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ホツマツタエのおもしろ記事(100)『八咫鏡8』

2013-03-24 07:24
ホツマツタエのおもしろ記事(100)  八咫鏡

ホツマツタエ17章『神鏡ヤタの名の文』全文解釈 その8


『惑えるも ミヤビ 中子に 告げ置けば 人 打つ時は 痛み 知る 謗れば恨み 器物 盗まば惜しむ 損なわば シムの痛みも 知る中子』

  • 『惑える (まどえる)』は「まどふ (惑う)」の連体形。「まどふ」は、「逸れる・曲がる・ねじける」などの意。「迷う」も同じ。
  • 『ミヤビ』は「みゆ (見ゆ)」+「やふ」の合成動詞の名詞形。「やふ」は「あふ (合う)」「ゆふ (結う)」の変態。どちらも「合わす・伝える・結ぶ」などの意。ここでは、特に人の心と肉体を結ぶ伝達網を言い、人の「心端 (こころば)」と同義。またミヤビが伝達する情報 (情け) を言うこともある。
  • 『中子 (なかご)』は「端っこ」の反対語。「中身・奥・心・核」などの意で「こころ」の同義語。ここでは「中子=魂」としている。
  • 『謗る (そしる)』は「そす(殺す・損す)」+「しる (垂る・退る・痴る)」の合成語。どちらも「低める・劣らす・蔑む」などの意。
  • 『器物 (うつわもの)』は「入れ物・容器」の意と「道具」の意味がある。ここでは「きぶつ (器物)」と考えれば良いと思う。
  • 『損なふ (そこなふ)』は「そこぬ (損ぬ)」から、「そこぬ」は「そく (殺ぐ・削ぐ)」から派生した動詞で、「低める・劣らす・衰えさす」などの意。ここでは「自分の健康を損なう」の意に使われている。
  • 『シム (親)』ここでは「親族」の意。
  • たとえ中子は曲がり逸れていても、ミヤビは中子に情けを伝えるので、人を打つ時には打たれる痛みを知る。誹謗すれば人は恨みを持つことも、器物を盗めば (盗まれる悔しさを知って) 逆に物を惜しむようになり、健康を損なえば親族の心痛も中子は知る。


『心端 悪しき 業 なせば ミヤビ 中子に 告ぐ 哀れ 人が人打つ 殺すをも 見れば除かん 思ひあり 転ぶも起す 哀れ枝』

  • 『心端 (こころば)』ここでは「情け」(心に湧く気) と同義で、「心に映る感じ」「感情」などの意。
  • 『業 (わざ)』は「わす (和す)」の名詞形で、「わす」は「為す・する」などの意。よって「わざ」は「為すところ・行為」。
  • 『哀れ (あわれ)』「あわ (陽陰)」+「れ」。「れ」は「ある (有る)」の名詞形。「陽陰・明暗があるさま」が原義で、「(陽陰・明暗の) 極端に傾いた感情」を表す。
  • 『殺す (ころす)』は「からす (枯らす)」「こらす (懲らす)」の変態で、「低める・衰えさす・果てさす」などの意。
  • 『転ぶ (ころぶ)』は、ここでは「ころす」の自動詞形で、「低まる・衰える・果てる」などの意。
  • 『哀れ枝 (あわれゑだ)』「哀れの伝達網」の意。「なさけゑだ (情け枝)」とも言う。「枝」は、ここでは「幹から枝分かれするさま」を言い、中子から枝分かれしてネットを作っているミヤビの姿を説明している。
  • 心の映りの良くない行為をすれば、ミヤビは中子にずれた感じを伝える。他人が別の他人を打ち殺すにしても、それを見れば止めようとする思いを起こさせる。ミヤビとは転んだものを起こすという、逸脱した感じを中子に告げる伝達網なのである。


『まして我が身は ミヤビより 胸に通れば 怪し無く 身を治むれど 心端は 奢りを聞けば 欲に染む』

  • 『身 (み)』自分。「み」は「身 (からだ)」と「実 (こころ)」のどちらかを表す場合も多くて煩わしい言葉であるが、ここでは「身+実」の統合を言っている。この意味の場合、筆者は通常は「己」を使うが、ここでは「我が己」となってわけがわからないので「身」とした。
  • 『胸 (むね)』ここでは「中心」の意で「中子」「こころ」の言い換え。
  • 『通る (とほる)』ここでは「達する」の意。
  • 『怪し (あやし)』は「あわし (合わし)」の変態で、ここでは「合わせ・混じり・紛れ・交錯・混乱」の意。「怪し無く」は「紛れもなく」と同義。
  • 『心端 (こころば)』これはおそらく「魂の緒」を言っている。ミヤビは「中子と肉体」を結んでいるが、魂の緒は中子本体の「魂 (陽霊) と魄 (陰霊)」を結んでいる。ミヤビが伝える情けは、魂の緒のフィルターを介して中子本体に伝えられるのだろう。人生経験によって得る意識は、魂の緒の方に記録され、それが人間性を形成するのだと思われる。そしてこれは通常人の場合であって、妹背神であるアマテルには魂の緒の介在が無いのだろうと推察される。
  • 『奢り (おごり)』は「おこり (怒り・熾り)」「ほこり (誇り)」の変態で、「高ぶるさま・勢いづくさま・増長するさま」などの意。
  • 『欲 (ほし)』は「ほす・ほっす (欲す)」の名詞形。「ほす」は「おしむ (惜しむ・愛しむ)」の原動詞「おす (惜す・愛す)」の変態で、「(心に) 合わす・寄せる」の意。
  • まして我が身の場合は、ミヤビから直に中子につながっているので、紛れも無く己を治めることができるが、 (通常人に介在する) 心端は他人が奢るさまを見聞きすれば、あやかって欲に染まってしまう。


『味も色目も よこしまに 魄に肖り 身を枯らす 欲も濯げば 味 直り 妹背の道 成る』

  • 『味も色目も (あちもいろめも)』食欲も性欲も。
  • 『よこしま』 「よこ (横)」+「しま(方・様)」。「よこ」は「よく(避く)」の名詞形で、「よく」は「離れる・反る・曲る・外れる」などの意。「よこしま」は「曲るさま・外れるさま」の意で、「さかしま (逆しま・倒)」「さかさま (逆さま・倒)」などの同義語。
  • 『魄 (しゐ)』ここでは肉体 (魂魄の入れ物) を言う。
  • 『肖る (あやかる)』「あゆ (肖ゆ)」+「かる (交る)」の合成。どちらも「合う・交じる・似る」などの意。
  • 『濯ぐ (そそぐ)』は「(穢や曲がりを) 祓う」「高める」「直す」の意を重ね持つ。「すすぐ (濯ぐ)」の変態。
  • 『味 (あち)』この「味」は「奥にあるもの・本質」の意。
  • 『妹背の道 (いせのみち)』陰陽和る道。陽陰 (天地・上下) の両極の融合による調和の道。メノミヲヤが定めた大宇宙の根本原理。
  • 食欲も性欲もねじけて肉体にからんできて我が身を枯らす。しかし欲もねじけや偏りを取り除けば、その本質は直ぐなものとなり、そこに調和の道が現れる。


『勇むとも 盗む心端 ミヤビより 五臓に告げて 安からず 見目に言葉に 背屈まり 抜き足 応ふ』
『埴 心 万・十万 知れど ミヤビから』

  • 『心端 (こころば)』ここでは「情け」(心に湧く気) と同義で、「心持・感情」などの意。
  • 『五臓 (ゐくら)』根の六臓」から心端 (心臓) を除いた五臓と思われる。
  • 『安し (やすし)』「やす」+「し (如)」『やす』は「和す・収まる」が原義で、「凸凹が和して平らになる」「荒波が凪いで静まる」「緊張が和らいで緩む」などの意。
  • 『見目 (みめ)』見た目。外見。
  • 『背屈まる (せくぐまる)』「背が曲って縮こまる」の意。辞書には「跼る」とある。
  • 『抜き足 (ぬきあし)』「ぬき (和き・温き)」+「あし (足)」。「ぬき」は「ぬく」の名詞形。「ぬく」は「なぐ (和ぐ・凪ぐ)」の変態で、「凸凹を和して平らにする・和らげる・緩める」の意。よって「ぬきあし」は「緩やかな足取り・温い足取り」などの意。
  • 『埴 (はに)』ここでは「埴神 (はにかみ)」を指す。
  • 空元気を装っても盗みを働いた心持は、ミヤビから五臓に伝えられて身体が安らかでない。それが外見や言葉に表れ、背が丸まって縮こまり、抜き足で歩くという反動となるのである。
    埴神は人が大地をどのように踏むかによって、何万・何十万という人の心を知るが、結局それは人のミヤビが人になさしめることなのである。


『鋭 過ぎて成る ハタレ共 それ 試みに 術を為せ 我 早や除く ミヤビあり』

  • 『鋭 (とき)』は「とし (鋭し)」の連体形で「高まるさま・栄えるさま・優れたさま・勝るさま」の意。ここでは「賢しさ・鋭さ・利口・才覚」などを表す。
  • 『ハタレ』は「はづれ (外れ)」の変態で、「外れたさま/もの」の意。反りや曲がりが過ぎて、人から外れてしまった者を言う。
    『人のねぢけの 研ぎ優れ 凝り熟て 六つの ハタレ 成る』ホ8文
  • 『試み (こころみ)』は「こころ (心)」+「みる (見る)」の名詞形。「心を合わす」という意。「心」は、ここでは「物質や肉体の本源・本質」という意で「物質や肉体に先行するもの」を表す。よって「心を合わす」とは「(本格的な行動に) 先行して行う」ことを言う。
  • 『術 (わざ)』ここでは悪霊起源の妖術を言う。六ハタレは悪霊に憑かれた者達である。
  • 賢しさが過ぎて出来上がったハタレどもよ。それ、試みに妖術をかけてみるがいいぞ。我は速やかに払い除けるミヤビを持っている。


『これ 松・榧の 膠なるぞ ミヤビなければ 身も枯るる 枯れて色・欲 何の為ぞや』

  • 『膠 (にべ)』は「にふ (和ふ)」の名詞形。「にふ」は「なふ (綯う)」の変態で、「合わす」の意。 よって「にべ」は「糊・接着剤」の意。ここでは外傷があるとそこから分泌されて有害虫の侵入を防ぐ「樹脂・木のヤニ」を言っている。そしてその機能をミヤビに喩えている。
  • これは松や榧のヤニであるぞ。ミヤビが無ければ体も枯れ果てる。枯れてしまって食欲・性欲が一体何になる。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma17.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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