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ホツマツタエのおもしろ記事(1)『和歌』

2013-01-10 16:17
ホツマツタエのおもしろ記事(1)   和歌


『和歌』というのは「漢詩に対して、上代からわが国に行われた定型の歌」と辞書にはある。
しかしホツマツタエによると、「わか」は、もともとは人の名前である。
「ワカ姫 (稚日女尊)」という姫がいて、「ワカ姫の歌」が簡略されて「ワカ (和歌)」になったようである。



「ワカ姫」は、「ワカヒルメ (若日靈女)」とも「ニフツ姫 (丹生都比賣)」などとも呼ばれていて、いろんな神社の祭神として祭られているのであるが、その正体は不明であった。
ホツマツタエは、「ワカ姫」は「ヒルコ (蛭子)」の別名であると明かしている。



「古事記」や「日本書紀」によれば、蛭子は、伊弉諾 (いざなぎ)・伊弉冉 (いざなみ) 二神の間に最初に生れた子で、三歳になっても脚が立たず、流し捨てられたと書かれているが、その後どうなったかは書かれていない。



ホツマツタエは次のように伝えている。

ヒルコはイザナギ・イザナミ夫妻の最初の子で、 筑波の「イサ宮」で生まれる。
ヒルコが3歳を迎える年、父は42歳、母は33歳であり、今で言う厄年に当っていた。
この厄がヒルコに及ぶのを防ぐために、イワクス船にヒルコを乗せて流すことにした。( 厄を「水に流す」 )
これを臣下のカナサキ (宇都志日金折命)が拾い、両親に代わって、西宮の廣田宮で育てる。
(西宮神社の由緒を調べると、その痕跡を見ることができる。)



さて、その「ヒルコ」がどうして「ワカ姫」と呼ばれるようになったのか。

厄に祟られることなく無事に成人したヒルコだが、彼女が紀州に住んでいた時、田がイナゴに襲われる。
それを聞いたヒルコは一人現場に急行し、妙なことを始めるのである。

田の東に立って、ヒオウギの花を貼り付けたヒノキの扇であおぎながら、
ある歌を歌いだし、それを360回繰り返した。

その歌とは

たねはたね  うむすきさかめ 
まめすめらの そろはもはめそ 
むしもみなしむ



するとどうだろう。イナゴはさらりと去って、枯れた稲が若返ったのである。
(このイナゴ祓いは、現在も御田植で使う「田扇」や、熊野那智大社の「扇祭」の神事として残っている。)



この「稲を若返らせた姫」から「ワカ姫」の名が生まれたのである。
「ワカ (若)」は「沸く」の名詞形で、「勢い・盛り・繁栄」などの意。

また紀州の豊穣の護りとして「タマツ宮 (玉津島神社)」を建て、ワカ姫の住まいとした。
以降紀州は「ワカの国」ともよばれるようにもなる。(今は和歌山になっている。)



ちなみに「生田神社」という神社は「田を生かす神のやしろ」と言う意味だと思うが、この神社の祭神がまた「わかひめ (稚日女尊)」である。



その後、ヒルコはオモイカネ (思兼神) と結婚して、タヂカラヲ (手力男命) を生む。



参考サイト: http://gejirin.com/hotuma01.html



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コメント
「ワカ」それは、日本人が悠久(いにしへ)をふり返るとき、常に心を留めるふるさとのやうなもの。原点であり、エナジーポイントですね。
芦屋に在住の大江幸久さんがワカ姫ならびにムカツヒメ大神の、精力的な調査をされてをられます。
http://white.ap.teacup.com/applet/hakuto/msgcate21/archive
宏道 | 2013-07-07 20:33 | 編集
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