2017 081234567891011121314151617181920212223242526272829302017 10

スポンサーサイト

-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ホツマツタエのおもしろ記事(61)『熊野』

2013-02-07 13:38
ホツマツタエのおもしろ記事(61)  熊野



熊野那智大社の由緒の中で「熊野」の意味を次のように書いている。   

熊野那智大社公式HPより
「熊野」という地名は「隈の処」という語源から発しているといわれていますが、だとすれば、ここは奥深い処、神秘の漂う処ということになります。また「クマ」は「カミ」と同じ語で、「神の野」に通じる地名ということにもなります。


「くまの」=「隈の処」だと言う。これはホツマの伝えるところに合致するのである。


二神 (イザナギ・イザナミ) は、紀州にやって来て末の男子ソサノヲを生むが、その生れ付きは粗暴・狂乱の体で世の隈となっていた。
「くま (隈)」は「くも (雲)」と同源で、「翳り・曇り」の意であり、「世の隈」とは「世を翳らすもの・世を暗くするもの」という意である。

『ソサ国に生む ソサノヲは 常にお猛び 鳴き騒ち 国民 挫く』ホツマ3文

『名もハナキネの 人態は 騒ち お猛び 頻捲きや 世の隈 成せば』ホツマ5文


ソサノヲについて熊野本宮大社の社伝はこう語っている。

『熊野本宮の主神は「家津御子大神 (ケツミコオオカミ)」という名の神であり、社伝によれば素戔嗚命と同一神であるとされています。「家津御子大神」の "家" とは "オケ(汚気)" の "オ" を略したものであることが判ります。"津" は上下を結ぶ格助詞で「~の」に当たる言葉ですから、「家津御子大神」とは即ち "汚気から生れた子" という意味に解釈されます。そして先の社伝によれば、これは素戔嗚命を表すのです。』
(この記述は、たしか熊野本宮大社の公式HPの記事だったと思うが、今現在は見出すことができない。)

世の隈であるソサノヲが生まれた所だから「くまの (隈野)」、これも語源の一つである。しかしこれだけではない。



母イザナミは、ソサノヲの粗暴な生れ付きの原因について思い当たるところがあった。

『陽陰の巡りの 蝕みを 見る 真栄瓊の 中 濁りて 生むソサノヲは 魂 乱れ』ホツマ7文

『誤りて 穢るる時に 孕む子は 必ず粗るる』ホツマ7文



ホツマによれば、女の生理は月が支配し、男のそれは日が支配する。したがって『穢るる時』とは「陽陰の節(陽陰のリズム)が合わない時」を言うものと思われる。ソサノヲは『穢るる時』に孕んだので、魂が乱れて粗暴に生まれたのだという。

『背の宗元 日と丸め 天 近く回り 男に配る 妹の鄙元 月と凝る 地に近き故 女に配り』ホツマ16文



イザナミは、ソサノヲが国民を挫き、世の隈を成すのも、その原因は自分にあると責任を感じ、ソサノヲが放つ汚穢・隈を我が身に受けて民を守ろうとする。

『イサナミは "世の隈 成すも 我が汚穢" と 民の汚穢・隈 身に受けて 守らんための 隈の宮』ホツマ3文

『世の隈 成せば 母の身に 捨て所 無き 世の隈を 我が身に受けて 諸民の 欠けを償ふ』ホツマ5文


ここで言う『隈の宮』とはイサナミ自身を言い、建物ではない。ソサノヲを原因として世に徘徊する穢れや、八十禍日のような生き霊を、自分の体に寄せて閉じ込めようとしたもと思われる。
しかしイザナミは、結局それがもとで命を落とすことになる。

『ミクマノの みやま木 焼くを 除かんと 生む 火の神の カグツチに 焼かれてまさに 終る間に』ホツマ5文


ここで「みくまの」という言葉が登場し、これは現在「み熊野 (熊野の美称)」「三熊野 (熊野三社の別称)」と辞書にあるが、そうではない。「みくまの」の「み」は「ゑ (穢)・おゑ (汚穢)」の意で、「くま (隈)」と同じ意味である。だから「みくまの (穢隈野)」は「くまの (隈野)」を強調した言い方に過ぎない。

イザナミは死後「隈の神」と贈り名される。これは民のために自らを「隈の宮」としたイザナミを称えた名であるが、「隈の神」にはもう一つ意味がある。



イザナミを失ったイザナギは神となって (幽体離脱して) イザナミに会いに行く。あるいは自殺を図って臨死体験の最中だったのかもしれない。イサナミは「おいで、おいで」はしなかった。イザナギを拒絶する。八人の鬼霊 (黄泉醜女) を放って、イサナギを黄泉平坂の向こう側 (現世側) まで押し戻す。

『アマテル神を天君とするまでは、あなた一人になっても世を治めていかなければ、他に代りはない。ここであなたまで世を去れば、再びオモタル政権断絶後の秩序のない国に戻ってしまう。』

これがイザナミの言いたいことだった。鬼霊から逃げている内、いつのまにか黄泉平坂に立っていたイザナギも、イザナミの真意を悟る。それはイザナギ自身も、百も承知していることだった。


ここで二人は「言立ち (宣言)」する。

『麗わしや かく為さざらば 千頭を 日々に縊らん』ホツマ5文

[ よかった。こうしてくれなかったら、秩序なき世に戻ってしまい、日々千人の堕落した臣を殺さねばならないところでした。 ]

『麗わしや 我 その千五百 生みて誤ち無き事を守る』ホツマ5文

[ うんよかった。例え毎日千人の臣を失うような事態になっても困らぬよう、我は日々千五百人の臣を育てていこう。 ]

(注:『頭 (こうべ)』は「民の上に立つ司」の意で、臣を指す。)


この言立ちは、二神がこれまで諸国を巡って敷き直してきた「経矛の道」を、イザナギ一人になっても堅持して世を治めてゆくことの決意を表したものなのである。

イサナミは、調の道に逆らう者を排除する「逆矛」を象徴し、そしてこれが「隈の神」のもう一つの意味である。
つまり死後イサナミは「逆矛の神 (調和を乱す者をほころばす神)」となったが、これはある意味「祟る神」「厄神」である。「鬼霊が魄を枯らす神」とも表現されている。イザナミが放った8人の鬼霊の化身が「カラス」で、熊野に伝わる「3本足のカラス」はこれを指すものと思われる。



こういうわけで、「隈野」の意味は、

1.世の隈ソサノヲの生まれた地。
2.隈の宮となってソサノヲの隈から民を守った「隈の神」の最期の地。
3.災厄をもたらす「隈の神」の地。

こうした意味を併せ持つ。
これははじめは紀州熊野の固有地名だったが、後に「災いの地」という普通名詞になるのである。

『白庭山に カラス 飛ぶ  隈野と思ひ 宮遷し』ホツマ20文
『"隈野 成る 翌時 移せば 好き例し 既に極まる"』ホツマ20文



紀州熊野の神社は、「隈の神」のイサナミを祭った社なのだと思われる。現在のように3社となったのは後世のことで、はじめは「熊野速玉大社」だけだったようだ。
ここに祭る「熊野速玉大神」は、玉置神社の由緒によればイサナミである。「熊野夫須美大神」は、イザナミを斎く御杖代となったアマテルの子のクマノクスヒであり、「家津御子大神」はソサノヲである。
この社はもともとは神倉山にあったという。ホツマには「隈野の宮」は海上の船から見える場所に在ったことが記されていて、そのことからも神倉神社が元祖の「隈野の宮」であったことが推察される。
出雲の熊野大社はそれとは異なり、汚穢隈の実体であるソサノヲを祭る。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma03.html
     :http://gejirin.com/hotuma05.html
     :http://gejirin.com/hotuma07.html
     :http://gejirin.com/hotuma20.html


スポンサーサイト

トラックバックURL
http://divinehuman.blog.fc2.com/tb.php/72-12642927
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
プロフィール +

御預二号

Author:御預二号
FC2ブログへようこそ!

最新記事 +
最新コメント +
最新トラックバック +
月別アーカイブ +
カテゴリ +
検索フォーム +
RSSリンクの表示 +
リンク +
ブロとも申請フォーム +
QRコード +
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。