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ホツマツタエのおもしろ記事131『御諸山』

2013-06-30 11:52
ホツマツタエのおもしろ記事(131)  御諸山


ホツマツタエ23章『衣定め 剣名の文』全文解釈 その10


「みもろ山」は奈良県桜井市にある山で、「御諸山」「三諸山」と書かれ、「みわやま (三輪山・神山)」とも呼ばれる。
古くから神の宿る山と神聖視され、明治に至るまでは一般人が足を踏み入れてはならぬ禁足の山であった。
ホツマはここで「みもろ山」の由来を語る。


クシヒコは 大和山辺に 殿 造り 齢を考えば 年 すでに 十二万八千百 際あれば 後の守りは トヨケ法

  • 『クシヒコ』アマテルの娘のタケコと甥のオホナムチの子で、アマテルの孫に当たる。2代大物主。「埴祭の法」と「宮造り法」を定めた功により「大国主」という守名をニニキネより賜る。またさらにアマテルよりは「ヤマトヲヲコのノミタマ (大和大国魂)」という守名と、皇位の璽としてアマテルが二神から受け継いだ「天の逆矛」を授けられる。
  • 『大和山辺 (やまとやまべ)』大和国 (現在の奈良県) の山沿い。後の大和国山辺郡。
  • 『殿 (との)』は「つの (角)」の変態で、「立つもの・突出するもの」の意。ここでは「建物 (たてもの)・館 (たち)」を表す。この殿が「大和神社 (おおやまとじんじゃ)」の前身だったと推測している。
  • 『齢 (よ)』は 「よふ」の名詞形の簡略。「よふ」は「おふ (老ふ)」や「よむ (熟む)」の変態で、「高まる・栄える・進展する・熟す」などの意。よって「よ」は「熟成・進展・発展・成長」、また「世において進展した時間」の意で、「よはひ (齢)」と同義。
  • 『考ふ (かんがふ)』は「かかふ (抱ふ)」の音便。「(心・意識に) 合わす」の意で、「おもふ (思う)」「おぼふ (覚ふ)」と同義。
  • 『年 (とし)』は「たっし (達し)」の変態で、「到達・完成・完了・成果・収穫」などの意。ここでは「1年」の意で「太陽の1サイクルの完了」を表す。
  • 『すで (既)』は「すつ」の名詞形で、「すた (すたすた)」「つと (夙)」「さつ (さっと)」などの変態。「勢いの良いさま・速いさま・達し至っているさま」を表す。
  • 『際 (きわ)』は「きむ (決む・極む)」の変態「きふ」の名詞形。「きむ・きふ」は「満ちる・至る・果てる・終わる」などの意。おそらく「きふ」=「きゅう (究)」である。よって「きわ」は「決まり・極まり・限界・果て」などの意。
  • 『後 (のち)』は「のす (伸す)」の変態「のつ」の名詞形。「のす・のつ」は「延びる・広まる・進展する」などの意で、「のち」は「先・未来・将来」を意味する。
  • 『守り (まもり)』は「まもる」の名詞形。「まもる」は「はべる (侍る)」の変態。「合わす」が原義で「添う・付く・仕える・治める・調える・保つ・見張る・世話する」などの意を持つ。ここでは「仕える」の意。よって「まもり」は「仕え・奉仕」であり、また「仕え」は「まめ (忠)」の同義語。
  • 『トヨケ法 (とよけのり)』別名「逆矛の法」。「調の道」に逆らう者を排除して調和と秩序を守ることを言い、「隈の神」とも同義。「調の道」は八方の臣民を活け恵む君の母心であるに対し、「逆矛の法」はその君の恵みを内外の乱れから厳しく守る父の心だという。籠神社や伊勢神宮の内宮と外宮は、その精神を表したものという。「逆矛の法」を実践した者には、トヨケイサナミ・クシヒコの三人がいるが、いずれも天君を地に残し、自らは世を去っている。天上界から下界を守ることが「逆矛の法」の前提となっているらしい。
  • クシヒコは大和国の山辺に殿を造り、齢を考えれば既に128,100年に達していた。一生が極まれば、後の忠はトヨケ法である。


魂の緒 入れて 皇の 代々 守らんは 陽陰の道

  • 『魂の緒入る (たまのをいる)』 「魂の緒」が「魂」と「魄」を結い合わすことによって、人は世における生命を得ている。したがって魂の緒は人の「生命線」だと言える。(詳しくは『魂魄と魂の緒』を参照) よって「魂の緒入る」とは「根性入れる・精魂を込める・性根を据える・命を懸ける」というような意を表す。
  • 『皇 (すべらぎ)』中央政府の総統。=天君。「すべる (統べる・総べる)」+「き (貴・熟)」。「き」は「きみ (君)」と同じと考えて良いと思うが、二神以前は夫婦一対で「君 (き・み)」であったため、厳密には「き」は「男君」を表す。
  • 『代々 (よよ)』は「いよいよに・ややに (弥々に)」と同じ。ここでは「ますます・連々と・連綿と・途切れることなく・常に」などの意。
  • 『陽陰の道 (あめのみち)』陽陰和る道 (あめなるみち)。根源神アメノミヲヤが定めたこの世とあの世を貫く根本原理。ここでは陽・陰の相反する二極を和合することによって生まれる「調和と秩序の道」を言う。したがって「陽陰の道」は「妹背の道 (いせのみち)」、また「調の道 (とのち)」「円道 (まとみち)」「和道 (やまとぢ)」に同じ。
  • 皇が命を懸けて、絶えることなく守ろうとするは陽陰の道なり。


ミモロの山に 洞 掘りて 天の逆矛 放けながら 入りて静かに 時を待つ 直ぐなる主を 見分けんと 直ぐな印の 杉 植ゆる

  • 『ミモロの山』 後述する。
  • 『洞 (ほら)』は「ほる (掘る)」の名詞形。「掘る」は「放る (ほる)」と同じで、「放つ・除ける・空ける」などの意。よって「ほら」は「払い除けた所・空き・空間・空洞」などの意。「はら(原)」「あな (穴)」「ひろ (広)」「うろ (空・虚・洞)」「むろ (室)」「ふろ(風呂)」などの変態。
  • 『天の逆矛 (あめのさかほこ)』「逆矛」は「調の道にらう者をほころばすもの」の意で、中央政府の警察力を象徴する物実。アマテルは皇位の璽として三種宝の制を定めるが、それ以前には「経」と「逆矛」の二種が代々受け継がれていた。この二種は三種宝の「陽陰なる文」と「八重垣の剣」に相当し、アマテルはイザナギ/イザナミの二神よりこの二品を受けている。この「逆矛」をアマテルは、八重垣の臣 (=オオモノヌシ) のクシヒコに授けたのである。詳しくは『大和大国魂』を参照。「天の」は「中央政府の・皇位の璽の」などの意。
  • 『放く (さく)』は「離く・避く」と同じで、「離す・放つ・出す・開く・広げる」などの意。ここでは「曝け出す」と同義。
  • 『ながら (半ら・乍ら)』は「ながる」の名詞形が副詞化したもの。「ながる」は「なぐ (和ぐ)」から派生した動詞で「合わす・交える・釣り合う・匹敵する」などの意。
  • 『静か (しづか)』は「しつ (垂づ)」+「しか (如・然)」の合成から「し」をカットして名詞化したク語法の一種。「しづ」は「低まる・劣る・衰える」などの意。よって「しづか」は「静まる如きさま」の意。
  • 『時 (とき)』ここでは「陽陰の道」が衰えて、その再興を要する時。
  • 『直ぐなる主 (すぐなるぬし)』心の曲り・偏りの無い主。「主」は、ここでは「君主・皇・天君」を指すと思われる。
  • 『印 (しるし)』「しらせ (知らせ)」の変態と考えて良い。正確には「しる (知る)」+「しく (如く)」の合成から「く」をカットして名詞化したク語法。
  • 『杉 (すぎ)』は「すぐ (直ぐ)」の変態。三輪山には『しるしの杉』というのがあり、大神神社 (おおみわじんじゃ) は「杉の御社」の別名を持つ。
  • 『植ゆる (うゆる)』は「うゆ (植ゆ)」の連体形 (他下二)。「うゆ」は「うむ (埋む)」の変態で、「合わす」の意。終止形と連体形は明確な区別なく用いられる。現代語では「うえる (植える)」と独立の動詞となっている。
  •  (クシヒコは) ミモロの山に辞洞を掘り、拝領の天の逆矛を抜き持ったまま洞に入り、静かに自分の出番の時 (万一調和と秩序の道が衰えてその再興を要する時) を待つ。直ぐなる君主を判別するために、直ぐなる象徴の杉を植える。


「ミモロ山」は、クシヒコが辞洞に入った時には既にその名があった如くに読めるが、そうではないだろうと思う。クシヒコがその山の洞で世を辞み、その霊魂が宿っているから「ミモロ山」と名付けられたのである。

「みもろ」は「みもる」の名詞形で、「みもる」は
「み (「見る」の連用形)」+「もる (守る)」の複合動詞である。
したがって「みもる (見守る)」は「みまもる (見守る)」と同じである。

また「見守る」は「みはる (見張る)」と同義であるので、
その名詞形「みはり」から「みわ (三輪)」が生まれる。
また「直ぐなる主を見分く(みわく)」ので「みわ (三輪)」である。

よって「みもろ (御諸)」=「みまもり (見守り)」=「みはり (見張り)」
  =「みわけ (見分け)」=「みわ (三輪)」である。


『際あれば 後の守りはトヨケ法』
『代々守らんは陽陰の道』
『天の逆矛 放けながら入りて静かに時を待つ』


調和と秩序の道を見張り、治めの道を敷く主の曲りを見分けるために、クシヒコの霊魂が宿って、剣を抜き持った仁王像のように番をする山、これが「ミモロ山=ミワ山」である。

さらに「もり・もろ (守)」は「もの (物)」の変態なれば、「みもろ」は
「み (御・上)」+「もろ (守)」=「おお (皇・大)」+「もの (物)」で、
「オオモノヌシ」を表す名でもある。


後にアマテルはこう語っている。

『クシヒコ 生まれ 直ぐなれば 授く御矛に 鑑みて ミモロに入りて 時 待つも 道 衰はば また出でて 熾さんためや』ホ28文

そしてそのクシヒコの霊魂は実際に、オオモノヌシ断絶の危機にクシミカタマを嗣とするため「ミモロ神」として現れ、また崇神天皇の御代の国家存亡の危機には「大物主神」として現れ出るのである。


クシヒコはテルヒコの右の臣として侍るが、1年も経ずに宮を移転するというテルヒコの意向を承服できず、身を挺しての諌めとしてその職を辞して去っている。

モノヌシは 怒りて曰く
『フトタマは 君の執の大人 臣翁 昨日 万歳 君 祝ひ 今日 また変わる 宮遷し』
『万千は遠し 一年も 経ざるを迫めば 世の恥は 汝の心 穢れより』
『君 肖らば 我 居らず 茜炎に 潰みすとも 磨金 食めど 穢れ 得ず』
かく言い 帰る ホ20文


クシヒコの何を犠牲にしようとも、相手が何物であろうとも「穢れ食まず」「曲りを絶つ」という頑固なまでの直き精魂は、八重垣の臣 (大物主家) の伝統となる。
クシヒコの8代の孫のオミケヌシ (大御気主命) は、開化天皇が、父・孝元天皇の妻イカシコメを内宮に立てるに際し、シラウド・コクミの母犯しの例を挙げて諫めるも、聞き入れられず、やはり父のミケヌシと共に宮を落ちている。

『オミケヌシ 諌め申さく "君 聞くや シラウド・コクミ 母 犯す 汚名 今にあり 君 真似て 汚名を被るや"』
『嘆きて曰く "大御神 陽陰の道 成す 代々の君 継ぎ受け 収む 天地日月 汝が政 諌めずて 阿り 君を 穴にする 心 汚なし 君 如何ん 我が上祖神 離れんや 穢れ 食まず" と 言い終り 帰れど 君は これ 聞かず ミケヌシ親子 噤み下る』
ホ32文


開化天皇の子、崇神天皇の夢に顕れた「大物主神」とは、クシヒコを原点とする歴代の大物主の精魂の顕れなのだろう。天皇が神の言葉に従って発掘したオオタタネコ (大田田根子命) はオミケヌシの孫である。

『我はこれ オオモノヌシの 神なるが 君 な憂ひそ 治せざるは 我が心あり 我が裔 オオタタネコに 祭らさば 等しく平れて 遠つ地も まさに服ふ』ホ33文


またフトマニにはこんな歌がある。

『上の諫め 君は臣あり 親は子の 共に宝の 恵るなりけり』フ15

「上位者に対する諌め」を詠うこの歌も、我が身を顧みずテルヒコを諌め、また父のオオナムチを諌めたクシヒコがモデルになっていると思われる。



ヲコノミタマの 守は元 日輪分身の 言宣も 「上に継ぐ」とて コモリ守
副モノノベは トマミなり コトシロヌシは ツミハなり ニニキネ御子の 守なりけり


  • 『ヲコノミタマ』アマテルがクシヒコに授けた守名「ヤマトヲヲコのミタマ (大和大国の尊/大和皇籠の尊)」と同じ。「大和大国魂」として大和神社などの祭神となっている。詳しくは『大和大国魂』を参照。
  • 『元 (もと)』ここでは「源流・上流・親・祖」などの意。
  • 『日輪分身 (ひのわわけみ)』太陽神霊の分霊の顕現であるアマテルを指す。
  • 『上に継ぐ (あめにつぐ)』「あめ (上)」は「あむ (上む)」の名詞形で、「うえ (上)」と同じ。ここでは「源流・上流・親・祖」の意で、「元 (もと)」の言い換え。「親に続くべし」の意。
  • 『コモリ守 (こもりかみ)』クシヒコの子の「ミホヒコ」にアマテルが賜った守名。クシヒコ亡き後、父を継ぎ3代オオモノヌシとしてニニキネに仕える。以後アマノコヤネと同様「ヒコホオテミ (彦火火出見尊)」「ウガヤフキアワセズ (鵜葺草葺不合命)」の3朝に渡って右の臣 (大物主) を務める。
    詳しくは『子守神』を参照。
  • 『副モノノベ (そえもののべ)』オオモノヌシの補佐職。「つり (連)」あるいは「むらじ (連)」とも言う。この補佐職の頂点にあるのがコトシロヌシ。
  • 『トマミ』天戸間見命。クマノクスヒの子で、アマテルの孫。
  • 『コトシロヌシ (事代主)』語義は「事知主・事領主」で、今風に言えば「知事・領事」の司であり、これはオオモノヌシの職務を別の言い方で表したものである。その昔オオナムチは勝手にこの官職を設けて、息子クシヒコに自分の職務を代行させた。しかし後には「オオモノヌシの職務を補完する者」として公式の官職となる。詳しくは『事代主』を参照。
  • 『ツミハ』積羽八重事代主。コモリの次男。弟ミシマミゾクイの娘のタマクシ姫を娶り、クシミカタマ・クシナシ・タタライソスズ姫を儲ける。死後、神武天皇よりヱミス神の名を賜る。
  • 『けり』「しく・あり (如くあり)」→「くあり」→「けり」と転じたもの。「~に然り・~にたがわず・~なのである」など断定の意を加える。「き」と同じ。
  • 皇籠の尊は八重垣 (=大物主) の親である。日輪の分身アマテルの仰せも「子は親に継ぐべし」とて大物主はコモリなり。副モノノベはトマミなり。事代主はツミハなり。ニニキネ御子の守りなりけり。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma23.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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