮の代理人。「宮」は「高み・中心」が原義で、「政庁・政殿」、また「主人・君」を意味する。「アスカの宮」は、大和国 (今の奈良県) の政庁を言い、同時にその主人であるクシタマホノアカリを指す。アスカについては『飛鳥の意味』を参照。
  • フトタマ (天太玉命)タカキネの第3子。ナガスネヒコ (長髄彦)、ミカシヤ姫 (御炊屋姫)、アメトミ (天富命) の祖父。クシタマホノアカリの左の臣となる。


君 夜を籠めて 十里 来て ニハリ渡りは 掻き曇り ハタタ神 鳴り 垣 破る  ホ21文

  • 『夜を籠む (よおこむ)』「よ (夜)」を「こむ (交む・込む)」で、「夜を交える・夜間に渡る/及ぶ」の意と思うが、辞書には「まだ夜が明けない・まだ夜が深い」の意とある。
  • 『掻き曇る (かきくもる)』急に曇る。「かく (掻く)」は「こぐ (漕ぐ)」の変態で「勢いづく/勢いづける」の意。「くもる (曇る)」は「くる (交る/狂る/暮る)」の変態「くむ」から派生した動詞で、「覆う・交じる・紛れる」「曲る・反る・狂う」「低まる・衰える・暗む」などの意を重ね持つ。
  • 『ハタタ神 (はたたかみ)』-広辞苑より-【霹靂神】(ハタハタガミの約) はたたく雷。はげしい雷。はたかみ。
  • 『垣 (かき)』ニハリの宮を囲む垣。「垣 (かき)」の原義は、「かぎるもの (限るもの)」である。だから「垣」=「限・画・隔・囲・籠」である。「牡蠣 (かき)」も同じ。また「かい (貝・卵・界)」「かめ (亀・瓶)」「くり (栗)」「から (殻)」なども同義の類語である。


ヲコヌシ 曰く「渡座を 民も祝ふに 情けな」と
ハハ矢を射れば シナトベに 吹き払ふ時 道を向ひ 共に入ります
  ホ21文

  • 『渡座 (わたまし)』「わつ (和つ・渡つ)」+「ます (座す)」の名詞形。「わつ」は「わす (和す)」の変態で、「(2点間を) 合わす・つなぐ・渡す」などの意。「ます」は「(ある地点・状況に) 合わす・据える・在る」などの意。
  • 『祝ふ (いわふ)』「いふ (斎ふ)」+「あふ (上ふ・栄ふ)」の合成。どちらも「高める・栄す・尊ぶ・崇める」などの意。
  • 『情けな (なさけな)』「なさけ」+「な (なる・也)」。「なさけ」は「なさく」の名詞形で、「なさく」は「なす (退す・萎す・鈍す)」+「さく (下ぐ)」の合成動詞。どちらも「低まる・劣る・穢れる」などの意。よって「なさけな」は「低まるさまである・劣るさまである・穢れるさまである」の意。「情が無い」の意ではない。
  • ハハ矢 (ははや)「穢を平けるもの・払うもの」の物実としての矢。「カゴ弓」と対になる。イフキヌシとソサノヲが、六ハタレ蜂起の元凶であるサホコチタル国のマスヒトやオロチらを根絶した際、タカマでは弓弦を打ち鳴らし、またウスメは舞っている。このことが元になっているのか、悪霊退散の呪いとして桑の弓を鳴らしてハハ矢を射る風習があったようだ。「鳴弦」「弓祝式」「桑弧蓬矢」などの言葉が残っている。
  • 『シナトベ (級長戸辺)』風を治める自然神で、ヤマサ守の一。「しな」+「とべ (留)」。「しな」は「しぬ (繁ぬ)」の名詞形。「勢い付けるもの・栄すもの・活性化するもの」などの意で、「かぜ (風) 」の別名。「とべ」は「とめ (留め)」の変態で、「治め・まとめ・統べ」などの意。「シナト (科戸・級長戸)」とも呼ばれる。
  • 大国主が「渡座を民も祝うというのに嘆かわしい」とハハ矢を射れば、シナトベの風がそれを吹き払う。その隙に道を進んで君・臣ともに新宮に入ります。


御饗 済み ヲコヌシ 垣の 破れを告ぐ
御子 宣給ふは「弓の事 あれど 後ため 棄てられず」
 ホ21文

  • 『御饗 (みあえ)』は「みあふ」の名詞形で、「いわひ (斎・祝)」「みやひ (雅)」「うやまひ (敬ひ)」などの同義語。これらは「高め栄すこと・尊敬・祝福・歓待」などを表す。そしてその物実としての「食事の提供・会食」を意味する。「かしは (膳)」も同義だが、「かしは」は門出を祝う場合が多いように思われる。
  • 『破れ (やれ)』は「あれ (粗)」「おれ (折れ)」「よれ (よれよれ)」などの変態。「低まるさま・劣るさま・衰えるさま」の意。
  • 『宣給ふ (のたまふ)』「のつ」+「たまふ (給ふ)」の合成。「のつ」は「のす (伸す)」の変態で、「放つ・広げる・延ぶ」の意。「たまふ (給う・賜う)」は「たる (垂る)」の変態「たむ」の派生動詞で、「下げる・授ける」の意。
  • 『弓の事 (ゆみのこと)』ここでは「軍事」と考える。つまり破れた垣による軍事的防御力の弱体化。
  • 祝の会食が終わった後、大国主は垣の破れをニニキネに告げる。
    御子が宣給うには「軍事的なこともあるが、それよりもハタタ神がアマテル神の孫である自分を阻んだ理由が重要であり、今後のために捨てて置けない。」


カスガに宣れば
「フトマニの "アコケ" は仕業 ウツヲ神」
時 御言宣 ウツヲ神 社 閉ざして 天に告ぐ
  ホ21文

  • 『フトマニ (太兆)』とは「すべての現れ・万象」という意味で、これは本来はサコクシロに坐す元明けの49神 (48音) を指す。「48音」は別名を「アワノカミ (陽陰の神)」ともいう。後にアマテルは諸守に御言宣して、このフトマニをモトウラ(本在・基)とする歌を詠ませ、自らが編者となって添削し、百二十八歌を選んで占いの根本とする。これを「モトラツタエの文 (本在伝えの文)」というが、以降は「モトラツタエの文」を指してもっぱらフトマニと言うようになったようだ。ここに言うフトマニがどちらなのかは判別しがたい。詳しくは『ふとまに』を参照。
  • 『アコケ』参考:モトラツタエの文 (本在伝えの文) の「アコケ」の歌。
  • 『ウツヲ神 (うつをかみ)』「うつ (空)」+「を (治)」+「かみ (神)」。「空を治める神霊」の意で「ウツロヰ (空率)」の言い換え。
  • 『御言宣 (みことのり)』は「ことのり (言宣)」の尊敬語。「のり (宣)」は「のる (宣る)」の名詞形。「のる」は「のぶ (延ぶ・述ぶ)」の変態で、「放つ・延ばす・広げる」の意。この語もアマテルと天君の専用語であるが、天君となる前の「ニニキネ」と「ヤマトタケ (日本武尊)」は例外である。
  • 『社 (やしろ)』2種の意味がある。一つは「や (弥・敬・上)」+「しろ (代)」。「しろ」は「区分・区画」の意。「やしろ」は「上位者の区画・尊い区画」という意。これは「やかた (敬方・館)」「かみがた (上方)」などと同義。もう一つは「ゐゆ (居ゆ)」 の名詞形「ゐや」が「や」に約まったもので、この場合は単に「居所・住処・持ち場」などの意となる。
  • 『天 (あめ)』アマテルを指す。
  • カスガにフトマニに占うよう命ずれば、
    「フトマニの "アコケ" は、これウツヲ神の仕業なり。」
    その時御言宣し、ウツヲ神の社を封鎖してアマテル神に告げる。


天の御言宣「情なき 社 拉げ」と
時 御孫 璽 捧げて 後を請ふ
天 はた 悪しく 許されず
  ホ21文

  • 『天の御言宣 (あのみことのり)』アマテルの御言宣。
  • 『情けなし (なさけなし)』「なさく」+「な (なる・也)」+「し (如)」。「なさけ」は「なさく」の名詞形で、「なさく」は「なす (退す・萎す・鈍す)」+「さく (下ぐ)」の合成動詞。どちらも「低まる・劣る・穢れる」などの意。よって「なさけなし」は「低まるさまの如し・劣るさまの如し・穢れるさまの如し」の意。
  • 『社 (やしろ)』ここでは上位の神アマテルの発言なので、「居所・住処・持ち場」の意となる。
  • 『拉ぐ (ひしぐ)』「ひす」+「しぐ」の合成動詞。「ひす」は「へす (圧す)」の変態。「しぐ」は「さぐ (下ぐ)」の変態。よって「ひしぐ」は「圧して下げる・押し潰す」などの意。
  • 『璽 (しるし)』は「しらせ (知らせ)」の変態。ここでは「文」「ヲシデ」を言う。
  • 『捧ぐ (ささぐ)』は「さす (差す)」+「さく (咲く・栄く)」の合成。どちらも「高める・上げる」の意。「さす」は「傘をさす」「かざす (翳す)」のそれ。
  • 『後を請ふ (のちおこふ)』「将来の功を待つことを請う」の意。
  • 『はた』は「あつ (当つ)」の変態「はつ」の名詞形で、「当たり・対応・反応・返答」などの意。「はたと・はったと」「はっと」「ふっと・と」などの変態。
  • 『許す (ゆるす)』「ゆる (緩る)」+「す (為る)」で、「緩める・和らげる」「放す・開放する」などの意。
  • アマテル神の御言宣は「嘆かわしい、居所を押し潰せ」と。
    それに対して御孫は文を奉って、ウツヲが後に功を立てることを待つように願う。
    しかしアマテル神の反応はかんばしくなく許されず。


また願わくは
「ウツヲ神 たとひ 一度 事 乱れ 更に有らんや オオナムチ 一度 落ちて 日隅君 その子 モノヌシ 忠をなす これには似ずも ウツヲまた 後 殊 立てん 許し給えや」
 ホ21文

  • 『願わく (ねがわく)』「ねがふ (願う)」+「しく (如く)」の合成から「し」を省いて名詞化したク語法。「願う如く」の意。
  • 『オオナムチ (大己貴神)』 オオナムチは息子のクシヒコをコトシロヌシ (事代主) として、オオモノヌシ (大物主) の職務を代行させ、自身は知行する出雲国の開発に専念する。中央政府に匹敵しようとするが、「カシマ立ち」によってその野心は挫かれ、日隅国 (津軽) の国守にされる。
  • 『日隅君 (ひすみきみ)』日隅国 (津軽) の君。
  • 『その子モノヌシ』オオナムチの長男で、親の後を継いで2代大物主となったクシヒコ (=大国主)。
  • 『忠 (まめ)』は、「はべ (侍)」の変態で「仕え」の意。「(心・身を) 合わすこと/さま」が原義。
  • 『殊 (こと)』殊勲。功。「傑出したさま」を言い、「いさお (勲・功)」の同義語。
  • 再び懇願するには、
    「ウツヲ神、たとえ一度は事を乱しても、さらに有るだろうか。オオナムチも一度は堕落して日隅君とされたが、その子のモノヌシは忠を果たしている。これと同じだとは言わないけれども、ウツヲもきっと後に功を立てるよ。許し給えよ。」


大御神 許す御言は
「兄弟の末 ヤナヰカクロヒ 空 守り 東北の一木を 居社にせよ」
 ホ21文

  • 『大御神 (ををんかみ)』「ををん (大御) 」は、最上級の尊敬を表わす。「ををんかみ」「をんかみ」は、アマテル限定の尊敬の代名詞。
  • 『御言 (みこと)』「こと (言)」の尊敬語で「命」とも書く。「詔・勅」と同じ。
  • 『兄弟の末 (ゑとのすえ)』「ヤマサ8兄弟の末」の意で「ウツヲ」を指す。しかし22章では「一兄 (ひゑ)」と書かれている。
  • 『ヤナヰカクロヒ (柳隠ろひ)』「柳に隠れるもの」の意。「やなゐ」は「やなゆ」の名詞形で、「やなゆ」は「やぬ」+「なゆ (萎ゆ)」の合成。「やぬ」は「やむ (病む)」の変態。どちらも「下る・垂れる・なよなよする」などの意。よって「やなゐ」は「しなやかに垂れ下がるさま」の意。「やなゐ」+「き (木)」が「やなぎ (柳)」となったと考える。
    アマテルが東北の柳の一木を居所とすることを命じたことから起こったウツヲの別名なのだろう。
  • 『空守る (うつろもる)』これは「空きを埋める・空白を補う」の意。何の空白かというと、干支の60日に守り余る5日間 (12月29・30日、1月6・14日、5月30日) の空白を言うのである。
  • 『東北 (きね)』の方角は「鬼門 (きもん)」と呼ばれて忌み嫌われている。何故かは不詳であるが、 ウツロヰが落雷して破ったのはニハリ宮の東北門あたりの瑞垣らしい。
    『たとい東北魔に 障なすも 穢方より '傾ふ方' 違い』ミ8文
  • 『一木 (ひとき)』東北の方向にある柳の一木。歴史的に柳は桃とともに鬼門除けとして植えられている。例えば太田道灌は江戸城の鬼門除けとして、多くの柳を神田付近に植えたという。
  • 『居社 (ゐやしろ)』「ゐゆ (居ゆ)」+「しろ (代)」。「しろ」は「区分・区画」の意。「ゐゆ (居ゆ)」は「ゐる (居る)」の変態。「しろ」は「区分・区画」の意。よって「ゐやしろ」は「居所・住処・持ち場」などの意。「やしろ」と同じ。
  • アマテル大御神の許しの言葉は、
    「ヤマサ兄弟の末、ヤナヰカクロヒよ。干支の空白を補い、東北の柳の一木を居所とせよ。」


ヲヲコヌシ 御孫に申す「我が親の 日隅の君は 喜ばし」
ウツヲも「守の喜び」と 請えば御言ぞ 
 ホ21文

  • 『ヲヲコヌシ (大国主)』「をこぬし」「おおくんぬし」のバリエーション。
  • 『守の喜び (かみのよろこび)』「守りを務めることは喜びである」という意味かと思う。
  • 大国主は御孫に申して「我が親の日隅の君は果報者なり」。
    ウツヲも「人の守を務めることは喜びなり」と請えば御言宣。


「鳴神の主 東北守 ウツロヰの ヲマサ君」とぞ
年のりに やしろ 賜わる
  ホ21文

  • 『鳴神 (なるかみ)』雷。
  • 『東北守 (きねまもり)』東北の方角を守護する者。
  • 『ウツロヰ』ここでは「うつろゐ (空埋)」で、「空きを埋める者・空白を補う者」の意。干支の60日に守り余る5日間 (12月29・30日、1月6・14日、5月30日) の空白を補い守る者。
    「埋ける」を「いける」と読むのであるが、これは「合わす・埋める・詰める・溜める」などの意。「ゐけ (池)」「ゐ (井)」もこの意である。
  • ヲマサは「ウヲマサ」とも書かれている。「穢を放つ者」「(東北の) 魔を祓うもの」の意と考えているが、現時点では確信がない。「をまさ・うをまさ」が「大将軍」に解釈されたと推測される。
  • 『年のり (としのり)』は「1年を成すこと」の意。「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」と「ヱ・ト」の組み合わせで60パターンを作り、それを6回転して360日をカバーするが、1年には5日足りない。その不足をウツロヰが補って1年の365日をフルにカバーするということ。
  • 『やしろ』ここでは「居場所・持ち場」の意。1年を構成する上でのウツロヰの持ち場・担当する部分を言っている。
  • 「雷の主、また東北の守、また空白を埋め穢を祓う君」と
    一年の干支守としての持ち場を賜る。



-つづく-



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma21.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事119『八将神』

2013-05-07 12:58
ホツマツタエのおもしろ記事(119)  八将神



前のページで登場してきた「ヤマサ」は、現在「八将神」(はっしょうじん) と呼ばれている。現在の八将神は、方位の吉凶を司る8神の総称で、暦本の初めにその年に位置する方角が記される。

「方位神」(ほういじん) とも言い、国内外のさまざまな伝承 (九星術・九曜・牛頭天王など) と混合して非常に複雑で解りにくい神となっている。

その8神とは、太歳 (たいさい)、大将軍 (だいしょうぐん)、大陰 (だいおん)、歳刑 (さいきよう)、歳破 (さいは)、歳殺 (さいせつ)、黄幡 (おうばん)、豹尾 (ひようび)、を言う。 



ホツマの伝える「ヤマサ」を見てみよう。
まずその起源であるが、根源神アメノミヲヤは、天元神と呼ばれる「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の陽陰8神を分霊として生む。次にこの天元の8神は「トシノリタマメ」という分霊を生む。タマメは「五座の神」と「六腑の神」を分霊として生んだ。この11神を総称して「年のり神」と言う。そしてタマメが年のり神を養い育てる過程で、さらに8神が11神より派生する。これが「ヤマサ」である。

『トコタチの 子のトシノリの タマメ神 五臓・六腑を 生み上げる 陽陰より下す 日夜見神』ホ21文

  • 『トコタチ』ここでは「アメトコタチ (天常立神)」。ミナカヌシと天元神 (トホカミヱヒタメ) が天に還って星となってからの呼び名であるが、ここでは特に天元神を言うように思う。
  • 『子 (こ)』は「わく (分く)」の名詞形「わこ」の簡略。よって「子」は「わけ (分け)」の意である。また「わか (若) 」はその変態。
  • 『トシノリタマメ (歳徳玉女)』「年のり神を治める姫」という意。
    「年のり神」は「1年を成す神」という意味で、暦を構成する「日夜見神 (ひよみかみ)」の言い換え。「干支守 (ゑともり)」「陽陰守 (あまもり)」とも言う。そしてこれらは「五座の神」+「六腑の神」の11神の総称である。後世「タマメ」は「年のり神」と混合してしまい、「歳徳神 (としとくじん)」とか「恵方神 (えほうがみ)」などと呼ばれるようになる。
  • 『五座・六腑 (ゐくら・むわた)』五座の神は「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」の5神、六腑の神は「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の6神を言う。ホツマ干支 (暦) は「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の組み合わせからなるため、この11神を総称して「年のり神」「日夜見神」「干支守」「陽陰守」などと言うのである。他にも「地の十一神」「室十一神」「ウマシアシガイヒコチ神」など、うんざりするほど別名が多い。
  • 『陽陰より下す (あめよりくだす)』「あめ (陽陰)」は「非物質界の陽側と陰側」の意。「くだす (下す)」は「(物質界に) 現す」の意。だから「天から地に下す」と考えて良い。
  • 『日夜見神 (ひよみかみ)』「日夜見」とは「陽陰・日月を得ること」という意で、これは「こよみ (暦)」また「ゑと (干支・上下)」の同義語である。


『久方の 天照る神の 発つ代に 日夜見の取りの 日を告ぐる 東・西・央 適の 婚ぎして 年のり神の 現れませる その十一神を ヱト守と 潤み養うて 八御子 成る』
ホ22文 

  • 『久方 (ひさかた)』「遙かに離れる方・遠くて届かない方」の意。「あめ (天)・あ (天・彼)」にかかる枕詞。
  • 『天照る神 (あまてるかみ)』これはアマテルではない。「天空に輝く星となっている神」の意で、元明の49神を言うが、ここでは特に特に天元神を指す。
  • 『発つ代 (はつみよ)』「発生した時代」の意。
  • 『日夜見の取りの日を告ぐる 東・西・央 適の婚ぎして (ひよみのとりこかおつくるきつおかなねのとつきして)』
    この部分はまだ解読できていない。現時点での解釈は「陽陰見 (暦) の解釈において陽を示す "東" と "西" と "央" の神が程よくブレンドして」。
  • 『年のり神 (としのりかみ)』「1年を成す神」という意味で、暦を構成する「日夜見神 (ひよみかみ)」の言い換え。「干支守 (ゑともり)」「陽陰守 (あまもり)」とも言う。そしてこれらは「五座の神」+「六腑の神」の11神の総称である。
  • 『干支守 (ゑともり)』「ゑと (干支)」を守る神。「ゑと」は「上下・陽陰・兄弟」が原義。「守る (もる)」は「合わす」が原義で、「仕える・治める・調える・保つ・見張る・世話する」などの意を持つ。
  • 『潤み養う (あみやしなう)』高め調える。養い育てる。「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の六腑の神に語呂合わせしている。


二神 (イザナギ・イザナミ) は八御子にそれぞれ名を賜り、宮の正門 (鳥居) に据える。

『門の高屋に ヤマサ守 纏るば 民の 枯生州』ホ21文
『民心 天地に届きて 君が門 ヤマサの守が 知る故に』ホ21文


そして「五座神+六腑神」と共に人々の生活を守護するようを命じるのである。

『陽陰の神 ヤマサを生みて 竈 守り』ホ21文
『日夜見神 二神 これに ヤマサ 和す』
ホ21文
『天二神の御言宣 ・・・ 各々御名を賜わりて 日夜見を守るヤマサ神なり』ホ22文

ホツマは人の地上での生活を『竈 (みかま・みかまど・かまど)』と呼んでいる。竈は「高め栄すこと・熟成すること」が原義で、「加熱・加熱設備・煮炊き・台所」の意を派生し、転じて「生活 (衣食住) に関する物事」を表す。そして人の下界での肉体生活を治めることを「くにつまつり (地つ政)」と呼び、対して魂・魄や精神などの霊的 (非肉体的) な事柄を治めることを「あまつまつり (天つ政)」と呼んでいる。


「ヤマサ」の語義は複数の意味が重なっている。
1.「や (八)」+「まさ (枡)」。
「まさ」は「ます (枡)」の変態。「枡」は相撲観覧の「枡席 (ますせき)」のそれで、「分け・区切・仕切」などの意。よって「やまさ」は「8分割・八方」の意。
2.「や (屋)」+「まさ (座す)」。
屋に座すもの」の意。これは「ヤマサ」が屋の門を居場所とするところから。
3.「や (屋)」+「まさ (増す・全す)」。
「屋」は「家事・竈・生活」を表す。「増す・全す」は「高める・勢いづける・栄す・優れさせる」などの意。よって「やまさ」は「生活向上」の意。



ヤマサ各員の紹介に移ろう。
  1. ウツロヰ

    空を治める自然神。ヤマサ守の一兄 (他の箇所では末とある) で、雷の主。
    雷と地震を鎮める。八将神の大将軍に当たる。
    東北 (丑寅・鬼門) の柳の一木を社として、東北の方角を守る。

  2. 他のヤマサ守とは異なり、ヱトの六十日に守り余る五日間 (12月29・30日、1月6・14日、5月30日) の空白を補い守る。これは1年=365日なので60日周期のヱトでは5日の余りが出るためである。またアヱよりヤヱの中五日は、東北の守を離れて遊びに行くという。

    空を治めるので「ウツロヰ (空率)」「ウツヲ (空治)」、また空白を埋めるので「ウツロヰ (空埋)」、守を離れて遊行するので「ウツロヒ (移ろひ)」、柳の木を社とするので「ヤナヰカクロヒ (柳隠ろひ)」、また「ウツロヰのヲマサ」とも呼ばれる。「ヲマサ」の意味は不詳であるが、これが「大将」と解釈されたものと思われる。

    またウツロヰは金属・刃物に関係するらしく、世に「金神 (こんじん)」とも呼ばれる。 『山に空の 通り成る 粗金のアワ 錫・鉛』ホ15文
    したがって大本教の「丑寅の金神」は、ホツマ的には「東北を守るウツロヰ」ということになる。
    ウツロヰについては別に詳しく述べる。

    『もしも 地 搖り 鳴神の 騒る障りの あらん時 東北の一木を 居社に ヱトの六十日に 守り余る ヤナヰカクロヒ 空 守る』ホ22文
    『ウツロヰの神 現れば たとえ鳴神 地 搖るも 逸技 なして 鎮むべし』ホ22文


  3. シナト (シナトベ)

    科戸。級長戸。級長戸辺。風を治める自然神。
    「しな」+「と (留・統)」。「しな」は「しぬ (繁ぬ)」の名詞形。「勢い付けるもの・栄すもの・活性化するもの」などの意で、「かぜ (風) 」の異称。「と (留・統)」は「治め・まとめ・統べ」などの意。「しなと」は、「しなとべ (級長戸辺)」とも呼ばれる。

    叢雲 (汚穢隈) を吹き払い、空を明くする。
    守る方位については記されていない。 また八将神のどれに相当するのかも不明。

    『もしも叢雲 光を奪ひ 道に障りの あらん時 シナトベの神 現れば 道の明 奪ふ 八重雲を シナトの風に 押し払ひ 夜も明け方と 知らすべし』ホ22文


  4. カグツチ

    軻遇突智。迦具土。火を治める自然神。
    「かく (輝・焦)」+「つち (治)」。「つち」は「たす (治す)」の変態「つつ」の名詞形。

    火の穢れを防ぎ、清き火を守る。
    守る方位については記されていない。 また八将神のどれに相当するのかも不明。 

    ハニヤスとの間にワカムスビを生む。またカグツチはハニヤスに多くのオコロも生ませている。

    『もしも火穢れ あらん時 カグツチの神 現れば たとえ穢焚きの 輝や あれ 新に火打の 改めて 清き愛宕と 繁み熟り 竈 清く 守るべし』ホ22文


  5. ミヅハメ

    網象女。弥都波能売。水を治める自然神。
    「みつ (水)」+「はめ (侍)」。「はめ」は「はべ (侍)」の女性形で、「付くもの・仕えるもの・世話するもの」などの意。「うひ (水と埴)」は、陰の属性なので「ミヅハメ」と「ハニヤス」は女神なのである。

    泉を清め、飲料水を守る。
    守る方位については記されていない。 また八将神のどれに相当するのかも不明。

    『もしも井の水 汲み絶えて 食方の障り あらん時 ミヅハメの神 現はれば 井手の真水を いさ清く 新ため換えて 一奮に 水瓶も清く 守るべし』ホ22文


  6. ハニヤス (ハニヤスメ)

    埴安。埴安姫。土を治める自然神。
    「はに (埴)」+「やす (合す・治す・養す)」+ (「め (姫/女)」)。「やす」は、ここでは「合わす・治める・調える」などの意。「うひ (水と埴)」は、陰の属性なので「ミヅハメ」と「ハニヤス」は女神なのである。

    土を清め守る。
    守る方位については記されていない。 また八将神のどれに相当するのかも不明。 

    ハニヤスとの間にワカムスビを生む。またカグツチはハニヤスに多くのオコロも生ませている。


  7. ヲヲトシ (オオトシ)

    大歳神。大年神。
    「おおとし (大年・大歳)」は「成果・収穫・豊作」などの意。
    この神は八将神の「太歳」の一部である。一部というのは「太歳」には「トシノリタマメ (歳徳玉女)」の神格も混合しているからである。現在では豊穣神の名の下に、大歳神 (御歳神) [ヤマサのヲヲトシとオオトシクラムスビ] 、 歳徳神 [ヒルコとヱト守神]、歳徳玉女、宇迦御魂、保食神、これらすべてが混合してしまっている。

    作物の豊穣を守る。
    守る方位については記されていない。 また八将神のどれに相当するのかも不明。

    『六つの名は 繁 大年の 力 守る ヲヲトシ神と 称えます』ホ22文


  8. スベヤマズミ

    総山統。 陰 (水・埴) の源である山を治める自然神。
    「すべ (総)」+「やま (山)」+「すみ (統み)」。「すべやま」は「すべての山」の意。「ずみ」は「すぶ (統ぶ)」の変態「すむ」の名詞形で、「まとめる者・治める者」の意。

    現在は山の神として「大山祗神」が祭られているが、本来はこの「スベヤマズミ」だったと推察する。

    山に木を繁らせ、水禍 (洪水・渇水) を防ぎ井堰を守る。
    守る方位については記されていない。 また八将神のどれに相当するのかも不明。

    『七名は水埴の 本 領ける スベヤマズミの 神となる』ホ22文
    『もしも水災の あらん時 スベヤマズミの 現はれば たとひ長雨 溢れても 山は繁木に 持ち堪え 流れを深く なすことも 常に井堰を 守るなり』
    ホ22文
    『添の捩せば スベヤマズミの 神 祭れ 妻の操も 妬み ねせれば』
    フ104


  9. タツタメ (タツタヒメ)

    龍田姫。竜を治める神霊。
    「たつ (竜)」+「ため」。「ため」は「たむ (治む)」の名詞形で、「とべ (留・統)」「とめ (留・統)」の変態。「たむ」は、ここでは「合わす・まとめる・治める」などの意。また「たつ (竜)」+「た (治)」+「め (侍・女・姫)」。よって「たつため・たつたひめ」は「竜を治める女神」の意。竜は水属性の生き物であるため女神なのである。

    竜を治め操り、波を鎮め、火を消す。(竜は水をあやつる能力を持つ)。また宮の敷居 (鴫居) と鴨居に居て、火の災いを除くともいう。
    守る方位については記されていない。 また八将神のどれに相当するのかも不明。

    『八妹の神は 火の鎮め 立つ波 治む タツタ姫』ホ22文
    『もしも火災の あらん時 タツタ姫の神 現はれば たとひ炎に 徴るとも 竜治に鎮め 除くべし』ホ22文


各々御名を 賜わりて 日夜見を守る ヤマサ神なり この神の 常に恵りて 守る故 火水の災の 障り 無し ホ22文

  • 『日夜見を守る (ひよみおまもる)』「日夜見」はここでは「日夜見神」、つまり「年のり神」、つまり「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の11神を指す。「守る」は「添う・付く・仕える・助ける」などの意。
  • 『恵る (めぐる)』「めぐむ (恵む)」の変態。「めぐる (巡る)」の裏の意として使われる場合が多い。


以上、「ヤマサ」のあらましであった。
醤油製造業者の「ヤマサ」との関わりは定かでない。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma21.html
     :http://gejirin.com/hotuma22.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事118『枯生門』

2013-05-05 21:50
ホツマツタエのおもしろ記事(118)  枯生門


これまでのお話: 1.『瓊瓊杵尊』
         2.『宮造りの法』
         3.『鴫居と鴨居』
         4.『土竜の神』


「枯生門」は「からふかど」と読む。
宮 (都市) の正門を言い、平城京や平安京の「羅生門」に相当する。
正門は南を向いているので「南大門」とも呼ぶ。

古代においては、南の方角には特別な意味があったようだ。
東西南北』の頁で書いたように、南は「サ」とも言い、これは「栄・咲」を意味する。繁栄・繁盛している状況は「皆が見る」ので「みなみ」だという説明もある。日の高まり栄える方角「南」を向いて、その栄えに肖ろうということかと思われる。 また「正門南向き」の原則はどうやら日本に限らないようである。

『皆 見る南』ホ1文
『南 向き 朝気を受けて 長生きの 宮の後を 北といふ』ホ1文
『ネシヱ 礎 柱立て 中・隅柱 南 向き』ホ21文
『"ト" は 南向く人草の 寿 伸ぶる』ミ9文
『卑の向くは 三種宝に 栄しりて 民も南に 向くぞ尊き』
フ054

「門」は「鳥居」の別名でもある。「鳥居」は多義であるが、原義は「とりゐぬ (取り往ぬ)」の名詞形で、「取る/往なす」の意。「門 (かど)」も同じである。



クシヒコが制定した宮造りの法には、「門」についての定めもある。

『瑞垣を 年 四つに分け 十 端 十二日 一方に九門 熟・枯・斑 日文に記す』ホ21文

  • 『瑞垣 (みづかき)』「みつ (満・瑞・蜜)」+「かき (垣・限・画)」。「尊い区画」、またその区画を限る垣を言う。ここでは後者の意。要は「君の坐す都市を囲む垣」を表し、「たまがき (玉垣)」「いがき (斎垣)」とも言う。
  • 『年四つに分く (としよつにわく)』1年を「東西南北」また「春夏秋冬」の4つに分ける。365÷4≒92日。
  • 『十 端 十二日 (とはとふか)』92日を9等分すると、「10日」が8つ と 半端の「12日」となる。
  • 『一方に九門 (ひかたにこかど)』東西南北の一方に9門を設ける。「9」という数はやはり「九座 (こくら)」に則したものと思われる。
  • 『熟斑 (にまだら)』今風に言えば「吉・凶・平」。暦に記される「先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口」の類かと思われる。
  • 『日文 (ひふみ)』1年の各日の陽陰(日月)のバランス・リズム、またその吉凶について記したもの。=ひよみ (日夜見)・暦 (こよみ)。
  • 1年を「東西南北」の4つに分けると1つは92日。92日を9等分すると、「10日」が8つ と 半端の「12日」となる。これに則して瑞垣の東西南北の一方に9門を設ける。またこの合計36門で占いの体系を作り、「熟斑」を暦に記す。

以下その日文の全文を記す。読み方・意味については こちら を参照。

南の東より 暁の天は熟の宝 暗闇の天は枯に病める 
日分れの天は枯の離れ 日の出の天は熟の祝ひ 
華やかの天は熟の宮方 照り粗れの天は半怯え 
枯熟和すの天は枯に損ね 明らかの天は熟のよろし 
星照るの天は 熟の光 南の九門 これ

西は南より 明らかの天は熟のよろし 暗闇の天は枯に病める
明の振るの天は斎宝 暁の天は熟の宝
明るきの天は熟の命 曙の天は熟宝
真暗の天は枯の憂ひ 昼延びの天は熟に満つる
晦の天は枯に消ゆる 西の九門 これ

北は西より 恵る日の天は熟も巡る 明るきの天は熟の命
華やかの天は熟の宮方 見慣る日の天は中実成る
暗闇の天は枯に病める 朧夜の天は半暗し 
回まよいの天は枯に苦し 露るの天は熟の名上ぐ
干乾くの天は枯の咎め 北の九門 これ

東は北より 栄えるの天は熟の栄え 日落つるの天は枯に劣る
和やかの天は熟に安し 肖やうきの天は枯に肖やふ
均れやふの天は熟にもなる たそがれの天は枯に破る 
照り降れの天は斑枝 合の出の天は熟の父母
明らかの天は熟のよろし 東の九門 これ





東・西・央・南・北 央は内を守る ホ21文

  • 『東西央南北 (きつをさね)』四方と中。四方の垣とその内部。
  • 『央は内を守る (をはうちおもる)』央 (=皇) は四方の垣の内を治める。
    『"ヲ" は君の 地 治むれば 東西央南北 四方と中なり』ホ1文



トコタチの 子のトシノリの タマメ神 五座・六腑を 生み上げる 陽陰より下す 日夜見神 二神 これに ヤマサ 和す ホ21文

  • 『トコタチ』ここでは「アメトコタチ (天常立神)」。ミナカヌシと天元神 (トホカミヱヒタメ) が天に還って星となってからの呼び名。ここでは特に天元神を言うように思う。
  • 『子 (こ)』は「わく (分く)」の名詞形「わこ」の簡略。よって「子」は「わけ (分け)」の意である。また「わか (若) 」はその変態である。
  • 『トシノリタマメ (歳徳玉女)』年のり神 (としのりかみ)」を治める姫。
    「年のり神」は「1年を成す神」という意味で、暦を構成する「日夜見神 (ひよみかみ)」の言い換え。「干支守 (ゑともり)」「陽陰守 (あまもり)」とも言う。そしてこれらは「五座の神」+「六腑の神」の11神の総称である。後に「タマメ」は「年のり神」と混合してしまい、「歳徳神 (としとくじん)」とか「恵方神 (えほうがみ)」などと呼ばれるようになる。
  • 『五座六腑 (ゐくらむわた)』五座の神は「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」の5神、六腑の神は「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の6神を言う。ホツマ干支 (暦) は「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の組み合わせからなるため、この11神を総称して「年のり神」「日夜見神」「干支守」「陽陰守」などと言うのである。他にも嫌になるくらい別名が多い。
  • 『陽陰より下す (あめよりくだす)』「あめ (陽陰)」は「非物質界の陽サイドと陰サイド」の意。「くだす (下す)」は「(物質界に) 現す」の意。
  • 『二神 (ふたかみ)』イザナギとイザナミの夫婦。
  • 『ヤマサ』「年のり神」から分れ出た8神霊。火水風の災いから人の生活 (衣食住) を守る。また八方位を分担して守る。「ヤマサ神」は「屋に座す神」と「八座 (八方位) の神」の二つの意を持つ。
  • 『和す (なす)』は「のす (乗す・載す)」の変態で「合わす・加える・現す」などの意。
  • アメトコタチの分霊のトシノリタマメは、五座神と六腑神を生み上げる。天の陽陰より地に下した日夜見神 (陽陰守・干支守) である。二神はこれにヤマサを加える。


天の御孫は 新治りの 門の高屋に ヤマサ守 纏るば 民の 枯生州  ホ21文

  • 『天の御孫 (あめのみまご)』「御孫 (みまご)」は、アマテルの孫を言うが、特に「クシタマホノアカリ」と「ニニキネ」を指す。また「天の御孫」とも言う。この場合の「アメ」は本来「天地・陽陰」で、太陽霊と太陰霊の顕現である「アマテル神 (天地垂る神・陽陰垂る神)」を意味する。
  • 『新治り (にいはり)』ここでは「新たな治め」「新たなコミュニティ」という意の普通名詞。
  • 『門の高屋 (かどのたかや)』宮 (都市) の正門 と一体化した高殿・高楼。
     → 写真
  • 『ヤマサ守 (やまさかみ)』人の生活 (衣食住) の守護神、また八方位の守護神としての名。「ヤマサ守 (やまさもり)」とも呼ばれている。
  • 『纏る (まつる)』は「まとふ (纏う)」の変態で、ここでは「添える・据える・まとめる・収める」の意。「まつる (政る・服る)」も同義。「まつる (祭る・奉る)」の場合は「上げる・高める・尊ぶ・栄す」の意となる。
  • 『纏るば (まつるば)』普通「ば」は已然形か未然形に付くが、ホツマではこのように終止形に付く場合が多く見られる。
  • 『枯生州 (からふしま)』「しま (州・島)」は「区分・区画・区域」の意。だから「枯生州」は「枯生の場所・枯生地区」などの意となる。「枯生」の意味についてはもうすぐ説明される。
  • 天の御孫ニニキネは、新宮の正門の高楼にヤマサの守を据えた。故に正門付近は「民の枯生地区」と呼ばれる。


ワカクシマトと トヨマトと 常に守りて 鳥を飼ふ 民の空枯れ 有らじなと  ホ21文
  • 『ワカクシマト』『トヨマト』枯生門の両脇に「日の州 (ひのしま)」と「月の州 (つきのしま)」というブースが付随しており、クシマト (奇磐間戸神) が「日の州」に、トヨマト (豊磐間戸神) が「月の州」に入って枯生門を守る。よって「門守神 (かどもりかみ)」とも言われる。神社の正門にはよく見られ、門の両脇の小さな部屋に仁王像が立っているが、それらがクシマトとトヨマトである。「クシマト」は「ワカクシマト」「クシイワマト」とも呼ばれ、「トヨマト」は「イワマト」「トヨイワマト」とも呼ばれる。
  • 『鳥を飼ふ (とりをかふ)』これが神社の境内にニワトリが居る理由であろう。また「鳥居」の意味の一つであろう。
  • 『空枯れ (からがれ)』すっかり枯れるさま。「から (空)」はここでは「何も無いさま・すっからかん」の意。
  •  (正門は) ワカクシマトとトヨマトが常に守る。また民の空枯れの無いようにと、鳥を飼う。


長が驕れば 民 疲る 疲れて業も 空枯れと 訴ふ時に 戒めて 国を治さねば 民心 天地に届きて 君が門 ヤマサの守が 知る故に 心 苦しむ その時は 共に乱るる 鳥の閧  ホ21文

  • 『長 (をさ)』は「をす (押す)」の名詞形で、「をす」は「合わす・和す・束ねる・治める」などの意。よって「をさ」は「治める者」意・
  • 『驕る (おごる)』は「おこる (熾る・怒る)」「ほこる (誇る)」の変態で「高ぶる・勢いづく・調子に乗る」などの意。
  • 『つかる (疲る)』は「つく (尽く)」+「かる (枯る)」の合成で、「すがる (尽る・末枯る)」の変態。
  • 『業 (わざ)』は「わす (和す)」の名詞形。「わす」は、ここでは「為す・する」などの意。よって「わざ」は「為すこと・すること・仕事」などの意。
  • 『訴ふ (うったふ)』は「うたふ (歌う)」の音便。「うたふ」は「うつ (打つ)」から派生した動詞で、「合わす・表す・告げる」などの意。「うつ」の変態が「(一席) ぶつ」。
  • 『戒む (いましむ)』「いむ」+「しむ」の複合動詞。「いむ」はここでは「はむ (嵌む)」の変態で「合う・収まる・直る」などの意。「しむ」は「する (為る)」の変態で、これによって「合わす・収める・直す」と他動詞化している。
  • 『天地 (あめ)』非物資世界。あの世。
  • 『鬨 (とき)』は「とく (研ぐ・利く・鋭く・疾く)」の名詞形で、「高まるさま・勢いづくさま・栄るさま」の意で、「たけ (猛)」「たか (高)」の変態。ここでは「おたけび」の意。
  • 治める者が驕れば民は疲弊する。疲れて「業もすっかり枯れ果てた」と訴える時、それを正して国を治めない場合には民の心はあの世に届く。そうなれば君の門に居るヤマサの守も知る故に、民心が苦しむその時はニワトリの鳴き声も同時に乱れるのである。


乱れ傷めば 人も知る フトマニ 見れば 方を知る ツウジ・ヨコベを 遣わして 民を乱らば その司 改め代えて 枯れを解く 故 "枯生" 成る  ホ21文

  • 『フトマニ (太兆)』とは「すべての現れ・万象」という意味で、これは本来はサコクシロに坐す元明けの49神 (48音) を指す。ここでは49神の配置によって方角を知り得るということを言っていると思われる。
     → フトマニ図
  • 『方 (けた)』方角。
  • 『ツウジ』元来は縦糸を束ね整えるもの。転じて、経 (掟・法)を統べ、それを世に通す者。80県=1国 にツウヂ1人を置く。=国造 (くにつこ)。ツウヂにはヨコベ10人が添えられる。
  • 『ヨコベ (横綜・横侍)』「添え物」の意。元来は経糸をまとめる「ツウジ」に添えられる綜。綾織や錦織などの高度な機を織る場合に「ツウジ」に追加される。転じて、ツウジ (=国造) の補佐役。ツウチを補佐すると共に、ツウジや他のヨコベの不正を互いに監視させる目的もあったようだ。
  • 『枯生 (からふ)』「から (枯)」+「ふ (生・振)」。「から」は「かる (枯る)」の名詞形。「ふ」は「ふゆ (生ゆ・振ゆ)」の名詞形。「枯を生かす・枯れを奮わす」の意。
  • 鳥の鬨が乱れ傷めば、人の君も知る。フトマニを見れば方角がわかる。ツウジ・ヨコベを遣わして、もし民を苦しめているなら、その司を改め代えて枯れを解く。よって "枯生" が成る。


庭鳥は 糠を受け 鳴きて 果垢 得ず 小糠を乞えば 「コカコフ」と 鳴くは素直や 果 呉れば くたかけ鳴くぞ  ホ21文

  • 『庭鳥 (にわとり)』「にわ (庭)」は「は (地・場)」と同義。 「とり (鳥)」は「とび (跳び)」の変態で「バタバタするもの」の意。よって「にわとり」は「飛ばずに地にいる鳥」と考える。
  • 『糠 (か)』は「から (殻)」の簡略で「外皮」。あるいは「ぬく (抜く・脱ぐ)」の名詞形「ぬか (糠)」の簡略で「取り除くの物」の意。
  • 『果垢 (つあか)』「つ (果)」は「つく (尽く)」の名詞形の略で「至り・完成・成果・実り」などの意。「あか (垢)」は「わけ (分け)」の変態で「分れ・分割・断片・屑」などの意。よって「つあか」は「実の断片・かけら」の意。
  • 『小糠 (こぬか)』「こ (小・細)」+「ぬか (糠)」。細かい抜け殻。
  • 『コカコフ』コケコッコー。
  • 『果 (くだ)』は「くつ (上つ・高つ)」の名詞形で、「高まり・成熟・実り・成果」などの意。「くだもの (果物)」の「くだ」。
  • 『呉る (くる)』は「くる (交る)」で、「合わす・交える・渡す」などの意。
  • 『くだかけ』不詳だが、「くた」は「くつ (上つ)」の名詞形で「高ぶるさま・勢いづくさま・盛るさま」の意。「かけ」は、鶏の鳴き声の擬音で「こけっ」と同じ。よって「くだかけ」は「けたたましくコケッコケッ鳴くさま」を表すように思う。「けたたまし」「くだくだし」などは関連語と思われる。
  • ニワトリは米の殻を受けて喜んで鳴き、実はかけらも食わない。小糠が欲しけりゃ「コケコッコー」と鳴くのは素直である。実を与えようものなら、けたたましくコケッコケッ鳴くぞ。


カラスだも 好き魚 受けて 喜べり 患へば熟れふ 己が乞を 告げず 緩らすは カラスなり  ホ21文

  • 『魚 (いお)』「うお (魚)」とも言うが、「いよ (弥)」の変態で「うようよしているもの」の意。
  • 『患ふ (うれふ)』は「おる (下る)」の変態「うる (倦る)」から派生した動詞で、「低まる・衰える・沈む」などの意。ここでは「うえる (飢える)」と同義。
  • 『熟れふ (うれふ)』は「うる (熟る)」から派生した動詞で「高まる・勢いづく・盛る」などの意。
  • 『乞 (か)』は「かふ (交ふ)」の名詞形の略で、「かふ」は「(心を) 合せる・寄せる」「欲す」などの意。
  • 『緩らす (ゆらす)』「ゆる (緩る)」+「す (為る)」。「ゆる」は「やわらぐ・中和する・収まる」などの意。これを「す」で「やわす・収める・抑える」と他動詞化している。「ゆらふ (緩らふ)」の類語。
  • カラスだって好きな魚を受ければ喜ぶのである。飢えれば高まる自分の欲望を、表に出さずに抑えるのがカラスである。


鳥より先に 知る守の 州は鳥居ぞ これ 神の 御子に教えて 労わりを 知らねば神は 鳥・犬ぞ ほつまを並めて 鳥居 成りける  ホ21文

  • 『鳥より先に知る守 (とりよりさきにしるかみ)』ヤマサ守。
  • 『神 (かみ)』二神。この章には『二神これにヤマサ和す』とあり、また22章には、二神がヤマサに守名を賜ったことが記されている。また5章には、イザナミの臨終にカグツチとハニヤスとミヅハメを生んだと記されている。よって二神は、ある意味ではヤマサの親と言えるのである。
  • 『御子 (みこ)』二神の御子。ここでは「ヤマサ守」である。
  • 『鳥犬ぞ (とりゐぬぞ)』「鳥や犬と変わらないぞ」の意。冒頭に書いた通り「取り/往ぬ」が「とりゐ (鳥居)」の語源なのであるが、それにシャレているのだと思われる。また神社にニワトリが放され、狛犬が置かれているのは、この辺りに起源があるのかもしれない。
  • ほつまは「ほつむ」の名詞形。「ほつむ」は「ほつ (発つ)」からの派生動詞で「発する・起る・立つ」などの意。よって「ほつま」は「(日の) 発する所・東」という地名なのであるが、ここでは「起り・始め・根本・原理」などを意味する。これらをホツマは「たて (立て・縦・経)」とも表している。そして「根本原理」とは「経・矛」を意味するのである。よってここでの「ほつま」は「根本原理=経と矛」の意なのである。そして鳥居の2本の柱は「経と矛」を表し、同時に経矛の道を再び日本に敷いたイザナギとイザナミの二神を表したものである。
    『玉はタテ 貫は潤す 矛もタテ 横曲 滅ぼす 二柱 行き来 鳥居の 二神と 聞きて 各々 ヲシテ 染めけり』ミ3文
  • 鳥より先に知るヤマサ守の占める州が鳥居 (正門) である。二神が御子のヤマサ守に、民の苦しみを知らせるだけで、もし労わりを知らないとしたら、二神は鳥や犬と変わらないことになるが、経矛の道に民を我が子と育てた二神にそんなことはあり得ない。 経と矛の2柱 (二神) を並べて鳥居が生まれたのであるから。


南の御門 柱は三十寸 幅 三丈 高さも三丈 桁の上 六尺は年数 太さ 月  ホ21文

  • 『南の御門 (さのみかど)』宮 (都市) の正門。=枯生門。いわゆる南大門。
  • 『三十寸 (みそき)』30寸=3尺≒ 67.5cm。柱の直径だと思われる。
  • 『三丈 (みたけ)』3丈=30尺≒6m75cm。
  • 『桁 (けた)』鳥居の「ぬき (貫)」を言うと思われる。
  • 『六尺は年数 (むたはとしかず)』何の年数を言うのか不明。
  • 『太さ 月 (ふとさつき)』不明。


「羅生門」は「枯生門 (からふかど)」の「か」が落ちた「らふかど」に漢字を当てたものではないのだろうか。ひょっとして当初は「加羅生門」だったりしなかったかな。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma21.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事117『土竜の神』

2013-05-04 15:37
ホツマツタエのおもしろ記事(117)  土竜の神


これまでのお話: 1.『瓊瓊杵尊』
         2.『宮造りの法』
         3.『鴫居と鴨居』


ニニキネが開発に取り組むニハリ (新治) の地は、クシヒコ (大国主) の定めた埴祭の法と宮造りの法に従って建設が始められようとしていた。その新宮の建設現場に妙な生き物が現れる。

先に宮場に オコロ あり モチウコに似て 炎 吐く 民等 恐れて これ 告げる ホ21文


「オコロ」とは何か?
色々調べてようやくわかった。「オコロ」とは「モグラ」のことである。

【土竜】もぐら -広辞苑より-
地中にトンネルを作り、ミミズや昆虫の幼虫を食べ、土を隆起させ、農作物に害を与える。むぐら。うぐら。もぐらもち。うごろもち。田鼠 (でんそ)。

ここに「うぐら」「うごろもち」とあるが、これらは「おころ」の訛りに違いない。
「おころ」は「おこる (起る・興る)」の名詞形で、「おこる」は「高める・上げる」の意。つまり「オコロ」は「(土を) 持ち上げる・盛り上げるもの」という意である。



次に「モチウコ」というのは何だろう。
「うごもつ (墳つ)」という動詞があるのだが、これを「うく (浮く)」+「もつ (持つ・盛つ)」の複合動詞と見て、前後をひっくり返すと「もちうく」となる。「もちうく」の名詞形が「モチウコ」と考える。

【墳つ】うごもつ -広辞苑より-
土が高くもりあがる。うぐもつ。うごもる。うぐろもつ


よってモチウコも「(土を) 持ち上げる・盛り上げるもの」という意で、名前の意味するところはオコロと同じだということになる。 具体的にどの動物を指しているのかはわからないが、やはり土中に生息する「ヒミズ」や「アカネズミ」の類を言うのではなかろうか。
上にある「うぐろもつ」という動詞の名詞形が「うぐろもち」で、これはモグラの異称である。

【土豹】うぐろもち -広辞苑より-
(動詞ウグロモツの連用形から) モグラの異称。「うぐらもち」とも。




モノヌシ 問えば 答え言ふ
『カグツチ 竜を ハニヤスに 万子 生ませど 竜 成らず 穴に憂ふる 願わくは 人 為し給え」ホ21文


  • 『モノヌシ』大物主のクシヒコ。
  • 『カグツチ (軻遇突智・迦具土)』「かく (輝・焦)」+「つち (治)」。火を治める自然神。その誕生については二つの説をホツマは伝える。一つは、ソサノヲがミクマノの木に火を放った際に、向い火を放って消火しようとイサナミが生んだ神。ハニヤスとの間にワカムスビを生む。またカグツチはハニヤスに多くのオコロも生ませている。「愛宕神社」の祭神。
  • 『竜 (たつ)』「たつ」は「たつ (達つ)」の名詞形で、「達したるもの・頂点」の意。爬虫類 (鱗の動物) の頂点にあるもの。竜は水を操って火を消し、また海の高浪を静める能力を持つ。
  • 『ハニヤス (埴安)』「はにやすひめ (埴安姫)」とも言う。「はに (埴)」+「やす (合す・治す)」。土を治める自然神。「うひ (水と埴)」は、陰の属性なので「みつはめ」と「はにやす」は女神なのである。その誕生については二つの説をホツマは伝える。一つは、ミクマノでイサナミ自らが産んだカグツチの火により焼死する間際に生んだ神。「愛宕神社」の祭神。
  • 『穴に憂ふる (あなにうれふる)』「(地中の) 穴に低まる」の意。「うれふる」は「うれふ (憂う)」の連体形。「うれふ」は「おる (下る)」の変態「うる」から派生した動詞で、「低まる・沈む」などの意。
  • 『願わく (ねがわく)』「ねがふ (願う)」+「しく (如く)」の合成から「し」を省いて名詞化したク語法。「願う如く」の意。
  • 大物主のクシヒコが (オコロ) に問えば、答えて言う。
    『カグツチがハニヤスに竜をたくさん生ませようとしたが、竜に成らず地中の穴に低まり生きる。願わくは人になし給え。』


モノヌシが 申せば御孫 御言宣
『汝 受けべし』
『天の神 ヤマサを生みて 竈 守り』
ホ21文

  • 『御孫 (みまご)』「み (上・神)」+「まこ (孫)」。「み」は「かみ」の意。「まご」の尊称で、アマテルの孫を言うが、特に「クシタマホノアカリ」と「ニニキネ」を指す。
  • 『申す (もふす)』は「合わす・仕える・告げる」の意と「詣づ・上げる」の意があるが、ここでは後者。
  • 『御言宣 (みことのり)』は「ことのり (言宣)」の尊敬語。「のり (宣)」は「のる (宣る)」の名詞形。「のる」は「のぶ (延ぶ・述ぶ)」の変態で、「放つ・延ばす・広げる」の意。アマテルと天君の専用語なのであるが、2人の例外がいる。 天君となる前の「ニニキネ」、そして「ヤマトタケ (日本武尊)」である。
  • 『受けべし (うけべし)』「べし」は「(~することが状況に) 合っている・ふさわしい」の意。通常終止形に接続するが、ここでは命令形に接続している。ここ以外にも例がある。『なさばむけべし』ホ33文
  • 『陽陰の神 (あめのかみ)』これは「日夜見神 (ひよみかみ)」を言っている。陽陰=日月=日夜、日夜見=日月見=暦。「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」の五クラの神と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の六ワタの神、合計11神の総称である。この11神は暦 (干支) を構成する神々であり、人の地上での生活を守る。「ウマシアシガイヒコチ神」「室十一神 (むろそひかみ)」「竈の干支守神 (みかまどのゑともりかみ)」など非常に多くの別名を持つ。
  • 『ヤマサ (八将神)』室十一神から分れ出た八神霊。火水風の災いから人の生活 (衣食住) を守る。また八方位を分担して守る。「ヤマサ神」は「屋に座す神」と「八座 (八方位) の神」の二つの意を持つ。
  • 『竈 (みかま)』は「みかむ」の名詞形。「みかむ」は「あかむ (崇む)」「うかむ (浮かむ)」などの変態で「高める・栄す・熟成する・沸かす」などの意。「みかま」は「加熱 (設備)・煮炊き・台所」、転じて生活 (衣食住) に密着した物事を表す。「かま (釜・竃)」も同じ。
  • モノヌシがそれを君に申し上げれば、御孫の御言宣。
    「汝も受けるがよい。」
    「日夜見の神 (暦の神) は、ヤマサを生んで人の地上生活を守っている。」


『穢神潰は 埴 清きて 祭る屋 造り 鬼霊 退し 兄弟のイクシマ タルシマと 守名 賜えば 守も為し』ホ21文

  • 『穢神潰 (おふかんつみ)』黄泉のイザナミが放った8人の鬼霊を、撃退した「桃」にイザナギが与えた名。「穢神を潰すもの」の意。旧事は「意富迦牟都美命」、古事記は「意富加牟豆美」と記す。
    『桃の木に 隠れて桃の 実を投ぐる てれば退ぞく 葡萄 緩く 櫛は黄楊 好し 桃の名を "穢神潰" や』ホ5文
  • 『埴清く (はにしく)』地を清める。「しく」は「すぐ (直ぐ/清ぐ)」の変態で、「(曲りを) 直す」また「高める・優れさせる」の意。
  • 『祭る屋 (まつるや)』はにしき (埴清き)」は、新嘗会の別名「ハニスキの嘗会」を連想させる。よって「祭る屋」は、そこで設けられる「埴の社 (はにのやしろ)」を指すように思われる。そうだとすれば、埴の社は桃の木で造ったということになる。
  • 『鬼霊 (しこめ)』穢神。黄泉の神霊。「しこ」は「しく (垂く・下く)」の名詞形。「しく」は「低まる・劣る・穢れる」などの意。よって「しこ」は「汚穢・黄泉」と同義。「め」は「かみ (神)」と同じで「神霊」の意。記・紀には「醜女」と記され「醜い女」の意となっている。
  • 『退す (なす)』は「なす (寝す)」と同じで、「ねす (寝す)」の変態。「低める・衰えさせる・沈める」などの意。
  • 『イクシマタルシマ (生島足島)』宮の四方の御垣を守る兄弟の神霊。 この文脈からは「穢神潰 (桃)」の別名というふうに読める。 陰陽道では桃は魔除けの木とされ鬼門に植えられる。
    『イクシマと タルシマ 四方の 御垣 守り』ホ14文
  • 『守名 (かみな)』君より授かる治者 (上・守・臣) としての名。「守が名 (もろがな)」とも言う。
  • 『守 (もり)』は「もる (守る)」の名詞形。「もる」は「合わす」が原義で、「仕える・治める・調える・保つ・見張る・世話する」などの意を持つ。
  • 穢神潰 (桃) は地を清め、埴の社を造り、鬼霊を静める。また「兄弟のイクシマタルシマ」と守名を賜れば、御垣の守りもなす。


『我が新治りの 主屋 建つ 中つ柱の 根を抱え また四所の 守も兼ね 共に守れよ』ホ21文

  • 『新治り (にいはり)』ここでは「新たな治め」という普通名詞。
  • 『主屋 (あらや)』この「あら」は「あるじ (主)」や「あらか (殿)」のそれで、「中心・本拠・home」を意味する。これは『妹背鈴明2』で語られている「おなか (央中)」と同じなのである。
  • 『中つ柱 (なかつはしら)』建物の中心に立つ柱。=中柱 (なかはしら)・大黒柱 (だいこくばしら)。「つ」は「たる」の簡略。
  • 『抱ふ (かかふ)』は「かこふ (囲う)」や「くくる (括る)」の変態で、「合わす・収める・囲む・覆う・包む」などの意。
  • 『四所 (よところ)』かまど (竃処)、 かど (門)、ゐど (井戸)、にわど (庭処) の4所。
  • 『兼ぬ (かぬ)』は「かむ (交む)」の変態で「合わす・添える・加える」などの意。
  • 『共に (ともに)』ヤマサ や イクシマ・タルシマ と一緒に。
  • 我が新治りの本拠を建てる。その中柱の根を囲み、また四所の守も兼ねて、 (ヤマサやイクシマタルシマと) 共に守れよ。


『春 竈処 九尺 底にあり 南を向きて 東枕に伏せ』
『夏は門  三尺 底にあり 北に向きて 西枕に伏せ』
『秋は井戸 七尺 底にあり 東に向きて 南枕に伏せ』
『冬 庭処 一尺 底にあり 西に向きて 南枕に伏せ』
ホ21文

  • 『竈処 (かまど)』は「煮炊きする所」「台所」を表す。「かま (竃・釜)」は「かむ (上む・醸む)」の名詞形。「と (処・時・手・方・戸)」は「区分・区画」を表す。
  • 『尺 (た)』は「た (手)」が原義。手の指を目一杯広げた時の親指と小指の先端の間の距離。これはまた、手の付け根から中指の先端までの長さにほぼ等しい。1間 (180cm) =8尺。1尺=22.5cm。
  • 『底 (そこ)』は「しき (敷)」や「とこ (床)」の変態で「下にあるもの・下敷き・土台」などの意。ここでは「地中」を表す。
  • 『伏す (ふす)』は「うす (失す)」「あす (褪す)」「やす (痩す)」などの変態で、「隠れる・潜む」「低まる・沈む」などの意。ここでは命令形。
  • 『南を向きて東枕に伏せ』「頭は東に向けて、顔だけ南を向く」ということか。人間ならできる。
  • 『門 (かど)』は「かつ (交つ/離つ)」の名詞形。「かつ」はここでは「出入りする・行き来する・開閉する」などの意。「くち (口)」の変態。
  • 『井戸 (ゐど)』は「ゐつ」の名詞形。「ゐつ」は「あつ (当つ)」の変態で「合わす・集める・溜める」などの意。よって「ゐど」は「集まり・溜め・溜り」などの意。もう一つは、「ゐ (水)」+「と (処)」。「ゐ」は「み」「ひ」などの変態で、「陰・女・水」を表す。「と (処・時・手・方・戸)」は「区分・区画」を表す。
  • 『庭処 (にわど)』「にわ」は「空き・空間」を意味し、「はら (原)」「ば (場)」「ま (間)」と同義だが、特に「宮や家の敷地内にある空き地」を言う。「ど (処・時・手・方・戸)」は「区分・区画」を表す。
  • 『南枕 (さまくら)』だけは秋と冬で重複している。これは誤写と考える。


『腹・背・頭 足に従ふ 礎に 敷き座す床を いかすれ』と
オコロの守と 名を賜ふ 弥々 いかすりて 主屋 守るかな 
ホ21文

  • 『従ふ (したがふ)』「しつ」+「かふ (交ふ)」の複合動詞。「しつ」は「したふ (慕う)」の原動詞で、「合わす・付く・添う・寄る」の意。「かふ」も「合わす・交じる」で同義。よって「したがふ」は「寄り添う・付き添う」などの意。
  • 『礎 (いしずゑ)』「いし (居し・居州・居敷)」+「すゑ (据ゆ)」。ここでは「居所を据える場・建物の敷地」「基礎・土台」などの意。
  • 『敷き座す (しきます)』「下に敷いてその上に在る」の意。
  • 『床 (とこ)』「下にあるもの・下敷き・土台」などの意。「そこ (底)」の変態。
  • 『いかする』3つの意味が重なる。
    (1) 「い (弥)」+「かする (擦る)」。「い」は「いよ・いや (弥)」の変態。「かする」は「こする (擦る)」の変態。「大いに擦る」の意で、これは地中のモグラが手足を大いに往復させて、土を掻き擦ることを言っている。
    (2) 「い (忌・穢)」+「かする (擦る)」。「い」は「忌むもの・穢れ」の意。「かする」は「そらす・払う・放つ」の意。よって「穢を祓う」の意。
    (3) 「いく (活く)」+「する (鋭る)」の複合動詞。どちらも「高める・勢いづける・栄す・優らす」などの意。
    総合すると「(地中のモグラが) 土を激しく掻き擦って穢を祓い清める」という意となる。
  • 『オコロの守 (おころのかみ)』「オコロ」は「もぐら (土竜)」であるが、この「オコロ」は意味が異なる。「お (汚・穢)」+「ころ (転)」で、「汚穢を転ばす守」という意である。
  •  『(汝の) 腹足に付き添う、宮が土台として敷き座す床を、激しく掻き擦って穢を祓い清めよ』と、 オコロの守 (穢転の守) と名を賜ふ。いよいよに掻き擦って主屋を守るのであった。



オコロの守 (穢転の守) は、現在は「土公神 (どくじん)」と呼ばれる陰陽道の神となっている。

【土公神】どくじん -広辞苑より-
陰陽道(おんようどう)で、土をつかさどる神。春は竈に、夏は門に、秋は井に、冬は庭にあって、その場所を動かすことを忌む。 土神。土公 (どくう・つちぎみ)。


かくしてモグラは建屋の土台となる土地を祓い清める守護となったのである。
また、オコロが激しく掻き擦って祓い清める宮の敷地は、「いかすり (座摩・坐摩)」とも呼ばれるようになる。

各地の「坐摩神社」は、生井神 (いくゐのかみ)、福井神 (ふくゐのかみ)、綱長井神 (つながゐのかみ)、波比祇神 (はひきのかみ)、阿須波神 (あすはのかみ) の、いわゆる坐摩神を祭る。この5神は「オコロの守」とは直接の関係は無いのだが、やはり地を祓い清めるための、人が行う作法・儀式を神格化したものである。この5神については『埴祭の文』を参照。


-つづく-



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma21.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事116『鴫居と鴨居』

2013-05-03 17:48
ホツマツタエのおもしろ記事(116)  鴫居と鴨居


これまでのお話: 1.『瓊瓊杵尊』
         2.『宮造りの法』


クシヒコの「宮造りの法」はさらに続く。

円・方 ともに 屋造りの 本はトコタチ "ム手" 結び 室屋 造りて 民を潤む 後 "ヤ手" 結び 社 成る ホ21文

  • 『円・方 (まる・けた)』円形の屋と方形の屋。「円屋」と「方屋」の建物の種類があったことが伺えるが、それ以上のことは言及されていない。ただ古代日本では「屋の向き」が重視されていたことを考えると、「円屋」では方位が曖昧となるので「方屋」が望ましいとされていたのではないかと思われる。そこで中核となる建物 (主屋) は「方屋」に造り、それ以外の付属的な建物 (物置や便所など) は「円屋」に造ったのではないかと推測している。あるいはこの辺りに前方後円墳の起源が潜んでいるのかもしれない。
    『ツキヨミ 遣りて 潤繁種 得んと到れば 丸屋にて』ホ15文
  • 『トコタチ』クニトコタチ。「室屋の神」とも呼ばれる。
  • 『ム手 (むて)』”ム” のタミメ。「タミメ (手見め)」は「手の組み合わせ」という意味。手を組み合わせた造形で陽陰の48神を表現したもの。タミメを平面上に押し写したものがヲシテ (押手) である。
  • 『室屋 (むろや)』詳しくは不明であるが、洞穴のような原始的なものではなく、少なくとも柱と茅葺の屋根を備えたものであった。
  • 『潤む (うむ)』は「いむ (斎む)」「うる (熟る)」などの変態で、「高める・勢いづける・栄す・潤す」などの意。
  • 『社 (やしろ)』「や (弥・敬・上)」+「しろ (代)」。「しろ」は「区分・区画」の意。「やしろ」は「上位者の区画・尊い区画」という意で、「やかた (敬方・館)」「かみがた (上方)」などと同義。
  • 円屋にしろ方屋にしろ、屋造りの源はクニトコタチである。"ム" のタミメを結んで「室屋」を造り、民を恵む。その後に "ヤ" のタミメを結んで「社」を成す。


これにいまする 今の宮 オオクンヌシの 考えは
『木は逆しまに 頭 下 故 棟を以て 屋根となす 葺くは "やね" 根ぞ』
ホ21文

  • 『これ』室屋と社。
  • 『いまする』「います」の連体形。この「います」は「いむ」+「す (為・使役)」。「いむ」は「いる (入る・居る)」「あむ (編む)」「うむ (埋む)」などの変態で、「合う・加わる・添う・居る」などの意。「います」はここでは「合わす・加える」などの意。
  • 『オオクンヌシ』「おお (大)」+「くん (地)」+「ぬし (主)」。「大地を治める者」の意。いわゆる「大国主」でクシヒコを指す。なぜクシヒコが大地を治める者なのかといえば、ここで語られている宮造りの前提となる「埴祭の法 (はにまつりののり)」(地鎮祭の法) をあらかじめ定めているからだと思われる。ただここで唐突にこの名を出してしまっているのは、ひょっとすると原文著者の勇み足なのかもしれない。
  • 『棟 (むね)』は「みね (峰)」「おね (尾根)」「うね (畝)」「やね (屋根)」などの変態で、「頂」の意。
  • 『屋根 (やね)』ここでは「屋の根っこ・屋の土台」の意。
  • 『葺く (ふく)』は「はく (佩く・履く・接ぐ)」の変態で「合わす・覆う・包む」などの意。「服」はその名詞形。
  • 室屋と社に加えるところの今度の宮。大地主の考えは
    『材木は上下を逆さまにして頭を下とする。よって棟を以て屋の根とする。葺くのは "屋の根"、根ぞ。』


『もし柱 継がば 下継げ 上は根ぞ 根は足ち継がず "ム" のヲシテ 軒より棟に 手を合わす "ム" 継ぎ "ネ" と成す』ホ21文

  • 『もし』は「もす (模す)」の名詞形で「似るさま・匹敵するさま・同じさま」の意。「まさ(正)」「マジ」の変態。普通は助詞の「も・や」を伴って「まさしく・ひょっとして・実際に・現実に」などの意となるが、省略される場合も多い。
  • 『下 (しも)』は「しむ (凍む・垂む)」の名詞形。「しむ」は「低まる・下る」などの意。
  • 『上 (かみ)』は「かむ (醸む・上む)」の名詞形。「かむ」は「高まる・上がる」などの意。
  • 『足ち継ぐ (たちつぐ)』「足し合わせる」の意。「たつ」はここでは「たす (足す)」の変態。
  • 『ムのヲシテ』→ 図。「ヲシテ (押手)」は文字の原点であるタミメを平面上に押し写したもので、ここでは文字を表す。
  • 『軒 (のき)』は「のき (退き)」で、「放れ出るもの・突出・はみだし」の意。
  • 『"ム" 継ぎ "ネ" と成す (むつぎねとなす)』「ム」は「し (垂む)」の名詞形の略態で「しも (下)」と同義。「ネ」は「みね (峰) 」「おね (尾根) 」の意。「下に継いで頂となす」の意。
  • 『もし柱を継ぐなら下に継げ。上は根ぞ。根本には足し継がず。"ム" の押手は、軒から棟に手を合わす形である。下に継いで頂を成せ。』


『棟木 模し 末は継ぐべし 根は継がず 張りの根は冬 鬱き 末 末は継ぐべし 根に継ぐな』 ホ21文

  • 『棟木 (むなぎ)』棟に用いる材木。
  • 『模し (もし)』「もす (模す)」+「し (如)」の音便。「模す如し」「同じ」の意。
  • 『末 (すえ)』は「すゆ (饐ゆ)」の名詞形で、「すゆ」は「低まる・下る・衰える」などの意。「しも (下)」「すみ (隅)」などの変態。
  • 『張り (はり)』は「はる (張る)」の名詞形で「はる (春)」の変態。「張る」は「はふ (生ふ)」「はぬ (跳ぬ)」 などの変態で「放つ・発す・起る」などの意。だから「草木の芽が張る」のと「春」は同根なのである。
  • 『冬 (ふゆ)』は「ふる (降る)」「ひゆ (冷ゆ)」などの変態「ふゆ」がそのまま名詞になったもの。「ふる・ふゆ・ひゆ」は「低まる・下る・衰える」などの意。
  • 『鬱き (うつき)』は「うつく (弼く)」の名詞形。「うつく」は「いつく (斎く)」の変態で「高まる・勢いづく・栄える」などの意。
  • 『棟木にしても同じである。末は継ぐべし、根は継がず。草木が芽を張る春の根源は冬であるが、伸び栄えるのは末端の部分である。だから末は継ぐべし、根に継ぐな。』


『日挿しは覆ひ 東・南に指せ 蔀は臣の 調の教え 徹るを見るぞ』ホ21文

  • 『日挿し (ひさし)』ここでは「日光を入れるもの」の意で「窓」を表す。
  • 『覆ひ (おおひ)』日挿しの窓を覆うもの。窓の覆い・蓋。
  • 『東・南に指す (つさにさす)』「東か南に合わす・向ける」の意。「つさ (東・南)」にも語呂合わせ的な意味があると思われるが、解けていない。
  • 『蔀 (しとみ)』は「しとむ」の名詞形。「しとむ」は「しつ (棄つ・失つ)」からの派生語で、「離す・分ける・区切る」などの意。よって「しとみ」は「限り・仕切り」などの意で「垣」や「囲い」と同義。
    とみのをゑ ほるおるそ」という語呂合わせ。
  • 『調の教え (とのをしゑ)』「調の導き (とのみちびき)」とも呼ばれ、「調和の道に導くこと」「調和の恩恵を教えること」を言う。これを民に施すのが臣の仕事だとアマテルは指導している。
  • 『日挿しの窓の覆いは、東か南に向けよ。』『蔀は、臣たる者の本分「調の教え」が民に浸透するを見せてくれるぞ。』


『火の鎮め 戸の開け閉てに 摺れ合えば 下を鴫居と 上 鴨居』ホ21文

  • 『鎮め (しづめ)』「しづめ」は「しつむ」の名詞形。「しつむ (為集む/沈む)」には「収(治)める・調える」と「低める・下げる」の意に分かれるが、ここでは前者の意。
  • 『戸 (と)』は「と (門)」と同じ。これは「とす (吐す)」また「とつ (閉づ)」の名詞形で、「開閉するもの・行き来するもの・満ち干きするもの」の意。「くち (口)」「かど (門)」の同義語。
  • 『鴫居 (かもゐ)』「かも (上)」+「ゐ (居)」。「かも」は「かむ (上む)」の名詞形で「高み・上」の意。だから「かもゐ」は「上にあるもの」というのが本来の意。それを語呂合わせにより「鴨の居る所」の意を持たせている。
  • 『鴫居 (しぎゐ)』「しき (敷き)」+「ゐ (居)」。「しき」は「しく (敷く)」の名詞形で、「低み・下」の意。だから「しきゐ」は「下にあるもの」というのが本来の意。それを語呂合わせにより「鴫の居る所」の意を持たせている。
  • 『火の治め。戸の開閉に摺れ合う上居と敷居。これの下を「鴫居」とし、上を「鴨居」とせよ。』


『鴫は田の鳥 戸は潮 鳴る戸の響き 潮 鳴る 上に鴨船』ホ21文

  • 『鴫 (しぎ)』は「しく (頻く)」の名詞形で「しげ (繁・茂)」の変態。「しぎ」は「頻繁に見られる鳥・繁殖する鳥」という意と考える。おそらく「さぎ (鷺)」はこの変態であろう。
  • 『田の鳥 (たのとり)』水田にいる鳥。
  • 『潮 (うしほ)』は「うす」+「しふ」の合成動詞の名詞形。「うす」は「うつ (打つ)」の変態で、「合う/合わす」の意。「しふ」は「ちる (散る)」の変態で、「離れる/離す」の意。よって「うしほ」は「合って離れるもの・往き来するもの・満ち干きするもの」である。したがって「と (戸・門)」の同義語なのである。
  • 『鴨船 (かもふね)』鴨の船。「船」は「(2点間の) つなぎ・渡し」の意。よって「鴨船」は、ここでは「鴨の渡し」で「鴨居」の言い換えだと思われる。
  • 『まず鴫は水田にいる鳥である。また開閉する戸は、満ち干きする潮に同じ。鴨居に摺れ合って鳴る戸の響きは、満ち干きに鳴る潮騒である。 そして上には鴨の渡し (鴨居) が浮かぶ。』


『水鳥の 火の鎮めなす 鴫鴨居 ここにタツタの 神 居ます』ホ21文

  • 『水鳥 (みずとり)』水辺に生息する鳥の総称。
  • 『タツタの神 (たつたのかみ)』「たつた (竜治)」は「竜の治め」の意。竜は水を操って火を消し、また海の高浪を静める能力を持つ。竜治の神とは、その竜を治める自然神を言い、「タツタメ・タツタ姫」と呼ばれる。
  • 『居ます (ゐます)』「いむ」+「す (為・使役)」。「いむ」は「いる (入る・居る)」「あむ (編む)」「うむ (埋む)」などの変態で、「合う・加わる・添う・居る」などの意。「います」はここでは「合わす・据える・居させる」などの意。
  • 『水鳥が火の鎮めをなす鴫居と鴨居。ここにさらにタツタの神を据える。』


『且つ 山入りは "ツヱ" "サヱ" ぞ  "キ" "ヲ" の二は忌む ヱトに染む 陽陰 分る日は 万事 吉 屋造りはこれ』ホ21文

  • 『且つ (かつ)』「かつ (交つ)」が副詞化したもの。「合せて・加えて」などの意。
  • 『山入り (やまいり)』山に入ること。その具体的な目的は不明だが、木材入手のためだろうか。
  • 『ツヱ・サヱ』ホツマ干支に言う「ツ*ヱ」「サ*ヱ」に当たる日。
  • 『キ・ヲ』ホツマ干支に言う「キ**」「ヲ**」に当たる日。
  • 『ヱトに染む (ゑとにそむ)』ホツマ干支に表す/現れる。
  • 『陽陰分る日 (あめあかるひ)』不詳。仮に「日月の運行によって生じる「陽陰の節」の中で、陽と陰が交錯しない日」と考えている。陽陰が交錯する時期は汚穢が発生しやすいと考えられていたようだ。
    『然れども 後前かかり 三十二日も 粗る間 窺う 汚穢・モノを』ホ1文
    『前後 乱れて流る わが恥を 後の掟の 占形ぞ』ホ7文
    (「あとさき (後先)」は「陰陽」 「まえうしろ (前後)」は「陽陰」の意)
  • 『万事 (よろづ)』あらゆる区画・区分・方面。「よろ (万)」+「つ (方・州・処・事)」。「つ」は「区分・区画」を表す。
  • 『吉 (よし)』「よす (寄す/弥す)」の名詞形。「よす」は「(心に) 寄せる」また「高まる・勢い付く・栄る・熟れる・優れる」などの意。
  • 『加えて山入りは "ツヱ" と "サヱ" ぞ。"キ" と "ヲ" の二つは避ける。干支に表される「陽陰の分れる日」は万事これ吉。屋造りはこれ。』


時に君 ヲコヌシ守と 名を賜ふ 柱名もこれ ホ21文

  • 『君 (きみ)』ニニキネ。
  • 『ヲコヌシ (大国主)』先出の「オオクンヌシ」のバリエーションで「大地を治める者」の意。「を (大)」+「こ (凝・地)」+「ぬし (主)」。「おお・おほ」は、しばしば「を」あるいは「う」の一文字で表す。「こ」は「凝り」の略で、陽陰の精製過程で重く沈んで凝り成った「地」を表す。「ぬし」は、「うし (大人・氏)」「をち (大人)」「をさ (筬・長)」「よし (寄し)」などの変態で、「治める者・束ねるもの・司・長」を表す。
  • 『柱名 (はしらな)」ヲコヌシ柱。これが「大国柱」と表記され、今に「大黒柱」となったようだ。
  • この時に、ニニキネ君は「大地主守」という守名を賜う。中柱の名もこれである。


現在、「新治」(茨城県筑西市新治) のすぐ東に「大国玉 (おおくにたま)」(茨城県桜川市大国玉) という地名がある。この地名はおそらく、クシヒコの賜ったもう一つの守名「大和大国魂 (やまとおおくにたま)」を起源とする名だろうと思う。



-つづく-



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma21.html
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ホツマツタエのおもしろ記事115『宮造りの法』

2013-05-02 17:54
ホツマツタエのおもしろ記事(115)  宮造りの法


これまでのお話:『瓊瓊杵尊


ニニキネは筑波山の北の「ニハリ (新治)」 (現在の茨城県筑西市新治) の地に、新たな都市を拓こうとやって来る。クシタマホノアカリに愛想を尽かして大和を落ちた大物主クシヒコとアマノコヤネも、ニニキネに召されてこの地に随行していた。ニニキネはクシヒコに、フトマニに照らして宮造りの法を制定するように命ずる。



先ず建つる 名もニハリ宮
『フトマニに 宮造り法 定めよ』と
オオモノヌシに 御言宣
  ホ21文

  • 『ニハリ』は「にいはり (新治)」の音便。ホツマでは「新たな治まり」「新たなコミュニティ」という普通名詞としては「にいはり」、固有地名としては「ニハリ」と使い分けている。
  • 『宮 (みや)』は「みゆ (見ゆ)」の名詞形で、「みゆ」は「合わす・まとめる・収める・治める」などの意。よって「みや」は「入れ物・器」「まとまり・集積・都市」「政殿・政庁」などの意を重ね持つ。ここではこれらすべてを総合した意味である。
  • 『フトマニ (太兆)』は「すべての現れ・万象」という意で、これは万物万象の本源である「陽陰の48神」を指す。この48神は日本語のいわゆる五十音なのである。よってここでの「フトマニ」は、「言葉」「言霊」「まじない」「語呂合わせ」と同義である。詳しくは『ふとまに』を参照。
  • 『御言宣 (みことのり)』は「ことのり (言宣)」の尊敬語。「のり (宣)」は「のる (宣る)」の名詞形。「のる」は「のぶ (延ぶ・述ぶ)」の変態で、「放つ・延ばす・広げる」の意。アマテルと天君の専用語なのであるが、2人の例外がいる。 天君となる前の「ニニキネ」、そして「ヤマトタケ (日本武尊)」である。


モノヌシ 受けて 法 定む 
『まず杣人をして 木を伐るは キヤヱの日 好し 手斧初め』
ホ21文

  • 『杣人 (そま)』 杣木を伐り採ることを業とする人。きこり。「そま」は「そる (剃る)」の変態「そむ (▼背む)」の名詞形。「そむ」は「離す・分ける・切る」などの意。
  • 『キヤヱ』ホツマ干支にいう「キアヱ」の日。「キヤ」は「きる (切る)」の変態「きゆ」の名詞形として、「ヱ」は「上・吉」の意に捉えている。つまり「切るに吉」の意。
  • 『手斧初め (ておのそめ)』「ておの」は訛って「ちょうな・ちょんの」とも呼ばれる。「ちょうなはじめ (手斧初め)」という語が辞書にある。
    【手斧初め】ちょうな-はじめ (1) 新年に大工が初めて仕事をする日の儀式。 (2) 大工が家の建築にとりかかった初めの日に行う儀式。こづくりはじめ。おのはじめ。-広辞苑より-
  • 大物主クシヒコは御言宣を承けて宮造り法を定める。
    『最初にきこりが木を切るのは "キヤヱ" の日が好い。手斧初めである。』


『ネシヱ 礎 柱立て 中・隅柱 南 向き 北・東・西 回り立つ』 ホ21文

  • 『ネシヱ』ホツマ干支にいう「ネシヱ」の日。「寝すに吉」の意と思う。「寝す」は「平らにならす」の意。
  • 『礎 (いしすゑ)』「いし (居し・居州・居敷)」+「すゑ (据ゆ)」。
    「いし」は「(何かを設置する) 場・座・区画・敷地」の意。「すゆ」は、ここでは「合わす・平らす・整える・安定させる」などの意。「いしすゑ」は「敷地を平すこと・基礎整備」を言い、ホツマでは「はひき (地平き)」とも呼ばれる。今は「ぢびき (地引・地曳)」と呼ぶ。
  • 『柱立て (はしらだて)』-広辞苑より- 家屋の建築で、初めて柱を建てること。また、その時の祝賀の儀式。
  • 『中・隅柱 (なか・すみはしら)』中心に立てる柱と四隅に立てる柱。
  • 『"ネシヱ" の日に地を平して柱立てする。最初に中柱を立て、正面が南を向くように、南→北→東→西 の順に四隅の柱を立てる。』


『州・枯生門 中・隅に よりて定むる』ホ21文

  • 『枯生門 (からふかど)』宮の正門 (南門) を言う。何故それを「からふかど」と呼ぶかは、この後に説明される。
  • 『州 (しま)』枯生門の両脇にある「日の州 (ひのしま)」と「月の州 (つきのしま)」を言う。クシマト (奇磐間戸神) が「日の州」、トヨマド (豊磐間戸神) が「月の州」に入って門を守る。神社の正門にはよく見られ、門の両脇の小さな部屋に仁王像が立っているが、それらがクシマトとトヨマトである。
  • 『中・隅 (なか・すみ)』中柱と四隅の柱。
  • 枯生門と日州・月州の位置は、中柱と四隅の柱の配置に従って決める。


『棟上げは ツアヱに祝ひ 赤炊飯 十三膳 陽陰 日と月と 八膳 天元 棟に据え 餅 三百六十六 弓矢 添え』 ホ21文

  • 『棟上げ (むねあげ)』柱・梁 (はり) などが組み上がった後に、その上に棟木 (むなぎ) を上げること。またその祝典。上棟(じようとう)。建前 (たてまえ) とも言う。「むね (棟)」は「みね (峰)」「おね (尾根)」「うね (畝)」「やね (屋根)」の変態。
  • 『ツアヱ』ホツマ干支にいう「ツアヱ」の日。「ツア」は「つふ」の名詞形。「つふ」は「とふ (飛ぶ)」の変態で「高まる・上がる・突き出る」などの意。「つは (唾・鍔)」「つわ (強・兵)」などは「ツア」の変態。「ヱ」は「上・吉」の意。つまり「上げるに吉」の意。
  • 『赤炊飯 (あかこわゐ)』赤飯。「こわゐ」は「強飯」と書かれ「固く炊いた飯」と解されているが、そうではなく「かゐ・かゆ (粥)」の変態で「炊いた飯」のこと。これは「高め・勢いづけ・栄し」を意味する。「あか (赤)」は「開き・明け・上がり」を象徴する。「赤炊飯」は、物事の開始・繁栄・成就・完成を祝う物実
  • 『十三膳 (そみかしは)』13膳は「1つの日」+「12の月」へ。
  • 『陽陰 (あめ)』=天地=日と月。
  • 『八膳天元 (やかしはあもと)』8膳は「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の天元神へ。
  • 『餅 三百六十六 (もち みもむそむ)』餅を366個。「365」ではなく「366」である理由は不明。
  • 『弓矢 (ゆみや)』かご弓」と「はは矢」。今に言う「破魔弓」と「破魔矢」。
  • 棟上げは "ツアヱ" の日に祝う。赤飯を炊き、13膳を陽陰の日と月のため、8膳を天元神のために棟に据え、餅366個と弓矢を添える。


『柱に奉る 五座の五 トシノリタマメ 六腑の七 皆 一夜酒 サイを振る 棟と柱根 槌を打つ』ホ21文

  • 『五座 (ゐくら)』「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」の「ゐくらかみ (五座神・五臓神)」。
  • 『トシノリタマメ (歳徳玉女)』暦を構成する「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」を合せて「年のり神」と言うが、この11神を治めるのがトシノリタマメ。
  • 『六腑 (むわた)』「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の「むわたのかみ (六腑の神)
  • 『一夜酒 (ひとよみき)』一夜の酒宴。
  • 『サイを振る (さいおふる)』「サイ(金へんに且のつくり)」は、木を削りそぐ道具。「サイを振る」という行為は「さいわふ (幸ふ)」の物実
  • 『槌を打つ (つちおうつ)』今に「槌打の儀」と呼ばれている。「つちおかふ (槌を交ふ)」の言い換えで「培う」を意味する。
  • 『次に五座神のための赤飯を5膳、トシノリタマメと六腑神のための7膳を柱に供える。そして皆で一夜の酒宴を催す。サイを振り、棟と柱の根には槌を打つ。』


『時に匠は 'ム' のタミメ その宣言は 
“天地の 開く室屋の 神 あれば えやは弱かれ 主は長かれ”』
ホ21文

  • 『匠 (たくみ)』「た (手)」+「くみ (組み)」。 本来は「手を使って物を作る者・手工業者」の意。
  • 『タミメ (手見め)』は「手の組み合わせ」という意。手を組み合わせた造形で陽陰の48神を表現したもので、仏教伝来後は「手印 (しゅいん)」とか「印相 (いんぞう)」などとも言う。タミメを平面上に押し写したものがヲシテ (押手) である。
  • 『天地の開く (あめつちのひらく)』クニトコタチ」にかかる。
    『天地 開け 初む時に クニトコタチの 神孕み 』ホ22文
    『この鈴は 天地開く トコタチの 宮の真榊』ホ28文
  • 『室屋の神 (むろやのかみ)』クニトコタチを指す。クニトコタチが 'ム' のタミメを結ぶことで室屋が建ったことから。 「室屋 (むろや)」は詳しくは不明であるが、洞穴のような原始的なものではなく、少なくとも柱と茅葺の屋根を備えたものであった。
    『往にし守の屋は 'ム' のタミメより ムロ屋 建つ』ホ17文
    『クニトコタチの 神の代に "ム" のタミメより ムロ屋なる』ミ8文
  • 『えやは』「どうして~できようか」の意。
  • 『その時に匠は 'ム' のタミメ を結び、こう宣言する。
    “天地の 開く室屋の 神 あれば どうして弱かろう 主は長かろう”』


『かく三度 宣して餅を 投げ散らす』ホ21文

  • 『このように3度宣言して、棟に据えた366個の餅を投げ散らす。』



クシヒコが定めた屋造りの作法は、今もなお日本建築に生きている。
これは驚嘆すべきことではないだろうか。

『上棟式 -Wikipediaより抜粋- 』
上棟式(じょうとうしき;ridgepole-raising ceremony)とは、日本で建物の新築の際に行われる神道の祭祀である。棟上げ(むねあげ)、建前(たてまえ)、建舞(たてまい)ともいう。なお仏教でも上棟式は行われる。竣工後も建物が無事であるよう願って行われるもので、通常、柱・棟・梁などの基本構造が完成して棟木を上げるときに行われる。
神社本庁では「諸祭式要鋼」で上棟式の基準を示している。それによれば、祭神は屋船久久遅命 (やふねくくのちのみこと)、屋船豊宇気姫命 (やふねとようけひめのみこと)、手置帆負命 (たおきほおいのみこと)、彦狭知命 (ひこさしりのみこと)および当地の産土神である。まず、他の祭祀と同様に修祓・降神・献饌・祝詞奏上が行われる。次に、上棟式特有の儀礼として、曳綱の儀 (棟木を曳き上げる)、槌打の儀 (棟木を棟に打ちつける)、 散餅銭の儀 (餅や銭貨を撒く) が行われる。最後に、他の祭祀と同様に拝礼・撤饌・昇神・直会 (なおらい) が行われる。



-つづく-



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma21.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事114『瓊瓊杵尊』

2013-05-02 08:31
ホツマツタエのおもしろ記事(114)  瓊瓊杵尊



日本書記では「瓊瓊杵尊」、古事記では「邇邇芸命」と書かれ、「ににぎのみこと」と読む。『記・紀』は天照大神の命により、葦原中国を統治するため高天原から日向の高千穗に降臨したとしているが、ホツマにはそのようなことは書かれていない。日向の高千穂はホツマにおいては臨終の地である。
またホツマでは一貫して「ニニキネ」と呼ばれている。この違いは「タカギ (高木神)」が「タカキネ」とも呼ばれるのと同じ理由による。

「きね」は「きぬ」の名詞形で、「きぬ」は「こなす (熟す)」や「こねる (捏ねる)」などの原動詞「こぬ」の変態である。これらはみな「高める・熟成する・優れさす・精緻にする」などの意を持つ。だから「きね」は「熟・高」の意であり、「き (貴・奇)」と同じなのである。ちなみに「きぬ (絹)」も「きね」の変態であり、同じ意味である。

また「きね・き」は、「いざなき」「うひるき」の「き」と同じで、「軽くて高みに上った陽」の意から「男」を表す。 (参照:天地創造) だから「きね」は、「タマキネ」「ヤソキネ」「ハナキネ」など、男の斎名の「のり (乗り)」に使われる。

『幼名の "ウ" は '大い'なり "ヒ" は日輪 "ル" は日の霊魂 "キ" は "キネ" ぞ 故 大日霊貴の 尊なり "キネ" は女男の 男の君ぞ』ホ4文
『天つ君 一り十までを 仕す故 "ヒト" に乗ります "キネ" と "ヒコ" "ウシ" も乗りなり』ホ4文




アマテルはセオリツ姫の生んだオシホミミを世嗣御子とする。オシホミミは、7代タカミムスビで同時に代の殿でもあるタカキネの娘のタクハタチチ姫を后とし、ヒタカミの「タカの首」に遷都する。そしてタクハタチチ姫はクシタマホノアカリ (斎名:テルヒコ) と ニニキネ (斎名:キヨヒト) を生む。
クシタマホノアカリについては『十種神宝』『皇孫降臨』『そらみつやまと』『飛鳥の意味』のページで詳しく書いた。



ところで「ニニキネ」という名は、どうも斎名くさい名である。ホツマは黙しているのでここからは想像なのだが、もともとの斎名だったのではないだろうか。

以前、ホヒ (天穂日命) はもともと「タナヒト」という斎名だったが、オシホミミが生まれてからは「タナキネ」に変わったことを書いた。「-ヒト」の斎名は皇位継承者のものだからである。それと同様のことがクシタマホノアカリとニニキネの兄弟にも行われたのではないかと勘ぐっている。

つまり、この兄弟の当初の斎名は「テルヒト」と「ニニキネ」で、テルヒトが世嗣御子だったのだ。だからこそ三種宝と十種宝を受けて中国 (なかくに) の大和に下っているのである。それを兄の出来があまり良くなく、そして何よりも世嗣の子が生まれないものだから、途中で世嗣御子を弟に変更した。それに伴って斎名も「テルヒト」を「テルヒコ」に、「ニニキネ」を (ニニヒトでは音的に締りがないからか)「キヨヒト」に改めた。こんなことを空想するのである。 

ひょっとしたらこの兄弟のことを詠っているのではないかと思われる歌が「フトマニ」に2首あるので、参考までに挙げておく。

『をのきにの いさおしおとに あるなれは ゐゑもさかいも さにそきにける』
   (兄の貴の 功 弟に あるなれば 敬も栄も 下にぞ来にける)
フ83

『すきにふき あにかひさこは よのうつわ おとかなすひは すきになるなり』
   (鋭き 鈍き 兄が瓢は 万の器 弟が茄子は 杉に成るなり)
フ99



ニニキネが初めて登場するのは、行楽するアマテルに随行して「オノコロ」の意味を尋ねる時である。

『天地 晴れて 和かに御幸 遊びます "タカマは万の 地形 これ オノコロ" と にこ笑みて 中の巌に 御座します』『側に臣あり 天孫 御前に詣で 謹みて そのオノコロの 故を請ふ』ホ18文

次には、クシタマホノアカリが大和に下る際、ヒタカミから陸路を南下して鹿島に入った時、民の出迎えに田畑の耕作がおろそかになることを心配したアマテルは、ニニキネとタチカラヲを使者として、斎船で海路を行くように伝言させている。

『"汝とチカラと 速船に 行きて斎船 奨むべし"  よりて御孫と タチカラヲ ワニ船に乗り 上総の ツクモに着きて カトリ宮 神言 宣れば』ホ20文


これらの記述から、理由は不明だがニニキネは若年の頃、ヒタカミではなくイサワ宮のアマテルのそばに侍っていたことが推察される。



そして 26鈴17枝23穂 に、ニニキネは筑波山の北の「ニハリ (新治)」 (現在の茨城県筑西市新治) に現れる。この年はクシタマホノアカリが三種宝と十種宝を受けて大和に下る 26鈴16枝41穂 のわずか42年後である。ホツマの時間スケールで計れば、これはほぼ同時と言って良い。
しかしニニキネの場合、この時点では三種宝も十種宝も与えられていない。ニニキネがアマテルから三種宝を受けるのは 29鈴501枝38穂 だから、それからおよそ21万年後のことである。したがって少なくともその時までは、オシホミミの世嗣御子はニニキネではなく、クシタマホノアカリだったと言えるのである。



ともあれ、ニニキネはこのニハリの地に新たな都市を拓こうとやって来る。クシタマホノアカリに愛想を尽かして大和を落ちた大物主クシヒコとアマノコヤネも、ニニキネに召されてこの地に随行していた。

二十六鈴 十七枝二十三穂 三月初日 キヨヒト御子の 御言宣 
『オオモノヌシが 親の国 出雲八重垣 和り治む その元法は 先守の 功なれば 我も殊 立てんと四方を 巡る内 好き野を得たり ここに居て 治を開かん』 (ホ21文)

  • 『オオモノヌシ (大物主)』 ここでは2代大物主のクシヒコ。オオモノヌシについては こちら を参照。
  • 『出雲八重垣 (いづもやゑがき)』「オホナムチ」にかかる枕詞。「出雲の国守であり八重垣の臣でもある」の意。八重垣の臣=剣臣=オオモノヌシ。
  • 『和り治む (のりをさむ)』「和して治める」の意で「調和の道によって国を治める」ことを言う。「調和の道」のことを「調の道」「陽陰なる道」「トコヨの道」「ヤマトの道」などと言うが、その実現のための具体的手段が「経と矛」(法と罰) であった。
  • 『功 (いさおし)』「いさお」+「し (為)」。「いさお」は「いさむ (勇む)」の名詞形「いさみ (勇)」の変態で、「高まり・勢い・栄え・優れ・至り」などの意。「いさおし」はそれを行うことを言う。
  • 『殊 (こと)』「傑出したさま」を言い、「いさお (勲・功)」の同義語。
  • 『治 (た)』「たす (治す・足す・助す)」の名詞形で、「たす」は「合わす・和す」の意。よって「た (治)」は「収まり・まとまり・調和」などの意。ここでは「調和したまとまり」「コミュニティ」の意。


先ず建つる 名もニハリ宮
『フトマニに 宮造り法 定めよ』と
オオモノヌシに 御言宣  
(ホ21文)

  • 『ニハリ』は「にいはり (新治)」の音便。ホツマでは「新たな治まり」「新たなコミュニティ」という普通名詞としては「にいはり」、固有地名としては「ニハリ」と使い分けている。
  • 『宮 (みや)』は「みゆ (見ゆ)」の名詞形で、「みゆ」は「合わす・まとめる・収める・治める」などの意。よって「みや」は「入れ物・器」「まとまり・集積・都市」「政殿・政庁」などの意を重ね持つ。ここではこれらすべてを総合した意味である。
  • 『フトマニ (太兆)』は「すべての現れ・万象」という意で、これは万物万象の本源である「陽陰の48神」を指す。この48神は日本語のいわゆる五十音なのである。よってここでの「フトマニ」は、「言葉」「言霊」「まじない」「語呂合わせ」と同義である。詳しくは『ふとまに』を参照。
  • 『御言宣 (みことのり)』は「ことのり (言宣)」の尊敬語。「のり (宣)」は「のる (宣る)」の名詞形。「のる」は「のぶ (延ぶ・述ぶ)」の変態で、「放つ・延ばす・広げる」の意。アマテルと天君の専用語なのであるが、2人の例外がいる。 天君となる前の「ニニキネ」、そして「ヤマトタケ (日本武尊)」である。



-つづく-



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma18.html
     :http://gejirin.com/hotuma20.html
     :http://gejirin.com/hotuma21.html




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