2017 101234567891011121314151617181920212223242526272829302017 12

スポンサーサイト

-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ホツマツタエのおもしろ記事(59)『鹿島立ち』

2013-02-05 21:18
ホツマツタエのおもしろ記事(59)  鹿島立ち


ここまでのお話: 1. 大己貴神  2. 玉垣内宮  3. 天稚彦の葬儀


「鹿島立ち (かしまだち)」は、辞書を引くと「旅に出ること・出立・門出」となっていて、本来の意味は完全に失われている。

「かしま」とは「かす (離す)」+「さま・しま (様)」の音便である。
「かす (離す)」は「かる (離る)」の類語で、「離れる・反る・それる・曲がる・外れる」などの意。これが名詞化すれば「が (曲・汚)」となる。
「さま・しま (様)」は「現れ・見た目・様子」の意。
だから「かしま」とは「曲がったさま・外れたさま」という意で、これは「さかさま (逆さま)」「よこしま (横しま・邪)」と同義なのである。

「たち」は「たつ (立つ)」の名詞形なのだが、この「立つ」は他動詞で「立たす・立てる」の意である。「立たす・立てる」というのは「(低まったものを) 高める」ということであり、これは「ただす (正す・直す)」の「曲がった状態を正常になおす」という意と結果的に同じである。

したがって「かしまたち」とは、「逆さまの正し」「よこしまの立て直し」という意なのである。
そしてここに言う「逆さま・よこしま」とは、この時の出雲国の状況を指している。天 (中央政府) の最重臣の一人である大物主のオオナムチが、知行国の出雲を天に匹敵・対抗する国にしようとしている状況である。

この時のオオナムチの勢力の大きさは「ふとまに」の歌にも現れている。

『卑の連の 末々に潤す ヲウナムチ 宮も肺も 噤みしの華』フ062
[卑の連中の末々までも潤すオオナムチ。皇の宮や瑞垣ですら、口を噤んでしまいそうな栄華であった。]

『繁の塵の 謗りも嘘と 思ひくさ モノヌシならで モノや散るらん』フ116
["我が繁栄など塵の如きなり" という自己卑下も嘘とは思うが、くやしいけれども、実際オオナムチの他にモノノベを束ねられる者はいないだろう。]


こうした出雲の状況を放置できないとして、天君オシホミミに代わって天下の政を執る「代の殿」タカキネは、はじめホヒの尊、次いでアメワカヒコと出雲に使者を送るが、両者ともオオナムチにうまく取り込まれ、出雲に寝返えってしまう。

このままではヒタカミ国の総帥、タカミムスビの名を末代まで汚すことになるタカキネは、背水の陣で臨むべく対策会議を招集、すでに伝説となっている二剛勇「フツヌシ (経津主神)」と「タケミカツチ (武甕槌神)」の投入を決める。

『この度は タカミムスビの 臣枯れを 除く門出の カシマ立ち '埴 直き纏る 守議り'』ホツマ10文

  • 『臣枯れ (とみがれ)』は「臣としての衰退・没落」の意で、天君オシホミミの臣として天下の政を執るタカキネのそれを言う。
  • 『門出 (かどで)』は「門を出ること・出発」の意の裏に、「かどで(角出・才出)」があり、これは「突起を出すこと・突出」の意から「開運」を意味する。
  • 『カシマ立ち』前述のとおり、「逆さまの正し」「よこしまの立て直し」という意。
  • 『埴 直き纏る (はにすきまつる)』「埴」は「地・国」の意。「直く (すく)」は「まっすぐにする・なおす・正す」の意。「纏る (まつる)」は「合わす・まとめる・治める」の意で「政る」に同じ。だから「埴 直き纏る」は「(天に対する) 地を正して治める」の意。
  • 『守議り(かみはかり)』重臣による会議。


『"フツヌシ 良し" と 皆 言えば タケミカツチが 進み出で "あに唯一人 フツヌシが 優りて我は 優らんや" タカギ "勇みの ミカツチや" フツヌシ 副えて カシマ立ち』ホツマ10文



かくして二人の使者は出雲に至る。

『出雲 キツキに 枯断の 剣を植えて うづくまり 詰り問ふなり "みほこりて 欺く道を 平さんと 我ら 仕ふぞ その心 ままや否やや』ホツマ10文

  • 『キツキ (杵築)』の地名は、ソサノヲが罪を許されてクシイナタ宮を建てた時の『貴日 拠り 清地にきつく 宮の名も クシイナタなり』の「きつく」に由来すると考える。したがって「キツキの宮」、これを「玉垣内宮」と称するわけであるが、これはクシイナタ宮の近隣にあったと考えられる。そしてクシイナタ宮は今の「熊野大社」、キツキの宮は今の「神魂神社」と推定している。神魂神社は松江市大庭町にあり、出雲大社が所在する大社町杵築とは場所が大きく異なる。
  • 『枯断 (かふつち)』六ハタレ退治の手柄により、タケミカツチがアマテルから賜ったタケモノヌシの太刀。「枯を断つもの・枯を直すもの」の物実としての金属製の槌。古事記は「頭槌・頭椎」と記す。「つち・つつ (槌・椎)」は「たち (断ち・太刀)」の変態である。
  • 『剣を植える』これは前述の「埴 直き纏る」に対応する行動である。精錬した金属 (地から採取される粗金を精げたもの) を埴に戻し入れることで、穢れた地をも精げる効果があると信じられていたように思われる。現在でも地鎮祭においては金属製の鍬や鋤を土に入れる。
  • 詰り問ふ (なぢりとふ)』詰問する。
  • みほこるは「もうかる(儲かる)」「もっこり」などの変態で、「高まる・高ぶる・勢いづく・栄る」などの意。「おこる(驕る)」「ほこる(誇る)」と同義と思って良い。
  • 欺く (あざむく)は、ここでは「そらす・曲げる・ねじる」などの意。
  • 平す (ならす)は「合わす・収める・直す・平らにする」などの意で、「なおす (直す)」の変態。
  • 『仕ふ (つかふ)』は「つく (付く)」からの派生語で、原義は「(心・身を) 合わす・付ける」の意。
  • 『こころ (心)』は「かくれ (隠れ)」の変態で、「見えない所・内・中・奥・芯」などの意。
  • まま (儘・任・随)は「隔たりの無いさま・合うさま」の意。
  • 『否や (いなや)』は「いなふ」の名詞形。「いなふ」は「いなむ (辞む)」の変態で、「いぬ (往ぬ・去ぬ)」から派生した語。「離れる・分かれる・反る」などの意。


伝説の剛勇二人の断固たる態度には、さすがのオオナムチも、欲心をくすぐって調略はできないと悟る。そこで中央の政を実質的に預かるコトシロヌシのクシヒコに対応を相談しようと考える。クシヒコはたまたま近くの美保崎に来ていた。そこへ「イナセハギ」を伝令として送る。

『オホナムチ 応え 問わんと ミホサキの 連へ雉子の イナセハギ 天の応えを 問ふ時に コトシロヌシが 笑す顔』ホツマ10文

  • 『ミホサキ (美保崎)』今の美保関。ここに美保神社があり、ヱビス様のクシヒコを祭る。
  • 『連 (つり)』これは「オオモノヌシの連れ・部下」という意味で、コトシロヌシの別称である。これを「釣り」にかけてヱビス様が鯛を釣るイメージを作っている。これは誤解によるものではなく、意識的にそのようにも読めるように書いているのである。ホツマの話は万事こういう具合で、表面を童話チックな話に見せかける工夫がなされている。
  • 『雉子 (きぎす)』は「伝令使」を意味する。
  • 『イナセハギ (稲脊脛命)』は「いなせ(否然)」を「はぐ(接ぐ)」者という、そのまんまの名である。
  • 『笑す顔 (ゑみすかほ)』これがクシヒコを「ヱビス様」と呼ぶ由来である。「ヱビス」にはもう一つ「蝦夷」を指す意味もあるが、それは語源が別で、クシヒコのヱビス様は「笑す」の意である。


『我 涼かにて 父母に "ホロロ 泣けども 鉤の鯛ぞ 肴と切るも 愚かなり タカマは民の 笑す尊意 いとかけまくぞ 御言宣" 我が父 退らば 諸共』ホツマ10文

  • 『涼か (すずか)』は、原義は「優れるさま」であるが、特に「欲に心がとらわれていない状態」を言う。「スズカの道」はホツマの伝える根本テーマであり、丸々1章がそれの説明に割り振られている。詳しくは別の機会に書きたいと思う。
  • 『父母 (たらちね)』は「たら(足る・養る)」+「ちね(繁ぬ)」で、「生んで育てる者」という意。また「たら」は「陽陰・男女」の意を持つ。「たらち」「たら」とも言い、個別に母を「たらちめ」、父を「たらちを」とも言う。
  • 『鉤の鯛 (ちのたゐ)』は「釣針にかけられた鯛」の意。泳がされているだけで、結局釣針から逃れることはできない臣の運命を表す。
  • 『肴と切るも 愚かなり (さかなときるもおろかなり)』泳がされている鯛もおとなしくしていれば、それなりに我が身を太らすこともできるが、あまり暴れると釣り上げられて酒の肴に切られてしまう。これではつまらない。
  • 『タカマ』は「中央・中央政府」の意。「アメ (天)」とも言う。タカマの本源は天の「九座」にある。
  • 『民の笑す尊意 (たみのゑみすたゐ)』たゐ」は、ここでは「尊意」の意で使われている。「中央政府の意向には民は喜んで従う」という意。なぜなら中央政府の総帥は天界の神の下生だからである。
  • 『いと』は「いた (甚)」「いつ (至・逸・厳)」の変態で、「たいそう・優れて・至って」などの意。
  • 『かけまく』は、形容詞「かけまし」の連用形?の特殊な用法。「も」を伴う場合が多い。「かしこくも(畏くも)」「恐れ多くも」などと同じ用法。「かけまし」は辞書に無いが、「畏し」「恐れ多し」と同義。
  • 『御言宣 (みことのり)』天つ君のお言葉。「みことのり」は、アマテルと天つ君の専用語。 「み」は「かみ (上・神)」と同じ。アマテルの言宣を区別して「かんことのり (神言宣)」とする場合もある。


イナセハギはクシヒコの言葉を返言する。「もう一人相談せねばならぬ子がいる」と言う間に、「タケミナカタ (建御名方神)」が現れる。

『"まだ一人 あり" と言う間に 現わるる タケミナカタぞ 千引き岩 捧げて "誰か 我が国を 忍び忍びに 威さんや 出で 我が力 比べん" と』ホツマ10文

  • 『千引き岩 (ちびきいわ)』千人でようやく引くことが出来るような大きな岩。
  • 『捧ぐ (ささぐ)』の原義は「上げる・高める」の意。


『取る手も岩の ミカツチが 捕へて投ぐる 葦萱の 恐れて逃ぐる シナの海 "すわ" と言ふ時 畏みて "我を助けよ この所 他へは行かじ 背かじ" と 言えば助けて 立ち帰り』ホツマ10文

  • 『取る手も岩 (とるてもいわ)』「いわ (岩・巌・磐)」は「いふ (斎ふ)」の名詞形であり、その原義は「高まり・栄え・成熟・優れ・至り」などである。ここでは「大きなもの・頑丈なもの」の意で使われている。
  • 葦萱の (あしかひの)「しな」「すわ」にかかる。「葦・萱」はどちらも「繁茂する・高まる・そびえる」などが原義で、「しな」「すわ」も同じ意味の地名なのである。
  • 『シナの海』諏訪湖 (すわこ) を指す。
  • 『すわ』は「さあ!」と勢い付けるかけことばである。当然「諏訪」にかけている。
  • 『立ち帰り』「たち (立ち)」は次に続く動詞に「急いで、すぐに、ただちに」などの加勢の意を添える。


ついにオオナムチも身を退く決意を固め、中央に帰順する旨を二人の使者に告げる。

『問えば応ふる オホナムチ その子のままを 二守へ "我が子 退りにき 我も退る 今 我 退らば 誰か亦 敢えて平れなん 者 あらじ 我が草薙の この矛に 平らし給え" と 言ひて退る』ホツマ10文

  • 『その子』タケミナカタ。
  • 『退りにき (さりにき)』は「退りにければ」の意。この「き」の用法は「~じゃき・~じゃけ・~じゃけん」など方言に多く残る。
  • 『敢えて平れなん者あらじ』は「敢えて平れざらん者があってはいけない」の意。「なん」は、打消の意志・推量で「~しようとしない」の意。
  • 『草薙の矛 (くさなぎのほこ)』は「腐退きの矛」で「腐 (汚穢・隈) を祓いほころばすもの」の意。この矛は、ソサノヲがヤマタノオロチから得た「ハハ叢雲の剣 (草薙の剣)」とは異なる。


ー つづく ー



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma10.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



スポンサーサイト

トラックバックURL
http://divinehuman.blog.fc2.com/tb.php/70-b070c07a
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
プロフィール +

御預二号

Author:御預二号
FC2ブログへようこそ!

最新記事 +
最新コメント +
最新トラックバック +
月別アーカイブ +
カテゴリ +
検索フォーム +
RSSリンクの表示 +
リンク +
ブロとも申請フォーム +
QRコード +
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。