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ワカのマジナイ

2014-02-01 02:38
ワカのマジナイ


ワカ姫の斎名 (いみな:諱) が「ひるこ」であった。
「斎名」とは「斎む名・尊ぶ名」という意味で「本名・実名」のこと。

『生む時に 昼なれば 名も ヒルコ姫』ミ1
 
とあり「昼子」の意であることがわかる。
「昼」は「日霊」と同じで「太陽のエネルギー放射」の意。


「ひるこ」は非常に別名の多い姫で、「わか姫」「わかひるめ」「たかてる姫」「したてる姫」「にふの神」「としのり神・みとし神」とも言う。
 
記・紀では、「蛭子」は障害未熟児として葦舟に流されるので、その時点で消滅するが、「ひるこ」への信仰は上記の名でいたる所に生きている。


ホツマ・ミカサの話は違う。
『ひるこが3歳になる年、父イサナギは42歳、母イサナミは33歳で、陽陰の節 (今にいう厄年) に当り、その汚穢・隈が子に障るというので、イワクス船に乗せて厄を水に流す。カナサキ夫妻がそれを拾い、西殿で育てる。』
西宮神社の蛭子伝説と比べたし。


だからヒルコはその後も生存し続けている。
 
『汚穢・隈に捨つ ヒルコ姫 いま慈しに 足り至り 天の愛妹と ワカヒルメ』ホ3文
 
「イワクス船に乗せて流す」というのは、厄を流すための儀式だったのだ。
「イワクス」というのも「汚穢消す」また「斎み清める」という心の物実である。


ヒルコは「わかひるめ(稚日女尊・稚日靈女尊)」という別名を持つ。
これは「わか(分)」+「ひる(日霊)」+「め (妹)」の意。
「わかひる(分日霊)」とは「太陽の分け御魂」であるアマテル(天照大神) を指し、その妹ということ。
 
『天の愛妹と ワカヒルメ』ホ3


実際には姉なのだが、最高位にある天つ君の兄弟姉妹の場合、年上であっても弟・妹とするようである。
「わかひるめ」にはもう一つ重要な意味があるのだが、これは説明が難しい。
興味のある方はこちら http://gejirin.com/mikasa10.html を読まれたし。


ヒルコは成人してアマテルの近くに侍り、大功を打ち立てる。
その代表が、「まじないによるイナゴ祓」に見られるように、歌 (言葉) の力よって汚穢や曲りを治す方法を確立したことである。
日本には豊穣の神はあまたいるが、人として作物の守護神となったのは、ヒルコが元祖である。


そもそも「ましない」とは「申して打つ」ことであり、「言葉を発して何かに当てる」という意味。
まじないによって物理的な効果を引き起こす、これがヒルコが確立した歌の道であった。
ヒルコはこの奥義を『くもくしふみ (雲櫛文)』(意味は「隈消し文」) という書物に著している。

ヒルコは晩年、この『雲櫛文』を歌の弟子である「オクラ姫(大倉姫)」に、「シタテル姫(下照姫)」の名とともに伝授している。
 
奈良県御所市の「大倉姫神社」は、別名「雲櫛社」とも呼ばれる。
 
オクラ姫の襲名した「下照姫」と、タカ姫の襲名した「高照姫」は他文書では混同が激しい。


「シタテル姫(下照姫)」「タカテル姫(高照姫)」もヒルコの別名なのであるが、二号はその意味する所を解けていない。
 
ただ「シタテル」の名は「こと(言)」に、「タカテル」の名は「こと(琴)」に関係があるのかなと、漠然と考えている。
 
「高=天」「下=地」の意も当然あろうし。


古今集仮名序に和歌について次の文句がある。
 
『この歌、天地のひらけ初まりける時より出でにけり。しかあれども、世に伝はることは、久方の天にしてはシタテル姫に始まり、あらかねの地にしてはスサノヲの尊よりぞ起こりける』
 
この「シタテル姫」こそ「ヒルコ(蛭子)」なのである。


また「としのりかみ(歳徳神)」「みとしかみ(御歳神)」の名もある。
 
「とし(年・歳)」は「たっし(達し)」と同義で、「達成・成果・収穫」、「1サイクルの完成」の意である。
 
だからマジナイで害虫を祓い、収穫を可能にしたワカ姫を「達成の守」「大歳の守」と讃えたのである


最後に「にふのかみ(丹生の神)」という名がある。この意味を説明するのも簡単ではない。
 
これは「わかひるめ」のもう一つの意味とほぼ同じで、「にふ(和ふ)」とは「やわす(和す)」と同義である。
 
興味のある方は http://gejirin.com/mikasa10.html を読まれたし。


和歌の源になった「ワカ姫 (=ヒルコ)」だから、多くの歌が残っているように思えるが、以外にも1歌しか登場しない。それがイナゴを祓うマジナイの歌である。
 
たねはたね うむすきさかめ
まめすめらの そろはもはめそ
むしもみなしむ
 
これは32音である。32音は祓の歌という。

その理由は、
日月の運動周期の違いにより、1ヶ月=32日になって陽陰の節が乱れることがあり、これが汚穢・隈の発生源となる。
 
これを「みそふ(禊ふ)」のが「三十二(みそふ)」の言葉であるのだという。
 
「みそふ(三十二)」の歌を、同音の「みそふ(禊ふ)」の物実とする。


「みそぎ(禊ぎ)」の動詞形として「みそぐ(禊ぐ)」という語が辞書にあるが、ホツマには「みそぎ」は出てきても「みそぐ」という動詞形は出てこない。
 
思うに、ホツマでは「みそふ」を「みそぎ」の動詞形として用いている。
 
また「みさほ(操)」も「みそふ」の名詞形と見ていいかも。


ワカ姫のマジナイ効果をさらに高めるため、「ヒノキ製の扇にヒオウギの花葉を貼り付けてあおぐ」という行為も同時に行われた。
 
この扇は「おしくさ(押草・押腐)」と呼ばれるが、やはり言霊発動の物実である。
 
現在でも「田扇」、また熊野那智大社の「扇祭」の風習として遺っている。


「ことたま(言霊)」とは文字通り「言葉が持つエネルギー・力」である。
 
日本語を構成する48音 (今にいう五十音) は、ホツマでは四十八神 (よそやかみ) と呼ばれ、それぞれの音は万象を生む神である。
 
人は言葉によって万象を認識しうるのであるから、ある意味当然といえる。


「おしくさ(押草/押腐)」とは「ヒノキ製の扇にヒオウギの花葉を貼り付けてあおぐこと」であった。
 
まず「ヒノキ」は「放の木」で、本来は「(匂を) 放つ木」の意と思われるが、この木を「(汚穢を) 放つ」という言霊の物実としている。
 
その扇の羽は四十八神の48枚とした。


次に「ヒオウギ」は「日の出の如き赤花と扇状の葉を持つ植物」。
 
日の出の如き赤い花が終ると真っ黒な種を結ぶ。これは昼が終れば夜が来るという、日・月(陽・陰)の循環を象徴する植物。
 
「汚穢の根本は陽陰の節の乱れによる」との思想から、ヒオウギをその乱れを直す物実とした。


また「おうぎ(扇)」は「あおぐ(煽ぐ)」の名詞形であり、「あおぐ」とは「高める・勢いづける・栄す」の意。
 
よって「扇であおぐ」という行為を「枯れた稲を勢いづける」という言霊の物実としたのであった。

@gejirin1 Twitter 2014/01/31


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