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ホツマツタエのおもしろ記事(79)『妹背鈴明6』

2013-02-24 09:53
ホツマツタエのおもしろ記事(79)  妹背鈴明



ツクバ大人『欲を離るには 皆 捨てて 楽しみ全つや』

  • 『ツクバ大人 (つくばうし)』筑波山周辺の地域を代々治める国守。ホツマには「ツクバハヤマ」と「ツクバソソ」の二人の名が出てくる。「大人・氏 (うし)」は、「ぬし (主)」「をさ (長)」「をち (翁)」「よし (寄し)」などの変態で、「束ねる者・治める者・族長」を表す。
  • 『欲を離る (ほしおさる)』欲心から離れる。=心の曲り・傾きを防ぐ。
  • 『欲を離るには 皆 捨てて 楽しみ全つや』
    (では) 欲心から解放されるためには、財産を全部捨てて、なお且つ楽しんで人生を全うしなければならないということなのか?


カスガマロ『然らず 絶めて 足らざらば 飢えば施し 受けんかや』

  • 『カスガマロ』アマノコヤネの幼名。
  • 『然らず (しからず)』は「しく (如く)」+「ある (在る)」+「ず (打消)」の合成。「しかり (然り)」は「しく (如く)」+「あり (在り)」の合成。
  • 『絶む (とむ)』は「たゆ (絶ゆ)」の変態で、ここでは「果てる・尽きる・失う」などの意。
  • 『飢ゆ (うゆ)』は「うむ (膿む)」の変態で、ここでは「低まる・衰える・不足する」などの意。
  • 『施し (ほどこし)』は「ほどこす」の名詞形。「ほどこす」は「ほどく (解く)」から派生した動詞で「離す・放つ・分ける」などの意。よって「ほどこし」は「分け与えること・分配」などの意。
  • 『受けんかや』=「受けぬかや」
  • 『然らず 絶めて足らざらば 飢えば 施し受けんかや』
    さにあらず。尽きて不足したら、つまり飢えたら施しを受けないだろうか。


『曰く "汚し施しを 受けば欲人ぞ" 聞かざるや』

  • 『曰く (いわく)』は「いふ(言う)」+「しく(如く)」の合成で、「しく」から「し」が欠落したもの。「しく」はシク活用の形容詞の連用形でもある。「し」が欠落すればク活用になる。したがって世に言う「ク語法」とは形容詞の連用形を名詞化したものだと言える。 もともとすべての形容詞は「動詞」+「しく (如く)」の方法で作られているのであり、「く」を省いて終止形としている。
  • 『汚し (きたなし)』 は「きつ」+「なる」+「し (如)」の合成短縮。「きつ」は「くつ (朽つ)」の変態で「低まる・劣る・衰える・果てる」などの意。ここでの「汚し」は「蔑みの・見下した」という意と思われる。 文法的には「汚き」と連体形となるべきだが、ホツマでは連体形と終止形を厳密には区別せず、どちらを使う場合もある。
  • 『欲人 (ほゐと)』は、「ほゆ」+「ひと (人)」の音便。「ほゆ」は「ほる (欲る)」の変態で「欲す」の意。よって「ほゐと」は「欲す人」であり、つまり「欲に心を囚われた人」である。
  • 『曰く "汚し施しを 受けば欲人ぞ" 聞かざるや』
    世に「蔑みの施しを受ければ欲人ぞ」と言うのを聞かぬか。


『直からざれば 人ならず 世に在りながら その業に 産める宝を ただ乞ひて 食らふ狗こそ 大の潰よ』

  • 『業 (わざ)』は「わす (和す)」の名詞形。「わす」は、ここでは「為す・する」などの意。よって「わざ」は「為すこと・すること・仕事」などの意。
  • 『産める宝 (うめるたから)』「産める」は「産む」の連体形。四段動詞の連体形は「*eru」に作る。「たから」は「たかみ (高み)」の変態で「高きもの・優れ勝るもの・栄え」を言い、「とみ (富) 」の同義語。「産める宝」=「財産」。
  • 『乞ふ (こふ)』は「かふ (交ふ)」の変態で、「(心を) 合わす・執着する・欲す」などの意。「請ふ・恋ふ・媚ぶ」も同じ。
  • 『食らふ (くらふ)』は「くふ (食う)」の変態「くる (交る)」から派生した動詞。「(自己に) 合わす・受ける」の意。
  • 『狗 (いぬ)』は「おろ (愚)」の変態で、「劣るもの・汚れるもの」の意。「しし (獣)」「けもの・けだもの (獣)」の同義語である。
  • 『大 (あ)』「あ」は「上・大・熟・天」の意で、「大いなるさま」を表す。
  • 『潰 (つみ)』は「つひ (終・遂・費・弊・潰)」の変態で、「下落・劣等・衰退・疲弊・沈没・潰滅」などの意。
  • 『直からざれば人ならず 世に在りながら その業に産める宝を ただ乞ひて 食らふ狗こそ 大の潰よ』
    心が素直でなければ人にあらず。せっかく人間としてこの世に生きながら、その所行が産む富をひたすら欲しては、ただ喰らい付くだけの獣のような人間こそ大いなる阿呆よ。


また問ふ『宝 離ることは』
カスガ また説く『欲 離るは 棄てず集めず 技を知れ 宝 集めて 蔵に満つ 塵や芥の 如くなり』


  • 『宝 離ることは』
    (では) 富から離れることとは?
  • 『棄てず集めず (すてずあつめず)』
    「集めたい」と同様に「捨てたい」も欲であり、心の曲り・偏りである。この世の物事に頓着しなくなくなることが「欲を離る」ということである。
  • 『塵 (ちり)』は「ちる(散る)」の名詞形。「離れ・分かれ・欠片・屑」などの意。
  • 『芥 (あくた)』は「あかつ (分つ・頒つ)」の変態「あくつ」の名詞形。「塵」と同義。
  • 『欲 離るは 棄てず集めず 技を知れ 宝 集めて 蔵に満つ 塵や芥の 如くなり』
    欲心から離れるには「棄てず集めず」の技を知れ。蔵に満ちる財宝など塵や芥に等しい。


『心 素直の 人 あらば 我が子の如く 取り立てて 満な足す時は 欲も無し』

  • 『満な足す (みなたす)』は「満ち足らす」「充足する」の意。「みたたす (満た足す)」とも言う。
  • 『心 素直の 人 あらば 我が子の如く 取り立てて 満な足す時は 欲も無し』
    心素直な人がいたならば、君は我が子のように取り立てて、不足なく十分に恵み与えることだろう。その時にはその人の心から欲は消えていることだろう。


『塵と集めて 余に迫り 羨むモノが 交む故に 魂の緒 乱れ みやなくて 末 守らぬを 魂返し なせば 緒 解けて 宮に入る なさねば長く 苦しむぞ』

  • 『余に迫る (よにせまる)』「余人を圧迫する」の意。「余」は「万」が原義で、不特定多数を表す。
  • 『羨むモノ (うらやむもの)』羨む人々が放出する想念が生み出す生き霊 (=イソラ) を言う。
  • 『みやなし』は「あえなし (敢え無し)」「やむなし」の変態で、「どうしようもない・処置なし」の意。
  • 『末 (すゑ)』=来末 (こすゑ)。未来。特に来世。
  • 『魂返し (たまかえし)』乱れた魂の緒を解き、魂・魄をムナモトミナモトに返すこと。
  • 『宮 (みや)』は、ここでは「陽・陰の宮 (あめのみや)」で、人が死んで魂と魄が還る所。これはムナモトとミナモトに同じ。魂の緒が乱れた場合には、その魂・魄は陽陰の宮に戻れず、人として生まれ代わることができない。
  • 『塵と集めて 余に迫り 羨むモノが 交む故に 魂の緒 乱れ みやなくて 末 守らぬを 魂返し なせば 緒 解けて 宮に入る なさねば長く 苦しむぞ』
    塵とも思わず富を集めて余人を圧迫し、結果、羨む人々の放出する想念が転じた生き霊の攻撃を受ければ、もはや手の施しようは無く、人間としての来世は保てない所であるが、ここで「魂返し」を実施して乱れた魂の緒を解けば、魂・魄は「陽陰の宮」に還ることが可能である。実施しなければ魂・魄は長く苦しむことになるだろう。


『時にシホカマ 子無きとて 問えばカスガの 教えには』
『アユキ・ワスキの 祭主 頼みてそれの 魂返し なさば苦しむ 魂の緒も 解けてムネカミ ミナモトへ 魂・魄 分けて 神となる 尊き人の 子と生まる なれど ユキ・スキ たまゆらぞ』


  • 『アユキ・ワスキ』は、「あ (天・上・陽)」+「ゆき (斎く)」、「わ (地・陰・下)」+「すき (清く・優く・繁く)」。ここでは「天地の祭 (あめのまつり)」と同じ。天地 (陽陰・日月) に同調すること。 これによって日月の援助を得、乱れた魂の緒を解いて魂魄を陽陰に還すことを言う。 (参照:妹背鈴明5)
  • 『それ』本来なら世に転生しているはずだが、魂の緒が乱れて陽陰の宮に還っていないので、生まれて来れない魂・魄。
  • 『ムネカミ』陽の核で、世を去った魂が還る所。=日 (太陽)。
  • 『ミナモト』陰の核で、世を去った魄が還る所。=月 (太陰)。
  • 『神 (かみ)』は、ここでは「陽と陰 (妹と背・天と地・魂と魄)」が分離した状態を言う。
  • 『ユキ・スキ』は「アユキ・ワスキ」「天地の祭」と同じ。
  • たまゆらは、「(思いと現実が) 隔たるさま/ぶれがあるさま」「思いがけないさま」「偶然」などの意。
  • 『アユキ・ワスキの 祭主 頼みて それの魂返し なさば苦しむ魂の緒も 解けてムネカミ ミナモトへ 魂・魄 分けて神となる 尊き人の子と生まる なれどユキ・スキ たまゆらぞ』
    天地の祭を行う祭主に頼んで、生まれ来るべき苦しむ魂・魄の「魂返し」を行えば、乱れた魂の緒が解けて魂・魄は分離し、神となってそれぞれムネカミ・ミナモトへ還る。そうなれば尊き人の子として生まれて来るだろう。しかし天地の祭は当たり外れがあるぞ。


『末を重ひて 睦まじく 業を務むる 妹背の道かな』
『この道を 学ぶ所は 神風の 妹背の国なり』


  • 『末 (すゑ)』は、ここでは「こすゑ (来末)」の略で、「来る末」「来世」の意。「末」は「先 (さき)」の意。
  • 『重ふ (をもふ)』は「おふ (老ふ)」の変態「おむ」から派生した動詞で、「重んじる・尊ぶ・中心に置く」などの意。ここでは「思ふ」との区別のため「をもふ」と表記していると思われる。
  • 『睦まじ (むつまじ)』は「むつむ (睦む)」+「し (如)」。「むつむ」は「むすぶ (結ぶ)」の変態。「むつまじ」は「和合している・親密である」「曲り・逸脱がない・直ぐである・一途である」の意が重なる。
  • 『末を重ひて 睦まじく 業を務むる 妹背の道かな』
    次の人生を重んじ、男女和合して曲がること無く一途に仕事に努める、これが妹背の道かな。
  • 『神風 (かんかせ)』「かせ」は「かす (交す・加す)」の名詞形。「かす」は「合わす・現わす」の意。だから「かんかせ」は「神の現れ」の意。「神形 (かんがつ)」は「神風 (かんかせ)」の変態である。「神」は「陽と陰 (妹と背・天と地・魂と魄)」が分離している非物質状態を言う。
  • 『神風の妹背 (かんかせのいせ)』神の現れの「妹+背」という意。神である分離状態の「陽と陰 (妹と背・天と地・魂と魄)」が結合すると、形となって世に現れるということを言う。
  • 『妹背の国』は、太陽霊と太陰霊の下生である「アマテル神 (陽陰垂る神)」=「妹背神 (いもをせかみ)」の国という意。地理的には「イサワ」の地を言う。「伊勢」の意味は「妹背」である。
  • 『この道を 学ぶ所は 神風の 妹背の国なり』
    この道を学ぶ所は、神の現れの「妹+背 (陽+陰)」の国である。


『チチ姫も 後には妹背の 御神に 仕え 鈴明の 道を得て 妹背と央州の 中の洞』

  • 『チチ姫』タクハタチチ姫 (栲機千々姫)。オシホミミの内宮 (中宮)。贈り名:スズカの神。
  • 『妹背の御神 (いせのをんかみ)』=アマテル神 (陽陰垂る神)。
  • 『妹背 (いせ)』ここでは地理的な場所 (伊勢) を指す。
  • 『央州 (あわち)』「中の区画」「中央の区画」の意。近江を指す。「あわ」は「あふ (合う)」の名詞形で「合・間・中間」の意。また「あわ」には「陽陰」の意もあり、この意味では「妹背 (伊勢)」と同義となる。
  • 『妹背と央州の中の洞 (いせとあわちのなかのほら)』伊勢と近江の中間にある鈴鹿峠に掘った辞洞。「なか(中)」は「なく (和ぐ) 」の名詞形である。よって「妹背と央州の中」は「妹と背/陽と陰 を和ぐ」という意を隠し持つ。
  • 『チチ姫も後には妹背の御神に仕え 鈴明の道を得て 妹背と央州の中の洞』
    チチ姫も後には妹背の御神の側に侍り、鈴明の道を得て、最期は伊勢と近江の間の、鈴鹿峠に掘った辞洞に隠れ神となる。
    『母チチ姫は 言ありて イセに至りて御神に 朝夕 仕え奉らしむ』ホ25文


『鈴明の神と 箱根神 向ふ妹背』

  • 『鈴明の神 (すずかのかみ)』鈴鹿の神。タクハタチチ姫の贈り名。
  • 『箱根神 (はこねかみ)』 オシホミミは箱根峠に掘った辞洞に隠れ「箱根神」と贈り名される。
    『終に掘る ヰヅヲハシリの 洞穴に 自ら入りて 箱根神』ホ24文
  • 『向かふ妹背 (むかふいもをせ)』これもやはり「妹背/陽陰の和合」を表す。


『欲を離る 鈴明の教え 大いなるかな』




参考サイト:http://gejirin.com/hotuma13.html
     :http://gejirin.com/mitinoku.html



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