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ホツマツタエのおもしろ記事(29)『高皇産霊神』

2013-01-21 06:54
ホツマツタエのおもしろ記事(29)  高皇産霊神



「タカミムスビ」は、「ヒタカミを結ぶ者」という意味の役職名で、一個人を指す名ではない。「ヒタカミ国の総帥」を指す名である。略して「ミムスビ」とも言う。ホツマには5人のタカミムスビが登場する。
ヒタカミについては こちら に詳しい。



「トヨクンヌ (豊斟渟尊)」の兄弟の「ハコクニ (葉木国野尊)」は、東北地方に新天地を求めて、ヒタカミ国を建国する。子の「キノトコタチ (東の常立)」は、この地方の平定を完成し、初代のタカミムスビとなる。

『ハコクニの神 ヒタカミの タカマに纏る ミナカヌシ 橘 植えて 生む御子の タカミムスビを 諸 称ゆ 東のトコタチや』ホツマ2文


上で、『タカマ』は「中心」という意であり、ここでは「ヒタカミの都」と考えていいと思う。
ミナカヌシ (天御中主神)』は、根源神「アメノミヲヤ」の顕現で、人類の始祖となって地上に万物を生んだ後、天に還ってサコクシロの中軸 (北極星の位置) に配置された神である。サコクシロの中心にある神だから「御中主 (まん中の主)」。サコクシロにおける神々の配置を示したのが「フトマニ」である。
まつる』は、ここでは主に「まとう (纏う)・まとめる (纏める)」の意味である。
したがって『ヒタカミの タカマに纏る ミナカヌシ』は、「ヒタカミの都に天の中軸神を勧請して写した」ということであり、これにより「ヒタカミ国を天のサコクシロのように平和にまるく治めた」という意味なのだと思う。

』は「タチバナ」また「カグ」とも言い、別名を「トコヨの木 (とこよのはな)」と言う。トコヨクニトコタチの世 である。だから「橘を植えた」というのは「トコヨの道を敷いた」ことを意味する。 これはミナカヌシから続くクニトコタチの世を治める道を、ヒタカミにも敷いたということである。具体的には「あめなる道 (陽陰和る道)」で、調和・融和の道である。もちろん、兄トヨクンヌの中国 (なかくに) も、この道に治めている。



この時点では、日本には「中国 (なかくに)」と「ヒタカミ国」だけしかない。
初代のタカミムスビとなったキノトコタチは「アメカガミ (天鏡尊)」を生み、アメカガミは筑紫に渡り、これを平定する。
アメカガミは「アメヨロツ (天萬尊)」を生み、これをウヒヂニ (中央の君) のもとへ養子に出す。
養子のアメヨロツは四国に渡り、これを平定。「アワナギ (沫蕩尊)」と「サクナギ (析蕩尊)」を生む。
サクナギは父に継ぎ四国を治め、「イヨツヒコ (伊予津彦)」を生む。
アワナギは根国 (北陸) に渡り、これを平定し、版図をサホコチタル (中国地方) に広げる。
こうして見てみると、未開の地を開発して日本の領土を広げているのは、全部ヒタカミの流れであることがわかる。
かくして日本は「中国」「ヒタカミ国」「筑紫」「四国」「根国」「サホコチタル」の6国となる。



この間の、当のヒタカミ国の事情については、ホツマは何も語っていない。
おそらくキノトコタチの子孫が連綿とタカミムスビを引き継いできた思われる。

そしてトヨケ (豊受大神) が5代目のタカミムスビに就任する。
トヨケについては こちら に詳しい。



トヨケの後を継いで6代目のタカミムスビとなったのは「ヤソキネ」である。
ヤソキネはトヨケの子で、イザナミ (伊弉冉尊)・カンサヒ (神狭日命)・ツハモノヌシ (兵主) 等を兄弟に持つ。二神とほぼ同世代の人である。
「タカキネ」「スクナヒコナ」「ミチコ」「コタヱ」を始め、1,500人もの子がいたという。
この人が、子の「タカキネ」に「タカミムスビ」を譲って以降の称号が「カンミムスビ (神皇産霊尊)」で、「上ミムスビ・太上ミムスビ」と言う意味である。
二神の命によりアマテルの12人の后を選定する。晩年、アマテルの命により「イザナギ (伊弉諾尊)」の姉妹の「ココリ姫 (菊理媛)」を妻とし、根の国を治めた。死後「白山神」と贈名される。



7代目のタカミムスビとなったのは、ヤソキネの子の「タカキネ」である。
タカキネは「タカギ (高木神)」とも言い、幼名は「フリマロ」。 記・紀に登場する高皇産霊神は、この人を指している。
オモイカネ (天思兼命)、フトタマ (天太玉命)、クシタマ (天櫛玉命)、タクハタチチ姫 (栲機千々姫)、ミホツ姫 (三穂津姫)、ヨロマロ、アヒミタマ (天日神命)、イクタマ (天活玉命)、アヨミタマ (天月神命) の父。
アマテルがヒタカミでアメナル道を学んでいた時、常に側に侍っていた。 
サホコ国を一時治めていたようだ。アマテルがヤスクニ宮に戻ってからはアマテルの補佐役となる。 
オシホミミの御子守を務めるオモイカネの死後、ヤスカワにイマ宮を建て、タガ若宮 (オシホミミ) の代の殿に就任。つまりオシホミミに代わって中央の政を執る。カシマ立ちを決行したのもこの人である。

後にアスカ央君 (クシタマホノアカリ) が大和に封じられ、ハラ央君 (ニニキネ) がホツマ国に封じられた時、これはつまりオシホミミの臨終時であるが、ヒタカミ国を賜わる (賜ったのはあるいはヨロマロかも)。つまりこの時点でヒタカミは独立し、日本の中央政府の傘下を離れるのである。よってこれ以降のヒタカミについての記事は、しばらくホツマに出てこない。垂仁天皇が「タジマモリ (田道間守)」をトコヨに派遣する時までは。この時代にはトコヨは、蝦夷の国の別名になっており、それはホツマ国とヒタカミ国を指した。



ホツマは明記していないが、タカキネに継いで、子の「ヨロマロ」が8代目のタカミムスビとなっていると思われる。
オシホミミがタガ若宮に居たころは、ヨロマロも側に侍っていた。 
オシホミミが「タカの首」に遷ると、病弱なオシホミミに代わって、七代タカミムスビのタカキネが代の殿となり、ヤスで国政を執ることになったため、ヨロマロは「ヒタカミ央君」となり、ヒタカミの守を勤める。

タカミムスビのタカキネ・ヨロマロはどちらも、将来の天君となるべき人と年少時代を共に過ごしている。いわば竹馬の友だったのである。



参考サイト:http://divinehuman.blog.fc2.com/blog-entry-20.html
     :http://divinehuman.blog.fc2.com/blog-entry-22.html



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