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ホツマツタエのおもしろ記事(25)『蛭子』

2013-01-19 18:47
ホツマツタエのおもしろ記事(25)  蛭子




「ヒルコ」は、「和歌」の名の起源となった「ワカ姫 (稚日女尊)」の斎名である。

昼に生まれたので「ヒル子」だという。
「ひる (昼)」は「ひる (放る/秀る)」の名詞形で、「日 (陽) の放射」「日霊・日潤」を意味する。

『後に一姫を 生む時に 昼なれば 名も ヒルコ姫』ミカサ1文



ヒルコはイザナギ・イザナミ夫妻の第一子の姫で、 筑波の「イサ宮」で生まれる。
ヒルコが3歳を迎える年、父は42歳、母は33歳であり、今で言う厄年に当っていた。
この厄がヒルコに及ぶのを防ぐために、イワクス船にヒルコを乗せて流すことにした。( 厄を「水に流す」 )
これを臣下のカナサキ (宇都志日金折命)が拾い、両親に代わって、西宮の廣田宮で育てる。



その後、末弟のソサノヲが生まれる頃には両親のもとに帰り、「ワカヒルメ (稚日靈女尊)」とも呼ばれるようになる。「ワカヒル」は「分日霊」で、これは「日の分霊」であるアマテルを指す。「メ」は「妹」の意である。(実際には姉であるが、最高位にある天つ君の兄弟姉妹の場合、年上であっても弟・妹とするようである。景行天皇とヤマト姫の間にも同様の例が見られる。)

『汚穢・隈に捨つ ヒルコ姫 いま慈しに 足り至り 天の愛妹と ワカヒルメ』ホツマ3文



アマテルが天君となり、都をハラミ山 (富士山) 麓の「ヤスクニ宮」から伊勢の「イサワ宮」に移すと、ヒルコもイサワに移り住むことになった。この時にイナゴに襲われた紀州の稲田を、「押草と歌のまじない」によって若返らせ、これによって「ワカ姫」の名と「タマツ宮 (玉津島神社)」を得る。この宮を住まいとしている時に、アマテルの使者として「アチヒコ (天思兼命)」がここに訪れる。ワカ姫の心は沸き返る。ついには思いかねて、沸き返る心を歌見 (歌札) に染めてアチヒコに渡す。

『タマツの御使 アチヒコを 見れば焦るる 沸姫の 沸の歌 詠み 歌見 染め 思ひかねてぞ 進むるを』ホツマ1文



アチヒコが歌見を手に取り読んでみると、

『キシイこそ 妻を身際に 琴の音の 床に吾君を 待つそ恋しき』ホツマ1文



事実上のプロポーズとも言える歌に、アチヒコの気は動転する。「あまのうきはし (仲人)」を架けること無く、天つ君の姉君と「とつぐ」などということがあっていいものか? 返歌しようにも言葉が浮かばない。

『思えらく 橋 架けなくて 結ぶ 和 これ 返さんと 返らねば 言の葉 無くて "待ち給え 後 返さん" と 持ち帰り』ホツマ1文



イサワ宮に戻って皆に相談してみると、この歌は返言不能の「回り歌」だとカナサキが言う。彼自身も船上で激しい波風に見舞われた時、船を打ち返さすまいと、回り歌を詠んで風を静めた経験があるという。

『長き夜の 絶の眠りの 皆 目覚め 波乗り船の 音の良きかな』ホツマ1文


ワカ姫のこの歌も回り歌だから、その意志をくつがえすことはできないのだという。



回り歌は、今は「かいぶん・かいもん (回文・廻文)」と言われていて、「上から読んでも下から読んでも同音の歌」のことである。しかしどうして回り歌には返言できないのだろう。

「回る」というのは「繰り返す・循環する」また「行き来する」と言う意である。だから回り歌は「行って来いの歌」「自己完結の堂堂めぐりの歌」だと言える。自己完結しているから外からの影響を受け付けない。つまり「否応無しの歌」ということだろうと思う。



アチヒコとカナサキの会話を聞いていたアマテルも、

『カナサキが船 乗り受けて 夫婦なるなり』ホツマ1文

(注:「船」は「渡し」の意)



こうしてアチヒコとヒルコは夫婦となり、ワカ姫は「シタテルヒメ (下照姫)」とも呼ばれるようになった。
「タチカラヲ (天手力雄神)」「ウワハル (天表春命)」「シタハル (天下春命)」「イキシニホ (伊岐志邇保命)」を生む。

『シタテル姫と アチヒコと 妹背を結びて 諸共に ここに治めて 生む御子は 斎名シツヒコ タチカラヲかな』ホツマ6文



アマテルの御子のオシホミミが近江の多賀に春宮 (多賀若宮) となると、この世嗣御子は病弱であったため、アチヒコ夫婦が「御子守」 (摂政) に就任するためヤスカワに移る。同時に根国サホコ国も治める。

『天ヤスカワの ヒルコ姫 御子オシヒトを 養します 根とサホコ国 兼ね治む』ホツマ6文



ワカ姫は和歌の名手であり、「和歌」とはそもそも「ワカ姫の歌」が約まったものである。ワカ姫の歌が他と違うのは、イナゴ祓いの歌に見られるように物理的な効果を伴うことである。ワカ姫のイナゴ祓のまじないの恩恵に預かった「オオナムチ (大己貴命)」は娘の「タカコ」をワカ姫に奉っている。また「アマクニタマ (天津国玉神)」も娘の「オクラ姫 (大倉姫)」を奉った。

『シタテル姫の 教え草 習い帰りて 押草に 扇げば 穢の 虫 去りて やはり若やぎ 実る故 娘 タカコを 奉る』ホツマ9文

『アマクニタマのオクラ姫 これも捧げて仕えしむ シタテル姫は二青女 召して楽しむ八雲打』ホツマ9文



「シタテルヒメ (下照姫)」の別名を持つワカ姫は、古今和歌集の序に和歌の始祖として紹介されている。

『この歌、天地のひらけ初まりける時よりいでにけり。しかあれども、世に伝はることは、久方の天にしてはシタテル姫に始まり、あらかねの地にしてはスサノヲの尊よりぞ起こりける。』



ワカ姫は和歌の名手であったと共に、琴の名手でもあった。

『大御神 桑 以て作る 六弦琴 賜ふ ワカ姫 むつに弾く』ホツマ9文

『この歌を 姉に捧げて 八雲打 琴の奏でを 授りて 歌に合せる イナタ姫 遂に貴妙 現れて 八重垣内の 琴歌ぞ』ホツマ9文



晩年ワカ姫は、和歌の奥義書「クモクシ文」と「シタテル姫」の名をオクラ姫に譲り、琴の奥義と「タカテル姫」の名をタカコに譲ることを遺言し、タマツ宮にて神となる。「トシノリ神 (歳徳神)」また「歳の恵みの大御神」と贈名される。この贈名は「押草と和歌のまじない」によってイナゴを祓い、大歳 (豊作:御歳とも言う) をもたらしたことを称えるものである。

『後にワカ姫 ひたる時 八雲・ヰススキ カダカキを 譲る 琴の音 (言の根) タカ姫を タカテルとなし ワカ歌の クモクシ文は オクラ姫 授けて名をも シタテルと なして ワカ国 玉津島 トシノリ神と 称えます』ホツマ9文

『守はタカテル シタテルの 年の恵みの大御神』ミカサ逸文



参考サイト:http://gejirin.com/src/Hi/hiruko.html
     :http://gejirin.com/hotuma01.html
     :http://gejirin.com/mikasa01.html
     :http://gejirin.com/hotuma06.html
     :http://gejirin.com/hotuma09.html


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| 2013-02-06 19:11 | 編集
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| 2013-02-06 19:38 | 編集
> トヨアシハラ(ナカクニ、アワクニ、ヤスカワ)は「日本政府の直轄本領」であるとされていますが、具体的には現在のどこを指すのでしょう?


ご質問ありがとうございます。
トヨアシハラ国については http://gejirin.com/src/A/asihara.html に示す通り、次のように考えています。

広義には「ヒタカミ (関東以北)・紀州・根の国 (北陸)・サホコチタル (中国) を除く本州」ということになる。 (トヨ)アシハラは「(豊かに) 栄える地」の意。日本中央政府の直轄本領である。

二神は繁茂する葦 (政治不在のため土地や民心が荒廃していた状況を意味する) を引き抜いて田を拓き、ここを国家再生の拠点とする。二神時代の葦原中国の首都がオキツボ。

地理的な位置と君が坐す国ということから「ナカクニ(中国)」であり、また二神が陽陰歌で民の言葉を直したことから「アワ国(陽陰国/央国)」ともいう。 さらにマトの教え(和の教え)が徹って「ヤマト」となる。
御預二号 | 2013-02-07 10:30 | 編集
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