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ホツマツタエのおもしろ記事(74)『妹背鈴明1』

2013-02-20 12:23
ホツマツタエのおもしろ記事(74)  妹背鈴明



タイトルの「妹背鈴明」は、もちろん当て字であるが「いせすずか」と読む。
(※ やまとことばに付された漢字はもともとすべてが当て字である。)
これは「妹背の道 (いせのみち)」と「鈴明の道 (すずかのみち)」という、日本人の心底に流れて続けてきた根源思想である。ホツマはこの思想を「わかひこいせすすかのあや」と題する一章を割り当てて説明しているが、結局のところ「人の起源・本質に鑑みれば、この世とあの世をトータルで考えて人生を生きなければいけない」ということを言っている。

妹背 (いせ) は「陰と陽・女と男・地と天」の意。だから妹背の道は「陽陰の道 (あめのみち)」の同義語である。
「すずか」は多義で、「濯か・清か・涼か」 (心がまっすぐで執着が無く清らかなさま)、そしてそれが故に「鈴明」 (行く末が明るいさま) の意を表す。
「鈴 (すず)」は、「すすむ (進む)」の元となる動詞「すす」の名詞形で、「進み・進展・延伸」を意味する。


「妹背の道」と「鈴明の道」は、ホツマの他の記事を理解する上で極めて重要であることから、このページからシリーズで、「わかひこいせすすかのあや」の全編の解釈を試みたいと思う。

この章は、アマテルの御使として三種宝を授与するために、桜の実の時期に「タカの首」に出向き、秋にイサワに帰ったアマノコヤネの、ヒタカミ滞在中の出来事を語った記事である。


『タカの首 壺若宮の 暑き日の 上らみ伺ふ ワカヒコに 御酒 賜りて 御言宣 "神は妹背の 道 開く 我はカスガに これ 受けん"』

  • 『タカの首 (たかのこふ)』オシホミミは、近江のタガ若宮からヒタカミの政庁都市ケタツボに遷都するが、この都を「タカの首」と名付ける。詳しくは『多賀の都』を参照。
  • 『壺若宮 (つぼわかみや)』タカの首における天君オシホミミの皇居。これが塩釜市の志波彦神社の由緒かと臆測している。前の鎮座地の「岩切」の東隣に「若宮前」という地名が見える。詳しくは『金華山』を参照。)
  • 『上らむ (ゑらむ)』は「選む」と同源であるが、原義は「上がる/上げる・高まる/高める」の意。ここでは「(皇居に) 上る」の意。
  • 『伺ふ (うかがふ)』は「うく (合く・受く/浮く・上く)」+「かふ (交ふ)」の合成語。「合い交わる/合せ交える」の意と「(上位者の所に) 上り交わる/上り交える」の意に分れる。ここでは後者の意。
  • 『ワカヒコ』アマノコヤネの斎名 (いみな:本名)。
  • 『御酒 (みき)』は「みく (満く)」の名詞形で、元来「熟成・醸成したもの」「興奮させるもの」の意であるが、 「み (御・上・神)」+「き (酒)」として酒の尊称としても使われる。
  • 『賜る (たまわる)』は「たまわ(「たまふ」の未然形)」+「る (尊敬の助動詞)」。『賜ふ (たまふ)』は「たる (垂る)」の変態「たむ(垂む)」から派生した語で、「下る/下す」の意。
  • 『御言宣 (みことのり)』「御言を宣ること」の意。「御言」は「言」の尊敬語。「宣る」は「延べ広げる」が原義。御言宣はアマテルと天君の専用語である。区別してアマテルのを「神言宣 (かんことのり)」と言う場合もある。
  • 『神 (かみ)』は、ここでは根源神「アメノミヲヤ (陽陰の上祖)」または「アマテル神 (陽陰垂る神)」を指すが、この2神は同一視されている。
  • 『妹背の道 (いもせのみち)』は「いせのみち (妹背の道)」「あめのみち (陽陰の道)」「あめなるみち (陽陰和る道)」と同義であるが、「いもせのみち」という場合、特に人間の「男女の関係の道」をいう場合もある。
  • 『カスガ』アマノコヤネの守名 (春日守・春日神)。


『カスガ 場を成し 左に坐す 右はヒタカミ央君と カル君翁 次 カトリ上君 及び カシマ君 ツクバ シホカマ 諸も坐す』

  • 『場を成す (ばをなす)』「その場を設ける」の意。「ば (場)」は「ま (間)」の変態。
  • 『左 (ひた)』としたが「直 (ひた)」かもしれない。あるいは「左」=「直」なのかもしれない。とにかく君 (中心) に最も近い位置は「左」とされていたのは確かである。
  • 『坐す (ます)』は「まず (交ず)」であり「(身を) 合わす・現す」の意。
  • 『右 (みぎ)』は、君の左に次ぐ位置。「左」は日の昇る「東」を、「右」は日の沈む「西」を表し、「左」の方を格上と見ていた。「昇る」は「陽・天」、沈むは「陰・地」を象徴するからである。 (参照:天地創造)
  • 『ヒタカミ央君 (うおきみ)』この頃、ヒタカミを治めるタカミムスビのタカキネ (高木神) は、オシホミミの「代の殿」として中央にあるため、世嗣の「ヨロマロ」が「ヒタカミ央君」となって臨時にヒタカミ国の治めに当たっていた。 「央君 (うおきみ・をきみ)」は「区域の中軸として治める君」を言う。
  • 『カル君翁 (かるきみをきな)』「かる」は「離る」で、「あかる (散る)」「つかる (尽かる・津軽)」と同義。「カル君」は、出雲を離れて津軽の守となったオオナムチを指す。詳しくは『天日隅宮』を参照。「きみ (君)」は「きむ (極む)」の名詞形で「極み・頂点」が原義だが、人に対する尊敬の代名詞としても使われる。「をきな」は「大きなる者」の意で「上位の者・老熟の者」を意味し、この反対語が「おさな」。
  • 『カトリ上君 (かとりかんきみ)』「かとり (香取)」は「ぐ山をつかさとる者」からきていて、ホツマ国を司る「フツヌシ (経津主)」の守名 (香取神)。「上君」とは、オシホミミの左臣 (最上位の臣) であることに対する尊称である。
  • 『カシマ君』「かしま」はタケミカヅチ (武甕槌命) の守名 (鹿島神)。
  • 『ツクバ (筑波)』筑波山周辺の地域を代々治める国守の氏名 (うじな)。ホツマには「ツクバハヤマ」と「ツクバソソ」の二人の名が出てくる。「ハヤマ」はアマテルの東局の乙侍ソガ姫の父であるが、詳しいことは記されていない。
  • シホカマ (鹽竈)ホツマにおいても記事が少なく謎めいた人物である。オシホミミがヒタカミのタカの首にいた時代、その重臣の一人だったことは確かである。また製塩と関わり持つのも確かなようである。「シホツチ (鹽土老翁・塩土翁)」と混同されているが、別人と推定する。息栖神社の由緒に「葦原中国を平定した武甕槌神と経津主命を案内させるために、大己貴神が差し出した神である。」とあるから、シホカマは津軽のオホナムチの配下なのかもしれない。
  • 『諸 (もろ)』は「もる(守る・盛る)」の名詞形で、「合わせ・総・対・匹敵」などの意。


『時に御問は "先に水浴び せんつるを 央君が 止めて 真似なす これ 如何ん"』

  • 『せんつる』「せん」は、「せ (「する」の未然形)」+「ん (意志の助動詞)」。「つる」は、完了の助動詞「つ」の連体形で「たる」の変態。「せんつる」で「~しようとしたる(を)」の意。
  • 『如何ん (いかん)』は「如何に (いかに)」の音便で、ここでは「如何にあるや・如何なるや」(何なんだ?) の簡略。


『カスガ 答えて "遺る法 昔 ウヒヂニ 雛が岳 モモに婚ぎて 初三日に 寒川 浴びる ソサノヲは 氷川に浴びる これ 強し 君は優しく 和らかに 坐せば 考えて 止むものかな』

  • 『法 (のり)』は、人が「乗るもの・則るもの」「法・則・典・範」。
  • 『ウヒヂニ』陰陽両性だったクニトコタチの時代が終わった後、初めて男性として生まれ来る。スヒヂニと共に初の夫婦の君となる。 こちらを参照。
  • 『雛が岳 (ひながたけ)』モモヒナギ・モモヒナミに肖って付けられた「ヒナルの岳」の称え名。福井県武生市の日野山 (越前富士・795m)を指す。
  • 『モモ』モモヒナミ (スヒヂニ) を指す。
  • 『婚ぐ (とつぐ)』は、「とつ(閉づ・綴づ)」+「つく (付く・接ぐ)」の合成語。どちらも「合わす・交える・結ぶ」などの意。
  • 『寒川 (さむかわ)』普通名詞なのか固有名詞なのか不明だが、モモヒナギとモモヒナミが、婚ぎの翌三日間に水を浴びた川。雛が岳 (日野山:福井県武生市) 近くの川だと思われる。神奈川県高座郡寒川町の寒川神社の祭神は、この夫婦なのかもしれない。
  • 『ソサノヲは氷川 (ひかわ) に浴びる』「ひかわ (氷川)」は「冷たい水の川」という意味で使われていて、特定の川を指す固有名詞ではないと思われる。ただこの時すでによく知られていた、「ソサノヲ」と「ひかわ」の関わりから「ひかわ (氷川)」と表現したものと推察する。


『妹背 (いせ) を請ふ カスガ 説くなり』
『妹背 (いもをせ) は 八百万氏の 別ち無く 皆 天地の 法 備ふ』


  • 『妹背 (いせ)』は「いもせ (妹背)」の略。
    「いもせ」は「いも (妹)」+「をせ (背)」の略である。
    「いも」は「うひ (泥・水埴)」の変態。「をせ」は「うをせ」の短縮。
    「うをせ」は「つほ (空)・ (火)・か (風)」の簡略。
    陽は「空・火・風」に分れ、陰は「水・埴」に分れた。(参照:天地創造)
    よって「い (妹)」=「うひ (水・埴)」=「 (陰・月)」=「 (地)」。
    「せ (背)」=「うをせ (空・火・風)」=「 (陽・日)」=「 (天)」。
    いせ (妹背)」=「をめ (男女)」=「あめ (天地)」=「あわ (陽陰)」。
  • 『妹背 (いもをせ)』ここでは人間の「女男」を言っている。
  • 『八百万 (やもよろ)』数の大きさの表現 「ヤソ (八十)・モモ (百)・ヰモ (五百)・ヤモ (八百)・チ (千)・ヤチ (八千)・ヨロ (万)・ヤヨロ (八万)」としては最大のもの。
  • 「氏 (うち)」は、「ぬし (主)」「うし (大人)」「をさ (長)」などの変態で、「束ねる者・治める者・族長」、またその「族・集団」を表す。
  • 『天地の法 (あめつちののり)』陽陰の道・陽陰和る道」と同じ。
    人間 =「陽 (空・火・風)」+「陰 (水・埴)」ということ。
    (参照:天地創造)


『君は天地照る 月・日なり 地守はその地の照り 民も月・日ぞ』

  • 『君は天地照る月日なり (きみはあまてるつきひなり)』
    君というのは天・地を照らす月と日である。
    キ・ミ(君)」を、天空を廻って天が下を和し恵む「日と月」と同一視したもので、天君たる位・皇位を表す。この言葉を別の言葉で表したのが「天地つ日月」であり「天地照らす君」である。
  • 『地守はその地の照り (くにかみはそのくにのてり)』
    地を治める者は、月日の光の地上での反射である。
    ここでの「地守」は、高みに在って上下を普く照らす月日の君に対して、地を治める者を言う。月日が君なら、地守は臣に相当する。「その地の照り」とは、「月日の光の地上での反射」「陽・陰エネルギーが地上に反映したもの」という意。
  • 『民も月日ぞ』
    民といえども君や臣と同様に、月日 (陰陽) の法を備えているのだぞ。
    ホツマの時代には「民は人にあらず」と蔑視するいう風潮があったと推察されるが、これはその風潮を戒める言葉だと思われる。


『陰に火あり 火擦・火打は 月の火ぞ 陽に水ありて 燃ゆる火の 中の暗きは 火の水よ 女・男 違えど 上 一つ』

  • 『陰に火あり (めにほあり)』
    「陰」は分れて「水と埴」になったとされるが、実は「陰」は「陽」の要素も本来的に持つ。ただその比率は小さく、性質も陰の影響を免れない。
  • 『火擦・火打は月の火ぞ (ひすりひうちはつきのほぞ)』
    火擦・火打の火花は陰の火なのである (だから熱くないのである)。
    「火擦」は不詳。マッチ箱の擦り板のようなものを言うか。
  • 『陽に水あり (をにみづあり)』
    同様に「空・火・風」に分れたとされる「陽」にも「陰」の要素が本来的に存在する。ただその比率は小さく、性質も陽の影響を免れない。
  • 『燃ゆる火の中の暗きは火の水よ (もゆるほのなかのくらきはほのみづよ)』
    燃えている火の中心部の青暗い部分は、陽の水なのである。
  • 『女・男 違えど 上 一つ (めをとたがえどかみひとつ)』
    人間も男と女に分れているように見えるが、陰陽の比率が違うだけで、実は陰陽両性を備えている。人間 =「陽 (空・火・風)」+「陰 (水・埴)」という基本 (上流/上部構造) は、男も女も同一なのである。


参考サイト:http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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