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ホツマツタエのおもしろ記事(94)『八咫鏡2』

2013-03-16 02:32
ホツマツタエのおもしろ記事(94)  八咫鏡

ホツマツタエ17章『神鏡ヤタの名の文』全文解釈 その2


『これで人実を 抱かんと 丸めて 径 二尺 垂る 鏡は宮の 実柱に 神を招くの ヤタカガミ』


  • 『これで人実 を抱く (これでひとみおいだく)』「これ」は「8尺」あるいは「8尺基準の尺度」。「人実 (ひとみ)」は「人の本質・人の心」の意。「抱く」は、ここでは「合わす・つかむ・包む」の意。
    だから「これで人実を抱く」は「8尺で人の心を把握する」の意。
    「人=ヤタミ (8尺の身) 」を8尺で把握するのだから、「人の心=8尺の実」も8尺で把握しようという言霊的 (語呂合わせ的) な発想と考える。
  • 『丸む (まろむ)』は、一つは「まろぶ (転ぶ)」の変態で、ここでは「曲げる・廻す」の意。もう一つは名詞の「まる (丸・円)」の動詞化。「まる」は「満ち至り」や「満ち至った形 (太陽や満月の形)」を表す。 なぜ日月の形にするのかというと『人は元 ナカゴ・心端 日月なり (ホ15文) 』だからである。
  • 『径 (わたり)』は「わたる (渡る)」の名詞形「わたり (渡り)」。「(最遠の) 2点を渡る隔たり」を言う。 180÷3.14=57cm。57÷22.5=2.5尺。
  • 『垂る (たる)』は「下る・落ちる」の意であるが、ここでは「あふれ落ちる・こぼれ落ちる」の意から、「余る」の意を表す。
  • 『宮 (みや)』は「みゆ(見ゆ/熟ゆ・上ゆ・斎ゆ)」の名詞形で、「合わせ・収める器」「治め・政」「和合・集積」「中心・中央」などの意を重ね持つ。ここでは「中心 (都) にあって八方を治める君を収める器」の意。
  • 『実柱 (みはしら)』中軸。「実」は「中心・核心」の意。ここでは「宮の中央に立つ中柱 (大黒柱)」を言う。この天君の宮の中柱は「天地届く御柱」の地の側の出口になっていると推察している。天地届く御柱は陽と陰、また天と地とを連絡しており、天の陽・陰エネルギーを御柱の管 (九の輪) を通して精霧として地に運ぶ。この陽エネルギーと陰エネルギーのバランスによって四季が生じる。
  • 『神 (かみ)』は、ここでは「陽と陰が分離している非物質の状態」を言い、「神=上下(かも)=陽陰=日月=天地」である。詳しくは『魂魄と魂の緒』を参照。
  • 『ヤタカガミ』ここでの「ヤタ」は、円周が「8尺」の意と思う。「カガミ」は、ここでは「かが (明暗)」+「み (見)」で、「明暗を合わすもの」の意。「明暗」は「陽陰・日月」と同義であり、これは上に見たように「神」の定義である。よって「カガミ」は「神を合わすもの」であり、「神を招く」という本文はこの「カガミ」の意味を説明しているのである。
  • 8尺で人の心も把握しようと、日月の形に丸めるとその直径は2尺余りとなった。その鏡が宮の中柱に神を招く「八尺明暗見 (八尺陽陰見) 」である。
    この鏡が三種宝の「八咫鏡」そのものであろうと推察する。


『いま 径 尺の 円鏡 当てて八尺身の 心 入る ヤタのカカミの 名に因る名』

  • 『いま』ここでは「今一つ」の「いま」で、「合せて・加えて・また・さらに」の意。
  • 『尺 (た)』「1尺」を表す。
  • 『円 (まる)』は「まる (満る・全る・真る)」 の名詞形。「満ち至り」や「満ち至った形 (太陽や満月の形)」を表す。「まろやか」の「まろ」も同源。
  • 『八尺身 (やたみ)』ここでは「八尺の身」である「人民」を言う。
  • 『ヤタのカカミ』「ヤタ」は、ここでは「やたみ (八尺身・八尺実)」に同じ。すなわち「人民・人民の心」を指す。「カカミ」は、ここでは「かこみ (囲み)」や「かかえ (抱え)」の変態。「ヤタのカカミ」は「八尺の囲み」で、「人民・人心の把握」という意。
  • さらに直径1尺の円鏡を以て、そこに八尺身の心を入れる。だから「ヤタ」というのは「八尺実の囲み (人心の把握)」という名に因る名でもある。


『我 聞く '往にし 守'の屋は "ム" のタミメより ムロ屋 建つ 民に教えて 屋根を成す また"ヤ" のタミメ 社 成る』

  • 『往にし守 (いにしかみ)』は「昔の守」の意。「守」は「束ねる者・治める者」の意。クニトコタチ (国常立尊) を指す。
  • 『屋 (や)』は「いゑ (家)」の変態「いや (居屋)」の約。「いゑ・いや」は「いる (入る・居る)」の変態「いゆ (入ゆ・居ゆ)」の名詞形。「いゆ」は「合わす・収める・在る」などの意。
  • 『タミメ (手見め)』は「手を組み合わすこと」を言う。手を組み合わせた造形で陽陰の48神を表現したもので、「手印 (しゅいん)」とか「印相 (いんぞう)」などとも言う。タミメを平面状に押し写したものがヲシテ (押手) である。
  • 『ムロ屋 (むろや)』詳しくは不明であるが、洞穴のような原始的なものではなく、少なくとも柱と茅葺の屋根を備えたものであった。クニトコタチは「ムロ屋の神」とも呼ばれる。
  • 『屋根 (やね)』は、ここでは「屋の根」で「家の根源・住まいの起源」の意。
  • 『社 (やしろ)』「や (弥・斎・敬)」+「しろ (代)」。「しろ」は「区分・区画」の意。「やしろ」は「尊い区画」という意で「やかた (敬方)」と同義。ここでは上流階層が政を執る政庁舎を言う。
  • 我は聞いている。往にし守クニトコタチの住み家は、「ム」のタミメを結ぶことで「ムロ屋」が建った。それを民に教えて住まいの起源となす。また「ヤ」のタミメによって「ヤシロ」が建った。


『いま宮・殿に 民を治す 養つは弥方ぞ』

  • 『宮・殿 (みや・との)』「宮」「殿」は、どちらも「高み・中心」が原義で、「政庁・政殿」を意味する。基本的には、中央の政庁や大都市の比較的規模の大きな政庁を「宮」と言い、地方の比較的小さい政庁を「殿」とか「館 (たち・やかた)」などと言うようだ。
  • 『治す (たす)』は「調える」が原義で、「世話する・保つ・直す・教える」などの意。
  • 『養つ (やつ)』は「やしなふ (養う)」の原動詞「やす (養す)」の変態で、これも「世話する・保つ・直す・教える」などの意。だから「やつ (養つ)」は「たす (治す)」の同義語なのである。そして「やた」とは、この「やつ (養つ) 」の名詞形でもあると言っているのである。
  • 『弥方 (やかた)』は「や (弥・敬・上)」+「かた (方)」。「や」は「いや (弥・敬)」の短縮で、「うえ (上)」「うや (敬)」「みや (宮・雅)」と同じく「高み・中心」の意。「かた」は「区分・区画・階級」などの意。よって「やかた」は「上流階級・主導的階級・お偉方」などの意で、「上方 (かみがた)」「親方 (おやかた)」などと同義。そして彼らが政を執る所が「宮・殿・館」である。
  • そして今は宮や殿に民を治めている。治めるとは養い育てて調えることである。民にそれを施すのは上流にある階層 (君と臣)であるぞ。 (「ヤタ」とは「養育」の意でもあるのだ。)


『"タ" のオシテ 三光 円の 内に入る 足り助く法 天と父 上下 反す "ラ" のオシテ 地と母法』

  • 『オシデ』は文字の原点であるタミメ (手印・印相) を平面上に押し写したもので、文字・文書・称号・証書などを表す。
    単独の文字を意味する場合、48の各1文字は陽陰四十八神の別名であるので、敬意を表して「シテ」と通常は表記するが、ここでは四十八神より上位にあるアマテル自身の発言であるため「シテ」と記されている。
  • 『三光 円の内に入る (みひかりまるのうちにいる)』
    「タ」のヲシデの形状の描写。→ 図  
    「三光」とは「タの尊」が招く「三陽」を指す。この「陽」は「天の精霧」を言うのであるが、説明は長くなるので別の機会に。
  • 『足り助く法 天と父 (すくのり あめとちち)』
    三陽が射して地球を「足り助く」のは「天と父」(=陽) の属性である。
  • 『上下 反す "ラ" のオシテ (うえしたかえす)』
    上下を逆にする「ラ」のオシデ。→ 図
  • 『地と母法 (つちとははのり)』
    「ラ」は、受けた三陽の恵みを延べて育む「地と母」(=陰) の属性である。
  • 「タ」のオシデは「三陽」が円 (地球) の内に入る。これは「足らし助ける」ことを意味し、「天と父」の属性を表している。上下を逆にした「ラ」のオシデは、受けた三陽の恵みを延べて育む「地と母」の属性を表すものである。 (だから「父母」を「タラ」というのである。)

    参考:
    『天より至き 地に編みて 連なり育つ 子の例 父の恵みは 頂く天 母の慈し 載する埴』ホ16文
    [ 天 (陽) より大いなる恵みを地 (陰) に浴びせ、地はそれに呼応共鳴し、天地 (陽陰) が連合して子を育てるという陽陰協働の例である。父の恵みは上に頂く天からのもの、母の慈愛とはその恵みを受けて育む大地となることである。]


『親が子を 孕めば 乳 足る 父・母は 実に足乳根よ "タ" もヲシも 乳無きの親よ』

  • 『孕む (はらむ)』は「はる (貼る)」から派生した動詞で、「合わす・交える・重ねる」などの意。
  • 『乳足る (ちたる)』「乳を足らす・乳を与える」の意。「ち (乳)」は「ち (霊・精・血)」と同源。人体に宿る命の精髄という意で、人の血や乳はその顕れと考えられていたらしい。「シム」とも言う。
  • 『実に (げに)』「このように・かように」「確かに」の意。「け」は「しか (如・然・確)」の転。
  • 『足乳根 (たらちね)』は「たら (足る・養る)」+「ちね (繁ぬ)」で、「養い育てる者」という意。また「たら」は「陽陰・男女」の意を持つ。「たらち」「たら」とも言い、個別に母を「たらちめ」、父を「たらちを」とも言う。
  • 『"タ"』上述の「す (す) こと」「すく (く) こと」を指す。
  • 『ヲシ』は「をさめる (治める) 者」「をしえる (教える) 者」を指す。
  • 『親 (タラ)』「たらちね」に同じ。ここでは足らし養う「養育者」の意。
  • 親が子を作れば乳を与える。その意味で父と母は確かに足乳根よ。しかし「タ」(治し・足し・助) も「ヲシ」(治む者・教える者) も乳こそ与えぬが、養育するという点ではやはり親である。


『鑑みて 助くる民は 子の如く ヤタは公』

  • 『鑑む (かんがむ)』は「かんがふ (考ふ)」の変態で、それぞれ「かかむ」と「かかふ (抱ふ・考ふ)」の音便である。 これらは「合わす」の原義から「写す・比べる・匹敵させる」などの意を派生する。「かかむ」の名詞形が「かがみ (鏡)」である。
  • 『ヤタ』「やつ (養つ)」の名詞形で、「養育」の意。
  • 『公 (ををやけ)』「ををや (大)」+「け (如・然)」。「ををや」は「ををい (大)」の変態で、「高み・優れ・至り・中心」などの意。「け」は「しか (如・然・確)」の転。よって「ををやけ」は「上位・上流にあるさま・中心的なさま」の意で、「やかた (弥方)」「お偉方」「上方」などと同義。また「ををや」は、上流という点で「をや (親)」「たら (親・父母)」とも同義であることを記憶されたい。
    また「ををやけ」は、「上から下、中央から周辺に流れて全体に覆い、普遍となっているさま」の意味もある。ここでは両方の意味を使っている。
  • そのことに照らして考えれば、養う (治して足して助ける) 民は、自分の子と同じである。(よって父母が当然に自分の子を養い育てるように、) 上流にある階層 (公方) が自分の民を養い育てるのは普遍的な当然 (公然) である。



『往にし守 作り 授くる 経・矛 あり 経は調ふる オシテなり』

  • 『往にし守 (いにしかみ)』「いに (往ぬ・去ぬ)」+「し」+「かみ (守)」。「いぬ」は「去る」の意。「し」は「しく (如く)」の連体形「しき (如き) 」の略。「~如くの」の意を表す。「守」は「束ねる者・治める者」の意。「往にし守」は「昔の守」の意で、クニトコタチを指す。
    現文法では「し」は、過去の助動詞「き」の連体形とされるが、そうは思わない。この時代には明確な時制の表現は存在しなかったと考えている。
  • 『経・矛 (と・ほこ)』調和と秩序を実現するための2大手段。具体的には法と警察力。「と」の語源は解明できていないが「たて (立て・経)」と同義と考える。「たて」は「上から下への筋道」で、それは宇宙の大原則の一である。辞書には「法則・おきて」とある。「とのち (調の道)」の「と」とは異なるので注意していただきたい。
    「ほこ」は「ほく」の名詞形で、「ほく」から「ほぐす (解す)」が派生する。「ほこ (矛)」は「離すもの・分けるもの・切るもの」の意。
  • 『調ふるオシテ (ととのふるおして)』「世を調える言葉/文書・調和を実現する言葉/文書」の意で、すなわち「経・掟・法」。
  • 古のクニトコタチが創り代々引き継いだ「経と矛」というものがある。「経」とは、世を調える文書である。


『二神 受けて 親となり 民を我が子と 育つるに 篤く教えて 人と成す』

  • 『二神 (ふたかみ)』イザナギとイザナミの夫婦。オモタル・カシコネを最後にクニトコタチから続く皇統は途絶え、神代の日本は滅びる。その後に天つ君となった二神は、何もかも始めからやり直さなければならなかった。二神は、退廃した日本に再び「経矛の道 (法と戒の道)」を敷き、臣民を指導し、産業を復興させてゆく。
  • 『親 (をや)』この親は「民の親」であり、「公 (ををやけ)」の意。
  • 『人 (ひと)』は、ここでは「あおひとくさ (青人種)」「ひな (雛)」に対する意味で、「一人前の人間」の意。
  • 二神はその「経・矛」を引き継いで、民の親 (公) となる。民を我が子と思って育てるにしても、丹精を込めて教えて、「青人草」を「人」にしようとした。


『教えても尚 逆らはば 討ち綻ばせ 罪・咎の 直しも 遠き 天と地 届かぬことを 思ふなり』

  • 『綻ばす (ほころばす)』は、「ほく (解く)」+「ころぶ (転ぶ)」+「す (為・使役)」の合成。「す」は「さす・しむ」簡略形なので活用は下二段形となり、「ほころばせ」は連用形と思われる。
  • 『罪・咎 (つみ・とが)』「つみ」は「つひ (費・弊・潰・墜)」の変態。「低まるさま・劣るさま・衰えるさま」などの意。「とが」は「どく (退く)」の名詞形で、「退けるべきこと・忌むべきこと」の意。「どく (毒)」の変態。
  • 『直す (ただす)』は「(曲りを) まっすぐにする」の意で「正す」と同じ。
  • 『遠し (とおし)』「とほ」+「し (如)」。「とほ」は「たふ (絶ふ)」の変態で「離れる・去る」の意。
  • 『天と地 (あめとつち)』ここでは「上と下」「上流階級と下流階級」「貴と賤」「君臣と民」などの意。
  • 『届く (とどく)』は「とつ (閉づ)」からの派生語で「(2点間を) 合わす・閉じる・結ぶ・つなぐ」などの意。
  • 『思ふ (おもふ)』は「おふ (負う)」の変態「おむ」からの派生語。「(心・意識に) 合わす・負う」の意。
  • 教えてもなお逆らう場合は、討ち綻ばせて罪・咎を正すが、意識の隔たりが大きい上流階層と下流階層では、互いに意の通じ合わぬことをつくづく思うのである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma17.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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