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ホツマツタエのおもしろ記事(46)『真澄鏡』

2013-01-28 11:32
ホツマツタエのおもしろ記事(46)  真澄鏡



「ますかがみ (真澄鏡・十寸鏡)」は「まそかがみ (真澄鏡・真十鏡)」とも言い、「清き」「磨 (と) ぐ」「照る」「見る」「面」「ふた」「床」「掛く」などにかかる枕詞だと言う。辞書にある情報はそれだけで、それ以外のことは何もわからない。



まず語義を考えると、「かがみ」は「かかむ」という動詞の名詞形である。
「かかむ」は「かかふ (抱ふ)」「かこむ (囲む)」などの変態で、これらは「かく (交く)」から派生している。
これらは「合わす」の原義を持ち「収める・匹敵させる・比べる」などの意を派生する。
したがって「かかみ」は「合わせ・収め・匹敵・比べ」などの意。これが第一の意である。

同時に「かがみ」は「か(明)」+「か(暗)」+「み(見)」でもある。
「か(明)」は「日・陽」であり、「か(暗)」は「月・陰」である。
「み(見)」は「合わす」の意である。
したがって「かかみ」は「日月を合わすもの・日月に匹敵するもの」「陽陰を得るもの」である。


次に「ます・まそ」は、動詞「ます」が名詞化したものである。
動詞「ます」は「坐す・交ず」で、これはやはり「合わす」の原義を持つ。
よって名詞「ます」は、やはり「合わせ・収め・匹敵・比べ」などの意となる。
「ます (枡)」は、酒や米の量を計るものであるが、「計る (はかる)」とは「合せ比べる」ことである。
したがってある意味では、「ます・まそ」と「かかみ」は同義語であると言える。



では「ますかがみ」はどういう意味になるのか?
ホツマには、イザナギ・イザナミの二神が、「イシコリドメ (石凝姥命)」が鋳造して奉ったマスカガミを、日と月に擬えて、尊い神が世嗣子として生まれ来るように祈ったとある。

『池水に 左の目を洗ひ 日霊に祈り 右の目を洗ひ 月に祈り イシコリトメが マス鏡 鋳造り 進む』ホツマ4文

『天地を領らする 現の子を 生まん思いの マス鏡 両手に日・月 擬らえて 神 生り出でん 事を請ひ 頭 廻る間に アグリ 請ふ』ホツマ4文


上の記述からマスカガミは2枚で1組であり、片方が「日」、もう片方が「月」を象徴していることがわかる。そしてもう一つ。


『マス鏡 青人草も 直ぐとなる 人に於けらば 限り無し』ホツマ17文

「人を直ぐにする鏡」である。
「直ぐにする」とは「直す (なおす)」である。「直す」とは「(反り・曲がりを) 収める・合わす」ということである。

したがって「ます・まそ」は「まさ (正)」と同じである。「正す」を「ただす」と読み、「直」を「ただ」と読むことからもそれが伺える。また「ます」は「ますぐ (真直)」の「ます」であろうことも推測される。


整理すると、「マスカガミ」とは「日と月を象徴する2枚1組の鏡で、人を正す機能を持つ鏡」である。そして特定の鏡を指しているわけではなさそうである。 
しかしなぜ「人を正す」ことができるのだろうか?



「2枚1組のマス鏡」に関して、「裏鏡 (うらかがみ)」という言葉が出てくる。

『魚の目と 代わる人目の 裏鏡 左に持てば 右に見え 左へ遣れば 右に行く 向ふへ遣れば 前に寄る 皆 翻る この鏡 何の為ぞや』ホツマ17文

この記述から察すると「裏鏡」とは、2枚の鏡を使って後姿を見る時に、背後に配置する鏡である。普通は見えない所も、表裏一対の2枚の鏡をうまく使えば、見ることができるということである。
普通は見えない裏とは、すなわち「心」である (「心」は「うら」とも読む )。

つまりマスカガミは「心を映す鏡」なのである。
自分の心が映し出されて、それが醜いものであった場合、人はどうするか?
おそらく醜さの原因を突き止めて、それを改善しようとするだろう。
だから「人を正す鏡」なのである。したがって「清き」「磨ぐ」「照る」にかかるのである。



また表裏の鏡が映し出す像は、互いに左右が逆になる。
人は表と裏 (外見と内面) の両面を持っている。外見とは肉体、すなわち「」、内面は心、すなわち「」である。また 魄=陰=月 であり、魂=陽=日 である。そして (空・風・火) と (水・埴) が交わって生まれたのが人間である。 (参照:天地創造)

したがって人は、表裏一体 (陰+陽) であり、同時にうらはら (陰 vs 陽) である。
この対立する表裏 (陰陽・肉心・魄魂) をうまく調和させて融合することが、人の道であり「あめなる道 (陽陰和る道)」なのである。

『治まる世は 名の聞こえ 人の心端 およそ肥し 表に務め 裏 安む』ホツマ17文

『二神の 経・矛に治む 年 経れば 鈍・均・鋭の 民 現るも 例えば 数の 器物 屑を捨てなで 鈍・鋭を 均し用いん 陽陰の心ぞ』ホツマ17文

『善し・悪ろ 愛でつ 楽しみて 人のナカゴも 人 二人 やや知る道は マス鏡』ホツマ17文



マスカガミの思想はかなり難解だが、ホツマの真髄の一つといえる重要なものである。またマスカガミの思想はこれだけにとどまらない。それについては機会を改めて書きたいと思う。

なお、マスカガミの内面の真実を映す機能は、「マフツの鏡 (真経津の鏡)」とも呼ばれるようになり、これが三種宝の「ヤタ鏡」を生むことになる。



参考サイト:http://gejirin.com/mitinoku.html
     :http://gejirin.com/hotuma04.html
     :http://gejirin.com/hotuma17.html



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