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ホツマツタエのおもしろ記事(76)『妹背鈴明3』

2013-02-21 22:32
ホツマツタエのおもしろ記事(76)  妹背鈴明



『オキツヒコ 腹悪し言に 妻 荒れて "操 立たぬ"と 契り 離る』

  • 『オキツヒコ (奥津彦)』オオトシクラムスビの子。竈神 (かまどかみ) として日吉大社摂社の竃殿 (へついどの) 社などに祭られる。
  • 『腹悪し言 (はらあしごと)』心悪しき言葉。意地の悪い言葉。
    「腹 (はら)」も、やはり「内・中・奥・心」などの意。
  • 『操 (みさほ)』「操 (みさほ)」は「みさふ」の名詞形。「みさふ」は「みす (見す)」+「さふ (支ふ・添ふ)」の合成語。どちらも「(逸脱を) 合わす・収める・直す」などの意で、「みさほ」は「曲がりのないさま・真直ぐなさま・一筋なさま」を言う。理由は不明だが女性に対してのみ用いられる語のようだ。
    「たつ (立つ)」は、ここでは「たっす (達す)」「てっす (徹す)」の変態で、「至らせる・通す・徹する」の意。
  • 『契り離る (ちぎりさる)』ここでは「夫婦の契りを破棄する」「離婚する」の意。


『父 ウホトシが 妹背宮に 嘆けば  御内 両 召して マフツの鏡 映さるる』

  • 『ウホトシ』は、ソサノヲとイナダ姫の第六子の「オオトシクラムスビ」。
  • 『妹背宮 (いせみや)』イサワ宮の別名。
  • 『父 ウホトシが 妹背宮に 嘆けば』
    オキツヒコの父オオトシクラムスビが、イサワ宮に行って息子夫婦の離婚を嘆くと・・・
  • 『御内 (みうち)』は、ここでは内宮 (中宮) の尊称で、「御内宮」の意。セオリツ姫を指す。
  • 『両 (もろ)』「もろ(諸・双・両)」は「もる(守る・盛る)」の名詞形で、「合わせ・総・対・匹敵」などの意。
  • マフツの鏡 (真経津の鏡)マス鏡 (真澄鏡・真十鏡)」の別名で、特にその「裏鏡 (日鏡)」の機能を言う。「人の目には見えない内面の真実を映す鏡」「心を写す鏡」。
  • 『御内 両 召して マフツの鏡 映さるる』
    中宮のセオリツ姫は、両者を呼び召して「マフツの鏡」にお映しになる。


『背は汚るる ニステ竈 女は隠さるる ツクマ鍋 我が顔映も 敢え見えず 甚 恥づかしく あめに悔ふ』

  • 『ニステ竈 (にすてがま)』不詳。「煮こぼれて汚れた竈」で「他人に見せたくない物・裏の事情」の意か。
  • 『ツクマ鍋 (つくまなべ)』不詳。「使い古した鍋・使い回した鍋」で、やはり「他人に見せたくない物・裏の事情」の意か。「ニステ竈」も「ツクマ鍋」も、飾り繕った表向きの、その裏にある真実を象徴した物である。
  • 『顔映 (かんばせ)』顔の写り/映り。
    「かん」は「かみ (上)」の音便で、ここでは「上・表面」、つまり「かほ (顔)」の意。「はせ」は「はす(合す・映す)」の名詞形。「はす」は、ここでは「合わす・映す・現す」の意。
  • 『敢え見えず (あえ)』「あえ」は、打ち消しの語を伴って「~できない」の意を表す。つまり「え (得・能) ~ず」と同じ。「敢え見えず」は「見ることができない」の意。「取るものも取りあえず」の「あえず」はこれ。
  • 『甚  (はち)』「はち」は「いた (甚)」「いと」「ふつ (悉)」などの変態で「甚だしいさま・至ったさま」の意。副詞として「 甚しく・ひどく・至って・全く」の意にも使う。
  • 『あめに悔ふ (あめにこふ)』「あめ」は「うむ (熟む)」の変態「あむ (上む)」の名詞形で「高まり・栄え・至り」の意。「あめに」で「大いに・ひどく」の意となる。「こふ」は「くふ (悔ふ)」「くる (暮る)」「こる (懲る)」などの変態で「DOWNする・落ち込む」などの意。
  • 『我が顔映も敢え見えず 甚 恥づかしくあめに悔ふ』
    自分の顔を鏡に見ることができず、甚だ恥ずかしくて大いに悔いる。


滋賀県米原の筑摩神社 (ちくまじんじゃ) は、オキツヒコ夫婦 (御食津大神) とオオトシクラムスビ (大年神) を祭っているが、この神社の祭事「筑摩祭 (つくままつり)」がおもしろい。昔は神輿に従う婦人が、関係を結んだ男の数だけの鍋をかぶったというのだ。
この祭事から逆に察すると、オキツヒコ夫妻の夫婦問題は、妻の浮気が原因だったということである。



『背 許さねば 弥恥ぢて 罷らん時に クラムスビ 留めて叱る "我が子の実 ニステの面を 磨かせ" と』

  • 『弥 (いや)』は「いゆ (斎ゆ)」の名詞形。「いゆ」は「高める・栄す」の意。「いや」は副詞的に「いよいよ・ますます」の意に使う。
  • 『恥づ (はづ)』は「はつ (果つ)」で、「おつ (落つ)」の変態。「下り果てる・落ちぶれる」などの意。
  • 『罷る (まかる)』は「まく (撒く)」+「かる (離る)」の合成語で「離れる・去る・退く」の意。「わかる (別る)」「あかる (散る)」などの変態。
  • 『叱る (しかる)』「しかる」は「しく」から派生した動詞。「しく」は「すぐ (直ぐ)」の変態で、ここでは「合わす・収める・直す・正す」などの意。
  • 『背 許さねば 弥恥ぢて 罷らん時に クラムスビ 留めて叱る』
    夫が許さないので、ますます恥じて死のうとする時、クラムスビはそれを止めて叱る。
  • 『実 (み)』は「さね (核・実)」で、ここでは「真実・実体」などの意。
  • 『面 (つら)』「つる(連る/達る)」の名詞形。「つる」は、ここでは「合う/合わす」の意。「つら」は「(観察者に) 合わせている面/向けている面・表層」の意。
  • 『磨かせ』「磨かせよ・高めさせよ」の意。
    夫の表面は央中 (核心・源) に原因があり、それは妻の責任であるいう意。
    (参照:妹背鈴明2)
  • 『我が子の実 ニステの面を 磨かせ』
    我が子の真実の姿「ニステ」の面を磨かせよ。
    (汝はそのニステ面に責任がある。 央中にある者が表面をつくるのだから。)


『親の教えに オキツヒコ 再び婚ぎ 睦じく 妹背の道を 守りつつ』

  • 『再び (ふたたび)』「ふたたび (二度)」の意。「たび」は「たむ (回む・廻む)」の名詞形「たみ」の変態で「回転・循環・繰り返し・回」などの意。
  • 『婚ぐ (とつぐ)』は、「とつ(閉づ・綴づ)」+「つく (付く・接ぐ)」の合成語。どちらも「合わす・交える・結ぶ」などの意。
  • 『睦まじ (むつまじ)』は「むつむ (睦む)」+「し (形容詞語尾)」。 「むつむ」は「むすぶ (結ぶ)」の変態。
  • 『妹背の道 (いもせのみち)』ここまでに説かれてきている陰陽の道・地天の道・月日の道・女男の道。
  • 『つつ』は、「つづく (続く)」の元となる動詞「つつ (伝つ・連つ)」の名詞形で、「連続・継続・重複」の意を表す。


『諸国 巡り '世を映ふる 始め終りの 慎まやか' 道 教ゆれば 大御神 褒めて賜はる 竈守』

  • 『映ふる (をふる)』は「あぶる (炙る)」の変態で「をふ」の連体形。「をふ」は「をゆ (老ゆ)」「はゆ (映ゆ)」「うる (熟る)」などの変態で「高める・勢い付ける・盛す・優れさす」などの意。
  • 『始め終りの (はじめおわりの)』は、「一にも二にも」の意で、ほかの事を考えないで、まずその事を頭におくさまを表わす。=何をおいてもまず・なにはさておき。
  • 『つつまやか』は「つつむ (包む)」+「やか」。「つつむ」は「合わす・収める・直す」の意。「やか」は状態を表す名詞をつくる。「つつまやか」は「ぶれてないさま・曲っていないさま・直ぐなさま」の意で、「控えめ」という意味ではない。
  • 『世を映ふる始め終りのつつまやか』
    「人生を栄すなら、一にも二にも "曲らず真直ぐであること"」という意。ここに言う人生とは、今の人生ではなく来世を言っている。
    マフツの鏡に映る姿が人でないということは、心が他のものに曲り傾いていることを示していて、同時にそのままでは来世は人に生まれないということを示している。ニステ竈が映し出されたオキツヒコは、来世も人間となるためには、心が真直ぐであることの重要性を諸国を巡って説いたのである。
  • 『竈守 (かまどかみ)』「竈」というのは「煮炊きする道具」であり、「煮炊き」とは「高めること・栄すこと」である。したがって「竈守」は「世を映ふる守・来世を栄す守」という意味である。また一時は「ニステ竈」だったオキツヒコだから「竈」と名付けたのは、もちろんのことである。
    オキツヒコは 竈神 (かまどかみ) として日吉大社摂社の竃殿 (へついどの) 社などに祭られている。これはもう一つの竈神 (みかまどのかみ) と混合しているためで、オキツヒコの竈神は炊事とは本来関係が無い。


『手鍋をさくる 汚きも 磨けば光る 上となる』

  • 『手鍋 (てなべ) をさくる』「手鍋」は「自らの手を煩わせて煮炊きしたもの」の意。「さくる」は「しゃくる」「すくふ (掬う)」の変態で「すくい上げる」「すする」の意。下僕や使用人を持つことのできない身分の者の生活を表したもので、これは主に「民」を指している。
  • 『汚き (きたなき)』は「汚し (きたなし)」の連体形で、ここでは「汚きもの」の意。「きたなし」は「きつ」+「なる (也)」+「し (如・然)」の短縮。「きつ」は「くつ (朽つ)」の変態で「低まる・劣る」の意。よって「きたなし」は「低い・劣っている」の意。これもやはり「身分の低い者」「民」を指す。
  • 『手鍋をさくる 汚きも 磨けば光る 上となる』
    自らの手を煩わせて煮炊きしたものをすするような、卑賤の者でも研鑽すれば高貴な身となる。
    (『末民とても上の臣』ホ17文)


『地守・民の 諭しにも 付罷 為させる 妹背の道』

  • 『地守 (くにもり)』地/下/民を治める者。=臣。
  • 『付罷 (つくま)』付いたり離れたりすること。合と離を繰り返しながら距離を縮めていくことを言う。=「つくは (付離・筑波)」
  • 『妹背の道 (いせのみち)』陰陽和る道・月日の道・女男の道。アメノミヲヤが定めた大宇宙の原理。
  • 『地守・民の諭しにも 付罷 為させる妹背の道』
    地守や民にも天地の法 (月日の法) が具わっていることを悟らせるために、女男を近づいたり離れたりさせる妹背の道 (宇宙原理:=陽陰和る道)。
    「妹背は 八百万氏の 別ち無く 皆 天地の 法 備ふ 君は天地照る 月・日なり 地守はその地の照り 民も月・日ぞ」
    オキツヒコ夫婦が経験した離別が、結果的に男女二人の距離を縮め、自分たちに日月の法が具わっていることを身を持って体得したことを言っている。



参考サイト:http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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