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ホツマツタエのおもしろ記事131『御諸山』

2013-06-30 11:52
ホツマツタエのおもしろ記事(131)  御諸山


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その10


「みもろ山」は奈良県桜井市にある山で、「御諸山」「三諸山」と書かれ、「みわやま (三輪山・神山)」とも呼ばれる。
古くから神の宿る山と神聖視され、明治に至るまでは一般人が足を踏み入れてはならぬ禁足の山であった。
ホツマはここで「みもろ山」の由来を語る。


クシヒコは 大和山辺に 殿 造り 齢を考えば 年 すでに 十二万八千百 際あれば 後の守りは トヨケ法

  • 『クシヒコ』アマテルの娘のタケコと甥のオホナムチの子で、アマテルの孫に当たる。2代大物主。「埴祭の法」と「宮造り法」を定めた功により「大国主」という守名をニニキネより賜る。またさらにアマテルよりは「ヤマトヲヲコのノミタマ (大和大国魂)」という守名と、皇位の璽としてアマテルが二神から受け継いだ「天の逆矛」を授けられる。
  • 『大和山辺 (やまとやまべ)』大和国 (現在の奈良県) の山沿い。後の大和国山辺郡。
  • 『殿 (との)』は「つの (角)」の変態で、「立つもの・突出するもの」の意。ここでは「建物 (たてもの)・館 (たち)」を表す。この殿が「大和神社 (おおやまとじんじゃ)」の前身だったと推測している。
  • 『齢 (よ)』は 「よふ」の名詞形の簡略。「よふ」は「おふ (老ふ)」や「よむ (熟む)」の変態で、「高まる・栄える・進展する・熟す」などの意。よって「よ」は「熟成・進展・発展・成長」、また「世において進展した時間」の意で、「よはひ (齢)」と同義。
  • 『考ふ (かんがふ)』は「かかふ (抱ふ)」の音便。「(心・意識に) 合わす」の意で、「おもふ (思う)」「おぼふ (覚ふ)」と同義。
  • 『年 (とし)』は「たっし (達し)」の変態で、「到達・完成・完了・成果・収穫」などの意。ここでは「1年」の意で「太陽の1サイクルの完了」を表す。
  • 『すで (既)』は「すつ」の名詞形で、「すた (すたすた)」「つと (夙)」「さつ (さっと)」などの変態。「勢いの良いさま・速いさま・達し至っているさま」を表す。
  • 『際 (きわ)』は「きむ (決む・極む)」の変態「きふ」の名詞形。「きむ・きふ」は「満ちる・至る・果てる・終わる」などの意。おそらく「きふ」=「きゅう (究)」である。よって「きわ」は「決まり・極まり・限界・果て」などの意。
  • 『後 (のち)』は「のす (伸す)」の変態「のつ」の名詞形。「のす・のつ」は「延びる・広まる・進展する」などの意で、「のち」は「先・未来・将来」を意味する。
  • 『守り (まもり)』は「まもる」の名詞形。「まもる」は「はべる (侍る)」の変態。「合わす」が原義で「添う・付く・仕える・治める・調える・保つ・見張る・世話する」などの意を持つ。ここでは「仕える」の意。よって「まもり」は「仕え・奉仕」であり、また「仕え」は「まめ (忠)」の同義語。
  • 『トヨケ法 (とよけのり)』別名「逆矛の法」。「調の道」に逆らう者を排除して調和と秩序を守ることを言い、「隈の神」とも同義。「調の道」は八方の臣民を活け恵む君の母心であるに対し、「逆矛の法」はその君の恵みを内外の乱れから厳しく守る父の心だという。籠神社や伊勢神宮の内宮と外宮は、その精神を表したものという。「逆矛の法」を実践した者には、トヨケイサナミ・クシヒコの三人がいるが、いずれも天君を地に残し、自らは世を去っている。天上界から下界を守ることが「逆矛の法」の前提となっているらしい。
  • クシヒコは大和国の山辺に殿を造り、齢を考えれば既に128,100年に達していた。一生が極まれば、後の忠はトヨケ法である。


魂の緒 入れて 皇の 代々 守らんは 陽陰の道

  • 『魂の緒入る (たまのをいる)』 「魂の緒」が「魂」と「魄」を結い合わすことによって、人は世における生命を得ている。したがって魂の緒は人の「生命線」だと言える。(詳しくは『魂魄と魂の緒』を参照) よって「魂の緒入る」とは「根性入れる・精魂を込める・性根を据える・命を懸ける」というような意を表す。
  • 『皇 (すべらぎ)』中央政府の総統。=天君。「すべる (統べる・総べる)」+「き (貴・熟)」。「き」は「きみ (君)」と同じと考えて良いと思うが、二神以前は夫婦一対で「君 (き・み)」であったため、厳密には「き」は「男君」を表す。
  • 『代々 (よよ)』は「いよいよに・ややに (弥々に)」と同じ。ここでは「ますます・連々と・連綿と・途切れることなく・常に」などの意。
  • 『陽陰の道 (あめのみち)』陽陰和る道 (あめなるみち)。根源神アメノミヲヤが定めたこの世とあの世を貫く根本原理。ここでは陽・陰の相反する二極を和合することによって生まれる「調和と秩序の道」を言う。したがって「陽陰の道」は「妹背の道 (いせのみち)」、また「調の道 (とのち)」「円道 (まとみち)」「和道 (やまとぢ)」に同じ。
  • 皇が命を懸けて、絶えることなく守ろうとするは陽陰の道なり。


ミモロの山に 洞 掘りて 天の逆矛 放けながら 入りて静かに 時を待つ 直ぐなる主を 見分けんと 直ぐな印の 杉 植ゆる

  • 『ミモロの山』 後述する。
  • 『洞 (ほら)』は「ほる (掘る)」の名詞形。「掘る」は「放る (ほる)」と同じで、「放つ・除ける・空ける」などの意。よって「ほら」は「払い除けた所・空き・空間・空洞」などの意。「はら(原)」「あな (穴)」「ひろ (広)」「うろ (空・虚・洞)」「むろ (室)」「ふろ(風呂)」などの変態。
  • 『天の逆矛 (あめのさかほこ)』「逆矛」は「調の道にらう者をほころばすもの」の意で、中央政府の警察力を象徴する物実。アマテルは皇位の璽として三種宝の制を定めるが、それ以前には「経」と「逆矛」の二種が代々受け継がれていた。この二種は三種宝の「陽陰なる文」と「八重垣の剣」に相当し、アマテルはイザナギ/イザナミの二神よりこの二品を受けている。この「逆矛」をアマテルは、八重垣の臣 (=オオモノヌシ) のクシヒコに授けたのである。詳しくは『大和大国魂』を参照。「天の」は「中央政府の・皇位の璽の」などの意。
  • 『放く (さく)』は「離く・避く」と同じで、「離す・放つ・出す・開く・広げる」などの意。ここでは「曝け出す」と同義。
  • 『ながら (半ら・乍ら)』は「ながる」の名詞形が副詞化したもの。「ながる」は「なぐ (和ぐ)」から派生した動詞で「合わす・交える・釣り合う・匹敵する」などの意。
  • 『静か (しづか)』は「しつ (垂づ)」+「しか (如・然)」の合成から「し」をカットして名詞化したク語法の一種。「しづ」は「低まる・劣る・衰える」などの意。よって「しづか」は「静まる如きさま」の意。
  • 『時 (とき)』ここでは「陽陰の道」が衰えて、その再興を要する時。
  • 『直ぐなる主 (すぐなるぬし)』心の曲り・偏りの無い主。「主」は、ここでは「君主・皇・天君」を指すと思われる。
  • 『印 (しるし)』「しらせ (知らせ)」の変態と考えて良い。正確には「しる (知る)」+「しく (如く)」の合成から「く」をカットして名詞化したク語法。
  • 『杉 (すぎ)』は「すぐ (直ぐ)」の変態。三輪山には『しるしの杉』というのがあり、大神神社 (おおみわじんじゃ) は「杉の御社」の別名を持つ。
  • 『植ゆる (うゆる)』は「うゆ (植ゆ)」の連体形 (他下二)。「うゆ」は「うむ (埋む)」の変態で、「合わす」の意。終止形と連体形は明確な区別なく用いられる。現代語では「うえる (植える)」と独立の動詞となっている。
  •  (クシヒコは) ミモロの山に辞洞を掘り、拝領の天の逆矛を抜き持ったまま洞に入り、静かに自分の出番の時 (万一調和と秩序の道が衰えてその再興を要する時) を待つ。直ぐなる君主を判別するために、直ぐなる象徴の杉を植える。


「ミモロ山」は、クシヒコが辞洞に入った時には既にその名があった如くに読めるが、そうではないだろうと思う。クシヒコがその山の洞で世を辞み、その霊魂が宿っているから「ミモロ山」と名付けられたのである。

「みもろ」は「みもる」の名詞形で、「みもる」は
「み (「見る」の連用形)」+「もる (守る)」の複合動詞である。
したがって「みもる (見守る)」は「みまもる (見守る)」と同じである。

また「見守る」は「みはる (見張る)」と同義であるので、
その名詞形「みはり」から「みわ (三輪)」が生まれる。
また「直ぐなる主を見分く(みわく)」ので「みわ (三輪)」である。

よって「みもろ (御諸)」=「みまもり (見守り)」=「みはり (見張り)」
  =「みわけ (見分け)」=「みわ (三輪)」である。


『際あれば 後の守りはトヨケ法』
『代々守らんは陽陰の道』
『天の逆矛 放けながら入りて静かに時を待つ』


調和と秩序の道を見張り、治めの道を敷く主の曲りを見分けるために、クシヒコの霊魂が宿って、剣を抜き持った仁王像のように番をする山、これが「ミモロ山=ミワ山」である。

さらに「もり・もろ (守)」は「もの (物)」の変態なれば、「みもろ」は
「み (御・上)」+「もろ (守)」=「おお (皇・大)」+「もの (物)」で、
「オオモノヌシ」を表す名でもある。


後にアマテルはこう語っている。

『クシヒコ 生まれ 直ぐなれば 授く御矛に 鑑みて ミモロに入りて 時 待つも 道 衰はば また出でて 熾さんためや』ホ28文

そしてそのクシヒコの霊魂は実際に、オオモノヌシ断絶の危機にクシミカタマを嗣とするため「ミモロ神」として現れ、また崇神天皇の御代の国家存亡の危機には「大物主神」として現れ出るのである。


クシヒコはテルヒコの右の臣として侍るが、1年も経ずに宮を移転するというテルヒコの意向を承服できず、身を挺しての諌めとしてその職を辞して去っている。

モノヌシは 怒りて曰く
『フトタマは 君の執の大人 臣翁 昨日 万歳 君 祝ひ 今日 また変わる 宮遷し』
『万千は遠し 一年も 経ざるを迫めば 世の恥は 汝の心 穢れより』
『君 肖らば 我 居らず 茜炎に 潰みすとも 磨金 食めど 穢れ 得ず』
かく言い 帰る ホ20文


クシヒコの何を犠牲にしようとも、相手が何物であろうとも「穢れ食まず」「曲りを絶つ」という頑固なまでの直き精魂は、八重垣の臣 (大物主家) の伝統となる。
クシヒコの8代の孫のオミケヌシ (大御気主命) は、開化天皇が、父・孝元天皇の妻イカシコメを内宮に立てるに際し、シラウド・コクミの母犯しの例を挙げて諫めるも、聞き入れられず、やはり父のミケヌシと共に宮を落ちている。

『オミケヌシ 諌め申さく "君 聞くや シラウド・コクミ 母 犯す 汚名 今にあり 君 真似て 汚名を被るや"』
『嘆きて曰く "大御神 陽陰の道 成す 代々の君 継ぎ受け 収む 天地日月 汝が政 諌めずて 阿り 君を 穴にする 心 汚なし 君 如何ん 我が上祖神 離れんや 穢れ 食まず" と 言い終り 帰れど 君は これ 聞かず ミケヌシ親子 噤み下る』
ホ32文


開化天皇の子、崇神天皇の夢に顕れた「大物主神」とは、クシヒコを原点とする歴代の大物主の精魂の顕れなのだろう。天皇が神の言葉に従って発掘したオオタタネコ (大田田根子命) はオミケヌシの孫である。

『我はこれ オオモノヌシの 神なるが 君 な憂ひそ 治せざるは 我が心あり 我が裔 オオタタネコに 祭らさば 等しく平れて 遠つ地も まさに服ふ』ホ33文


またフトマニにはこんな歌がある。

『上の諫め 君は臣あり 親は子の 共に宝の 恵るなりけり』フ15

「上位者に対する諌め」を詠うこの歌も、我が身を顧みずテルヒコを諌め、また父のオオナムチを諌めたクシヒコがモデルになっていると思われる。



ヲコノミタマの 守は元 日輪分身の 言宣も 「上に継ぐ」とて コモリ守
副モノノベは トマミなり コトシロヌシは ツミハなり ニニキネ御子の 守なりけり


  • 『ヲコノミタマ』アマテルがクシヒコに授けた守名「ヤマトヲヲコのミタマ (大和大国の尊/大和皇籠の尊)」と同じ。「大和大国魂」として大和神社などの祭神となっている。詳しくは『大和大国魂』を参照。
  • 『元 (もと)』ここでは「源流・上流・親・祖」などの意。
  • 『日輪分身 (ひのわわけみ)』太陽神霊の分霊の顕現であるアマテルを指す。
  • 『上に継ぐ (あめにつぐ)』「あめ (上)」は「あむ (上む)」の名詞形で、「うえ (上)」と同じ。ここでは「源流・上流・親・祖」の意で、「元 (もと)」の言い換え。「親に続くべし」の意。
  • 『コモリ守 (こもりかみ)』クシヒコの子の「ミホヒコ」にアマテルが賜った守名。クシヒコ亡き後、父を継ぎ3代オオモノヌシとしてニニキネに仕える。以後アマノコヤネと同様「ヒコホオテミ (彦火火出見尊)」「ウガヤフキアワセズ (鵜葺草葺不合命)」の3朝に渡って右の臣 (大物主) を務める。
    詳しくは『子守神』を参照。
  • 『副モノノベ (そえもののべ)』オオモノヌシの補佐職。「つり (連)」あるいは「むらじ (連)」とも言う。この補佐職の頂点にあるのがコトシロヌシ。
  • 『トマミ』天戸間見命。クマノクスヒの子で、アマテルの孫。
  • 『コトシロヌシ (事代主)』語義は「事知主・事領主」で、今風に言えば「知事・領事」の司であり、これはオオモノヌシの職務を別の言い方で表したものである。その昔オオナムチは勝手にこの官職を設けて、息子クシヒコに自分の職務を代行させた。しかし後には「オオモノヌシの職務を補完する者」として公式の官職となる。詳しくは『事代主』を参照。
  • 『ツミハ』積羽八重事代主。コモリの次男。弟ミシマミゾクイの娘のタマクシ姫を娶り、クシミカタマ・クシナシ・タタライソスズ姫を儲ける。死後、神武天皇よりヱミス神の名を賜る。
  • 『けり』「しく・あり (如くあり)」→「くあり」→「けり」と転じたもの。「~に然り・~にたがわず・~なのである」など断定の意を加える。「き」と同じ。
  • 皇籠の尊は八重垣 (=大物主) の親である。日輪の分身アマテルの仰せも「子は親に継ぐべし」とて大物主はコモリなり。副モノノベはトマミなり。事代主はツミハなり。ニニキネ御子の守りなりけり。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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ホツマツタエのおもしろ記事130『大和大国魂』

2013-06-29 20:40
ホツマツタエのおもしろ記事(130)  大和大国魂


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その9


大和大国魂 (やまとおおくにたま) とは、奈良の「大和神社 (おおやまとじんじゃ)」、淡路島の「大和大国魂神社 (やまとおおくにたまじんじゃ)」、東京都府中市の「大國魂神社 (おおくにたまじんじゃ)」の祭神である。
この神は記・紀などの文献には現れず、どういう神なのか全く不明であった。
しかしホツマは明快にそれを伝えている。



時にモノヌシ 笑み曰く
『昔 モノヌシ 賜わりて 深く思えど まだ解けず 今 漸やくに これを知る』
『これ 八重垣は モノノベの 名なりと己が 央に応ゆ てれば 統の 重々の垣 己が央なり』 と誓いなす。


  • 時にモノヌシは笑みて曰く、
    『かつてオオモノヌシの官職を賜って以来、八重垣の意味を深く考えるも未だ解けず。今ようやくにこれを得る。』
    『これ八重垣とは、モノノベを言う名であったと己が心に響くなり。なれば調の道による統治を守る重々の "弥重垣" となること、これこそが己が本分なり。』
    と誓いを立てる。


また 御言宣
『むべなるや クシヒコ 汝 孫より ヲコヌシ守の 賜ふ名も まだ足らず 我 二神の 賜ふ逆矛 幸ひに その気を得れば 譲るなり』


  • 『むべなるや』 「むべ (宜)」は「うべ (宜・諾)」とも言い、「うえ (上)」「うま (旨・美)」などの変態。 「納得・会心のさま」「満ち足りたさま」を表す。「むべなるや」は「上々なるかな」「旨きかな」「嬉しきかな・麗しや」などの意。「あめなるや」はこれの変態。
  • 『クシヒコ』アマテルの娘のタケコと甥のオホナムチの子で、アマテルの孫に当たる。2代大物主。はじめテルヒコの右の臣として侍るが、1年も経ずに宮を移転するというテルヒコの意向を承服できず、身を挺しての諌めとしてその職を辞して去る。その後はテルヒコの弟のニニキネ (瓊瓊杵尊) の右の臣として侍ることになる。ニハリ (新治) の地に新たな都市を築こうとしていたニニキネは、「埴祭の法」と「宮造り法」を定めるようクシヒコに命ずる。それを成し遂げた功に対し、ニニキネは「大国主」という守名をクシヒコに授ける。
  • 『孫 (みまご)』は、ここでは「まご (孫)」と同じ。「みまご」は「みまく」の名詞形。「みまく」は「みまかる」の原動詞で「離れる・分れる」などの意。「みまご」は「分け・分け身」の意で、「子 (分く → わこ → こ)」や「孫 (撒く → まこ)」と原義は同じ。ここでは「ニニキネ」を指す。
  • 『ヲコヌシ (大国主)』「大地を治める者」の意。「を (大)」+「こ (凝・地)」+「ぬし (主)」。「おお・おほ」は、しばしば「を」あるいは「う」の一文字で表す。「こ」は「凝り」の略で、陽陰の精製過程で重く沈んで凝り成った「地」を表す。「ぬし」は、「うし (大人・氏)」「をち (大人)」「をさ (筬・長)」「よし (寄し)」などの変態で、「治める者・束ねるもの・司・長」を表す。大国主は「ヲコヌシ・オオクンヌシ・ヲヲコヌシ・ヲヲクヌ・クニヌシ・ヲコヌ」など様々なバリエーションで呼ばれているが、不思議にも「オオクニヌシ」と書かれている箇所は無い。
  • 『賜ふ (たまふ)』は「たる (垂る)」の変態「たむ (垂む)」から派生した語で、「降ろす・下す・授ける」の意。
  • 『二神の賜ふ逆矛 (ふたかみのたまふさかほこ)』アマテルは皇位の璽として三種宝の制を定めるが、それ以前には「経」と「逆矛」の二種が代々受け継がれていた。この二種は三種宝の「陽陰なる文」と「八重垣の剣」に相当する。アマテルはイザナギ/イザナミの二神より、この二品を受けているのである。
  • 『幸ひ (さいわひ)』は大きく2つの意味に分かれる。一つは「さふ (障ふ・支ふ)」+「あふ (合う)」の複合語の名詞形。「さふ」は「そふ (添う)」の変態。どちらも「合う・和す・付く・結ぶ」などの意。よって「さいわひ」は「和合・結合」の意。もう一つは「さふ (繁ふ・聳ふ・騒ふ)」+「はふ (栄ふ・映ふ)」の複合語の名詞形で、「高まるさま・勢いづくさま・栄えるさま・幸福」の意を表す。ここでは後者の意。しかしホツマの思想では「繁栄」の基は「和合・調和」であるから、結局同じことなのかもしれない。
  • 『気 (き)』は「目には見えないが存在する何か」を表し、「い・ゐ (気・意)」「もの (物)」「る (霊)」などとも表す。ここでは「心に現れる何か」の意。
  • 『譲る (ゆづる)』は「うつる (移る)」「あつる (当つる)」「わたる (渡る)」などの変態で、「うつ (打つ/棄つ・失つ)」の変態「ゆつ」の連体形が動詞として独立したもの。「移す・渡す」などの意。
  • また御言宣。
    『あっぱれなるや。クシヒコ、汝は孫ニニキネより大国主守の名を授かるも、まだ足らぬ。我は二神が賜うた逆矛を、幸いにその気を得れば、汝に譲るなり。』


『生れ 素直に ヤマト道の 教えに適ふ 皇の八重垣の翁 賜ふ名も ヤマトヲヲコノミタマ守』

  • 『素直 (すなお)』優れて直ぐなさま。「すぐ (直ぐ/優ぐ)」+「なほ (直)」の合成語と考えて良い。「なほ」は「なふ (和ふ・綯う)」の名詞形で、「曲り/偏り/逸脱の無いさま・調和するさま」の意。
  • 『ヤマト道 (やまとぢ)』「やまと」は「やまつ」の名詞形で、「やまつ」は「やわす (和す)」「あわす (合わす)」の変態。よって「ヤマト道」とは「和合・調和の道」であり、これは「調の道 (とのち)」「陽陰なる道 (あめなるみち)」「妹背の道 (いせのみち)」の同義語。また「素直」とは「両端に曲らず偏らず、中を行く」という意味であり、これは「ヤマト道」を表すものである。
  • 『皇 (すべらぎ)』中央政府の総統を言う。=天君。「すべる (統べる・総べる)」+「き (貴・熟)」。「き」は「きみ (君)」と同じと考えて良いと思うが、二神以前は夫婦一対で「君 (き・み)」であったため、厳密には「き」は「男君」を表す。
  • 『八重垣の翁 (やゑがきのをき)』「やゑがき」は「汚穢垣」と「弥重垣」の意味が重なり、汚穢垣は「調の道を乱す汚穢を払う垣」。弥重垣は「多くの小垣を連ね重ねた垣」の意で、多くの小垣とはモノノベの個々を意味している (『八重垣と八咫』を参照)。
    「をき (翁)」は「大きなる者」の意で、ここでは「じじい」の意ではなく「うし (大人)」や「ぬし (主)」と同じ「上位者・統率者」の意。
    よって「八重垣の翁」とは「モノノベを司るもの」、すなわち「モノヌシ (物主)」を意味する。そして「皇の八重垣の翁」とは「中央政府の物主=オオモノヌシ (大物主)」である。「皇=王=央」 であり、大物主は「央物主・皇物主」が本来の意。
  • 『ヤマトヲヲコノミタマ』この守名に「大和大国魂」の漢字が当てられ冒頭に並べた神社の祭神となっている。したがってこの神の正体は クシヒコ=大国主 なのである。
    意味については2つあると考える。
    「やまと」+「ををこ」+ の +「みたま」。
    「やまと」は「ヤマト道に適う」の意で良いと思う。
    「みたま」は「満ちて達した者」という意の敬称で、「をき (大き・翁)」の言い換え。単に「たま (珠・尊)」とも言う。
    「ををこ」は一つには、ニニキネが命名した「大国主 (をこぬし)」の「大国」を踏襲したものであろう。
    そしてそれに「皇籠 (ををこ)」の意を懸けて奥義としている。「籠 (こ)」は「かご」であるが、これは「むもの・内と外をるもの」という意で、「かき (垣)」の変態である。だから「皇籠 (ををこ)」=「皇の垣 (すべらぎのかき)」となる。
    「をを」は「おお・おほ (大・央・皇)」の尊敬表記で、「おお・おほ」は「はふ (栄ふ・映ふ)」の変態「おふ (老ふ・熟ふ)」の名詞形。「おふ」は「高まる・栄える・熟す・優れる・至る・中心にある」などの意。
  • 『生まれ素直で和の道の教えに適う皇の八重垣の翁 (=オオモノヌシ)。
    授く名も "大和大国の尊守 / 大和皇籠の尊守"。』


時にクシヒコ 畏れ伏し しばし応えず モノノベ等 「さ、受け給え」と 進むれど また頂垂るを

  • 『畏る (おそる)』ここでは「かしこむ (畏む)」の意。「恐る・怖る」と同じく「気後れする・気が引ける」の意であるが、これは相対的に相手を「高める・尊ぶ・敬う」意味にもなる。
  • 『伏す (ふす)』は「うす (失す)」「あす (褪す)」「やす (痩す)」などの変態で、「低まる」の意。
  • 『しばし (暫し)』は「しふ」+「しく (如く)」の合成から「く」をカットして名詞化したク語法。「しふ」は「しむ (締む)」「せむ (狭む)」などの変態で「縛る・分ける・限る」などの意。よって「しばし」は「限られた如きさま」の意で、ここでは「限られた時間」を表す。 同義の「しばらく」は「しばる (縛る)」+「しく (如く)」から「し」をカットしたク語法。
  • 『モノノベ (物部)』は「君に仕えて民を治める者」の総称で「臣」と同義、今で言えば「役人・公務員」に当たる。モノノベを司る最高長官が「オオモノヌシ (大物主)」。
  • 『受く (うく)』は「おく (置く)」「ひく (引く)」などの変態で、「(自己に) 合わす」の意。
  • 『給ふ (たまふ)』ここでは動詞 (受く) に付いて尊敬の意を付しているが、元来は「たる (垂る)」の変態「たむ (垂む)」から派生した動詞で、「下す・授ける」の意。よって「受け給え」の直訳は「受けて下され」となる。
  • 『進む (すすむ)』は「そそる」の変態で、「すす」+「すむ」の合成動詞。どちらも「高める・勢いづける・栄す・促す」などの意。「勧む・奨む・薦む」も同じ。
  • 『頂垂る (うなたる)』辞書には「項垂る」とある。「うな」は「うね (畝)」「をね (尾根)」「みね (峰)」などの変態で「高み・頂・頭部」の意。よって「うなたる」は「頭を垂れる」の意。
  • 時にクシヒコは畏れ伏してしばらく反応せず。配下のモノノベ達が「さあ、お受けなされ」と促すも、再び頭を垂れるのを見て、


コヤネ また
『な深畏れそ 受け給え 我 若けれど コモリとは 弥々睦じく 君のため 中子 一つに 忠 なさん』
時にクシヒコ 敬ひて 受け 頂けば


  • 『コヤネ』アマノコヤネ (天児屋命)。ヰチチ (市千魂命) の子。はじめテルヒコの左の臣として大和国に侍るが、1年も経ずに宮を移転するというテルヒコの意向を承服できず、身を挺しての諌めとして右の臣のクシヒコと共に官職を辞して去る。 その後コヤネとクシヒコは、テルヒコの弟ニニキネ (瓊瓊杵尊) の左右の臣として召される。詳しくは『天児屋命』を参照。
  • 『な深畏れそ (なふかおそれそ)』「深畏れしなさるな」の意。「な」+「動詞」+「そ」で緩やかな禁止の意を表す。「な」は「否・no」の意、「そ」は「す (為る)」の活用。
  • 『コモリ』クシヒコの子。斎名は「ミホヒコ」。クシヒコ亡き後、父を継いで3代オオモノヌシとしてニニキネに仕える。以後コヤネと共に「ヒコホオテミ (彦火火出見尊)」「ウガヤフキアワセズ (鵜葺草葺不合命)」の3朝に渡って右の臣を務める。詳しくは『子守神』を参照。
  • 『弥々 (よよ)』「いよいよ・ますます」の意。
  • 『睦まじ (むつまじ)』は「むつむ (睦む)」+「し (如)」。「むつむ」は「むすぶ (結ぶ)」の変態。「むつまじ」は多くの場合「和合している・親密である」と「曲り・逸脱がない・直ぐである・一途である」の意が重なる。ここでも「コモリと仲良く一途に仕える」と二つの意を表している。
  • 『中子 (なかご)』は「端っこ」の反対語。「中身・奥・心・核」などの意で「心 (こころ)」の同義語。
  • 『忠 (まめ)』は「はべ (侍)」の変態で「仕え」の意。「(心・身を) 合わすこと/さま」が原義。
  • 『敬ふ (うやまふ)』「うゆ」→「うやむ」→「うやまふ」と派生。「うゆ」は「ふゆ (振ゆ)」「いむ (斎む)」などの変態で、「うゆ」の名詞形は「うゑ (上)」。「うやむ」は「いやぶ (礼ぶ)」の変態。「うやまふ」は「いやまふ (敬ふ・礼ふ)」の変態。いずれも「高める・上に置く・栄す・尊ぶ」などの意。
  • 『頂く (いただく)』は「いつ」+「たく (焚く・長く)」の合成動詞で、「いつ」は「ひつ (秀づ)」の変態。どちらも「高める・上げる・掲げる・尊ぶ」の意。「頂戴する」という言葉が示すように、上位者から下位者に物を下す場合、下される側は下位にあることを示すために、身を低めて下された物を掲げるポーズを取るのが慣例だったものと察する (今もそうかな)。
  • コヤネはまた
    『どうか深畏れなさるな。お受けなされ。我はまだ若年なれど、コモリとはいよいよ睦まじく心一つに、君のため一途に忠を果たしましょうぞ。』
    その時にクシヒコは (天の逆矛と守名を) 敬い受けて掲げれば、


君はまた フトタマ・カグに 御言宣
『孫 テルヒコの 羽の臣 フトタマは弥々 祭 執れ またカグヤマは モノヌシよ 六十のモノノベ 司り 民を治めよ』


  • 『フトタマ (天太玉命)』タカキネの第3子。ナガスネヒコ (長髄彦)、ミカシヤ姫 (御炊屋姫)、アメトミ (天富命) の祖父。離反したコヤネに代わりテルヒコの左の臣となる。忌部氏の大祖。
  • 『カグ・カグヤマ』カグヤマツミの略。カグツミの第2子。「カグヤマツミ (橘山統み)」の名は「橘山を治める者」の意であり、これは父のカグツミに継いでハラミの宮 (サカオリ宮) の治めを預かっていたを推測させる。テルヒコの重臣として大和国に侍る。離反したクシヒコに代わりにテルヒコの右の臣 (モノヌシ) となる。アマテルの三子の娘の一人「タキコ (湍津姫・多岐都比売命)」を娶り、「カゴヤマ (天香語山)」 と「アメミチ姫 (天道日女命)」を生む。
  • 『テルヒコ』クシタマホノアカリの斎名。オシホミミの長男で、ニニキネの兄。ヒタカミの都から大和国 (現在の奈良県) に下り、中央の政を執る予定であったが・・・
  • 『羽の臣 (はねのおみ)』左右の臣。鏡臣剣臣。「君の両側に侍る臣」を、ホツマは「羽の臣 (はねのおみ)」とか「両羽臣 (もろはとみ)」と呼んでいる。 「左」は日の昇る「東」を、「右」は日の沈む「西」を表し、「左」の方を格上と見ていたようだ。「昇る」は「陽・天」、沈むは「陰・地」を象徴するからである。 (参照:天地創造) したがって「右の臣」は地の治め、つまり国の行政を司る。「左の臣」は「天のまつり」を担当する官職である。「天のまつり」というのは「神 (日・月) を都に留めること」と表現されており、天界と地上界を橋渡しすることを言う。 主な実務は祝詞を宣ることである。
  • 『祭 (まつり)』ここでは「天のまつり」を言っている。
  • 『モノヌシ』「モノノベの主」の意で、モノノベ (役人・公務員) を率いて地の政 (国の行政) を司る。=右の臣。中央政府のモノヌシを「オオモノヌシ (央物主・大物主)」と言う。
  • 君はまたフトタマとカグヤマツミに御言宣。
    『汝らは孫テルヒコの羽の臣である。フトタマは連綿と天のまつりを執れ。またカグヤマはモノヌシである。60人のモノノベを司って民を治めよ。』


時にまた コヤネ・コモリに 御言宣
『今 キヨヒトの 羽の臣 コヤネは弥々の 祭 執れ コモリは弥々の モノヌシぞ 共に守りて 民を治せ』


  • 『今 (いま)』ここでは「加えて・更に・また・もう」の意。
  • 『キヨヒト』ニニキネの斎名。
  • 『守る (まもる)』は「はべる(侍る)」の変態。「合わす」が原義で「添う・付く・仕える・治める・調える・保つ・見張る・世話する」などの意を持つ。ここでは「側に付く・侍る・仕える」の意。
  • 時にまたコヤネとコモリに御言宣。
    『また汝らはキヨヒトの羽の臣である。コヤネは先々天のまつりを執れ。コモリは先々のモノヌシぞ。共に仕えて民を治せ。』


また皇孫に 御言宣
『汝ら 政 怠らず ほつま 成る時 ヤタ 安ぶらん』


  • 『皇孫 (すべまご)』 「すべ (統べ)」+「まご (孫)」。世を統べる (アマテルの) 孫。ここではテルヒコとキヨヒトの両者を指す。
  • 『政 (まつり)』は「まつる (纏る)」の名詞形で、「まとめ・収め・治め・調え」の意。
  • 『怠る (おこたる)』は「おく (遅く)」+「たる (垂る)」の複合。どちらも「低まる・劣る・衰える」などの意。「落っこちる」の変態。
  • 『ほつま』は多義の言葉であるが、ここでは「ほつむ」の名詞形。まず「ほつむ」は「あつむ (集む)」の変態で、「合わす・和す・調和する」の意。よって「ほつま」は「和合・調和」の意。また「ほつむ」は「はづむ (弾む・勢む)」の変態で、「高まる・勢いづく・栄る・優れる・熟す・至る」などの意。よって「ほつま」は「発展・満ち至り・円熟」などの意もある。ホツマの思想では「発展・繁栄」の基は「和合・調和」である。よってここでの「ほつま」は「調和による発展・円熟」の意と解したい。
  • 『ヤタ』この「やた」は「八尺」で、これは当時の民の平均身長を表したものである。だから「やた (八尺)」とは「民」の別称なのである。
  • 『安ぶ (やすぶ)』は「やすむ (安む)」の変態で、「和す・収まる」が原義。「高低が和して平らになる」「荒波が凪いで静まる」「緊張が和らいで緩む」などの意となる。
  • 『らん』は「あらん・ならん」の簡略で、「~だろう・~しよう」の意。「あら (在る)・なる (成る・現る)」+「ん (推量・意志の助動詞)」。「ある」は、ここでは「合う・在る・現る」などの意で、物事を断定する。推量・意志の「ん」は、打消の「ぬ」の変化で、「あらぬや」 (ないのか? いやあるだろう。) という反語表現が約まったもの。したがって「む」が「ん」に転じたのではなく、「ぬ」→「ん」→「む」と転じたのである。
  • また皇孫に御言宣。
    『汝らが治めを怠ることなく、調和による発展が円熟を見る時、民の心は安まるであろう。』



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




ホツマツタエのおもしろ記事129『八重垣と八咫』

2013-06-27 14:32
ホツマツタエのおもしろ記事(129)  八重垣と八咫


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その8



時にまた オオモノヌシが 申さくは
『ハタレ 破るの 名をもがな』
問えば 天地照る 御言宣


  • 『オオモノヌシ (大物主)』 「中央政府のモノノベの主」という意。地の政 (国家行政) を司る最高長官。詳しくは『大物主』を参照。ここでは2代大物主のクシヒコを指す。クシヒコはアマテルの娘のタケコと甥のオホナムチの子であるから、アマテルの孫に当たる。
  • 『申さく (もうさく)』「もうす (申す)」+「しく (如く)」の合成から「し」をカットして名詞化したもの。世間ではこれをク語法と呼ぶ。「申す如く」の意。
  • 『ハタレ破るの名 (はたれやぶるのな)』六ハタレを破った武器の名」の意で、六将守がアマテルから分け授かった「八重垣の剣の名の意味」ということである。
  • 『もがな』「もぐ」+「かな (哉)」の合成。「もぐ」は「まぐ (覓ぐ・求ぐ)」の変態で、「(心を) 合わす・寄せる」「欲す」の意。「かな」は「・・・だなあ」「・・・ものだなあ」などの意。
  • 『問ふ (とふ)』は「そふ (添う)」「とむ (留む)」などの変態で、「合わす・対象との隔たりを詰める・アクセスする」などの意。「訪ふ」も同じ。
  • 『天地照る御言宣 (あまてるみことのり)』「天も地も照らして恵む御言宣」の意。要は「素晴らしい・ありがたいお言葉」という意味で、「豊御言宣 (とよみことのり)」などとも言う。
  • 時にまた大物主クシヒコが申すには、
    「ハタレを破った "八重垣の剣" の名の意味を欲するものかな。」
    と問えば、天地を照らし潤す御言宣。



『ハタレが禍は 近付けず 弓矢に破り 近付けば 太刀 打ち 払ふ 身の垣ぞ』

  • 『禍 (わざ)』 は「わす」の名詞形。「わす」は「やす (痩す)」「あす (褪す)」「うす (失す)」などの変態で、「低まる・劣る・衰える」などの意。したがって「わざ (禍)」は「おゑ (汚穢)」と同義。「おゑ (汚穢)」は「おれ (折れ)」「おり (下り・澱)」「あれ (粗れ)」「やれ (破れ)」などの変態で、「曲り・低落・劣り・衰え」などを表す。そして「やゑ (八重)」もまたこれらの変態である。よって「わざ (禍・災)」=「おゑ (汚穢)」=「やゑ (八重)」となる。
  • 『太刀 (たち)』は「たつ (断つ・絶つ)」の名詞形。=矛=剣。
  • 『打つ (うつ)』は、ここでは「合わす・用いる・施す」などの意。
  • 『払う (はらふ)』は「やらふ (遣らう)」の変態で、「はる」から派生した動詞。「はる」は「ひる (放る)」「ほる (放る・掘る)」などの変態で、「放つ・退く・除く」などの意。「祓ふ・掃ふ」も同じ。
  • 『身の垣 (みのかき)』自己の防御柵。「み」は、ここでは「己」の意。
  • 『ハタレの禍 (=汚穢・八重) は、先ずは近づけないことが先決であるから弓矢にて破る。そしてもし近づいた場合には太刀 (=剣) を用いて払い除ける。 (よって八重垣とは汚穢から) 身を守る垣なるぞ。』


また問ふ
『八民 治むれば "ヤタ" 名は如何ん』


  • 『八民 (やたみ)』は、ここでは「八方の民・全国の民・万民」の意。
  • 『如何ん (いかん)』は「如何に (いかに)」の音便。「如何に」は、ここでは「如何にあるや・如何なるや」(何なんだ?) の簡略。
    また「いか (如何)」は「いく (幾)」の変態。
  • また問うには、
    『我は大物主 (国家行政の最高長官) として八民を治むれば、"ヤタ" の名は如何に。』


御言宣
『鏡は民の 心 入る 入れ物なれば ヤタカカミ 剣は仇を 近付けず』


  • 『鏡 (かがみ)』 は「かかむ」という動詞の名詞形。「かかむ」は「かかふ (抱ふ)」「かこむ (囲む)」などの変態で、これらは「かく (交く)」から派生している。これらは「合わす」の原義を持ち「収める・匹敵させる・比べる」などの意を派生する。したがって「かかみ」は「合わせ・収め・匹敵・比べ」などの意。これが第一の意である。
  • 『ヤタカカミ』ここでの「やた」は「八尺」で、これは当時の民の平均身長を表したものである。だから「やた (八尺)」とは「民」の別称でもあるのである。また「やたみ」というのも「八方の民」の意の他に、「八尺身」(八尺の者)、 また「八尺実」 (八尺の者の心) という意味を持つ。「かかみ」は「抱え・囲み」の意。よってこの「ヤタカカミ」は「八尺の者 (=民) の心を抱えるもの」という意。
    このあたりは『八咫鏡1八咫鏡2』にさらに詳しい。
  • 『仇 (あだ)』は「あつ (当つ)」の名詞形で、「あて (当て・宛)」「まと (的)」などの変態。「当たるもの・相手・対抗するもの」などの意。ここでは「禍・汚穢・八重」を指している。また「ヤタ」に対して「アタ」と語呂を合わせているものと思われる。
  • 御言宣。
    『ヤタの鏡は民の心を入れる入れ物だから "八尺の抱かみ"。八重垣の剣はアタを追い払って近づけず。』


また問ふ
『垣の "ヤヱ" 如何ん』


  • またも問うには、
    『八重垣の "ヤヱ" とは如何に』


君 にこ笑みて 宣給ふは
『美しくも請えり それ "ヤヱ" は 昔 二神 地 領らす もの言ふ道の 陽陰歌の "ア" は天と父 "ワ" は母ぞ "ヤ" は我が身なり』


  • 『にこ』は「にぎ (賑)」の変態で、「高まるさま・栄えるさま・熟すさま」の意。
  • 『笑む (ゑむ)』は「うむ (熟む)」「うる (潤る)」などの変態で、「高まる・勢いづく・栄える・熟す・満ちる」などの意。
  • 『美し (いし)』は「はし (愛し)」「おし (惜し)」「よし (良し・善し・好し)」などの変態で、「(心に) 合う如し・寄る如し」の意。
  • 『請えり (こえり)』「こふ (交ふ・乞う・恋ふ)」+「なり (也)」の合成短縮。「り」は、現文法では完了・継続・存在を表す助動詞とされているが、もともとは「あり・なり」の短縮であり、断定の意を表したもの。ホツマの時代には明確な時制表現は無かったと考える。「こえる (請える)=こふ+なる」ならば「こふ (請ふ)」の連体形となる。
  • 『二神 (ふたかみ)』イザナギとイザナミの夫婦。オモタル・カシコネを最後にクニトコタチから続く皇統は途絶え、神代の日本は滅びる。その後に天つ君となった二神は、何もかも始めからやり直さなければならなかった。二神は、退廃した日本に再び「経矛の道 (法と戒の道)」を敷き、臣民を指導し、産業を復興させてゆく。
  • 『地領らす (くにしらす)』世を治める。「地」は「天」(天界・非物質界・あの世) に対するもの。「領らす (しらす)」は「しる (知る・領る)」から派生した動詞で、「合わす・統べる・治める」などの意。「しろす (知ろす)」の変態。
  • 『もの言ふ道 (ものいふみち)』言葉の道。
  • 『陽陰歌 (あわうた)』日本語の48音を重複無く、陽陰の節だという五七調に綴ったもの。48音はそれぞれが神の名であり「陽陰の神 (あわのかみ)」とも呼ばれる。詳しくは『天地歌』を参照。
  • 『ア (陽)』『ワ (陰)』アメノミヲヤの意思により混沌は陽と陰の2つの属性に分れる。陽は軽く上って「天」となり、陰は重く下って「地」となる。詳しくは『天地創造』『魂魄と魂の緒』を参照。
  • 『母 (はは)』は「うひ (泥・水埴)」の変態。また「はふ (這う)」の名詞形で、「低まるまの・下るもの・沈むもの」という意。これは「陰・地」と同義。
  • 『ヤ (和)』わす (和す)」から「和・合」の意と推察される。つまり「ア (陽)」と「ワ (陰)」の和合。
  • 『我が身 (わがみ)』人霊の宿る肉体。
    陽 (空・風・火) + 陰 (水・埴) = 人。
  • 君がにこ笑みて宣給うには、
    『いとしくも問うなり。それ "ヤヱ" とは、むかし二神が世の治めを受け継いだ時、民の乱れた言葉の道を "陽陰歌" を教えて直すのであるが、その "陽" は天と父性、"陰" は地と母性を表す。"ヤ" とはその二つが和合して生まれた人間である。』


『この "ア・ワ・ヤ"  咽より響く 埴の声 地をらする 種なれば "アワ" はアワ国 "ヤ" は方の 青人種の 名も "八治身"』

  • 『喉 (のど)』は「のつ (宣つ)」の名詞形。「のつ」は「のす (伸す)」の変態で、「放つ・発す・延べ広める」などの意。
  • 『響く (ひびく)』は「ひふ (秀ふ・延ふ)」+「ひく」の合成動詞。「ひふ」は「はふ (栄ふ・映ふ)」の変態。「ひく」は「いく (活く)」「ふく (噴く)」などの変態。どちらも「高まる・広まる・勢いづく・栄る」などの意。「ふぶく (吹雪く)」「いぶく (息吹く・気吹く)」などの変態。また「はびこる (蔓延る)」と同義。
  • 『埴の声 (はにのこえ)』不詳。埴=地 と考えて良いと思う。だから「地を治らする種」なのだろう。
  • 『アワ国』「あわ」は「あふ (合う)」の名詞形で、「合・間・半・中・央」の意。だから「アワ国」は「中央にある国」という意味で、「中国 (なかくに)」の別名。「おう (央)」は「あわ」の変態である。「あわうみ (淡海)」は「央海」の意であるし、「おうみ (近江)」は「央廻」の意である。また現在「琵琶湖 (びわこ)」と呼ばれているが、「ひわ」も「あわ」の変態である。「アワ国」はもう一つ、二神が「陽陰歌」によって民の言葉を直した国、とホツマは説明している。
  • 『青人種 (あおひとくさ)』未熟だが成長して人となる可能性を秘める「人の種」の意で、「民」の別称。
  • 『八治身 (やたみ)』ここでは「八方の統治を受ける身」の意。この「治を受ける身」は「民」の原義の一つと考えている。
  • この "ア・ワ・ヤ" の3音は、人の喉から響く埴の声であり、したがって地を治める礎となる。"アワ" は央国、"ヤ" は八方、そして八方の青人種の名も "ヤタミ (八治身)" である。


『"ヤ" は家居なり "タ" は治む "ミ" は我が身なり』
『央国の 家に居て八州 治らすれば "ヤ" は八つならず 百千万 重ぬる節の 弥重垣ぞ』


  • 『家居 (いえゐ)』居場所。=家・屋。「いゆ (居ゆ)」+「ゐ (居・位)」。「いゆ」は「いる (居る)」の変態。「ゐ」は「位置・場所」を表す。
  • 『タ (治)』は「たす (治す・足す・助す)」の名詞形で、「たす」は「合わす・まとめる・調える・凸凹/過不足を収める」などの意。
  • 『央国の家 (あわくにのや)』二神が都とした中国のオキツ宮の政殿「八紘殿 (やひろとの)」。「やひろ」は「八方を平く/八方を開く」の意。
  • 『八州 (やしま)』八方の区画。全土。=八隅 (やすみ)。「しま (州・島)」は「しめ (占め・締め・閉め)」の変態。「分け・区分・区画」が原意で、水上に浮かぶ「島」に限定されない。「しふ (州)」「しい・しゐ (州)」「すみ (隅)」などもこの変態である。
  • 『節 (ふし)』は「ふす (付す)」の名詞形で、「集め・まとめ」「区分・区切り・境界」などの意。ここでは竹の節のような「境界・限り・区切り」を言い、それはすなわち「垣」である。
  • 『弥重垣 (やえがき)』数多くの小垣を継ぎ連ね、また幾重にも重ねた垣。
    「八重垣」は常に「やがき」と表記されるが、それは裏に「おゑ (汚穢)」の意味があることを意識してのことと思われる。ところがここ1ヶ所のみは「やがき」と書かれており、「汚穢」の意味が無いことを示しているよう思う。
  • 『さらにヤタミの  "ヤ" は家居であり、"タ" は治む、"ミ" は人である。』
    『央国の都の政殿にあって日本全土の人を治めるのであるから、"ヤ" は "八つ" では足りない。百千万の垣を継ぎ連ねた "弥重垣" なるぞ。』


時にモノヌシ 笑み曰く
『昔 モノヌシ 賜わりて 深く思えど まだ解けず 今 漸やくに これを知る』
『これ 八重垣は モノノベの 名なりと己が 央に応ゆ てれば 統の 重々の垣 己が央なり』 と誓いなす。


  • 『モノヌシ』ここではオオモノヌシの簡略で、クシヒコを指す。 オオモノヌシは別名、「八重垣の臣」「垣臣」「剣臣」とも言う。
  • 『賜る (たまわる)』は「たまふ (賜う・給う)」+「る (尊敬の助動詞)」。『賜ふ (たまふ)』は「たる (垂る)」の変態「たむ (垂む)」から派生した語で、「下す・授く」の意。
  • 『深し (ふかし)』「ふく (噴く・更く)」+「し (如)」。「ふく」は「進展する・栄る・熟す」などの意。
  • 『思ふ (おもふ)』は「おふ (負う)」の変態「おむ」からの派生語。「(心・意識に) 合わす・負う」の意。
  • 『まだ』「また」+「で」が約まって副詞化したもの。「また」は「まつ (全つ)」の未然形。「で」は打消しの接続助詞。「満たないで」の意。
  • 『漸く (やふやく)』は「ややく」の音便。「ややく」は「やゆ (熟ゆ)」のク語法。「やゆ」は「はゆ (栄ゆ・映ゆ)」などの変態で、「高まる・進展する・栄える・熟す」などの意。「少しずつ積み重ねて遂に満ち至るさま」を表す。
  • 『モノノベ (物部)』「もの」は「もり (守)」の変態で、「(君に) 添い仕える者・侍る者」、同時に「(民を) 治める/調える/保つ/見張る/世話する者」の意。「べ」は、ここでは「辺・端・方・部」の意で、「区分・区画・セクション」を表す。
    よって「モノノベ (守の部)」は「君に仕えて民を治める者」の総称で、「臣・守・司」と同義、今で言えば「役人・公務員」に当たる。モノノベを司る最高長官が「オオモノヌシ (大物主)」である。しかし「臣・守・司」の場合には、地方役人や粗長・村長なども含むのに対し、モノノベは狭義には中央に直属する官吏、いわば国家公務員を指すように思われる。
  • 『央に応ゆ (をにこたゆ)』心を打つ。心に響く。「を (央)」は「中・芯・核・さね」の意で、ここでは「こころ (心)」。「こたゆ」は、ここでは「届く」「反応する・共鳴する」などの意。「みにこたふ (実に応ふ)」「きもにこたふ (肝に応ふ)」「むねにこたふ (胸に応ふ)」などとも言う。
  • 『てれば (者)』であれば。なれば。じゃあ。
  • 『統 (すべら)』は「すべる (統べる)」の名詞形で、「統べること/もの」の意。「皇・天君」を言うと同時に「世の統治」、またその原理である「調の道・和の道」、またその制度の「経矛の道」を意味する。
  • 『重々の垣 (よよのかき)』「よよ」は「いよいよ・弥々・ますます」と同じ。ここでは「継ぎ連ねた垣・重ね重ねの垣」である「弥重垣」の言い換え。
  • 時にモノヌシは笑みて曰く、
    『かつてオオモノヌシの官職を賜って以来、八重垣の意味を深く考えるも未だ解けず。今ようやくにこれを得る。』
    『これ八重垣とは、モノノベを言う名であったと己が心に響くなり。なれば調の道による統治を守る重々の "弥重垣" となること、これこそが己が本分なり。』
    と誓いを立てる。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
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ホツマツタエのおもしろ記事128『八重垣の剣』

2013-06-26 14:33
ホツマツタエのおもしろ記事(128)  八重垣の剣


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その7


前項で見たように、三種宝の「八重垣の剣」とは、アマテルの命により天目一箇命が右眼一つで鍛え、献上した8本の剣の1本であった。
 記・紀においては「八重垣の剣」は、素戔嗚尊が八岐大蛇の尾から得た「叢雲剣 (むらくものつるぎ)」と同一視されているが、まったくの別物である。
ムラクモ剣はソサノヲより代々オオモノヌシに伝えられ、クシミカタマの時に神武天皇へ献上されている。



後にハタレが 乱る時 カナサキ及び 六将守 剣 賜わり ハタレ 討ち 八民 治むる 勢ひも 枯は涸らして 生きを熟る

  • 『ハタレ』は「はづれ (外れ)」の変態で「外れたさま/もの」の意。反りや曲がりが過ぎて、人から外れてしまった者を言うが、ここでは特に『六ハタレ』と呼ばれる6つのハタレを指す。アマテルの時代に各地で蜂起した反体制勢力で、シムミチ・ハルナハハミチ・イソラミチ・キクミチ・イツナミチ・アメヱノミチの6族。詳しくは ホツマツタヱ8文 を参照。
  • 『カナサキ (宇都志日金折命)』六ハタレ蜂起の際に「禊司 (みそぎつかさ)」を務める。二神以来の重臣で筑紫統治の元締め。
    詳しくは『住吉神』を参照。
  • 『六将守 (むまさかみ)』六ハタレを退治した六人の分隊長。フツヌシタケミカヅチカダマロイフキヌシタチカラヲクマノクスヒ
    「むまさ」は、本来は「む (六)」+「まさ (枡)」。「まさ」は「ます (枡)」の変態。「枡」は相撲観覧の「枡席 (ますせき)」のそれで、「分け・区切・仕切」などの意。
  • 『剣 (つるぎ)』アマメヒトツが献上した8本の八重垣剣の内、1本はアマテルの手元に留められて三種宝の一つとなり、残りの7本はカナサキと六将守に分授されたということだろう。
  • 『討つ (うつ)』は非常に多くの意味を持つ動詞であるが、ここでは「うす (失す)」の変態で「低める・衰わす・破る・果てさす」などの意。
  • 『八民 (やたみ)』ここでは「八方の民」の意。
  • 『勢ひ (いきおひ)』は「いきおふ (勢ふ)」の名詞形。「いきおふ」は「いく (活く)」+「おふ」の複合動詞で、「おふ」は「はふ (栄ふ・映ふ)」の変態。どちらも「高まる・栄える」などの意。
    「いきおひ」はここでは「原動力」の意と思う。
  • 『枯 (かれ)』罪ある者。曲り堕ちた者。
    『生き (いき)』罪なき者。直ぐな者。
    『罪ある者を 枯と言ふ 無きは生きなり』
  • 『熟る (ゑる)』は「いる (炒る)」や「うる (熟る)」の変態で、「高める・栄す・勝らす・至らす」などの意。
    「ゑる (選る)」も「優先する」という意で、これと同じ。
  • 後にハタレどもが世を乱す時、カナサキおよび六将守はこの八重垣剣を賜って六ハタレを討ち、八民を治めるのであるが、その活力の源泉は「枯」は枯らせて、「生き」を育まんという精神にあったのである。


『例えば林 伐り開き 焚くに木魂の 無き如く 斬るべき咎は 斬り尽す 思い 残らじ』

  • 『林 (はやし)』は「はやす (生やす・栄やす・映やす・囃す)」の名詞形で、「栄え・繁茂」の意。ちなみに「もり (森)」は「もる (盛る)」の名詞形で、やはり「さかり・繁盛」の意。
  • 『木魂 (こだま)』木に宿る霊魂・意識。
  • 『咎 (とが)』は「どく (退く)」の名詞形で「罪」の同義語。「どく」は「離れる・それる・反る・曲る」、また「下る・劣る・衰える」などの意。
  • 『尽くす (つくす)』「つく (尽く)」+「す (為・使役)」。「つく (尽く)」の原義は「無くなる」ではなく、「達する・至る・極まる・完成する」である。そこから「完了する・終わる」の意が派生する。
  • 『思い (おもい)』ここでは「斬られた罪人の思い・意識」。
  • 『残らじ』「じ」は、推量・意思・未来の打消を表す。英語の「will not」「shall not」と同じで、ここでは "The consciousness will not remain." という意になる。
  • 『例えば林を切り開いて、その木を焚き木として燃やしても、既に木の意識・霊魂は木から離れているように、斬るべき咎は斬り尽くす。罪人の意識・霊魂は肉体を離れてあの世に帰るため、その思いは世に残らない。』

    Saint Germain のチャネリングによると、通例「肉体の死の数日前に霊魂は肉体を離れている」という。 (これは偶発的と思える事故死の場合でも同じだという。)  よって死に伴うトラウマはまったく無いのだと言い、人の誕生のプロセスの困難に比べれば、死のプロセスはとても安易だとも語っている。


『ツルギとは "ツ" は木の齢 熟に尽きて 枯れる 熟の尽ぞ "ル" は柴の 乾けば燃ゆる 霊気の火ぞ "キ" は木の枯れて 思ひ 無し 故に "尽霊帰" と 名付くなり』

  • 『齢 (よはひ)』は「よはふ」の名詞形。「よはふ」は「よふ (熟ふ・老ふ)」+「はふ (生ふ・栄ふ)」の合成動詞。どちらも「高まる・栄える・進展する・熟す」などの意。よって「よはひ」は「熟成・進展・発展・成長」、また「世において進展した時間」の意。「いわひ(祝)」の変態。
  • 『熟に尽く (あにつく)』満了・完了する。「あ (熟)」は「上・至り・頂」などの意。「つく (尽く)」は「達する・至る・極まる・完成する」などの意。「るぎ (剣)」の「つ」は、この「つ (尽)」だと言っている。
  • 『柴 (しば)』は「しふ (垂ふ・下ふ・凍ふ)」の名詞形。「しふ」は「低まる・衰える・果てる・終わる」などの意。よって「しば」は「枯れたもの・枯れ木」を言う。
  • 『霊気 (るぎ)』「る (霊)」と「き (気)」は同義語で、ともに「目には見えないけれども存在する何か」を表す。「つぎ (剣)」の「る」は、この「る (霊)」だと言っている。
    木が枯れて乾燥すると自然発火することがあるが、それはそれまで宿っていた霊が木から離れ、その霊気が火に変化すると考えられていたのではないだろうか。モーゼに神の御使が現れた神の山の「燃える柴」を思い出す。
  • 『思ひ無し (おもひなし)』木の霊魂は木を離れてあの世に帰るため、その意識はこの世に無い。
  • 『尽霊帰 (つるぎ)』進展のきたすもの。
    「き (帰)」は「きる (切る・転る)」の名詞形。「ハンドルを右にきる」の「きる」で、「曲げる・回す・還す」などの意。
  • 『ツルギとは、"ツ" は木の進展成長が目一杯となって枯れる「熟の尽」ぞ。"ル" は柴が乾いて燃える霊気の火ぞ。"キ" は木の枯れて霊魂は天に帰る。故に "尽霊帰" と名付くなり。』


『もし民 驕り 身の程も 忘れて ついに 剣 受く 受けさせじとて 身の垣よ』

  • 『民 (たみ)』は「たる (垂る/足る)」の変態「たむ (垂む/治む)」の名詞形で、「下るもの・劣るもの・卑しいもの」の意。またそれが故に「治めを受けるもの」の意。
  • 『驕る (おごる)』は「おこる (熾る・怒る)」「ほこる (誇る)」の変態で、「高ぶる・勢いづく・調子に乗る」などの意。
  • 『身の程 (みのほど)』「み」はここでは「己」の意。「ほど (程)」は「ほつ (秀つ/没つ)」の名詞形で、「高/低・凸/凹」などの意。
  • 『忘る (わする)』は「わす」+「する (剃る・掏る・擦る)」の合成。「わす」は「うす (失す)」「やす (痩す)」などの変態で、どちらも「離れる・それる・外れる」などの意。
  • 『つい (遂・終・費・弊・潰)』は「つむ (詰む)」の変態「つふ」の名詞形で、「行き尽く所・果て・至り・終わり」などの意。
  • 『剣 (つるぎ)』ここでは「天の矛」の意。つまり中央政府の警察力・処罰。
  • 『身の垣 (みのかき)』自己の防衛。「天の処罰」を怖れることが、曲り・罪に陥ることから我が身を守る垣となる。
  • もし民が身の程も忘れて驕るならば、最後には剣の制裁を受けることになる。それを受けさせぬように、剣の制裁を怖れさせることが民の身を守る垣となる。 (したがって 剣=垣 なのである。)

    『怖れば 惑ひ 改めて 忠なる如し』ホ17文


『もしも司の 驕りにて 民を枯らせば 罪 大し ヨコベに更に 改めて その民 生かす』

  • 『司 (つかさ)』は「つかす」の名詞形で、「つかね (束ね)」「つかみ (掴み)」などの変態。「つかす」は「つく (付く)」+「かす (交す)」の合成動詞で、どちらも「合わす・まとめる・収める」などの意。
  • 『罪 (つみ)』は「つひ (費・弊・潰・墜・終)」の変態。「曲り・あやまち・落ち度・劣り・衰え」などの意。
  • 『大し (おおし)』「おお (大)」+「し (如)」。「おお」は「おふ (老ふ・熟ふ)」の名詞形で、「高まる・栄える・熟す・至る」などの意。よって「おおし」は「高まる如し」の意。現代語では「おおし」の連体形「おおき」に形容詞語尾の「い」を付けて「大きい」となっている。
  • 『ヨコベ (横綜)』元来は経糸をまとめる「ツウヂ」に添えられる綜。綾織や錦織などの高度な機を織る場合に「ツウジ」に追加される。転じて、ツウヂ (=国造) の補佐役。ツウチを補佐すると共に、ツウヂや他のヨコベの不正を互いに監視させる目的もあったようだ。「へ (綜・総) 」は「へる (綜る)」の名詞形で、「へる」は 「合わす・統べる・束ねる・調える」などの意。 後世「よこめ (横目)」と訛る。
  • 『更 (さら)』は「さる (添る/去る)」の名詞形。「さる」は「合せる・添える」の意と、「払い除く・清算する・白紙にする」の意に分れる。「しろ・しら(白)」「ちゃら」などの変態。
  • 『改む (あらたむ)』「ある」+「たむ (治む・矯む)」の合成動詞。「ある」は「あふ (合う)」の変態。どちらも「合わす・曲りを直ぐにする・調える・整理して明白にする」などの意。
  • もしも民を治める司の驕りが原因でその民を枯らしたならば、その罪は非常に大きい。だから (ツウヂに) ヨコベを添えて、互いに監視させることで司の曲りをさらに正し、その民を生かそうというのである。


『臣・小臣 驕り忍びて 道 守れ 我が身のための 八重垣はこれ』

  • 『臣 (とみ)』は「とも (供・伴・部)」の変態で、「とむ (留む)」の名詞形。「とむ」はここでは「合わす・仕える・束ねる」などの意で「天君に仕えて民を治める者」を言い、広義に「守・司・長・モノノベ」の同義語。 今風に言えば「役人・官吏・公務員」。
    またアマテルの定義によれば「調の道を教える」。
  • 『小臣 (ことみ)』下級のモノノベ 。下っ端役人。「おと (小臣)」「べをみ (卑臣)」とも呼ばれる。
  • 『忍ぶ (しのぶ)』は「しぬ」+「のふ」の合成動詞。「しぬ」は「しむ (締む・占む)」の変態。「のふ」は「のむ (呑む)」の変態。どちらも「合わす・収める・抑える・縛る・留める」などの意。「しなぶ (匿ぶ)」の変態。
  • 『道 (みち)』は「みつ (見つ・充つ)」の名詞形で、「みつ」は「合わす・沿う・乗る・則る」などの意。よって「みち」は「合わせ・乗り・則・法」「仕組み・システム・制度」のなど意。
    ここでは「調の道」 (和による秩序の道) を言う。
  • 『八重垣 (やゑがき)』「やゑ」は「おゑ (汚穢)」の変態。「かき」は「かく (交く/離く)」の名詞形で、「合わす・包む・囲む」と同時に「離す・分ける・限る・区切る・画す」などの意。よって「やゑがき」とは「汚穢を防ぐ垣」の意。「汚穢 (おゑ)」とは「おれ (折れ)」「おり (下り)」「あれ (粗れ)」などの変態で、「曲り・劣り・衰え」などを表す。
    しかし「やゑがき」にはさらなる奥義があり、それはこの後に説明される。
  • 臣や小臣達よ、まず自らの驕りを収めて調和と秩序の道を守れ! 我が身のための八重垣 (汚穢垣) とはこれである (驕りを抑えること) 。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html





ホツマツタエのおもしろ記事127『天目一箇命』

2013-06-13 15:20
ホツマツタエのおもしろ記事(127)  天目一箇命


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その6


時にまた オオモノヌシが 申さくは
『昔 乱れず 驕らぬを 粗衣を着ては いづくんぞ』


  • 『オオモノヌシ (大物主)』 「中央政府のモノノベの主」という意。地の政 (国家行政) を司る最高長官。詳しくは『大物主』を参照。ここでは2代大物主のクシヒコを指す。クシヒコはアマテルの娘のタケコと甥のオホナムチの子であるから、アマテルの孫に当たる。
  • 『申さく (もうさく)』「もうす (申す)」+「しく (如く)」の合成から「し」をカットして名詞化したもの。世間ではこれをク語法と呼ぶ。「申す如く」の意。
  • 『昔 (むかし)』「むく」+「しく (如く)」の合成から「く」を省いたク語法。「むく」は「まく (罷く)」の変態で、ここでは「(過去に) 離れる」の意。 「むかし」は「過ぎ去る如きさま・隔世のさま」が原義。
    ここでの「昔」は「クニトコタチの時代=トコヨ」を言っており、アマテルの次の言葉に対応している。
    『クニトコタチの 代にはまだ 矛 無き故は 素直にて 法を守れば 矛 要らず』ホ23-1
  • 『乱る (みだる)』は「もとる (悖る)」「もつる (縺る)」「もぢる (捩る)」「まどふ (惑う)」などの変態で「それる・外れる・曲がる・ねじける」などの意。「みだる」は自動詞・他動詞どちらにも使われる。
  • 『驕る (おごる)』は「おこる (熾る・怒る)」「ほこる (誇る)」などの変態で、「高ぶる・勢いづく・調子に乗る」などの意。
  • 『粗衣 (あらこ)』粗末な衣服。飾り気の無い服。「こ」の原義は「こ (籠)」で「囲み・包み」。これもアマテルの次の言葉に対応している。
    『飾りより 驕りになりて 鋭き謀る 果てはハタレの 地 乱れ 民 安からず 故 常に 民の気安き 木綿を着る』ホ23-4
  • 『いづくんぞ』「何処にぞ (いづこにぞ)」の音便。ここでは「どこへ行くのか?・どうなるのか?・いかがか?」などの意。
  • 時にまたオオモノヌシが申すには、
    『クニトコタチの昔には、人は素直で曲らず・それず・驕らずだったのなら、今も飾り気の無い粗末な衣服を着てみたらいかがなものでしょう。』


君 笑み曰く
『汝 元 直ち思へど 後の代に 弥 治まれば '飢え 知らで 驕る楽しの 満つる時' 飢え 遠し頃は 実らずて 真に飢える これ 予て 定むる衣法 鑑みぞ これ 謹めよ』


  • 『曰く (いわく)』「いふ (言う)」+「しく (如く)」の合成から「し」を省いたク語法。「言う如く」の意。
  • 『汝 (なんぢ)』「なむ」+「ち (方)」の音便。「なむ」は「あふ (合う)」の変態で、「合う・対する」の意。「ち (方)」は「区分・区画」を表し、「あっ・こっ・そっ」の「ち」に同じ。よって「なんぢ」は「(自分が) 相対する方」の意。
  • 『元 (もと)』は「もどる (戻る)」の原動詞「もつ」の名詞形で、「もつ」は「おつ (復つ)」の変態。ここでは「昔・過去」の意。
  • 『直ち (ただち)』「ただ (直)」+「ち」。「ただし (直し・正し)」の形容詞語尾「し」を「ち」に代えて名詞化したもの。ここでは「ただちに」という副詞として使われている。「ただち」は「直なさま・すぐさま・すなわち」などの意。
  • 『弥 (いや)』は「いゆ (斎ゆ)」の名詞形。「いゆ」は「高まる・進展する・成長する」のなど意。副詞的に「いよいよ・ますます・しだいに」の意に使う。
  • 『飢え (うえ)』は「うゆ (飢ゆ)」の名詞形。「うゆ」は「うむ (膿む)」の変態で、「低まる・衰える・不足する」などの意。
  • 『知らで (しらで)』「しら」は「しる (知る)」の未然形。「で」は「ず (打消の助動詞)」+「て (接続助詞)」の合成。
  • 『楽し (たのし)』ここでは「たのす (楽す)」の名詞形。「たのす」は「たのしむ (楽しむ)」と同義。よって「たのし」は「楽しみ」と同じ。
  • 『遠し (とし)』「とほし (遠し)」の音便。「と」は「そ (疎) 」の変態。
  • 『実る (みのる)』は「みつる (満つる)」「いたる (至る)」などの変態。
  • 『真 (まこと)』「まつ (交つ/全つ)」+「こと (如)」の合成語で、「当たっているさま・逸れがないさま・至っているさま」の意。
  • 『予て (かねて)』「かぬ (交ぬ)」+「て (接続助詞)」。「かぬ」は「合わす・調える・対応する」の意で「~に備えて・前もって・あらかじめ」などの意を表す。
  • 『衣法 (はのり)』驕りを戒めるための身分に応じた衣服の制。詳しくは『機の織法』を参照。
  • 『鑑む (かんがむ)』は「かかむ」の音便。「かかむ」は「かかふ (抱ふ・考ふ)」の変態で、「かく (交く)」から派生した動詞。「合わす・写す・対比する・対照する」などの意。この名詞形が「かがみ (鏡)」。
  • 『謹む (つつしむ)』は「(心・身を) 合わす・直す」が原義で、「心する・気を付ける・心を正す」などの意。
  • アマテル君は笑みて曰く、
    『汝はトコヨの大昔をすぐに思ってしまうが、 その後の代にしだいに治まってきて、飢えを知らずに驕る楽しみの満ちる時、つまり飢えを遠い過去のものとして忘れた頃に、実りが得られず本当に飢えたのである。このことと予て定めた衣法を照らし合わせてみよ。そこに気を留めなければならない。』


『昔 現る 青人種も 繁に増えて 道を告れても 届き兼ね 来末 破るる 基かや 時 矛 振らば 速やかに 通らんものと 剣 成す』

  • 『昔現る青人種 (むかしなるあおひとくさ)』「青人種」は、未熟だが成長して人となる可能性を秘める「人の種」の意で、「民」の別称。 「昔現る」とは、トヨクンヌの時代に地上経験の多様性を求めて、君・臣・民 の3種に分れて人が世に下生するようになったことを言う。
  • 『繁に増ゆ (そにふゆ)』「そ (繁)」は「騒・早・荘・爽」と同じで、「高まり・勢い・栄え」などの意。「ふゆ (増ゆ)」は「はゆ (栄ゆ・映ゆ)」の変態で、「高まる・勢いづく・栄える」などの意。「そにふゆ」は、ここでは「大いに増える・急激に増える」などの意。
  • 『道 (みち)』人が世に生きるに則るべき「陽陰なる道」「調の道」、またそれに基づく具体法。
  • 『兼ぬ (かぬ)』は「かる (離る)」の変態。「離れる・遠のく・それる・よける」などが原義で、「~することをよける・~が困難である」などの意。
  • 『来末 (こすゑ)』来る末。将来。
  • 『破る (やぶる)』「やふ」+「ふる (降る)」の合成。「やふ」は「やむ (病む)」の変態。どちらも「低まる・劣る・衰える・果てる」などの意。
  • 『矛振る (ほこふる)』「ほこ (矛)」は「ほぐす (解す)」の原動詞「ほく」の名詞形。「ふる (振る)」は「腕をふるう」の「ふるう」の意で、「(能力を) 引き出す・活かす・活用する」などの意。
  • 『トヨクンヌの昔より現れた青人種の民も急速に増え、則るべき道を告れても民の心に届くことは困難であった。それは将来の衰退の基である。その時、矛の脅威を利用すれば速やかに法が通るだろうと、剣を製作したのである。』


『その時 告れて 金錬人を 十人に剣 造らしむ 中に一人は 秀でたり 刃 鋭く 瑞を破る』

  • 『金錬人 (かねりと)』「かね (金)」+「ねり (練り・錬り)」+「ひと (人)」の合成で、「鍛冶」を表す。「かね」は「こね (捏ね)」「こな (熟)」「きぬ (絹)」などの変態で、「優れるもの・強いもの・勝るもの・光るもの」などの意。「ねる」は「にる (煮る)」の変態で、「高める・熟成する・鍛える・至らす」などの意。
  • 『刃 (やひば)』「やひ」+「は (歯・放)」。「やひ」は「やふ (養ふ)」の名詞形。「やふ」は「うむ・よむ (熟む)」の変態で、「高める・栄す・熟す・鍛える・至らす」などの意。「は」は、ここでは「離すもの・分けるもの・切るもの」などの意。つまり「やひは」は「鋭くした歯」「研いだ歯」の意。
  • 『鋭し (するどし)』至って鋭利である。「する」+「とし (利し・鋭し・疾し)」。「する」は「すむ (澄む・清む)」の変態で、「高まる・優れる・至る」などの意。
  • 『瑞を破る (みづおわる)』「みつ (瑞・密・満・至)」を「わる (破る)」。「みつ」は「みつ (満つ)」の名詞形で、ここでは「満ち至り・極み・極限」の意。「わる」は、ここでは「下に置く・負かす・こわす」などの意。よって「瑞を破る」は「限界を破る・極限を越える」などの意。
  • 『その時に触れを出し、10人の鍛冶に剣を造らせた。その内の一人は秀でており、その刃の鋭さは限界を超えていた。』


この金錬人に 御言宣
『汝が刃 良く研ぎぞ 然れど左右の 生き枯れを 知らず 教えん 確と聞け』


  • 『御言宣 (みことのり)』 「ことのり (言宣)」の尊敬語。辞書には【詔・勅】とある。「のり (宣)」は「のる (宣る)」の名詞形。「のる」は「のぶ (延ぶ・述ぶ)」の変態で、「放つ・延ばす・広げる」の意。アマテルと天君の専用語なのであるが、2人の例外がいる。 天君となる前の「ニニキネ」、そして「ヤマトタケ (日本武尊)」である。
  • 『然れど (しかれど)』「如くあれど (しくあれど)」の音便。
  • 『左右 (まて)』は「まつ (全)」+「て (手・方)」の合成で、「両方向」が原義。
  • 『確 (しか)』は「しく (如く)」の名詞形。「しく」は「合う・似る・匹敵する」の意。「しか」は、ここでは「隔たりがないさま・合い当たるさま・それ/曲がりのないさま・直ぐなさま」の意。
  • 『聞く (きく)』は「かく (交く・掛く・嗅ぐ)」の変態で、「(自己に) 合わす」の意。
  • この鍛冶に御言宣。
    『汝が刃はよく研げているぞ。されど左右の「生」と「枯」をわかっていない。教えよう、しかと聞け。』


『左の目は春の 生きる頃 左の眼を入れて 錬る剣 生き身に近く 枯れ 疎し もし誤るや 恐るなり』

  • 『左 (た)』 「ひたり」の「た」。「ひたり」は「ひ (日)」+「たる」の名詞形で、「たる」は「でる (出る)」の変態。よって「左」は、元来は「東」の意。「東-南-西-北」は太陽の位置する方角で「生-盛-熟-枯」を表わしたもの。これはまた「春-夏-秋-冬」に対応する。
    だから「左 ≒ 東 ≒ 春 ≒ 生」となる。
  • 『目 (め)』ここでは「網の目」の「目」と同じで、「ま (間)」の意。
    よって「左の目=左の間=春の頃」となる。
  • 『春 (はる)』は「はる (張る) 」の名詞形。「はる」は「はふ (生ふ)」「はぬ (跳ぬ)」 などの変態で、「放つ・発す・起る」などの意。
  • 『近し (ちかし)』「ちか」+「し (如)」。「ちか」は「ちく」の名詞形で、「ちく」は「つく (付く)」の変態。よって「ちかし」は「付く如し」の意。
  • 『枯 (かれ)』は「かる (枯る)」の名詞形で、「くれ (暮)」「くら (暗)」「くろ (黒)」「こり (懲り)」「ころ (転)」などの変態。「かる」は「低まる・劣る・衰える・果てる」などの意。
  • 『疎し (うとし)』「うと」+「し (如)」。「うと」は「うつ (棄つ・失つ)」の名詞形で、「うつ」は「離れる/離す」の意。よって「うとし」は「離れる如し」の意で、「遠し」と同義。
  • 『もし』は「もす (模す)」の名詞形で「似るさま・匹敵するさま・同じさま」の意。「まさ(正)」「マジ」の変態。普通は助詞の「も・や」を伴って「まさしく・ひょっとして・実際に・現実に」などの意となるが、省略される場合も多い。
  • 『誤る (あやまる)』は「あゆ (零ゆ)」+「まる (放る)」の複合動詞。「曲る・それる・外れる」結果「下る・劣る・衰える」の意。
  • 『恐る (おそる)』は「おす」から派生した動詞。「おす」は「おつ (落つ・怖づ)」の変態で「低まる・劣る・衰える」などの意。「おそる」は「(心が) 弱まる・気が引ける・気後れする」などの意。
  • 『左の間は春の生きる頃。よって左の眼を入れて (左の眼で見て) 鍛える剣は、生きる身に近く、枯には遠い。万一にもこれを誤ることを恐れるのである。』


『右の目は秋の 枯らす頃 右の眼を入れて 錬る剣 枯れ身に近く 生き 疎し』

  • 『右 (か)』る (枯る)」の名詞形。「日が枯る=日が暮る」方角の「西」を表す。また「みぎ (右)」は「みく」の名詞形で、「みく」は「まかる (罷る)」の原動詞「まく (罷く)」の変態。やはり日が罷る「西」を意味する。
  • 『秋 (あき)』は「あぐ (上ぐ)」の名詞形。すごろくの「あがり」や、連休「明け」と同義で「成熟・完成・成果・収穫」などの意。「完成」は同時に「終わり・枯」を意味する。
  • 『枯らす (からす)』通常は他動詞であるが、ここでは自動詞で「枯るる」の意と思われる。
  • 『右の間は秋の枯れる頃、よって右の眼を入れて (右の眼で見て) 鍛える剣は、枯れた身に近く、生きには遠い。』


『罪ある者を 枯と言ふ 無きは生きなり 右の剣 枯れ身を好み 生き 恐る これぞ治むる 宝物 これ 打つべし』と宣給えば

  • 『罪 (つみ)』は「つひ (費・弊・潰・墜・終)」の変態。「曲り・あやまち・落ち・劣り・衰え」などの意。
  • 『枯 (かれ)』は「かる (枯る)」の名詞形で、「かる」は「低まる・劣る・衰える・果てる」などの意。よって「枯」と「罪」は同義語である。
  • 『生き (いき)』は「いく (生く)」の名詞形。「いく」の「生く・行く・活く」は、どれも「(正方向に) 進展変化する」が原義である。「生き」は特に「(世において) 進展成長するさま/こと/もの」の意。
  • 『好む (このむ)』は「かぬ (兼ぬ)」「かむ (交む・噛む)」の変態「こぬ」から派生した動詞で、「合わす」が原義。ここでは「(心を) 合わす・寄せる」の意。
  • 『宝物 (たからもの)』「たから」は「たかみ (高み)」の変態で、「高きさま・優れ勝るさま・栄え・貴重」を言い、「とみ (富) 」の同義語。「もの (物)」は、ここでは代名詞と考えてよく、「何か」と置き換えることが可能である。
  • 『打つ (うつ)』の原義は「合わす」であり、「叩く」の意もあるが、「うつ (現つ)」で「現す・作る」の意もある。ここではどちらか判別しがたいが、鍛えることを「剣を練る」と表現していることから、「うつ (現つ)」の方だろうか。
  • 『宣給ふ (のたまふ)』「のつ」+「たまふ (給ふ)」の合成。辞書には【宣ふ】とある。「のつ」は「のす (伸す)」の変態で、「放つ・広げる・延ぶ」の意。「のつ」の名詞形が「のと (祝詞)」。「たまふ (給う・賜う)」は「たる (垂る)」の変態「たむ」の派生動詞で、「下げる・授ける」の意。
  • 『曲り堕ちた者を「枯」という。反り曲り無き者は「生き」である。右の眼を入れて鍛えた剣は「枯身」を好み「生き身」を恐れる。これぞ世を治める宝物。これを打つべし。』と宣給うと、


畏れて百日の 物忌し 右眼一つで 錬る剣 八振 上ぐれば 御言宣

  • 『畏る (をそる)』ここでは「かしこむ (畏む)」の意。「おそる (恐る・怖る)」と同じで、「気後れする・気が引ける」の意であるが、これは相対的に相手を「高める・尊ぶ・敬う」意味にもなる。ここではアマテルの言葉を畏むことから「そる」と尊敬の表記となっている。
  • 『物忌 (ものいみ)』とは「もののけ (悪霊) を祓って遠ざける」ことを言い、「飲食や特定の行為を断つ」ことではない。したがって「みそぎ (禊)」や「はらひ (祓)」と同義である。ただし悪霊が寄って来るのは心の曲り・偏りが原因であるため、心を俗世から隔離する一つの方法として「飲食や特定の行為を断つ」ことはあり得る。
  • 『八振 (やふり)』「ふり (振)」は、(振り動かす物の意からか) 矛・刀を数えるのに用いる単位。
  • 『上ぐ (あぐ)』ここでは「奉る・献上する」の意。
  • その言葉を畏んで、100日間の物忌 (悪霊祓い) を行い、右眼一つで鍛えた剣を8本献上すれば、御言宣。


『今 この剣 むべ至る 我が実心に よく適い 世の治まる 宝物 名も八重垣の 剣』とぞ
金錬りを褒めて 賜ふ名は アマメヒトツの 守となる


  • 『むべ (宜)』「むべ」は「うべ (宜・諾)」とも言い、「うえ (上)」「うま (旨・美)」などの変態。 「納得・会心のさま」「満ち足りたさま」を表す。
  • 『実心 (みこころ)』「み (実)」+「こころ (心)」。どちらも「奥・中・中心・核心・本源」などの意。ここでは「奥なる思いの核心」という意で、「まごころ (真心)」と同じ。
  • 『適ふ (かなふ)』は「かぬ (交ぬ・兼ぬ)」+「あふ (合う)」の合成語。どちらも「合う・釣合う・匹敵する・適合する」などの意。
  • 『世 (みよ)』は「みゆ (見ゆ)」の名詞形で、「みゆ」は「合わす・まとめる」の意。「みよ」は「(他と区別される) まとまり」の意で、ここでは「時代区分」を言う。よって「よ (代・世)」と同じである。「み (御)」+「よ (代・世)」として尊意を付す場合もある。
  • 『八重垣 (やゑがき)』「やゑ」は「おゑ (汚穢)」の変態。「かき」は「かく (交く/離く)」の名詞形で、「合わす・包む・覆う」と同時に「離す・分ける・限る・区切る・画す」などの意。よって「やゑがき」とは「汚穢を防ぐ垣」の意。しかしさらなる奥義があって、それはこの後に説明される。
  • 『アマメヒトツ (天目一箇命)』「あま」+「め(目)」+「ひと(一)」+「つ(箇)」。「あま」は「あむ」の名詞形。「あむ」は「おる (下る)」「ある (粗る)」などの変態で、「下る・低まる・沈む」などの意。「あま」は、ここでは「(日が) 下む・沈む」→「西」→「右」の意を表す。よって「あまめひとつ」は「右眼一つ」の意。
    アマメヒトツは、カンミムスビ (神皇産霊尊) の孫で、アタネ (阿多根命) の曽祖父にあたる。
  • 『今、この剣は会心に至る。我が真心によく適った世の治まる宝物である。名も “八重垣の剣" なり。』と、その鍛冶を褒めて「アマメヒトツの守」と名を賜る。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html





ホツマツタエのおもしろ記事126『機と政』

2013-06-12 00:28
ホツマツタエのおもしろ記事(126)  機と政


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その5


『政事 民の妹背は 筬 一歯 五屋 組む長は 一手指』

  • 『政事 (まつりごと)』「まつり (政)」は「まつる (纏る)」の名詞形で、「まとまり・まとめ・収まり・治め」の意。「まつり (祭)」の場合は「上げ・高め・尊び・栄し」の意となる。「こと (事)」は「ごと (如)」から来ていて「こつ (交つ)」の名詞形。 「こつ」は「合う・交じる・似る・匹敵する・対応する」などの意。よって「まつりごと」は「治めに関する類・治めの事々」などの意。「こと」は「もの」と同様の代名詞と考えて良い。
  • 『妹背 (いもせ)』は「いも (妹)」+「をせ (背)」の簡略。「いも」は「うひ (泥・水埴)」の変態。「をせ」は「うをせ」の短縮。 「うをせ」は「つほ (空)・ (火)・か (風)」の簡略。陽は「空・火・風」に分れ、陰は「水・埴」に分れた。(参照:天地創造) 「いもせ」は、ここでは一対の「女男 (めをと)」すなわち「夫婦」を表す。
  • 『筬 (をさ)』経糸を「押えるもの・収め束ねるもの」の意。
    【筬】をさ -広辞苑より- 
    織機の付属具。経糸の位置を整え、緯糸を織り込むのに用いる。竹の薄い小片を櫛の歯のように列ね、長方形の框に入れたもの (竹筬) であったが、今は鋼または真鍮製の扁平な針金で製したもの (金筬) を用いる。
  • 『五屋組む長 (ゐやくむをさ)』5軒の家をまとめる長。「長 (をさ)」は「筬 (をさ)」と同じで「押え・束ね・収め」の意。江戸時代の「五人組」と同様の制があったようである。
  • 『手指 (てゆび)』五屋を組む長 (組頭) を「てゆび (手指)」また「てべ (手侍・手部)」と呼んだ。
  • 次に世の政についてである。民の一対の夫婦は2垂の経糸を通す筬の1歯に相当する。5家をまとめる長は一手指の司である。


『八十手侍 一人 粗長と なるを小臣等が 契り任く』

  • 『手侍 (てべ)』「手指 (てゆび)」と同じ。五屋を組む長 (組頭)。
  • 『粗長 (あれをさ)』いくつかの村を束ねた行政区画を「あれ (粗)」と言うが (村 ∈ 粗 ∈ 県)、その司を「あれをさ (粗長)」または「あれべ (粗侍)」と言う。織機の「あれをさ (粗筬)」と同様「大まかな束ね」という語意。粗長・村長・手侍 (組頭) は中央直属の役人ではなく、地元の有力者に治めを委任する、言わば契約役人。
  • 『小臣 (おと)』中央政府に直属する下級のモノノベ (国家下級公務員)。下っ端役人。「ことみ (子臣)」「べをみ (卑臣)」とも呼ばれる。
  • 『契り任く (ちぎりまく)』契約して委任する。「ちぎる」は「ちく」+「きる」の合成動詞。「ちく」は「つく (付く・接ぐ)」の変態、「きる」は「かる (交る)」の変態で、どちらも「合わす・束ねる・縛る」などの意。「まく」は「撒く・播く」の意で「放つ・分ける・遣る・渡す」などの意。
  • 5家をまとめる「手侍」80人を司るために「粗長」を置くが、これは小臣等が契約して委任する。


『八十粗侍 置く 県主 これ一算の モノノベぞ』

  • 『粗侍 (あれべ)』「粗長 (あれをさ)」と同じ。「べ (侍・部)」は「はべ (侍)」の簡略で「(君に) 侍る者・添い仕える者」「臣」を意味する。 「さむらひ・さぶらひ (侍)」の原義も「添う者」であり、「はべ・べ (侍)」と同じ。
  • 『県主 (あがたぬし)』県を治める者。「あがた (県)」は「あかつ (分つ・頒つ)」の名詞形で、「(地を) 分割したもの」を言う。「ぬし (主)」は、「うし (大人・氏)」「をし (食し)」「をさ (筬・長)」「よし (寄し)」などの変態で、「治める者・束ねるもの・司・長」を表す。
  • 『一算 (ひとよみ)』機の幅を表す単位。1算は経糸80垂がつくる機の幅。
  • 『モノノベ (物部)』「もの」は「もり (守)」の変態で、「(君に) 添い仕える者・侍る者」、同時に「(民を) 治める/調える/保つ/見張る/世話する者」の意。「べ」は、ここでは「辺・端・方・部」の意で、「区分・区画・セクション」を表す。
    よって「モノノベ (守の部)」は「君に仕えて民を治める者」の総称で「臣・守・司」と同義、今で言えば「役人・公務員」に当たる。モノノベを司る最高長官が「オオモノヌシ (大物主)」である。しかし「臣・守・司」の場合には、地方役人や粗長・村長なども含むのに対し、モノノベは狭義には中央に直属する官吏、いわば国家公務員を指すように思われる。
  • 80人の「粗侍」に対して1人の「県主」を置く。県主は機の1算 (経糸80垂) の幅に相当するモノノベである。


『八十部の国に ツウヂ 置き モノノベ 経を 教えしむ』

  • 『八十部 (やそべ)』80人の県主。「べ (部)」はここでは「1算のモノノベ」の意。
  • 『ツウヂ』は「ツウジ」とも表記され、推そらく「通じ (つうじ)」の意である。「つうじ」は「つうず (通ず)」の名詞形で、「つうず」は「とほす (通す)」の変態。だから「ツウヂ」は「(経を) 通す者」の意と考える。「通す」は「そらさない・外さない・貫く・至らせる」などの意。「経 (たて)」は「上から下へ流れる陽陰なる道」を表し、機の「経糸」、また「立て・掟・法」を指す。ここでは「(世に) 法を通す者」の意。ツウヂは「くにつこ (国造・国司)」「ますひと (益人)」とも呼ばれる。
  • 『経 (たて)』上記の通り。
  • 『モノノベ』ここでは「ツウヂ」「県主」「粗長」「手部」を総合して表す。
  • 県主80人を以て一国となす。この国に「ツウヂ」を置き、これらのモノノベをして民に「経」を教え込ませる。


『このクニツコに ヨコヘ 十人 添えて遍く 道 分きて 清汚臣 アタヒ ツウヂ 経て ただちに告ぐる 天の目付 これ アタヒ等ぞ』

  • 『クニツコ (国造)』「国を司る者」の意。「つこ」には「仕」と「束・掴・司」と「造」の3種の意味があるが、クニツコの場合には、本来「国束・国掴・国司」の漢字が当てられるべきである。したがって「国造」と「国司」は同じ官職を指す名である。
  • 『ヨコベ (横綜)』元来は経糸をまとめる「ツウヂ」に添えられる綜。綾織や錦織などの高度な機を織る場合に「ツウジ」に追加される。転じて、ツウヂ (=国造) の補佐役。ツウチを補佐すると共に、ツウヂや他のヨコベの不正を互いに監視させる目的もあったようだ。「へ (綜・総) 」は「へる (綜る)」の名詞形で、「へる」は 「合わす・統べる・束ねる・調える」などの意。 後世「よこめ (横目)」と訛る。
  • 『遍く (あまねく)』形容詞「あまねし (遍し)」の連用形。「あまね」+「し (如)」。「あまね」は「あまぬ」の名詞形。「あまぬ」は「あまる (余る)」「あふる (溢る)」などの変態で、「満ちる・至る」などの意。よって「あまねし」は「満ち至る如し・行き届く如し・漏れ無き如し」などの意。
  • 『道分く (みちわく)』ここでは「制度を公布する」の意と考える。「みち」は「みつ (見つ・充つ)」の名詞形で、「みつ」は「合わす・沿う・乗る・則る」などの意。よって「みち」は「合わせ・乗り・則・法」「仕組み・構成・システム・制度」のなど意。「わく (分く)」は、ここでは「離す・放つ・発する・広げる」などの意。
  • 『清汚臣 (さがおみ)』罪の清汚を査定する「あたひ (直)」を言う。「清汚」の原義は「直&曲」。「が (汚)」は「罪」と同じ。「さ (清)」はその情状の酌量減軽と考えて良いと思う。
  • 『アタヒ (直)』罪人の清汚を数えるモノノベ。罪科を査定し、ツウヂ (=国造) を経てオオモノヌシに報告する。清汚臣 (さがおみ)・天の目付 (あのめつけ) とも言う。「あたひ (直・値)」は「あたる (当たる)」の変態「あたふ (能う・適う)」の名詞形で、「匹敵・相当・適合・釣合・均衡」などの意。
  • 『天の目付 (あのめつけ)』「あ (天)」は、ここでは「中央政府・御上・官・公」の意。「めつけ」は「見つけ」の変態で「監察・看守・検察」などの意。
  • この国造 (=ツウヂ) に監査役のヨコベ10人を付け、あまねく制度を公布したうえで、清汚臣の「直」が罪状を査定し、ツウヂを経由してただちに天 (中央政府のオオモノヌシ) に告げる。直は天の目付である。


『モノノベを 八百人 束ぬる 主はこれ オオモノヌシや 副え ムラジ コトシロヌシと 助けしむ』

  • 『八百人 (やもり)』「り (人)」は「あり (在り)」の簡略。
    「800」という数字は全国の「県主」クラス以上の国家上級公務員の総数ということになる。
  • 『束ぬる (つかぬる)』は「つかぬ」の連体形で、現代語では「つかねる」となる。「つかぬ」は「つく (付く)」+「かぬ (交ぬ)」の合成動詞で、どちらも「合わす・寄せる・まとめる・収める」などの意。「つかむ (掴む)」の変態。
  • 『主 (ぬし)』は、「うし (大人・氏)」「をち (大人)」「をさ (筬・長)」「よし (寄し)」などの変態で、「治める者・束ねるもの・司・長」を表す。
  • 『オオモノヌシ (大物主・央物主)』「中央政府のモノノベの主」という意。地の政 (国家行政) を司る最高長官。詳しくは『大物主』を参照。
  • 『副え (そえ)』は「そふ (添う)」の名詞形「添え」と同じ。
  • 『ムラジ (連)』オオモノヌシを補佐する役職の総称。「ツリ」あるいは「副モノ」とも言う。この補佐職の頂点にあるのがコトシロヌシ。「むらじ」は「むる (群る)」の派生動詞「むらす (群らす)」の名詞形。「むる・むらす」は「合わす・寄る・添う・付く・助ける」などの意。
  • 『コトシロヌシ (事代主)』語義は「事知主・事領主」で、今風に言えば「知事・領事」の司であり、これはオオモノヌシの職務を別の言い方で表したものである。その昔オオナムチは勝手にこの官職を設けて、息子クシヒコに自分の職務を代行させた。しかし後には「オオモノヌシの職務を補完する者」として公式の官職となる。詳しくは『事代主』を参照。
  • 800人の物部を司る主がこれ「大物主」である。副として「連」と「事代主」に補佐させる。


『副の二人は 綜とかざり オオモノヌシは 機の主 故 清汚を熟む』

  • 『綜とかざり (へとかざり)』不詳だが、「綜絖 (そうこう)」を言うように思われる。「かざり」は織機の一部で「もじり」とも言い、踏木を踏んで経糸を上下互い違いに分ける機構。これは「綜絖 (そうこう)」の「絖」の機能を指すと思われ、「へ (綜)」+「かざり (替さり)」= 「綜絖 (そうこう)」か。「へ (綜・総) 」は「へる (綜る)」の名詞形で、「へる」は 「合わす・統べる・束ねる・調える」などの意。
    【綜絖】そうこう -広辞苑より-
    織物製造の際、緯糸を通す杼道を作るために経糸を上げさせる道具。
  • 『機 (はた)』『機 (はた)』は「はつ」の名詞形。「はつ」は「あつ (当つ)」「まつ (交つ)」などの変態で「合わす・交える」などの意。よって「はた」は「(経緯を) 交差したもの/交差するもの」の意。よって「機」は「織ったもの・製品」と「織る道具・織機」の両意を持つ。
    ここでは「織機」を「政治の機構・制度」になぞらえ、「織り上がった製品」を「世の民」になぞらえている。
  • 『清汚を熟む (さがおよむ)』直 (あたい) が査定した清汚を吟味して「裁定する・判決を下す」という意と思う。「よむ (熟む)」は「うむ (熟む)」の変態で、ここでは「高める・熟成させる・至らす・極める」などの意。
  • 副の二人は織機の「綜」と「かざり」であり、大物主が織機の主である。故に大物主が (製品の≒人の) 清汚 (直・曲) を裁定する。


「はた」は「経糸と緯糸の組み合わせ」であり、これを「機」と書く。だから「機」=「交差」である。「機」はまた「複雑に入り組んださま/仕組み/プロセス」「経緯 (けいい・いきさつ)」を表し、「機構」や「機械」などの熟語を作る。
ホツマでは有機的に入り組んだ「世の治め・世の政」や「世を治めるシステム・政治機構」を「はた (機) 」と同一視して、そう呼んでいる。

おもしろいことに、はたを縫う機械を「ミシン」というが、これは英語の「マシン (machine)」の訛りである。そして「マシン (machine)」は「メッシュ (mesh)」(網・編み) から来ており、「網」とは「縦と横を編んで交じえたもの」である。また「mesh」は「meet (合う)」の過去分詞「met」の変態である。そしてまた「あむ (編む) 」は「あふ (合う・和ふ) 」「ゆふ (結う)」「ぬふ (縫う)」「おる (織る) 」の変態である。
だから日本語の「はた」、中華の「機」、西洋の「マシン」は語源とする概念は一つなのである。



『十の汚まで あれば 粗長 組を呼び 十内は叱る 十の外は 県に告げる』

  • 『汚 (が)』=曲り=罪。
  • 『組を呼ぶ (くみおよぶ)』行政区分の最小単位である「5屋の組」を召し寄せる。江戸時代の五人組の制度と同様に、組の内の1人が犯した罪は、手侍 (組頭) と他の組員が連帯責任を負ったものと思われる。
  • 『叱る (しかる)』「しく」+「かる (交る)」の合成動詞。「しく」は「すぐ (直ぐ)」の変態で。どちらも「(反り・曲りを) 合わす・直す・直ぐにする」の意。
  • 10未満の罪ならば、粗長がその組の全員を呼び召して叱る。10以上の罪の場合は、県主に報告する。


『県主 九十内は杖 方の汚は 枷屋に入れて クニツコに 告ぐれば議り 方の汚は 杖打ち 県 追ひ遣らひ』

  • 『杖 (つえ)』 杖打ちの刑。
    【杖】つゑ -広辞苑より-
    拷問や罪人を打つのに用いる棒。律令制では長さ三尺五寸、太さ三~四寸のもの。
    【杖】じょう -広辞苑より-
    律の五刑の一。罪人をむちで打つもの。刑具は笞(ち)と同じだが、六○回から一○○回まで一○回ごとの五等級とする。徒(ず)より軽く、笞より重い。杖刑。杖罪。
  • 『方 (けた)』は「かた (方)」の変態。全方位360度を東西南北の4つに等分した時の一方の90度を言う。ここでは「90以上180未満」の意。
  • 『枷屋 (かとや)』「かと」は「かつ (交つ)」の名詞形で、「かせ (枷)」の変態。「かつ」は「合わす・収める・留める・縛る」などの意。よって「かとや」は「拘束する屋・拘置所」の意。
  • 県主は、90未満の罪は杖で打つ。90以上の罪の場合は拘置所に入れ、国造に報告した上で詮議し、90以上180未満の罪ならば、杖で打った上でその県から追放する。


『二方ならば 国を去る 余れば告げる モノヌシの 糺し明して 二百の汚は 隅に流離す』

  • 『二方 (ふたけた)』二方=180。ここでは「180以上の罪」の意。
  • 『去る (さる)』ここでは他動詞で「去らせる」の意。
  • 『余る (あまる)』は「あふる (溢る)」の変態。「満ちてこぼれる・満ちて洩れる」の意。
  • 『モノヌシ (物主)』ここではオオモノヌシ (大物主) に同じ。
  • 『糺し明かす (ただしあかす)』「糺す (ただす)」は「直にする」「(曲りを) 直ぐにする」が原義で、ここでは「(複雑に込み入った状態を) 整理する」の意。「あかす」は「あぐ (上ぐ)」+「かす (上す・活す)」の合成動詞で、「高める・優れさせる・明らかにする・至らす」などの意。よって「ただしあかす」は「整理して明白に至らしめる」の意。
  • 『隅 (しま)』は、ここでは「しも (下)」「すみ (隅)」の変態で、「辺境」の意。「島流し」という言葉があるので「離島」と思いがちだが、シラヒトコクミソサノヲが追い遣られた「ヒカワ」は離島とは言えないと思うので「辺境」の意と考える。
  • 『流離す (さすらす)』「さすら」+「す (使役)」。「さすら」は「さする (擦る)」の未然形で、「さする」は「行き来する・うろうろする」の意。
  • 罪が180に至ったなら、その国を追放する。180に余る場合は大物主に報告し、大物主は罪状を整頓・精査した上で、200以上の罪ならば辺境の地に流浪させる。


『三方汚は 髪・爪 抜きて 入墨し 天に渡れば 身を枯らす 罷るの罪は モノヌシの 上言を受けよ』

  • 『三方汚 (みけたが)』270以上の罪。
  • 『髪 (かみ)』は「かみ (上)」と同じ。
  • 『爪 (つめ)』は「つめ (詰め)」と同じ。「すみ (隅)」の変態で「端・果て」の意。
  • 『入墨 (いれずみ)』墨を入れること。「すみ (墨)」は「しみ (染み)」「そめ (染)」の変態で、「染料・着色料」の意。
  • 『天に渡る (あめにわたる)』 (罪科の円グラフが原点の天を出発して地を経由し一周して) 天に戻る。天から地に下りた人間も、360度を一周したら天に還すということ。
  • 『枯らす (からす)』は「かる (枯る)」+「す (使役)」で、「ころす (殺す)」の変態。
  • 『罷る (まかる)』は「わかる (別る)」「あかる (散る)」などの変態で、「まく (蒔く・播く・撒く)」+「かる (離る)」の合成動詞。どちらも「離れる・別れる・去る」などの意。ここでは「(世を) 去る」の意。
  • 『罪 (つみ)』は「つひ (費・弊・潰・墜)」の変態。「低まり・曲り・劣り・衰え・落ち度・あやまち」などの意。
  • 『上言 (みこと)』「み」は「かみ (上・神)」の簡略。「みこと」は、ここでは「上位から下される言葉・命令」の意。
  • 270以上の罪は、髪と爪を抜いて入墨を施し、一周360度に満ちたならば身を枯らす。死罪の場合は大物主の執行命令を受けよ。


『モノノベら 確と聞け これ』
『我儘に 民を斬るなよ 民は皆 なお我が孫ぞ その民を 守り治むる 地守は これ なお我が子』
『地守は 民のたらちね その民は 地守の子ぞ 我が子でも 親が斬るなよ』


  • 『確 (しか)』は「しく (如く)」の名詞形。「しく」は「合う・似る・匹敵する」の意。「しか」は、ここでは「隔たりがないさま・合い当たるさま・それ/曲がりのないさま・直ぐなさま」の意。
  • 『我儘 (わがまま)』我が思いのまま。自分の都合に合せること。「まま (儘・任・随)」は「まむ」の名詞形で、「まむ」は「あふ (合う)」の変態。
  • 『皆 (みな)』は「また (全)」や「いた (至)」の変態で「満ち至るさま・全部」の意。
  • 『なお (猶・尚)』「なお」は「なふ (綯う)」の名詞形で「合う/合わす」の意だが、「(以前に) 加わる」と「(以前に) 似る」の二つの意味で使われている。すなわち「合せて・ますます・増して」の意と「やはり・同様に・それでも」の意。ここでは後者の意。
  • 『地守 (くにかみ)』ここでは「(天界に対して) 地上を治める者」の意で、「臣・モノノベ」と同義。「くにかみ」は「(中央に対して) 地方を治める者」を意味する場合もあるが、その場合、当サイトでは「国守」と表記する。
  • 『たらちね (足乳根)』「たら (足る・養る)」+「ちね (繁ぬ)」の名詞形で、「養い育てる者」という意。また「たら」は「陽陰・男女」の意を持つ。「たらち」「たら」とも言い、個別に母を「たらちめ」、父を「たらちを」とも言う。
  • モノノベたちよ! 曲りなくまっすぐにこれを聞け!
    自分の思いのままに民を斬るなよ。民は全員が (実の孫と同様の) 我が孫ぞ。その民を守り治める地守はこれ (実の子と同様の) 我が子であるぞ。
    地守は民を養い育てる者である。ならばその民は地守の子である。たとえ自分の子でも親が斬るなよ。


『我が子 殺す 罪 百八十座 継子 殺す 罪 二百七十汚 妹 失さす 罪 二百七十汚』

  • 『殺す (さす)』は「そす (殺す)」「しす (殺す)」の変態で「ころす (殺す)」の意。
  • 『座 (くら)』は度数の単位。「ゐ (位)」「たひ (度)」とも言う。
  • 『継子 (ままこ)』「まま」は「まむ」の名詞形。「まむ」は「あふ (合う)」の変態で、ここでは「合う・似る・匹敵する・相当する」などの意。よって「ままこ」は「(実子に) 相当・匹敵する子」「擬似の子」の意。
  • 『妹 (いも)』は「うひ (泥・水埴)」の変態で、「陰・女」を表すが、ここでは特に「妻」を指すと思われる。
  • 『失さす (いさす)』は「いす」+「さす (殺す)」の合成動詞で、「いす」は「うす (失す)」の変態。どちらも「低める・衰わす・果てさす」の意で、「殺す (さす・ころす)」の同義語。
  • 我が子を殺す罪は180座。継子を殺す罪は270汚。妻を殺す罪は270汚。


『生まず女は 避女ぞ 兄も 夫も枯らす 咎 三百六十汚 生まざるは 余所 生めば 豈』

  • 『生まず女 (うまずめ)』妊娠・出産を拒む女。否定の助動詞「ず」「ぬ」の終止形は、「否定の意思・No!」の意を持つように思う。
  • 『避女 (よそめ)』避けるべき女。「よそ」は「よす (止す)」の名詞形で、「よす」は「よく (避く)」の同義語。ここでは「離す・避ける」などの意。
  • 『兄 (あに)』ここでは実家を継いで治める長兄。
  • 『背 (せ)』は「をせ」「うをせ」の略で、「陽・男」を意味する。「うをせ」は「つほ (空)・ (火)・か (風)」の簡略。ここでは「夫 (おっと)」を指す。
  • 『咎 (とが)』は「どく (退く)」の名詞形で「罪」の同義語。「どく」は「離れる・それる・反る・曲る」また「下る・劣る・衰える」などの意。
  • 『生まざる (うまざる)』これは出産拒否ではなく、結果的に「生まなかった」の意。
  • 『余所 (よそ)』は「よす」の名詞形。「よす」は「よく (避く)」の同義語で、ここでは「離れる・分れる・別になる・異なる」などの意。
  • 『豈 (あに)』は「なに (何)」の変態で反語に用いるが、ここでは後に続くべき文が省略されているものと思われる。例えば「あに罪ならん」など。
  • 妊娠・出産を拒む女は避けるべき女である。なぜなら実家の長兄の末も、自分の夫の末も枯らしてしまうからである。よって出産拒否の咎は360汚。結果的に生まなかった場合は、他の女が生めば何ら罪を問わない。 (したがって罪に問われないためには、夫が側女を置くことを認める必要がある。)


『たらち 失つ 咎 三百六十汚 継親を 失つ咎 四百汚』

  • 『たらち』は 「たらちね」と同じ。
  • 『失つ (うつ)』「うつ」は非常に多くの意味を持つ動詞であるが、ここでは「うす (失す)」の変態で「低める・衰わす・果てさす」などの意で、ここでは「ころす (殺す)」と同義。
  • 『継親 (ままをや)』「まま」は「まむ」の名詞形。「まむ」は「あふ (合う)」の変態で、ここでは「合う・似る・匹敵する・相当する」などの意。よって「ままをや」は「(実の親に) 相当・匹敵する親」「擬似の親」の意。
  • 実の親を殺す咎は360汚。継親を殺す咎は400汚である。


『天法を 民 一組が 乱れても 筬 巡らねば 機 織れず 故 治むるは 機の道かな』

  • 『天法 (あまのり)』ここでは「中央政府の敷く法」の意と思うが、それは当然「陽陰の法」に基づくものであるはずである。
  • 『乱る (みだる)』現代語では「みだす (乱す)」となり、「(調和・秩序を) 曲げる・ねじく」の意。「みだる」は自動詞・他動詞どちらにも使われる。
  • 『巡る (めぐる)』ここでは「回転する・行き来する・往復する」の意。
  • 天下の法をほんの一組の民が乱しても (織機の仕組みをほんの一手の曲り糸が乱しても) 、筬が巡らず機を織ることはできない。故に「世を治める道」は「機の道」なるかな。



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ホツマツタエのおもしろ記事125『機の織法』

2013-06-09 22:53
ホツマツタエのおもしろ記事(125)  機の織法


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その4


『我 見るに 人気は変る 驕りがち 減りには難ぐ 故 機の 織法 定む』

  • 『人気 (ひとい)』人の意識・思い。「い (謂・気・意)」は「目には見えないが存在するもの・形なきエネルギー」を言う。
  • 『変る (かわる)』は「かふ (離ふ)」から派生した動詞で、「離れる・異なる・反る・曲る・回る」などの意。
  • 『驕りがち (おごりがち)』「おごる」は「おこる (熾る・怒る)」「あがる (上がる)」「ほこる (誇る)」の変態で「高まる・勢いづく・調子に乗る」などの意。
    「がち」は「かつ (離つ)」の名詞形で「離れ・それ・曲り・傾き」などの意。「かた (方・片・傾)」や「かぢ (舵)」の変態。よって「おごりがち」は「驕るに傾くさま」の意。
  • 『減り (へり)』は「へる」の名詞形。「へる」は「める (減る)」「ある (粗る)」「おる (下る)」などの変態で、「下る・低まる・劣る・衰える」などの意。
  • 『難ぐ (かたぐ)』辞書には無い動詞だが、「硬くなる」の意。ここでは「減りに対して硬くなる・減り難い・減りにくい」などの意。
  • 『機 (はた)』は「はつ」の名詞形。「はつ」は「あつ (当つ)」「まつ (交つ)」などの変態で「合わす・交える」などの意。よって「はた」は「(経緯を) 交差したもの」の意。
  • 『織法 (おりのり)』機織りについて則るべき事。「おる」は「よる (寄る・撚る)」の変態で「合わす・交える」の意。「のり (則・典・範・法・憲)」は「乗るべきもの・則るべきもの」の意。
  • 『定む (さだむ)』は「さす (差す)」+「たむ (留む)」の合成で、どちらも「合わす・まとめる・調える・固める」などの意。
  • 我が見るに、人の意識は変わる。驕りがちで低まりにくい。故に機の織法を定めたのである。


『結の幅 経糸 八百垂 筬 四百歯 八十垂 一算 八垂 一手 綜杭に揃え 粗筬に 撒き 筬に入れ かざり 掛け 陰陽 踏み 分けて 杼 投ぐる 筬 巡らせて 木綿・布も 絹も織るなり』

  • 『結 (ゆふ)』は「ゆふ (結う)」がそのままの形で名詞化したもの。「結ったもの」「機・織物」の意。
  • 『垂 (り)』「たり (垂り)」が縮まったもの。経糸 (たていと) の本数を数える単位。
  • 『筬 (をさ)』経糸を「押えるもの・収め束ねるもの」の意。
    【筬】をさ -広辞苑より- 
    織機の付属具。経糸の位置を整え、緯糸を織り込むのに用いる。竹の薄い小片を櫛の歯のように列ね、長方形の框に入れたもの (竹筬) であったが、今は鋼または真鍮製の扁平な針金で製したもの (金筬) を用いる。
  • 『算 (よみ)・手 (て)』機の幅を表す単位。1算=10手=80垂。
  • 『綜杭 (へぐい)』経台(へだい) の両端に多数植え付けた高さ20糎くらいの竹製又は木製の棒杭。これに経糸を引っ掛け経糸の長さを揃える。
  • 『粗筬 (あれをさ)』「大まかな押え・収め・束ね」の意。
  • 『撒く (まく)』「分ける」の意。
  • 『かざり』織機の一部で「もじり」とも言い、踏木を踏んで経糸を上下互い違いに分ける機構。これは「綜絖 (そうこう)」の「絖」の機能を指すと思われ、「へ (綜)」+「かざり (替さり)」= 「綜絖 (そうこう)」か。「へ (綜・総) 」は「へる (綜る)」の名詞形で、「へる」は 「合わす・統べる・束ねる・調える」などの意。
    【綜絖】そうこう -広辞苑より-
    織物製造の際、緯糸を通す杼道を作るために経糸を上げさせる道具。
  • 『陰陽踏み分く (めをふみわく)』2本の踏木のそれぞれを「め (陰)」と「を (陽)」と呼ぶらしい。この2本を左右の足で踏んでかざりを上下させ、経糸を上下ふた手に分けて杼を通す開口をつくる。
    【踏木】ふみぎ -広辞苑より-
    足を乗せておく木。特に、機で、緯糸を通す時に経糸を上下させ杼口を作るために足で踏む木。
  • 『杼 (かひ)』「かふ (通ふ・還ふ)」の名詞形で「行き来させるもの・巡らすもの」の意。
    【杼・梭】かひ・ひ -広辞苑より-
    織機の付属具の一。製織の際、緯糸を通す操作に用いるもの。木または金属製で舟形に造ったものの両端に、金属・皮革などをかぶせ、胴部に緯管 (よこくだ) を保持する空所があり、一側にうがった目から糸が引き出され、経糸の中をくぐらせる。さす。さい。シャットル。
  • 『木綿 (ゆふ)』本来「ゆき」という名の植物(群)があって、その皮の繊維から作った糸で織った織物を「ゆふ」と呼んだらしい。
  • 『布 (ぬの)』本来「ぬさ」という名の植物(群)があって、その皮の繊維から作った糸で織った織物を「ぬの」と呼んだらしい。
  • 機の幅は経糸800垂、筬は400歯とする。経糸80垂の幅を一算、8垂の幅を一手と言う。綜杭に掛けて経糸の長さを揃え、粗筬に分けて筬に通し、かざり (綜絖) に掛ける。踏木の陰陽を踏んで経糸を分けて杼を投げ、筬を行き来させる。こうして木綿も布も絹も織るのである。


『十算物 モノヌシ守の 常の衣ぞ 喪には固織』

  • 『十算物 (とよみもの)』10算 (経糸800垂) の幅の機でつくった衣服。機幅の大きさが着る人の身分を表す。
  • 『モノヌシ守 (ものぬしかみ)』オオモノヌシ (大物主)。モノノベを司る主。地の政 (国家行政) を司る最高長官。
  • 『常の衣 (つねのは)』つねひごろ着る衣服。
  • 『喪 (も)』「もふ (詣ふ・罷ふ)」の名詞形「もは」の簡略で、「離別」の意。
  • 『固織 (かたおり)』-広辞苑より- 織物の文を浮かさず、糸を固く締めて織ること。また、その織物。⇔浮織
  • 十算 (経糸800垂) の幅の機で作ったものがモノヌシ守の普段の衣服である。喪には十算幅の機で作った固織を着る。


『九算物 連・直ら 常の衣ぞ 喪は九の固衣』
『八算物 粗長・卑臣 常の衣ぞ 喪は八の固衣』
『七算撚り 太布は民の 常の衣ぞ 喪は六の固衣』


  • 『九算物 (こよみもの)』9算 (経糸720垂) の幅の機でつくった衣服。
  • 『連 (むらじ)』オオモノヌシを補佐する役職。「ツリ」あるいは「副モノ」とも言う。この補佐職の頂点にあるのがコトシロヌシ
  • 『直 (あたひ)』罪人の清汚を数えるモノノベ。「清汚 (さが)」の原義は「直&曲」。「が (汚)」は「罪」と同じ。「さ (清)」はその情状の酌量減軽と考えて良いと思う。清汚臣 (さがおみ)・天の目付 (あのめつけ) とも言い、罪科を査定し、ツウヂ (=国造) を経てオオモノヌシに報告する。「あたひ (直・値)」は「あたる (当たる)」の変態「あたふ (能う・適う)」の名詞形で、「匹敵・相当・適合・釣合・均衡」などの意。
  • 『固衣 (かたは)』固織 (かたおり) と同じ。
  • 『八算物 (やよみもの)』8算 (経糸640垂) の幅の機でつくった衣服。
  • 『粗長 (あれをさ)』いくつかの村を束ねた行政区画を「あれ (粗)」と言うが (村 ∈ 粗 ∈ 県)、その司を「あれをさ (粗長)」または「あれべ (粗侍)」と言う。織機の「あれをさ (粗筬)」と同様「大まかな束ね」という語意。粗長・村長・手侍 (組頭) は中央直属の役人ではなく、地元の有力者に治めを委任する、言わば契約役人。
  • 『卑臣 (べをみ)』下位の臣。下っ端役人。「ことみ (小臣)」「おと (小臣)」とも呼ぶ。
  • 『七算撚り (なよみより)』7算 (経糸560垂) の幅の機。「より (撚り)」は「おり (織り)」の変態で「織物・機」の同義語。
  • 『太布 (ふとの)』「ふとぬの」の簡略か。
    【太布】ふとぬの -広辞苑より-
    太い糸であらく織った布。また、さらしてない粗末な布。
  • 九算 (経糸720垂) の幅の機でつくったものが、連・直の普段の衣服である。喪には九算幅の機で作った固衣を着る。
    八算 (経糸640垂) の幅の機でつくったものが、粗長・卑臣の普段の衣服である。喪には八算幅の機で作った固衣を着る。
    七算 (経糸560垂) の幅の機と太布は、民の普段の衣服である。喪には六算幅の機で作った固衣を着る。


『我 常に 十二算を着る 月の数 喪は十の固衣 夏はヌサ 績みて布 織り 冬はユキ 撚りて木綿 織り 着る時は 上・下 万々の 気も安ぐ』

  • 『十二算 (そふよみ)』12算 (経糸960垂) の幅の機。
  • 『ヌサ』植物(群)の名称と思われる。
  • 『績む (うむ)』は「ゆふ (結う)」「あむ (編む)」「よる (撚る)」「おる (織る)」の変態で「合わす・交える・組む」などの意。
  • 『ユキ』植物(群)の名称と思われる。「ゆうき (結城)」に関係ありか?
  • 『上下万々 (かみしもよよ)』上下諸々。貴賤諸々。
  • 『気も安ぐ (ゐもやすぐ)』心も静まる。ここでは「驕りがちな人の意識が鎮静する」の意。「やすぐ」は「やす (痩す)」+「すく (空く)」の合成で、共に「低まる・衰える・沈む」などの意。
  • 我は普段は一年の月の数である十二算 (経糸960垂) の幅の機でつくった衣服を、喪には十算幅の機で作った固衣を着るが、夏はヌサを績んで織った布、冬はユキを撚って織った木綿である。(天君である我がこうした地味な衣服を普段着るならば) 貴賤諸々の驕りがちな心も静まらざるを得ないからである。


『飾るを見れば 賑えど 内は苦しむ その故は 木綿・布・絹を 染め飾る これ 為す人は 耕さで 暇 欠く故に 田も粗れて』 

  • 『賑わふ (にぎはふ) 』は「にぐ (熟ぐ)」+「はふ (生ふ・栄ふ・映ふ)」の合成動詞で、どちらも「高まる・勢いづく・栄える」などの意。「にぐ」は類語を見つけにくいが、「なが (長)」という名詞を作っている「なぐ」という動詞の変態。
  • 『内 (うち)』ここでは「心の内」の意。
  • 『苦しむ (くるしむ)』「くる (曲・転/暮・枯)」+「しむ」。「曲る・低まる・衰える」の意。「くる」はここでは名詞形。「しむ」は「する (為る)」の変態。
  • 『絹 (きぬ)』は「きぬ (熟ぬ)」の名詞形。「熟ぬ」は「高まる・栄える・勝る・優れる・光る」などの意。「絹」は「こね (捏ね)」「こな (熟)」「かね (金)」などの変態。
  • 『染む (そむ)』は「そふ (添う)」の変態で、「合わす・交える・付ける」などの意。
  • 『暇 (ひま)』は「ひる (放る)」の変態「ひむ」の名詞形。「ひむ」は「離れる・別れる・割ける・空く・開く」などの意。よって「ひま」は「空き・すき・割れ目・裂け目」などの意。
  • 『欠く (かく)』は「かる (離る)」と同じで「離れる・退く・除く」などの意。
  • 人々が華やかに飾るのを目にすれば栄えているように見えるが、心の内は苦しむ。なぜなら木綿・布・絹を染め飾る人は、うわべばかりで己の中身を耕さない。またうわべ飾りに忙しいがため、田も耕すことなく粗れてゆく。


『たとひ実れど 乏しくて やや人数の 糧 あれど 元力 得ぬ 稲の実は 食みても肥えず 漸くに 糧 足らざるぞ』

  • 『乏し (とぼし)』「とふ」+「し (如)」。「とふ」は「たふ (絶ふ)」の変態。「とぼし」は「絶ゆる如し」の意。
  • 『やや』ここでは「ようやく・やっと」の意。
  • 『糧 (かて)』は「かつ (交つ)」の名詞形で、「かつ」は「合わす」の意。「かて」は「(身に) 合わすもの・食い物」の意で、「くわせ (食わせ)」の変態。
  • 『元力 (もとぢから)』不詳だが「耕し肥やした土が作物に与える力」の意と推測する。「もと」は「もどる (戻る)」の原動詞「もつ」の名詞形で、「もつ」は「おつ (復つ)」の変態。「ちから」は「しけり (繁り・茂り)」「しきり (頻り)」「さかり (盛り)」などの変態で、「高まり・勢い・栄え」などの意。
  • 『稲 (いね)』は「いる (炒る)」の変態「いぬ」の名詞形。「いる・いぬ」は「高まる・勢いづく・栄える」などの意。よって「いね」は「高まり・栄え・茂り」などの意で、「よね (米)」「おね(尾根)」「うね(畝)」などの変態。
  • 『実 (み)』は「満ち・至り・中心・核・種」などの意を表す。
  • 『食む (はむ)』は「あふ (合う・和う)」「なむ (舐む)」「のむ (呑む)」などの変態で「(身に) 合わす」の意。
  • 『肥ゆ (こゆ)』は「越ゆ・超ゆ・濃ゆ」と同じ。「かむ (醸む・上む)」の変態で「高まる・栄える・熟れる・勝る」などの意。
  • 『漸くに (やふやくに)』ここでは「しだいに・徐々に」の意。
  • 『足る (たる)』は「合う・釣合う・均衡する」が原義で「(過不足無く) 治まる・調う」の意。
  • 田が粗ればたとえ実っても豊作とはならず、何とか人数分の糧をまかなえても、元力を得ていない稲の実は食べても栄養とならないため、徐々に糧は不足してゆく。


『誇る世は 陽陰の憎みに 雨風の 時も違えば 稲 痩せて 民の力も やや尽きて 弥に苦しむぞ』

  • 『誇る (ほこる)』 は「おこる (熾る・怒る)」「おごる (驕る)」の変態で、「高ぶる・勢いづく・調子に乗る」などの意。ここでは「驕る」の言い換えと考えて良い。
  • 『陽陰の憎み (あめのにくみ)』陽陰 (日月) が世を疎んじること。
  • 『雨風の時も違ふ (あめかぜのときもたがふ)』雨や風の時節が作物の育成に不適当となること。
  • 驕り高ぶる世は日月にも疎んじられて、雨風の時節も不適当なものとなるので、稲は痩せ、民の力もしだいに尽きて大いに苦しむぞ。


『飾りより 驕りになりて 鋭き謀る 果てはハタレの 地 乱れ 民 安からず 故 常に 民の気安き 木綿を着る』

  • 『鋭き謀る (ときはかる)』鋭き者は謀る。「利口な者は計略をめぐらす」の意。これをアマテルは「荒猛心 (あらたけごころ)」と呼んでいる。すなわち、環境の荒猛にうまく順応しようとすることが生む、大局を思わず目先の損得のみに心を配り、上手に立ち回ろうとする小手先の手法・態度を言う。このねじ曲った小賢しさがハタレを生むのだとアマテルは言う。『八咫鏡4』を参照。
  • 『ハタレ』は「はづれ (外れ)」の変態で「外れたさま/もの」の意。心の反りや曲がりが過ぎて、人から外れてしまった者を言う。また心の曲りが呼び寄せる悪霊に支配された人の成れの果て、これも「ハタレ」と呼ぶ。程度の重篤なハタレは「オロチ」とも呼ばれる。
  • 『気安し (ゐやすし)』「ゐ (気)」は「き (気)」と同じ。「心やすらかなる如し」の意。
  • 飾りより驕りに発展し、利口者はねじけた計略を巡らす。そのねじ曲った心は、果てはその者をハタレへと変貌させて世を乱し、民は安らかでない。それゆえ民の安寧を守るために、常日頃から (臣民の驕る心を抑える) 木綿を着るのである。


『麻子と菅の 羽二重は 民の気安く 永らえと 日に祈る衣ぞ』

  • 『麻子 (あさこ)』不詳。「麻から分かれるもの・麻から取れるもの」の意と推察している。
  • 『菅 (すが)』は「しげ (繁・茂)」の変態で、「繁茂するもの」の意。語義としては「すげ (菅)」「あし (葦)」「あさ (麻)」「ち (茅)」「かや (萱)」と同じ。
  • 『羽二重 (はぶたえ)』雌鶴の羽から作った緯糸と雄鶴の羽から作った経糸を織ったものを起源とする。後には経糸と緯糸に別種の糸を用いて織った機を言うようになったようだ。詳しくは『常陸帯』を参照。
  • 『永らふ (ながらふ)』は「長ずる・高まる・進展する・優れる」などの意で、長生きするということに限らない。
  • 麻子と菅の羽二重は、民が心安らかに永らえることを日毎に祈る衣ぞ。


『錦織は ユキ・スキ宮の 大嘗の 会の時の衣ぞ』

  • 『錦織 (にしこり)』「にしき (錦)」+「おり (織)」の音便。「にしき」とは「丹・白・黄」で、「カラフル」の意。「にしき」の類語に「かしき (赤・白・黄)」がある。
  • 『ユキ・スキ宮 (悠紀・主基宮)』大嘗会で設置されるユキ宮とスキ宮。ユキ宮に「アメノミヲヤ」と「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の天元神を祭る。スキ宮には「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」の五座の神と「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の六腑の神を祭る。
  • 『大嘗の会 (おおなめのゑ)』天皇が即位後初めて行う「新嘗会」で、即位の式典を兼ねる場合が多い。この祭は天つ日月を受け継いだことを、天地に知らせしめるという意味を持つ。
  • 錦織はユキ・スキ宮に三種の受けを告げる大嘗会の時の衣ぞ。


『綾織は 埴の社の 新嘗会に 繁き祈る衣ぞ』

  • 『綾織 (あやおり)』 タテ糸、ヨコ糸3本以上で織られ、糸が斜めに交わって模様を織出す織方。平織と比べ、風合いが柔軟でシワがよりにくく、糸の密度を増すことができる。 (出典失念)
  • 『埴の社 (はにのやしろ)』新嘗会で設けられるハニスキの祭場。そこに「田畑神」(=地の十一神) と「トの神」を祭る。これらの神々は人の地上での生活 (衣食住) を守る神。
  • 『新嘗会 (さなめゑ)』一年最初の嘗事。嘗事は「祭」と同じ。冬至の日 (陰暦の11月) に行われた。「にいなめ」「ういなめ」とも呼ばれる。
  • 『繁き祈る (すきいのる)』「すく (優く・繁く)」+「いのる (祈る)」。崇め祈る。囃し祈る。「すく」は「高める・囃す・敬う・崇める」などの意。
  • 綾織は埴の社の新嘗会で田畑神とトの神に敬い祈る衣ぞ。


『この故は 綾・錦織は 筬歯 八百 一歯に四垂り 三千二百垂 これ葦原の 統の数 棚機神と 田畑神 同じまつりの 綾・錦』

  • 『統 (とよ)』は「とゆ・とふ」の名詞形。「とゆ・とふ」は「とむ (留む)」の変態で「合わす・まとめる・治める・調える」の意。「とむ」の名詞形が「とみ (臣)」である。よって「とよ」は「とみ (臣)」の言い換え。
  • 『棚機神 (たなばたかみ)』「棚機」とは夜空に帯状に連なる「天の川」のこと。よって「棚機神」とは星となっている元明の四十九神を言うが、特に元々明九星を指す。
  • 『田畑神 (たはたかみ)』田畑は人の肉体生活に欠かせない食料を生み出してくれるものである。よって「田畑神」とは人の地上生活 (衣食住) を守る「地の十一神」の別名である。この11神には他にも「ウマシアシガイヒコチ神」「御竈のヱト守り神」「室十一神」「年のり神」「日夜見神」「干支守」「陽陰守」の別名がある。
  • 『同じまつり』「神の祭」と「地の政」はどちらも同じく「まつり」。だから地の政を執り行う臣の数の経糸で織った綾織と錦織を着て天の神を祭る。
  • この理由は、綾織と錦織は800歯の筬を使い、1歯当たり4垂の経糸を通す。だから経糸は合計3200垂となるが、これは葦原中国を治める臣の数である。天に坐す棚機神と田畑神の「祭」の御衣は、地の「政」を執り行う3200という数の経糸で織った錦織と綾織、というわけである。


『三千垂の経に 綜・かざりを 掛けて四つ六つ 踏み分くる』

  • 『綜・かざり (へかざり)』不詳だが、「綜絖 (そうこう)」を言うように思われる。「かざり」は織機の一部で「もじり」とも言い、踏木を踏んで経糸を上下互い違いに分ける機構。これは「綜絖 (そうこう)」の「絖」の機能を指すと思われ、「へ (綜)」+「かざり (替さり)」= 「綜絖 (そうこう)」か。「へ (綜・総) 」は「へる (綜る)」の名詞形で、「へる」は 「合わす・統べる・束ねる・調える」などの意。
    【綜絖】そうこう -広辞苑より-
    織物製造の際、緯糸を通す杼道を作るために経糸を上げさせる道具。
  • 『四つ六つ (よつむつ)』不明。
  • 三千垂の経糸に綜・かざりを掛けて、踏木を四つ六つ踏み分ける。


『柳紋なる 花形は 描き 真延に 当て写し ツウヂ ヨコヘに 吊り分けて 織姫 かざり 踏む時に ヨコヘに分けて ツウヂ 引く 杼 貫き投げて 筬 巡る 綾・錦織も これなるぞ 高機法の あらましぞ これ』

  • 『柳紋 (やなぎあや)』不詳。柳の枝をモチーフにした紋様か?
  • 『花形 (はながた)』映える形/模様。
  • 『真延 (まのり)』等大。等縮尺。
  • 『ツウヂ』は「ツウジ」とも表記され、推そらく「通じ (つうじ)」の意である。「つうじ」は「つうず (通ず)」の名詞形で、「つうず」は「とほす (通す)」の変態。だから「ツウヂ」は「(経を) 通す者」の意と考える。「通す」は「そらさない・外さない・貫く・至らせる」などの意。「経 (たて)」は「上から下へ流れる陽陰なる道」を表し、機の「経糸」、また「立て・掟・法」を指す。ここでは「経糸を乱さず統べて通すもの」の意で「へ (綜)」と同じ。ツウヂは「くにつこ (国造・国司)」の別称でもある。
    【通糸】つうじ゙ -出典失念-
    綜絖の経糸を通す部分と、ジャカード機の「竪針」を連結する糸。往時は麻糸が用いられたが、現今では合繊糸を使用するのが普通である。「ツウジを吊り込む」とか言う。
  • 『ヨコヘ (横綜)』織機の経糸をまとめる「ツウヂ」に添えられる綜。綾織や錦織などの高度な機を織る場合に「ツウヂ」に追加される。「へ (綜)」は「統べ調えるもの」の意。
  • 『高機法 (たかはたのり)』高度な機を織る方法。
  • 『あらまし』「あらわし (表し)」の変態。あるいは「あら (粗)」+「まし (在し)」で「大雑把なありさま」の意。
  • 「柳紋」という花形は、絵に描いて等寸大に当て写し、経糸をツウヂとヨコへに吊り分けて、織姫が踏木を踏んでかざりを上下する時に、ヨコへに分けてツウヂを引く。杼を貫き投げて筬を行き来させる。
    綾織・錦織の製法も同じであり、これが高機法のあらましである。



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ホツマツタエのおもしろ記事124『源の一滴』

2013-06-08 15:58
ホツマツタエのおもしろ記事(124)  源の一滴


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その3


『日上し所は "日高み" よりぞ 治まりし そのヤス国の 千五百村 皆 頭あり』

  • 『日上し所 (ひがしら)』「ひ (日)」+「かす (上す)」+「ら (所)」。「日の上る所」で「東」を表す。
  • 『日高み (ひたかみ)』「日の高まる所」の意。やはり「東」を表し「ひがしら (日上し所)」の同義語。ここでは固有地名の「ヒタカミ国」を指すものでは無いことを示すために「日上し所はヒタカミ」と同義語を連ねていると思われる。
  • 『治まりし (をさまりし)』「し」は連体形で、終止形は「き」。これは「しく (如く)」を起源とする。また「しく+あり (如くあり)」が「しかり (然り)」あるいは「くあり」→「けり」と変化する。「しく」は「合う・似る・匹敵する」の意。よって「き」「しかり」「けり」はいずれも「~の如くである・~に相違ない・~に違わず・~なのである・~するのである」の意となる。ここでの「治まりし」は「治まるに然り」という断定的な意となる。
  • 『ヤス国 (やすくに)』は中国の別名の一つ。「やす (安)」は「凸凹が中和して収まるさま」の意で、これは「中」「ヤマト (和)」と同義である。また「やす (弥す・養す)」には「高まる・栄える」の意もかけられている。
  • 『千五百村 (ちゐもむら)』「千五百」は葦原中国の村の総数を表す。
  • 『頭 (かうべ)』は「かふ (上ふ・高ふ)」+「へ (辺・端・方・部)」で、「上部」が原義。ここでは「(民の) 上にあるもの・上位」の意で、「臣・司・守・長」の言い換え。
  • 日は東から昇るように、ヤス国も東から治まってゆくのだが、そのヤス国の千五百の村にはそれぞれ司がいる。


『今 これを 合せて三千の 守 治む 天地 離りて 遠ければ 私 立つる』

  • 『これ』ヤス国の千五百の村。
  • 『守 (かみ)』上に言う「頭 (かうべ)」の言い換え。上位にあって下位の者を束ね収める者。
  • 『天地 (あめつち)』ここでは「中央と地方」の意。「中と端」=「上と下」の関係がある。
  • 『離る (さる)』「去る・避る」と同じ。「離れる・隔たる」の意。
  • 『遠し (とおし)』「とふ」+「し (如)」。「とふ」は「たゆ (絶ゆ)」の変態で「離れる・切れる・途絶える」などの意。
  • 『私 (わたくし)』「わた」+「くし」。「わた」は関西弁の「わて」の変態で「自己」を表す。「くし」は「かす (離す)」の変態「くす」の名詞形で、「離れる・分れる・異なる」などの意。よって「わたくし」は「他と区別される自己」「数多い同類の中での一個体」の意で、簡単にいえば「自分」である。
  • 『立つる (たつる)』は現代語では「立てる」となる。元来は「立つ (他下二)」の連体形。連体形は終止形に「~である」の意の「ある・なる」を加えたものであるため、ホツマでは終止形と連体形はあまり区別なく使われる。ここでの「立つる」は「立つなり」と同義である。また動詞の活用も後代ほど固定しておらず、同じ一つの動詞でもさまざまな活用が見られる。
  • 今、この千五百村を合計三千人の守が治めている。君のいる中央官庁と地方の官庁とでは地理的に離れ、また意識的にも隔絶しているので、どうしても自我を立てようとする者が出てくる。


『この故に モノノベ 四方に 遣わして 天マスヒトと 副 二人 清汚を数える 道 立てて 汚の三百六十位 天の満ち 及べば殺す 道はこれ』

  • 『モノノベ (物部)「もの」は「もり (守)」の変態で、「(君に) 添い仕える者・侍る者」、同時に「(民を) 治める/調える/保つ/見張る/世話する者」の意。「べ」は、ここでは「辺・端・方・部」の意で、「区分・区画・セクション」を表す。
    よって「モノノベ (守の部)」は「君に仕えて民を治める者」の総称で「臣・守・司」と同義、今で言えば「役人・公務員」に当たる。モノノベを司る最高長官が「オオモノヌシ (大物主)」である。しかし「臣・守・司」の場合には、地方役人や粗長・村長なども含むのに対し、モノノベは狭義には中央に直属する官吏、いわば国家公務員を指すように思われる。
  • 『天マスヒト (あめますひと)』「あめ (天)」は「中央政府」の意。 「ます」は「合わす・和す・収める」の意で、この名詞形が「ます (枡)」。「ますひと」の語義は「治める人」で、「かみ・もり (守)」「とみ (臣)」「をさ (長)」「つかさ (司)」などと同義であるが、特に天 (中央) から派遣されて地方の国を治める国守を言い、「つうぢ・つうじ」「くにつこ (国造・国司)」とも呼ばれる。二人の副のマスヒトが付く。
  • 『清汚 (さが)』原義は「直ぐ&曲り」。「が (汚)」は「罪」と同じ。「さ (清)」はその情状の酌量減軽と考えて良いと思う。
  • 『汚の三百六十位 (がのみもむそゐ)』罪科の360座。「ゐ (位)」は「くら (座)」と同じで度数の単位。アマテルは天の運行の360度を基本に四分割 (90度) して罪に対する処罰を定めた。犯した罪の合計が90座を超えると「処を去る」。180座を超えると「さすらう」。270座を超えると「交わり去る」。360座を超えると「命去る」。
  • 『天の満ち (あめのみち)』天体が360度回転すると原点に戻るという意味。これに倣って人も360度で原点 (あの世) に還すということ。
  • この故に天マスヒトと副二人の中央官吏を地方に派遣し、清汚を数える道を立てる。犯した罪の合計が、天が原点に戻る360度に及べば殺すという制度がこれである。


『もし誤りて 殺さるも 敵を捕れば 緒を解くと 普く民に 触るるなり』

  • 『敵 (かたき)』は「かたく」の名詞形。「かたく」は「かつ (交つ)」から派生した動詞で「合う・当たる・相当する・釣合う・対する」などの意。よって「かたき」は「匹敵/相当/対応/敵対するもの」の意で、「あだ (仇)」「てき (敵・適)」「まと (的)」などと同義。ここでは「(真犯人に) 相当する者」の意。
  • 『緒を解く (をおとく)』魂の緒を解く。人は死ぬと魂と魄の結合が解けて分離し、魂はムナモト (陽の核=日) へ、魄はミナモト (陰の核=月) へ還るのであるが、納得の行かない早死をした場合などには、魂の緒が乱れて魂と魄の結合が解けず、故にムナモト・ミナモトに戻れず浮遊・徘徊する場合がある。 こうした場合、人としての行き来の道 (転生プロセス) から逸脱してしまうので、次の転生では人以外の生き物に生まれる恐れがあるという。「緒を解く」というのは「魂返し」などの方法により乱れた魂の緒を解いて、迷える魂と魄をムナモトとミナモトに返すことを言う。
    詳しくは『魂魄と魂の緒』を参照。
  • 『遍く (あまねく)』形容詞「あまねし (遍し)」の連用形。「あまね」+「し (如)」。「あまね」は「あまぬ」の名詞形。「あまぬ」は「あまる (余る)」「あふる (溢る)」などの変態で、「満ちる・至る」などの意。よって「あまねし」は「満ち至る如し・行き届く如し・漏れ無き如し」などの意。
  • 『触るる (ふるる)』は「ふる (触る)」の連体形で、現代語では「触れる」となる。「ふる」は「合わす・付ける・告ぐ・伝える」などの意。
  • 万一無実の罪で処刑された場合でも、真犯人を捕えた時には処刑された者の魂の緒を解く (再び人として生まれて来れるようにする) と、あまねく民に触れを出してある。

     (冤罪による処刑の補償が「緒を解く」ということは、地上での一回の人生がどうのこうのよりも、人としての転生サイクルを継続することを重視していることがわかる。霊が人として生まれて来るそもそもの理由を考えれば当然だといえる。)


『サホコの国の マスヒトが 道を乱れば これを召す 糺せば殺す 罪なるを 清を得て逃る またの汚に 遂に天より 潰せらる』

  • 『サホコの国のマスヒト』サホコチタル国のマスヒト。ここでは「シラヒト」と「コクミ」を指す。
  • 『乱る (みだる)』現代語では「みだす (乱す)」となり、「(調和・秩序を) 曲げる・ねじく」の意。「みだる」は自動詞・他動詞どちらにも使われる
  • 『糺す (ただす)』は「直にする」「(曲りを) 直ぐにする」が原義で、ここでは「複雑に込み入った状態を整理して明白にする」の意。
  • 『清 (さ)』ここではアメオシヒクラコ姫の結婚の祝による恩赦を言う。
  • 『またの汚 (またのが)』再びの曲り。再度の犯罪。
  • 『天 (あめ)』ここでは「中央政府・御上・官・公」の意。
  • 『潰せらる (つみせらる)』「つみす」+「らる (受身の助動詞)」。「つみす」は「つぶす (潰す)」の変態で、「低める・衰えさす・果てさす・終わらす」などの意。辞書には「罪す」とある。
  • サホコチタル国のマスヒトが調和の道を乱せばこれを召喚する。詮議すれば死罪となるところを、恩赦を得てこれを免れる。しかし再度の罪に、遂には中央政府により命を絶たれる。

この事件については『大祓詞』『局の怨念』『ヤマタノオロチ』『八雲たつ』を参照。



『故 汚起りを 容易くに 許せば民も 皆 驕る これよりハタレ 現るる』

  • 『汚起り (がおこり)』曲りの起り。罪の発生。
  • 『容易し (たやすし)』「たゆ (弛ゆ)」+「やす (痩す)」+「し (如)」の合成。「たゆ」は「たる (垂る)」の変態。「たゆ」「やす」どちらも「低まる・衰える・緩む」の意で、「たやすし」は「緩まる如し」の意。
  • 『許す (ゆるす)』「ゆる (緩る)」+「す (為る)」で、「緩める・和らげる」「放す・開放する」などの意。
  • 『民 (たみ)』は多義であるが、その一つは「たむ (治む)」の名詞形で、「治める対象となる者」「被統治者」の意。
  • 『驕る (おごる)』は「おこる (熾る・怒る)」「ほこる (誇る)」の変態で「高ぶる・勢いづく・調子に乗る」などの意。
  • 『ハタレ』は「はづれ (外れ)」の変態で「外れたさま/もの」の意。心の反りや曲がりが過ぎて、人から外れてしまった者を言う。また心の曲りが呼び寄せる悪霊にそそのかされた人の成れの果て、これも「ハタレ」と呼ぶ。程度の重篤なハタレは「オロチ」とも呼ばれる。
  • したがって曲りの発生を簡単に許してしまえば、民もみな驕る。驕りからハタレが生まれるのである。


『例えば川の 源の 一滴より 流れ 増し 野田に溢るる 人もこれ 一人 許せば 万 群れて その道 悖る 差し置けば ついには四方の 乱れなす』

  • 『その道 (そのみち)』治めの道。調和の道。「みち」は「みつ (見つ・充つ)」の名詞形で、「みつ」は「合わす・沿う・乗る・則る」などの意。よって「みち」は「合わせ・乗り・則・法」「仕組み・構成・システム・制度」のなど意。
  • 『悖る (もとる)』 は「もつる (縺る)」「もぢる (捩る)」「みだる (乱る)」「まどふ (惑う)」などの変態で、「直ぐでなくなる・それる・外れる・曲る・ねじける」などの意。
  • 『差し置く (さしおく)』「さ (然)」+「し (為)」+「おく (置く)」で「そうして置く」の意。
  • 『つい (遂・終・費・弊・潰)』は「つむ (詰む)」の変態「つふ」の名詞形で、「行き尽く所・果て・至り・終わり」などの意。
  • 例えば源のたった一滴から川の流れは生まれるが、流れが増せばしまいには溢れて野や田を覆い尽くす。人も同じく、たった一人の反り曲りを許せば、万人がそこに群れ寄って調和の道から外れる。それを放置すればついには四方の乱れを誘発する。


『これ 源を 直さねば 大水 成して 防がれず これ 知らずんば 治まらぬなり』

  • 『直す (ただす)』は「(曲りを) まっすぐにする・直す」の意で「正す」と同じ。ここでは「なおす・治める・調える」の意。
  • 『防ぐ (ふせぐ)』は「ふす (付す)」+「せく (塞く・堰く)」の合成動詞。どちらも「合わす・狭める・閉じる」などの意。「ふさぐ (塞ぐ)」の変態。
  • 『知らずんば (しらずんば)』は「知らずば」の音便。「知らざらば」「知らねば」と同じ。
  • すなわち源を治めねば大水を成して防ぐこと叶わず。これを知らずしては人の世も治まらぬのである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html





ホツマツタエのおもしろ記事123『和の道』

2013-06-07 15:37
ホツマツタエのおもしろ記事(123)  和の道


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その2


『我はトの道に 治む故 "オミ" も "トミ" なり その故は 元々明の ミヲヤ神 坐す裏には 北の星』

  • 『トの道 (とのち)』「調えの道・調和の道」ということだが、 日本語の48音はそれぞれが神の発現であるため、「ト」の音やそれを表現するタミメヲシデ・文字には「トの神」のエネルギーが現れる。このエネルギーを言霊という。 (詳しくは『ふとまに』を参照)
    したがって「トの道」という場合、これは「トの神のエネルギーが支配的な道」ということであり、それがすなわち「とのえ」の精神であり、「和合・整合・調和」の精神ということである。

                  フトマニ図3             
             
  • 『オミもトミなり』それゆえ民に「調の教え (のをしゑ)」を施すを 「オミ (臣)」ではなく「トミ (臣・調身)」と呼ぶのである。
  • 『元々明 (もともとあけ)』根源神アメノミヲヤ (上図の中心にあるアウワの神) と、これから分れた陽陰48神を合せて「元明 (もとあけ)」と呼ぶが、アメノミヲヤと「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の天元神の合せて9神を「元明の元」という意味で「元々明」と言う。また「アメトコタチ (天常立神)」とも「こほし (九星)」とも呼ぶ。
  • 『ミヲヤ神 (みをやかみ)』根源神のアメノミヲヤ (陽陰の上祖) を言う。
  • 『裏 (うら)』は、ここでは「陰の側」の意で「物質世界の側」を言う。 物質世界 (この世) は、非物質世界 (あの世) の影という風に捉えているようである。だからアメノミヲヤのエネルギーの影 (3次元的投影) が物質世界においては北の星となって現れているということである。
  • 『北の星 (きたのほし)』北極星を指す。したがって根源神アメノミヲヤ (アウワの神) の座所は天空の北極星の位置に当たるというわけである。このことが日本における北辰妙見信仰の素地となっていると推察できる。アメノミヲヤの霊の一部が初の人間として地上に顕現したのが「天御中主」である。
  • 我は「トの神」の「調の道」に世を治めるため、民に「調の教え」を施す身を 「オミ (臣)」ではなく「トミ (臣・調身)」と呼ぶのである。
    調の道に治む理由は、元々明のアメノミヲヤの座所にはその3次元的投影として北の星が見えるが ・・・


『今 この上は 密む廻の トの神 坐す その裏が 中柱 立つ 地の道』

  • 『この上 (このうえ)』上図の中心「アウワ」の上。(北極星の天頂寄り)。
  • 『密む廻 (みそむめ)』「みそむ」+「め (回・廻・巡・周)」。「みそむ」は「むすぶ (結ぶ)」「むつむ (睦む)」などの変態で、「みす (見す・密す)」+「そむ (染む)」の合成動詞。「そむ」は「そふ (添う・沿う)」の変態。どちらも「合う・寄る・添う(沿う)・近づく」などの意。「め」は「めぐり・まわり・周辺」などの意。よって「みそむめ」は「直ぐそば・隣接する周囲」などの意。
  • 『トの神 (とのかみ)』天元神の一人。天元の8神はアメノミヲヤが最初に分け生んだ神霊で、ミヲヤ (北極星) を囲む位置にエネルギー(神霊) として存在しているわけであるが、地球が創造された後、ミナカヌシに次いでおのおの地球に降誕している。この9人が元祖のクニトコタチである。「トの神」は「ヱの神」の弟として日本に降誕している。世に在った時は「ヱの尊」「トの尊」と呼ばれ、ヱ尊が天君として近江を都として統べ、ト尊は富士山麓の地を開発して治める。その後この兄弟はかわるがわるに日本を統べたといい、このことが「ヱト (干支・兄弟)」の起源となっている。
  • 『中柱 (なかはしら)』この中柱は「天地届く実柱 (あめつちとどくみはしら)」また「中串 (なかくし)」と呼ばれる目には見えない柱で、天と地を連絡している。この柱の中には「九の輪 (ここのわ)」と呼ばれる9本の管があり、それぞれの管はアメノミヲヤと天元の8神のエネルギーを地 (物質界) に送っている。
  • 『地の道 (くにのみち)』「みち」は「みつ (見つ・充つ)」の名詞形で、「みつ」は「合わす・沿う・乗る・則る」などの意。よって「みち」は「合わせ・乗り・則・法」「仕組み・構成・システム」のなど意。「地の道」は「下界の仕組み・物質界のシステム」などの意。
  • さらにその (アメノミヲヤが座す北の星の位置の) 上には、隣接して「トの神」が座す。トの神のエネルギーを「天地届く実柱」が中継し、その3次元的投影として現出するのが物質界のシステムである。

※この記述では、唯一「トの神」のエネルギーが地の道 (物質界のシステム) を現出しているかに読めるが、実際は他の天元神 (ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ) との協働によってなされていると考えられる。ここでは特に日本と関係の深い「トの神」と「調の道」をクローズアップして説いているのだろう。



『天より恵む トの神と 胸に応えて 守る故 人の中子に 合い求め 一つに致す 調の教え 長く治まる 宝なり』

  • 『天 (あめ)』は、ここでは「天界・霊界・非物質界」の意。
  • 『胸に応ふ (むねにこたふ)』「むね」は、ここでは「中心・中子」の意。「こたふ」は「反応する・対応する」などの意。「胸に応ふ」で「感応する・共感する・共鳴する・同調する」などの意。
  • 『守る (まもる)』は「はべる(侍る)」の変態で「合わす」が原義。ここでは「覆う・包む」などの意。
  • 『中子 (なかご)』は「端っこ」の反対語。「中身・奥・心・核」などの意で「こころ」の同義語。
  • 『合い求む (あいもとむ)』「あひ (合ふ)」+「もとむ (求む)」の複合動詞。どちらも「合う・寄る・近づく」などの意。
  • 『致す (いたす)』は「いつ (斎つ)」+「たす (達す)」の合成語。どちらも「高まる/高める・優れる/優らす・至る/至らす」などの意。
  • 『調の教え (とのをしえ)』調和の重要性・恵みを人民に教えること。
  • 天界から恵む「トの神」の調和エネルギーと、(調を教えることによって人に芽生える調和の精神が) 共鳴・同調して地に覆う故、天からの調和エネルギーはしだいに人の中子に引き寄せられ、天と地の調和のエネルギーが一体となって相乗効果をもたらす。人の心に調和の精神を生む「調の教え」、長く治まる宝なり。


『天地の日月を 受くる日の 三つの宝の その一つ 陽陰なる文の 道奥ぞ これ』

  • 『天地の日月 (あめのひつき)』「キ・ミ (君)」を、天空を廻って天が下を上下・貴賤の隔てなく和し恵む「日と月」と同一視したもので、天君たる位・皇位を表す。これは言い方を代えれば「天地照らす君 (あまてらすきみ)」となる。「天地つ日月」は、ホツマにおいては極めて重要な概念だが、後に「天つ日嗣 (あまつひつぎ)」と誤解されてしまう。
  • 『三つの宝 (みつのたから)』三種の神宝
  • 『陽陰なる文 (あめなるふみ)』陽陰なる道」を説く書。「御機の留の御文」「御機織留」「御機の文」「橘の文」「上祖百編」とも呼ばれている。三種の神宝の内でも、先代の天君から新天君に直接手渡される最も重要なものと考えられるが、その内容についてホツマに現れるのは上述の記事のみである。景行天皇がヤマトタケの遺言にしたがって、オオタタネコとオオカシマに「ホツマ伝え」と「ミカサ文」の編纂を命じた時、天皇自らも「橘御機」を編纂したと書かれており、もしこれが現存していれば「陽陰なる文」の内容が多く記載されているのではないかと思っている。
  • 『道奥 (みちのく)』「みつ (満つ)」+「のく (熟く)」の名詞形で、「満ちて熟したさま・至り・真髄・精髄・核心・奥義」などの意。
  • これは皇位を受ける日に賜る三種宝の一つ「陽陰なる文」の奥義である。


『また矛も 宝の故は 調の道に 地 治むれど その中に 横転く者は 己が実に 合わねば道を 逆に行く』

  • 『矛も宝 (ほこもたから)』この章の冒頭で大物主クシヒコがその謂れを尋ねた「斬るも宝」の言い換え。
  • 『横転く者 (よこきくもの)』 「よく (避く)」+「きく (離く・転く)」の複合動詞。どちらも「それる・外れる・曲る」の意。「きく」は「よこぎる」や「ハンドルを左にきる」などの「きる」と同義の類語。
  • 『己が実 (おのがみ)』自分の心。「実 (み)」は「さね (実・核)・真実・心・本質」などの意。
  • また「矛も宝」の理由は、調和の道に地を治めても、中にはそれて外れる者が必ずいるもので、彼らは自分の気に沿わなければ道を逆に行く。


『一人 悖れば 伴を増し 群れ集りて 蟠り 道 妨げば 召し捕りて 正し明かして 罪を失つ』

  • 『悖る (もとる)』 は「もつる (縺る)」「もぢる (捩る)」「みだる (乱る)」「まどふ (惑う)」などの変態で、「直ぐでなくなる・それる・外れる・曲る・ねじける」などの意。
  • 『伴 (とも)』は「とむ (留む)」の名詞形で、「とむ」は「そふ (添う)」「つる (連る)」などの変態。いずれも「合う・寄る・付く」などの意。「共・友・朋・侶・供」も皆同じ。
  • 『蟠る (わだかまる)』は「わつ」+「かまる」の複合動詞。「わつ」は「曲る・回る」の意で、この名詞形が「わだ (曲)」。「かまる」は「かむ (交む・噛む)」から派生した語で「からむ・もつれる」などの意。多くのヘビが一つに絡み合っているイメージ。
  • 『正し明かす (ただしあかす)』「ただす (正す・直す)」+「あかす (明かす)」。「ただす」は「(曲りを) 直にする・直す」の意。「あかす」は「あぐ (上ぐ)」+「かす (上す・活す)」の合成動詞で、どちらも「高める・優れさせる」などの意。「正し明かす」で「直し高める」の意。
  • 『罪 (つみ)』は「つひ (費・弊・潰・墜)」の変態。「低まり・曲り・劣り・衰え・落ち度・あやまち」などの意。
  • 『失つ (うつ)』「うつ」は非常に多くの意味を持つ動詞であるが、ここでは「うす (失す)」の変態で「離す・放つ・除く・消す」などの意。
  • 一人が曲がれば同類の仲間を増やし、群れ集まってはねじれてもつれる。もし彼らが調和の道を妨げるようなら召し捕って、直し高めて曲りを除く。


『治むる道の 乱れ糸 切りほころばす 器物 陽陰の教えに 逆らえば 身に受く天の 逆矛ぞ』

  • 『治むる道 (をさむるみち)』 地を治める道、すなわち調和の道。
  • 『乱れ糸 (みだれいと)』機を織り上げるに妨げとなる曲がりからまる糸。調和の道の妨げとなる曲った人間の比喩。
  • 『ほころばす (綻ばす)』「ほく (解く)」+「ころぶ (転ぶ)」+「す (為・使役)」の合成動詞。この「ほこ」が「矛」の語源だという。
  • 『器物 (うつわもの)』元来は「形 (体積・大きさ) を持って世に現れたもの・物質・物体」の意。「入れ物・容器」の意と「道具」の意味に使われる場合が多い。ここでは「矛」を指している。
  • 『陽陰の教え(あめのをしえ)』=陽陰なる道。アメノミヲヤが定めたこの世とあの世を貫く根本法則で、陽陰の両極端の和合による中和・調和の道を言い、結局のところ「調の道 (とのち)」と同義。
  • 『天の逆矛 (あまのさかほこ)』中央政府の警察力。「あめ (天)」は、ここでは「中央・中央政府・都」などの意。「逆矛 (さかほこ)」は「法にらう者をほころばすもの」の意。
  • 地を治むる調和の道を乱す曲り糸を切りほころばす道具、これが矛である。陽陰の道に逆らえば我が身に受ける天の逆矛ぞ。


『地 乱るれば 田も粗れて 瑞穂 上らず 貧しきを 罪人 斬りて 耕せば 瑞穂の成りて 民 豊か』

  • 『地 (くに)』ここでは「世」と同じ。
  • 『田 (た)』は「たつ (立つ) 」の名詞形の簡略で、「高める所・栄す所・育てる所」の意。
  • 『粗る (ある)』は「おる (下る)」の変態で「低まる・劣る・衰える」の意。辞書には「荒る」とあるが、こちらは本来「高まる・勢いづく・盛る」の意で、その結果として他のものを「壊し衰えさせる」ということで、少し意味が違う。
  • 『瑞穂 (みづほ)』は「みずみずしい稲穂」という意ではなく「みつふ」の名詞形。「みつふ」は「みつ (満つ)」+「つふ」の合成語で、「つふ」は「とふ (跳ぶ)」「とむ (富む)」などの変態。いずれも「高まる・熟す・実る・至る」などの意。よって「みづほ」は「実り・成果・収穫」の意。
  • 『貧し (まづし)』は「まづ」+「し (如)」。現代語では「まずい (不味い・拙い)」となり、「低まる如し・劣る如し・衰える如し」の意。また「まつ」は「みぢめ (惨め)」の「みぢ」の変態。
  • 『罪人 (つみびと)』曲がり堕ちてしまった人。曲者。曲人。
  • 『耕す (たがやす)』「たく (焚く・長く)」+「やす (弥す・養す・熟す)」の複合動詞。どちらも「高める・勢い付ける・栄す・優らす」などの意。
  • 『豊か (ゆたか)』「ゆつ (茹づ)」+「か (如)」。「ゆづ」は「ゆでる (茹でる)」の原動詞で「高まる・栄える・優れる」などの意。「か」は「しく (如く)」の名詞形「しか (然)」の簡略で「け」とも訛り、「~の如き」の意。「あったか (暖か)」の変態。
  • 調和なき乱世となれば田も粗れ、収穫も上がらず貧しいのを、曲者を斬って耕せば、成果が現れて民は豊かとなる。


『力・大年 捧ぐれば 八方の賑わひ 田から出る 故に宝ぞ 逆矛も 失ち治む故 宝なり』

  • 『力 (ちから)』は「しけり (繁り・茂り)」「しきり (頻り)」「さかり (盛り)」などの変態で、「高まり・勢い・栄え・満ち」また「成熟・実り・成果」などの意。
  • 『大年 (おほとし)』は「おふ (生ふ・栄ふ・老ふ)」+「とす (突す・達す)」の名詞形。どちらも「高まる・栄える・満ちる・至る」などの意。「大年」は「実り・成果・収穫」の意で「力」の同義語。
  • 『捧ぐ (ささぐ)』は「さす (差す)」+「さく (咲く・栄く)」の合成動詞で、どちらも「高める・上げる」の意。「さす」は「傘をさす」「かざす (翳す)」のそれ。ここでは「上納する・献上する」の意ではなく、成果・収穫を「高める・向上させる」の意。
  • 『八方 (やも)』東西南北の4方位を「よも (四方)」というが、それを2分割して8方位としたもの。日本人が「八」という数を好むのは、漢字ベースの「末広がり」の意からではなく、中心のアメノミヲヤを囲む「八柱の天元神」が起源と考える。「やも」の意味は「よも」と変わらず「あらゆる方向・場所」の意。
  • 『賑わひ (にぎわひ)』は「にぎわふ (賑わう)」の名詞形。「にぎわふ」は「にぐ (熟ぐ)」+「はふ (生ふ・栄ふ・映ふ)」の合成動詞で、どちらも「高まる・勢いづく・栄える」などの意。「にぐ」は類語を見つけにくいが、「なが (長)」という名詞を作っている「なぐ」という動詞の変態。よって「にぎわひ」は「高まり・勢い・栄え」の意。
  • 『宝 (たから)』は「たかみ (高み)」の変態で「高きもの・優れ勝るもの・栄え・貴重物」の意。ここでは「田から出る」としゃれている。
  • 成果・収穫を高めれば八方の賑わいは田から生まれる。故に「矛も宝」ぞ。
    逆矛も曲者を除くことで世を治めるが故に宝である。


『イサナミ 曰く ”誤たば 日々に千頭 殺すべし” イサナギ 曰く ”麗はしや 千五百の頭 生まん” とて』

この部分は二神の「黄泉辺境 (よもつひらさか)」における「言立ち (ことたち)」をアマテルの言葉で表したもの。ホツマツタヱの5章「ワカの枕詞の文」での原文は次のようになっている。
イサナミ: 『麗わしや かく為さざらば 千頭を 日々に縊らん』
イサナギ: 『麗わしや 我 その千五百 生みて誤ち無き事を守る』

  • 『誤つ (あやまつ)』は「あゆ (零ゆ)」+「まつ (曲つ/拙つ)」の複合動詞。「曲る・それる・外れる」結果「下る・低まる・劣る・衰える」の意。
  • 『千頭 (ちかふべ)』千人の頭。「かふべ (頭)」は、ここでは「(民の) 上にあるもの・上位」の意で「臣・司・守・長」の言い換え。よって「千頭」は「千人の臣」の意。
  • 『麗し(うるはし)』は「うるふ (潤う)」+「し (如)」。「(心が) 潤う如し」の意。「うるふ」は「うる (熟る)」から派生した動詞で「高まる・栄える・優れる・満ちる」などの意。要は「素晴らしい・よろしい・結構」ということ。
  • イザナミ曰く「もし調を教える身の臣が反れ曲ったならば、たとえ日々千人でもこれを殺すべし。」 イザナギ曰く「その通り。そうなっても困らぬよう、日々千五百人の直ぐな臣を生み育てよう。」

    ここでイザナミは曲りを排除する「逆矛」を象徴し、これが「隈の神 (くまのかみ)」と呼ばれる理由の一つである。一方イザナギは「調の教え」を象徴し、これが「治汚の神 (たがのかみ)」と呼ばれる理由である。


『生みて教える 調の道を 受けて治むる 千五百村 調の道 徹り 大年の 瑞穂 得るなり』

  • 『千五百村 (ちゐもむら)』「千五百」は葦原中国の村の総数を表す。
  • この宣言通りにイザナギは調の道を教えて臣を生み育てる。そして調の道を受けた臣たちが治める葦原中国の千五百の村にも調の道が浸透し、実りの収穫を得たのである。
    (これをもって葦原の中国は「ヤマトの国 (和の国)」となる。)



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html     
     :http://gejirin.com/hotuma05.html





ホツマツタエのおもしろ記事122『ヤマトの意味』

2013-06-05 16:57
ホツマツタエのおもしろ記事(122)  ヤマトの意味


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その1



日本の古き国名「ヤマト」はどうして「和・大和・倭」などと書くのだろうか?
またその「ヤマト」がなにゆえ「日本」となったのか?
ホツマはこの章でそれを説明する。



天地も 内外も清く 徹る時 三千モノノベ等 領居州に 剣 拝みて 
モノヌシが「斬るも宝」が 故を請ふ 
時に天地照る 御言宣


  • 『天地 (あめつち)』ここでは「上と下」の意で、「あの世とこの世」「神と人」「貴と賎」などを総合して表す。
  • 『内外 (うちと)』「中と端」の意で「中心と周辺」「中央と地方」などを総合して表す。「天地」とほとんど同義と考えて良い。「天地内外」で「すべて・万物万象・全宇宙」を意味する。
  • 『清し (きよし)』は「きわむ (極む)」の原動詞「きゆ」が形容詞となったもので、「優れ極まるさま」を表す。
  • 『徹る (とほる)』は「達する・至る・極まる・完了する」の意。「通る・透る」も同じ。
  • 『天地も内外も清く徹る時 (あめつちもうちともきよくとほるとき)』
    「万物万象が優れて調和する時」の意で、その調和を実現する「天地つ日月の君」 (特にアマテル) を称える冒頭の決まり文句。
    類似の表現として『天地の平けし時に』ホ序 『天地も内外も清に徹る時』ホ14文 『天地も和けき時に』ホ15文『天地も内外も清く平る時に』ホ17文 などがある。
  • 『三千モノノベ (みちもののべ)』葦原中国の千五百の村を治める三千人のモノノベ。「もののべ」は「君に仕え、民を治める者」の総称で、「臣・守・司」の別名。「三千」は、臣の数を表す場合のお決まりの数。「みちとみひこ (三千臣彦)」「みちひこ (三千彦)」「みちつかさ (三千司)」「みちのかみ (三千の守)」などとも言う。
  • 『領居州 (しらゐし)』「しる (領る)」+「ゐす (居す)」の名詞形で、「領らす所・政所・政庁」の意。「しらす (領州・白洲)」「しらには (領庭・白庭)」などとも言う。おそらく語呂合わせから白石が敷かれたものと思われる。江戸町奉行所の法廷を「おしらす」と言うが、それと同じ。ここではアマテルのイサワ宮を指す。
  • 『剣 (つるぎ)』三種宝の一の「八重垣の剣 (やゑがきのつるぎ)」を指す。ホツマツタヱ17章では三種宝の「ヤタ鏡」の意味を説明しているのに対し、この23章では「八重垣の剣」の意味を説明するのである。
  • 『拝む (おがむ)』は「おく (置く/熾く)」から派生した動詞で「合わす」と「高める」が原義。「(目に) 合わす」という意と「敬う・尊ぶ」という意に分かれるが、通常は融合して「尊び見る」の意に使う。
  • 『モノヌシ (物主)』ここでは2代オオモノヌシのクシヒコを指す。オオモノヌシについては こちら を参照。クシヒコはアマテルの娘のタケコと甥のオホナムチの子であるから、アマテルの孫に当たる。
  • 『故 (ゆえ)』は「ゆふ (言う)」の名詞形で、「いゐ (謂)」「い (謂・意)」「あや (文・綾)」「ゆえん (所以)」「いわれ (謂れ)」などの変態。
  • 『天地照る御言宣 (あまてるみことのり)』「天も地も照らして恵む御言宣」の意。要は「素晴らしい・ありがたいお言葉」という意味で、「豊御言宣 (とよみことのり)」などとも言う。
  • 上も下も中も端も、すべてが優れて調和する時に、葦原中国を治める三千人のモノノベがイサワの宮に呼ばれて八重垣の剣の拝観を許された際、大物主のクシヒコが「斬るも宝」の理由を尋ねる。時に天地を照らし恵む御言宣。


『剣の元は 天の矛 クニトコタチの 代にはまだ 矛 無き故は 素直にて 法を守れば 矛 要らず』

  • 『天の矛 (あめのほこ)』 中央政府の警察力。「あめ (天)」は、ここでは「中央・中央政府・都」などの意。「天」の原義は「上・高」である。なぜそれが「中央」の意になるかというと、中心にある「東京駅」を発する電車が全部「下り」なのと同じ理由である。「ほこ」は「ほく」の名詞形で、「ほく」から「ほぐす (解す)」が派生する。「ほこ (矛)」は「離すもの・分けるもの・切るもの」の意。
  • 『クニトコタチの代』クニトコタチ (国常立尊) の時代。ウヒヂニ/スヒヂニより前の、世にまだ男女の区別が無かった独り神の時代。=トコヨ (常世)。
  • 『素直 (すなほ)』優れて直ぐなさま。「すぐ (直ぐ/優ぐ)」+「なほ (直)」の合成語と考えて良い。「なほ」は「なふ (和ふ・綯う)」の名詞形で、「曲り/偏り/逸脱の無いさま・調和するさま」の意。
    ここでは男女の区別が無かったクニトコタチの時代には、人間に陽陰 (男女) の属性の偏りが無かったことを言っていると思われる。詳しくは こちら を参照。さらに興味のある方は こちら を。
  • 『法 (のり)』人が「乗るべきもの・則るべきもの」「則・典・範」で、ここでは自律的なものを言い、強制力を伴う「定め・きまり・法律・禁」という意味ではない。
  • 剣の元は中央政府の警察力である。クニトコタチの時代にはまだ矛が無かった理由は、人の陽陰属性が偏り無く調和していたので自律的に範を守り、世の秩序を維持するのに警察力は必要なかったのである。


『心 行き清く 上の代は マス万年の 寿も ウヒヂニの代は 厳かに 飾る心の 寿も 百万年ぞ』

  • 『心 (こころ)』は「かくれ (隠れ)」の変態で、「中/奥に隠れるもの・内容・中核・本質」などの意。
  • 『行き清く (ゆきすく)』「ゆく (行く・活く・熟く)」+「すく (清ぐ・優ぐ・繁ぐ)」。どちらも「高まる・栄える・優れる・至る」などの意。
  • 『上の代 (かみのよ)』逆上る時代。上代。「かみ (上)」は「上流・源流」の意。「神代 (かみよ)」は本来こちらの意。具体的にはクニトコタチの代 (トコヨ) を指す。
  • 『マス万年 (ますよろとし)』「マス」は数の単位で「十万」を表す。「ハカリ」とも言う。したがって「マス万年」は、100,000✕10,000=10億年 という計算になるが、ホツマはミナカヌシに始まる人類の歴史が3,000万年程度と伝えているわけであるから、この数字は困る。よってここでの「マス」は「やお (八百)」と同じく、大きな数を表わす場合の慣用表現と考えたい。
  • 『寿 (ことぶき)』は「ことぶく (寿く)」の名詞形。「ことぶく」は、「こつ」+「ふく (吹く・噴く)」の複合動詞。「こつ」は「かつ (勝つ)」や「こす (超す)」の変態で、「こつ」「ふく」ともに「高まる・熟れる・至る・満ちる」などの意。よって「ことぶき」は「成熟・至り・完成」などの意。ここでは「寿命」を表す。
  • 『ウヒヂニ (泥土煮尊)』トヨクンヌの世嗣御子。陰陽両性だったクニトコタチの時代が終わった後、初めて男性として生まれて来る。女性として生まれたスヒヂニ (沙土煮尊) と結ばれ、初めて夫婦の君となる。
  • 『厳か (おごそか)』「おこす (熾す)」+「か (如)」。「おこす」は「高める・勢いづける・栄す」などの意で、「おごる (驕る)」の他動詞形。「か」は「しく (如く)」の名詞形「しか (然)」の約。
  • 『飾る (かざる)』は「かす (交す/上す)」から派生した動詞で「合わす・加える・調える・繕う」また「高める・増強する・にぎわす」などの意。「かさむ (嵩む)」の変態。
  • 人の心が優れ至っていた (陽陰が調和していた) 上代においては幾千万年の寿命も、ウヒヂニの代には厳かに我が身を飾ろうとする虚栄の心が芽生え、寿命も百万年程度となった。


『オモタルの民 鋭き 過ぐれ 物 奪ふ これに斧 以て 斬り治む』

  • 『オモタル (面足尊)』ツノクヰ・イククイの後を受けて、妻のカシコネ (惶根尊) と共に6代目の天つ君となる。近江の安曇を都とし、その治めは東はヒタカミから、西は筑紫、南は阿波・紀州、北は根国・サホコチタルまでと、ほぼ日本全土に及ぶものの、世嗣に恵まれることなく次第に世は乱れていく。
  • 『鋭き過ぐる (ときすぐる)』「とき」は「とし (利し・鋭し・疾し・捷し・敏し)」の連体形の名詞化。「すぐる」は「すぐ (過ぐ)」の連体形から独立した動詞で「すぎる (過ぎる)」の変態。「ときすぐる」は「利口が過ぎる」「鋭敏が過ぎる」の意。
  • 『物 (もの)』この「もの」は代名詞と考えてよく、「何か」と置き換えることが可能である。
  • 『奪ふ (うばふ)』は「うる (売る)」の変態「うふ」の派生語で「離す・そらす」などの意。
  • 『斧 (おの)』は「おる (折る)」「はぬ (撥ぬ)」の変態「おぬ」の名詞形。「離すもの・分けるもの・切るもの」の意。
  • 『以て (もて)』「もち (持つ・用つ)」+「て (助詞)」の音便。「持って・合わせて・用いて・使って」の意。
  • 『斬り治む (きりをさむ)』「きる (切る・斬る・截る・伐る)」は「かる (離る・刈る/枯る)」の変態で、「離す・分ける・断つ・そらす・曲げる・回す」また「低める・衰えさせる・果てさせる」などの意。「をさむ」は「おす (押す)」の派生動詞で「合わす・まとめる・収める・調える」などの意。
  • オモタルの代には、民は小利口が過ぎて物を奪うようになった。これに対し、斧で罪人を斬って秩序を保ち世を治めた。


『斧は木を伐る 器ゆえ 金錬りに矛を 造らせて 鋭き者 斬れば 世嗣 無し 民の齢も 八万均れ』

  • 『器 (うつわ)』は「うつふ」の名詞形。「うつふ」は「うつ (打つ・現つ)」から派生した動詞で、「合わす・現る」などの意。そして「うつわ」は「(エネルギーが形を取って世に) 現れたもの」「物質・物体・物実」が原意。「入れ物・殻・容器」の意と「使うもの・道具・才覚」の意味で使われる場合が多い。
  • 『金錬り (かねり)』「かね (金)」+「ねり (練り・錬り)」の合成。鍛冶。「かね」は「こね (捏ね)」「こな (熟)」「きぬ (絹)」などの変態で「優れるもの・強いもの・勝るもの・光るもの」などの意。「ねる」は「にる (煮る)」の変態で「高める・熟成する・鍛える・至らす」などの意。
  • 『世嗣 (よつぎ)』は「よつ (寄つ)」+「つぐ (継ぐ・接ぐ)」という合成動詞の名詞形。「よつ」は「よす (寄す)」の変態、「つぐ」は「つく (付く・着く・漬く)」と同じで、どちらも「合わす・連ねる・続ける」の意。だから「よつぎ」は同義語を重ねた熟語で「寄せ接ぎ・接続・連続・継続」などの意であり、「世・代」には本来関係が無い。
  • 『齢 (よわひ)』は「よわふ」の名詞形。「よわふ」は「よふ (熟ふ・栄ふ・映ふ)」から派生した動詞で「高まる・栄える・進展する」などの意。よって「よわひ」は「熟成・進展・発展・繁栄」、また「世において進展した時間」の意。「いわひ(祝)」の変態。
  • 『均 (なれ)』は「なる (平る・均る・慣る)」の名詞形。「なる」は「凸凹が和して平らになる」という意で、原義は「和す・融和する・調和する」である。
  • 斧は木を伐る道具である故、鍛冶に矛を造らせて利口の過ぎる狡猾者を排除した結果、次世代の人口がいなくなり、また民の寿命も平均8万年止まりとなってしまった。


『食にもよれども 昔あり 万鈴も減り 百年より また万に増す これ 鈴を 結ぶ上なり』

  • 『食 (け)』 は「くふ (食う)」の名詞形「くえ」の変態。「くふ」は「かふ (交ふ)」の変態で「(身に) 合わす」の意。食と寿命の関係については こちら を参照。
  • 『鈴 (すず)』は「すすむ (進む)」の原動詞「すす」の名詞形で、「進み・進展・延伸」を意味する。よって「よわひ (齢)」の同義語。
  • 『これ』人の心。人の心の素直さ (曲り/偏り/逸脱の無いさま・調和するさま)。人の陽陰のバランスとその調和。
  • 『上 (かみ)』ここでは「上流・源流・根源」の意。
  • 食にもよるが、昔はたくさんいた万年の寿命を保つ人も減り、わずか百年ほどに縮まったと思えば、また万年に増えたりもする。人の心の素直さ、これが寿命を結ぶ源である。


『恐るるは 泥み人 斬れば 子種 絶つ 実に謹めよ』

  • 『恐るる (おそるる)』 「おそる (恐る)」の連体形 (自下二) が名詞化したもの。
  • 『泥み人 (なづみと)』「なづむ (泥む)」+「と (人)」。「なつむ」は「なづ (撫づ)」から派生した同義語で、「合う・似る・交じる・紛う」などの意。よって「なづみと」は「(罪人に) 見紛われた人・(罪を) 擦り付けられた人」などの意。
  • 『子種 (こだね)』子の発生源。
  • 『実に (げに)』「このように・かように」「確かに」の意。「け」は「しか (如・然・確)」の転。
  • 『謹む (つつしむ)』は「(心・身を) 合わす・直す」が原義で「心する・気を付ける・心を正す」などの意。
  • 恐れるのは冤罪の者を斬った場合、 (その者は魂の緒を解いて再び人に生まれるようにしてやれるが) 魂魄の入れ物である肉体の種を絶ってしまうことである。確と用心しろよ。


『天の守 嗣 無く 政 尽きんとす 故 イサナギに 宣給ふは "豊葦原の 千五百秋 瑞穂の田 あり 汝 行き 領すべし" とて 経と矛と 授け賜る』

  • 『天の守 (あめのかみ)』中央政府の総帥。「あめ (天)」はここでは「中央政府」の意。「かみ (守・上)」は 「上位にあって下位を治める者」の意。=天つ君。ここではオモタル/カシコネを指す。
  • 『政 (まつり)』は「まつる (纏る)」の名詞形で、「まとまり・まとめ・収まり・治め」の意。「まつり (祭)」の場合は「上げ・高め・尊び・栄し」の意となる。
  • 『イサナギ (伊弉諾尊)』オモタル/カシコネの後、世嗣が無いため中央政府が空洞化し大きく世は乱れ、ヒタカミのトヨケ (豊受大神) が暫定的に日本を総括していたが、根の国主の御子イサナギとヒタカミ国主トヨケの娘イサナミ (伊弉冉尊) が婚姻を結び、これを以て中央政権を継承する。
  • 『豊葦原 (とよあしはら)』「豊かに栄える所」の意で「なかくに (中国)」を指す。「とよ」は「とみ (富)」の変態で「豊かなさま」を表す。「あし」は「あす (上す・明す)」の名詞形で「高み・栄え」などの意。「はら」は「ほら (洞)」の変態で「空き・広がり・空間」などの意。
  • 『千五百秋 (ちゐもあき)』「千五百」は中国の村の数を表す。「あき (秋)」は「あく (上ぐ)」の名詞形で「夜明け」の「あけ」や、「売上げ」の「あげ」、すごろくの「あがり」と同義。つまり「完了・完成・成果・収穫」を意味する。よって「千五百秋」とは「(中国の) 千五百村の総収穫量」という意。
  • 『瑞穂 (みづほ)』は「みつふ」の名詞形。「みつふ」は「みつ (満つ)」+「つふ」の合成語で、「つふ」は「とふ (跳ぶ)」「とむ (富む)」などの変態。いずれも「高まる・熟す・実る・至る」などの意。よって「みづほ」は「実り・成果・収穫」の意で、「ほつみ」「ほつま」「はつほ」「やまは」と同義。
  • 『領らす (しらす)』は「しる (知る・領る)」から派生した動詞で、「合わす・統べる・治める」などの意。「しろす (知ろす)」の変態。
  • 『経と矛 (ととほこ)』中央政府の法の執行力と警察力を指す。経と矛を受けるということは中央政府の総帥、つまり天つ君の位を継承したことを意味する。後にアマテルは経と矛に鏡を加えて三種の宝とする。
  • 時の天君オモタル/カシコネには世嗣が無く皇統は断絶、日本の統治は崩壊しようとしていた。そこで (トヨケが) イザナギに「中国は "豊葦原の千五百秋” と言われるほど豊かな実りをもたらす地である。汝は行きてその地を治めるべし。」と経と矛を授け賜る。


『経はヲシテ 矛は逆矛 二神は これを用ひて 葦原に オノコロを得て ここに下り』

  • 『ヲシテ (押手)』文字の原点であるタミメ (手印・印相) を平面上に押し写したもので、文字・文書・称号・証書などを表す。ここでは「陽陰なる道」を表した文書 (陽陰なる文) を言うと思われる。「陽陰なる道」は人が則るべき憲法と言って良い。
  • 『逆矛 (さかほこ)』「法にらう者をほころばす」を象徴する物実。逆矛の理念は後にアマテルによって「八重垣の剣」に発展する。
  • 『二神 (ふたかみ)』イザナギとイザナミの夫婦。オモタル・カシコネを最後にクニトコタチから続く皇統は途絶え、神代の日本は滅びる。その後に天つ君となった二神は、何もかも始めからやり直さなければならなかった。二神は、退廃した日本に再び「経矛の道 (法と戒の道)」を敷き、臣民を指導し、産業を復興させてゆく。
  • 『葦原 (あしはら)』中国を指すが、同時に「雑草の繁茂する地」を意味し、政治不在のため土地や民心が荒廃していた中国の状況を表す。
  • 『オノコロ (淤能碁呂)』は深遠多義の言葉で こちら を参照。ここでは「中心・中央政権・都」、また「核・源・種」の意。
  • 『ここ』二神が新たな都とした「オキツボ」。場所は琵琶湖の西南。
  • 『下る (おる)』「天 (中央政府) から下る」の意と考える。二神が結ばれた頃の中央政府は暫定的にヒタカミだったので、この地から離れることは「下る」ということになる。後にオシホミミがヒタカミの「タカの首」からテルヒコを大和に派遣する時にも「くだす (下す)」と表現している。
  • 経は憲法。矛は警察力。二神はこれを用いて葦原の中国に中央政府の都を得てそこに下り、


『八紘の殿と 中柱 立てて回れば 央州 通る 真の 調の教ゑ』

  • 『八紘の殿 (やひろのとの)』二神がオキツボの都に建てた政殿。 「やひろ (八紘)」は「八方を平く/八方を開く」の意。
  • 『中柱 (なかはしら)』建物の中心に立つ柱。=大黒柱。天つ君の政殿の中柱は日本の中心・中軸だといえる。この柱はまた、根源神アメノミヲヤが天地を創造した時に現れた「天地届く実柱 (中串)」の地上版だともいえる。アメノミヲヤが天地創造する時、水に油が浮かぶような状態の天元神は、実柱を軸に回転し始める。上部にある軽い成分 (油・陽) は時計回りに回転し、下部にある重い成分 (水・陰) は相対的に反時計回りに回転した。詳しくは こちら を参照。
  • 『回る (めぐる)』中柱をイザナギ (男・陽) が時計回りに、イザナミ (女・陰) が反時計回りに回る。そして二神がぶつかる時に「天の陽陰歌」を歌う。これは陽陰の和合・調和を象徴している。二神の回転運動によって日本の中心・中軸で発生した陽陰の和合・調和は、遠心力によって外へ外へと広がってゆく。また陽陰の結合によって万物が創造されてゆくのである。
  • 『央州 (おおやしま)』「おおやしま」は「大八洲」と漢字を当てられ「日本全土」を意味する名称となっているが、そうは思わない。「おおや (央・主)」+「しま (州)」で、「中心区域」すなわち「中国」の別名と考える。「おおや」は「おおい (大)」の変態で、「高み・優れ・至り・中心」などの意。
  • 『真 (まこと)』「まつ (交つ/全つ)」+「こと (如)」の合成語で、「当たっているさま・逸れがないさま・至っているさま・当然」の意。これは宇宙原理である「陽陰なる道」に沿っていることを言う。
  • 『調の教ゑ (とのをしゑ)』「調の導き (とのみちびき)」とも呼ばれ、「調和の道に導くこと」「調和の恩恵を教えること」を言う。
  • 八紘の殿と中柱を立て、その中柱を二神が回れば、天理である調和の教えが中国に通り始めたのである。


『千五百の葦も 皆 抜きて 田となし 民も 賑えば ヰヤマト 徹る ヤマト国』

  • 『千五百の葦 (ちゐものあし)』中国の千五百の村の田にはびこっていた雑草。 政治不在のため土地や民心が荒廃していた状況を表す。二神はこの葦を引き抜いて廃れを治す。これが枕詞「あしひきの」の意味の一つである。
  • 『ヤマト・ヰヤマト』
    『ヤマト』は「やまつ」の名詞形で、「やまつ」は「やわす (和す)」「あわす (合わす)」の変態。よって「やまと」は「合・中・間・和・調」などの意。また「やま (和)」+「と (調)」と分けて考えても良い。「と (調)」は「とづ (閉づ・綴づ)」の名詞形であり、「離れたものを合わすこと」という意で「やま (和)」と同義である。したがって「やまと」は「和・調和」という意である。 さらに言うと「あわ・やわ・やま」の原義は「陽陰」である。「和」=「陽+陰」なのである。
    『ヰヤマト』は「ゐや (弥)」+「やまと (和)」の合成。「いよいよの和・和の真髄・和の本質」などの意。「をやまと (大和)」「もやまと (最和)」とも言われる。
  • 『ヤマト国 (やまとくに)』「和の真髄が浸透した中国」という意。ここでの「やまと」は「和・調和」の意と「中・間・中央」の意が重ねられている。したがって「ヤマト国」とはもともと「中国」を指す国名であったのである。そして和の真髄が全国に浸透するにおよんで日本の国号となる。
    また「ヤマト」は「中・間・中央」の意から「本州」の意を表す場合もある。
  • 中国の千五百の村にはびこる雑草も全部引き抜いて田を開き、ようやく民も賑わえば、ここに調和の精随が浸透して根付き、葦原中国はついに「ヤマト国 (和の国)」となる。


『マトの教えは 昇る日の 本なる故に "日の本" や 然れど ヤマト な棄てそよ』

  • 『マト (円・和)』は「まつ (交づ)」の名詞形で、「まつ」は「合わす・和す」の意。語源こそ違うがやはり「和・調和」の意で、「ヤマト」と同じと考えて良い。
  • 『昇る日の本 (のぼるひのもと)』昇る朝日のような勢いの原動力。旭日昇天の勢いの源。つまり大いなる繁栄の礎、それが「調和を教える」ことだと言っている。
  • 『日の本 (ひのもと)』したがって「日本」=「日の本」=「旭日昇天の勢いの源」=「マトの教え」=「和の道」であり、「日本」と「ヤマト」はどちらも「和・調和」で同じ意味だと言っている。
  • 『な棄てそ (なすてそ)』「な」+「動詞の連用形 (カ変・サ変では命令形の「こ」「せ」)」+「そ」で禁止の意を表す。
  • 調和の道を教えることは、旭日昇天の勢いの源であるが故に「日の本」である。しかれどヤマトの名も棄ててくれるなよ。


参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma02.html
     :http://gejirin.com/hotuma03.html
     :http://gejirin.com/hotuma05.html
     :http://gejirin.com/hotuma17.html
     :http://gejirin.com/hotuma18.html




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