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ホツマツタエのおもしろ記事(65)『天児屋命』

2013-02-12 05:58
ホツマツタエのおもしろ記事(65)  天児屋命



アマノコヤネは「天児屋根」「天兒屋」などとも書く。
斎名は「ワカヒコ」、幼名は「カスガマロ」。
ヰチヂを父とし、アサカ姫を母とする。
ヰチヂは「魂返し」の方法論を開発した功により大和国の春日県の治めを賜り、「カスガ殿 (春日殿)」「ココトムスビ (興台産霊神/居々登魂命)」の守名を持つ。アサカ姫はフツヌシ (カトリ守) の妹である。

『"心地 明す如" と 里の名も 翁が守も 賜われば カトリが妹 アサカ姫 ココトムスビの 妻として 生むカスガマロ ワカヒコぞ これ』ホツマ8文



ワカヒコが生まれる時、母の胎内に100ヶ月宿っていたという。これはアマテルの96ヶ月を上回る。その上にはサルタヒコの16年というのがあるが、これは稀だと言う。ホツマは通常の妊娠期間を、男子は12ヶ月、女子は10ヶ月と伝えている。

『大御神 九十六月 座す このコヤネ 百月 座せり タチカラヲ 三十六月 座す サルタヒコ 十六年 居れど これは稀れ 男の子は年に 女は十月』ホツマ16文



またワカヒコの背丈は一丈二尺五寸(約2m80cm)で、これはアマテルと同じだったと言う。

『"ヒメはコヤネの 丈 知るや" "知れり 一丈 二尺五寸ぞ" "予ね聞く 上の 御丈と 生れ合ひたる 御恵み"と』ホツマ16文
『予て知る 十二尺五指は 天地照らす 神の身丈と 我が背子と いとかけまくも 同じ丈』ミカサ逸文



ワカヒコは天君オシホミミの側ではなく、アマテルのいるイサワ宮に侍っていた。オシホミミが「タカの首」で即位する際には、アマテルの御使人 (勅使) としてヒタカミに出向いている。

『御使人は 御内に侍る カスガマロ 担を据えて 松の蔭』ホツマ11文
『我が甥の ワカヒコ 先に 御使にて 酒迎して 会ひ初めて それより今に 睦じく』ホツマ16文




ある時アマテルはイサワ宮に臣民を集め、「世嗣を得るための教え」を授けるが、この時にワカヒコも世嗣に対する自分の心を歌う。

『天地 祈る この手拍ゆ 劣を清ぐ 宿る央中の 見事 成る この子は真直ぐ 父母の 嘗の世嗣の 子となりけり』ホツマ14文

  • 『天地 祈る (あまいのる)』天地に祈る。「天地」は「陽陰の神」を言い、元明の49神を指す。
  • 『手拍ゆ (てがしわゆ)』「拍手により」の意。「手拍」は「拍手 (かしわで・はくしゅ) 」と同じ。「~ゆ」は「~より」「~により」の意。
  • 『劣を清ぐ (おとをすぐ)』劣った状態を優れさせる。「劣」は「(拍手の) 音」にもかけている。
  • 『央中 (おなか)』「中央・中心」の意で、ここでは「お腹」の意。
  • 『見事 (みごと)』優れた状態。
  • 『嘗 (なゑ)』は「なふ (綯ふ)」の名詞形で、「合せ・治め・連なり」などの意だが、ここでは特に「連なり・継ぎ」の意。



この歌を聞いたアマテルより「アマノコヤネ」という名を「カスガ守」の守名と共に授かるのである。

『汝 ワカヒコ 一奮に アマノコヤネと 名にし負え 賜ふヲシテは カスガ守』ホツマ14文

  • 『一奮 (ひとふる)』は「ひたぶる (頓・一向)」の変態で、「一途」「ひたすら」などの意。
  • 『アマノコヤネ』「あま」は「天地・陽陰・男女」の意。「あまのこ」で「陽陰の子・男女が生む子・陽陰 (父母) の結合が生む分身」の意。「やね」は「やぬ (熟ぬ・養ぬ)」の名詞形で、「やぬ」は「養う・育てる」の意。したがって「アマノコヤネ」は「陽陰の子養ね」で、「陽陰 (父母) の結合が生む子を養う者」という意。
  • 『し負え (しあゑ)』「し負ふ (しあふ)」は「せまる (迫る・狭る)」「しめる (閉める・絞める)」などの変態で「隔たりを狭める・釣合う・匹敵する」などの意。ここでは命令形。
  • ヲシデ (押手)文字の原点であるタミメを平面上に押し写したもの。文字・文書・称号・証書などを表す。
  • 『カスガ守 (かすがかみ)』父の「カスガ殿」を継いで大和国の春日県を治めることを内定する守名と思われるが、カスガ殿が引退後はオシホミミの長男テルヒコが大和国に下って治めることになる。しかし御蓋山の麓の地はコヤネの所領として残されたようだ。


叔父のフツヌシを仲人としてタケミカヅチの一人娘「ヒメ (比賣神)」を妻とし、「オシクモ (天押雲命)」「ヒタチ」を生む。最初に生まれたのは女子のはずだが、ホツマには登場しない。

『知ろす如くに 一姫あり 嗣子なければ カスガ殿 アマノコヤネは 世に秀いで』ホツマ16文
『ホツマ国 カシマの宮の 世嗣に ツハヤムスビの 孫なる ココトムスビの 若子の アマノコヤネの 人と成り 陽陰の道 得て』ミカサ逸文




天君オシホミミの長男「テルヒコ」が、大和国を治めることになると、コヤネは同行して大和国に下る。 (大物主クシヒコも同行している。したがってこの時点ではテルヒコが皇位継承者に予定されていたと考える。)
しかし、1年も経ずして宮を移転するというテルヒコの意向を承服できず、身を挺しての諌めとして官職を辞して去る。 (クシヒコも同じ行動をとっている。)

『イカルカの 宮に移りて その翌時 高殿に四方を 望む折 白庭山に カラス 飛ぶ  隈野と思ひ 宮遷し 時にコヤネは "早かれ" と オホモノヌシも 止めける』ホツマ20文

  • イカルカの宮テルヒコが、大和国に下って初めに宮とした所。
  • 『翌時 (あすか)』翌時。翌日。
  • 白庭山 (しらにはやま)イカルカの峰の別名と思われる。イカルガの峰=生駒山 と推測する。また「イカル」と「ヘクリ(平群)」は同じではないかと思える。
  • 『隈野 (くまの)』ここでは「災厄の所」の意。詳しくはこちらを参照。


その後コヤネは、クシヒコと共にテルヒコの弟「ニニキネ (瓊瓊杵尊)」の左右の臣として侍るようになる。ニニキネは新地の開発に力を入れ、「ニハリ (新治)」の地に都市を築こうとしていた。

『故はアスカを 落ちた時 忠を忘れず この故に 御孫に召され 忠 なせば 遂に鏡の 臣となる』ホツマ28文
『今 キヨヒトの 羽の臣 コヤネは弥々の 祭 執れ コモリは弥々の モノヌシぞ』ホツマ23文

  • 『アスカ』ここでは「テルヒコによる大和国の治め」を言う。
  • 『御孫 (みまご)』アマテルの孫のニニキネ (瓊瓊杵尊)を指す。
  • 『鏡の臣 (かがみのとみ)』左の臣を指し、「ヤタ臣」とも言う。鏡の臣は「天のまつり」を担当する最高位の臣である。「天のまつり」というのは「神 (日・月) を都に留めること」と表現されており、天界と地上界を架橋して同調させることを言う。主な実務は祝詞を宣ることである。
  • 『キヨヒト』ニニキネの斎名 (本名)。
  • 『羽の臣 (はねのおみ)』左右の臣。鏡臣と剣臣。「君の両側に侍る臣」を、ホツマは「羽の臣 (はねのおみ)」とか「両羽臣 (もろはとみ)」と呼んでいる。 「左」は日の昇る「東」を、「右」は日の沈む「西」を表し、「左」の方を格上と見ていたようだ。「昇る」は「陽・天」、沈むは「陰・地」を象徴するからである。 (参照:天地創造)
  • コモリ (子守神)クシヒコの長男で、第3代オオモノヌシ。


以後、天つ君となったニニキネからヒコホオテミそしてウガヤフキアワセズと、三朝に渡って「鏡の臣」を勤める。 (コモリも同様に三朝に渡って「剣の臣」を勤めている。)



叔父のフツヌシは嗣子が無かったため、コヤネに家督を譲っている。舅のタケミカヅチも男子が無かったためコヤネを婿として自分の嗣としたわけである。このためコヤネは、自分の父 (カスガ) の家督、母の実家の家督 (カトリ)、妻の実家の家督 (カシマ) すべてを一手に引き継ぐことになる。これが春日大社や枚岡神社や大原野神社などに、コヤネ夫妻に加えてフツヌシとタケミカヅチが祭られる理由である。

『ホツマ国 治まる後に フツヌシの カトリの道を 悉く コヤネに授け 隠れます カシマの道の 奥も皆 コヤネに授く カスガ殿 魂返しなす 奥法も コヤネに授く この故に 四方の纏も 自ずから 一人に着けり』ホツマ16文

  • 『カスガ殿』とは、「大和国のカスガ県を治める臣」という意で、ヰチヂの別名である。
  • 『四方の纏 (よものまつり)』「四方」とは「カスガ」「カトリ」「カシマ」の三方に、コヤネ自らの「イキス (息栖宮)」を加えて四方と言うのだろう。「纏 (まつり)」は、ここでは「連なり・継続」の意。


ニニキネの土木事業に倣って、コヤネも自領の春日野にアスカ川を掘り、その土を盛ってミカサ山を造る。

『アマノコヤネも カスガ地 トフヒの丘に ヤマト川 掘りて造れる ミカサ山』ホツマ24文

  • 『トフヒの丘』は今に言う「飛火野」。本来の意味は「訪ふ日の丘」あるいは「飛日の丘」で、「アマテル神の威光を写す丘」「アマテルより治めを委任された丘」を意味するものと思われる。
  • 『ヤマト川』は本来、コヤネが掘った春日野付近の川を言う名称なのかもしれない。というのは大阪湾に注ぐいわゆる大和川を、ホツマは「ヤマアト川」と記しているからである。
  • 『ミカサ山 (御蓋山)』は春日山 (297m)を指す。


ウガヤの治世の晩年、アマテルが真名井にて世を辞む。これに伴ってコヤネもウガヤの鏡臣を退任する。

『神行の御輿 マナヰにて アマテル神は 内つ宮 トヨケは外宮 故 カスガ 送りて後は 勤め 降り ミカサ社の 魂返し 地 治まれば 枯れも無し』ホツマ28文



祭の文を3部書き、アメフタヱヲヰエサルタヒコに授ける。

『祭の文を 三つ染めて 一つ 持ち行き 日夜見なす フタヱに授け』ホツマ28文
『サルタヒコ "我 常に請う 魂返し オヰヱとフタヱ 日文あり 今 我 一人 受けざる"と 散々にぞ悔やむ 時に神 眼を開き 曰く "汝 よく 忘れず来たる 御裳裾よ 請うはこれぞ"と 授けます』ホツマ28文


  • 『祭の文 (まつりのあや)』「魂返し」など、天の祭について書かれているらしい。日文 (ひふみ) とも言う。
  • 日夜見 (ひよみ)陽陰 (日月) を得て暦を作る役職。陰陽師。
  • 『魂返し (たまかえし)』乱れた「魂の緒」を解き、迷える魂・魄天地の宮に返すこと。ヰチヂがこの方法論を完成する。
  • 『オヰヱ』は「放穢・追穢」の意で「オシクモ (押雲)」の同義の言い換え。
  • 『日文 (ひふみ)』「祭の文」と同じ。
  • 御裳裾 (みもすそ)上 (天) から下 (地) への伝播、上位者の心を汲むことなどを言う。


そしてアマテルが生前最後に住んだ「サコクシロ内宮」を「アマテル神の内つ宮」と改め、コヤネはここに神臣 (神教人) となり太宣言を司る。神臣の指導の許、多くの守々が妹背の道を学ぶために集まり侍ったので、氏侍所(ウチハベトコロ) とも呼ばれた。

『御裳裾の サコクシロ内 改めて "アマテル神の 内つ宮"  八百 仕ふ守  侍べりて ヒモロケ 捧げ  天に応ふ 妹背の道 受く 神臣の 仕ふ守等が 侍る故 "氏侍所" カスガ守 太宣言を 司るかな』ホツマ28文

  • 『御裳裾 (みもすそ)』ここでは「日輪に還ったアマテル神の裳裾 (足元)」という意と思う。
  • 『サコクシロ内』こちらを参照。
  • ヒモロケここでは「敬いを表す食・奉納する食・神饌・御供」の意。
  • 『妹背の道 (いせのみち)』あめのみち (天地の道・陽陰の道)」に同じ。
  • 『神臣 (かんとみ)』妹背の神臣 (いせのかんをみ)・神教人 (かんをち)とも言い、妹背の道を教える人。コヤネは神臣 (神教人) となり (中臣氏の源)、妹背の道を学ぶために集い侍る多くの守々 (大人・氏) を指導する。コヤネは世を去る時に、この役職をアメフタヱ (度會氏の源) に譲る。オオカシマ (荒木田氏の源) も、妹背の神臣と名乗っている。
  • 『氏侍所 (うぢはべどころ)』妹背の道を受けるために、神臣に仕える守々 (大人・氏) が侍る所。「アマテル神の内つ宮」 の別名。
  • 『太宣言 (ふとのとこと)』「優れ至らす宣言」の意で「祝詞 (のりと・ほぎごと)」と同じ。


天鈴33年2月11日、コヤネは156万25年の生涯を閉じる。

『天鈴三十三年 カスガ守 百五十六万 二十五なり フタヱに曰く "我が齢 極まる故に 神教人を 汝に授く"』ホツマ28文

『オシクモは 四十八 喪に入り ヤマシロの 小塩に納む 東向き これ ヒメ神の 罷る時 キはヤマシロに 居ます故 イキスの宮の 西向きぞ 諸民 慕い 喪に入るは 天喪の如し』ホツマ28文
  • 『小塩 (おしほ)』京都府京都市西京区大原野南春日町、大原野 (オオハラノ) 神社。
  • 『キ』は「キ・ミ」の「キ」で、「夫婦」の「夫」を表す。
  • 『イキスの宮』息栖の宮。上総でのコヤネとヒメの宮。ヒメはこの宮で罷る。


参考サイト:http://gejirin.com/


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