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ホツマツタエのおもしろ記事(106)『オノコロ3』

2013-04-20 03:12
ホツマツタエのおもしろ記事(106)  オノコロ3

ホツマツタエ18文『オノコロと呪ふの文』全文解釈の愚行3


淤能碁呂』のページで「オノコロ」の意味を考察した。
ここで一応確認しておこう。

【オノコロ】
1.央心。中心。核心。本源。
  ●中央部。中国。 ●都。中央政府。 ●核。源。種。凝縮。
2.核心の影響力がつくるシステム・調和・秩序。
  ●中央政府の主権が及ぶ地域。国家。国土。
3.央の凝り。心の結実。思いの実現。




『クニトコタチの 八下り子 何クニサツチ 八方主と 成りてトホカミ ヱヒタメの 国に生む子は 三件の 君・臣・民ぞ』

  • 『クニトコタチ (国常立尊)』ウヒヂニ・スヒヂニより前の、世にまだ男女の別が無かった世代の独り神の総称。クニトコタチは場合によって指し示す神が若干異なるが、ここでは「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八元神と「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の地の十一神を指している。詳しくは こちら を参照。
  • 『八下り子 (やくだりこ)』八方に下った八御子。地上の八方の国々を治める世嗣の君の総称で、クニトコタチ (ミナカヌシを除く) の同義語として使われるが、ここでは「地の十一神」の後を受けて八方の国々の君となったクニサツチを指す。
  • 『クニサツチ (国狭槌尊)』ミナカヌシ (天御中主神) から始まる二十世に続いて八方の地を治めた世嗣の君で、クニトコタチの第二世代に当る。各々五人の子を生み、その内の世嗣御子がトヨクンヌ (豊国主尊)。
  • 『八方主 (やもぬし)』八方の国を治める君。
  • 『トホカミヱヒタメ』それぞれが神の名であると同時に、八つの方位を表す言葉としても使われる。
    ト:南 ホ:東北 カ:西 ミ:東南 ヱ:北 ヒ:西南 タ:東 メ:西北
  • 『三件 (みくだり)』「くだり (件)」は「くさり (鎖)」の変態で、「まとまり・連・続き」などの意。
  • 『君・臣・民 (きみ・とみ・たみ)』クニサツチの子の代から、人は君・臣・民の三つの位に分かれ、それぞれが行うべき業が定まる。日本の場合はクニサツチの5人の子の内、トヨヌンヌが世嗣の君、ハコクニウケモチが臣、残りの二人が民となったと考えられる。
  • クニトコタチの八下り子「~クニサツチ」は八方の国君となる。彼らがト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの8国のそれぞれに生む子は三連の「君・臣・民」に分れる。


『トヨクンヌ 百余る子も 天に逝き 天並の八神 三十二神』

  • 『百余る子 (ももあまるこ)』トヨクンヌは、それぞれ120人の御子を生んだと言う。
  • 『天に逝く (あめにゆく)』世を去って天界へ還る。
  • 『天並の八神 (あなみのやかみ)』「ア・イ・フ・ヘ・モ・ヲ・ス・シ」の8神。「天均神 (あなれかみ)」とも言う。天並神は人の根隅 (外形・骨格・臓・腑・血など) を守る。 → フトマニ図
  • 『三十二神 (みそふかみ)』陽陰の48神から天元神・天並神を除いた32神を「三十二神・見添ふ神」と総称する。この神々は人の外見・容姿を守る。「タミメ彦」とも言い、「タミメ」は「外見目」で「外見・外観」の意。
  • トヨクンヌの生む百人に余る子らも、世を去って天に還れば星となる。これらが天並の八神であり三十二神である。


『御子ウヒヂニは モモヒナに 幸ひ 成して 真榊を 植えて数ふる 六十年の 末枝も 六百に 十枝 生え 六万年 千枝に 尽き枯るる』

  • 『ウヒヂニ (泥土煮尊)』トヨクンヌの世嗣御子。陰陽両性だったクニトコタチの時代が終わった後、初めて男性として生まれて来る。女性として生まれたスヒヂニ (沙土煮尊) と結ばれ、初めて夫婦の君となる。
  • 『モモヒナ』ここでは「モモヒナミ」を指し、これはスヒヂニの幼名。
  • 『幸ひ (さいあひ)』は大きく2つの意味に分かれる。ここでは「さふ (障ふ・支ふ)」+「あふ (合う)」の複合語の名詞形。「さふ」は「そふ (添う)」の変態。どちらも「合う・和す・付く・結ぶ」などの意。よって「さいあひ」は「和合・結合」の意。もう一つは「さふ (繁ふ・聳ふ・騒ふ)」+「はふ (栄ふ・映ふ)」の複合語で、「繁栄・幸福」の意を表す。しかしホツマの思想では「繁栄」の基は「和合・調和」であるから、結局同じことなのかもしれない。
  • 『真榊 (まさかき)』真榊の枝は1年に半寸伸び、60年で3尺となり同時に新たな枝が生える。6万年で千枝となり枯れる。よって真榊の枝の数と長さを見れば時間の経過が判る。これを暦として利用していた。詳しくは真榊を参照。
  • 『末枝 (すはゑ)』「すえ (末)」+「はゑ (生え)」の合成で、「若枝・梢」を表す。辞書には「楚・楉・杪」とある。
  • トヨクンヌの世嗣御子ウヒヂニはモモヒナミと和合し、真榊を植えて歳月を数える。60年に1枝生える若枝も600年には10枝となる。6万年に1000枝になると尽きて枯れる。


『植え継ぎ五百の 後の初 五百次天の 真榊を 君の御業と』

  • 『植え継ぎ五百 (うえつぎゐも)』誰が真榊を植え始めたのかは明らかでないが、ウヒヂニ・スヒヂニの生れる頃にその植え継ぎが五百回に達する。それでこれを「五百継の天の真榊」と呼ぶ。この時点で世に男女の別が生じ、その結合によって子孫を作るようになるなど「陽陰なる道」に大きな変化が起ったらしく、区切りとしてカウンターを "0" に戻している。これ以後を「五百継の天の真榊」に次ぐ真榊という意味でおそらく「五百次の天の真榊」と呼ぶ。
  • 『君 (きみ)』初めて夫婦となったウヒヂニ・スヒヂニ以降、「君」は「キとミ」の夫婦を言うようになる。「キとミ」は「陽と陰・日と月」を意味する。これは妹背神のアマテルが君となるまで続く。
  • 真榊の植え継ぎが五百回に達して、これを一旦の区切りとした後の初年に、「五百次の天の真榊」の植え継ぎを天君の御業と定めていた。


『諸共に 真榊 二十の 余る頃 弁別 あらず』

  • 『諸共に (もろともに)』「キ・ミ諸共に」「夫婦諸共に」の意。夫婦 (陽陰) 和合して「和の道」(調和による秩序) に世を治めてゆくも・・・
  • 『真榊二十の余る頃 (まさかきふそのあまるころ)』五百次の真榊の植え継ぎが20回を越えた頃。おおよそウヒヂニ・スヒヂニから120万年後。
  • 『弁別 (わいため)』「わい」+「ため」の複合語。「わい」は「わき (分き・別き)」の音便。「ため」は「たむ (留む・治む)」の名詞形。「たむ」は、ここでは「合わす・治める・直す」などの意。「わいため」は「良し悪しを分別して己を治めること」の意。
  • 天君夫婦は和合して「和の道」に世を治めてゆくも、五百次の真榊の植え継ぎが20回を越えた頃になると、調和の道は衰えて世の弁別は失われる。

    『六世の嗣 オモタルの神 カシコネと 八方を恵りて 民を治す ヲウミ 安曇の 中柱 東はヤマト ヒタカミも 西はツクシの 葦原も 南 阿波・ソサ 北は根の ヤマト サホコの チタルまで 及べど 百万年 嗣子なく 道 衰ひて 弁別 無』ミ2文
    『二十一の鈴の 年 既に 百二十万七千五百二十に "鑑みれども 神孫の千五百 大人ある その中に 陽陰の道 得て 人草の 嘆きを和す 守 あらず あらねば道も 尽きんか" と』ホ4文


『二神の 継ぎて 遍く 和り恵り 民の教えは 鋤・鍬や』

  • 『二神 (ふたかみ)』イザナギとイザナミの夫婦。オモタル・カシコネを最後にクニトコタチから続く皇統は途絶え、神代の日本は滅びる。その後に天つ君となった二神は、何もかも始めからやり直さなければならなかった。二神は、退廃した日本に再び「経矛の道 (法と戒の道)」を敷き、臣民を指導し、産業を復興させてゆく。
  • 『遍く (あまねく)』形容詞「あまねし (遍し)」の連用形。「あまね」+「し (如)」。「あまね」は「あまぬ」の名詞形。「あまぬ」は「あまる (余る)」「あふる (溢る)」などの変態で、「満ちる・至る」などの意。よって「あまねし」は「満ち至る如し・行き届く如し・全体に及ぶ如し」の意。
  • 『和り恵る (のりめぐる)』「乗り巡る」の裏の意で、「和して (やわして) 恵む」ことを言う。「和して恵む」とは「調えて高める」という意。地を治める天君は「天地つ日月」と呼ばれ、天空を巡って天と地を和して恵む「日と月」に喩えられる。このため天君が外遊することは常に「和して恵む」という意味を伴うのである。「和り恵る」の概念が名詞化して「みめぐり」「めぐり」「みかり」「みゆき」などとなる。
  • 『鋤 (すき)』「すぐ (直ぐ)」の名詞形。「すぐ」は「合わす・直す・調える」などの意。ここでは単に農器具の鋤を言っているのではないと思われる。
  • 『鍬 (くわ)』は「こゆ (肥ゆ)」の変態「くゆ (越ゆ)」の名詞形。「くゆ」は「高める・勢いづける・栄す・優れさす」などの意。これもやはり単に農器具の鍬を言っているのではないと思う。
  • 二神は世の治めを継いで、日本中にあまねく出向いて和し恵む。民に教えたのは自己の「調和・調律」と「伸展・向上」であった。


『角 有る無きの けだ物を 乗り旨ければ 馬となし 乗り憂しければ 牛として 田の粗鋤きや にもつもの』

  • 『角 (つの)』は「との (殿)」の変態で「突出・傑出・才覚」などの意。
  • 『けだ物 (けだもの)』「けだ」+「もの (物)」。「けだ」は「くつ (朽つ)」の変態「けつ (消つ)」の名詞形。「けつ」は「低まる・劣る・衰える」などの意。「もの」は代名詞と考えてよい。よって「けだもの」は「(人に) 劣る物」の意。通常は「獣・動物」を意味するが、ここでは「(人に劣る) 青人草」=「民」を言っているように思う。
  • 『にもつ』は「荷を持たせる」「担わせる」の意だが、「にもつ」という一つの動詞だと考える。
  • 適性や才覚を持つ・持たずの青人草を、乗りうまければ馬として使い、乗りうしければ牛として田の粗鋤きや荷を負わせるものとして使うように、その適性に合せて教え育んでいったのである。

    『二神 受けて 親となり 民を我が子と 育つるに 篤く教えて 人と成す』ホ17文
    『二神の 経・矛に治む 年 経れば 鈍・均・鋭の 民 現るも 喩えば 数の 器物 屑を捨てなで 鈍・鋭を 均し用いん 天地の心ぞ』ホ17文


『かくぞ実心 尽し 以て 民も気安く 成す国を オノコロ州と 名付くなり』

  • 『実心 (みこころ)』「み (実)」+「こころ (心)」。どちらも「奥・中・中心・核心・本源」などの意。ここでは「奥なる思いの核心」という意で、「まごころ (真心)」そして「おのころ (央心)」と同じ。
  • 『尽す (つくす)』「つく (付く)」+「す (為・使役)」。「付かす・付ける」と同義で「合わす・添える」の意。
  • 『以て (もて)』「もち(持つ・用つ)」+「て(助詞)」の音便。「合せて・用いて・~して」などの意。
  • 『気安し (ゐやすし)』「ゐ (気)」は「き (気)」と同じ。「心やすらかなさまである」の意。
  • 『オノコロ州 (おのころじま)』「オノコロ」はここでは「央の凝り・心の結実・思いの実現」などの意。二神の真心が形となった国 (日本) を表す。「しま (州)」は「しめ (占め・締め・閉め)」の変態。「分け・区分・区画」が原意で、水上に浮かぶ「島」に限定されない。「しふ (州)」「しい・しゐ (州)」「すみ (隅)」などもこの変態である。ここでは「くに (国)」の言い換えである。
  • 『名付く (なづく)』は、元来は「名を付ける」の意ではなく、「なつく (懐く)」である。「なつく」は「なづ (撫づ)」+「つく (付く)」の合成で、どちらも「合わす・付ける」の意。「なづ」という動詞から「な (名)」という名詞が生まれているのである。
  • このように真心を尽くして、民も心安く住めるよう再生した国を、オノコロ州 (央の凝州) と名付けたのである。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma18.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html




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