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ホツマツタエのおもしろ記事(95)『八咫鏡3』

2013-03-17 12:03
ホツマツタエのおもしろ記事(95)  八咫鏡

ホツマツタエ17章『神鏡ヤタの名の文』全文解釈 その3


『臣ら ひめもす 倦まなくて 教えを常の 業となせ 臣・民 子・孫 隔てなく 慈く恵まん 思ひなり』
『教えぬ者は 臣ならず 教え 受けぬは 民ならず』


  • 『ひめもす』「ひめ」は「ひる (放る)」の変態「ひむ」の名詞形。「ひる・ひむ」は「放つ・発す」の意。「もす」は「もつ・ぼつ (没)」の変態。よって「ひめもす」は「発没」で「(日が) 発してから没するまで」の意。
  • 『倦まなくて (うまなくて)』「倦む」+「なく」+「て (接続助詞)」。「うむ (倦む)」は「おる (下る)」の変態で「低まる・劣る・衰える」などの意。「なく」は、否定の助動詞「ぬ」の連用形で、動詞「のく (退く)」の転。=「倦まずて」。現代語では「倦まないで」となる。
  • 『常 (つね)』は「つる (連る)」の変態「つぬ」の名詞形で、「つな (綱)」の変態。
  • 『業 (わざ)』は「わす (和す)」の名詞形。「わす」は、ここでは「為す・する」などの意。よって「わざ」は「為すこと・すること・仕事」などの意。
  • 『隔て (へだて)』は「へだつ (隔つ)」の名詞形。「へだつ」は「へつ (辺つ)」からの派生語で「離す・分ける・区切る」などの意。
  • 『慈く (ゐつく)』は「いつく (斎く・傅く)」「いつくしむ (慈しむ)」 と同じ。「(心・身を) 添える」の意。普通は連用形の「ゐつき (慈き) 」となるべき所かと思う。
  • 『恵む (めぐむ)』は「めく」からの派生語で、「めかす (粧す)」と類義。「高める・栄す・優れさす」などの意。
  • 臣たちよ、朝から晩まで倦むことなく教えることを常の業とせよ。それはすなわち臣・民・子・孫を区別なく慈しんで恵もうとする思いである。教えぬ者は臣にあらず、教えを受けぬ者は民にあらず。


『常に思えよ 天地法を 得て 身 (実) を治め 耕して ソロを植え蒔き 草 切りて 刈り納む身の 民は孫 工・商人も 曽孫・玄孫』

  • 『思ふ (おもふ)』は「(心に) 合わす・負う」という意だが、「思ふ」は「重ふ」(重視する・尊重する) のニュアンスを持つように感じている。
  • 『天地法 (あまのり)』あめなるみち (陽陰和る道)」と同じ。ここでは、「人」=「魂+魄」=「陽+陰」=「空・風・火」+「水・埴」であることは、君・臣・民で違いが無いことを言っている。
    詳しくは『魂魄と魂の緒』を参照。
  • 『身 (実) を治む (みおをさむ)』その天地法に従って「陽と陰の両極端を人の身に融合する」という困難を治めて世に生きることを言う。
    『陽陰の心に見るば 上(陽) 埴(陰)と地上守(人) この味を人の身に統る』ホ17文
    『陽・陰 人に統れる 人の身の』ミ1文
    『天地開け現る神の ミナカヌシより 計り無き人種分かれ 貴きも尊も彦も現る道を 治め収むる人の身は』ミ1文
  • 『ソロ』は「繁栄・繁茂」が原義。転じて、日・月のエネルギーを受けて実る農作物を言う。
  • 『刈り納む (かりおさむ)』ここでは一応「刈り取って納税する」の意に取ったが、「刈り収む」で、単に「収穫する」の意かもしれない。
  • 『工 (たくみ)』「た (手)」+「くみ (組み)」。手工業者。
  • 『商人 (あきど)』は「あく (散く・分く)」+「と (人) 」。「あく」は「わく (分く・別く)」の変態。分配・流通を業とする者。
  • 『曽孫・玄孫 (ひこ・やさご)』君を親とすれば、臣は子、民は孫、工人は曾孫、商人は玄孫 だと言う。 「士農工商」の順位はこの頃からすでに存在したことが窺える。
  • 常に思い重えよ。(君や臣と同様に) 陽陰の法を備えて心身を治めながら、耕して作物を植え蒔き、草を切り、収穫しては上納する身の民は我が孫ぞ。工人・商人は我が曾孫と玄孫なるぞ。


『天地法を得て身 (実) を治む』 -心と身/陽と陰の調和-

天地法 (陽陰法) とは、「人」=「魂+魄」=「陽+陰」ということである。
人は「相反する両極端の融合」ということで、これには2段階の意味がある。
一つは、人間は「心と肉体の融合」ということである。この意味では「魂=心」「魄=肉体」の意で使われている。
もう一つは、人間の心も「魂と魄の結合」ということである。この意味では「魂=陽の霊」「魄=陰の霊」の意で使われている。したがって「心」=「魂+魄」=「陽霊+陰霊」であり、またそれは「神」の定義でもあった。

陽陰 (心と肉、また陽霊と陰霊) のどちらかに傾くことは「曲り・ねじけ」を意味し、陽陰が中和して偏りが無い状態を「直ぐ」というのである。
だから「身/実を治む」とは「心と体の調和」と「心を構成する陽霊と陰霊の調和」を取って「直ぐ」を保つことを言うのである。これは「上下の極端を排して中道にあれ」ということでもある。
また相反する物の調和は「自と他の調和」「個と社会の調和」にも発展する。 

以後アマテルは「マス鏡の道」を始めとして、さまざまな観点からこの「両極端の調和」について説明してゆくのである。

「人」=「心+体」=「陽+陰」
「心」=「魂+魄」=「陽+陰」=「日+月」=「天+地」=「上+下」
   =「神」
「一極への傾き」=「曲り・ねじけ」
「両極の調和」 =「直ぐ」

 
 


『物 知るとても 蠢かで 調の導きに 居らざらんをや』


  • 『物知る (ものしる)』「民に比べれば多少物事を学び知っている」という意。
  • 『蠢く (うぐめく)』は「うく (浮く)」+「めく」。「めく」は「むく (向く)」の変態で、ここでは「浮く」と同義。「浮き浮きする・浮き立つ・沸き立つ・舞い上がる」などの意で、意味もなく活発になることを言う。
  • 『調の導き (とのみちびき)』「とのをしえ (調の教え)」とも呼ばれ、「調和の道に導くこと」「調和の恩恵を教えること」を言う。これを民に施すのが臣の仕事だと言っている。
  • 『居らざらんをや (ゐらざらんおや)』「どうして (そこに) 居られぬのか」の意。「をや」はここでは反語。「ゐる」は通常、上一段活用だが、もともと「おる (居る)」「ある (在る)」の変態なので、ここでは四段に活用させている。
  •  (臣たる者は) 多少物事を知っていても浮き立つことなく、民を調和の道に導く立場に常に身を置かねばならない。



『我 見るに 治まる世は 名の聞こえ 人の心端 およそ濃し 表に努め 裏 安む』

  • 『治まる (をさまる)』「をさむ (治む)」から派生した自動詞形。「調和してまとまる」の意。
  • 『世 (みよ)』は「みゆ (見ゆ)」の名詞形で、「みゆ」は「合わす・まとめる」の意。「みよ」は「(他と区別される) まとまり」の意で、ここでは「時代区分」を言う。よって「よ (代・世)」と同じである。「み (御)」+「よ (代・世)」として尊意を付す場合もある。
  • 心端 (こころば)は多義であるが、ここでは「人の心情・人情」の意。
  • 『表 (あらは)』 は「あらわる (現る) 」の原動詞「あらふ」の名詞形で「現れるさま/もの/所」の意。辞書には「顕・露」とある。ここでは「(観察者に) 現す側」の意で「表側・外側」を表す。
  • 『努む (つとむ)』は「(心血を) 注ぐ」「精を出す」の意。
  • 『裏 (うら)』は「視界から外れる部分・見えない部分」を言い、「内・中・奥・心・本質」などを表す。
  • 『安む (やすむ)』は「和す・収まる」が原義で、「凸凹が和して平らになる」「荒波が凪いで静まる」「緊張が和らいで緩む」などの意。
  • 我が見る所、治まっている世では人の良い評判が聞こえ、人情もおよそ濃い。また表向き精を出す反面、心は静かで安らいでいる。


『中に一人は 裏なくて 天地 領る木々の 花も実も 我が身の道と 知らざらめ 犯し隠すも 天地が知る』

  • 『裏なし (うらなし)』「うら (裏)」+「な (なる)」+「し (如)」。「うら」は「うる (失る)」の名詞形。「うる」は「離れる・それる・外れる・裏切る」などの意。よって「うらなし」は「外れるさまである・裏切るさまである」などの意。
  • 『天地 (あめ)』=「陽陰」=「日月」=「空風火・水埴」
  • 『領る (しる)』は「知る」と同じで「占める・治める・支配する」などの意。「しむ (締む・占む)」「すふ (統ぶ)」などの変態。
  • 『天地 領る木々の花も実も (あめしるきぎのはなもみも)』
    陽陰が木草を支配しているので、その花も実も陽 (空・風・火) と 陰 (水・埴) の随であることを言っている。
    『埴 受くる 空・雨水 成る 草木  空は助く 水 冷やす 埴は穢れ 直る 花も実も 陽陰の随なり』ホ15文
  • 『知らざらめ』「め」は、推量・意志の助動詞「む」の已然形。「知らないのだろうが」の意。
  • 『犯す (おかす)』は「よごす (汚す)」の変態で、「低める・穢す・辱める」などの意。 だから「罪を犯す」という言い方は「頭痛が痛い」に似て、実はおかしいのである。
  • 『隠す (かくす)』は「かく(交く/離く)」からの派生語で、「囲う・覆う」「(人目から) 離す」「曲げる・偽る」などの意。
  •  (そんな) 中にも一人ぐらいは必ず外れる者がいるものである。木々の花も実も陽陰 (空風火・水埴) が支配していることは知っていても、それが自分にも当てはまるということを知らないのだろうが、罪を犯してそれを隠したところで天地はしっかり知っているのである


『空は天の 心端の 常に巡れど 見えなくて 水の巡りを 見る如く 空は見ゆる』

  • 『空 (うつほ)』は「一見何もないさま・空間」また「空間を満たす見えない気・空気」の意。ここでは「地球を取り巻く大気」と考えていいだろう。
  • 『天の心端 (あまのこころば)』
    心端は、ここでは「中心の本体から発する伝達ネットワーク」の意。
    「天」=「陽」。よって「天の心端」は「陽の本源 (太陽) から発する伝達ネットワーク」の意で、これはすなわち「風」を指す。
  • 『水の巡りを見る如く』頭に「魚が」を足して読んでくだされ。
  • 『空は見ゆる』頭に「人には」を足して読んでくだされ。
  • 地球を取り巻く大気には、陽の本源 (太陽) から発する伝達ネットワークが巡っているのだが、人には見えない。魚が周囲の水の巡りを存在感なく見るのと同じように、人は大気を見るわけである。


『魚の目と 代わる人目の 裏鏡 左に持てば 右に見え 左へ遣れば 右に行く 向ふへ遣れば 前に寄る 皆 翻る この鏡 何のためぞや』

  • 『裏鏡 (うらかがみ)』とは、2枚で1組となる「マス鏡 (真澄鏡)」の「表鏡」と対になる鏡。「裏鏡」は、2枚の鏡を使って後姿を見る時に背後に配置する鏡である。2枚の鏡は単独では意味をなさず、連動することが前提となっているので表裏一体である。
    ここでは水中にある「魚の目」を「表鏡」に、それを見下ろす地上の「人の目」を「裏鏡」に喩えて、魚と人の認識の違いを確認させている。
    それによってアマテルは、「人の目 (肉体の目)」を「表鏡」に、「神の目 (心の目)」を「裏鏡」にシフトさせて肉体と心の認識の違いを推し量れ、と促している。
  • 魚の目に見えないものが見える人の目は、まるで裏鏡である。左に持てば右に見え、左へ遣れば右に行く。向うへ遣れば前に寄る。皆ひっくり返るこの鏡は一体何のためぞや。


『正に聞け 元々明の ミヲヤ神 側のトホカミ ヱヒタメの 八元の神に 守らしむ 人の根隅は 天並神 三十二の神の 見目・形』

  • 『元々明 (もともとあけ)』根源神「アメノミヲヤ (アウワの神)」と、これから分れた陽陰48神を合せて「元明 もとあけ)」と呼ぶが、アメノミヲヤと「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八元神の合せて9神を、「元明の元」という意味で「元々明」と言う。また「アメトコタチ (天常立神)」とも「こほし (九星)」とも呼ぶ。
  • 『根隅 (ねこえ)』 は「元と末・内と外」の意で、ここでは「内蔵と外殻」を表す。他にも「音声」として「親と子・伸音と衰音・母音と子音」を表す場合もある。つまり「天並神は人の内臓と殻を守る」ということを言っている。
  • 『天並神 (あなみかみ)』ア・イ・フ・ヘ・モ・ヲ・ス・シ」の8神。「天均神 (あなれかみ)」とも言う。
  • 『三十二の神 (みそふのかみ)』 残りの32神。「タミメヒコ」とも言う。
  • まっすぐに直く聞け。元々明のアメノミヲヤは、側に座す「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八元神に (人の寿命を) 守らせている。人の内臓と体格は天並神、見目形は三十二の神に守らせている。

    『ミヲヤの傍に 八元神 守る トホカミ ヱヒタメの 兄弟の寿 天均神 根隅 授けて 三十二神 見め形 成す』ミ6文

フトマニ図3 

『十六万八千の モノをして 人の魂・魄 喜ばす 時に求むる 生れ付き 十六万八千に 品 変る』

  • 『十六万八千のモノ (そむよろやちのもの)』人は世に生まれる時、天元神がその人に守 (もり) を付ける。この守を「本つ神の留守 (もとつかみのたえもり)」あるいは「本守 (もともり)」と言う。本守は魂の緒を世に下し、それに16万8千のモノ (精霊) を添える。その魂の緒が魂と魄を結い合わすことによって人は世での生命を得るという。
  • 『喜ばす (よろこばす)』は「高める・栄す・優れさす」などの意。
  • 『求むる (もとむる)』は「もとむ」の連体形。「もとむ」は「合わす・備える・調える」などの意。
  • (天元神の付ける本守は魂の緒に) 16万8千の精霊を添わせて人の魂魄を栄しにぎわす。だから人に備わる生れ付きは、添う16万8千の精霊の種類によってさまざまに変化する。


『青人種の 悉く アメノミヲヤの 賜物と 守らぬは無し』

  • 『青人種 (あおひとくさ)』未熟だが成長して人となる可能性を秘める「人の種」の意で、「民」の別称。
  •  (しかし) 発展途上にある民を含めて人類はそのすべてが、アメノミヲヤの下したものであるので、(たとえ罪人といえども) 元明の神々の守りを受けぬ者などただの一人もいないのである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma17.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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