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ホツマツタエのおもしろ記事(102)『八咫鏡10』

2013-03-25 17:29
ホツマツタエのおもしろ記事(102)  八咫鏡10

ホツマツタエ17章『神鏡ヤタの名の文』全文解釈 その10


『時に笑む ハルナ 六ハタレ 先の罪 許りても解けぬ 己が胸 今 やや割るる 曲り魂の 汚泥 濯ぎて 後の央を置く』

  • 『ハルナ』 六ハタレの首領格だった「ハルナハハミチ」のかしら。
  • 『六ハタレ』6つのハタレ。アマテルの時代に各地で蜂起した反体制勢力で、シムミチ・ハルナハハミチ・イソラミチ・キクミチ・イツナミチ・アメヱノミチの6族。「ハタレ」は「はづれ (外れ)」の変態で「外れたさま/もの」の意。反りや曲がりが過ぎて、人から外れてしまった者を言う。
  • 『許る (ゆる)』は「ゆる (緩る)」で、「緩める・和らげる」「放す・開放する」などの意。
  • 『胸 (むね)』心。「むね」は、ここでは「中心」の意で、「中子」「こころ」の言い換え。
  • 『やや』「ようやく・やっと」の意。
  • 『曲り魂 (こりたま)』「こり」は「こる」の名詞形。「こる」は「かる (離る)」の変態で、「離れる・反る・逸れる・曲る」などの意。「たま (魂)」は、ここでは「心・中子」の意。よって「こりたま」は「曲り逸れた心」の意。「(割るる) 凝り玉」に掛けている。
  • 『汚泥 (をどろ)』「を (汚)」は「ゑ (穢)」の変態。「泥 (どろ)」は「水と埴の混合」を言い、陰の「低まるさま・劣るさま・穢れるさま」を表す。
  • 『濯ぐ (そそぐ)』は「すすぐ (濯ぐ)」の変態で、「(穢や曲がりを) 祓う」「高める」「直す」の意を重ね持つ。
  • 『央 (を)』「央」は「中心」の意で、ここでは「こころ・中子」の意。
  • その時に笑むハルナ。先の六ハタレ事件の罪は許されたが、自分の胸はつかえたままだった。今ようやくその凝り玉が割れる。曲り逸れた中子の汚泥を洗い流して、今後の自分の心とするのであった。


『荒猛に 寄る人も 汚泥 濯がん 誓いなす』

  • 『荒猛 (あらたけ)』環境の荒猛にうまく順応しようとすることが生む、大局を思わず目先の損得のみに心を配り、上手に立ち回ろうとする小手先の態度を言う。
  • 『誓ひ (ちかひ)』は「ちかふ (誓う)」の名詞形。「ちかふ」は「つく (付く)」の変態「ちく」から派生した動詞で、「合わす・留める・縛る」などの意。ここでは「(心に) 合わす・留める・縛る」などの意。「ちぎる (契る)」の変態。
  • これまで荒猛の心に寄っていた人も、中子の汚泥を洗い流すことを誓うのであった。


またタチカラヲ
『谷を出て たまゆら聞けば 密 知れり 喩ひ イソラも 竜・狗も 拉ぐ心地で 侍べりき』


  • 『タチカラヲ』手力雄神。オモイカネとワカ姫の子。斎名:シツヒコ。
  • 『谷 (たに)』「たに」は「たれ (垂れ)」の変態で、「低まるさま」の意だが、具体的には不明。タチカラヲの居所の地理的状況を表すものと推察する。
  • 『たまゆら』「たま」は「たむ (外む・遠む)」の名詞形で、ここでは「隔たる・離れる」の意。「ゆら」は「ゆる (緩る・揺る)」の名詞形で、これも「隔たる」「ぶれがある」の意。つまり「たまゆら」は「めったに無いさま」「(思いと現実の) 隔たりが大きいさま」「思いがけないさま・偶然」などの意。ここでは「偶然」の意。
  • 『密 (みつ)』は「水・蜜・瑞」と同源で、「上澄み・精髄・本質」などの意。
  • 『喩ひ (たとひ)』は「たとふ (喩ふ)」の連用形。「喩えて」の意。
  • 『イソラ』人の妬みや恨みなどの程度の低い想念が生き霊に転じたもの。
  • 『竜 (たつ)』は「たつ(達つ)」の名詞形で、「達したるもの」の意。爬虫類(鱗の動物) の頂点にあるもの。
  • 『狗 (いぬ)』は「おろ (愚)」の変態で、「劣るもの・汚れるもの」の意。「(霊長である人に比べて) 劣るもの」の意で、本来は「けもの (獣)」全般を指す言葉であり、「しし (獣)」「けもの・けだもの (獣)」の同義語である。
  • 『拉ぐ (ひしぐ)』は「ひさぐ (拉ぐ)」「ひしゃぐ (拉ぐ)」の変態で、「押し潰す」の意。
  • 『心地 (ここち)』は「ここつ」の名詞形。「ここつ」は「かくす (隠す)」の変態で、「囲う・包む」また「(人目から) 離す」の意。「ここち」は「隠れて見えないさま」の意で、「心・心に持つもの」を表す。
  • 『侍べりき (はんべりき)』「はんべり」+「き」。「はんべり」は「はべる (侍る)」の連用形の音便。「はべる」は「(心・身を) 添える」の意で、「つかふ (仕ふ) 」と同義。「き」は「しく (如く)」の変化で、「如くあり=しかり」と同義。「侍りき」は「侍るに然り・侍るに違わず」の意。
  • またタヂカラヲは『谷を出てきて偶然聞けば真髄に触れた。喩えて “イソラも竜も狗も押し潰す心持” で仕えるに違わぬなり。』


コモリ 治歌を 考えて
『肺の病 治し易し 情と味の 過ぎ病むも 根に入らぬ間よ 早や癒せ 人業もこれ 色・欲も 道もて為せば 誤たず 横 寄らば 病む 欲しきをも 斎業 なせよ 乏しくと 盗まば枯るる』


  • コモリ (子守神)クシヒコとミホツ姫の子。斎名:ミホヒコ。
  • 『治歌 (たうた)』(心身を) 治める歌。養生歌。
  • 『肺 (ふくし)』肺。「垣」や「構え」に例えられる。肺は外界からの攻撃に対する防壁で、暑寒に対しては衣服を換えて対応するが、人の奢りを羨んで欲に染まってしまうことに対しては無力。
  • 『情と味 (なさけとあち)』情欲と食欲。
  • 『根 (ね)』ここではミヤビによって臓器とシンクロしている中子 (心) を指す。
  • 『色欲 (いろほし)』色欲と物欲。
  • 『道 (みち)』ここでは「(極端に逸れず) 調和する道」「中道」。ホツマでは単に「道」という場合、ほとんどがこの「(相反するものを) 調和する道」を指す。「陽陰和る道妹背の道調の道」である。
  • 『横寄る (よこよる)』「反る・逸れる・曲る・外れる」の意。
  • 『斎業 (ゐゑわざ)』「ゐゑ」+「わさ(業)」。「ゐゑ」は「ゐゆ (合ゆ・癒ゆ)」の名詞形。「ゐゆ」は、ここでは「合う・収まる・直る」などの意。「わざ」は「為ること・行い」の意。よって「ゐゑわざ」は「(曲・逸脱の) 無い所業・直ぐな所業」の意。
  • コモリは養生歌を考えて、
    『肺の病は直し易い。情欲と食欲が過ぎて病むが、中子に入らぬ間よ。早く癒せ。人の行いも同じ。色欲も物欲も調和の道を以て行えば誤らない。曲って逸れるから病む。欲しくとも直ぐな行いを為せよ。乏しいからと盗めば身を枯らす。』


『臣 常に 人の息為を 考えば 騙すは肺 色 腎 盗めば肝へ 損なえば 驚く中子 見目に知る』

  • 『臣 (とみ)』臣の身分の者の自身の謙称。
  • 『息為 (いきす)』生き・活きを為さしめるもの。息をすること。呼吸。
  • 『腎 (むらと)』腎臓。「あふみ」とも言う。
  • 『肝 (きも)』肝臓。「ゆふ」とも言う。
  • 『驚く (おどろく)』は「おどる (踊る)」から派生した動詞で「バタバタする・暴れる」などの意。
  • 『知る (しる)』は「合わす」の意。
  • 臣は常に人の息為を考えていますが、人を騙すと肺、色に溺れると腎臓、盗めば肝臓を損ないます。そうすると中子が驚き、それが外見にも見て取れます。


『言葉・息為の 密 知れば 伝え導き ソロ 肥やし 民 賑わさん 誓ひのみ』

  • 『言葉息為の密 (ことばいきすのみつ)』これはこの日のアマテルの教えとは無関係に、コモリが独自に得た真理と思われる。この辺りは『人の発生』を参照。
  • 『ソロ』は「繁栄・繁茂」が原義。転じて、日・月のエネルギーを受けて実る農作物を言う。
  • 言葉と息為の真理を知ったからには、それを民に伝え導き、作物を肥やして民を賑わさん誓いのみなり。


時に天地照る 御言宣
『むべなり 汝 四方 巡り 培ふ道に 糧 増やし 暇 在らせで 地 巡り 万の葦原も 瑞穂なる』


  • 『天地照る御言宣 (あまてるみことのり)』「天も地も照らして恵む御言宣」の意。要は「素晴らしい・ありがたいお言葉」という意味で、「豊御言宣 (とよみことのり)」と同じ。
  • 『むべ (宜)』は「うま (美・旨)」の変態で、ここでは「(心を) 合わすさま・寄せるさま」の意。
  • 『培ふ道 (つちかふみち)』八咫鏡4八咫鏡5』を参照。
  • 『万 (よ)』は「いよ (弥)」の簡略で、「よ (余)」や「よろ (万)」と同じ。この意味の場合は「世にも恐ろし」など「世」を当てる場合が多い。
  • 『葦原 (あしはら)』葦の繁茂する土地。作物の耕作に向かない湿原を意味する。
  • 『瑞穂 (みづほ)』は「みつふ」の名詞形。「みつふ」は「みつ (満つ)」から派生した動詞で「熟す・実る・至る」などの意。「瑞穂」は「実り・成果・収穫」の意で、「ほつみ」「ほつま」「はつほ」「やまは」と同義。
  • 時に天地を照らし恵む御言宣、
    『麗しや、汝は四方を巡って培う道に糧を増やし、休みなくまた地方を巡り、万の葦原も収穫が可能となった。』


神の御歌に
『培ふば 惨の葦原も 瑞穂 成る 民と成せ 臣 臣と成れ 民』


  • 『神 (かみ)』アマテルを指す。世に生きる人間で「神」と呼ばれるのはアマテルだけである。
  • 『御歌 (みうた)』「歌」の尊敬語。「み (御)」は「かみ (上・神)」の約。
  • 『惨 (み)』は、適当な漢字が無いが「ひ (卑)」の変態で、「低まるさま・劣るさま・不毛」の意。
  • アマテル神の御製の歌に、
    『培えば不毛の葦原も成果なる。民と成せ 臣、臣と成れ 民。』
      (『教えぬ者は臣ならず 教え 受けぬは民ならず』)


諸人に アマノコヤネの 申さくは
『御歌の味は 末々の 民も導き 素直なる 業も教えて 培えば 家も栄えて 繁 殖ゆる 瑞穂と成せる 上み歌ぞ』


  • 『申さく (もふさく)』「もふす (申す)」+「しく (如く)」の合成から「し」をカットして名詞化したもの。これを世間ではク語法と呼ぶ。
  • 『味 (あち)』は「奥にあるもの・奥なる意味・本質」の意。
  • 『成せる (なせる)』「なす (成す)」の連体形。
  • 『上み歌 (かみうた)』「高める歌・勢いづける歌」の意。
  • 諸人にアマノコヤネが申すには、
    『御歌の奥なる意味は、下々の民も導き素直な業も教えて培えば、家も栄えて糧も増える。そうした成果を生む加勢の歌ぞ。』


『かくの教えに 導きて 民も気安く 賑わせて その地 保つ 者あらば 末民とても 上の臣 必ずヲシテ 賜ふなる 御歌なりけり』

  • 『かく』は「しかく (然く・爾く)」の「し」が省かれたもの。「しかく」は「しかし (然し・爾し)」の連用形。「しか (直・確・然)」+「し (形容詞語尾)」。「しか」は「しく (如く)」の名詞形で、「合う・似る・匹敵する」などの意。
  • 『気安し (ゐやすし)』「ゐ (気)」は「き (気)」と同じ。「心やすらかなさまである」の意。
  • 『上の臣 (うえのとみ)』上位の臣。
  • 『必ず (かならず)』は「かなわす (叶えさせる)」の変態で、それが副詞化したもの。「合わす・当てる・他にそらさない」の意。
  • 『ヲシデ (押手)』文字の原点であるタミメ (手印・印相) を平面上に押し写したもので、文字・文書・称号・証書などを表す。
  • 『けり』「しく・あり(如く在り)」→「くあり」→「けり」と転じたもの。「~の如くである・~にたがわず・~なのである」などの意。「き」と同じ。
  • このような教えに導いて、民も心安らかに賑わせん。そしてその地を保つ者があれば、末民であっても上位臣の称号を必ず賜うという御歌に相違ない。


"かけまくも いと畏れみの 御歌" と 三千臣彦も 諸声に 八百万民は 百千声 "あなありがたや あなにゑや あな嬉しや" と 拝み去る ヤタの鏡の 御名の謂 いと恵みなり あな畏かな

  • 『かけまく』は、形容詞「かけまし」の連用形の特殊な用法。「も」を伴う場合が多い。「かしこくも (畏くも)」「恐れ多くも」などと同じ用法。「かけまし」は辞書に無いが、「畏し」「恐れ多し」と同義。
  • 『いと』は「いた (甚)」「いつ (至・逸・厳)」の変態で、「たいそう・優れて・至って」などの意。
  • 『畏れみ (おそれみ)』は「おそる (畏る)」の連体形「おそれむ」が名詞化したもの。四段動詞の連体形は通例「*eru」に作るが「*emu」の場合もある。ホツマには「おそれる」の形は出てこない。
  • 『三千臣彦 (みちとみひこ)』三千人の臣。「ひこ (彦)」は「ひく (引く・率く)」の名詞形で、「(民を) 率く/導く者」の意。また、ヒト (一十) に1歩及ばぬヒコ (一九) の意。「臣」の同義語。「三千」は、臣の数を表す場合のお決まりの数。
  • 『八百万民 (やもよろたみ)』三千臣彦が治める民の総数。これもお決まりの数。
  • 『あな』は「いた (甚)」の変態で「至って・甚く・まったく」などの意。
  • 『にゑ』は「煮え」で「にゆ (煮ゆ)」の名詞形。「高まるさま・栄えるさま・優れるさま・至ったさま」などの意。
  • 『拝む (をがむ)』は「崇む (あがむ)」の変態で、「(心・身に/を) 合わす」「敬う・尊ぶ」が原義。
  • 『謂 (あや)』は「ゆえ (故)」「いゐ (謂)」「い (謂・意)」「あや (文・綾)」「ゆえん (所以)」「いわれ (謂れ)」などの変態。
  • 『畏 (かしこ)』は「かしく (炊ぐ)」の名詞形。「かしく」は「高まる・栄る・優れる・至る」などの意。よって「かしこ」は「尊いさま」の意。
  • 「畏くもたいそう畏れ多い御歌」と三千人の臣達は声をそろえて、八百万の民は百千の声に「何とありがたや、ああ麗しや、何と嬉しや」と拝んで帰っていった。ヤタの鏡の御名の謂れ、たいへんな恵みなり。まことにもって尊きかな。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma17.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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神々の鏡濁るや臣ならず 臣曲がる今民の栄えず

地に堕ちて うつほ拾ひて嘆く雉の ほろろほろろと臣を諭さむ

ふたたびの曲がりを直す道あれど 神の痛みの悲しきことよ

あまつちの 神あれましし 磐の上 咲かせる花の 美しきかな

直ならぬ己が命の因なるを 知りて嬉しき 心やすめり
光 | 2013-03-31 17:43 | 編集
嬉しいコメントいただきました。
あなありがたや。あなにゑや。
御預二号 | 2013-04-01 00:05 | 編集
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