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ホツマツタエのおもしろ記事109『気吹戸主』

2013-04-26 14:22
ホツマツタエのおもしろ記事(109)  気吹戸主



「イブキドヌシ」は「気吹戸主」「伊吹戸主」などと書かれ、ホツマでは「イブキド」「イブキヌシ」とも呼ばれているが、 謎の多い人 (神) である。


イブキヌシは「大祓詞 (おおはらえのことば)」に出てくる「祓戸四神」の一柱として一般に知られている。

『延喜式祝詞 大祓詞』 
佐久那太理 (さくなだり) に落ちたぎつ速川 (はやかは) の瀬に坐 (ま) す瀬織津比売 (せおりつひめ) と云ふ神、大海原に持ち出でなむ。如此 (かく) 持ち出で往なば、荒塩 (あらしほ) の塩の八百道 (やおぢ) の八塩道 (やしほぢ) の塩の八百会 (やほあひ) に坐す速開都比売 (はやあきつひめ) と云ふ神、持ち可可呑 (かかの) みてむ。如此可可呑みてば、気吹戸 (いぶきど) に坐す気吹戸主 (いぶきどぬし) と云ふ神、根国 底之国 (ねのくに そこのくに) に気吹 (いぶ) き放ちてむ。如此気吹 (かくいぶ) き放ちてば、根国 底之国に坐す速佐須良比売 (はやさすらひめ) と云ふ神、持ち速佐須良比 (さすらひ) 失ひてむ。

ホツマでおなじみの名前や言葉がふんだんに現れている。しかしホツマの伝えに照らしてみると、この祝詞の内容は何が言いたいのかさっぱりわからない。



ホツマは次のように伝えている。

イブキドヌシは「ツキヨミ (月読命)」と「イヨツ姫」の子で、斎名は「モチタカ」。アマテルの三つ子の姫の一「タナコ」(市杵島姫) を娶り、「イヨツヒコ」「トサツヒコ」「ウサツヒコ (菟狹津彦)」を生む。

『ツキヨミの妻 イヨツ姫 生む モチタカは イフキヌシ』ホ6文
『タナコ姫 イフキト宮に 生む御子の 兄はイヨツヒコ トサツヒコ ウサツヒコ』ホ28文



「イブキドヌシ」とは「イブキドの主」という意味である。
「イブキド」とは、四国の24県を治める政庁の名で、正確には「イブキト宮」と呼ばれる。 そしてこの政庁はもともとは「外の宮 (とのみや)」「外つ宮 (とつみや)」と呼ばれた。「外 (と)」は「外・遠・飛」の意で、海に隔たる「外つ地 (とつくに)」を指す。これは四国を表す名の一つである。 四国は他に「ソアサ」「イヨアワふた名」とも呼ばれる。

イブキヌシの父のツキヨミは、四国の守だった「イヨツヒコ 」(別名:アワツヒコ) の娘「イヨツ姫」を娶り、「外の宮」で舅を継いで四国24県を治めていたのである。

『弟 ツキヨミは 日に仕きて 民の政を 助けしむ イヨの二名の 治まらで ツキヨミ 遣れば イブキ 上げ 外の宮に治す』ホ6文

これより四国の政庁「外の宮 (とのみや)」は、「イブキ外宮 (いぶきとみや)」とも呼ばれるようになったようである。「イブキ (気吹・息吹)」は、「勢い・栄え・成果」などの意。
ツキヨミの世嗣子であるモチタカは「イブキ外宮の主」、これが「イブキドヌシ」の名の由来である。

この四国の政庁は後には「阿波宮 (あわみや)」とも呼ばれ、また事代主の「ツミハ」(積羽八重事代主) がその主になっていることから「事代が館 (ことしろがやかた)」とも呼ばれている。この政庁の跡が現在の「金刀比羅宮 (ことひらぐう)」と思われ、おそらく「ことひら」とは「ことしろ」の訛りである。



アマテルの時代に「六ハタレ」という反体制勢力が各地で蜂起する。この六ハタレの最後の一つに「アヱノミチ・アメヱノミチ」という集団があった。これは「アヰヌ」(天狗) の霊が人や獣に憑いて化けたものである。「ミチ」というのは「満ち」で、「進化・熟成して化けたもの」というような意味。「かみ (醸み)」とも言う。

アヱノミチの首領は、チワヤからアマテルに話合いを申し出てくる。アマテルはそれに応じてチワヤに向かうが、話合いにはイブキドヌシを勅使と送る。しかし代理を送られたことに怒り、戦闘が始まる。

『チワヤより アメヱノミチが 御神に "事 語らん"と 呼ばらしむ 君 イフキトに 執めしむ』ホ8文
『鳴り捲る ハタタ神なり イフキドは ウツロヰ 招き これを消す』ホ8文
『叢雲 覆ひ 暗ませば シナトを招き 吹き払う 炎を吐きて 室 焼けば タツタ姫 招き これを消す』ホ8文


  • 『チワヤ』不詳。大阪・奈良・和歌山の三府県を分ける金剛山に千早 (チハヤ) 峠というのがあり、千窟 (チワヤ) とも呼ばれるが、あるいはここを言うのかもしれない。
  • 『ハタタ神』は「かみなり (雷) 」のこと。
  • 『ウツロヰ』は、空を治める自然神で、「鳴神 (雷) の主」と書かれている。
  • 『シナト』は「シナトベ」とも言い、風を治める自然神である。
  • 『タツタメ』は「タツタヒメ (龍田姫)」とも言い、竜を治める自然神である。竜を操って火を消し、高波を静める。


こうしてイブキヌシらにより「アメヱノミチ」は退治され、六ハタレによる反乱も治まる。ここに記されているように、イブキヌシはウツロヰ・シナト・ミヅハメなどの自然神を自由に呼んでその力を駆使できたようだ。



「ハタレ」とは「はづれ (外れ)」の変態で「外れたさま/もの」の意。反りや曲がりが過ぎて、人から外れてしまったさまを言い、特に悪霊に憑かれて人の道を外れた者を言うが、憑依した悪霊を取り除く方法があった。その人の霊 (血) を絞り、その血で誓書を書かせ、海の潮を浴びさせるのである。そしてその後「マフツの鏡」に真実の姿を写してみて、化け物の影が映らない者は再び国民となされたのである。

ハタレに書かせた誓書は「高野のタマガワ」という場所に埋められたのだが、後に化け物がでるようになったという。そしてイブキドヌシがそこに宮を建てると化け物は鎮まって出なくなったという。イブキヌシはこの功により「タカノ守」という守名を賜っている。

『そのヲシテ ハタレマ 九千と 民 九万  埋む高野の タマカワぞこれ』ホ8文
『タカノには 化け物 出でて イフキヌシ 宮を建つれば 鎮るに ヲシテ 賜わる タカノ守』ホ8文

イブキヌシが建てた宮とは、現在の「丹生都比売神社 (にうつひめじんじゃ)」と推測している。祭神の一人の「高野御子大神」はイブキヌシを指すように思う。



六ハタレによる反乱が治まった後、その根源である根のマスヒトの討伐将軍にイブキヌシは任命される。

『弥治まれど 源は 根のマスヒトに 因るなれば イフキトヌシに 討たしむる』ホ9文


討伐に向かう途中、改心したソサノヲと合流し、ハタレの根を絶つ。
(詳しくはこちら。)

『打ち連れ 宿る サタの宮 法を定めて ハタレ根も シラヒト・コクミ オロチらも 討ち治めたる』ホ9文

  • 『サタの宮』は、ここでは「サタの粗の政庁」の意で、粗長 (あれをさ) の宿舎も兼ねる。「粗 (あれ)」とは、幾つかの村を束ねた行政区を言い、サタの粗長がアシナツチであった。「サタの宮」は、須佐神社と推定している。
  • 『ハタレ根』は「ハタレの根源」という意で、サホコチタルのマスヒト「アメオシヒ (天忍日命)」を指す。
  • シラヒトコクミ「流離の刑」に処せられたこの二人を「アメオシヒ」は臣として登用したのである。
  • 『オロチ』人間の曲りやねじけが生き霊となったもの。「イソラ (卑霊)」とか「ハハ (穢)」とも言うが「オロチ」の方がパワフルなイメージがある。またそれらに取り憑かれた生き物を言う。ここでは特にモチコハヤコを指す。


この功によりイブキヌシは「ヤマタ県」を賜り、「阿波のイブキ守」と呼ばれるようになる。ヤマタ県は「讃岐の山田」を言うと思われ、現在は香川県木田郡となっている。

『ヤマタ県を モチタカに 賜えばアワの イフキ守』ホ9文



ニニキネ (瓊瓊杵尊) は八州を巡り、農業用水を確保するため各地に川や池を掘り、壮大な土木工事で日本列島を大改造するのだが、地方を知行する国守たちもこれに倣っている。イブキヌシも自国の伊予に川や池を掘り、その土を盛って富士山を模した「天山 (あめやま)」を造っている。

『伊予のイフキは アメ山に 写し 田を成す』ホ24文



これを以て、イブキヌシに関する記事は一旦途絶える。
そして、かなり時代が過ぎ去ってから再び登場してくるのである。

天の真榊」は、天君の宮の庭に植え継いできたが、50本目の真榊 (五十鈴) は植え継ぐこと無く自然に生えてきた。アマテルはこれを見て自分が世を辞む時期が来たことを悟る。
そしてこの五十鈴が6万年の天寿を全うして枯れたが最後、真榊は二度と生えてくることはなかったのである。植え継ぎは可能だったのかもしれないが、真榊の植え継ぎは天君の御業であるため、臣が代行することはできない。皇太子の「タケヒト」(神武天皇) は、この時、宮崎にあってまだ即位しておらず、天君不在の状況だったのである。
そこでアマノコヤネ (天児屋命) は野生の真榊の苗木を探しに全国を巡るが、成果は得られず、伊予の「事代が館」(四国の政庁舎) に入る。そこには事代主のツミハ、大物主のクシミカタマが待っていた。

ツミハ:『鈴苗 有りや』
コヤネ:『嘗て無し 手を空しくす』
クシミカタマ:『翁 植えんや』
コヤネ:『我は臣なり 君 植ゆる 天の真榊 如何にせん 我は宣言 宣んすのみ』
クシミカタマ:『汝 治を棄つや』
コヤネ:『治は棄てず 植ゆを恐れて』
クシミカタマ:『イブキ守かや』
ホ28文

天君不在の状況ならやむを得ないとして、大物主クシミカタマがコヤネに真榊の植え継ぎを促す。しかしコヤネはそれを恐れて拒む。そして恐れる理由は「イブキ守か?」とクシミカタマが尋ねているのである。

恐れる理由はよくわからない。この時イブキヌシがこの世に生きているのか、死んで神となっているのかもよくわからない。



しかし後に「ヤマトタケ (日本武尊)」は、伊吹山で「荒ぶる神=イブキ神」に祟られ、それが元で命を落とすのである。

『荒ぶる神の 現るを聞き 剣 解き置き 軽んじて 至る神方に 和幣 無く 行き過ぐ道に イフキ神 大オロチ 成して 横たわる』ホ40文
『"これ汝 あれかた神の 仕ひなり あに求むるに 足らんや" と 踏み越え 行けば イフキ神 ツララ 降らして 明を奪ふ』ホ40文



イブキヌシがどうして「荒ぶる神」と恐れられるようになったのか、ホツマは沈黙している。 ここで頭をかすめるのが、イブキヌシの父ツキヨミのことである。

オモタル時代の末期には種籾の力が衰えて来ていて、米の収穫量が減り始めていた。クニサツチの子に「ウケモチ (保食神)」がいて、その子孫は山背 (やましろ) の花山周辺を治めていた。この一族は先進の農業技術を持っていたらしく、その族長は代々ウケモチの名を世襲したようだ。
アマテルはこのウケモチから、収穫力の高い籾種を得ようと、使者としてツキヨミを派遣する。現地に赴いたツキヨミは、彼らの礼の無い対応 (これはツキヨミの誤解だと思われる) に憤り、ついに剣を抜いてウケモチを殺してしまう。
報告を受けたアマテルは、ツキヨミの臣としての任を解く。これ以降、ツキヨミは歴史から姿を消し、その名を語られることも無くなるのである。

これは臆測にすぎないが、イブフキヌシが荒ぶる神となったのは、このツキヨミの事件が大本に潜んでいるように思えてならない。



もう一つの謎は、イブキヌシとソサノヲの因縁である。
イブキヌシは、ハタレ根を討伐に向かう途中、改心したソサノヲと合流し、共にこれを根絶する。これによってソサノヲは罪人の身分から救い上げられるのである。
一方で、ソサノヲの転生であるヤマトタケは、イブキ神によって命を落とすのである。
ヤマトタケは死後、父の景行天皇の夢に現れ、こう語っている。

『大神 ソサノヲに 曰く "如何ぞ 地 望む" 陽陰法 成せば 地の守 教えの歌に "天が下 和して恵る 日月こそ 晴れて明るき 民の父母" これ 解けず 罪に落つるを イフキ守 率きて守とす ニニキネは この心 以て ほつま 得て 天君となる 羨みて 仮の親子ぞ』ホ40文

この記事が唯一のヒントであるが、奥なる意味は解けていない。




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma08.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html
     :http://gejirin.com/hotuma24.html
     :http://gejirin.com/hotuma28.html
     :http://gejirin.com/hotuma40.html



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